新潟県の幾つかの小中学校では、1988年以降、校庭に造った森を中核と する総合活動の取り組みが行われている。
お ち や お ち や
先駆的な学校は、長岡市立川崎小学校(1988年〜)、小千谷市立小千画面
こいで いめがさき
学校(1989年〜)、小出町立伊米ヶ崎小学校、(1992年〜)、十日町市立 南中学校(1996年〜)の4校である。
(1)学校の森を中核とした総合活動
上記のうち川崎小学校を例に取り、その取り組みを紹介する。
①「学校の森づくり」1
校庭に、土のマウンドを造る(44.1m×15. Om、中央部の高さ1.2 m)。その地域の「潜在的植生」を調べ、その地域の本来的な環境に成育する樹 木をできるだけ多くの種類(約80種類400本)植える。四季の変化を感じ
られるように落葉樹を常緑樹の割合を多くする(8対2)。これらの作業は、子 どもと教師だけでなく、多数の保護者、地域の人々の協力を得て行われ、19 88年3月完成。「川崎の森」と命名された。
植樹後も、木々の周囲に藁を敷く、追加植樹、積雪に備えての支柱の設置や 冬囲いなどの管理が必要であり、地域の人々の協力を得ながら森が守られてい
る。
②「学校の森を中核とした総合活動2(1988年度)
1年生は、森の観察で気づいたことを「あのねノート」に書き、それを「観察
1山之内義一郎『森をつくった校長』春秋社(2001)pp.109−122 2同上書 pp.122−127
カード」にしていくうちに、「ジャンボカルタ」を作って「カルタ大会」を開く ことを思いついた。森の代表的な木々の季節季節の姿を「いろはカルタ」ふう に表現したものだった。
2年生は、「森のお誕生会」観察記録の発表、自作の歌の合唱。
3年生は、「川崎の森ウルトラクイズ」を考案。
4年生は、「食べられる実はあるか」という素朴な疑問から出発して、森にな る実を調べ始め、ウスノキの集中観察を発展させた。
5年忌はグループごとの自由な研究だったが、木の名前とその由来に興味を 持ち、図書館での図鑑調べと現実の森の調査に熱中した。
6年生は、植えたばかりの木の根を傷めないように、森に45mの木の道(観 察路)を設置。国語の学習で、「川崎の森」づくりの体験を教材にした意見文を 書き、その成果を文集『自然と人間』にまとめた。
11月、従来の文化祭を「川崎の森」との触れ合い体験の発表の場に改め、「も みじの集い」とし、保護者・地域の人々と一緒に紅葉を愛でる機会とし、その 場で、各学年の学習成果を発表した。
③「学校の森を中核としたカリキュラム」
1989年度、「川碕の森」を教科の学習とも密i接に結びつけたカリキュラム
が作られた。
<2年生の例>3
4月 森さんを知って友だちになろう[理科・道徳「あいさつ」]
森の誕生会(月1回継続)(油鼠)
6月 楽しい遊びで森はかせになろう
9月 喜びの森を表現しよう[国語・音楽・体育]
11月「もみじの集い」で発表。
眠っている森にお話や劇をつくってあげよう掴語・図工〕
2月 川崎の森まとめ発表会(観察「お手紙」・歌とおどり・森のお話・劇)
3月 雪の中から顔を出している森の木を観察しよう。
このような、「学校の森」を中核とした「教科を超えた総合活動」が、他の3 校でもそれぞれの学校の特色を生かしながら実践された。
この他、「学校の森」は子どもたちの遊び場、癒しの場、地域の人々の散歩道、
3山之内義一郎前掲書PP.133・134
憩の場、さらに鳥や昆虫のすみかであり、人や自然との「つながり」を実感す る貴重な場となっている。
このように、「学校の森」の実践は、ホリスティック教育が目指す様々な「つ ながり」に焦点を当てた優れた実践ということができる。
以下、その「つながり」を〈2年生の例〉から詳しく見ていくことにする。
「教科のつながり」、4月の「森さんを知って友だちになろう」では、理科的 な視点から森(特に児童が選んだ 自分の木 )を観察し、理解を深めることに よって親しみを増し、友だちになろうという道徳とつながっていく。9月の「喜 びの森を表現しよう」では、森さんへ手紙や詩を書き、歌やおどりをつくって あげることにより、国語、音楽、体育が結びつけられる。11月の「眠ってい る森にお話や劇をつくってあげよう」では、森のお話をつくり、劇として表現 することにより、国語と図工が結びつけられる。
「心と身体のつながり」、森への思いを歌やおどりで表現する。
「論理的思考と直観のつながり」、一連の活動に見られる、森さんと友だち、
森の誕生会、森さんへの手紙、森さんに〜してあげる、という表現は森を擬i人 化したメタファーであり、これが森に対する興味・関心を高め知的理解を促進
している。
「コミュニティとのつながり」森づくり、森を守る活動、森をテーマとした 行事は、保護者、地域の人々の積極的な参加・協力により行われている。
「地球とのつながり」学校の森という小さな自然との一体感が、生態系や地 球といった、より大きなつながり感覚へと育っていく。
ただし、ここまででは、校庭に自らの手で本物に近い森を造ったということ を除けば、従来の環境教育や総合学習の発展型という評価をする者もあるかと 思われる。しかし、この「学校の森」実践は、明らかにそれらを越えようとす
るものであった。
(2)山之内義一郎の人格理論
川崎小学校と小千谷小学校で「学校の森」を造った山之内義一郎校長(当時)
は、カリキュラム編成に際して、次のような人格理論を基にしていた。
「人間の人格には『身体』の働きに関わる部分と、一般的な思考や感情の働 きである『心』の部分、そしてきわめて高度の省察をしたり、直観や気づきを 体験する『精神(スピリチュアリティ)』の部分がある。これを層構造と捉え、
下部構造『身体の層』、中間の『心の層』、上部構造『精神の層』とする。これ らの層はバラバラではなくひとつの人格の中で『つながって』おり、下の層が 基礎として上を支えている。」4
そして、図5のように、この枠組みに重ねて、教科を3つの類型に分類し、
それぞれの教科類型の目指す中問目標を決める。
①「技能的教科類型」体育、音楽、家庭科、言語、文字、生活習慣、「身体の 層」に対応、「できる喜び」をめざす。
②「再発見的教科類型」国語、社会、算数、数学、理科、「心の層」に対応、
「わかる喜び」をめざす。
③「決断的教科類型」道徳、特別活動、生活科、図工、書道、総合学習、「精 神の層」に対応、「心を決める喜び」をめざす。
そして最終目標を、「学ぶ喜:び」を通しての、「全人格的発達・生きがレ}の自 己発見」に置いている。図6にあるように「学校の森」はこれらの3つの類型 をつなぐ中核なのである。
図5 人格の層と教科類型によるカリキュラムの構成原理(山之内)5
繭標 中間鶴標 人格層構造 教科゙型 内乱 方法
全 心を決める喜び 精神の層
決 道徳、特別活動 行動の決断
人 断 生活科、図工
格的 学 的 〔総合学習〕 価値の選択
発
拳 ぶ わかる:喜び 心の層 再 国語、社会 問題をもつ
生 発 算数・数学 内面的理解
き 見
が 寛 的 理科 (問題解決学習)
い 目
の自己
び
できる喜び 身体の層 技能 体育、音楽 ニ庭科、言語
伝達 Z能習熟
発見 的
文字、生活習慣 (訓練)
4山之内義一郎前掲書p.214 5山之内義一郎前掲書p.219
図6 教科類型・教材性と総合学習(山之内)6
㌧
・できる喜び\ ,
・、、 ・、 わかる喜び // (決断的教科類型〉 \、
/ 心を決める喜び ○_Σ_地球的視野の教材性
←一一一地域社会の教材性
/教科類型)/
←一一一・宇宙的視野の教材性
山之内が人格構造の中に「精神(スピリチュアリテの」明確に位置づけたこ と、また「身体」「心」「精神」を密接な「つながり」においてとらえていたこ とは、ホリスティック教育が目指す「心と身体のつながり」「自己とのつながり」
と共通するものであり、従来の環境教育や総合学習を越えようとするものであ
るといえる。
(3)合流教育の導入
しかも、山之内は小千谷小学校で、河津雄介の「合流教育」を授:業実践に取 り入れている(1989年度〜)。「合流教育」とは先述したように、イメージ ワークなどにより、「知性」「感情」「精神」「身体」の全人格に働きかけながら 学ぼうとするものである。
<エクササイズの例>7
①五感をフル動員して植物を「精査」する。上下左右から植物を見たり、目を 閉じて植物の各部分で音を立てて、植物の様子をイメージする。匂いを嗅ぎ、
6山之内義一郎前掲書p.219 7同上書p.155
唇で触れたり、噛んだり… と様々に試みる。
②額に植物を接触させて、植物がどんどん大きくなり、そのうちに自分が植物 の中に溶け込んで一体となり、植物そのものになって生命活動をしている様 子を空想する。そして、その後に空想の内容を絵に描く。
③植物を眺めたあと、目を閉じてイメージを浮かべる。目をあけてイメージと 実物を比べ、また目を閉じてイメージを描く… という作業を繰り返す。
そのうちに植物の見え方が変わってきて、ある瞬間に植物が大きな存在感を もって迫ってくる様子を体験する。
このような基礎訓練をまず教師が積み、その後授業実践にも取り入れていっ
たのである。
このような学習は、ふつうの理科の学習で行われるような私(主観)と対象
(客観)との距離を置いた冷たい観察ではない。私と対象との距離が無くなっ て一体化した、内面世界での強い「つながり」感覚を生み出すことになる。
小千谷小学校では、このようなイメージワークを取り入れた授業を1年間に わたり続けた結果、子どもたちにある変化が起こったという。
以下は2年生(1990年度)の担任教師穴沢則子の体験談である。8
「この前も、子供たちは、畠に植えたひまわりや野菜などに向かって、何か わけのわからないことをブツブツ言っているんです。何をしているの、と聞く と、 お話しているんだよ と言うんです。面白いことを言うなあと思いながら、
はじめは冗談半分に聞いていました。ところが、子供たちは本気だったんです。
しかも、クラスのみんなが同じように植物に声をかけているし、植物から返事 もちゃんと聞こえるらしい。子供たちは植物と話ができるらしいんです。本当 に驚きました。」「マラソンの練習の時に『森』のそばを走りながら、自分の木 に激励される子供もいた。『 こんなに暑いけど、ぼくもがんばっているんだか ら、君もしっかり走りなよ と森の木が励ましてくれたから、ぼく、がんばっ た』と。こんな話を学校の中のあちこちで聞いたのだった。改めて聞いて見る
と、穴沢さんのクラスでは三十人人全員が植物と交流していたという。」
このような話を聞くと、何か特別なことが子どもに起こったのかと思われる かもしれない。しかし、これはイメージワークの手法を授業に取り入れたり、「森
さんへの手紙」「森さんからの手紙」などを書き続けてきた結果であった。
8山之内義一郎 前掲書 pp.156・157