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「源氏絵本 藤の縁」(翻刻) : 付、源氏物語本文と の対照

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(1)

「源氏絵本 藤の縁」(翻刻) : 付、源氏物語本文と の対照

著者 岩坪 健

雑誌名 人文學

号 183

ページ 1‑35

発行年 2009‑03‑10

権利 同志社大学人文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011696

(2)

﹃ 源 氏 絵 本 藤 の 縁 ﹄ ︵ 翻 刻 ︶

││付︑源氏物語本文との対照││

岩 坪 健

﹃源氏絵本藤の縁﹄とは︑寛延四年︵一七五一︶に出版された︑源氏物語の絵入り梗概書である︒本稿では︑そ

の梗概本文を全文翻刻した︒また︑源氏物語本文と比較するため︑北村季吟編﹃源氏物語湖月抄﹄の本文も引用し

た︒挿絵は紙面の都合により割愛したが︑絵に関しては小稿﹁源氏絵に描かれた男女の比率について︱絵入り版本を

中心に︱︵上・下︶﹂︵﹁同志社国文﹂

61・ 62本文に関して小は稿﹁﹃源氏絵︑月︶一︑平成一六年一三月・同一七年本

藤の縁﹄の本文︱梗概書との関わり︱﹂︵﹁同志社国文﹂

69たじ論ていおに︶月二一年〇二成平︑︒

凡例

一︑翻刻は原文のままを原則として︑誤字・脱字・濁点・当て字・仮名遣い等も底本の通りにしたが︑読解や印刷の

便宜を考慮して︑次の操作を行った︒

1句読点を付け︑会話文などは﹁﹂で括り︑底本の旧漢字・異体字・略体は通常の字体に改めた︒

― 1 ―

﹃源氏絵本藤の縁﹄︵翻刻︶

(3)

2誤写かと思われる箇所には︑右側行間に︵ママ︶と記した︒

3巻名の上に︑通し番号︵1〜

54たし刻翻ままのそを記表の底本︑は名巻おな︒たけ付を︶︒

二︑底本と北村季吟﹃湖月抄﹄との本文を比較した︒

4和歌以外で両者が一致する箇所には︑底本にa・b・c〜と付けた︒

5底本と一致する﹃湖月抄﹄の本文を︑各巻末に列挙した︒各文末には︵︶内に巻名と頁数を示した︒頁数

は︑有川武彦氏が校訂した﹃源氏物語湖月抄増注﹄︵上・中・下︶︵講談社学術文庫︑昭和五七年︶による︒

6b以下の巻が直前のと同じ場合は︑︵同︶と記した︒さらに頁も同じ場合は︑︵同前︶とした︒

7﹃湖月抄﹄の本文で中略した場合は︑︵略︶と表記した︒なお﹃湖月抄﹄の本文は読解の便宜を図り適宜︑漢字

に直したりした︒私に付けた読み仮名は︑﹃湖月抄﹄の仮名表記に従った︒

﹇付記﹈本作品は岩坪ゼミで輪読して︑担当者が翻刻を入力した︒源氏物語本文と共通する箇所も担当者が調査した後︑岩坪が

取捨選択して﹃湖月抄﹄の本文に改めた︒当該学生は︑次の通りである︒

木村美咲武藤鮎美日向智恵下村綾菜嶋津恵子臼井千夏奥村洋平小澤園子小澤優香

1桐壺

いとゞしく虫の音しげき朝ぢふに露おきそふる雲のうへ人

桐壺の更衣︑秋の露ときへ給ひて︑御門︑御なけきふかく︑靱負の命婦して︑更衣の母君へ御歌給ふ︒折しも秋の庭

の面︑虫の声つくしければ︑ゆげいの命婦︑ ﹃源氏絵本藤の縁﹄︵翻刻︶

― 2 ―

(4)

鈴虫のこへのかきりをつくしてもなかき夜あかすふる涙かな

とありければ︑その返しとて︑かくなんきこへ給ひしとなり︒

2帚木

木からしに吹あはすめる笛の音をひきとゞむべき言の葉ぞなき

左の馬の頭のかよひし女︑またこと人に心かよはしけるに︑此こと人︑馬の頭のふかくかよゑるをしらで︑馬の頭を

ともなひて︑かの女のもとに行て︑琴の音を聞て︑

琴の音も月もえならぬ宿ながらつれなき人をひきやとめける

といゝやれば︑女︑かくなんきこへしとなり︒

3空蝉

うつせみの君は貞女にて︑光君せちにしたひ給へどもしたかい奉らず︒せめてはとりかへり給ふこうちきの︑いと

なつかしき人香にしめるを︑身ちかくならして見い給へり︒女がさすがにかのもぬけをいかに︑

すゞか河いせをの海士のすて衣しほなれけりと人やみるらん

の心によろづにみだれたり︒

a小袿のいとなつかしき人香にしめるを︑身近く馴らしつつ見ゐ給へり︒︵空蝉

159頁︶bさすがに取りて見た

まふ︒かのもぬけをいかに︑伊勢をの海人のしほなれてやなど思ふもただならず︑いとよろづに乱れたり︒︵同

― 3 ―

﹃源氏絵本藤の縁﹄︵翻刻︶

(5)

160頁︶

4夕顔

山の端の心もしらで行月はうはの空にて影やたえなん

ひかる君︑夕顔をたつね取給ひて︑五条あたりの︑小家かちなるむつかしきをいとひたまいて︑そのあたり近き

なにがしの院に︑同車してともない出給ふとて︑道すがら歌に︑

いにしへもかくやは人のまとひけん我またしらぬしのゝめの道

との給ひけれは︑夕顔の君︑かくなん詠し給ひしと也︒

a小家がちに︑むつかしげなるわたりの︵夕顔

165な︵に院のしがにき頁近りたわのそb︶同

192頁︶

5若紫

かこつべき故を知らねば覚束ないかなる草のゆかりなるらん

源中将︑紫のうへのいわけなきすがたの垣まみより藤つぼのゆかり恋しく︑せちにこひ給ひ︑京なる祖母君のやどり

へたつね給ひて︑紫のうへを見給ひて︑

ねはみねどあわれとぞおもふむさしのゝ露わけわぶる草のゆかりを

と詠したまひければ︑紫のうへなにとも思ひわけたまわず︑ふしんにおぼしてかくなん︒ ﹃源氏絵本藤の縁﹄︵翻刻︶

― 4 ―

(6)

6末摘花

里わかぬかけをば見れど行月の入さの山をたれか尋ぬる

大輔の命婦︑あないして︑末つむ花の常陸の古宮におわせしに︑源氏の君を忍ひて入奉る︒おりしも頭の中将と︑

大内をもろともにかへるさのわかれより︑忍ひ給ひけれは︑頭の君いぶかしく思ひて︑したひ給へば︑此みやにてお

はしけり︒さればとておどろかし給ひて︑

諸ともに大内山は出つれど入かたみせぬいざよいの月

と恨給へば︑かくこたへ給ふ︒

a内裏よりもろともにまかでたまひける︵末摘花

319頁︶bと恨むるもねたけれど︵同

320頁︶

7紅葉賀

さゝわけは人やとがめんいつとなく駒なつくめるもりの木かぐれ

とし老たれど︑人もやんごとなく心ばせある︑源内侍のすけといへる人あり︒いみじうあだめいたる心さまなる を︑源氏の君たはふれこといひふれて心みたまへば︑内侍のすけ︑

君しこばたなれの駒にかりかはむさかり過たる下葉なりとも

とよみたれば︑源中将かく御返しあり︒

a年いたう老いたる内侍のすけ︑人もやんごとなく心ばせありて︵紅葉賀

390頁︶bいみじうあだめいたる心

ざまにて︵同前︶c戯れごと言ひふれて心みたまふに︵同前︶

― 5 ―

﹃源氏絵本藤の縁﹄︵翻刻︶

(7)

8花宴

心ゐるかたならませば弓張の月なきそらにまよはましやは

光君︑花のゑんの夜︑こうきでんの切どのにて︑朧月の君にゆめ計ものの給ひて︑わかれ給ひしか︑たれともおほ

しさためかたきに︑其後︑左大臣殿にて︑藤の宴に参り給ひて︑五︑六の君をいづれそ︑とうたがはしくて︑

あつさ弓いるさの山にまとふかなほのみし月のかけやみゆる

とありしかは︑朧月の君かく詠し給ひしかは︑それと知給ふとかや︒

a弘徽殿の細殿に立ち寄りたまへれば︵花宴

411頁︶b五六の君ならんかし︵同

414頁︶cいづれならんと胸

うちつぶれて︵同

424頁︶

9あふひ

浅見にや人はおりたつ我かたは身もそほつまてふかき恋路を

御息所︑加茂の祭りの車あらそひの後︑いよ

!"かりまあ︑も君の氏源︑かしせほおくなきじあを世れ

#"もうらみ

がちならんと思して︑消息し給ひし御返事にかくなん︑

袖ぬるゝ恋路とかつはしりながらおりたつたごのみづからぞうき

とありしかばあはれと思して︑かく御かへし︒ ﹃源氏絵本藤の縁﹄︵翻刻︶

― 6 ―

(8)

10さかき

御息所︑たけのみやこにおもむき給ふに︑御下こうの道すから︑二条院の御まへなれば︑光君もいとあはれとお

ぼして︑

ふりすてゝけふは行ともすゞか河八十瀬のなみに袖はぬれしや

ときこへたまへば︑関のあなたより御かへし︑

すゞか河八十瀬のなみはぬれ

!"いせまでたれかおもひをこせん

a二条院の前なれば︵賢木

506な前︶c関のあた︵よりぞ御返し同て頁い︶b大将の君とれあはれに思さあ

る︒︵同前︶

11花散里

時鳥かたらふ声はそれなからあなおほつかな五月雨の空 源大将︑人しれぬ御心づからの物思はしさに︑花散里の御もとへおはする道すがらに︑さゝやかなる家の木立な

どよしはめるお︑よく見給へば︑たゞひとめ見しやとりなりと︑思ひ出給ふに︑折しも時鳥鳴て渡る︒もよほし

かほなれば︑例のこれみつしておどろかし給へば︑内よりかくそゑいし給いける︒

aこととふ︵花散里

565ら︵はさしは思のものか頁づ心御ぬれ知人b︶同

563頁︶cささやかなる家の木立な

どよしばめるに︵同前︶dただ一目見たまひし宿りなりと思ひいでたまふに︵同

564頁︶eをりしもほととぎ

す鳴きて渡る︒催しきこえ顔なれば︑例の惟光をいれたまふ︒︵同前︶

― 7 ―

﹃源氏絵本藤の縁﹄︵翻刻︶

(9)

12須磨

心ありてひく手のつなのたゆたはゞうち過くましやすまの浦なみ

光君︑世の中はしたなきことのみまされば︑すまのうらにみつからうつろい給ふ︒たゝふる里のことのみ︑あけく

れおもほし給ふ︒其頃つくしの大弐︑都へ登りけるが︑君かくておわすときゝて︑子のちくぜんの守してしやうそ こしける︒むすめの五せちの君は︑つなでひき過も口おしきに︑琴のこへ風につきてはるかにきこゆる︑ゑしのば

て︑

琴の音にひきとめらるゝつなでなはたゆたふ心君しるらめや

すき

!"しへか御くか︒りたへこきとそめがとな人︑もさし︒

a世の中いとわづらはしく︑はしたなきことのみまされば︵須磨

570は︵ばけ聞とすお頁てくか将大b︶同 614こ風につきて遥かに聞ゆのるに︵同前︶dすきず声琴頁手︶c五節の君は︑綱ひ︑き過ぐるも口惜しきにき

しさも︑人な咎めそと聞こえたり︒︵同

616頁︶ 13明石

光君すまよりあかしの浦へ立出たまえば︑あかしの入道けふの御もふけ︑いといかめしうつかうまつれり︒人

!"り︒君にけふ奉れる旅の御そうそくになまさの︑下の品まてたびさきうそくめつらし︑

よる浪にたちかさねたる旅衣しほとけしとや人のいとはん

とあれは御かへし︑かくなん︒ ﹃源氏絵本藤の縁﹄︵翻刻︶

― 8 ―

(10)

あふことのひかすへだてむなかのころことをかたみそかふべかりける

a入道︑今日の御設け︑いといかめしう仕うまつれり︒人々︑下の品まで旅の装束めづらしきさまなり︒︵明石

681り前同︵に束装御のか頁きべる奉︑日今b︶︶ 14みをつくし

かずならぬみしまがくれに鳴たつもけふもいかにととふ人ぞなき

あかしには︑若君いだきさせ給ひて︑やう

!"に文御︒ふ給し下を使御きそいて︑しほおとんらるたあに日十五︑

うみ松やときぞともなきかげにゐてなにのあやめもいかにわくらん

と有ければ︑入道も嬉しく︑女君︑めのとまてかたしけなく︑御かへしには︒

a五十日にはあたるらんと︵澪標

18へまたせはらぶとにかやまこ︑など﹂にかいはとこの母乳﹁b︶頁る

も︑かたじけなく︵同

20頁︶ 15蓬生

光る君︑花ちる里を忍び出給ふ︒道すがら家の木立しげくもりのやうなるを過給ふ︒松にふしの咲かゝりて︑月か

げになよひたる︑風につきてさと匂ふ香なつかしく︑此宮なりといとあわれにて︑れいの︑これみつあないして入

給ひて︑年月のへたゝりしおほつかなとかたり給ふ︒君︑

藤浪のうち過がたくみえつるは松こそ宿のしるしなりけれ

― 9 ―

﹃源氏絵本藤の縁﹄︵翻刻︶

(11)

との給へは︑御かへしかく︑

としを経てまつしるしなき我やとを花のたよりにすきぬばかりか

a家の木立しげく森のやうなるを過ぎたまふ︒大きなる松に藤の咲きかかりて月影になびきたる︑風につきてさ

と匂ふがなつかしく︵蓬生

69とどめさせたまふ︒例の惟光は︵し︑おな頁︶bこの宮りてけり︒いと哀に同 70頁︶ 16関屋

行とくとせきとめがたき涙をやたえぬしみづと人は見るらん

おもへる女の︑遠き国よりのぼれるに︑ゆかしき男の旅の道なる関にて︑行合たれど︑しのぶれは︑人しれす︑む かしわすれねは︑かくごちて︑ゑしりたまはじとおもふに︑かひなし︒

a女も人知れず昔のこと忘れねば︵関屋

84前同︵︒しなひかとい︑にふ思としかじはまたり知えb︶頁︶ 17絵合

しめのうちはむかしにあらぬ心地して神代のこともいまは恋しき

御門︑絵を興ある物にすかせ給ひて︑そのころ梅つぼのこうきでんなと︑絵をいとませ給ふ︒院の御門より︑い

!"大こくてんの御こし︑よせたる所のかのかう梅興ある絵ともをつ︒ほに奉せ給へり

!"しきに︑院の御か

と︑ ﹃源氏絵本藤の縁﹄︵翻刻︶

― 1 0 ―

(12)

身こそかくしめのほかなれそのかみの心のうちをわすれしもせす

とあそはしければ︑秋好の宮御かゑし︑かくとなん︒

a上はよろづのことにすぐれて︑絵を興あるものに思したり︒︵絵合

97またせか聞とこかるかもに院b︶頁ひ

て︑梅壺に御絵ども奉らせたまへり︒︵同

106せ︵にきし々神の所るた寄頁輿御の殿極大のかc︶同

107頁︶ 18松風

かはらじと契りしことをたのみにて松のひゞきにねをそへしかな

あかしの上︑かつらの里へうつり給ひしに︑光君とふらひ給ひて︑尼君もろとも︑むかし今の御物かたりありて︑

月のあかきにかへり給ふおり︑すくさま︑かのきんの御琴さし出たり︒そこはかとなく物哀なるに︑君︑

ちきりしにかはらぬ琴のしらべにてたえぬ心のほどをしりきや

とありしかは︑女君かくとなん︒

a月の明きに帰りたまふ︒︵松風

138し哀物くなとかはこそ︒りたで出さ頁さ︶bをり過ぐず琴︑かの琴の御な

るに︵同前︶

19うす雲

光君かの大井の山里に渡り給ふとて︑つねよりことにうちけたうして出立給へは︑紫上たゞならす見奉りおく

り給ふ︒﹁あすかへりこん﹂と口ずさひ出給ふに︑わだとのゝ口にまちかけて︑中将の君して聞え給へり︒

― 1 1 ―

﹃源氏絵本藤の縁﹄︵翻刻︶

(13)

舟とむるをちかた人のなくはこそあすかえりこんせなとまちみめ

いとうなれてきこゆれば︑君ほゝゑみて︑かくは御返しありていで給ふ︒

行て見てあすもさねこん中

!"にをちかた人はこゝろおくとも

a常よりことにうち化粧じたまひて︵薄雲

164り前同︵︒ふまたえこきり送つ頁まてた見ずらなだた君女b︶︶

c﹁あす帰り来ん﹂と口ずさびて出でたまふに︑渡殿の口に待ちかけて︑中将の君して聞こえたまふ︒︵同前︶

dいたう馴れて聞こゆれば︑いと匂ひやかにほほ笑みて︵同

165頁︶ 20朝がを

なへて世のあはれはかりをとふからにちかひしことゝ神やいさめん

あさ顔の斎院は︑父宮うせ給ひて︑御ふくにておりゐさせ給ふ︒源氏の君︑れいの思し染つることたへぬ御くせに

て︑御とふらひなどいとしげうきこへ給ふ︒せんじの君︑たいめんして御せうそこきこゆ︒﹁今さらに︑わか

!"

しき心地するみすのまへかな︒神さびにけるとし月のらうかぞへられはべるに︑いまはうちとゆるさせたまひてん﹂

とて︑

人しれず神のゆるしをまちしまにこゝろつれなき世をすぐすかな

と詠したまへば︑せんじのきみして︑かくそ御こたへあり︒

a斎院は︑御服にておりゐたまひにきかし︒おとど︑例の思しそめつること絶えぬ御癖にて︑御とぶらひなどい

としげう聞こえたまふ︒︵朝顔

196きさらに頁々し心﹁地する御簾の今若︒面︶ゆ宣旨︑対bし︑御消息きこて 縁刻翻︵﹄氏の藤本絵源﹃︶

― 1 2 ―

(14)

前かな︒神さびにける年月の労数へられはべるに︑今は内外もゆるさせたまひてんとぞ︵同

200頁︶ 21乙女

いろ

!"衣の中るけめそにかいはゝるらしのどほきうの身にに

夕霧の若君︑雲ゐのかりとおさなきより祖母大宮の御かたひとつ所にておひたち給しが︑いつのほどより御物心お

わせしを︑父おとゞ︑ほの聞つけ給ひ︑ことにいましめおぼしけるを︑人

!"めの君女︒りけもひおみしおといの

と︑男君の位あさきことをはしたなみて︑﹁物のはじめの六位すくせよ﹂とつぶやきけるを︑男君ほのきゝて︑

くれないの涙にふかき袖の色をあさみどりとやいひしおるべき

﹁はつかし﹂とのたまへば︑女君の御かへし︑かくとなん︒

aひとつにて生ひ出で給ひしかど︵少女

245頁︶bいとほしく思ふ︒︵同

255頁︶c﹁物のはじめの六位すく

せよ﹂とつぶやくも︑ほの聞こゆ︒︵同

267と︵ばへまたの﹂頁しかづは﹁d︶同

268頁︶ 22玉

としを経ていのる心のたかひなは鏡の神をつらしとや見ん

夕顔の御めのとのおとこ︑少弐になりて︑つくしへ下りけるか︑玉

鐚︑か︒ぬり下ていばのれけなけとい君若の

国に廿とせあまりすくして︑そのわたりにもよしある人は︑此少弐のむまごをぞこひけり︒たゆふのげむとて︑

ひごの国にいかめしき兵あり︒むくつけき心の中にいさゝかすきたる心のまじりて︑此姫きみをねん比にいひかた

― 1 3 ―

﹃源氏絵本藤の縁﹄︵翻刻︶

(15)

れ共︑めのと︑そらごとしていなみければ︑こゝにきてしいてむかへんとて︑歌よまんとて︑やゝ久しうおもひめ

ぐらし︑かく︑

君にもし心たかはは松浦なる鏡の神をかけてちかはん

と︑よき歌をつかふまつれりとじまん顔なるに︑めのとおそろしくて︑かくぞかへしよみけり︒

aその御乳母のをとこ︑少弐になりていきければ︑下りにけり︒︵玉鬘

300にかささい︑もり頁たわのそb︶よ

しある人は︑まづこの少弐の孫のありさまを聞き伝へて︑なほ絶えず訪れ来るも︵同

305頁︶c大夫の監と

て︑肥後の国に族ひろくて︑︵略︶勢ひいかめしき兵ありけり︒むくつけき心の中に︑いささか好きたる心のま

じりて︵同前︶dこの姫君を聞きつけて︑︵略︶いとねんごろに言ひかかるを︵同前︶e歌詠ままほしかりけ

れば︑やや久しう思ひめぐらして︵同

309た︑と﹂るふまたひ思んなとりり頁つまう仕︑は歌和のこ﹁f︶う

ち笑みたるも︵同

310頁︶ 23はつね

年たちかへりて︑そらのけしきうらゝかに︑をのつから人の心のひらかにみゆるかし︒光君︑春のおとゞへ渡り

給ふとて︑さふらふ人

!"へあへるに︑君︑しさのぞき給ひて︑﹁ほそ︑が打とけて︑おのどてちいわゐごとし

みなをの

!"きせん﹂とうちわらひ︑すき給て︑うへにわたぶとこか思ふことの道あらんし我︒すこしきかせよ︒ら

せ給ひて︑

うす氷とけぬる池のかゞみには世にくもりなきかけぞならべる ﹃源氏絵本藤の縁﹄︵翻刻︶

― 1 4 ―

(16)

と詠し給ひけれは︑紫上かく︑いわゐ給ひしとかや︒

曇なき池のかゝみに万代をすむべきかけぞしるへ見えける

a年たちかへる朝の空のけしき︑名残なく曇らぬうららかげさには︵初音

356頁︶bおのづから人の心ものび

らかにぞみゆるかし︒︵同前︶c年の内の祝ごとどもして︑そぼれあへるに︑おとどの君さしのぞきたまへれば

︵同前︶d﹁みなおのおの思ふことの道々あらんかし︒すこし聞かせよや︒我ことぶきせん﹂と︑うち笑ひたま

へる︵同

357頁︶ 24胡蝶

六条院︑春の御まへにて御遊のあした︑蛍の宮︑御かはらけのついでに︑いとうそらゑいして︑玉かつらの事

を︑源氏の君にほのめかし給て︑

むらさきのゆへにこゝろをしめたればふちに身なげん名やはおしけき

とありけれは︑けんじのおとゝ︑いたうほゝゑみ給ひてかくとなん︒

ふちにみをなけつべしやとこの春は花のあたりを立さらてみよ

a御かはらけのついでに︵胡蝶

386そ︵てしれ乱らう頁たいといb︶同

385頁︶cいといたうほほ笑みたまひ

て︵同

386頁︶

― 1 5 ―

﹃源氏絵本藤の縁﹄︵翻刻︶

(17)

25ほたる

顕れていとゝ浅くもみゆる哉あやめもわかすなかれけるねの

源氏︑玉かづらの君を︑みつがらの御子のやうになし給ひて︑すぎ給ふ人

!"︒ふ給へまかとんさはとま心御のほ

たるの宮なん︑せちに恋給ふ︒宮よりあやめの日︑御文あり︒

けふさへやひく人もなきみかくれにあふるあやめのねのみなかねん

とありけれは︑﹁君も御返しし給へ﹂とそ︑そゝのかし出給ひぬ︒人

!"ゝかいもに心御︑はれ聞と﹂をな﹁も思

しけん︑かくなん有しとかや︒

aすきたまひぬべき心まどはさんと︑構へありきたまふなりけり︒︵蛍

415りそそ︑どな﹂返頁御のふけb︶の

かし置きて出でたまひぬ︒これかれも︑﹁なほ﹂と聞こゆれば︑御心にもいかが思しけん︵同

419頁︶ 26常夏

内のおほいとの︑外はらのみむすめを尋ねもとめ給いて︑近江の君とそきこえし︒御姉君︑今の女御こうきでんと

申奉る︒この御方へあづけ給はんとて︑此君より女御へ御文あり︒そのはしに︑

草わかみひたちの浦のいかゝさきいかであひみんたごのうら浪

とあれは︑中納言の君といふ︑いとちかふさふらひて︑そば

!"か君此とやきしけの文御きしかめまい︒りけ見わ りて︑せんじかきめきて︑かく︑

常陸なるするかの海のすまの浦に波たち出よはこ崎の松 ﹃源氏絵本藤の縁﹄︵翻刻︶

― 1 6 ―

(18)

aおとどの外腹のむすめ尋ねいでて︵常夏

443近見ばそばそ︑てひらぶさうと頁い︑ふいと君の言納中b︶け

り︒﹁いと今めかしき御文の気色にも侍るかな﹂︵同

471い︑てと﹂んらかしほと︑頁はてきめき書旨宣c︶た

だ御文めきて書く︒︵同

472頁︶ 27篝火

秋にもなれば初風すゝしく吹いてゝ浦さびしき心地し給ふに︑忍ひかねつゝ玉かつらの御方へしば

!"渡り給ふ

て︑萩の音もやう

!"をるなたかへき少も火りゝかの庭︒りけに成にとほるなれわあ︑

かゝり火にたちそふおもひの煙こそ世にはたへせぬほのふなりけれ

と詠し給へは︑玉かつらの君かく︑

行衛なき空にそひてよかゝり火のたよりにたくふけふりとならは

a秋にもなりぬ︒初風涼しく吹き出でて︑背子が衣もうらさびしき心地したまふに︑忍びかねつつ︑いとしばし

ば渡りたまひて︵篝火

477前にけり︒︵同︶なc御前の篝火すりに頁う︶b荻の音もややどうあはれなるほこ

し消えがたなるを︵同前︶

28野分

六条院のいつこも

!"や︑てしかあきふとひよ︑くしゝたはあ心御う

!"やの雨村てりめしし少風にきつかあう

にふりいづる︒源氏の君も御子の中将御ともにて︑かた

!"り渡へ方御のらつか玉︒給ふせさ出にれつとおの風へ給

― 1 7 ―

﹃源氏絵本藤の縁﹄︵翻刻︶

(19)

いて︑物のたまいかはし給へは︑女君︑

吹みたる風のけしきにおみなへししほれしぬへき心地こそすれ

くはしくもきこえぬに︑君もかく有て出給ふ︒

白露になびかましかは女郎花あらき風にはしほれざらまし

a暁方に風すこししめりて︑むら雨のやうに降りいづ︒︵野分

489頁︶bくはしくも聞こえぬに︵同

500頁︶ 29御幸

あかねさす光りはそらに曇らぬをなとて御幸にめをきらしけむ

大原野の行幸とて︑のこる人なく見さはくを︑玉かつらの君も立出給へり︒そこばくいとみつくし給へる人の御

かたちありさまを見給ふまゝに︑御かとのうるはしううこきなき御かたはらめに︑なすらいきこゆへき人なし︑と思

し給ふ︒又の日︑源のおとゞ︑女君へ御文あり︒﹁きのふ︑うへは見奉らせ給ひてきや︒かのことは︑おほしなひ きぬらんや﹂ときこゑ給へり︒﹁よくも︑おしはからせたまふものかな︒﹂と覚す︒御かゑりに︑﹁きのふは︑

うちきらしあさくもりせしみゆきにはさやかにそらの光やは見し﹂

とありけれは︑君よりもまた御かへし︑かくとなん︒

a大原野の行幸とて︑世に残る人なく見騒ぐを︵行幸

508出くばこそ︒りへ給でち頁立も君姫の対の西b︶い

どみ尽くしたまへる人の御かたちありさまを見給ふに︑帝の︑赤色の御衣奉りて︑うるはしう動きなき御かたは

ら目に︑なずらひきこゆべき人なし︒︵同

510にらつまてた見は上頁日昨﹁︑︑対日のcまたの︶︑とど︑西お 縁刻翻︵﹄絵の藤本氏源﹃︶

― 1 8 ―

(20)

せたまひきや︒かのことは思しなびきぬらんや﹂と聞こえたまへり︒︵同

513頁︶dよくも︑おしはからせたま

ふものかなと思す︒御返りに︑﹁昨日は︵同

514頁︶ 30藤袴

玉かつらの君︑内侍のかみの御宮つかへのことをたれ

!"そゝのかし聞ゑ給ふ︒兵部

鑄の宮より御文有て︑

朝日さすひかりをみても玉さゝの葉わけのしもをいたすもあらなん

其ほか︑髭黒の大将︑左兵衛督なと︑いつこよりもせちにこひ給へとも︑女君︑何とも思ひさためかたく︑かた

!"

より御文有しかども︑御返ことさせ給はざりしか︑宮の御かへりをいかゞおほすらん︑たゞいさゝかにかくなん︒

心もて日影にむかふあふひたに朝おく霜ををのれやはけつ

a内侍のかみの御宮づかへのことを︑誰も誰もそそのかしたまふ︵藤袴

546頁︶b宮の御返をぞ︑いかが思す

らん︑ただいささかにて︵同

565頁︶ 31巻柱

髭黒の大将︑玉かつらの君を我みたちへ渡し給はんとて︑北の御方ゑ︑よきにかたらひなしたまひて︑御ぞよそひ

つゝ出給はんとし給ひしに︑北の御方︑にはかに御物けおこりて︑そばなる火とりの香炉をとりて︑男君の後よ

り︑さといかけ給ふほど︑あきれて物し給ふ︒御ぞかへて︑御ゆどのなと︑いたうつくろひ給ふ︒木工の君︑御薫物

しつゝ︑

― 1 9 ―

﹃源氏絵本藤の縁﹄︵翻刻︶

(21)

﹁ひとりゐてこがるゝむねの苦しきに思ひあまれるほのほとぞみし

名残なき御もてなしは︑見奉る人だに︑たゝにやは﹂と口おゝひてゐたる︒大将の君かく︑

うき事を思ひさはけはさま

!"にくゆるけふりそいとゝ立そふ

aにはかに起き上がりて︑大きなる籠の下なりつる火取をとり寄せて︑殿の後ろに寄りて︑さといかけたまふほ

ど︑︵略︶あきれてものしたまふ︒︵真木柱

583︑木︒ふまたひろくつうたいど頁な殿湯御︑てへ換ぎ脱b︶工

の君︑御薫物しつつ︵同

586に人だに︑ただやつは﹂と︑口おほるま頁御︶c名残なきもててなしは︑見たひ

てゐたる︵同前︶

32梅枝

色も香もうつる計に此はるは花さく宿をかれずもあらなん

明石の姫君︑御もぎの御心おきてに︑薫物合せ給ふ︒御かた

!"い︑をきたてめ方のきるふ︑もりよろ

!"奉ら

せ給ふ︒﹁匂ひふかさあさゝも︑かちまけのさだめあるべし﹂との給いて︑ほたるの宮なん判者になし給ふ︒

おゝみきなど参り給て︑御遊ひある︒宮のおまへにびは︑おとゞにさうの琴︑頭中将和ごん︑宰相の中将横笛︑

きさらぎの初つ方なれば︑おかしき夜の御遊ひなり︒御かはらけまいるに︑ほたるの宮︑

﹁鶯のこゑにやいとゞあくがれん心しめつる花のあたりに

千代もへぬべし﹂と聞へ給へは︑源氏の君もかくなん︒

a御裳着のこと思しいそぐ御心おきて︵梅枝

618前︑もさ浅さ深の頁匂﹁c︶ひ同合︵︶b薫物はせたまふ︒ 縁刻翻︵﹄﹃の藤本絵氏源︶

― 2 0 ―

(22)

勝負の定めあるべし﹂と︑大臣のたまふ︒︵同

619ゐ︵てひまたりま頁どな酒御大d︶同

626頁︶e宮の御前

に琵琶︑大臣に筝の御琴まゐりて︑頭中将︑和琴賜りて︵同

627吹前同︵︒ふまたき笛頁横︑将中の相宰f︶︶

gをかしき夜の御遊びなり︒御かはらけまゐるに︑宮︑︵同前︶h千代もへぬべし﹂と聞こえ給へば︵同前︶

33藤裏葉

なか

!"たの時れかそた花藤のんはとまやりおにと

!"しくも

夕きりの君︑雲ゐのかり︑御もろ恋の御中なれど︑又おとゞきら

!"かしりさは給けとろゝこ御︑に地心御きし︑

男君のなまめかしうねびゆき給ふを見給ひて︑まけてうちとけ給はんとて︑おまへの藤の花のおもしろくさき乱

れたるにことよせて︑頭の中将して御せうそこあり︒

我やどのふじの色こきたそかれにたつねやはこぬ春のなごりを

とありけれは︑夕ぎりのきみ御かへし︒

aさすがなる御もろ恋なり︒︵藤裏葉

646盛︵てきゆびねにりき頁じみい今だたb︶同

647頁︶c御前の藤の

花︑いとおもしろう咲き乱れて︵同

649消前同︵︒りあ息御頁てし将中頭d︶︶ 34若菜上

女三の宮の御うしろ見︑光君にあつけ給ふ︒君もにげなくおほせと︑院ののたまはせ給ふも︑もだしかたく︑うけは

り給ふ︒紫のうへも︑ことにふれて︑たゞにもおぼされぬ世の有様なり︒かゝるにつけても︑はなやかにおひさき

― 2 1 ―

﹃源氏絵本藤の縁﹄︵翻刻︶

(23)

とおく︑あなつりにくきけはいにて︑うつろい給へるに︑なまはしたなく覚さるれど︑つれなくのみもてなして︑い

とらうたけなる御有様を︑君はいとゞありがたしと思ひきこへ給ふ︒女君︑

目にちかくうつればかはる世の中をゆくすへとをくたのみける哉

と手ならいにし給へは︑けにことはりとおほして︑かく書そへ給いしとかや︒

命こそたゆともたえめ定めなき世のつねならぬ中のちぎりを

a対の上も事にふれて︑ただにも思されぬ世のありさまなり︒げに︑かかるにつけても︑︵略︶はなやかに生ひ

先遠く︑侮りにくきけはひにて移ろひたまへるに︑なまはしたなく思さるれど︑つれなくのみもてなして︑︵略︶

いとらうたげなる御ありさまを︑いとどありがたしと思ひきこえたまふ︒︵若菜上

727頁︶bげに︑とことわり

にて︵同

729頁︶ 35若菜下

光君いろ

!"紫の上をもぐし給ひ住て吉にまふでさせ給ふ︑くて神のさかへを見給ふ︒のた御たすけはわすれがこ といそぎ給へども︑ひゞきよのつねならずいみじく︑まい人はゑぶのすけとものかたちきよげにえらはせ給ふ︒

こと

!"れたるはなつかしくおもしろし︒君もむかしのなゝみのしきこま︑もろこしがのくよりも︑あづま遊び事

おほし出れと︑そのことうちみたれかたろふべき人もなければ︑

誰かまた心を知りて住吉の神よをへたるまつにこととふ

紫上も都の外のありきは︑まだならひたまはねば︑めつらしくおほしめしてかくなん︒ ﹃源氏絵本藤の縁﹄︵翻刻︶

― 2 2 ―

(24)

住の江の松に夜ふかくおく霜は神のかけたるゆふかつらかも

aかかるいろいろの栄えを見たまふにつけても︑神の御助けは忘れがたくて︑対の上も具しきこえさせたまひ

て︑詣でさせたまふ︒響き世の常ならず︒いみじく事どもそぎ捨てて︵若菜下

832頁︶b舞人は︑衛府の次将

どもの︑かたち清げに丈だち等しきかぎりを選らせたまふ︒︵同前︶cことごとしき高麗︑唐土の楽よりも︑東

遊の耳馴れたるは︑なつかしくおもしろく︵同

834出の世のそ︶略︵︑れらでし頁思とこの昔︑どとおd︶こ

と︑うち乱れ語りたまふべき人もなければ︵同

835歩はまたひらなだま︑はきの頁外の都︶略︵︑上の対e︶ね

ば︑めづらしくをかしく思さる︒︵同

837頁︶ 36柏木

柏木の右衛門督失給ひて︑女三の宮︑母君︑諸共歎きくらさせ給ひしを︑夕霧の大将しば

!"御とふらひ物したまひ

帰り給ふとて︑御前近き桜のいとおもしろきを見たまひて︑

時しあれはかはらぬ色に匂ひけりかたへかれにし宿の桜も

と︑わざとならすよみなして立給ふに︑母君いととう︑

この春は柳のめにそ玉はぬく咲ちる花の行衛しらねは

a御前近き桜のいとおもしろきを︵柏木

989ち前同︵︑うととい︑にふまた立頁てしなじ誦ずらなとざわb︶︶

― 2 3 ―

﹃源氏絵本藤の縁﹄︵翻刻︶

(25)

37横笛

うき世にはあらぬところのゆかしくてそむく山路に思ひこそいれ

女三の尼みやに︑院のみかどより御いとおしみおほしやりて︑たへず御せうそこあり︒御寺のかたはらにぬきいで

たるたかうな︑ところなどおくらせ給ふとて︑

世をわかれ入なん道はをくるともをなしところを君もたづねよ

とあれは御返し︒

a絶えず聞こえたまふ︒御寺のかたはら近き林にぬき出でたる筍︑そのわたりの山に掘れる野老などの︑山里に

つけてはあはれなれば︑奉れたまふとて︵横笛3頁︶

38鈴虫

へだてなく蓮のやとをちきりても君が心やすましとすらん

入道の姫宮のおましを仏にゆつりたまひて︑供養せさせ給ふ︒このたびはおとゞの君の御心さしにて︑御念誦た

うの具共︑こまかにとゝのへさせ給ふ︒﹁かゝるかたの御いとなみをも︑もろともにいそがんものとは︑おもひよ

らさりしことなり︒よし︑後の世にだに︑かの花の中のやどりへだてなくとおもほせ﹂とて︑

蓮ばをおなしうてなと契りおきて露のわかるゝけふぞかなしき

と︑かう染なる御扇に︑書つけ給へり︒そのはしに宮︑かくなん︑かきそえたまふ︒

a御座を譲りたまへる仏の御しつらひ︵鈴虫

31のの堂誦念御︑てしざ心御に君たの︶bこの頁び︑おとどは 縁刻翻︵﹄絵の藤本氏源﹃︶

― 2 4 ―

(26)

具ども︑こまかにととのへさせたまへるを︵同

28のもんが急にもとろも︑もをみ営御のたかるかかc︶頁と

は思ひよらざりしことなり︒よし︑後の世にだに︑かの花の中の宿りに︑へだてなくと思ほせ﹂とて︵同

31

頁︶d香染なる御扇に書きつけたまへり︒︵同前︶

39夕霧

夕きりの大将はおちばの宮に御心まどひ給ふて︑雲井のかりのうらみ給ひしを︑むかしよりの御契りのほどあさから

ぬ事なとことはり給ひて︑けさうして出給ひしかば︑女君︑

なるゝ身をうらみんよりは松しまのあまの衣にたちやかへまし

とあれは︑男君御返しとて︑

松しまのあまのぬれぎぬなれぬとてぬきかへつてふ名をたゝめやは

a化粧じて出でたまふを︵夕霧

123頁︶ 40御法

紫のうへ︑うせ給いしかば︑秋好中宮より御弔御せうそこあり︒

かれはつる野へをうしとやなき人の秋に心をとゞめざりけん

紫の上は春をこのみ給ふゆへ︑かく詠し給ふなり︒光君御かへし︑

のぼりにし雲井なからもかへりみよわれあきはてぬつねならぬ世に

― 2 5 ―

﹃源氏絵本藤の縁﹄︵翻刻︶

(27)

a冷泉院の后の宮よりも︑あはれなる御消息絶えず︵御法

160頁︶ 41幻

紫のうへうせ給ひて︑としもかへりぬ︒光君︑春の光を見給ふにつけても︑いとゞくれまどひたるやうに過し給

ふ︒人々まいりなどすれど︑御心地なやましきやうにもてなし給ひて︑みすの内にのみおはします︒兵部

鑄の宮わ

たり給へるにそ︑たいめんしたまはんとて︑御せうそこきこへ給ふ︒

我やどは花もてはやす人もなしなにゝか春のたづねきつらん

とあれは︑宮うち涙ぐみて御返しかく︑

香をとめてきつるかひなく大かたの花のたよりといひやなすべき

a春の光を見たまふにつけても︑いとどくれまどひたるやうにのみ︑︵略︶人々参りたまひなどすれど︑御心地

悩ましきさまにもてなしたまひて︑御簾の内にのみおはします︒兵部

鑄ぞけとちうだた︑にのるへまたり渡宮た

る方にて対面したまはんとて︑御消息聞こえたまふ︒︵幻

164み前同︵てひ給ぐ頁泪ちう︑宮b︶︶ 42匂宮

にほふ兵部

鑄く君は院の御いつしるみふかく︑いつこのほ︑めかほる大将と世にでかきこへける︒殊にも

!"御 いとおしみ︑はなやかなり︒かほかたちも︑すぐれたる︑あなきよらとみゆる所もなきが︑たゝいとなまめかしう

はづかしげに︑心のおくおゝかりけるけはひ︑人ににぬなりけり︒香のかんばしさ︑よのつねの匂ひにあらす︒御 ﹃源氏絵本藤の縁﹄︵翻刻︶

― 2 6 ―

(28)

まへの花の木も︑はかなく袖かけ給ふ梅の香は︑

色よりも香こそあわれとおもほゆれたか袖ふれし宿の梅そも

となん見えたり︒

a例の世の人は︑にほふ兵部

鑄く匂︵てけづつひ言くに︑き聞︑と将中るほか宮

219頁︶b顔かたちも︑そこ

はかと︑いづこなんすぐれたる︑あなきよらと見ゆるところもなきが︑ただいとなまめかしう恥づかしげに︑心

の奥多かりげなるけはひ︑人に似ぬなりけり︒香のかうばしさぞ︑この世の匂ひならず︵同

217頁︶c御前の

花の木も︑はかなく袖かけたまふ梅の香は︵同

218頁︶ 43紅梅

あぜち大納言より︑かさねて歌奉らせ給ふ︒

もとつかのにほへる君か袖ふれは花もえならぬ名をやちらさん

とまめやかにきこへ給へは︑さすがに御心ときめきし給ひて︑匂宮御返し︑

花の香をにほはすやどにとめゆかば色にめつとや人のとかめん

aと︑まめやかに聞こえたまへり︒︵略︶さすがに御心ときめきし給ひて︵紅梅

242頁︶ 44竹河

かほるの君のすみ給ふ三条の宮ちかければ︑いつもこなたへまいりかよひ給ふを︑玉がつらの君︑いとうつくしみ

― 2 7 ―

﹃源氏絵本藤の縁﹄︵翻刻︶

(29)

給ふ︒御念誦堂におはして︑﹁こなたへ﹂との給へは︑かほる︑君戸口のみすのまへに居給へり︒おまへ近きわか

木の梅︑心もとなくつぼみて︑鶯の初こゑ︑いとおほとかなるに︑ことすくなに心にくきほどなれば︑人

!"ねたが

りて宰相の君︑

折てみばいとゞ匂ひもまさるやとすこし色つけ梅の初花

と詠れけれは︑くちはやしときゝて︑君︑御かへし︑

余所にてはもぎゝなりとやさたむらん下に匂える梅の初花

aかの三条宮といと近きほどなれば︵竹河

254しまたのと﹂にたなこ﹁︑ては頁おに堂誦念御︑殿の侍尚b︶へ

ば︑東の階よりのぼりて︑戸口の御簾の前にゐたまへり︒御前近き若木の梅︑心もとなくつぼみて︑鶯の初声も

いとおほどかなるに︑︵略︶こと少なに心にくきほどなるをねたがりて︑宰相の君と聞こゆる上

#の詠みかけた

まふ︒︵同

258頁︶c口はやしと聞きて︵同

259頁︶ 45橋姫

いかでかくすだちけるそと思ふにもうき水鳥のちきりをそしる

源氏には御おぢ︑うばそくの宮と申せしか︑北の方うせ給ひて︑御姫君ふた所ありしを︑いつくしみはぐゝみ給

ふ︒春のうらゝかなる日かけに︑池の水鳥とも︑はね打かはして︑つがひはなれぬを︑うら山敷詠給ひて︑

うちすてゝつかひさりにし水鳥のかりのこの世にたちをくれけん

姫君へも紙奉り給へは︑おいさき見へて︑あね君︒ ﹃源氏絵本藤の縁﹄︵翻刻︶

― 2 8 ―

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