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日本の教育実践への適用における問題点

 日本における「学校の森」や「シュタイナー教育」、さらにアメリカやカナダ における「ホリスティック教育」を、今日の日本の教育実践に適用することは 容易ではない。どのような問題点が想定されるであろうか、以下に検討を試み

る。

(1)教科統合の困難さ

 中学校、高校の授業は教科・科目の枠組みが明確であり、教科担任制でもあ る。よって、教科・科目を越えた横の「つながり」をもっこと、まして「学校 の森」の実践のような教科を統合したカリキュラム編成は極めて困難である。

「総合的な学習の時間」が設けられたとしても、1週に1時間程度では「教科 のつながり」を生み出すのには不十分であり、教師にとって、自分が担当する 教科・科目以外の領域の授業は大きな負担となる。

(2)評価の困難さ

 学校教育では、児童・生徒の能力のうち、テストにより客観的に測定し数量 化できる能力が重視されている。よってホリスティック教育が中心に扱う内面 世界(感情、精神)の成長などは数量化しにくい能力として、軽視される。

(3)非効率性

 教師は、決められた教育内容を一定期間に児童・生徒に身につけさせなけれ ばならない。よって、一つのことにじっくりと時間をかける教育活動は、非効 率ということで切り捨てられやすい。

(4)教師の幅広い専門的力量を必要とする

 知性に働きかける学習だけではなく、非言語的・体験的アプローチ、イメー

ジワークなどを用い、感情、精神、身体を含めた全人的な働きかけが必要であ る。ワークやエクササイズなどの手法の一部には、そのまま適用できるものも あるかもしれない。しかし、「サイコシンセシス」「人間性心理学」「トランスパ ーソナル心理学」などの基礎的な理解が必要となるなど、誰にでもできる安易 な方法とはいえない。

 さらに、今まで以上に、児童・生徒の興味関心をとらえ、地域に根ざした教 材の開発、授業の構成が求められる。また、教科の「つながり」を視野に入れ、

自分の専門以外の教科にも教材研究を拡げる必要がある。

(5)教師の学校経営力を必要とする

 従来のように、中央の管理統制の下での横並びではなく、地方分権をすすめ、

学校の実情、児童・生徒、教師、保護者、地域の人々、社会環境、自然環境、

歴史的文化的伝統などに応じた特色ある実践がなされなければならない。その ためには、校長をはじめ教師の学校経営力が必要となる。

(6)ホリスティック教育のための教師の養成・研修を必要とする

 ホリスティック教育の実践には、教師の知識や技術だけではなく、教師のあ り方そのものが深く関わっている。よって、教師自身の自己探究と自己変容が 必要になってくる。教師の精神面の自己成長は、児童・生徒の精神面の成長や 教育実践の質に大きく関わってくる。ホリスティック教育の実践のためには、

まず教員養成や現職教員の研修の中にホリスティック教育をとり入れていく必

要がある。

【終章】

 いじめ・不登校・校内暴力・高校中退などの表面化している問題と、その背 後で進行している多くの児童・生徒の 心の荒れ にどう対処すればよいか。

その根本的な方策を探るためには、近代教育が前提とした思考方法にまでさか のぼって問題とする必要があった。その過程で筆者が出会ったのがホリスティ

ック教育であった。

 ホリスティック教育では、近代教育が前提としてきた「分析的思考方法」や

「科学的実証性の重視」の立場では見落としてきた、あるいは意図的に排除さ れてきた「全体」や「つながり」に目を向けようとする。個のレベルでは、「知 性」「感情」「精神」「身体」といった人格構造の「全体」とそれぞれの「つなが

り」を重視する。さらに、個を越える「つながり」においては、他者、コミュ ニティ、自然、宇宙などとの「つながり」も視野に入れる。その際、目に見え る物質レベルの「つながり」だけでなく、目に見えない精神的な(スピリチュ アル)な「つながり」も重視する。

 このようなホリスティック教育の導入により、測定、数量化できない(目に 見えない)という理由もあって軽視されてきた、児童・生徒の内面世界(感情・

精神)の成長こそが重視されなければならない。そして、日々の教育実践にお いても、内面世界(感情・精神)への積極的な働きかけがなされるように留意 する必要がある。

 そのためのホリスティック教育の具体的な実践は、この論文で挙げた以外に も数多くある。さらにホリスティック教育という呼び方をされていなくても、

他に類似した優れた実践はいくらでもあり、それらに学ぶことから始めなけれ ばならない。また、自分の実践や他の実践をホリスティック教育の立場から見 直し、その実践が「全体」のどこに重点をおいており、どこを補っていく必要 があるのかを見ていくことも重要である。

 では、実際の問題としてどのようにすれば、今の学校教育の現場にホリステ ィック教育を導入できるのであろうか。

(1)「総合的な学習の時間」をそのまま利用する。

 ただし、教科・科目ごとの時間割の中に週1〜3時間組み込まれるだけでは、

その学習効果にも自ずと限界があると思われる。

(2)既存の教科・科目の授業を、「ホリスティックな授業」にしていく。

 教師は、教科・科目の知的内容を教えるという従来の役割の「枠」を一歩ず つでも越えていかなければならない。そして、教科との「つながり」、自己との

「つながり」など様々な「つながり」を模索しなければならない。

 そして、児童・生徒にとっては、授業における探究が、自分が生きている世 界の探究、自己の探究、自己の生き方の探究、そして自己の変容へとつながっ ていくようにしなければならない。

(3)授業に対する発想を転換する。

 ホリスティック教育を導入するためには、従来の授業の在り方に対する囚わ れから解放されなければならない。すでに、教育行政においても中央集権的な 指導は緩和され、学校の自由裁量に任される部分が増えっっある。つまり、地 域や学校の実情に応じて、従来のカリキュラムや授業の枠組みに囚われない発 想や視点が必要とされているのである。その際、ホリスティック教育の「全体」

「つながり」「変容」といった考え方は、新たな発想や視点を与えてくれるので はないかと思われる。

(4)家庭一学校一地域の連携。

 「学校の森」の実践もこれら三者を中心に、さらに広範囲の人々の協力によ ってこそ可能となった。日本の学校は伝統的に閉鎖的で、教育の専門家である 教師が、学校という場の中でフォーマルな教育を行うという意識が強い。そし てその一方で、学校は教育に関して多くの役割を抱え込みすぎる傾向があるこ とも、しばしば指摘される。しかし、ホリスティック教育においては、子ども のリアルな生活を中心にすえて、それと関連する社会や家庭との「つながり」

を広げていく核として学校が位置つくことになる。すなわち、そこにおいては、

学校に対する発想をも転換することが求められるのである。

 もちろん、現場の教師にとっては、日々多忙な中、学習指導要領の範囲内で、

しかも受験も視野に入れながら、新たな実践に挑戦するのは容易ではない。

 しかし、「ホリスティック教育」実践への第一歩を踏み出すということは、必 ずしもこれまでと全く違った実践を行うことを意味しているわけではなく、よ

り日常的な活動の中に、その手がかりがあると考えることもできるのではない だろうか。何故なら上でも述べたように、ホリスティック教育はこれまでの教 育を全面的に否定しているわけではなく、これまでの教育のある部分は受け継 ぎながら、それをさらに前進させようとするものだからである。

 ただし、その第一歩を踏み出すためには、教師自身の「自己探究」「自己変容」

が前提となることは言うまでもない。ただ単に授業の壁を取り払ったり、第三 者を学校の中に迎え入れることだけで、ホリスティック教育が進行するわけで はないのである。例えば教師自身が、他の教科の知識・情報だけではなく、発 想法から学んだり、第三者の新たな視点を自分の中に取り入れていくことによ り、学校や教育そのものに対する考え方を柔軟に変容させていく必要がある。

さらにその基になっている自分のものの見方、子ども観といったものをも再検 討していくことによってこそ、真にホリスティック教育が進行することになる

のである。その点では一人ひとりの教師の肩にかかる責務は大きいと言わざる

を得ない。

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