博 士 ( 地 球 環 境 科 学 ) 石 井 貴 広
学位論文題名
Studies on Bioactive Compounds from Unutilized Marine Natural Resources
(海洋未利用資源より得られた生物活性物質に関する研究)
学位論文内容の要旨
環 境 問 題 へ の 対 応 と 未 利 用 資 源 の 有 効 利 用 が 重要 視 され る今 日、 海 洋生 物資 源を 適切 に 保 護 ・ 利 用 し 、 海 産 廃 棄 物 を 活 用 す る 必 要 が あ る。 一 例と して 、海 藻 類は 、他 の動 植物 や 微 生 物 と の 競 合 お よ び 捕 食 に 対 抗 す る た め に 、 摂食 阻 害物 質や 付着 阻 害物 質な どの 他感 作 用物 質( アレ ロケ ミ カル ス) を生 産 し含 有し てい る。 大 型海 藻種 の紅 藻カ レ キグ サな どは、
ウ ニ な ど の 植 食 動 物 に よ っ て 捕 食 さ れ な ぃ た め に繁 茂 し、 有用 種の 生 育を 妨げ てい る。 そ の た め 雑 海 藻 と 呼 ば れ 、 未 利 用 の ま ま 産 業 廃 棄 物と し て処 理さ れて お り、 環境 上の 問題 と な っ て い る 。 ま た 、 近 年 、 北 海 道 全 域 で は ヒ ト デが 大 量発 生し 、水 産 有用 種の 食害 など の 被 害 を 及 ば し て い る 。 回 収 後 の ヒ ト デ は 、 利 用 価値 が 見出 せな ぃた め に廃 棄物 処理 され 、 未 利 用 資 源 と な っ て い る が 、 多 様 な 生 物 活 性 を 有す る こと が知 られ て いる 。そ のよ うな 現 状 か ら 、 ヒ ト デ に 含 ま れ る 機 能 性 物 質 の 有 効 活 用を 通 じて 、環 境に 配 慮し た循 環型 利用 法 の 開 発 が 期 待 さ れ る 。 一 方 、 持 続 可 能 な 資 源 供 給を 支 える うえ で、 藻 場や 漁場 の環 境修 復 な ど 、 海 洋 環 境 保 全 技 術 の 開 発 も 重 要 で あ る 。 海産 動 植物 より 得ら れ た付 着生 物に 対す る 阻 害 ・ 忌 避 物 質 な ど は 、 有 機 ス ズ 化 合 物 に 代 わ る環 境 にや さし い天 然 魚網 防汚 剤や 船底 塗 料の 開発 に役 立っ と 考え られ る。
本 研 究 は 、 低 ・ 未 利 用 海 洋 資 源 、 特 に 廃 棄 物 とな る 雑海 藻や ヒト デ 、さ らに 普遍 的に 繁 茂 す る 海 藻 類 よ り 、 環 境 に 適 合 し た 天 然 物 由 来 の有 用 生物 活性 物質 を 探索 し、 得ら れた 化 合 物 の 機 能 性 お よ び 構 造 活 性 相 関 の 評 価 を 行 っ た 。 第1章 で は 、 こ れ ま で に報 告さ れて い る 海 産 動 植 物 中 の 有 用 生 物 活 性 物 質 に つ い て 概 説し 、 本研 究の 目的 と その 概要 につ いて 記 述 し た 。 第2章 で は 、 紅 藻 カ レ キ グ サ に つ い て 、 ア ビ セ ル 板 法 を 用 い た 稚 ウニ に対 する 摂 食 阻 害 活 性 試 験 に よ ル ア レ ロ ケ ミ カ ル ス の 探 索 を 行 っ た 。 第3章 で は 、 キ ヒト デか ら、 コ マ ツ ナ 種 子 を 用 い た 発 芽 ・ 初 期 生 育 試 験 を 指 標 に、 有 用生 物活 性物 質 の探 索を 行い 、得 ら れ た 物 質 の 機 能 性 を 明 ら か に し た 。 第4章 で は 、 紅 藻 ソ ゾ 属 の 海 藻 よ り 、 珪藻 およ び海 藻 胞 子 に 対 す る 付 着 阻 害 物 質 を 探 索 し た 。 第5章 で は 、 本 研 究 を 総 括 し た 。 以 下 に 、 第2章 から 第4章ま での 概要 を述 べ る。
第2章 で は 、 北 海 道 東 部 の 沿 岸 に 広 く 生 育 す る 大 型 海 藻 の 一 種 で あ る 紅 藻カ レキ グサ よ り 、 植 食 動 物 に 対 す る 摂 食 阻 害 物 質 の 探 索 お よ び活 性 の評 価を 行っ た 。そ の結 果、 行動 規 制 試 験 に お い て 、 ウ ニ が カ レ キ グ サ 抽 出 液 か ら 遠ざ か る忌 避行 動が 観 察で きた 。ま た、 稚 ウ ニ に 対 す る 摂 食 阻 害活 性 を示 した 水溶 性 画分 から は、4種 の化 合物 を 単離 した 。種 々の 機 器 分 析 法 お よ び 化 学 反 応 を 用 い て 、 新 規 フ ェ ニ ル プ ロ パ ノ イ ド のtichocarpolAとBおよ び 紅 藻 特 有 の 代 謝 産 物 であ るfloridosideとisethionic acidを 同 定し た。2種 の新 規物 質な ら ぴにfloridosideには 摂食 阻 害活 性が 認め られ た が、isethionic acidは逆 に 誘引 効果 を示し たg植 食 動 物 に 対 す る 摂 食 阻 害 活 性 物 質 の 多 く は 脂 溶 性 の も の で あ り 、 水 溶性 低分 子化 合 物 は 少 な い 。 こ れ ら の 物 質 は 環 境 問 題 と な っ て いる 「 磯焼 け」 海域 の 海中 林回 復の 手段 に
なると考えられる。 ― 95―
第3章では、道東沿岸域で生 息度の高いキヒトデを対象種として、コマツナの発芽・初 期 生育試験を指標に機能性成分の探索を行った。作製したヒトデ混和堆肥にはコマツナの 生 育促進作用が認められたことから、ヒトデ水抽出物およびメタノール抽出物から分離操 作 を行い、コマツナ種子に対して発芽抑制・阻害あるいは生育促進を示す画分を得た。強 い 阻害能を有する水溶性画分より、アステロサポニン類のglycoside B2とasterosaponin‑l お よ び.4を 得た。次に 、水溶性促進画分からは、種々のアミノ酸およびKおよびNaを含 む 無機塩、さらに低分子化合物のasterubineが検出された 。タウリンとdimethylcyamide を 用いてasterubineを合成し、天然物と同程度の生育促進活性を認めた。また、無機塩は 顕 著な活性を示したが、アミノ酸は初期生育に関与していなぃことがわかった。一方、脂 溶 性画分より分離した画分にも促進効果が確認された。全体的な促進活性を示す画分の主 成 分はスフインゴ糖脂質であった。種カの脂肪酸およびスフインゴシン塩基が混在するス フ インゴ糖脂質類は構造が極めて類似しており、NMR法による通常の構造解析が困難であ つ 、た。そこで、メタノリシスして糖部と脂肪酸部および長鎖塩基部に分離した。その後、
DMDS化 な ど の 化学 変換 を行 い、 得ら れた 各誘 導体 をGCIMSな どで 解析 する こと によ っ て 、 新規 セレ ブロ シド のasteriacerebrosideGおよ び既知のasteriacerebrosideAとBを 同 定した。また、根伸長活性を示す画分にはセラミドが含まれており、セレブロシドと同 様 の 解析 法を 用い るこ とで 、新 規セ ラミ ドのasteriaceramideAを 同定した。今までに asterubineやセレブロシドならびにセラミドにおける植物生育促進作用の報告はなく、本 研 究によって、それらの活性物質に新たな機能性が見出された。これらの結果より、環境 に 配慮した農業技術の開発に向けて、環境面で副作用などを発生しない植物生育制御物質 の 開発や堆肥化などによるりサイクルなど、ヒトデの有効利用法の開発にっながる可能性 が 導き出せた。
第4章では、海産バクテリア などに対して強い防御機能を有し、世界中の海域で普遍的 に 繁茂する紅藻ソゾ属の海藻より、バイオフイルム形成後の付着過程で重要となる珪藻お よ び海藻胞子に対する付着阻害物質の探索およぴ活性の評価を行った。その結果、強い阻 害 活性を示した化合物の多くは含ハロゲン二次代謝産物であり、中でもcuparane (laurane) 型 やchamigrane型のセスキテルペン類が低濃度でも顕著な阻害活性を示した。これらはフ ジ ツボ幼生などの付着阻害物質として知られるelatolと同等もしくはそれ以上の強い阻害 能 を有した。きらに、約40種の化合物について活性試験を行い、構造活性相関について検 討 したところ、ハロゲンの存在よりもcyclolaurane骨格やブロモアレンなどの特定の構造 が 付着阻害活性に重要であることが示唆された。得られた活性物質は、環境負荷の少ない 防 汚剤候補となることが期待できた。
以上本研究では、海洋生物に恵まれた北海道の地の利を生かし、未利用資源となる海産 動 植物より、様々な化合物を抽出・単離し、活性物質の構造と機能を明らかにした。得ら れ た成果は、環境修復技術を創製するための緒となり、海産未利用資源の有効利用に関す る 基礎データとして有用なものである。
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学位論文審査の要旨
学位論文題名
Studies on Bioactive Compounds from Unutilized Marine Natural Resources
( 海 洋 未 利 用 資 源 よ り 得 ら れ た 生 物 活 性 物 質 に 関 す る 研 究 )
近年、北海道で大量発生しているヒトデは、水産廃棄物として大きな未利用資源となっ ている。ヒトデと同様、海藻類でも他の生物に捕食されないために、他種に比べて繁茂し ながら未利用な藻類も多数存在する。本研究では、未利用のまま廃棄物となっているヒト デの有効利用のー方策としての堆肥化に注目し、ヒトデ堆肥の有効性を含有成分の観点か ら明らかにした。また、北海道で未利用な藻類について、他種に比べて繁茂する原因を化 学生態学あるいは天然物化学の観点から明らかした。さらに、同じく未利用な藻類から有 用な付着阻害活性を指標として生物活性物質を探索した。っまり、北海道産の海洋未利用 資源に注目し、資源としての有効利用、未利用資源に含まれる生物活性物質、未利用資源 と な る 生 態 学 的 理 由 と い う3つ の 角 度 か ら 天 然 物 化 学 的 な 研 究 を 進 め た 。 まず、北海道で大量発生するヒトデの問題は、水産廃棄物の問題でも五指に入る環境問 題である。これまで、多くの方の努カにより堆肥としての利用が、実用に入っている。し かしながら、その効果については、ヒトデの一般的な成分から推察するのみであった。そ こで、本研究では、コマツナの発芽・初期生育試験を導入し、堆肥としての機能を向上さ せる成分の探索を行った。その結果、生育阻害能を示す成分として三種のアステロサポニ ン類を同定した。これらは既知の成分で、これまでの予想と同様堆肥の駆虫効果と関連す ることが、より確かとなった。次に水溶性の生育促進物質としてasterubinが同定された。
七〇年以上前に報告されて以後、ほとんど研究例のないこの物質の新たな活性が認められ た。本物質の活性は、合成品を用いて確認された。さらに、脂溶性の促進物質として新規 セレブロシドー種、既知セレブロシドニ種、新規セラミド一種が得られた。ニ種の新規化 合 物 に つ い て は 、NMRおよ びMSの分 析と 化学 分解 およ び分 解 物のGC/MS分 析な どに よ り、精密に構造が解析された。ヒトデ類からは、これまで多くのセレブロシドあるいはセ ラミドが報告されている中で、新規物質を見いだしたことは驚くべきことであり、さらに ー97−
文
逸 夫
彦
龍
俊 信
冬
野 中
入 田
沖 田
坂 松
授 授
授 授
教
助 教
教 教
査 査
査 査
主 副
副 副
こ れ ら 脂 質 類 の こ れ ま で に 報 告 の な い 生 物 活 性 を 初 め て 報 告 し た 。 次に、北海道東部に生息する紅藻カレキグサは、ウニなどに食されずに繁茂することが 知られている。しかしながら、その原因は明らかでなかった。本研究では、ウニを用いた 行動規制試験、および接触刺激試験により、四種の水溶性物質を同定した。うち二種は、
新規のフェニルプロパノイドで、NMRおよびMSにより構造を決定した。これまで、この ような摂餌忌避物質で報告されてきたのは、脂溶性物質ばかりで、本研究で得られた水溶 性物質はきわめて珍しい。
最後に、船底防汚塗料開発の一環として、未利用資源でかつ二次代謝産物が豊富である ことで知られる紅藻ソゾ類に着目して、付着阻害物質の探索を行った。本研究では、付着 珪藻を用いてマイクロファウリングの阻害活性を、付着海藻を用いてマクロファウリング の阻害活性を検討したことに特長がある。また、約四O種の化合物を単離し、一部の新規 化合物にっいては構造決定した上で、付着阻害活性を評価した。その結果、cyclolaurane 骨格やブロモアレンなどの構造をもつ化合物に高い付着阻害活性が見いだされた。これら は 、 今 後 の 防 汚 塗 料 開 発 の り ー ド 化 合 物 に な る こ と が 強 く 期 待 さ れ る 。 以上のように北海道の海洋未利用資源に着目した生物活性物質の探索研究を展開し、新 規化合物の構造決定と多数の化合物の活性評価を完成させた。特に、水産廃棄物のヒトデ の研究は、環境修復という視点から興味がもたれる。また、二○○八年の有機スズ化合物 の船体存在禁止の国際条約発効を目前として、新たな防汚物質が求められている現在、環 境負荷の少ない防汚塗料開発のりードが得られたことは、有機スズの代替技術開発に大い に貢献すると期待される。
審査委員一同は、これらの成果を高く評価し、また研究者として誠実かつ熱心であり、
大学院博士課程における研鑽や修得単位などもあわせ、申請者が博士(地球環境科学)の 学位を受けるのに十分な資格を有するものと判定した。
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