アブラハム・マスローは、人間性心理学(humanistic psychology)を確立した 心理学者である。人間性心理学は、「人間を無意識に支配されているとする精神
6中川吉晴「トランスパーソナル教育学」安藤治編『トランスパーソナル学』vol 1 トランスパーソナル学会(1996)p.53
7伊藤隆二「トランスパーソナル教育とスピリチュアリティの覚醒一『真理』に 生きる人間になるr『東洋大学大学院紀要』第35集(1999)p.611
8中川吉晴前掲書p.57
分析や,外的環境に支配されているとする行動主義に対して,人間を自由意志 を持つ主体的な存在として捉える立縞9であり、マスローはこれを、行動主義 と精神分析の二大勢力に対して第三勢力の心理学とよんでいる。
さらに彼は、「人間主義的で第三勢力の心理学は、過渡的なもので、なお一層
『高次』の第四勢力の心理学、すなわちトランスパーソナルで、人間を超えた 心理学の準備段階と考えられると思う。」10とも述べているように、その成果を 越えて、トランスパーソナル心理学の先駆者ともなっている。
彼のホリスティックな人間観、二分法の超越、至高経験による「つながり」
などは、ホリスティック教育を理論的に支えるものである。
(1)全体的一力動的理論(Hohstic・Dynamic Theory)
マスローは、行動主義と精神分析がある程度有効であることは認めながらも、
やはり人間は、「部分」の寄せ集めではなく「全体」として捉えないかぎり、十 分に理解することはできないとして、機械論的人間観や要素還元主義を批判し
ている。
「心理学の基本的データは、心理学者が構成要素や基本的な単位に分析しよ うとした本来の複雑さであるという矛盾した結論に終わってしまうのである。
もし我々が、いやしくも基本的データという概念を用いるならば、それは独特 の概念である。なぜなら、それは単純ではなく複雑で、部分的ではなく全体で あるからである。もし、この逆説をよく考えてみるなら、基本的なデータ追求 はそれ自体、複雑なものは単純な要素から作られているという原子論的な世界 を仮定している科学的な哲学の世界観の反映であることを理解しなければなら ない。そのような科学者が最初にすることは、いわゆる複雑なものをいわゆる 単純なものに還元することである。これは分析によって行われる。複雑なもの は分解に分解を重ねられて、もうこれ以上分解できないものになる。この手法 は、科学の他の分野では少なくとも一時的には成功を見てきている。しかし、
心理学においては成功していないのである。」11
9中島義明 他愛前掲書p.660
10A.H.マスロー著 上田吉一訳『完全なる人間一三のめざすもの[第2版]』
誠信書房(1998)p.五
11A.H.マスロー著 小口忠彦訳『[改訂新版]人間性の心理学』産能大学出版部
(1996)p.456
そこでマスローは、次のように「全体的一力動的理論」を提唱したのである。
「たとえば、胃という器官を研究する場合、①それを死体から切りとって、解 剖台に乗せる方法と、②本来の場所、すなわち生きて機能している状態で研究 する方法の二つがあるわけである。(中略)我々のパーソナリティ研究において
も、同様に二つの態度で対することができる。すなわち、他と切り離されたも のとして研究するか、全体の部分として研究するかのどちらかとして理解でき る。最初の方法は還元的一分析的、二つ目の方法は全体的一分析的と呼ぶこと ができるであろう。パーソナリティの全体的分析の実践における一つの本質的 特徴は、有機体全体の予備的な研究あるいは理解があって、その次に研究の対 象である部分が、有機体全体の組織のなかで、またその力動的な活動のなかで 果たしている役割の研究に進むという点である。」12
(2)二分法の超越
マスローは、人間内部に見られる二分法(両極性、対立点、矛盾)の例とし て、「利己主義と非利己主義、理性と情緒、衝動と統制、信頼と意志、意識と無 意識、相反し対立する利害、幸福と悲哀、涙と笑、悲劇と喜劇、アポロ的とデ
ィオニソス的、ロマンチックと古典的等。」13を挙げ、このような二分法の「超 越」が、健康で自己実現をとげている人間の特徴であることを論じている。
マスローは、この「超越」を「人間の意識の最高の、最も包括的で、全体論 的な水準を意味するものである。」14「二分法から上位の全体性に上昇すること。
原子論を超越し、階層的統合性へと向かうことを支持する。分離したものを一 つの統一体にまとめること。終局は、宇宙を単一体として、全体論的な見方を すること。」15と説明している。つまり、「超越」とはホリスティックな見方によ
り、二分法的対立を克服することなのである。
(3)至高経験による「つながり」
至高経験(peak experience)は、マスローの心理学における中心概念であると 同時に、人間性心理学とトランスパーソナル心理学をつなぐ重要な概念の一つ 12A王1.マスロー(1996)前掲書pp.457・458
13A.H:.マスロー著 上田吉一訳『人問性の最高価値』誠信書房(1973)p.154 14同上書 p.329
15同上書 p.322
である。
マスローは、至高経験にある人の「つながり」について次のように述べてい る。「至高経験にある人は、他の場合以上に精神の統一(合一、全体、一体)を 感ずる。かれはまた(観察者から見ても)いろいろのかたちで(以下にのべる
ように)一段と統合しているようにみえる。たとえば、分離分裂が少なく、自 分に対して闘うよりもむしろ平和な状態にあり、経験する自己と観る自己との 間にずれが少なく、かれのすべての部分機能がたがいに巧妙に、台臨なく体制 化され、それが集中的、調和的、効率的である」16「かれが一段と純粋で単一の 存在になるにつれ、世界と渾然一体に深くっながることができるようになり以 前には自己でないものとも融合するようになる。たとえば、恋人たちは、たが いに緊密になって、二人の人間というよりむしろ一体となり、八一汝の一元論 が可能になり、創造者は創造している作品と一つになる。母親も子どもと一体 であることを感じ、鑑賞家は音楽や絵やダンスになりきる(そして音楽、絵、
ダンスもまたかれになる)のである。天文学者は(望遠鏡の孔を通じて、一つ の分離体が深淵をはさんで別の分離体をのぞくというのではなく)星に『夢中 になる』のである。」17
このように至高経験にある人は、個を越えた深い「つながり」や「一体感」
を経験することになるのである。
マスローが研究において注目したのは人間の「可能性」、特に精神的成長の「可 能性」であった。そしてその可能性の実現が進めば進むほど、人間の全体性や 個を越えたつながりの中で人間を見ていくことの重要性を指摘しているのであ
る。