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狂犬病:その歴史と現状ならびに防疫対策

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狂犬病:その歴史と現状ならびに防疫対策

源 宣之 岐阜大学名誉教授(岐阜県岐阜市大蔵台 18-23 〒 501-3108)

Rabies: The History, Present Situation and Preventive Measures

Nobuyuki MINAMOTO (動物臨床医学 16(2)27-33, 2007) は じ め に  狂犬病は人を含めた全ての哺乳類が罹患する最も致命 率の高いウイルス性人獣共通感染症である。本病の病原 体である狂犬病ウイルスの自然宿主(多くの病原体が持 つ本来の住み家),発病することなしにウイルスを排出し 続ける感染動物は存在しないと考えられているにもかか わらず,また医療技術や予防手段が高度に発達し予防・ 発病阻止に有効なワクチンが使用されている今日におい ても,世界における狂犬病の発生は顕著な減少傾向を示 すことなしに連綿と続いている。何故,人類は狂犬病を 撲滅することが出来ないのであろうか。本病の過去と現 在を検証しながら,それらを基に予防対策を考察してみ たい。 病  原  体  狂犬病ウイルスはモノネガウイルス目,ラブドウイル ス科 , リッサウイルス属に分類される。ウイルスはエン ベロープを保有し,幅 75 〜 80 nm,長さ 180 nm の弾丸状 の特異な形態をしている。遺伝子はマイナス一本鎖のss-RNA で,約 12,000 の塩基が 3’-N-P(NS)-M-G-L-5’の 順に並んでいる[1]。ウイルスは二大別され自然感染動物 から分離されるウイルスを街上毒(street virus),これ をウサギや他の動物の脳組織で長期間連続継代を行い, 潜伏期間の短縮と一定化,末梢感染性の減少などの病原 性状の変化した株を固定毒(fixed virus)という。固定 毒は1880年代にPasteurらによって確立され,現在も狂 犬病ワクチンの開発やウイルスの基礎的研究に重要な働 きをしている[2]。リッサウイルス属には狂犬病ウイルス の他に 6 種のウイルスが含まれ,ラゴス・バット Lagos bat,モコラMokola,ドーベンハーゲDuvenhageは1950 〜 1980 年代にアフリカ各地で,European bat lyssa (EBL) virus1,EBL2は1980年代から欧州各地で,Aus-tralian bat lyssa (ABL) virus は 1996 年以降オーストラ リアおよびパプアニューギニアで,それぞれ分離されて いる(Table 1)[3, 4]。さらに最近,フィリピン,タイ, カンボジア,バングラデッシュなどでウイルスは分離さ れていないが,食虫・食果コウモリから ABL に対する中 和抗体が検出されている[5]。これらのウイルスは感染し Emeritus Professor of Gifu University, 18-23 Ookuradai, Gifu-shi, Gifu 501-3108, Japan

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た人や動物での症状や抗原・遺伝性状などの類似性から 狂犬病関連(類似)ウイルスと呼ばれている。また,こ れらのウイルスはモコラを除き狂犬病ウイルスと血清学 的に交差し,狂犬病ワクチンにより感染を防御すること もできる。不思議なことに,これらの狂犬病関連(リッ サ)ウイルスの存在は米国などの新大陸では証明されて いない。新大陸の食虫・吸血コウモリから分離されるの は全て真性の狂犬病ウイルスのみである。リッサウイル ス属にはこの他に最近Aravan,Khujand,Irkut,West-Caucasian-batの各ウイルスがユーラシア大陸各地の食 虫コウモリから分離されているが,遺伝型は未分類に区 分されている[1, 6]。 狂犬病の歴史  Wilkinson[2]によると,狂犬病に関する最古の記述は 紀元前 23 世紀の Eshnunna 法典に認められ,「狂った犬 が鎖に繋がれておらず,その犬に咬まれた人が死亡した 場合,飼い主は銀貨 40 シュケルを払うべき 」と記載 されている。したがって,人類は少なくとも4300 年前か ら狂犬病の怖さを知っていたものと思われる。ただ,こ の文の出典は紀元前18世紀に整備され主に報復を体系付 けたHammurabi法典あるいは人類最古の法典と考えら れ賠償に重点を置いた Sumerian 法典とする文献もある [7]。Steele や Wiktor も,紀元前 15 世紀頃に口述形式で 伝えられたギリシャ神話やその後に作られた Homer の 長編叙事詩「Iliad」に,狂犬病と犬や野生動物とが密接 な関係を持っていることを,間接的ではあるが記載され ていると報告している[8, 9]。  紀元前 5 世紀頃から近世までの狂犬病の知見や発生状 況は上記の文献や岩淵[10]など他の多くの人々によって 詳細に記載されている。それらによると,紀元前 4 世紀 に Aristoteles は著書「動物の博物誌」で,『狂躁状態の 犬に咬まれた全ての動物が同じ病気になる』と記述し, 本病の伝播が咬傷によることを明らかにしている。不思 議 な こ と に , 彼 は 『 人 は 罹 ら な い 』 と し て い る が , Hippocrates は発病した人の恐水症状を詳しく記録して いる。狂犬病が発病した犬の咬傷により広がる点は多く の他の人達によっても記述されている。西暦 100 年に ローマ人の医師,Celsus は狂犬病を伝播する毒物は発病 動物の唾液であり,発病動物に咬まれた人の処置として, 出来るだけ早く焼灼薬や腐食薬あるいは加熱した鉄で咬 傷部を焼くことを勧めている。焼灼療法は若干の改良が なされながらも,Pasteur によるワクチン療法が開発さ れた 1880 年代まで続いている。しかし,一方では同じ Celsus は,恐水症状を起こして喉の渇いた患者を不意に 池に投げ込み,おぼれさすことにより水を飲ませて,症 状を軽減させると述べている。このような非科学的治療 法は,発病犬の肝臓の生食やルイ14世時代に流行した冷 水療法としての海水浴などと共に長い間続けられたのも 事実である。狂犬病が発病すると 100 % 死亡する致死的 疾患であったために,救命を求めてあらゆる試行が行わ れたのであろう。  中世期までは狂犬病の発生は散発的で,最初の流行は 1271年にドイツのマイン川流域,フランケン地方でオオ カミを感染源として起こった。その後,ベルギー,オラ ンダ,フランスなどヨーロッパ各地で大規模な発生が記 録されている。 長い間,ヨーロッパでは,犬が主な感染源 動物であったが,17〜18世紀には犬の他にオオカミ,キ ツネ,アナグマ,クマなども流行に関与している。当時 の発生状況は,様々な人達により詳細に記録されてい る。19 世紀になって,ヨーロッパ全体,なかでもフラン ス,ドイツ,イギリスなどで多発したことから犬の捕獲, 繋留および発病犬の撲殺などの対策が強化された。その 結果,ヨーロッパでは犬による狂犬病が減少した。しか しそれに代わってアカギツネを中心とした野生動物の狂 犬病が現在まで発生している[11]。  北米大陸での狂犬病の初発は1753年バージニア州にお ける犬で認められ,その後,発生は漸次広がり,1860 年 には大陸全体に拡大した。南米大陸では,1803 年に初め てペルーで発生し,その後アルゼンチン,チリーへと広 がりさらに大陸全体に定着したと言われている。しかし, 近年ウイルスの遺伝子解析が容易に行われるようになり, ヨーロッパで分離され Pasteur によって確立された固定 毒と南北アメリカ,西インド諸島および西アフリカ各地 で分離された狂犬病ウイルスは同じ遺伝変異群に含まれ ることが報告されている[12]。これは 17 世紀から 18 世 紀にかけて盛んに行われた,ヨーロッパ(武器・酒・繊 維),西アフリカ(奴隷),西インド諸島・南米(砂糖・綿) の3地域による三角貿易が新大陸への狂犬病の伝播に密 接に関わっていた可能性を意味している。この三角貿易 が関与していたとすると,狂犬病の伝播は少なくても17 世紀に起こっていたものと推測される。  アジアとヨーロッパは古代より,特に 7 〜 10 世紀には シルクロードを介して盛んに交流してきたので,狂犬病 が世界各地に広がった18世紀より遙か以前より本病が伝 播され,定着したものと思われるが,アフリカ同様に明 確な資料はない。単に,1857 〜 60 年にかけて香港や中 国本土で犬の狂犬病が確認されたと記録されているに過 ぎない。この疑問点を解き明かすために,我々はこれま でに東南アジアを中心に狂犬病ウイルスの動態をウイル スの遺伝子解析を通して調べてきたが,ヨーロッパとの 関係を十分に明らかにすることが出来ていない。今後, 中近東から中国内陸部における狂犬病の分子疫学を実施 する必要がある。  では,日本ではいつ頃狂犬病が伝播したのであろうか。 わが国は古くから大陸と交流を行っており,特に 7 世紀 から8世紀にかけての遣隋使や遣唐使により,様々な人・ 動物・物品がわが国に流入している。感染症も例外でな

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く天然痘は早くから伝播し流行していたようである。し たがって,狂犬病もこの時期に伝播した可能性があるが, 記録はない。しかし,718 年に制定された「養老律令」や 984 年に編纂された最古の医学書「醫心方」には狂犬病 の特徴や治療法が記載されており,これはこの頃の人々 が狂犬病に関心を持っていた証拠であり,発生が起こっ ていたとしてもおかしくない。わが国における狂犬病発 生の最初の記録は,大分県立図書館に所蔵されている 「両郡古談」であると,唐仁原は明らかにしている[13]。 それによると,1732年に当時鎖国下で唯一海外貿易の門 戸となっていた長崎で発生している。その後,狂犬病は 山陽道を通って各地に伝播し,1736 年江戸,1750 年山 形と北上し,1761 年には下北半島で確認されている。唐 仁原は江戸時代から明治時代にかけての伝播状況を多数 の古文書を発掘,読破して詳細に報告している。発生統 計が整備された明治中期以降の発生状況は Fig.1 のとお りである。  Fig.1 には「獣疫予防法」が発布された 1896 年(明治 29年)以降今日までの人と動物の発生数を示した。1960 年以前の診断法は現在の蛍光抗体法・遺伝子検出と異な り,主に臨床観察であったので,発生件数にはジステン パーなど他の疾患が含まれている可能性もあるが,おお むね正確な数値と言える。このデータはわが国内由来の 狂犬病が少なくとも江戸時代以来長期間にわたって発生 していたにもかかわらず 1958 年に根絶し,その後約 50 年間無発生を保っているのは何故かという問いに答えを 与えている。わが国の動物の発生の 97%は犬であり, 1897 年以降大まかに 2 回の流行時期がある。最初は第一 次世界大戦から関東大震災を含む約20年間流行した時期 で,1924 年は合計 3,524 件に達している。次が 1950 年 の 976 件をピークとする第二次世界大戦中およびその後 の約 10 年間の時期である。最初の流行は,1915 〜 21 年 に押田ら, 野らおよび近藤らにより,それぞれ有効な減 毒ワクチンが作出され,世界に先駆けて犬の予防注射法 を確立したこと,1922 年に家畜伝染病予防法が改正さ れ,1925年に犬への予防接種や放浪犬の捕獲などの犬対 策が強力に推し進められた結果,狂犬病の流行はその後 10 年間でほぼ沈静化された。二度目の流行は,やはり 1950年に現在も一部改正されながらも実施されている狂 犬病予防法が制定され,完全不活化ワクチンの導入によ り同様の犬対策が施された後 7 年間,1957 年を最後に完 全撲滅された。以後国内生育動物由来による発生はない。 昨年 11 月の 2 件の輸入感染例は 1970 年にネパールで犬 に咬まれ,帰国後発病した学生の 1 例以来 36 年振りであ る。以上の事実は犬へのワクチン接種が狂犬病の予防に 如何に有効であるかを明白に物語っている。Fig.1でもう 一つの重要なことは,人と動物(実質的にほとんどが犬) の発生数が,平行していることである。この傾向は,人 の狂犬病が多数発生しているアジア・アフリカでは例外 なく認められている。したがって,このデータは人の感 染源動物は犬であり,犬の予防対策を徹底すれば,猫な ど他の動物の免疫をしなくても人の狂犬病の発生を無くす ることが出来ることを示した極めて重要な証拠と言える。 現在の発生状況  過去10年間で狂犬病の発生していない国は,わが国の 外に北欧三国,英国,豪州,ニュージーランドおよび太 平洋上の島国にすぎない(Fig.2)。これらのうち,英国 ╙৻ᰴ਎⇇ᄢᚢഺ⊒ ኅ⇓વᨴ∛੍㒐ᴺᡷᱜ 㑐᧲ᄢ㔡ἴ ›߳ߩኻ╷ࠍᒝൻ ╙ੑᰴ਎⇇ᄢᚢ 㐿ᚢ ⚳ᚢ ⁅›∛੍㒐ᴺ೙ቯ ࡀࡄ࡯࡞ߩ›ߢ ߩຏ்੐᡿ ࡈࠖ࡝ࡇࡦߩ› ߢߩຏ்੐᡿       㧔⊒↢ઙᢙ㧕 㧔ᐕ㧕       േ‛ో૕ ੱ

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および豪州は狂犬病に極めて類似したリッサウイルスが 分離されている。現在の世界における狂犬病の発生数は, 毎年人および動物共にそれぞれ約 33,000 〜 54,000 件と WHOが報告している。しかし,これらのデータにはサー ベーランスの確立されていないアジア,アフリカ等多数 の発生が考えられている地域からの正確な数値が含まれ ておらず,また,リッサウイルス感染症もヨーロッパを 除き含まれていない。人の発生の多い地域での犬の発生 数は人の約 10 〜 40 倍であり,この比率から推測すると 世界の犬の発生数は 30 万〜 120 万頭となる。  人の狂犬病は犬が主な感染源動物であるアジア,アフ リカ,中南米地域に集中していが,正確な件数は不明で ある。インドで 30,000 人,パキスタンで 2,000 〜 5,000 人,バングラデッシュで 2,000 人,ミヤンマーで 500 〜 1,000 人が毎年狂犬病で死亡していると言われている。 1984 年に撲滅した韓国も 1993 年に北朝鮮との国境で再 発し,2002 年には人を含めて 77 件に達している。Fig.3 には中国の人における最近の発生状況を示した。1980年 代に毎年4,000〜7,000人の発生が認められていたが,そ の後急激に減少させ,1990年中頃には約100人までに低 下させている。この減少は,犬への予防接種の励行と犬 の飼育に対する高額な税金を課したからではないかと推 測している。しかし,1998 年から再び増加に転じ,2003 年以降現在まで年間2,031〜2,651人を記録している。こ の増加は,中国の最近の経済成長と関係しており,犬を 飼育する国民が急増し,予防接種や放浪犬の捕獲などの 対策が十分に行き届いていないのが原因であろう。なか でも,日本との交流の盛んな南部地域での発生増加が注 目される。南部 7 省,広西壮族自治区,湖南省,広東省, 貴州省,福建省,江西省および雲南省のみで中国全体の 65.4% が発生している(Fig.4)[14]。これらの地域では 食肉として犬を飼育しているので,この点も発生増加と 関連するのかもしれない。今回の発生源となったフィリ ピンでは,2000 年に 359 人死亡しており,その後人・犬 と共に若干減少傾向にあるが,2004 年における人・犬の 死亡数はそれぞれ 248 人,1546 頭で依然,世界で 6 番目 に人の発生の多い国である。ロシアにおける狂犬病は, 1 9 9 1 年に情報が公開されて以来年々増加しており, ਛ࿖ 㪉㪃㪍㪌㪈ੱ䋨㪉㪇㪇㪋ᐕ䋩 ᐕߪ᦬ᧃ⃻࿷       3000 2000 1000 0 (⊒↢ᢙ) (ᐕᐲ)

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2005 年には 3,087 件に達している[11]。このうち 1,140 件(37%)が犬と猫の発生である。しかし,これらの数 字のほとんどがウラル山脈より西地域からのデータであ り,最近多数の船舶が日本に寄港しているが,それらの 船の出航地域である沿海州やシベリア東部における狂犬 病の発生状況はほとんど明らかになっていない。日本に 寄港する多くの船が犬を放し飼いで連れてきており,港 町では厳重な注意が必要である。  一方,犬へのワクチン投与および放浪犬の取り締まり を強力に実施しているタイでの発生は,人と犬の発生数 は日本同様に平行しており,1990 年に人で 185 人,犬で 6,535 件であったが,最近はそれぞれ約 20 人,約 1,000 件までに減らしている(Fig.5)。以上の状況から,我々 は日本が世界の狂犬病多発地帯のまっただ中に位置して いることを認識すべきであろう。 予 防 対 策  ヨーロッパや北米などの先進地域では主に野生動物が, 発展途上国では主に犬が感染環の主体をなしている。し たがって,前者の地域では野生動物に経口ワクチン投与 が行われている。1978年から主にアカギツネを対象に経 口ワクチン投与を始めたヨーロッパの旧西欧地域では, 1980 年代後半より発生を減少させ,現在ポルトガル,ス ペイン,イタリア,スイスなどでは 0 件に,フランスで の根絶も時間の問題になっている。ドイツ(東西ドイツ 併せて)は 1984 年に 9,070 件の発生であったが,2005 年には63件にまで減らしている[11]。アメリカ合衆国で も1996年よりアライグマ,スカンク,キツネなどに経口 投与を始めたが,まだ十分な効果は示されていないが,

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(65.4%)

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 では,日本ではどのような対策が必要であろうか。日 本では,1958年から国内に生息する動物を感染源とする 狂犬病の発生がない。このことから,国内の動物に狂犬 病ウイルスが侵淫していないと言える。したがって,わ が国における本病の対策の基本は,今回の事例の如く海 外で動物に咬まれ帰国後発病する輸入感染と海外からの 狂犬病ウイルス感染動物の侵入および万一侵入した場合 の備えである。  輸入感染症に対しては,むやみに放浪犬を始めとする 知らない動物に近づかないことは当然であるが,犬の狂 犬病の流行しているアジア・アフリカで長期間滞在する 旅行者へ事前のワクチン接種を推奨すること,特に,そ れらの国々で都会から離れた地域に出掛ける人達は,咬 まれた後の発病阻止(曝露後免疫)として用いる安全で 効果の高い組織培養由来ワクチンを迅速に入手できない可 能性もあるので,ワクチンを事前に接種しておくことが 肝要である。少なくとも狂犬病発生国で犬のみならず動 物に咬まれた場合は,直ちに曝露後免疫をすることを常 に広報することである。  動物の輸入に対しては,動物検疫の強化である。わが 国の狂犬病予防法による検疫対象動物は,長い間犬のみ であったが,2000 年に猫,キツネ,スカンク,アライグ マが検疫対象動物に追加された。さらに,2004 年犬,猫 は生後 3 カ月目に初回免疫を,その 4 週間後に 2 回目の 免疫を行い,その後 6 カ月間の待機期間並びに 0.5 国際 単位以上の中和抗体の保持を義務付けることになった。 さらに2005年にコウモリやプレリードッグ等は輸入禁止 となった。これらの法律改正により,検疫対象動物によ る狂犬病ウイルスの持ち込みは皆無になるものと期待さ れる。また,他の野生動物や実験動物としての小型げっ 歯類は,これまで年間 100 万匹以上が無検疫で輸入され ていたが,いずれも届け出制となり,これまでより厳し く監視されることとなった。問題は不法に輸入される動 物である。記述したように,北海道や日本海沿岸の各港 では,近年狂犬病の発生が増加しているあるいはそれが 推測されるロシア,中国,ベトナム,北朝鮮からの船舶 が多数入港している。また,日本国内で高価な価額で販 売されている犬の密輸入の噂も伝え聞こえている。厳し い法律が施行されればされるほど,不法行為が横行する のが世の常なのかもしれない。これらに対しては港湾で の監視,捕獲,外国船への広報活動を強化する必要があ る。さらに,オーストラリアを始めパプアニューギニア, フィリピン,タイ等で確認されているリッサウイルスの 侵入である。このウイルスが東南アジア全地域にどの程 度広がっているのかはまだ明らかでない。早急にリッサ ウイルスの浸淫調査が望まれる。  以上のようにわが国周辺地域における狂犬病および リッサウイルス感染症の発生近況は,決して楽観視出来 るものではない。十分な検疫制度が働いていても様々な 感染症が新たな地域に出現していること,本病が発病す ると 100% 死亡する最も危険な人獣共通感染症であるこ と,犬は人への最大の感染源動物であること,万一発生 した場合社会的大混乱が予想されることなどを考慮する と,犬へのワクチン接種は国内での狂犬病流行阻止に極 めて有効な手段と言えるであろう。最近日本における犬 へのワクチン接種率(登録数に対する注射頭数)が約 75 %と10年前に比べ24ポイントも低下している。また,わ が国の犬の推定飼育頭数は 1,245 万頭とされており(日 本ペットフード工業会統計資料,http://www.jppfma. org/shiryo/shiryo-set.html),この数値を母数とする と 40% の接種率に過ぎないことになる。わが国が犬への ワクチン接種により狂犬病の撲滅を達成した歴史を考え ると憂慮すべき事態である。ワクチン接種率を上げるた めには,『本病は,最も恐るべき致死性人獣共通感染症で あるが,人や動物にワクチン接種することにより,発病 や流行を確実に阻止できる感染症でもある。』と広報活動 することが重要である。 お わ り に  以上,病原体の性状,歴史,アジアを中心とする狂犬 病の発生現況,およびそれらに基づく予防対策を記述し た。狂犬病ウイルスはインフルエンザウイルスと異なり, その抗原性は極めて安定しており,ワクチンは予防とし ても曝露後の発病阻止としても極めて有効である。にも かかわらず,本病は世界で 4,000 年間以上にわたり人類 を悩ましている。その最大の問題は発展途上国における 経済事情である。もっと安価,安全,効果の高いワクチ ンを開発し,狂犬病の発生している発展途上国に援助す ることも日本の重要な使命である。 引 用 文 献 1) Fauquet C.M., Mayo M.A., Maniloff J., et al : Virus Tax-onomy, Eighth Report of the International Committee on Taxonomy of Viruses. Elsevier Academic Press, Am-sterdam (2005)  2) Wilkinson L. : History. In : Jackson A.C., Wunner W.H., eds, Rabies. 1-22, Academic Press, Amsterdam (2002) 3) Childs JE: Epidemiology. In : Jackson A.C., Wunner W.H., eds, Rabies. 113-162, Academic Press, Amster-dam (2002) 4) Warrell M.J., Warrell D.A. : Rabies and otherlyssavirus diseases. Lancet, 363, 959-969 (2004)  5) Lumlertdacha B., et al: Survey for bat lyssaviruses, Thailand. Emerg Infect Dis, 11, 232-236 (2005) 6) Botvinkin A.D., et al: Novel lyssaviruses isolated from bats in Russia. Emerg Infect Dis, 9, 1623-1626 (2003) 7) Beran G.W.: Handbook series in zoonoses. Section B

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