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第4節  短時間教材の必要性

 前に述べたように、中学校美術科の教材や授業実践を眺めてみると、

一つの教材を12時間から20時間もかけて学習する長時間教材が圧倒 的に多い。こうした教材による授業実践を反省してみるとき、様々な学 習の成果への疑問点があげられる。そこでこの疑問点を解決するために は、長時間教材を見直し、その長所を残し、短所を補う必要があると考 えられる。

 まず長時間教材の中で教師が培っていこうとする内容の中から、豊か な発想、構想をうながす発想練習の内容、新しい表現技術を習得させる 内容、色や形の造形構成力を伸ばす内容など、造形の基礎的・基本的な 知識、技能となる内容と、自己表現や目的表現をするために、一つのも のを発想から表現、鑑賞まで一連の表現制作過程の中で習得する内容の ものとに分けて考える必要がある。前者は短時間教材として学習できる 内容であり、後者は長時間教材でなければ経験できない内容が多いと考 えられる。

 例えば、「友だちをかく」という教材で考えてみると、描く生徒にし っかりした想を持たせ、それを自由に表現させるとき自己表現の内容は 充実する。しかし、表現するための技術が身についていなければ、自己 表現はできない。ふだんの授業を反省してみるとき、自己表現を期待し ながら、自己表現以前に習得させておかなければならない画面への入れ 方や形のとり方を、モデルを前にして教えたり、彩色時になって混色や 陰影を理解させる内容を加えたりして、一枚の絵を完成させていく授業 の流れがほとんどである。これは、教師が生徒の自己表現を保証しない、

生徒の想を阻害する授業となりはしないだろうか。画面への入れ方につ

いて、他の教材を与えて究明させたり、陰影について、陰影の変化のわ かりやすい他の教材を与えて事前に学習させ、この知識・理解をもとに

「友だちをかく」授業の中では、表現の中で自ち活用させることが望ま しいのではないだろうか。

 そして「友だちをかく」学習では、これち事前の経験を生かすように 期待した授業を展開すれば、「友だちをかく」という12時間の教材で あっても、「画面への入れ方」、「陰影をとちえる」が2時間、2時間 の短時間教材、「友だちをかく」が8時間の長時間教材の3つに分ける ことができる。このように区別すれば、表現の途中で構図を教えたり、

陰影の表し方を教えたりして、「友だちをこんな感じに表そう」と集中 している生徒たちに想の混乱を起こさせたり、学習のねらいを不鮮明に したりするマイナス面は除去されるだろう。生徒の学習内容の理解も明 解にすることが期待できるのではないだろうか。

 このように長時間教材を見直してみると、教師が一つの教材の中に経 験させたい内容をいっぱい加えて、表現過程において一つ一つ経験させ ていこうと考えることが、かえって、教材の中核的内容が焦点化されな かったり、生徒の初めの想が歪曲されたりすることになって、長時間の 配当をしながちも学習効果の少ないものにしていると考えられる。

 視点を変えて、現実に目を向けて見よう。12時間の教材であれば、

週2時間授業で6週間の長期にわたるものとなる。生徒たちがこの長期 間、興味・関心を持ち、最初の感動や想を変わることなく持ち続けるこ

とができれば、学習の効果を期待することもできようが、「生活をかく

」「祭りをかく」「風景」などの教材では、生徒の生活リズムかちみて も興味・関心の持続を期待することは無理である。

 例をあげてみよう。木を中心とした風景を描かせる教材の場合、木は

刻々と変化していき、極端な場合は緑の繁った木かち紅葉した木に変化 し、描き終わるなどということになる。制作時、生徒が対象からの感動 を呼び起こそうと木を見ても、対象は変化しており、新たに違った想を 感受することとなる。このような長時間かけた風景画をコンクール作品 でよく見かけるが、生徒はどのような想の持続をして描いたのであろう か。生徒の作品に迫力がなく、表現技術のみ目立つものになりがちなの は、ここに原因があると考える。

 こうしたことは地域の行事や学校行事を取りあげた教材でも言える。

時間がたつにつれ、主題への感動、想は薄れ、意欲もなくなっていくの は、変化の激しい現代の社会に生きる生徒たちにとって当然である。

 現在の生徒は、無気力、無関心、無責任、無感動だとよくいわれる。

そのような生徒たちに、果たして長時間の授業に耐えうるだけの資質が あるだろうか。このような生徒に、興味、関心、意欲の持続を期待する ならば、持続時間の面から見ても、短い時間で集中する態度を育て、徐 々に延長していくような方策が考えられなければならない。このために も、できるだけ興味ある、変化のある教材を多く取り入れ、短い時間で の学習内容を積み重ねることによってやる気を呼び起こし、より深い表 現へと進ませる配慮がなされるべきと考える。

 しかし残念なことに、今まで行われてきた美術科のカリキュラムを見 ても、主流は長時間教材の実践である。これは生徒の実態や表現能力を 無視した、教師の教材研究の怠慢から生まれてくるものではないか。現 実に、同じ教材でも長時間かければ教師の教材研究は少なくてすむし、

授業の準備も楽であるが、果たしてこのような授業で教師の期待する表 現学習をさせることができるだろうか。

 さらに、指導要領に示された内容が、長時間教材ばかりで果たしてど

こまで達成できるのだろうかという疑問もある。

 今まで述べてきたことから、短時間教材の必要性は明ちかだと思う。

そこで私は、1年生1学期の授業を何よりも大切にしょうという考えの もとに、短時間教材を組み入れた1学期の指導計画を作成し、その中の 未経験の教材を実践してみた。その考え方を次に述べてみる。

 ここ数年、私は1年生1学期の授業を何よりも大切にしょうと考えて きた。なぜならば、中学生としての出発点にある生徒にこの時期、中学 校の美術に大してどういうイメージを持たせるかが、その後の美術の学 習に決定的な影響を与えるからである。ここを手抜きしたり、明確な見 通しを持たずに指導した場合、その後、生徒のどのような学習態度をつ

くることになるかは明らかである。

 幸い生徒は初めて中学校の美術に接し、何らかの期待感を抱いており 学ぼうとする姿勢がある。また、必ずしも教科書にとらわれない美術科 では、どのようにでも1学期の授業を組み立てられる利点がある。こう

した点を踏まえ、美術の教師はそれぞれの意図を持ち、様々な教材でも ってこの時期の指導に当るが、現状を見ると必ずしも生徒の実態に合っ た、また3年間を見通した上での指導がなされているとは言えない場合

がある。

 各小学校から上がってきた生徒たちは、当然のことながら異なった造 形体験を持って入ってくる。また小学校での図工の指導者の考え方によ

って、美術に対するイメージも大きく異なる。望ましいイメージを持っ ていてくれればよいが、決してそうばかりではない。ある人はこうした 望ましくない生徒の状態を、「子どもはいろんなアカをつけて入ってく る」という表現をする。なるほどとうなずけることばである。であるな

ら、中学校ではまずアカ落としをすべきではなかろうか。生徒にやる気 を持たせ、美術に自信を持たせることによって、全員が目を輝かせて取

り組む素地をつくるべきではなかろうか。

 授業がやりやすく、より学習効果の上がる状態を考えてみると、学級 の一人一人の造形能力に差が少なく、やる気・意欲の旺盛な状態と言え る。反対に造形能力に差があればあるほど、またやる気・意欲にばちっ きがあればあるほど授業はやりにくくなり、学習効果も上がらないのは 当然である。

 現実の生徒を見るとき、一番に問題にせねばならないことは、入学時 すでに美術に苦手意識を持ち、表現意欲を持てない生徒の存在である。

こうした生徒をそのままにしていきなり重量感のある教材を与えたので は、とても造形的な創造活動の喜びを味わわせ、美術を愛好する生徒を 育てることはできない。いわば「地ならし」をすることが必要であり、

その時期は1年生1学期が最も適切である。

 1年生1学期の目標はいろいろあげることができるが、以上の観点に 立って、「自信を持たせる」ことを中核目標とし、その他を副目標とし て1学期の教材配列のプランを考えたものを次に示してみる。

(表は次のページに示す)

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