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博士学位論文(東京外国語大学)

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博士学位論文(東京外国語大学)

Doctoral Thesis (Tokyo University of Foreign Studies)

氏 名 楊 殿閣 学位の種類 博士(学術)

学位記番号 博甲第283号 学位授与の日付 2020年2月12日 学位授与大学 東京外国語大学

博士学位論文題目 元ストリート・チルドレンの社会教育の実践過程に関する研究―ニカ ラグアにおけるNGOの支援活動を事例として

Name Yanagi, Denka

Name of Degree Doctor of Philosophy (Humanities) Degree Number Ko-no. 283

Date February 12, 2020

Grantor Tokyo University of Foreign Studies, JAPAN Title of Doctoral

Thesis

The Practices of Former-Street-Children’s Rehabilitation and Social Education: A Case Study of an International NGO in Nicaragua

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元ストリート・チルドレンの社会教育の実践過程に関する研究

―ニカラグアにおける NGO の支援活動を事例として―

楊 殿閣

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元ストリート・チルドレンの社会教育の実践過程に関する研究

―ニカラグアにおけるNGOの支援活動を事例として―

目次

序章

1 研究の背景と問題の設定、研究の目的 ・・・・・・・・・・・・・・・ 1ページ 1.1 研究の背景 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1ページ 1.2 問題の設定 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4ページ 1.3 研究の目的 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5ページ 2 本研究の位置づけ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6ページ 3 調査方法・フィールドワークの概説 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 8ページ 4 本研究の構成 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10ページ

第1章 先行研究の考察

1 ストリート・チルドレンを生み出す要因 ・・・・・・・・・・・・・・12ページ 2 社会教育における支援する側の理念と理論 ・・・・・・・・・・・・・17ページ 3 支援活動から離脱する支援される側の論理 ・・・・・・・・・・・・・20ページ 小括 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25ページ

第2章 現代ニカラグアの社会状況

1 現代ニカラグアの社会変容 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28ページ 1.1 「サンディニスタ革命」期のニカラグア ・・・・・・・・・・・・30ページ 1.2 右派政権時代の経済状況 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33ページ

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1.3 今日のニカラグア ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34ページ 2 貧困層の生活世界と子どもの社会化 ・・・・・・・・・・・・・・・・・38ページ 2.1 「カイェ」を媒介する日常生活 ・・・・・・・・・・・・・・・・・38ページ 2.2 貧困層の子ども観と子どもの社会参加 ・・・・・・・・・・・・・・42ページ 3 学校教育の普及状況と子どもの保護に関する法整備 ・・・・・・・・・・45ページ 4 NGOの台頭と連携 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・49ページ

第3章 対象事例の概要

1 事例対象NGOの活動の現状 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・55ページ 2 支援プログラムと元ストリート・チルドレン ・・・・・・・・・・・・・63ページ 2.1 Aセンターのプログラム ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・63ページ 2.2 Aセンターの社会教育に参加する元ストリート・チルドレン ・・・・67ページ

第4章 社会教育の実践過程における参加の諸形態

1 元ストリート・チルドレンの参加形態の分類 ・・・・・・・・・・・・・74ページ 2 第1象限の特徴 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・81ページ 3 第2象限の特徴 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・89ページ 4 第3象限の特徴 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・94ページ 5 第4象限の特徴 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・103ページ 6 考察―Aセンターの外部環境との関係も含む視点から ・・・・・・・・・108ページ

6.1 元ストリート・チルドレンの選択なき選択 ・・・・・・・・・・・・109ページ 6.2 NGOが実施する元ストリート・チルドレンの社会教育における意義と課題

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・111ページ 小括 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・113ページ

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iii 終章 結論

1 元ストリート・チルドレンにとっての社会教育の意味意 ・・・・・・・116ページ 2 問題の克服に向けて ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・118ページ 3 本研究の限界と課題 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・119ページ

参考文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・122ページ

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1 序章

1 研究の背景と問題の設定、研究の目的

1.1 研究の背景

ストリート・チルドレンという用語が初めて使われたのは、1851年に出版されたHenry Mayhew の著書『London Labour and the London Poor:A cyclopaedia of the condition and earnings of those that will work, those that cannot work, and those that will not work』と言われている。同時代におけるアンダーグラウンドの子どもたちの生き様を描い たCharles Dickensの『Oliver Twist』や『Great Expectations』といった文学作品から も、貧困層の子どもたちが直面する過酷な成育環境、そのなかで懸命に生きる子どもたち への支援と彼(女)らの人生における劇的な転機、あるいは子どもたちがもつ野望と失望、

内面的葛藤や生存戦略などを読み取ることが出来る。こうした子どもたちの状況は近代化 初期のイギリスに限らず、時代を超えて様々な国や地域で見られた。戦後の日本において も路上で働くあるいは親の仕事を手伝う子どもの姿は珍しい光景ではなかった。しかし、

イギリスや日本といった先進国は福祉国家として発展するなか、子どもの成育を取り巻く 生活環境・社会環境が大きく変貌し、子どもの処遇における価値観や規範も変化した。ア リエスの言葉を借りれば「〈子ども〉の誕生」1が現れ、近代的な子ども観というイデオロ ギーが内面化してきたと言える。他方、20世紀後半から途上国(とりわけ都市部)におけ るストリート・チルドレンの存在が顕著化し、社会問題として広く認識されるようになっ た。今日では、ストリート・チルドレンという用語は主に途上国の路上で生活・活動する 子どもに対して使われている。

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ストリート・チルドレンというカテゴリーの内実には極めて複雑な実態を孕んでおり、

彼(女)らがもつこの多様性の特徴は研究活動と支援活動にとって困難である点は否めな い。そのため正確な統計データも存在しないが、国際援助機関やNGOによると、全世界 で1億人以上のストリート・チルドレンが存在すると推定されている。国際人道問題独立 員会は、ストリート・チルドレンにとって「生きることは働くことを意味し」、子どもた ちの過酷な労働と不適切な報酬、衣食住の悲惨な状況、さまざまな暴力による心身が受け たダメージなどについての警鐘を鳴らし(国際人道問題独立員会1988:35)、1980年代 後半以降国際機関やNGOなどによるストリート・チルドレンへの救済活動が急速に拡大 した。こうした国際社会の対応の背景には、近代的な子ども観というイデオロギーが途上 国にも侵食し、子どもに対する共通認識や子どもの貧困に対する支援の頑健性が形成され、

国連総会で「子どもの権利条約」が採択されたことと、「万人のための教育(EFA)」や

「国連ミレニアム開発目標(MDGs)」、「持続可能な開発目標(SDGs)」といった国 際的な行動指針・援助枠組が構築されたことによる影響は大きい2。したがって、国際教育 開発の文脈から路上で生活・活動する子どもという古くから存在する事象に対する現代の 捉え方を理解することができる3

ここでニカラグアにおけるストリート・チルドレンの概念と本研究の対象である元スト リート・チルドレンの定義について説明する。ニカラグアは中米地域の中でも社会経済発 展が遅れており、首都マナグアでは市内を走るバスに乗ると、信号待ちの車のフロントガ ラスを拭いたり、ジャグリングを披露したり、あるいは水など売ったりして小遣いを稼ぐ 子どもの姿を見ない日はない。農村部では、子どもは10歳前後からコーヒー畑で働き、収 穫期が終わると山から下りて街で靴磨きやフルーツ販売などの生業に多くの時間を費やす 子どもは少なくない。スラムでは、家族と窮屈な家で同居するより、路上生活を選ぶ子ど ももいる(貧困層では母系家族が多く、年長の子どもは母親と兄弟そして母親のパートナ ーと一緒に窮屈な家で暮らすことを好まない)。また、家族で路上に寝泊まりし、物乞い や行商をしながら生活するケースもある。更に家庭内暴力や育児放棄された子ども、両親

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を亡くした子ども、LGBTQ であるため家族に受け入れてもらえない子どもも生存戦略と して路上での生活・活動を営む。こうした子どもたちの全てがストリート・チルドレンと いう用語の〈チルドレン〉に当たる。

他方、ニカラグアの社会文脈からすると、〈ストリート〉が意味するところは日本語の 辞書的な意味での路上・道路よりも広義であり、とりわけ貧困層の人々にとってそこは単 なる物理的な意味ではなく、心理的な意味も含む日常生活の維持・創造に欠かせないヴァ ナキュラー的な空間である。ニカラグアではインフォーマルセクターが大きな割合を占め ているが、インフォーマルセクターに帰属する人々は〈ストリート〉を中心空間として暮 らしを営み、人間関係を構築し、生活のやりくりにおける多くの時間をそこで過ごしてい る。この点については第2章でより詳しく説明する。しかし、一般的にストリート・チル ドレンについて語る場合は、そこは周辺化された人々の居場所、物乞いをする場所、暴力 や犯罪が発生する場所、薬物や売春の取引が行わる場所であり、不潔で危険な側面が強調 され、子どもの成育環境として望ましくない空間であるという先入観を帯びている。

ストリート・チルドレンというカテゴリーには様々な形態の子どもたちが含まれており、

厳密な定義は難しいが、彼(女)らが置かれている状況は望ましくない状態であり、改良 すべき対象であるというイメージは拭えない。国際援助機関やNGOでは、ストリート・

チルドレンについて“children of the street”(家族との接触などに関係なく、路上に住み ながら生活する子ども)と、“children on the street”(家族とのつながりを保ちながら、

あるいは家族と一緒に路上で多くの時間を過ごす子ども)という2つの概念からこのカテ ゴリーを総称することが多い。

本研究では、ストリート・チルドレンと呼ばれる子どもたちの中で、何らかの契機によ って路上での生活・活動を中断し、社会化支援の活動に参加する(調査対象NGOに収容 されている)子どもたちを元ストリート・チルドレンと定義して用いる。また、こうした 子どもたちを対象に実施されている保護と支援の諸活動をメインストリームの学校教育と 区別して社会教育として付置し論を進める。当然ながら、途上国では学校教育やストリー

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ト・チルドレンをめぐる問題が解消されている訳ではないため、このように元ストリート・

チルドレンの社会教育という研究の輪郭を構築することで、既存の問題を否定する意味に はならない。

また、グローバル化と新自由主義の進行により、市場原理における合理性の力学が高度 化し、支援活動における自立(律)もそのメカニズムの中に取り込まれていく状況にある。

社会の中で自らの選択や態度は不安と差異における否定的と肯定的の両契機によって形成 され、個々人の社会化は無意識に動機づけがなされ実践されることも起こり得るのだとす れば、元ストリート・チルドレンの社会化支援における意義は絶対的な善とは言えなくな る。NGOが実施する社会教育の先にある自立(律)は、支援する側と支援される側の相違 が統合される形で想定されており、意図せざる結果であっても、そこでは従来異なる自立

(律)すなわち外発的動機と内発的動機の境界線が明確に見えなくなってきている。研究 の対象事象を客観的に捉えるという意味において、この伏在する問題も認識した上で NGOが実施する元ストリート・チルドレンの社会教育について見ていく必要がある。

1.2 問題の設定

今日におけるストリート・チルドレンという集団の捉え方では保護と支援の緊急性が非 常に高いため、多種多様な形の支援が実施されている。しかし、途上国では依然として多 くのストリート・チルドレンの姿が観察されている。彼(女)らは自身を対象に実施され ている支援について無知ではなく、むしろ何らかの形でそうした活動と関わる経験をもち、

そして再び路上での生活・活動に戻るケースが多い。したがって、今日の文脈では子ども たちが路上での生活・活動に参入・停滞する古い問題とは別に、支援が行われている中で 浮上する新しい問題について問う必要がある。本研究はこの視点を出発点として、現行の 支援活動そのものについて着目し、元ストリート・チルドレンの様相について考察してい く。

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現状として、途上国で実施されているストリート・チルドレンの保護と支援にかかる諸 活動は市民社会の一端を担うNGO が主体である。NGO自体は千差万別であるが、近年 では実施されている活動の実態について支援する側による活動報告あるいはそれに準ずる 内容の文献資料は散見されるようになった。こうした報告・説明では支援される側の論理 まで踏み込んでおらず、保護と支援の実践過程に関する分析が不十分である。またドナー の目線を重視する活動報告・説明は美化された形で一般社会から理解される傾向にある。

したがって、NGOが実施する元ストリート・チルドレンの社会教育について、その実践 過程はある種のブラックボックス状態で語られてきたため、参加者に寄り添いながら実態 の究明が重要である。この視点から本研究では具体的に以下の設問に取り組む。社会教育 の実践過程において元ストリート・チルドレンはどのような参加形態にあるのか。それぞ れの参加形態はいかなる要素によって規定されるのか。社会復帰・家族再統合の実現に向 けてどのような困難な局面があるのか。支援活動に参加する経験は元ストリート・チルド レンにとって何を意味するのか。現地の社会状況のなかでNGOによる社会教育が果たし 得る役割は何か。

1.3 研究の目的

本研究の目的は、保護と支援が行われている状況の中で。それに参加する子どもたちの 社会復帰・家族再統合がなかなか実現されない要因を再検討する素地として、ニカラグア におけるNGOの支援活動を事例に、社会教育の実践過程に立ち現れる元ストリート・チ ルドレン参加諸形態と彼(女)らが直面する困難な局面について解明することである。

学校で実施する教育の内容や形態とNGOが実施する社会教育のそれとの間には言うま でもなく大きな差異がある。しかし、いずれも社会化過程として、子どもが一定の期間に おいてその教育システム内部の活動に参加しているにほかならないという前提に立つと、

学校教育と社会教育のあり方は子どもたちがその後の社会参加における結節に対して役割

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を担っており、この点において両者は共通していると言える。そうであれば元ストリート・

チルドレンの社会教育が果たし得る役割について考える際、分析の射程はNGOなどの施 設内部だけでは不十分であり、現地社会の文脈にも留意し、NGO の外部環境として位置 づけられる諸側面との関係性も含む視点から吟味することが重要である。

なお、本研究では予め元ストリート・チルドレンの社会教育について何らかの理論を設 定して事例研究で検証していくアプローチではなく、先行研究の整理から分析の視点や暫 定的な仮説を立て、支援現場における実態の粗描や当事者のエージェンシーに対する解釈 から帰納的に論述し、なぜ同じ施設・活動の中で異なる結果が生まれ、支援を受けながら も社会復帰・家族再統合に結びつかない子どもが多く存在するのかという命題に答える。

2 本研究の位置づけ

本研究は全体論的記述の技法を用いることにより、ニカラグアでNGOが実施する元ス トリート・チルドレンの社会化支援についての包括的な理解とその実践過程に関する一般 的な論述の特徴をもっており、質的な事例研究として位置付けることができる。したがっ て、元ストリート・チルドレンが置かれている状態やその背景については説明変数の数量 に関わらず、従属変数の過程にある社会的世界について論述することが重要である。また、

元ストリート・チルドレンの社会教育は静止的・固定的な現象ではなく、流動的・多面的 であるため、部分的な要素がいかなる相互関係によってその世界を形成しているかは定性 的に見ていく必要がある。本研究では、筆者が長期に渡り対象に寄り添いながら、支援活 動の参加時間をともにし、当事者の視点や意味付けおよびそれに対する解釈をも含む視点 から、NGO が実施する社会教育の全体像を明らかにし、従来の研究において問いに付さ れてこなかった支援する側と支援される側の相互作用から立ち現れる現象の内実の空洞化

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を埋めるとともに、現地社会の文脈からNGO施設の外部環境との関係について読み解き ながら論述する。

批判的教育学において、フレイレは教育活動における行為者の意識化の欠落は抑圧者と 被抑圧者の関係を助長し、知識の積立を目的とする銀行形教育の問題を指摘した(フレイ

レ2011)。また、イリッチは学校教育制度が管理社会の装置として機能する性質をもって

おり、公教育制度に依存する社会(価値の制度化)の危険性に警鐘を鳴らし、学習者によ る学習ネットワークの構築とそれを通じた教育活動を提唱した(イリッチ2015)。そして 教育社会学の分野では、近代社会と教育制度の特徴について学校教育制度を通じて実現す る子どもの社会化過程に対する富裕層の信念に反して、学校教育を拒否し反学校文化の構 築あるいは労働者階級の文化の継承について議論されてきた(Lauder,Brown,Dillabough and Halsey 2012)。こうした論述は、学校教育に対する問題提起であり、本研究は基本的 にはこれらの指摘を受け入れる立場である。しかし、誤解を回避するためにここで強調し なければならないのは、本研究は学校教育自体を否定しオルターナティブな教育システム を打ち立てる志向ではなく、現地社会の実情に対応する学校教育と補完関係にある NGO の社会教育について、その課題と可能性を検討していく立場である。

途上国において教育の達成はその後の就労とリンクしていないという労働市場のアン バランスの問題により、学校教育への低いインセンティブに結びついていることが指摘さ れている(大塚・黒崎 2003、OECD 2015)。また、国際開発の分野では効果的な支援の あり方について様々な議論がなされているが、学術の理論知と事例の実践知との間に非対 称性という問題もしばしば指摘される(佐藤 2015)。更に、NGO セクターにおける理 念と実践の乖離も課題として言及されている(Hulme and Edwards 2013)。NGOが実 践する元ストリート・チルドレンの社会教育について考察することは、こうした複数のギ ャップについて考えるということでもあり、異なる学術分野の隙間を埋めることにつなが る可能性をも秘めている。本研究はニカラグアにおける元ストリート・チルドレンの社会 教育の実践過程について考察することによって、子どもたちの参加形態を明らかにするだ

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けではなく、現地社会の特殊性や社会化における教育・支援の在り方およびそこで NGO が果たし得る役割などを問い直す意義を有しており、理論知と実践知における有効的な循 環の促進という支援活動現場への還元と、貧困層の子どもの社会化支援における比較研究 への貢献にもつながる。

3 調査方法・フィールド・ワークの概説

本研究は観察データに根ざした分析をしつつ、現地社会における制度的、規範的および 文化的な背景とのつながりといった文脈を踏まえながら、元ストリート・チルドレンの社 会教育について看過されてきた点、すなわちその実践過程における参加者の様相を説明す る。具体的には、質的調査の一種であるエスノグラフィー分析の手法を用いる。エスノグ ラフィーの実施方法や理論的背景は多岐にわたるが、基本的な考え方としては、フィール ド・ワークの実施を通して収集したデータに対して、対象者の人々の活動によって生み出 されるシンボリックな意味や対象集団における社会的相互作用の発見を解釈的に記述し再 構築していくアプローチである。エスノグラフィーの実践では2つの異なるレベルの調査 活動が内包されており、フィールドにおけるデータの収集に用いられる戦略・方法と、デ ータから発見される参加者にとっての意味を解釈的に記述・構築することである

(Merriam 2004:19)。また子どもを対象とする研究について、近年では子どもたちの視 点から社会に対する解釈も含めて分析することが重要であると指摘されている(Ridge 2003)。本研究では参与観察・認知アプローチのモデル(Corbin and Strauss 2008,

Spradley 2016)を援用しながら、まずはフィールドにおける社会的状況の側面(対象NGO

の施設内で実施されている元ストリート・チルドレンの社会教育における具体的な活動)

について参加者の観点を踏まえながらその特徴を記述し、その後観察データや非構造化イ ンタビューから分析領域の抽出、焦点化した分析領域の質的コーディングなどについて行

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う。以下はフィールド・ワーク(2012年6月から2014年6月にかけての期間)の方法と 対象の記述における留意点について述べる。

筆者はフィールド・ワークの初期段階(約3か月間)において、対象NGOの物理的環 境と同施設内で実施される社会教育の構成員や基本情報から観察を行った。また、この期 間は対象とのミュニケーションの交通整備に重点を置いた。元ストリート・チルドレンの 視点を理解するためには、彼(女)らの経験に限りなく接近することが有効な手段であり、

筆者が施設内外における生活・活動に参加する初期段階での体験は、対象の表層的特徴を 把握するだけではなく、施設の入口における参加者の緊張や圧力などを理解するという意 味においても重要であった。フィールド・ワークの開始から約3か月経った時点から、筆 者自身が支援現場で感じたことを大切にしながら、現地社会の文脈によって生じる出来事 への直観的な発見や現場での特有な表現やパフォーマンスに対して意識的にそのニュアン スを読み解くように心かけた。このように参与観察の中間段階(約18か月間)では、対象 NGO 施設の活動における構成員の相互作用、個別な事柄と社会文脈の関連、元ストリー ト・チルドレンの会話と仕草における意味といったより深層的な特徴に焦点化した。そし て最終段階(約3か月間)では、それまでに観察されたデータと社会教育の現実の整合性 を確認する作業に重点を置いた。このように長期に渡り対象者とともに生活や活動をする 経験から、元ストリート・チルドレンの社会教育に対する理解において、観察データの再 評価・洗練が可能となった。そのため、本研究で用いる観察データに根差した説明は、支 援現場の現実との合致がより確かなものとなり、しばしば定性的分析に対する批判でとり ざたされる観察データにおける主観性の問題を乗り越えることができる。

また、一連の調査活動の終了後、エスノグラフィーとして執筆するにあたり、対象との 関係やプライバシーの保護などの倫理的配慮から、観察データの提示方法あるいは研究対 象についての記述では固有名称は全て匿名で記述する4。したがって、エスノグラフィーで 列挙するエピソード事例や当事者の語りについては対象NGO職員を「職員X」、元スト

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リート・チルドレンを「元ストリート・チルドレンY」のような表記法で代用する。また、

事例対象のNGO団体については「Aセンター」として上記する。

4 本研究の構成

第 1 章では、ストリート・チルドレンという問題事象について先行研究の整理を行う。

ストリート・チルドレンという二級市民が創出される要因と、現行の救済活動における支 援する側の理論、および救済活動から離脱する支援される側の論理を整理し、そして両者 の視点を突き合わせながら、NGO が実施する元ストリート・チルドレンの社会教育につ いて吟味する際の視点を提示する。第2章では、本研究の事例対象であるニカラグアの社 会経済状況についてマクロの視点で概観し、そしてミクロの視点から貧困層の生活世界あ るいは子どもの社会化の実態について述べる。さらに現在ニカラグアにおける子どもの保 護と支援および教育などについての現状を説明する。

第3章では、事例対象についてより詳しく説明する。対象NGOの特徴や支援プログラ ムの実態、および支援活動の成果などについて紹介する。そして第4章では元ストリート・

チルドレンの社会教育の参加形態について新しい類型モデルを提示した上で、それぞれの 類型における特徴と規定要因などについて具体的な事例やデータを用いながら分析する。

分析の結果から社会化の実現が困難な状況にある元ストリート・チルドレンの実態を浮き 彫りにし、NGO活動の外部環境との関係性も含む視点から再検討する。

最後に、ニカラグアにおける元ストリート・チルドレンの社会教育の実践過程に着目し て、焦点化する元ストリート・チルドレンの抽出と、重要かつこれまで看過されてきた側 面について考察したことの意義について述べる。そして、NGOによる元ストリート・チル

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ドレンの社会教育が抱える課題とそれに対する部分的な提言、および本研究の限界と今後 の展望について述べる。

1 アリエス(1980)

2 途上国で実施されてきた教育援助の理念的背景には、戦後の国際開発における経済成長 に資する人材育成という人的資本論の考え方が出発点であった。しかし、1980年代以降に おける権利論の台頭により、教育は経済成長のための手段というより、基本的権利という 目的に転換する傾向が見られた。また1990年代に入ると国際開発における意義の多元化 と相俟って、教育分野では「万人のための教育」というスローガンを掲げ、基礎的な学習 を満たすために教育アクセスの整備が行われた。そこでの理念・指針は2000 年に採択さ れた「ダカール行動枠組み」と「ミレニアム開発目標」に受け継がれ、いわゆる教育の量 的普及が進められた。その後国際開発全体として「ミレニアム開発目標」で残された課題 を「持続可能な開発目標」に譲ることとなり、教育分野では質的向上と量的普及に包摂さ れていない人々〈残りの10%未満〉への教育機会の提供が中心的な課題となっている。今 日では教育は単なる労働者の技術向上のためではなく、基本的権利としてあるいは人間の ケイパビリティを高めるためにも必要であるという見方が一般的である。教育支援におけ るこうした理念的な変遷があったにせよ、グローバル・ガバナンスにおける政策方針は各 国の取り組みに対して強い影響力を及ぼしていることは確かである。

3 既述した教育に対する機能主義的な立場から捉える教育援助の意義に対して反論がなか ったわけではない。世界システムにおける中心と周辺の構造が強固される中、教育は世界 的な分業体制の再生産装置として役割を果たしているにほかならないという葛藤理論的な 捉え方もある。

4 本研究ではフィールド・ワーク期間中における参与観察から収取したデータを中心に、

認知アプローチの手法に基づく分析を行った。そのためフィールド・ノーツから抽出した データは、特定な状況設定の上で行われるインタビューと異なり、日常生活・活動におけ るありのままの状態を記録・とりまとめしたものである。また、本研究の事例対象となっ たNGOについては、特定できないように「Aセンター」として表記するが、最大の理由 は支援活動の実態に関する記述や解釈によって、NGO とドナーの関係に正負の影響を及 ぼす可能性があり、とりわけ対象NGO側にとって不利をもたらす危険性があるからであ る。

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第1章 先行研究の考察

本研究では元ストリート・チルドレンの社会教育について初めから何かの理論を設定し て検証するのではなく、まずは先行研究の考察を通じて、元ストリート・チルドレンが NGO などによって実施されている支援活動からドロップアウトする際の動機について暫 定的な仮説を導き、その上でニカラグアの事例研究から社会教育の実践過程における元ス トリート・チルドレンの参加諸形態について見ていく。本章では、ストリート・チルドレ ンという二級市民が創出される要因と、現行の救済活動における支援する側の理論、およ び救済活動から離脱する支援される側の論理を整理し、そして両者の視点を突き合わせな がら元ストリート・チルドレンの社会教育におけるメカニズムを吟味し、社会化が上手く 進まない方を理解する際に必要な視点を提示する。

1 ストリート・チルドレンを生み出す要因

一般的に、ストリート・チルドレンの存在が途上国の社会問題として認識されている背 景には、途上国における貧困問題が大きな要因とされている。Arnonはソーシャル・ワー クの視点から、貧困がストリート・チルドレンの存在に対してマクロな側面とミクロな側 面の双方において作用すると指摘した(Arnon 1997)。この問題の捉え方はマクロなレベル では家庭における子どもの養育にかかる必需品を確保するための経済力と、そうした家庭 における子どもの養育への支援を行う政府の能力が欠落していることに反映されており、

また学校教育システムが社会における上昇移動のチャンネルとして機能を果たしていない ことにも反映されている。また、ミクロなレベルでは貧困は日々の生存戦略における大人 の能力を低下させ、生活維持のための負担を子どもに押し付けてしまい、子どもがこうし

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た困難な状況から逃避するためにより自由な空間を求めることに作用している(Arnon 1997)。他の研究でも、ストリート・チルドレンの存在は、貧困家庭における困難な生活 世界を反映しているとしばしば指摘されている(Epstein 1996、Lusk 1992)。

また、路上で生活・活動する子どもたちは、家庭における経済的な要因によってだけで はなく、おとなから身体的、精神的、性的などの暴力や虐待を受け、新たな居場所を求め て家出する(あるいは家から追い出される)ケースも少なくない。Raffaelliは心理学の立 場から、ラテンアメリカにおけるストリート・チルドレンの家族の特徴に焦点を当て、単 に路上で労働する子ども(帰る家はある)と路上で生活する子ども(寝泊りの場所も路上 である)を比較した結果、後者の方が元の家庭に両親ともいるケースが少ない上、家族か ら虐待を受けた経験をもつ子どもが多く、更に農村の貧困状況からの脱出として都市に移 住する家族背景をもつケースが多いため、より深刻な家族問題を抱えていることを指摘さ れた(Raffaelli 1997)。こうした研究はストリート・チルドレンを生み出す要因について、

彼(女)らの出身家庭における経済状況や家族関係に着目しており、子どもたちを被害者 として捉え、その元凶についての説明に力点を置いている。

他方、ストリート・チルドレンと呼ばれる子どもの中には、自らの決定・選択によって 路上での生活・活動に参加する子どもも少なくない。ストリート・チルドレンをめぐる問 題について、途上国における貧困や家庭の問題に帰結するだけではなく、路上での生活や 活動に焦点を当て、子どもたちが路上文化やインフォーマルセクターに取り込まれる実態 調査もなされてきた。ConnollyとEnnewは、一般論として周縁化された青少年・若者た ちが都市部に魅了されそこに引き寄せられる理由について、彼(女)らの年齢とステータ スとの関連性から2つあると指摘した。1つ目は彼(女)の年齢とステータスによりフォ ーマルセクターに受け入れてもらえないため、都市部の路上で現金収入の可能性を探し求 めざるを得ないからである。2 つ目は、都市部における近代的なエンターテイメントのシ ステム(ファースト・フードやゲーム・アミューズメント、ギャンブル、映画など)は若 者消費者を必要とするし、またそこへのアクセスも整備されているからである(Connolly

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and Ennew 1996)。こうした都市部の社会的特徴が子どもたちを魅了する性質をもって いるという説明は、単に都市部の社会的・物理的な側面だけではなく、農村部を出て都市 部に停滞するストリート・チルドレンに限定されない若者の内面にある欲求や動機の特質

(自立への芽生え、自らの人生を切り開く挑戦、生活における倦怠感への刺激、旅や冒険 といった享楽的欲求、覚悟した進路決断など)に対しても適合性があると理解することが 可能である。つまり、子どもたちが家庭から離れ路上での生活・活動に参入する際、そこ には当事者の自主性も認められると考えることができる。

ケニアのナイロビとコロンビアのカリおよびエチオピアのアディスアベバで実際に路 上生活をしている子どもたちを対象に行った研究では、3 つの都市において次のような共 通点が明らかにされた。①ストリート・チルドレンは自らの労働によって収入を得ること を誇りに思っていると同時に、彼(女)らの働く権利を守ろうとしている。②路上での仕 事はある程度定式化しており、またそれについて対象となった3つの都市では大きな差異 がみられない。③こうした子どものほとんどは路上での働きと、家庭での労働が求められ る環境に生まれ育ち抵抗なく自ら労働に参加している(Aptekar and Paola 2003)。また、

メキシコシティにおけるストリート・チルドレンの実態調査を行った研究では、子どもた ちは駅周辺の空間を利用して労働と生活をする傾向にあり、その理由として流動人口が多 いため露天商で収入が得られやすいという経済的条件だけでなく、公共空間として他者へ の許容性が高いという社会的条件と、出身地へのアクセスや家族とのコンタクトがより容 易であるという心理的条件によって決定される。という示唆が得られた(小松・丸川2009)。

路上という空間がもつ自由な側面や生活・活動の様式は、子どもたちを魅了するもう一 つ重要な点である。路上での生活・活動の空間における自由度が高い特徴は、社会規範か らの逸脱行為に対しても寛容である。そこではストリート・チルドレンが自らの欲求不満 を埋めるために行う薬物吸引や性行為といった嗜癖行動、窃盗や暴力犯罪のような反社会 的行為もよく観察される。こうした逸脱行為はストリート・チルドレンに対するメインス トリームのイメージを低下させる方向に作用する。この点について、Johann と Smithは、

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ストリート・チルドレンに対する大衆の認識や彼(女)らの行動に対する社会的な反応は、

ストリート・チルドレンをカテゴリー化し疎外していると指摘した(Johann and Smith 1998)。他方、路上で生活・活動する当事者にとって路上という自由空間では仲間集団の 形成を可能にし、そうした仲間同士の相互扶助は路上で生きる青少年や若者の情緒安定と 帰属意識を高め、自己アイデンティティの形成にとって重要な役割を果たしている側面も ある(小松2013、Rodgers 2006)。このように当事者の価値観を踏まえると、路上での生 活・活動を貧困な家庭環境や邪悪な家族関係に起因する悲惨な状況であるという単純化し た問題認識の帰結にできないところがある。

こうした研究は、確かに路上での生活・活動にある種の合理性や生き方の意味を見出す ストリート・チルドレンの自主性について説明できる。しかし、ストリート・チルドレン は都市部のインフォーマルセクター(その内部において最も下層な空間)という限定的な 空間でしか生活・活動できない状況を踏まえると、彼(女)らにも多様な機会が与えられ ており、多様な機会のなかから自主的に路上での生活・活動を選択しているとは考え難い。

グローバル化と新自由主義の進行は、近代社会に大きな変容をもたらした。それは都市部 における物質的環境が人々を魅了しそこに取り込む力を強化する一方、同等にフォーマル セクターの収容力を拡大し都市に移住・流入する全ての人々を包摂するような社会構造は 自生的に形成されないところもある。途上国におけるインフォーマルセクターやスラムの 維持・膨張は、まさに近代化の過程における影の側面である。ストリート・チルドレンの 存在は、平等な機会と自由な選択あるいはフォーマルセクターで求められる学歴・資格や 技術・能力をもたない人々の現実問題を最も反映していると言える。したがって、ストリ ート・チルドレンが路上での生活・活動に参入する際、そこで彼(女)らにとり一定の合 理性や自主性が認められるとしても、それは不平等な社会環境という背景の上で形成され たと考えるべきである。

社会学者の Rizziniは、ラテンアメリカにおけるストリート・チルドレンというカテゴ リーは、人生における発達段階という時期的な側面と経済格差などの社会文脈的な側面が

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含有するため、こうした子どもたちを「排除された世代」(excluded generation)と名付 け、以下のように理解されるべきと指摘した。ストリート・チルドレンは性別(ストリー ト・チルドレンと呼ばれている子どもの多くは男の子)、年齢(青年期に位置づけられる 10代の子どもが大半を占めている)、民族(先住民やメスティソの貧困家庭に生まれた子 どもが中心であり、白人家庭の子どもはほとんど見られない)、学歴(学校教育の経験が 欠落し、通学していない)といった特徴から位置づけることはできるが、しかし、グロー バル化と資本主義経済システムの進行が政治的、経済的、社会的な変容をもたらし、そう した諸関係の総体がストリート・チルドレンの現象に作用している背景を踏襲すると、こ のカテゴリーを独立現象として捉えるというより、むしろ国際社会環境のなかで起こって いる現象という視点から分析する必要がある(Rizzini 1996)。つまり、ストリート・チル ドレンをめぐる問題は、目に見える彼(女)らの表層的な特徴だけではなく、目に見えな い社会問題との関係やそうした事象を容認する人々の価値観も含めて解明する必要がある。

ストリート・チルドレンの存在に対する国際社会からの関心が高まるにつれ、彼(女)

らを対象に多くの研究が行われた。しかし、先行研究では共通する分析枠組みにしたがっ ていないため、説明変数の設定によりそれぞれから示唆される従属変数に異なる特徴が見 られる。こうした先行研究の因果関係を整理すると、ストリート・チルドレンの存在要因 はプッシュ要因とプル要因という大きく2種類に分けることが可能である。前者は貧困や 家庭の問題に起因するものであり、子どもたちは問題を抱えている家庭からの逃避(家庭 から押し出されること)により、結果として路上での生活・活動が強いられるという説明 である。これに対して、後者は子どもたちにとって路上での生活・活動の方が魅力的で合 理的であり、彼(女)らの価値観や彼(女)らを路上の方に引き寄せる社会背景について の説明である。また、両者は相互に対抗するものではなく、むしろ相関関係のなかでスト リート・チルドレンの存在を支えているという考え方は研究者の間の共通認識である。こ こで重要なことは、ストリート・チルドレンというカテゴリーの内実には多様性があり、

彼(女)らが路上での生活・活動に参入する背景や形態は極めて個人的である。しかし、

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ストリート・チルドレンの社会復帰・家族再統合に向けて、実施されている保護と支援の 活動では、ストリート・チルドレンをめぐる問題においてプッシュ要因に対する措置につ ながるものの、プル要因も克服するものとは言えない。この点を踏まえると、ストリート・

チルドレンという社会問題に対して教育は万能薬ではなく、問題の克服に必要な措置を全 て教育サービスの提供による解決というような単純化した設計は危険である。次の節では、

現行の社会教育における支援する側の理念や方針について見ていく。

2 社会教育における支援する側の理念と理論

ストリート・チルドレンの存在が社会問題として広く認識され、国際機関やNGOを中 心に実施されてきた支援活動の理念的背景には、近代的な子ども観に基づく子どもの処遇 の在り方がある。特に大きな影響力をもつのは権利論である。これは1989 年に「子ども の権利条約」が国連総会で採択され、子どもの諸権利を守るべきという考え方が普遍化し たことにより、ストリート・チルドレンへの救済活動を押し進める大きな原動力となった。

「子どもの権利条約」では、子どもは社会リスクから保護されるべき存在である一方、社 会活動への参加における自律も尊重されるべき存在である、という2つの考えが軸となっ ている1。つまり、子どもはおとなに比べて身体的、精神的、そして知能的にも未熟な存在 であり、有能なおとなへの準備段階・発達過程として、おとな社会から隔離され、特別な 保護や養育を受ける必要があると同時に、自律的な主体としておとなからの押し付けを受 けるのではなく、自ら学習や社会活動への参加を選択するという自己決定も尊重されるべ きという捉え方である。これはまさに西欧先進国から発展してきた近代的な子ども観であ るが、今日では1つのイデオロギーとして途上国社会においても普遍化し、国際教育開発 の活動に拍車をかけた。

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しかし、途上国の実態に目を向けると、先進国からの圧力を受けながら子どもの諸権利 を保障する法制化が進められ、ストリート・チルドレンの救済は主に市民社会の一端を担 うNGOによって実施されているのが現状である。ストリート・チルドレンが置かれてい る状況は近代的な子ども観の理念と乖離しており、子どもとしての諸権利が剥奪されてい る。途上国では子どもの権利保障に関する形式的な法制化が進んだ一方で、国家による実 質的な保障がなされておらず、奥山がラテンアメリカにおける社会的特質として「理念と しての人権思想の高揚と、理想主義に追随できない現実」という二面性の問題を指摘した ように(奥山1994:13)、現地社会の中で裸の権利論が1人歩きしている状況にあると 言える。NGO が実施する社会教育は、このような子どもの処遇における理念と現実の間 にあるギャップを埋めようとしているが、学校教育の教科学習を中心とする活動に比べて、

NGO が実施する社会教育は物質的サービス提供に加えて、子どもの人格変容と自立支援 に力を注ぐ特徴がある。つまり、ここでいう社会教育は社会化に向けて単に知識や技能を 伝達するだけではなく、子どもたちの精神的、社会的、物質的の改善と自立を導く一連の 活動が包括されており、子どもの諸権利を保障する活動としても期待されている所以であ る。

Rizzini と Lusk によると、ラテンアメリカにおけるストリート・チルドレンへのアプ

ローチは4つのカテゴリーに分けられる。①矯正モデル(correctional model)は、少年犯 罪の人口が多いストリート・チルドレンに対して少年司法に適応するプログラムである。

②リハビリ的なアプローチ(rehabilitative approach)は、子どもたちが抱える薬物依存 や家庭問題の解消をめざす人道的なプログラムである。③アウトリーチ戦略(outreach strategies)は、施設の外で行われる教育活動や生計支援の活動である。④防止(prevention)

は、ストリート・チルドレンの現象を引き起こす経済問題と人権問題の改善による予防対 策のプログラムである(Rizzini and Lusk 1995)。このようなストリート・チルドレンへ のアプローチのまとめから、ストリート・チルドレンの救済活動においては、個々人への

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ケアだけではなく、家庭やコミュニティなども含む対応が必要であり、様々なセクターと の連携も重要であると理解することができる。

しかし、実際の活動では各NGOの規模や特徴によってばらつきや偏りがあり、個々の 団体にとって包括的なアプローチの実現はさまざまな困難がある。支援現場では実践知と ノウハウを共有しながら活動を進めているが、路上で生活・活動をする子どもが広く見ら れる事象は現行の対応が問題の克服にまだ至っていないという現実問題を反映していると 認めざるを得ない。しかし、ストリート・チルドレンの社会復帰・家族再統合に求められ る全ての役割をNGOに委譲し、この問題事象について安易にNGOの活動の失敗という ような帰結はするべきではない。むしろ、支援活動の参加を通じて子どもたちが復帰・再 統合される予定の世界(近代化の過程で形成・保持されているインフォーマルセクターの 側面や貧困層の家族・コミュニティにおける生活世界など)も社会教育が成り立つ前提条 件として検討する必要がある。

ところで、子どもの権利における保護と自律はしばしば対立する概念としても現れる。

保護の概念では子どもは未熟で弱者である特質が強調されるが、自律の概念では子どもは 判断・行動の能力が備えられている側面が強調される。しかし、保護と自律のバランスは 常に対等ではなく、一般的に子どもの幼少期ではより保護が必要とされ、成長するにつれ 少しずつ自律・自立も尊重されるようになる。つまり、子どもに対して保護と自律の位置 づけは、それぞれ想定されている子どもの発達段階によって力点が異なると言える。本研 究の事例対象では年齢層を 10 代後半の子どもたち(路上での生活・活動が最も顕著な年 齢層)に設定しているため、ここでは当事者は周囲と自己の状況について一定の理解や判 断ができ、自主性・自律性についても尊重されるべき存在であると仮定して論を進める。

子どもの権利をめぐる保護と自律について、大江は権利概念には関係性が内在化されて いることを指摘し、人間関係のありようをめぐる関係性について、自律性と共同性の両契 機の併存・相補が包摂する関係性概念を提示した(大江2004:59)。また、針塚の研究で は大江の関係的権利論の概念に依拠し、インドにおけるストリート・チルドレンと彼(女)

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らの保護と支援に取り組むNGOとの関係性に着目して分析した結果、子どもの自己決定 は周囲との共同的な関係から影響を受けつつ行われため、共同性の性格の方がより認めら れると示唆された(針塚2011)。しかし、NGOによる支援活動自体は明確な目的行為で あり、そこでは支援する側と支援される側の間で形成される共同性は、子どもたちの状況 改善が実現する際に社会教育の重要な要素として作用していると言えるが、設定された支 援目的に向かって社会化がなかなか進まない場合(支援現場ではより多く観察される)は、

その効果が認められないため他の要素から受ける影響も視野に入れて考える必要がある。

実際の支援活動の現場では、支援する側と支援される側の間に濃密で複雑な関係性が形 成されており、むしろ両者の間には共同関係に向かう過程として保護と自律をめぐる対立 や葛藤といった複合的な問題が常に生じている(Ryan and Kelley 2012)。したがって、

元ストリート・チルドレンへの社会教育について検討する際、当事者は自己の社会化過程 においてNGOなどによる支援がいかなる意味を見出すことが出来るのかというエージェ ンシーの問題と、そうした支援の適応・活用においていかなる要素によって影響をうける のかという構造的な問題の双方を問う必要がある。本研究の問題設定では、支援する側の 方針に従順せず、支援活動から離脱し路上での生活・活動を再選択する子どもたちの動機、

あるいは支援する側の取り組みに合わせて自己変容の努力をしても状況変化がなかなか進 まない場合の選択について、そこには外部環境による影響も含めて理解するこが重要であ る。次の節で支援する側が示す方向性とは別の方向に進む際の支援される側の論理につい て見ていく。

3 支援活動から離脱する支援される側の論理

NGO などによって提供される支援活動への参加により、元ストリート・チルドレンは 衣食住といった生活に必要とされる最低限のものと、ある程度の身体的・精神的ケアと教

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育などの福祉サービスが提供されるため、彼(女)らにとって路上よりもNGOなどの施 設の方が理想的な居場所であるという考え方ができる。しかし、支援現場では支援する側 の設計に反して、多くの子どもたちは活動参加の途中でNGOなどの施設から離脱してい く。元ストリート・チルドレンの社会教育はその後の社会との結節点に大きな意義が見い だされるため、この点においては公教育の役割と類似するところがある。学校教育につい ては既に様々な議論がなされている。ここで少し視点を変え、再生産論における学校教育 制度が孕む問題点あるいは反学校文化の理論と照合しながら、社会教育から離脱する元ス トリート・チルドレンの論理について考える。

元ストリート・チルドレンはメインストリームとの差異により、社会化の過程において 優秀な学生として選抜されないどころか、同じ競争のスタートラインにも立つことができ ない。国民国家を強化するために発展してきた近代学校教育システムでは(Green1990)、

経済効率と社会正義のために労働者や市民を選抜する役割を果たしており、教育の達成が 極めて欠如しているストリート・チルドレンはこの選抜過程において一目瞭然の不利があ る。Lauder などは近代社会と教育制度の特徴について以下のように指摘した。グローバ ルな規模で経済競争が進む今日の社会では、教育は包摂や公平性といった教育的理念が消 滅しつつある一方、スキル獲得に焦点化される教育は、労働市場の周辺に置かれた集団を 排除する役割を担っている。また、新自由主義というイデオロギーの下で進められる学校 の市場化は、選択の多様性を向上させるという構想が核心に位置付けられるが、不利な社 会背景をもつ家庭にとっては逆説的であり、学校そのものは勝者と敗者に区別される

(Lauder, Brown, Dillabough and Halesy 2012)。

このような社会変容が学校教育に及ぼす影響に照らし合わせて考えると、元ストリー ト・チルドレンはNGOが実施する社会教育の参加を経て学校教育への包摂を果たしても、

それは勝者の学校に通う富裕層の子どもたちと区別され、社会化過程において排除される 貧困層の学生集団として統合されることになる。もし、元ストリート・チルドレンはこう した社会構造のメカニズムとそこに顕在する現実的な問題と、自身が置かれている状況と

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の関係性を見抜くことが出来るだとすれば、支援活動の参加を通じて社会移動を目指すと いう戦略は有効的ではないと判断することも出来るだろう。このように推論すれば、元ス トリート・チルドレンがNGOなどによる支援活動から離脱し、路上での生活・活動を再 選択する動機は、再生産論における対抗文化の形成メカニズムと類似するところがあると 考えられる。

Willisは著書『ハマータウンの野郎ども』のなかで「野郎ども」(イギリスの労働者階

級の若者)が学校文化に対抗し、主体的に労働者階級に参入する過程を浮き彫りにしなが ら、対抗文化再生産のメカニズムについて論じた。そこでは、貧困の概念ではなく、「野 郎ども」の主体的な側面にすえる洞察の概念と制約の概念によって、資本主義社会におけ る矛盾や問題についても説明されている。この研究における洞察は「ある文化を共有する 成員たちが自分たちを囲繞する全体社会とのかかわりで自分たちの存在の位相や条件を見 抜こうとするとき、その文化の内部で働く衝迫的な力」を意味するが、いかなる全体社会 を見抜く力やその際に働く創造的な力も純粋な洞察として存在し得ないため、「部分的な 洞察」にほかならない(Willis 1996: 288)。また、制約は「洞察における衝迫力の全面的 な展開を阻止したり混乱させたりする方向に働く、さまざまな障害物や牽制やイデオロギ ーからの影響などを指している。」として、対抗文化の形成過程においてこの2つの動因 が相互に影響し合うことが指摘された(Willis 1996:289)。「野郎ども」の学校文化に 対する敵対的・反対的な態度は、自主的・積極的な側面を表しているが、その行先は「非 合理的で退行的でさえある」という論理も含有しているものである。この矛盾は「野郎ど も」の「自由ならざる境遇を自由意志で選択する過程」であり、学校教育制度という枠を 超えて既存の階級文化や社会構造の正当化と維持にとって重要な要素をなしていると示唆 された(Willis 1996)。

イギリスの労働者階級の職場環境とニカラグアの貧困層が利用する路上環境の間には 差異が大きすぎて、比較対象にならない点は否めない。しかし、ストリート・チルドレン が路上で使われる言語コードや非言語コミュニケーションスキルあるいは立ち振る舞い方

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などを積極的に習得し、ある種の文化形成・継承を実現している点においては「野郎ども」

と重なるところがあると考えられる。メインストリームの社会規範と対極にあるインフォ ーマルセクターの価値観への適応は、路上における生活・活動、仲間集団への参入にとっ て重要な条件であると同時に、彼(女)らのアイデンティティの形成にとっても重要な要 素をもなしている。Giddensが論じたように、ポストモダニティの時代2において自己アイ デンティティの形成と再形成は過去・現在・未来を繋ぐ一つの再帰的プロジェクトである ため(Giddens 1991)、元ストリート・チルドレンの自己形成にも再帰的な働きが内在さ れており、社会教育の実践における当事者の変容は過去の自己を否定することとなる。彼

(女)らの自主的・文化的な側面は日常生活世界の現実と深く関わっており、このような 論説は路上での生活・活動について貧困を中心概念とするアプローチだけでは説明できな い部分を補うことが可能である。特に家族関係において決して深刻な問題を抱えている訳 ではない元ストリート・チルドレン(少数派)については、彼(女)らがもつ文化的な特 徴からのアプローチの方がより説明の有効性が高い。

小内はWillisの『ハマータウンの野郎ども』以降における研究も含めて検討し、Willis

の再生産論は反学校文化論から文化的生産論そして消費文化論へと理論的な展開がなされ、

個人の生活過程において現実の変化を取り入れようとする側面も内包しているが、それは 必ずしも再生産の側面と整合性がとれておらず、具体的にどのような形で再生産に対する 克服が実現されるかは明示されていないと指摘した(小内1995)。この指摘を元ストリー ト・チルドレンに当てはめて考えると、途上国における貧困層の日常生活世界と社会教育 の全体過程との関連を踏まえて、ストリート・チルドレンという社会問題の再生産とその 克服・対応策について再検討する必要がある。

ストリート・チルドレンのライフコースとそれに介入するNGOなどによる支援活動の 関係に着目した研究では、支援する側と支援される側の間に理論的な齟齬があると示唆さ れている。小松は、メキシコの事例研究で、ストリート・チルドレンは路上で仲間集団を 形成し、そこで相互扶助や情緒安定、逸脱行為からスリルと征服感も得られるため、その

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空間は愉快な場所であるとして、支援側がもつ近代的な子ども観と異なる認識を指摘した

(小松2013)。清水は、ブルキナファソにおけるストリート・チルドレンと彼(女)らを

支援するNGOの活動について行った研究で、ストリート・チルドレンの生き様は流動的 であり、漂泊における一時的なステージとして路上に滞留することを明らかにした。清水 によると、これは現地社会の文脈における人々の移動と矛盾するものではない。他方、NGO の支援活動がめざす子どもたちの社会化・標準化は必ずしも子どもたちのライフコースに 対する認識と一致しないと指摘した(清水2016)。このように当事者の視点から捉えると、

支援する側と異なる意味付けができ、ストリート・チルドレンの問題がなかなか解決され ない原因の 1 つとして、社会化における支援する側と支援される側の認識のズレがある。

更に、ストリート・チルドレンへの救済活動はメインストリームへの統合というより、

むしろ子どもたちが路上での生活・活動を維持する方向に加担している、という批判もあ

る。Bernardoらはメキシコにおけるストリート・チルドレンと彼(女)らに対してサービ

ス提供を行う施設との関係について質的調査を行った結果、両者はそれぞれの目的や利益 を遂行するための相互関係を形成し、そこでは子どもたちが路上での生活・活動のために 施設を有効利用していると説明した。この研究によると、ストリート・チルドレンは路上 集団から施設に関する情報を共有し、新たな居場所を求めてNGO施設に入ることを希望 するが、施設内の生活に疲れを感じると容易に離脱する。施設での活動に参加する際、子 どもたちは自らの目的達成のために、施設職員の期待に応じるための演技をすることもあ る。他方、施設側は子どもたちの特徴を利用してプログラムの変更などを工夫し、組織運 営上の目的を達成しようとする(Bernardo, Hernandez and Reyes 2009)。

以上で見てきたように、支援する側と支援される側の間に理論的な齟齬が存在し、元ス トリート・チルドレンの社会教育の実践に影響を及ぼしていると言える。支援活動から離 脱する子どもたちがもつ論理には、NGO などによる支援活動の内部事情と外部事情の双 方に対する意味付け・解釈によって形成されると理解することができる。また、こうした

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子どもたちは様々な不利や制約に対して変え難い状況として受け入れながら、戦略的に対 応していると理解することもできる。

小括

NGOなどの施設(とりわけ昼間に実施される諸活動だけではなく、衣・食・住も提供す る全寮制の施設)では、路上でのライフスタイルの改良を目的に、集団生活・活動を実施 する上で重要な日課や規則などの順守を参加者に求めている。基本的には両者の合意形成 の基で支援活動が開始されるが、子どもたちにとって路上空間より施設空間の方は自由が 制限され、支援活動の参加過程でストレスが増幅し、最終的には施設から離脱するという のが1つのパターンである。実際に多くの子どもたちは施設と路上の間を行ったり来たり しており、このことは彼(女)らが家庭に代わる生活環境として路上と施設のいずれも快 適な居場所として見なしていないことを反映していると言える。路上では自生のための行 為が要求され、また二級市民あるいは存在自体が否定されるという状況から、自ら路上で の生活・活動に参加した子どもも含めて、そこは彼(女)らにとって決して理想的な空間 とは言えないだろう。

他方、子どもたちがNGOなどの施設での生活・活動に対しても意義を見いだせない場 合は異なる動機の説明が必要である。社会教育で元ストリート・チルドレンに求められる ライフスタイルの変容は、直接的にはNGOなどの施設内における支援する側の管理と諸 活動の遂行にとって必要であり、間接的にはその後の社会における管理と適応にとっても 重要であると考えられている。しかし、この支援する側の理念や方針に対して服従しなけ ればならない支援される側はそこに意義を見いだせない場合がある。その理由は以下のよ うに考えられる。

参照

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