博 士 ( 歯 学 ) 田 中 聡
学 位 論 文 題 名
繊維強化プラスチック型審美矯正ワイヤーの 湿潤環境下での機械的特性挙動
学位論文内容の要旨
【 緒書 】
近年 ,歯 科矯 正治 療においては治療中においても審美性が求められること が多く,ブラケット,
結 紮線 に関 して は透 明 で耐 久性 のあ るも のが 開発 され 臨床 に広 く使 われて いる.しかし,矯正治 療 に 必 要 不 可 欠 の ワ イ ヤ ― に 関 して は金 属製 のも のが ほと んど であ り, 審美 的 に優 れた ワイ ヤ ー の 臨 床 応 用 が 望 ま れ て い る . 審美 矯正 ワイ ヤー の研 究開 発は これ まで にい く っか 試み られ て き た が , 現 在 発 表 さ れ て い る ワ イヤ ―は 臨床 応用 する には 十分 とは 言え ず普 及 には 至っ てい な い のが 現状 であ る,
筆 者 ら が 研 究 開 発 を 進 め て い る生 体親 和性 に優 れた 繊維 強化 プラ スチ ック ス 型審 美性 矯正 ワ イ ヤ― (以 下,FRPワ イヤ ―) は, 透明 性が 高く 審 美的 に優 れ, これ までの3点曲げ試験などの基 礎 的研 究か ら臨 床応 用 に適 する 曲げ 強さ を有 する こと が示 され てい る.し かし,ア―チワイヤ―
は 口 腔 内 で 長 期 使 用 さ れ る た め 湿 潤 条 件 下 で の 長 期 的 な 材 料 特 性 に つ い て も 検 討 す る 必要 が あ る , ま た 矯 正 用 ワ イ ヤ ― の 様 に臨 床上 変形 させ る必 要が ある 場合 には ,そ の 機械 的特 性に レ ジ ン の 吸 水 性 が 大 き く 影 響 す る も の と 思 わ れ . そ の 対 策 は 早 急 に 検 討 す べ き 課 題 で あ る . 本 研 究 で は , 口 腔 内 使 用 の 前 段 階 と し て ,FRPワ イ ヤ ー の 湿 潤 条 件 下 に お け る 吸 水 動 態 を 調 べ , 機 械 的 特 性 の 経 時 的 変 化 を 応 カ 緩 和 試 験 , ア コ ― ス テ ィ ッ ク エ ミ ッ シ ョ ン(AE)測定 , 定 たわ み曲 げ試 験を 用 いて 解析 する こと を目 的と した .
【材 料お よび 方法 】
ワ イ ヤ 一 成 形 に 先 立 ち ガ ラ ス 繊 維 と マ ト リ ッ ク ス と の 問 の 接 着 強 さ の 向 上 を 目 的 と し て , カ ッ プ リ ン グ 処 理 剤KBM403(7グ リ シ ド キ シ プ ロ ピ ル 卜 リ メ ト キ シ シ ラ ン ) を 生 体 親 和 性 に 富 む(CPSA)ガ ラ ス 繊 維 ( 直 径 約20ルm)に 使 用 し た . マ ト リ ッ ク ス に は ビ ス フ ェ ノ ― ル A− ジ グ リ シ ジ ル メ タ ク リ レ ― ト(Bis‑GMA)を 用 い , ー 方 向 配 向 型 , 円 形 断 面 , 繊 維 体 積分 率 30%, 直 径0.5mmのFRPワ イ ヤ ー を 光 重 合 法 に よ り 作 製 し た ( 以 下 ,403ワ イ ヤ ― ; カ ッ プ リ ング 非処 理材 は無 処 理ワ イヤ ―と する ).
FRPワ イヤ ー の 吸水 動 態と 機 械 的特 性の 影響を明 るみにする ために37℃ の蒸留水 に無処 理および403ワイヤ―を3,6,12,24時間浸漬前後で秤量し,ガラス繊維重量を差し弓1いた値を マトリックス部重量とし,下記の式より吸水率を求めた,
マトリックス部の吸水率‑ (m‑mo)/moXioo(%)
m:吸水後のマトリックス部の重量 mo:乾燥恒量時のマトリックス部の重量
また,24時間吸水後 に23,100℃で の1時間再 乾燥試験 を行った .比較のためレジン100%の ワイヤ ーについて も同様の 試験を行 った,さ らに3点曲 げ試験を 行い,得られた荷重一たわ み 曲 線 の た わ み2mmま で の 曲 線 下 の 面 積 を2mm変 形 工 ネ ル ギ ― と し 評 価 に 用 い た . 乾 燥 ,湿 潤 条 件に お けるFRPワ イヤ ―が 持つ矯正 カの時間に よる変化 。および 吸水によ る 影響 を 調べ る た めに , たわ み2mmでの 応力緩和 試験を24時間 まで行っ た.荷重 保持率は 最大荷 重値に対す る,記録 された荷 重値の比率とした.また試験中の微視的な破壊を検出す る ため に アコ ー ス ティ ッ クエ ミ ッ ショ ン(AE)測定 を 同 時に 行 い,AE計数 とそれを 積算し たAE累積数を求めた,
曲 げ 変形 を 付 与さ れ たワ イ ヤ ーの 機 械的特性 を調べるた めに,た わみ2mmの曲 げ変形を 所定の時間(3,6,12,24時間)付与後,変形の回復が収まるまで解放し,3点曲げ試験で評価する 定 たわ み曲 げ試験を 行った. 得られた 荷重―た わみ曲線よ り,永久 変形量, 縦弾性係 数,
2mm荷重 値 ,2mm変 形 工ネ ル ギー を 求 めた . ここ で は 変形 前 の ワイ ヤ―が 曲げ棒先 端に触 れる位 置を0とし, 定たわみ 曲げ変形 後のワイ ヤ―が触 れる位置 を永久変形量とした.縦弾 性 係数(E)は荷 重 が 負荷 さ れ始 め た 位置 か らた わ み が0.2mm増加 し た時点で の荷重値 を求 め,以下の式より算出した.
E=4 Pl3/36兀d4
l: 支 点 間 距 離 d: 試 料 直 径 6: た わ み ( 今 回 は 0. 2を 使 用 ) P: 荷 重 値 また,たわみが2mmの時点での荷重値を2mm荷重値とした,
【結果および考察】
吸 水 試験の 結果,い ずれの試 験片も3〜6時間で吸 水をほぼ完 了し.カ ップリン グ処理の 有 無に よ る明 確 な 差は 認 めら れ な かっ た,FRPワ イヤ―はレ ジン100%のワ イヤ―よ りも吸 水率が 高かった. これは, ガラス繊 維とマトリックス間に界面が存在するために,水が進入 し やす い ため と 思 われ る ,吸 水 後 のFRPワ イヤ ー は たわ み が4mmに 達して も明確な 破断を 示 さず ,荷 重―たわ み曲線の 勾配で示 される見 かけ上の弾 性率は浸 漬前に比 べて明ら かに 低下し た,100℃で再 乾燥する と機械的 特性がほ ぼ元通り に回復し た,これは吸水によルガ ラス繊 維/マトリ ックス間 の界面接 着カが低下しても,乾燥下では機械的な嵌合効カが,曲 げ変形に対する抵抗として働き,荷重を維持したためと推測される.
乾燥条件下における応力緩和試験直後のワイヤーには永久変形が見られず,24 時間後の 荷重保持率は無処理,403 ワイヤ―とも約85010 と同程度で,AE の発生も散発的で少ないが,
湿潤条件下での試験直後のワイヤーには永久変形が見られ,特に無処理ワイヤーで大きな 値を示した.無処理ワイヤ―は浸漬直後から
AEが発生し,荷重保持率は大きく低下し,24 時間後には約14.5 %まで低下したのに対して,403 ワイヤーは浸漬6 時間後からAE の発生が 増加し,
24時間後も約43% の荷重を保持していた.この結果よルカップリング処理はガラス 繊維とマトリックスの界面剥離を抑制し,荷重の保持に効果的であることが分かった,
乾燥条件下における定たわみ曲げ試験後の試験片には永久変形は見られず,縦弾性係数,
2mm
荷重値,2mm 変形工ネルギ―,永久変形量には大きな変化は見られなかった.湿潤条件 においては,浸漬6 時間付近まで403 ワイヤーが高い値を示したが,次第に無処理ワイヤー との差は小さくなった.カップリング処理の効果により浸漬後約6 時間まで界面の剥離が抑 制されているが,その後,次第に界面接着効果が低下し,剥離が進行すると推測される.
【結諭】
1
.定たわみ曲げ試験後。永久変形量は負荷時間とともに増加し,縦弾性係数,2mm 荷重値
が低下した,これらは2mm 変形工ネルギ―により単一の指標で総合的に評価できた,ま
た,曲げ変形により生じているミクロな破壊はAE をもちいて検出することができた.
2
.応カ緩和試験でのAE の増加,荷重保持率の低下,定たわみ曲げ試験での永久変形量の
増加.および縦弾性係数,
2mm荷重値の低下が著しくなる時期は吸水が完了する時間3
〜6 時間とほぼ一致した.
3
.湿潤条件下ではマトリックスに吸水,可塑化が起こり,変形に伴うガラス繊維/マトリッ
クス間の界面剥離,滑りが生じることで,荷重および縦弾性係数の低下,永久変形量の
増加など機械的特性の低下を引き起こすことが示された.
4
. カ ップ リ ング 処 理 は界 面 剥離 を 抑制 し機 械的特性低 下の抑制に 効果があっ た,
5
.口腔内に類似した環境下でFRP ワイヤ―の経時的挙動を各種試験を導入して調ペ,マト
リックスとカップリング剤の吸水に対する対策等,臨床応用の実現に必要な改善点を明
らかにした,
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
繊維強化プラスチック型審美矯正ワイヤーの 湿潤環境下での機械的特性挙動
審 査 は 審 査 委 員 が 一 同 に 会 し て 、 口 頭 試 問 の 形 式 に よ っ て 行 わ れ た 。 ま ず 申 請 者 に 論 文 の 概 要 の 説 明 を 求 め る と と も に 適 宜 解 説 を 求 め 、 次 い で そ の 内 容 お よ び 関 連 分 野 に つ い て 試 問 し た 。
申 請 者 か ら は 以 下 の よ う な 内 容 に つ い て の 論 述 が な さ れ た 。
ア ー チ ワ イ ヤ ー は 口 腔 内 で 長 期 使 用 さ れ る た め 、 湿 潤 条 件 下 で の 長 期 的 な 材 料 特 性 に つ い て 検 討 す る 必 要 が あ る 。 現 在 ガ ラ ス 繊 維 と マ ト リ ッ ク ス に レ ジ ン を 用 い た 矯 正 用 ワ イ ヤ ー(FRPワ イ ヤ ー ) を 開 発 中 で あ る が 、 矯 正 用 ワ イ ヤ ー の 様 に 臨 床 上 変 形 さ せ る 必 要 が あ る 場 合 に は 、 機 械 的 特 性 に レ ジ ン の 吸 水 性 が 大 き く 影 響 す る も の と 思 わ れ る 。 そ こ でFRP ワ イ ヤ ー の 湿 潤 条 件 下 に お け る 吸 水動 態 を 調べ 、 機 械的 特 性 ガ経 時 的 変化 を 応 力 緩和 試 験 、 ア コ ー ス テ ィ ッ ク エ ミ ッ シ ョ ン(AE)測 定 、 定 た わ み 曲 げ 試 験 を 用 い て 解 析 す る こ と を 目 的 と し た 。
【 材 料 お よ び 方 法 】
ワ イ ヤ ー 成 形 に 先 立 ち ガ ラ ス 繊 維 と マ ト リ ッ ク ス と の 問 の 接 着 強 さ 、 な ら び に 耐 水 性 の 向 上 を 目 的 と し 、 カ ッ プ リ ン グ 処 理 剤(KBM403)をCPSAガ ラ ス 繊 維 に 使 用 し た 。 マ ト リ ッ ク ス にBi8‑GMAを 用 い 、 一 方 向 配 向 型 、 円 形 断 面 のFRPワ イ ヤ ー を 光 重 合 法 に よ り 作 製 し た 。 こ の 試 験 片 を403ワ イ ヤ ー 、 ま た カ ッ プ リ ン グ 処 理 を 施 し て い な ぃ ガ ラ ス 繊 維 を 用 い た 試 験 片 を 無 処 理 ワ イ ヤ ー と し た 。
FRPワ イ ヤ ー の 吸 水 動 態 を 知 る た め に37℃ の 蒸 留 水 中 に3、6、12、24時 間 浸 潰 し 吸 水 率 を 求 め た 。
ま た 、 比 較 の た め ガ ラ ス 繊 維 の 入 っ て い な い ワ イ ヤ ー も 同 様 の 試 験 を 行 い 比 較 し た 。 さ ら に 無 処 理 、403ワ イ ヤ ー に つ い て は 、24時 間 吸 水 後 に23、100℃ で1時 間 乾 燥 さ せ た 後 の 吸 水 率 を 求 め 、 さ ら に3点 曲 げ 試 験 を 行 い 、 得 ら れ た 荷 重 ー た わ み 曲 線 の た わ み 2mmま で の 曲 線 に 囲 ま れ る 面 積 を 2mm変 形 エ ネ ル ギ ー と し 評 価 に 用 い た 。 FRPワ イ ヤ ー が 持 つ 矯 正 カ の 時 間 に よ る 変 化 、 お よ び 吸 水 に よ る 影 響 を 調 べ る た め に 、 た わ み2mmの 応 カ 緩 和 試 験 を 行 い 荷 重 保 持 率 を 求 め た 。 ま た 試 験 中 の 微 視 的 な 破 壊 を 検 出 す る た め に ア コ ー ス テ ィ ッ ク エ ミ ッ シ ョ ン(AE)測 定 を 同 時 に 行 いAE計 数 と 、 そ れ を 積 算 し たAE累 積 数 を 求 め た 。
一 度 曲 げ 変 形 を 付 与 さ れ た ワ イ ヤ ー の 機 械 的 特 性 を 調 べ る た め に 乾 燥 お よ び 湿 潤 環 境 下
郎 夫
昇
一
順 文
田 理
畑
飯 亘
大
授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
で た わ み
2mmの 曲げ 変 形 を 、
3、
6、12 、24 時間 付与 する 定た わみ 曲げ 試験 を行 った 。曲 げ 変 形 の 解 放 後 、
3点 曲 げ 試 験 を行い 、得 られ た荷 重― たわ み曲 線よ り、 永久 変形 量、
縦 弾性 係数 、2mm 荷重 値、
2mm変形エ ネル ギー を求 めた 。
【 結果 およ び考 察】
吸水 試験 の結 果、 いず れの 試験片 も3 〜6 時 間で 吸水 をほ ぼ完 了し てお り、 カッ プリン グ 処理 の有 無に よる 明確 な差 は認め られ なか った 。吸 水したFRP ワイヤーの機械的特性は 明 らか に低 下す るが 、 100 ℃ で乾 燥す ると ほば 元通 りに回復した。 これは吸水により 接 着カ が低 下し たガ ラス 繊維/マトリックス間の界面が、乾燥することで機械的な嵌合効 カ が 働 き 、 曲 げ 変 形 に 対 す る 抵 抗 と し て 荷 重 を 発 揮 し た た め と 推 測 で き る 。
応力 緩和 試験 にお いて 、湿 潤条件 下で の無 処理 ワイ ヤー は浸 漬直 後か らAE が発 生し、
24
時 間 後 の 荷 重 保 持 率 は 約
14.5% ま で 低 下 した の に 対 し て 、403 ワイ ヤー は浸 漬6 時間 後 か ら
AEの 発 生 が 増 加 し 、
24時 間 後 も 約
43%の 荷 重 を 保 持 して いた 。こ の結 果よ ルカ ッ プリ ング 処理 はガ ラス 繊維とマトリックス材の界面の剥離を抑制し、荷重を保持できる る こと が分 かっ た。
定 た わ み 曲 げ 試 験 で は 、 浸 涜
6時 間 後 で の 縦 弾 性 係 数 、
2mm荷 重 値 、2mm 変 形 エ ネ ルギーは無処理ワイヤーより403 ワイヤーが高い値を示したが、次第に差が小さくなった。
永 久変 形量 は6 時 間を 過ぎ た辺 りか ら差 が大 きく なっ てい た。こ れは 浸涜 後6 時間 後まで は カッ プリ ング 処理 によ って界面の剥離が抑制されているが、次第に界面接着効果が低下 し 、徐 々に 剥離 した ため と推 測でき る。
以上 の結 果か ら学 位申 請者は、吸水が完了する時間と機械的特性低下が始まる時間が一 致 する こと より 、湿 潤条 件下での機械的特性低下の要因は吸水であること、カップリング 処 理 は 界 面 剥 離 を 抑 制 し 機 械 的 特 性 低 下 の 抑 制 に 効 果 が あ る こ と を 示 し た 。
以上の論述に引き続き以下の項目を中心に口頭試問を行った。
1
. 評 価 に
2mm変 形 エ ネ ル ギ ー を 用 い た 根 拠
2.機械的特性の劣化のメカニズム
3
.得られた結果の重要性
4.今後の研究の方向性
こ れら の試 問に 対し て申請者は明快な回答、説明を行った。
本研 究は、 開発 が進 んで いる 矯正 用FRP ワイ ヤーの弱点であるところの口腔内における経 時的 な機械 的特 性の低下という現象に対して、その現象が発生する主なる原因はマトリッ クス の吸水 であ ること、またガラス繊維とマトリックスを接着するカップリング処理は機 械的 特性の 低下 に対しては抑制効果を持つことを明確にしたものである。得られた結果は 今後 の開発 の方 向性を明らかにする上で重要な価値があり、高く評価できるものである。
更に 、試問 の内 容から、学位申請者は、関連分野にも幅広い学識を有していると認められ た。 また今 後は 更に詳細な解析の準備を進めており、将来の展望についても評価された。