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中学校美術の授業の活性化についての一考察 : 短時間教材の創作と展開

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(1)中学校美術の授業の活性化に            ついての一考察        短時間教材の創作と展開. 教科・領域教育専攻. 芸術系コース. M87316A 永井i封{雄.

(2) 目  次. はじめに…一…………・…一……一…・………一・一一一………一……一………………一一・…… 1. 第1章美術教育の現状と問題点・………………一……一……一…一一一一一…一… 3  第1節 21世紀のための教育…一一一一一一一…一一・一…一一一一・…一…一 3.  第2節美術教育の果たす役割……………・…一一一………………一一………・11    1.創造力、思考力、表現力の育成…一一一一…………一…一一一…………12.    2.個性を生かした自己表現の育成一……………一・…一………一…14    3.相互共存体験と心の育成…・一……一…一…一…・…一…………・…一一…15  第3節 美術教育の現状と問題点………一一………一・……一…一一一一一一一…一一一17.    1.大学生の調査から…………一一……一…一一……………一……一……一17    2.中学生の調査から…一一……………一…………一……一一一……一………18  引用・注釈(第1章)………………一…………一…一…一…一一…一一一一一一……一…一一22. 第2章 美術科の授業の改善・一……一一一一…一一一一一一一一…一…一一一一一……一……一一一一……23.  第1節 美術科授業の実情……一………一一一一……一…・…一………………23    1.花をかく……一…………一……………一一…一………一…一……一一一一……・・23    2.ポスターの製作…一…一…一一一一…一一………一………一・……・・…………一27.  第2節 美術科の授業実践から…………・……・一一………………・………・・32.    1.長時間教材「木彫りのくず箱」の分析………一………一……一・34    2.長時間教材・短時間教材の長所と短所……………・…一一一……37  第3節 美術科の年間指導計画一………一一一…一……………一一…・一・………41    1.教科書発行3社の年間指導計画・一一一一一一…一一一一……一一一一…一一41.

(3)   2.年間指導計画の検討一一一一一一…………一一…一…・…………一一…………一48 第4節短時間教材の必要性…一……一一一一一一…一一……………一…・……・一…一一 51 引用・注釈(第2章)・………一・一一一一一一一一一一一………………・………一一……一一一一…57. 第3章短時間教材による授業実践………………・…一………一一…一一一…・…・58  第1節 短時間教材創作の視点……一…………一………一……一…・……一一…58    1.生徒全員が短時間でできる教材一………………一・………一一…一一一58.    2.生徒にやる気をおこさせる教材…一……………一…一一一一…一一…59    3.学習のねらいが明確である教材一一一一…一…一一……一……一一……・…61.    4.授業の準備に時間を費やさない教材…一……………・…一…・…63    5.わかりやすい指示で作業のできる教材・一……一一一…一……一一64  第2節短時間教材「切り紙の構成」の考え方…・…一…一一……一一…一一一一65  第3節 授業実践……一………一一一…一一一……一……一一…一一一一・一一一………一…一……・70.    A.指導案……………一…・・一一………………一・…………一……・・…………70    B.授業記録一……………・・一……一…………一一一…一一……一……一一……一…一・77.    C.生徒作品・………………一…一……一………・一一……………一・一一一………・85  第4節 授業実践の考察………………一一一…一一一一一一一一一一一…一一一一……一一一一一…一…一一89.    A.条件・発想に関すること………………一一…一一一…一一…一…一一一一一一一…一89.    B.技術に関すること……一一一…一……一…………・……一一………………92    C、鑑賞に関すること一一一一一一一一一……一一……一………・…一………一一一…一一・93.  第5節構成の作品に関する共感度……一…………一…………一一……一一99  注釈(第3章)一……一一…一一一……………一一一一一一一一・一…一一一一一・………107. おわりに・一………………一…一一一一一一一一………一一・…………一一…一一一一一一一……………一一一108. 参考文献・一………………一……・一…………一…一…一………一…・……………一一…112.

(4) ‘まじめGこ.  中学校教育にとって、1980年代前半は、まさに多難な時代であっ た。それ以前から教育の荒廃ということが叫ばれていたが、この時期、. 校内暴力に代表される「荒れる中学生」が日本のいたる所に出現し、ほ とんどの中学校はその洗礼を受けてきた。最近、そうした事態は表面上. は鎮静化しつつあると報じちれているが、とても本質的な解決がなされ ている状態とは言えない。.  そうした中で今、21世紀を展望しつつ日本の望ましい姿を求めて教 育改革が行われようとしている。.  しかし、中学校の現場の実情を見るとき、改革以前に解決しなければ ならない問題が山積していると言わなければならない。中学校の教育環 境を、明るく楽しい学びの場に取り戻すには、教師が自ちを問い直すこ とから始めなければならないであろう。.  美術の授業に目を向けてみると、「美術に自信の持てない生徒」、「. 美術の嫌いな生徒」、「表現に意欲を示さない生徒」が多数存在してい る現状を、美術教師は放任してはいないだろうか。そのような生徒の現. 状に関わる責任を外に求めるよりも、美術教師はまず、自らの姿勢を省 みて、美術の授業の活性化を妨げるものは何かを自らの内に探り、自ら. の努力で生徒たちが生き生きとした活動のできる授業を展開すべく、授 業の改善を図ることが必要であると考える。.  今までの授業を振り返ってみると、教師のエゴや芸術的嗜好などによ って、生徒を無視した授業を展開してきたのも事実である。例えば、ど. んなに内容のある教材でも、1学期1教材では生徒の共感を得ることは. 一1一.

(5) できないであろう。生徒の共感を得る授業、生徒の立場に立って構成し た授業、教師と生徒の間にズレやギャップのない授業を創造していくこ とは、美術教師が身近に取り組める努力の一つである。いや、最も基本 とすべき教師の姿勢であろう。.  先に述べたような授業の創造が、教育改革の第一歩となることを信じ て、短時間教材の研究を始めた。それは、今まで中学校の美術科で扱わ れることの少なかった短時間教材に、もっと積極的な意義を見いだすか らである。短時間教材は、美術の授業の活性化を図るかぎになると思え るのである。.  私に限らず、中学校美術科の年間指導計画は長時間教材主体で構成さ. れ、実践されていることが多いと思える。しかし、そのような長時間教 材一本やりで指導することが果たして生徒の実態や能力に合ったことな のか、疑問を感じるのである。長時間教材の長所・短所を究明すること なしに指導されているのであれば、問題はより多い。.  短時間教材の研究を進めることはまた、長時間教材を見直すことであ り、その長所・短所を明らかにすることでもある。短時間教材、長時間 教材それぞれの価値を解明することから、新しい教材創作の視点が見え てくるであろう。生徒に創造性を期待するならば、教師もまた教材の創 作をするのは当然のことである。.  本研究は、短時間教材の創作と展開を核にして、美術の授業の活性化 を図ることが目的である。. 一2一.

(6) 第■章. 美術教育の現状と             問題,点. 第■節. 2■世紀のための教育.  激動の80年代と言われたこの年代も終わりを告げようとしている。 戦後日本は、それこそ何もない、まさに毎日の食べ物を心配するという. 惨めな状況から出発し、貧困からの脱却を目指してひたすら働くことに より、豊かさを求め、世界の国々に追いつくことに専念してきた。そう した追いつき追い越せの努力が実った今、過去を振り返ってみると、隔. 世の感がある。しかし、その豊かな現実を見つめるとき、果たしてこれ でいいのだろうかとの不安感を覚える。.  戦後日本の教育も、社会の発展にともない、試行錯誤しながらも一定 の成果を上げてきた。だが、現代の社会の急激な変化は様々なひずみを. 生じ、その中にあって教育もまた多くのひずみを露呈してきた。今、教 育がその転換期にさしかかっていることは、いろいろと指摘されている ところである。.  さて、未来に目を転ずると、人類はあとわずか12年でこの20世紀 に別れを告げて、新しい21世紀を迎えることとなる。すでに、現在の 学校教育の対象となっている児童・生徒たちが社会人として活躍する時. 代は、この21世紀である。  教育は未来を志向し、それを支える力である。今ここで、21世紀を 見通したこれからの教育はどうあるべきか展望し、21世紀を目指す子 ども像をとらえておくことが必要である。美術教育もまた、そうした子. 一3一.

(7) どもを育成する一翼を担い、育てていくものである。.  折しも昭和59年、臨時教育審議会が発足し、教育改革に関する4次 にわたる答申を行ってきた。そこには、21世紀を展望する中に、国の 考える「21世紀に向けての教育の基本的在り方」が示されている。改 革の方法に関しては問題もあるが、その改革の理念は尊重すべき内容で ある。また、これからの日本の教育の方向を示すものとしても、重要で. ある。そうした意味で、臨時教育審議会が示す21世紀のための教育の 目標と、目標の示された背景にある現状認識についてあげてみる。.  まず答申の現状認識であるが、日本の学校教育の現状を発展している ととらえないで、次のような点から荒廃しているととらえていることが 重要である。.  「陰湿ないじめ、子どもの自殺、登校拒否、青少年非行、校内暴力、. 家庭内暴力、偏差値偏重の受験競争の過熱、学歴偏重、いわゆる問題教 師、体罰等に現れている教育荒廃の諸症状は、現在の学校社会の内部お よび外部に手術を必要とする病理メカニズムが形成されてしまっている ことを示している。」{、}.  そして、このような教育荒廃の複雑で根深い病理メカニズムの本質を. 解明しない限り、学校改革、教育改革の正しい処方箋を見出すことはで きないとして、教育荒廃の諸要因を分析している。.  さて、我が国の学校教育が深刻な危機の中にあることは、教育の荒廃 に関わる諸問題がいわば社会問題として認識され、マスコミに取り上げ られることが日常化していることからもわかる。その危機の中にある子 どもたちの状況をまずとらえておきたい。.  現在、「教育の荒廃」と呼ばれている複雑な社会病理現象の中で、子. 一4一.

(8) どもたちは、経済中心、効率中心の大人社会の中で遊び場を失い、人間 らしく生きる場を失い、子ども自身の生き方に苦しんでいる。また子ど もたちは日本の現代文化の中で知識の詰め込みを強要され、学ぶ楽しさ を忘れて絶望している。子どもたちは自由で創造的なものへの芽を摘ま. れて、意欲や希望を挫折されている。そして試験その他の序列主義の教 育姿勢によって、人間不信に陥っているととらえたい。このような問題 の本質は、子どもたちが現在の家庭、学校、社会の中で、人間としての. 尊厳、価値、個性、自主性が認められていないところに様々な心理的重 圧感を受けていることではないだろうか。.  このような教育荒廃の諸要因について、第2次答申の中で次のように 述べている。.  「こどもの心の荒廃をもたらした大人社会の病因は、近代工業文明、. 追い付き型近代化ならびに戦後日本における高度経済成長の『負の副作 用』、とりわけ人間の心身両面の健康への悪影響、人間と人間の心の触 れ合いなどの人間関係への悪影響、文化・教育面への負の副作用などの. 発見と対応が遅れたことと深くかかわっているという反省の視点が重要 である。」{。》と、知識、学力の面よりも心の面の欠陥を指摘している。 また、.  「近代工業文明による物質的ならびに人間的環境の変化・破壊などの 結果、子どもの心身両面の健康が脅かされており、また自然との触れ合 いの喪失、間接経験の肥大と直接経験の減少、実生活体験と学校教育の. 分離、頭や身体を使わないでも済む便利さの代償等として、本来人間の 持つ様々な資質の退行、幼稚化、いわゆるモラトリアム人間化の現象等 が見られる。」{。)と述べている。. 一5一.

(9)  答申では上記のように深刻な教育荒廃の諸要因を分析し、その反省に. 立ちながら、21世紀に向けての新しい時代の変化と教育の課題を展望 するなかで、今後特に重要なものと考えちれる教育の目標を示している。 この目標は、知育偏重、教育効率中心の教育に偏りすぎた現状を反省し、. 今後の我が国の教育の方向を展望するとき、教育に携わるものが十分理 解できるものと思う。次にその内容をあげてみる。.      21世紀のための教育の目標{4). 1 ひろい心、すごやかな体、ゆたかな創造力 2 自由・自律と公共の精神. 3 世界の中の日本人. 1 ひろい心、すごやかな体、ゆたかな創造力.  「教育荒廃に終止符をうち、来るべき21世紀を担う子どもたちを育 成していくための重要な教育の目標の一つは、『ひろい心、すごやかな 体、ゆたかな創造力』である。.  教育基本法は、教育の目的として『心身ともに健康な国民の育成sを 掲げている。にもかかわらず、すでに述べたように、近代工業文明の発 達や追い付き型近代化の達成の成果としての物質的繁栄と教育の普及・. 量的拡大が、人間に幸福をもたらした反面、子どもの心身両面の健康に 深刻な危機を招いている。.  このことの自覚と反省に立って、これからの教育はとくに人間の心と. 健康の大切さを認識し、子どもの心身両面の均衡のとれた発達に最大限 の努力を払うことを教育の中心に据えていかなければなちない。.  また、人生80年時代の人間の幸福の基礎が、生涯を通じての体の健. 一6一.

(10) 康にあることも十分認識しておく必要がある。.  教育の目的が、人格の完成を目指すことにある以上、その実現に近づ くための基本は、徳育、知育、体育の調和の中に、真・善・美を求め続. ける『ひろい心』と『すごやかな体』を大切に育むということでなけれ ばならない。それは理性的なものと感性的なもの、論理的なものと倫理 的なもの、人間や自然に対する優しさと思いやりの心、感謝の心、さら にはゆたかな情操、人間の力をこえるものを畏敬する心などを含むもの である。それは従来の偏差値偏重の入学試験に象徴されているような、. 知育のほんの一部に過ぎない、規格化された計量可能な知識の断片の測 定結果だけで人間を評価し、順序付けたりすることとは反対の方向、個 性ゆたかな人間の復権の方向を目指すものでなければならない。.  また、21世紀に向けての時代は、芸術、科学、技術等のあらゆる分 野において、『ゆたかな創造力』の開花を必要としている。これからの 教育がこの点に格別の努力を払う必要があることは、第一次答申でも、 『創造性・考える力・表現力の育成』という項で強調しているとおりで ある。このような創造力もまた『ひろい心』と『すごやかな体』の心身. 両面の健康を基礎とする強靭でたくましい生命力のなかにはじめて育む ことができよう。」. 2 自由・自律と公共の精神  「21世紀に向けての社会の変化、文化の発展、様々な分野での選択 の機会の拡大等を考慮に入れると、これからの教育の目標として『自由 ・自律と公共の精神』を掲げることが重要である。.  先に述べたように、物質的繁栄や便利さの代償として、基本的な生活 習慣の形成が十分でなく、自主性に乏しい精神的にも肉体的にもひよわ. 一7一.

(11) な子どもが目だってきている。また、豊かな社会の実現により、かえっ て確固たる自我の形成が行われず、自己抑制力、自立自助の精神が衰弱 し、責任感や規範意識が薄れてしまっている。.  このような状況は、今日の教育の危機の根底にある文明史的な問題で あるが、未来を考えるとき憂慮にたえない。これを放置したままでは、 個人の尊厳も個性の尊重もさらには人格の完成も不可能である。.  また、従来の教育が画一主義、形式主義に流れ、個人の尊厳、個性の 尊重、自主的精神の酒養がなされず、個の確立、自由の精神の尊重等が 十分でなかったことを反省しなければならない。  もとより、自由は、放縦や無秩序、無責任とは全く異なるものであり、. 自らの内面的規範と自主的判断に従って、自己抑制することのできる高 い能力と重い自己責任の意識等によって支えちれるものでなければなち ない。この意味で、ここにいう『自由・自律の精神』とは、自ら思考し、. 判断し、決断し、責任を取ることのできる主体的能力、意欲、態度等を 総括しているものである。.  また、個々人は、一人で存在するものではないのであって、教育基本. 法の教育の目的にいう『平和的な国家及び社会の形成者』としての責任 を果たす自覚をもつことが求められる。このため、公共のために尽くす 心、他者への思いやり、社会奉仕の心、郷土・地域、そして国を愛する 心、社会的規範や法秩序を尊重する精神の滴養が必要であり、さらには 自分とは異なるもの、異質性・多様性への寛容の心などを育成すること が必要である。.  このような『公共の精神』は、『自由・自律の精神』の上にはじめて 確立されるのである。」. 一8一.

(12) 3 世界の中の日本人  「我が国がいまだかって経験したことのない国際社会との相互依存関 係の深まりのなかで、『平和的な国家及び社会の形成者』を育成してい. くためには、『世界の中の日本人』を21世紀のための目標として掲げ ることが重要である。.  それは、かっての追い付き型近代化時代の『国際化』とは、認識の次 元を異にするものであり、全人類的視野、地球的視野に立って、芸術、. 学問、文化、スポーツ、科学技術、経済社会等の様々な分野で国際社会 に貢献することのできる日本人を育成することを目指すものである。.  我が国が、平和と国際協調と相互依存関係の中に生き続けていくため には、日本人が国際社会において真に信頼されることがまず必要である。. そのためには、第一に、広い国際的視野の中で日本社会・文化の個性を 自己主張でき、かつ多様な異なる文化の優れた個性をも深く理解するこ とのできる能力が不可欠である。第二に、日本人として、国を愛する心 をもつとともに、狭い自国の利害のみで物事を判断するのではなく、広 い国際的、地球的、人類的視野の中で人格形成を目指すという基本に立 つ必要がある。.  また、多様な異文化を深く理解し、十分に意思の疎通ができる国際的 コミュニケーション能力の育成が不可欠である。このための基礎的条件 は、①広い国際的視野と人類的視野で物事を考えることのできる知識と. 能力、②異文化と意思疎通ができる語学力、表現力、国際的な礼儀作法 ・知識・教養、③国際社会において日本の歴史、伝統、文化、社会等に. ついて説得力ある自己主張のできる広く深い日本認識、などをもってい ることである。」. 一9一.

(13)  第2次答申は以上のように21世紀に生きる子ども像をとらえ、教育 の方向を示している。.  さてこの改善のねらいを見るとき、美術教育が担うべきものと考えら. れる内容が多く示されていることに気づく。そのような内容の主なもの を次にあげてみる。. A.ゆたかな創造力 B.個性の尊重 C.国際文化と日本人  このような教育の目標は、従来の美術教育においても中核の目標とし て指導を展開してきたはずであるが、改めて問い正されるとき、果たし. て達成できていると即座に回答することができるであろうか。もし不十 分な部分があるなちば、美術教育に携わるものは今一度原点に立ち返り、. 美術教育の役割と指導のあり方について考えてみる必要がある。. 10一.

(14) 第2節美術教育の果たす役割  前節において、①ひろい心、すごやかな体、ゆたかな創造力、②自由. ・自律と公共の精神、③世界の中の日本人、にまとめられた21世紀の ための教育の目標に基づいて、美術を通してその目標に迫るために、美 術教育における目標を対応させて考えてみたい。さてその際、本来ある. 美術教育の目標が基盤にあるのであって、ここで考える美術教育の目標. は、そうした本来の目標のどこに重点を置くことが21世紀のための教 育の目標となるのか、考えていくことになる。  文部省の「中学校学習指導要領」{,》に示されている美術科の目標は 次の通りである。.  表現及び鑑賞の能力を伸ばし、造形的な創造活動の喜びを味わわ せるとともに、美術を愛好する心情を育て、豊かな情操を養う。.  この目標を基盤として、上記①、②、③、に対応させた美術教育にお ける目標を考えると次の項目をあげることができるであろう。.  (1)創造力、思考力、表現力の育成  (2)個性を生かした自己表現の育成  (3)相互共存体験と心の育成  美術科の学習は、絵をかいたり、ものをつくったりする造形的な手段 を通しての実践的な創作活動、“場”と“物”を介しての創作活動が主. 軸となって営まれる教育活動である。言いかえれば、自分が生活体験の 中から見つけたこと、感じたこと、考えたことを描画材料を使って、色 や形で表現したり、自分の生活をより楽しくしたり高めたりするために. 一1 1一.

(15) いろいろなアイデアを出し、想をひろげ、想を深め、身近な材料を使っ て、新しいものをつくりだす活動である。.  この活動は本質的に外から課せられた活動ではなく、また評価される. ためにすすめるものでもなく、自己の自由なイメージをもとに、主体的 な創作活動をする中で発展し、創造性が培われていくものでなければな らない。創作活動は人間が本来持っている欲求であり、喜びをもって創. 作し、欲求を満たすことが、人間性豊かな心の育成につながるものと考 える。. 1 創造力、思考力、表現力の育成.  創造力とは、恩田彰によれば「新しい価値あるもの、またはアイデ アをつくり出す能力」(6)である。また「そのさい『新しい』という. 意味には、社会的、文化的に価値ある質的な変革をもたらす場合と、. 個人にとって新しい経験という場合とがある。成人の創造性を評価す る場合には、ふつう社会的規準に基づいて行なわれる。すなわち新し さの評価は、われわれの社会にとって、少なくとも評価する集団にと って価値ある新しさを持つかどうかということである。他方子どもの. 創造性を評価する場合には、生み出されるアイデアやものが、その個 人にとって価値のある新しいという個人的規準が用いられる。」(。}.  美術での自己表現は自己の自由なイメージ(内面世界)を形に表す ことであり、真の造形活動は、自分のイメージが表現された時、個人. にとって創造の喜びを味わうことができるものであり、そこに美術教 育の価値がある。たとえ社会的な価値規準や、大人の規準から見て創 造的でなくとも、個人としての創作過程があれば、また個人にとって. 価値の新しさが認められれば、この積み重ねは創造性を育成するに二. 一12一.

(16) 値ある経験と言えるだろう。.  思考とは、新教育用語事典によれば「ある人間にとって瞬間的に解 決できない、いいかえれば直接にその場面とその解法が条件づけられ ていないような問題場面に直面すると、普通、人間は一時活発な外面 的行動を行わなくなる。このとき、その人間の内部で行われている活 動を思考という。」「思考という心的活動は、問題場面(刺激)とそ. れに関係付けられるべき多くの解法(反応)とを内面的に検討・吟味 して適切な解法(反応)を見いだしていく過程である。」{8}.  美術では、提示された教材の特性、条件などの刺激から様々な発想 を浮かべ、色や形、材料をもとに操作思考しながら、絵にかいたり、 ものをつくったりする具体的、実践的な問題解決の活動がなされる。. 美術では、描かれたもの、つくられたものが常に1つの正解を求めた り、完全であることを期待するのは無理であるし、意味がないものに なる。失敗はつきものであるし、認められるべきものである。失敗し. て、その失敗の原因がどこにあるかを知り、その解決の方策を模索す ること、つまり具体的な操作思考をともなう造形活動を通して努力す るところに創造思考の体験が期待できる。失敗を恐れず、対決を繰り 返すことは、思考力を育てる価値あることである。.  表現力とは、新教育用語事典によれば「自己の考え(思考作用の結 果)をほかに伝えようとする作用が表現である。表現の方法には、基 本的に言語、文字、絵画、行動、記号その他がある。これらを効果的 に使う力が表現力である。」{。}.  表現するには、自分のイメージが先にあるのであって、そのイメー ジを効果的に表すには、表現技術が必要になる。表現力と表現技術は. 表裏一体のものであるが、表現力は表現技術であるとは言えない。表. 一13一.

(17) 現力は生徒(子ども)の心身の発達にともない、生徒の表現したいイ メージの拡大、深化にともなって、自ら主体的に開発し、獲得してい くものであって、押しつけちれた技術によって身につくものではない。 技術先行の教育は、生徒にとってイメージのともなわないものであり、. 反省されなければなちない。.  このように創造力、思考力、表現力の育成は、美術教育の核になる ものであり、そのような能力の育成を阻害する技術先行の授業、画一 的な作品をつくる授業、いわば技術主義・作品主義の授業を排して、 その核心に迫る授業の創作こそ大切であると考える。. 2 個性を生かした自己表現の育成   生徒の顔弓がみんな異なるように、同じ物を見てもそれぞれ見方、. 感じ方、受け止め方は異なっている。特に心を通して感動する、直観  し感受する活動は、人と違っているところに価値がある。この一人一. 人の感受した内容を大切にして認め励ますことにより、個性的な表現 が期待できる。このためにはできるだけ自由な雰囲気で何の阻害され  る要因もなく自己を表出できる、安定した環境の用意がなされねばな  らない。そして、自分の目をはじめとする五感を敏感に働かせる感受 性の強い個を育むことへの配慮が必要である。.   雪の降るのはだれしも体験することである。しかし、「ああ、雪が 降ってきたな」では個性的な見方にはならない。「雪は白い花びらの  ようだ。一つ一つがまるで命を持つかのように自由に舞っている。」  とか、「耳に止まった雪が、あなたはあたたかい人ね、とっぷやきな. がら水になってポトリと落ちた。」というように、雪に対するそれぞ れ異なった見方、感じ方があるはずである。それを教師がそのまま認. 一14一.

(18) めることによって、また生徒間で認め合うことによって生徒は個を確 立することができる。そのような見方、感じ方、考え方かち生まれる 自分の想を具体的に表すとき、他への伝達ができると同時に自己を確 かめてもいるのである。自己表現は個を確立していく手段と考えてよ いだろう。.  絵を描く活動は、自分の生活体験を通して見つけた自分の想を画面 に表現する活動であり、ものをつくる活動は、ある刺激(条件)のも とに自分が構想したものを材料を使って現実のものにつくりかえる活. 動である。この表現された中に自分はこう感じた、自分はこんなもの を考案したと、自分が作品の中に存在してこそ作品の価値がある。自 己表現はまた、自己主張できる場と、自己主張を共感する場を与える ことによって育成される。.  美術の授業は、生徒一人一人の想をもとに自己表現できる場を保証 しなければなちない。教師の指導のもとに画一的な作品を作り、作品. の出来具合を比較して、上手、下手の技術の評価に終わる美術の環境 からは、自己表現を期待することはできない。. 3 相互共存体験と心の育成   生徒にとって最も身近な社会は学級であり、生徒一人一人は学級を 構成する構成員である。学級が拡大されて学校になり、学校が拡大さ れて住んでいる町になり、住んでいる町が拡大して日本の国になり、  日本の国を拡大すれば世界となる。生徒一人一人は学級の構成員であ  り、町の構成員であり、日本を構成する一員であり、世界を構成する 一員である。このように考えてみるとき、目を世界に向けることもこ. れからの社会の発展と関わって大切なことではあるが、まず学級での. 一1 5一.

(19) 相互共存の体験の中で学級の友だちに信頼されることが、国際人とし ての資質を培う基本となるものであろう。.  学級の生徒が目標に向かって共に学ぶとき、相互の望ましい刺激は 学習の活力を引き出すもとになるものである。特に、ある共通の課題 に対して作品を通して自己主張することは、集団の一員としての自己. の価値ある存在を確かめることができるし、自分の創造した作品が他 の作品と異なるとき、友だちに新しい創造への刺激を与えることがで きるだろう。そして友だちの表現したものの良さを見つけ、感じとり、. その価値を認め合うことは、生徒相互の心のつながりを深め、他の人 を愛する心を育成できるものと信ずる。.  美は、秩序があって初めて感得できるものである。自己表現された ものから秩序の美を見つめ認める目、また秩序ある学級の中で展開さ. れる学習の美など、秩序の大切さを認識しておかねばならない。この 秩序ある自己表現の中で美を求め、友だちの表現する姿に美を感じ、 対話の中に心の美を感じ、友だちの表現から美を見いだす授業こそ、 表現を通して心を育成するものであり、美術教育の願うものである。 自分の利害のみに目を向けるのでなく、学級の一員としての責任を果. たす満足感、充実感に浸らせる授業こそ、将来の国際人として、世界 の人々とのコミュニケーションの能力を育てることに通じるものと考 える。. 16一.

(20) 第3節. 美術教育の現状と問題点.  21世紀に向けての教育の中で、美術教育の果たす役割について述べ てきたが、果たして生徒たちが個性豊かに、自由に想像し、思考を働か せて、創造的な表現活動をしているだろうか。生徒たちは自分の想った こと考えたことを何の抵抗もなく自己表現しているだろうか。生徒たち は学級の一員として自己主張しながら協調し、豊かな美しい心を育んで いるだろうかと考え現実の生徒を見るとき、心淋しいものを感じる。  ここでは大学生へのアンケート調査と中学生へのアンケート調査から 美術教育の現状と問題点を探ってみることにする。. 1 大学生の調査かち  兵庫教育大学の学生に、美術に自信がありますかと質問してみると、. 自信ありと回答したものは約200下中15名にすぎなかった。‘、。)そ こで幼稚園の頃を思い出させてみると、描くことつくることは大好きで. あったと回答した学生が逆に180名あまりに達している。子どもの頃 好きであったものが、小学校、中学校、高等学校と年齢が進むにつれて 減少し、この調査の結果となれば、美術教育の授業の中に阻害する要因 のあることが推測できる。またこのような現場であっては、どんなに高 らかに美術教育の重要性をうたっても価値のないことになる。そこで、 どんな理由で嫌いになったかについて思い出させてみると、 ・先生の好み(趣味)で指導が偏しているように思われて。 ・ほめちれたり、貼りだされたりする人はいつも決まっている。 ・絵ばかりかかされて自分の好きな工作が少なかった。 ・色をつけるとむちゃくちゃになる。. 一17一.

(21) ・時間内に終わちず、未完成で終わる。時間のゆとりがない。 ・先生が子どもの絵に手を加えることにより、先生に頼るようになった。. ・「さあ、やりなさい」というだけで、どうやったらいいのかコツが少  しもわからない。. ・うまく作ること、きれいに描くことばかりであった。 ・過程を無視して、結果だけで採点される。. など興味と自信を失った理由をあげている。この回答を見ると、教師の. 子どもへの対応、教材観、評価などが大きな要因となっていることを認 めることができる。このような指導の問題点は教師として授業の中で普 段行われているもので、ことさち新しい理由ではないが、もしここに原 因があるとすれば、どんなに教師が教材を考えても、また子どもの能力 に合わせて興味のあるもの、理解しやすいものを与えても、基本的な教 師の指導姿勢から反省されねば解決にならない。.  「好きこそものの上手なれ」ということわざがあるように、好きであ って初めて個性的な自己表現も期待され、創造性の開発もされていくの ではないか。好きであることが表現活動の原点であれば、嫌いになちな いように、また嫌いになったものを好きにするよう努力することこそ指 導に当る教師の最も重要な姿勢と言えるだろう。生徒たちを嫌いにする 授業、負担になる授業であれば、授業をしない方がよいと言われてもし かたがないことである。. 2 中学生の調査から  次に横浜国立大学の教育学教室が中心になって行った「中学校美術科 教育の実情調査」(、、}の報告の中から、美術教育の現状と問題点を考察. してみる。この調査は、全国の中学生に好きな教科・嫌いな教科につい. てアンケート調査し、生徒1857人の回答(複数回答)を集計したも. 18一.

(22) 果 育. の の.    1. で 表. の. ある。次にその集計結 (中学校美術科教 アイ. 問. 表をあげてみる。. 実情調査より)*%. .あ穏たの好きな教科は何ですか◎. 好きな理由は何ですか。. ヌ唱いの. 19.2.  教. オが. y藁 セが.  先が生. 竕ネ ウ誉.  にみ. ォが. ォうな 驍トと. D生. 繧フ 闍ウ セえ ゥ方. 148恒7. 50.2.  先. ョや ゥ身 キ体 ゥを. ゥ 一 轣@繕. 9.7. 17.o.  手. ナなん. セから. 逅ム が. ・.  授. 煖ニ オが. 「から. ゥ成. お授. その他.  該. ゥら. @ き. ?「から. G割合︻鮒.   好. 22.2. 12.8. 13.8.  ,       ,. 国  三吾. !9.4. 24.9. 55.7. 13.9. 3.3. 24.7. 14.1. 12.7. Q2.2. 14.7. 社  会. 28.9. 24.2. 59.4. 12.1. 3.0. 26.3. 16.2. 9.7. 2L4. :5.3. 数  学. 27.7. 28.4. 548.. 1・・巨・}…. 1LI. 10.3. 24.3. :2.8. 理  科. 2?.1. 23.9. 60.6. ユ3.3. 12.7. :1.1. 24.9. 14.1 15.ε. 塞    翠日     示. 美  術. 30.3. 19.7. 56.3. 2G.2. 4.1. 2α8. 14.9. 17.4. 23.3. 陰28.三. 17.5. 58.5. 玉9,4. 3.8. 20.3. !L7. 16.1. 30.5. ユ5.2. 14.5. 6LO. 16.6. 3.8. 17.1. 114. 17.7. 44.2. !0.8. 439,一. 保  体. 22.ユ. 5.6. 技  術. 19.3. 16.2. 60.9. 19.3. 5.1. 19.8. 9.5. 17.9. 34.9. 】o.5. 家  庭. 19.5. 15.2. 訓旧. 3.0. ユ52. 11.6. 20.4. 27.3. 16.9. 25.3. 56.1. ・・司・・. 22.8. 12.5. ユL5. 20.4. !7.7. 英知… アイ. 問. あなたの嫌いな教科は何ですか. 嫌いな理由は何ですカ㍉.  謎.  幸. らと先. ζ先. ネが生いよの. 岦カいが. ななた. ゥれさ 轤ホん @な覚 @らえ.  手. 37.7. 22.8. 33.3. 6.6. ユ2.8. 32.5. 3.9. 轤墲キ ゥこ. 「けく. ョや ゥ幽 キ体 X・をb. ゥ成 逅ム @が. ゥら. ゥく話. コ術 閧ェ. 編入. W試 ネに 「から.  枝. ^科 オ幸 「が. ォ日いの. ゥら. 凾「割な舗. @理い @由な. セから.   嫌. 2.3. 国   語. 33.2. 44.4. 27.4. 4L2. 1Lo. 13.8. 37.8. ・・h・. 社  会. 32.9. 43.5. 25.5. 4L6. 8.O. 12」. 53.4. 3.3. 2.3. 数   学. 37.0. 48.8. 35.2. 39.5. 7.6. 11.9. 38.4. 4.5. 2.5. 理  科. 27.0. 45.4. 2?.1. 44.6. 9.2. 13.7. 43.0. 3.8. 2.8. 音   楽. !7。1. 44.0. 26.4. 39.3. 8.5. 16.4. 32.1. 6.o. 7.9. 美  術. 16.5. 38.4. 23.1. 32.6. 1L4. 32.6. 30.3. 7.2. 7.2. 保  体. 13.7. 44.3. 23.5. 36.5. 12.9. 27.8. 32.5. 26.7. 5」. 技  術. 10.3. 39.8. 29.8. 37.7. 三〇.5. 37.2. 36.1. 8.4. 9.4. 家   蕨. 11.1. 4L5. 27.5. 40.1. 10.1. 27.5. 37.2. 8.7. 6.8. 英  語. 37.8. 49.9. 33.2. 39.5. 乳8. 10.5. 44.9. 4.0. 2.7. 一. 1. 9.

(23)  この表かちみると、美術の好きな割合は28.1%であり、10教科の 中で保体、音楽、社会に続いて4位にある。本来、造形的手段によって 自己表現することは誰にとっても興味のあることであり、喜びであるは. ずであって、もしこの調査を小学校の1年生に行えば、体育、図工が上 位を占め、しかもほとんどの子どもが好きと答えるだろう。この結果を. 先の大学生の調査と対応させて考察しても、小学校の高学年かち中学校 においてかなり興味が低下している現実を知ることができる。.  また、嫌いな割合は16.5%であり、この割合の少ない順かち教科 をあげてみると、技術、家庭、保体に続いて4位である。この調査も同 じく小学校1年生に行ったとしたち、0%に近いものが予想されるが、 好きな生徒の減少率から比べると嫌いな生徒は急増しておちず、生徒た ちにも回復の余地があると読み取りたい。.  一般に低年齢の子どもほど造形表現を好み、熱中するものであり、年 齢が高くなるにつれて興味が薄れていく傾向にあることはH.リードの 著「芸術による教育」{、。}の中でも同様の指摘をしており、この傾向は. 一般的な現象のようである。しかし、創造力を発揮し、自分の発想した ものを自由に自己表現する活動は生涯もち続けさせたいものであり、ま. た持続させ得るものと思う。この教科を担当するものとしては、この現 実を踏まえて、何が生徒たちを美術から遠ざけるのかその要因を明らか にして、興味、自信の回復を図り、好きであることを持続させる方向に 努力しなければならないと考える。.  そこで、表から美術が好きな理由を見てみると、「授業がおもしろい. から」が58.5%を占め、「手や身体を動かすかち」が30.5%で続 いている。嫌いな理由には、「試験の成績が悪いから」が38.4%、 「先生の話すことがよくわからないから」と「技術が下手だから」がと. 一20一.

(24) もに32.6%と、好きから嫌いになる要因に教師の教材選択、授業の 中での指導技術、評価・評定が大きく関わっていることがわかる。.  このことを考えると、教師が生徒の興味や能力を無視して専門的な内 容を与えたり、優れた作品を期待して、教師先導の授業をしなければ成 立しない高度な教材を与えるところに生徒が遠ざかる要因があるように 思われる。従って生徒の生活環境や表現能力の実態に基づいて、生徒が 安心して学習に参加ができ、主体的に創造活動・表現活動のできる教材 を与えることを考えるべきである。.  また表現技術については、個々のイメージを材料を使ってかたちづく る活動である美術教育では当然必要なものである。生徒にとって、自分 の思うように表現できたときこそ成就感、満足感が味わえるのであり、 美術が好きになるのである。この表からは、生徒の表現技術に対する自 信喪失の実態と、それに対する教師の指導の不十分さが浮かび上がる。. 技術先行の教育は反省されねばならないが、表現を支えるべき基礎的技 術は的確に身につけさせねばならない。生徒の個性や能力に合わせて適 切な指導をしていく必要がある。.  また評価については、主観的・感覚的な評価から、できるだけ生徒の 立場に立った評価にして、生徒の努力の姿が確認できる評価伝達の工夫 をすることが願われていると読み取りたい。評価に始まり、評価に終わ るということばの意味をかみしめ、評価のあり方を改善していかなけれ ばならない。. 一2 1一.

(25) 引用文献・注釈(第■章) (1). 「教育改革に関する第2次答申」臨時教育審議会(編) 臨教 審だより臨増5,第一法規出版 1986年 p.11. (2). 前掲書 p.12. (3). 前掲書 p.12. (4). 前掲書 pp.20∼21. (5). 「中学校指導書 美術編」文部省 1978年 p.102. (6). 「創造性開発の研究」恩田 彰(著) 恒星社厚生閣 1980年  p.3. (7) (8). 前掲書 p.3. 「新教育用語事典」堀内敏夫 他(監) 教育出版 1980年 p.191. 〈9). 前掲書 p.354. (10). この調査は1987年4月、兵庫教育大学の学部1年生198 名に対して、教科教育の時間に行ったものである。. (11). 「中学校美術科教育の実情調査」松本久志 第27回大学美術. 教育学会研究発表大会.研究発表概要集,1988年 p.6およ び添付資料 (12). 「芸術による教育」H.リード(著) 植村鷹千代・水沢孝策 (共訳) 美術出版社 1953年. 一22一.

(26) 第2章 美術科の授業の改善 第■節 美術科授業の実情  前章で美術教育の果たす役割について述べたが、果たしてその期待に 応えるような美術の授業が展開されているだろうか。今の中学校の美術 の授業に目を向けてみよう。.  現場でも多く取り上げちれている絵画、デザインの中から、自分の指 導経験のある「花をかく」と、伝統芸能を主題とした「ポスターの製作 」の授業を振り返りながら述べてみることにする。. 1 花をかく(絵画).  「花をかく」の授業では「つぎの美術の学習 では秋の花をかくから、家にある秋の花を各自. 3∼4本持ってきなさい。」と予告する。当日 生徒たちの持ってきた花を班で決めた花瓶に自 由に生けさせる。班で生けてみると、丁丁かの 花は小さかったり、大きすぎたり、伸びすぎた りして余分なものが出てくるので、話し合って. 余りは他に移しておく。その後教師は生徒が花 瓶に生けた花を見ながら、絵画的な表現の構成上不適当であると思った ものは、若干の手直しをする。そして、それぞれ自分のかく場所を決め て描画活動に移る。.  これが私の「花をかく」の指導において行った、生徒がかき始めるま. 一23一.

(27) での大まかな流れである。この過程での生徒の活動を見てみると、まず 最初、班で花を生ける際に、生徒各自の好みが異なってなかなか意見が まとまらず、かなりの時間がかかってやっと、いくらか不満を残しなが. ら決まった。結局花をかき始めるまでに、30分余りを費やしている。  以上がこの授業での私の指導の実態である。さてこのような授業展開 を、美術のねちいと照らして果たして望ましい展開だろうかと振り返っ. てみると、いくつかの問題点が浮かび上がる。以下、項目ごとに問題点 について考えてみる。. (1) 生徒が花を持ってくるか  教師が来週の教材名を提示して、秋の花を持ってくるように指示した. が、4分の1ぐちいの生徒は「家になかった。忘れた。」といって花を 持ってこなかった。花に関心の高い女子の生徒は持ってきたが、あまり. 関心のない男子の生徒に持ってこないものが多かった。この実態を家庭 の様子から考えてみて、家になかったという理由は持ってこなかったこ との言い訳にすぎず、大半は持ってくる意思がなかったものと言えよう。.  これは果たして生徒が悪いのか、教師が悪いのかという視点から考察 してみると、まず教師が指示したとき、生徒たちが全員持ってくると判 断していただろうか。もし生徒が全員持ってくることを確信して提示し たとすれば、教師が生徒の実態を把握していない結果である。反対に、 もし教師が一部の生徒は持ってこないだろうと予想しながらこのような 提示をしたとしたら、持ってきたものと持ってこなかったものにどのよ うに対応するか、その対応が教育的に価値のある場となるかどうかを予. 想していただろうかと考えるとき、この責任は教師側にあると判断しな ければならない。このことから、教師の安易な指示によって、授業の第. 一24一.

(28) 一歩かち乱れることを知ることができる。. (2) 生徒が学習に適した花を持ってきたか  授業の出発である「秋の花を持ってきなさい。」という指示は、生徒 たちに花を集めさせることが学習の目標とつながるような指示でなけれ ばならない。仮に、花を集めさせることにより、生徒にその活動の中で 自分たちの身近な環境の中にも、名も知れない小さな花、乱れ咲く秋の. 花などのあることを見つけさせ、自然と生徒の関わりを深めることをね らうなちば、「秋の花を持ってきなさい。」では、この学習目標を達成 することはできない。「登校途中の道端で見かける秋の草花の中から、 自分が好きな花を選び、その好きな理由を花に語りかげながら、できた ち根から掘り起こして、枯れないように注意して持ってきなさい。」と 指示すれば、生徒たちの花を集めることへの関心は異なったであろう。.  実際に生徒たちの持ってきた花を集めてみると、野菊のような小さな 花、グラジオラスのような大きな花まで様々であり、教師が用意した花 瓶にさせない花がいっぱい出てきた。生徒たちは自分の持ってきた花を. 花瓶の中に入れたいという心理が働き、各自の好みもあってなかなか話. し合いがっかず、教師も加わって助言したが、準備するのに30分余り を費やした。この結果、生徒も教師も心に不満を抱きながら、つぎの学 習過程へと進めていった。この実態を振り返るとき、このような混乱も また、不用意な教師の指示に原因があることを認めざるを得ない。 (3) 生徒の心を大切にしているか.  教師の教材の研究不足、教師の生徒実態の把握の不確実さは、授業の 第一歩からつまずくもととなる。実際、生徒の持ってきた花を全部生け ることはできない。また、生徒たちの生けた花を見ながら、教師が、絵. 画的に望ましい生け方に変える。余分な花は除かれ、描く対象からは二. 一25一.

(29) される。外された花をもってきた生徒は不満を持つだろう。こんな状態 から、きれいだな、描きたいなと、花を見ながち心に想が湧き上がるこ とが期待できるだろうか。生徒が心のわだかまりを持ちながち授業を展 開していって、効果的な学習が期待できるだろうか。当然のことながち 生徒の心を大切にしなければ、学習の充実は期待できない。.  授業は生きものであって、その場その場で臨機応変の処置をするのが 教師の役割である。生徒の心を大切にする教師は、自分の指示の不備を. 反省して、生徒の心を傷つけない方策を考え出すであろう。例えば、ジ ュースの瓶やビール瓶など花のさせる容器を学校中かち集めて、生徒が. 持ってきた花を2∼3本ずつさし、教室の周囲に置いたち、「ぼくはこ の花を」「私はこの花を」と友だちに見せることができるし、どの花も 余ることはない。そして教師が絵になるよう用意した花瓶を指して、「 ここにある花瓶から自分の好きなものを選び、その中に自分の持ってき た花や友だちの持ってきた花の中から好きな花を選んで、画面の中でさ してみよう。」と指示すれば、生徒たちは思い思いに花瓶と花を選んで 1枚の絵を構成するだろう。.  このような生徒の心を大切にした指示の配慮がなされて初めて、持っ てきた花の価値が生まれるのである。教師が静物画は「花瓶の中に花を さして、回りから写生するもの」だという概念のもとに、常に教師サイ ドで進めることは危険である。生徒一人一一人の心を大切にする教育、生. 徒の自主性・主体性を育てる教育、生徒一人一人が個性的に美を追求す る教育を望むならば、この目標に合わせて生徒の心を大切にする授業が 展開されなければならないだろう。. 一26一.

(30) 2 ポスターの製作(デザイン)  前項では「花をかく」授業の中から、. 準備の場面にしぼって、教師の指示と生 徒の心情がいかに学習意欲にかかわるか、. また、授業での不測の展開に対処するに は、生徒の心を汲み取った、生徒の心を 大切にする処置をすることが大切である ことを述べた。.  このポスターの授業の実践例からは、. 長時間教材における問題点を抽出してみ ることにする。  この授業は、        「伝統芸能」を主題としたポスターの製作である。2年. の生徒に地域の伝統芸能について調べさせ、資料を集めさせるとともに 教師も資料を集め、使わせた。そして伝達するためのタイトルを決定し てレタリングの練習をさせ、ポスターの下絵をいくつもかかせた。下絵 の中かち本がき案を決定させ、木枠のパネルに水張りして、下絵の案に したがって作品を製作させた。この授業の流れは一般のポスターを製作. するものと同じであるが、このように本格的なポスターに取り組ませた のは、作品コンクールなどで見た他校のポスターに刺激されてのことで ある。それを見て中学生の能力の限界に挑ませてやろうと、教師が先導 的な立場に立って授業をすすめた。この授業を通してできた作品は教師 の期待通りにかなり高度のものをつくることができた。しかしこの製作 に要した時間は、1学期間の長期にわたった。.  さてこのような指導が、前章で述べた21世紀に生きる生徒たちを教 育する望ましい姿であろうかと反省してみると、多くの問題点を持って. 一27一.

(31) いることをあげなければならない。次にそのような反省点をあげていく。. (1) 1学期間1教材でいいか  中学校の美術は週2時間である。生徒たちに教師の期待する作品をつ くらせるためには、それに応じた内容を生徒に手順を追って指導しなけ れば教師のイメージする作品にはならない。.  このため、郷土の芸能を調べさせたり資料を集めさせたりしたが、今 一つ生徒が関心の薄い郷土芸能に目を向けさせることだけでも大変であ るのに、観賞経験の少ない生徒に具体的な資料を収集させることは予想 以上に難しく、教師の努力も大変であった。結果において教師の用意し た資料が中心になったことからも資料収集の困難さがわかる。.  次にレタリングの授業である。レタリングのデザインを十分身につけ ていない生徒たちに文字への関心から始め、読みやすく美しい文字をか く技術まで高めるのにも、数時間の授業時間が必要であった。また画面. 構成においても、絵と文字を決め、その組合わせ、構成についても検討. させた。画面(A2)も大きく、効果的な配置、バランスなどに触れて おかねばどんな構成がなされるか不安があったからである。.  このように教師がイメージした作品に合致する作品を生徒に表現させ. ようとすれば、予定の時間をはるかにオーバーして、1学期1教材とな ることもある。しかし果たして美術の授業はこれでよいのかと考えると き、何か不満が残るし、疑問を感じる。. (2) 専門的な作者と同質のものをつくる  中学校の教科書を見ても専門家の作品と生徒の作品があげられている が、生徒作品の質が高く感嘆するものがほとんどである。内心、このよ うな作品を果たして中学生に授業の中でつくらせることができるのかと. 一28一.

(32) 疑問に思っていたが、現実に作品コンクールや美術の研究会でこれに匹 敵する作品を見てショックを受けた。そこで周囲の教育状況をあまり知 らない私は、このような作品に少しでも近づけようと指導計画を立て、 指導した。しかし授業の中で、生徒たちに高度の表現要求をすればする. ほど生徒の能力の低さを感じ、結局要素を一つずつおさえて抜かりのな いように進め、教師の枠の中で泳がせる授業となった。ポスター1枚描 くのに1学期間を要したのもこのためである。  そうしてできた作品を見てみると、初めに予想したような作品が生ま れ、そのような完成度の高い作品については教師の指導の満足感も得る ことができたし、生徒もまたその過程はともかくとして、今までに経験 しなかった質の高い作品ができて満足したようである。このことはこの. 授業の価値として認めることができるが、全体の作品を見ると、教師主 導の授業の結果、画一的な作品になったことは否めない。.  果たして生徒の個性を生かし、創造性を育てることに効果があったか と反省するとき、生徒の能力や要求を無視した指導をしたことをあげな ければならない。. (3) 生徒の想や意欲を持続できたか  生徒たちの活動を見ていると、最初与えたテーマから資料を集め、ど んなポスターをつくろうかと興味・関心を示し、意欲的に活動した。レ タリングや画面構成の学習は教師主導の技術指導で、教師の指示に従っ て真剣に学習したことは認められるが、この間に最初に発想したポスタ ーのイメージは薄らいでいった。.  事前に授業を構想する段階で、教材が長期にわたることは予想して、 意欲を高めることをねらって木枠に水張りさせ、ポスターをかかせるこ とを計画していた。そして本がきに入る前に水張りさせ、気持ちを新た. 一29一.

(33) にして表現させた。この水張りは今まで経験したことがなく、本がきは 初め緊張感をもって行われた。このために普通の画用紙を与えるよりは 誠実な仕事への姿勢を育てることに効果はあった。しかし授業の流れが 教師の作成するリズムで進められ、生徒のリズムと合わなくなった。本 がきに入れば主題となる絵を描いていくのに相当な時間がかかり、生徒 の何人かは仕事が遅々として進まない。いろんなタイプの生徒がいるこ とはわかっているのだが、教師の予定とのずれが大きくなるにつれあせ りを覚え、叱咤激励することが多くなり、生徒の想は薄れ意欲も薄れて いった。.  これはまだ、ポスターという学習で、生活の変化、自然の変化に関わ りのない内容であるから、教師の考えるリズムにも生徒はそれほど抵抗. 無くついてきてくれたが、これがもし風景画を想定したら、生徒と自然 の関わりが強く、このような長時間をかけて1枚の作品としてまとめる ことは無理なことである。.  このことを考えると、生徒の新鮮な想をもとにその想を表現できる限 界はどのくちいかと、想の持続を考えた教材の時間配当をしていかなけ ればならないことを痛感した。. (4) 生徒の不満が生じなかったか  生徒たちは初めは、自分たちの作品が地域の伝統芸能が上演される以 前に完成して、街角に展示することを期待していた。しかし美術の時間 は学校行事でつぶれたり、作品の密度を追うあまり段階的指導に時間を. 費やして、期日以前に完成することはできなかった。この結果、この教 材を支える支柱の1本が折れるように、目的のない学習となってしまっ た。.  この生徒の心を読み取れなかった私は、作品の完成を目指して授業を. 一30一.

(34) 続けた。この結果、作品の完成時にはある段階に達した生徒もいるが、. 約3分の1は中途半端なまま作品を提出することとなった。長時間をか ければかけるほど充実した内容が期待できるかと考えるとき、今の中学 校の時間配当ではそれが不可能であることをこの授業体験を通して知っ たのである。.  ここでは私が中学校で実践した静物画とポスター製作の指導記録の中 から問題点をいくつかあげてみたが、どの教材を実践しても指導した結 果、悩みが尽きないのが常である。いま中学校美術科の現実を見ると、 私のように長時間の教材を中心に授業を展開していると思われるが、こ. の長時間教材の長所、短所を究明して、短所を取り除く新しい教材を生 み出すもとになる考え方を確立することが、現場の教師として急務であ ると考える。. 一3 1一.

(35) 第2節 美術科の授業実践から         (長時間教材の長所と短所).  ここでは、長時間教材の長所・短所を究明するために、過去に実践さ れた他の教師の授業記録を分析してみる。.  まず、資料として取りあげたものは、「教育美術」に連載されている 中学校の美術の授業実践である。ここには毎月、全国各地の美術教師の 授業実践の中かち、優れていると認めちれるものが掲載され、現在の美 術科授業の先導的役割を果たしているからである。.  私は「教育美術」の1983年7月号かち、1987年12月号まで の実践例45例をつぶさに検討したが、これらの記録を基に、授業時間 数が明らかにされているものを平均してみると、12.1時間となるよう に、中学校では長時間教材を主体として行われていることを知ることが できる。.  ここでは、1984年12月号の、埼玉県桜山中学校の仁部弥生氏の 「木彫りのくず箱」の実践を取り上げ、長時間教材の長所・短所を究明 する手立てとしてみる。(、⊃「教育美術」の実践例は、教育的視点を決. めて授業を計画し、展開し、授業効果や反省を述べている。実際には、. ベージ数が限定されており、どの視点に重点を置いて述べるかは各人様 々であり、必ずしも指導過程の明白なものばかりではない。仁部氏の実. 践例を選択したのは、指導過程が詳しく載せられており、生徒の反応が 書かれているからである。.  次のページに、その指導案をのせておく。. 一32一.

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