博 士 ( 医 学 ) 河 原 田 ま り 子
学位論文題名
The Effects ofaStress Inoculation TralnlngProgran1 forCiVilSerVantSinJapan :
aPi10tStudyofaNOn ―randomiZedCOntrOHedTria1
(日本人公務員を対象にしたストレス免疫訓練プログラム(SIT )の 効果に関する非ランダム化比較試験研究)
学位論文内容の要旨
【背景と目的 】
日 本 人 労 働 者 の 心 の 健 康 を め ぐ る 状 況 は 悪 化 の 一 途 を た ど り 、 仕 事 に 起 因 す る 精 神 疾 患 お よ び 自 殺 の 労 災 申 請 が 急 増 し て い る 。 こ れ ま で 、 職 業 性 ス ト レ ス と 身 体 的 精 神 的 疾 患 と の 関 連 を 示 す 研 究 が 多 数 報 告 さ れ て お り 、 健 康 に 有 害 な 影 響 を 与 え る 心 理 社 会 的 仕 事 要 因 に 関 す る 研 究 が 蓄 積 さ れ て き て い る 。 し か し 、 増 加 す る 職 業 性 ス ト レ ス へ の 対 策 は 、 日 本 の み で な く 欧 米 に お い て も 優 先 度 の 高 い 重 要 な 課 題 に 位 置 づ け ら れ て い る 。 こ れ ま で の 職 場 に お け る ス ト レ ス マ ネ ジ メ ン ト 介 入 研 究 は 、 心 理 的 問 題 を 抱 え た 労 働 者 を 対 象 に 認 知 行 動 ア プ ロ ー チ の 有 用 性 が 報 告 さ れ て い る (Klink et al,2001)。わ が 国で は 精 神 保 健 領 域 に お け る 予 防 対 策 が 立 ち 遅 れ て お り 、 産 業 ス ト レ ス に お け る 認 知 行 動 療 法 を応用した予 防的介入の可能性が論じられ ている(井上,2004)。
ス ト レ ス 免 疫 訓 練(Stress Inoculationraining:SIT) は 、 認 知 行 動 療 法 の ー っ で あ り 、 治 療 と 予 防 の 両 方 に 用 い ら れ る 多 面 的 な 介 入 技 法 で あ る (Meichenbaum,1985) 。 SITは 、 ス ト レ ス ヘ の 対 処 技 能 を 学 び 、 ス ト レ ス 対 処 法 に 自 信 を っ け 、 ス ト レ ス に 対 す る 抵 抗 カ を 強 め る こ と に よ っ て ス ト レ ス の 低 減 と 予 防 を 図 る プ ロ グ ラ ム で ある 。SITは 、 ス ト レ ス の 概 念 把 握 の 段 階 、 技 能 の 獲 得 と り ハ ー サ ル の 段 階 、 応 用 と フ オ ロ ー ス ル ー の 3つ の 段 階 で 構 成 さ れ て い る 。SITほ 、 こ れ ま で 、 教 師 や 看 護 師 な ど を 対 象 に 不 安 や 怒 り の コ ン ト ロ ー ル に 効 果 が あ る こ と が 報 告 さ れ て い る が 、 日 本 人 労 働 者 を 対 象 に し た 予 防 的 介 入 研 究 は 限 ら れ て い る 。 本 研 究 の 目 的 は 、 日 本 人 公 務 員 を 対 象 にSITを 応 用 し たストレスマ ネジメントプログラムの効果 を検証することである。
【対象と方法 】
1公 務 職 場 に 勤 務 し て い る 事 務 職 員140名 を 対 象 と し た 。 対 象 者 は 、 職 場 の 全 課 (32 課 ) か ら 同 じ 割 合 ( 各 課 職 員 の15% ) に な る よ う に140名 募 集 し 、 介 入 群 と 待 機 群 に 各70名 ず つ 割 り 付 け た 。 介 入 の 効 果 を 測 定 す る た め に 介 入 開 始 前 と 終 了 直 後 お よ び 終 了1ケ 月 後 に 自 記 式 調 査 票 を 配 布 ・ 回 収 し た 。68名 が 研 修 に 参 加 し た 。 介 入 前 後 の 調 査 票が揃ってい る介入群65人と待機群63人を 解析対象とした。
介 入 は 、SITの3段 階 に そ っ て 、4週 間 毎 に3回 の 研 修 会 を2006年9月 か らn月 に 実 施 し た 。 研 修 は 産 業 医( 精神 科 医師 )と 産業 保健 師 で担 当し た。1回 目の 研修 は 、ス ト レスの概念を 知り、自分のストレスに気づくことを目的に講義とストレスチェックを行った。2回目 は 、ス トレ スに 対 処す るた めの 具体 的 な技術を獲得 することを目的に、認知再構 成化と問題解 決法の講義と トレーニングを行なった。3回目はりラクゼーションを含めたストレス対処法を日常 的に応用でき るようにすることを目的に、 職場でできるりラクゼーションの実習とストレスに対処 ―391―
するための効果的な方法についてグループディスカッションを行なった。研修と研修の問に、
自分のストレス対処に関するセルフモニタリング日誌をっけてもらった。待機群には、調査票 配布 時にストレス反応チェック票を同封し、ストレス反応を自己診断できるようにした。
プライマリーアウトカムとして、コーピング(ストレス対処方略)を日本語版WCCLコーピング スケール47項目を用いて測定した。問題解決対処、積極的認知対処、ソーシャルサポート、
自責、希望的観測、回避の6つの下位尺度で構成されている。セカンダリーアウトカムとして、
主観的健康管理能力(日本語版ヘルスコンピテンス尺度)とストレス反応(職業性簡易ストレス 調査票)を測定した。その他に、性別、年齢、婚姻状況、治療中の疾患の有無、役職、運動習 慣、喫煙習慣、趣味、仕事ストレスッサー、生活ストレッサー、社会的支援、ストレス対処能力 (SOC)を交絡要因として考慮した。
解析 は、ま ず介入前 の介入 群と待機群の属性等の差を見るためにX2検定とt検定を行な った。次に、介入の効果を見るために、2元配置(対応のある因子)の分散分析を行なった。さ らに、介入前に群間に有意差のあった項目を調整し、同様の解析を行なった。最後に、介入 前後の平均値の差によって効果量(cohen'sめを算出した。
【結果】
介入 開始前 の介入群 と待機 群は、定 期的な 運動習慣 で有意差があったがその他の項目 では 有意な 差はなか った。 介入終了 直後のコ ーピン グの変化を見ると、介入群は問題解 決対 処が有 意に高ま り、交 絡要因調 整後も有 意な高 まりを示した。また、積極的認知対 処も 交絡要 因調整後 に有意 な高まり を示した 。終了1カ月 後も問 題解決対 処と積極 的認 知対 処は、 開始前に 比較し て有意に 高い得点 を維持 していた。希望的観測対処は、終了 直後 は、両 群に有意 な差が 見られた が、終了10月後に は両群の有意な差はなくなった。
問題解決対処の介入による効果量は、cohen sdのガイドラインにおける中程度を示してい たが 、積極的認知対処は小さな効果量を示し、希望的観測対処の効果量は非常に小さかっ た。 主観的 健康管理 能カお よびスト レス反応 (活気 、いらいら感、疲労感、不安感、抑 う つ 感 、 身 体 愁 訴 ) に は 、 介 入 に よ る 有 意 な 変 化 は 見 ら れ な か っ た 。
【考察】
問題 解決対 処や積極 的認知 対処は、 ストレ ス反応の 軽減に有効であることが報告され てい る。本 研究では 、問題 解決対処 と積極的 認知対 処が介入 により 有意に増 加し、SIT を応 用した ストレス マネジ メントプ ログラム の効果 が示唆された。問題解決法は、問題 への 有効な 対処法を 段階的 に模索し 、多くの 解決法 の中から最適な解決法を見いだし、
実施 評価す る技法で ある。 問題解決 法は、日 本人労 働者にとっては仕事でも応用されて いる なじみ のある方 法であ ったこと も介入の 効果に 影響した可能性がある。積極的認知 対処 の獲得 は、本介 入で使 用した認 知再構成 法およ びセルフモニタリングによる効果と 考え られる 。主観的 健康管 理能カは 、健康管 理に対 する自己効力感として概念化された もの で、高 い自己効 力感を もってい る人は問 題状況 において有効な解決行動をとれるこ とが 明らか になって いる。 本研究で は有意な 介入効 果は確認できなかった。個々人の対 処 努 カに よ る 肯定 的 な 変化 に対する フイー ドバック が不足し ていた ことが影 響して い る可 能性が ある。本 研究の ストレス 反応レベ ルは日 本人労働者の調査と比較すると、同 レベ ル′か わずかに 低いレ ベルにあった。SITはストレス対処スキルの獲得を通してスト レス 反応の 低減に寄 与する と言われ ている。 今回は 、介入によるストレス反応の低下は 見ら れなか った。本 研究で は、コー ピングの 効果量 が小から中程度であり、ストレス反 応を 低減さ せるまで には至 らなかっ たと考え られる 。本研究の限界として、介入群と対 照群 の無作 為割付を 行なっ ていない ことがあ る。群 の属性の違いを調整して解析を行つ たが、群の違いによる結果への影響は否定できない。
【結論】
本研 究は、 日本人労 働者を 対象にしたSITを応用したストレスマネジメントプログラム が問 題解決対処と積極的認知対処のストレス対処スキルの向上に有効であることを示唆し ている。
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学位論文審査の要旨
学位論文題名
The Effects ofaStress Inoculation Training Program for Civil Servants in Japan:
a Pilot Study ofaNon ―randomized Controlled Trial
(日本人公務員を対象にしたストレス免疫訓練プログラム(SIT) の 効 果 に 関 す る 非 ラ ン ダ ム 化 比 較 試 験 研 究 )
日本人労働者の心の健康をめぐる状況は悪化の一途をたどっている。仕事に起因する精 神障害の労災申請が年々増加しており、産業保健におけるメンタルヘルスは重要な課題と なっている。ストレス免疫訓練は、海外においてはこれまで教師や看護師などを対象に不 安や怒りのコントロールに効果があることが報告されている。しかし、日本人労働者を対 象にした介入研究は非常に少なく、その結果も一致していない。本研究の目的は、日本人 公務員を対象にストレス免疫訓練(SIT)を導入したストレスマネジメントプログラムの効 果を検証 するこ とである 。1公務職場 の事務職 員140名を介入 群と待 機群に70名ずつ非 ランダム に割付 け、SITプログ ラムを実 施した 。介入内容はSITに基づく3回の研修会と セルフモニタリング日誌の記載である。介入効果の評価は、自記式質問紙により、ストレス対処 行動と健康管理に対する自己効力感およびストレス反応を測定した。ストレス対処行動は日本 語版WCCLコ ーピング 尺度を 用いて測 定した。 問題解 決対処、 積極的 認知対処、ソーシ ヤルサポ ート、 自責、希望的観測、回避の6つの下位尺度で構成されている。解析は2元 配置(対応のある因子)分散分析を行い、さらに交絡要因を調整した。介入により問題解決対 処と積極的認知対処が有意に増加した。また、終了1カ月後も有意な効果が持続し、本介 入が有用なストレス対処行動の向上に有効であることが示唆された。本研究は、無作為割 付を行っていない限界はあるが、日本人労働者を対象にしたSITプログラムが、ストレス 対処行動の改善に効果が示唆された意義は大きい。今後さらに、無作為割付により長期的 な効果を検証していく意義は大きい。
申 請 者は2月4日15時20分 よ り発 表 を 行っ た。主 査から 紹介があ った後 、申請者 は スライド を用い ながら約17分に渡 って学位 論文内 容の発表 を行っ た。その後前沢政次
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司 次
子
政 玲
山 沢
小 前
岸
授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
副査より 、セル フモニタ リング 日誌、ポ ジィティ ブフイードバックなどの介入内容と日 本人のメ ンタル ヘルスの 背景に ついての 質問があ った。次いで岸玲子副査より、無作為 化できな かった 理由と本 研究の 一般化の 範囲につ いての質問があった。最後に小山司主 査より、 対象者 のストレ ス認知 のゆがみ のレベル 、介入群と待機群の学歴や性差の相違 と健康障 害のア ウトカム として の本研究 の測定尺 度と抑うつスケールの使用について質 問があった。
いずれの質問に対しても、申請者は研究データと先行研究を引用して回答した。前沢副 査の質問に対し、申請者はセルフモニタリング日誌の効果は自己の思考や行動を振り返る ことでストレス対処に有効な認知や行動に修正していく助けとなることであると回答した。
ポジィティブフイードバックは参加者のストレス対処に対する自己効力感を高めるための 方法であると回答した。日本人のメンタルヘルス悪化の背景には、成果主義や過重労働な ど労働者を取り巻く環境の変化があり、職業性ストレスは労働者の心身の健康に影響を与 える重要な課題であると回答した。岸副査の質問に対し、無作為化できなかった理由は介 入する時期によって参加可能な対象者が制限されるという職場の事情によるものであった と回答した。公務員を対象にした本研究の効果は対象者の教育背景の影響を受けるが、介 入内容を各職場のストレッサーに応じて設定することが可能であり、広い適用可能性があ ると回答した。小山主査の質問に対し、べースライン時の対象者のストレス認知は全国平 均と比較すると同レベルかやや低めであったと回答した。介入群と待機群は、性別による 差はなかったが、学歴については職場の要望で調査票の中に入れなかったため比較できな かったと 回答し た。本研 究で使 用した職 業性スト レス簡 易調査票 は29項目 で6つのサブ スケールから構成されており、いろいろな心理的反応を測定することができるため使用し た。現在 、無作 為化比較 試験で 同様の介 入研究を 準備しており、抑うつスケールとして CES‑Dを用 いて長 期的な効 果を確認していく予定であると回答した。質疑応答の時間は約 13分であった。
この論文は、職場のストレスマネジメントに新しい視点を導入してストレス対処能カの 向上を促す可能性を示唆した点で高く評価され、今後の産業保健におけるメンタルヘルス 事業の一方策として期待される。審査員一同は、これらの成果を高く評価し、大学院課程 における研鑚や取得単位なども併せ申請者が博士(医学)の学位を受けるのに充分な資格 を有するものと判定した。
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