博 士 ( 情 報 科 学 ) 松 山 大 輔
学 位 論 文 題 名
終 末 分 化 心 筋 細 胞 の 増 殖 と シ グ ナ ル 伝 達 機 構 に 関 す る 研 究 学 位 論 文 内 容 の 要 旨
【背 景】心 筋細胞 は、ヒ トで生 後1カ月 、ラッ トでは生 後2日で 最終分 化に入 り増殖を停止する とされている。その後の心臓の成長は、心筋細胞の大きさの増加(肥大)と非心筋細胞(主として線 維芽細胞)の増殖によるものであり、心筋自体は分裂能を喪失する。このため、近年、高齢化社会、
生活習慣の欧米化などが原因となって、虚血性心疾患による心筋傷害が生じた場合には、心臓の一 部は収縮能をもたない問質細胞に置き換わってしまい心収縮カの低下をきたし、結果として心不全 にいたる患者が増加しているが、従来の薬物療法で効果がたい場合、最終的な治療法として心臓移 植以外に根治療法が存在しないのが現状である。
近年、成体幹細胞の心筋細胞を含めた各種の細胞への分化っまり、「細胞の可塑性」が多く報告 きれている。骨髄細胞は、傷害心ヘ遊走し、心筋特異的タンパクを発現する。また、幹細胞のよう な未分化な細胞だけでなく、血管内皮細胞をはじめとした分化した細胞に関しても、心筋細胞と共 培養 するこ とによ り心筋 細胞へ の分化が報告されている。また、ES細胞が神経幹細胞や造血幹細 胞を 含む骨 髄細胞 と共培 養する ことにより両者が自発的に融合し、ES細胞の特性を引き継ぐこと が報 告され 、細胞の可塑性のメカニズムの1っとしての細胞融合の可能性が示唆された。一方で、
傷害心筋では、梗塞周縁部において数パーセントの有糸分裂が起こり、心筋がある程度増殖するこ とが報告されている。また、多くの細胞にはギャップ結合を介した細胞間情報伝達が存在するが、
その構成タンパクであるコネキシンが細胞間の情報伝達以外に、腫瘍細胞におけるコネキシン遺伝 子導 入によ る増殖 抑制、 また、 心臓におけるコネキシン43の発現レベル上昇と心筋細胞増殖能喪 失と の相関 性、そ して心 筋梗塞 後の梗塞周縁部におけるコネキシン43の発現消失、といった細胞 機能制御に関与しているとの報告がなされている。
【目的】本研究では、終末分化細胞である心筋細胞の増殖メカニズムを解明するために、まず、増 殖能を有する細胞と有しなぃ心筋細胞との細胞融合は可能であるか、そして細胞融合後も心筋細胞 としての形質を維持し、再度増殖能を獲得することができるのか検討を行なった。さらに、心筋細 胞自 体の増 殖メカ ニズム を解明 するために、ギャップ結合タンパクであるコネキシン43が心筋細 胞の 増殖能 を制御 する働 きの担 っているのではなぃかと推定し、コネキシン43の発現を抑制した 時に心筋細胞が増殖するのか、そしてもしそうであるならその細胞増殖メカニズムには何らかの細 胞内シグナル伝達の変化、増殖因子の発現増加・減少が関与しているか、などを解明することを研 究目的とした。
こうした心筋細胞自体を増殖させる「心筋分裂再生治療」を目指した研究は、心筋細胞がなぜ増
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殖しないのか、そ の抑制メカニズムを解明し、それを乗り越えて増殖させようとする研究であり、
この方法では、自 己の心筋細胞の増殖により再生させるため、拒絶反応の問題や倫理的、社会的な 問題は生じないこ とから、有効な心筋再生医 療であると期待される。
【結果・考察】以 下に、本研究で得られた成 果の概要をまとめる。
i)細胞融合によ る増殖能獲得
生後2―3日目のWistar系ラット新生児より 摘出した心臓から酵素処理によって作製した培養心 筋細 胞 と心 線維 芽細 胞 を、ポリエチレングリ コール(PEG)法、HVJ法によ って細胞融合し、免疫 染色、拍動リズム 計測を行うことで、融合細胞の心筋細胞としての形質維持、増殖能獲得の可能性 を検証した。その 結果、増殖能を有する心線維芽細胞と増殖能を有しなぃ心筋細胞は融合し、免疫 染色の結果から、 細胞分裂に至るかどうかは明確ではないものの細胞周期に再突入し、増殖能を再 獲得する可能性が 明らかとなった。さらに、拍動解析の結果から 拍動能を有しなぃ線維芽細胞と の細胞融合によっ ても、心筋細胞は通常の培養心筋細胞と変わらない拍動能を維持することが明ら かとなった。これ らのことから、線維芽細胞由来の何らかの因子が心筋細胞を刺激し、増殖能獲得 に影響を与えた可 能性が示唆された。
mコネキシン43ノ ックダウンによる増殖能獲得
生後2−3日目のWistar系ラット新生児より 摘出した心臓から酵素処理によって心筋細胞培養系 を作製し、コネキ シン43 siRNAによるコネキ シン43発現抑制(ノックダウン)が心筋細胞増殖能 に及ばす影響を解 析した。その結果、心筋細 胞間のギャップ結合を構成するコネキシン43の発現 抑制によって、心 筋細胞が細胞周期に再突入して細胞分裂により増殖した。その増殖メカニズムを 明ら か にす るた めに 、 ノックダウン時のMAPキナーゼの活性の変化をWestem blotにより解析を 行な っ た結 果、p38 MAPキナーゼの活性が減 少することが明らかとなった 。さらに、p38 MAPキ ナーゼ活性を阻害 することによって、心筋細胞を有意に増加させることも明らかとなった。また、
ノックダウン時に 細胞内の線維芽細胞増殖因 子FGF1の発現が有意に増加し たことから、p38 MAP キナ ー ゼの 活性 阻害 と 同時 にFGF1も 付加 し たと ころ、p38 MAPキナーゼ 活性阻害時のみと比較 して、有意な心筋 細胞数の増加が認められた 。コネキシン43の発現レベル と、p38 MAPキナーゼ の活性およびFGF1の発現との機能連関を介し たシグナル伝達機構が終末分化心筋細胞の増殖制御 に関与している可 能性が明らかとなった。
【結論】本研究の 結果ーおよぴ先行研究の報告から、梗塞心において、心筋細胞が周囲の線維芽細 胞といった増殖能 を有する非心筋細胞と融合し、細胞周期に再突入する可能性、およぴ梗塞周縁部 の脱 分 化し た心 筋細 胞 が、Cx43の発 現の 減 少時 に、 結果 とし てp38 MAPKの活性の減少とFGF1 の発現増大を介し て、細胞分裂期に再突入す るという増殖能再獲得の可能性が示唆された。Cx43 の発現変化と心筋 細胞の増殖能との機能的連関を明らかにすることは、自己心筋による心筋再生を 亢進させる新たな 治療法の開発にっながるこ とが期待される。
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学位論文審査の要旨 主査 教授 河原剛一 副査 教授 遠藤俊徳 副査 准教授 村林 俊
学 位 論 文 題 名
終末分化心筋細胞の増殖とシグナル伝達機構に関する研究
心筋細 胞は、ヒ トで生 後1カ月 、ラッ トでは 生後2〜3日で最 終分化に入り増殖を停止するとさ れている。その後の心臓の成長は、心筋細胞の大きさの増加(肥大)と非心筋細胞(主として線維芽 細胞)の増殖によるものであり、心筋自体は分裂能を喪失する。このため、近年、高齢化社会、生 活習慣の欧米化などが原因となって、虚血性心疾患による心筋傷害が生じた場合には、心臓の一部 は収縮能をもたない問質細胞に置き換わってしまい心収縮カの低下をきたし、結果として心不全ヰこ いたる患者が増加しているが、従来の薬物療法で効果がない場合、最終的な治療法として心臓移植 以外に根治療法が存在しないのが現状である。
近年、成体幹細胞の心筋細胞を含めた各種の細胞ーの分化っまり、「細胞の可塑性」が多く報告 さ れてい る。ES細 胞が神 経幹細 胞や造 血幹細胞を含む骨髄細胞と共培養することにより両者が自 発 的に融 合し、ES細胞の 特性を 引き継 ぐこと が報告 され、 細胞の可塑性のメカニズムの1っとし て の 細 胞 融 合 の 可 能 性 が 示 唆 さ れ た 。 一 方 で 、 傷 害 心 筋 で は 、 梗 塞 周 縁 部 に お い て 数 本研究では、終末分化細胞である心筋細胞の増殖メカニズムを解明するために、まず、増殖能を 有する細胞と有しない心筋細胞との細胞融合は可能であるか、そして細胞融合後も心筋細胞として の形質を維持し、再度増殖能を獲得することができるのか検討を行なった。さらに、心筋細胞自体 の 増殖メ カニズ ムを解 明する ために 、コネキシン43が心筋細胞の増殖能を制御している可能性を 仮 定し、 コネキ シン43の 発現を 抑制し た時に心筋細胞が増殖するのか、もし増殖するならその分 子メカニズムを明らかにすることを目的とした。
まず、 細胞融 合によ る心筋細 胞の増 殖能再 獲得に 関する 研究では、生後2‑3日目のWistar系 ラット新生児より摘出した心臓から酵素処理によって作製した培養心筋細胞と心線維芽細胞を、ポ リ エチレ ングリ コール(PEG)法、HVJ法によ って細 胞融合 し、免疫 染色、 拍動リ ズム計 測を行う ことで、融合細胞の心筋細胞としての形質維持、増殖能獲得の可能性を検証した。その結果、増殖 能を有する心線維芽細胞と増殖能を有しない心筋細胞は融合し、融合細胞は免疫染色の結果から増 殖能を有していることが明らかとなった。さらに、拍動解析の結果から、拍動能を有しない線維芽 細胞との細胞融合によっても、心筋細胞は通常の培養心筋細胞と変わらない拍動能を維持すること が明らかとなった。このことから、線維芽細胞由来の何らかの因子が心筋細胞を刺激し、融合細胞 の増殖能獲得に影響した可能性が示唆された。
次に、コネキシン43ノックダウンによる増殖能再獲得に関する研究では、生後2−3日目のWistar 系 ラット 新生児 より摘 出した 心臓か ら酵素処理によって心筋細胞培養系を作製し、コネキシン43 ‑ 144ー
siRNAによるコネキシン43発現 抑制(ノックダウン)が及ばす心筋細胞増殖能の変化を解析した。
そ の結果、心筋細胞間のギャ ップ結合の主要構成タンパク であるコネキシン43の発現抑制によっ て 、心筋細胞が増殖能を再獲得した。その増殖メカニズムを明らかにするために、ノックダウン時 のMAPキナ ー ゼの 活性 の変 化をWestern blotに よ り解 析を 行っ た結 果、p38 MAPキナーゼの活 性 が減少することが明らかと なった。さらに、p38 MAPキ ナーゼ活性を阻害することに よって、
心 筋細胞の増殖を有意に増加させることも明らかとなった。また、ノックダウン時に細胞内の線維 芽 細 胞増 殖因 子FGF1の発 現が 有意 に増 加 したこ とから、p38 MAPキナーゼの 活性阻害と同時に FGF1も付加したところ、p38 MAPキナーゼ活性阻害時のみ と比較して、有意に心筋細胞 増殖能が 増 加 した 。コ ネキ シ ン43の発 現レ ベル と 、p38 MAPキナーゼの活性とFGF1の 発現との機能連関 を 介 した シグ ナル 伝 達機 構が 心筋 細胞 の 増殖 制御 に関 与し て いる 可能性が 明らかとなった。
これを要するに、著者は梗塞心において心筋細胞が周囲の線維芽細胞といった増殖能を有する非 心 筋細胞と融合し、心筋細胞が細胞周期に再突入する可能性、および梗塞周縁部の心筋細胞におけ る コ ネキ シン43の 発 現減 少に 伴い 、p38 MAPキナ ーゼ活性の減少とFGF1の発 現が増大すること に よって、心筋細胞が細胞分 裂周期に再突入する可能性を 明らかにできたことなど多くの新知見 を 得たものであり、細胞情報科学および再生医療工学に対して貢献するところ大なるものがある。
よ っ て 著 者 は 、 北 海 道 大 学 博士 (情 報 科学 )の 学位 を授 与 され る資 格あ るも の と認 める 。
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