熱核,
Poisson
核の情報幾何学とDamek-Ricci
空間∗
佐藤 弘康†
(
筑波大学大学院数理物質科学研究科 準研究員)
1
はじめにX
を向きづけられた可微分多様体とする.X
上の正値確率測度全体のなす空間P(X)
上にはFisher
情報計量とよばれるRiemann
計量G
が定義できる.これは統計モデルにおけるFisher
情報行列の自然な拡張である.
Itoh-Shishido[9]
はHadamard
多様体(X, g)
のPoisson
核を用いて,写像ϕ : X → P (∂X )
を 定義し(∂X
はX
の理想境界とよばれる多様体),X
が階数1
非コンパクト型対称空間のとき,ϕ
が相似的埋め込みになることを示した(さらに極小的である).その後の研究で,階数1
非コンパ クト型対称空間を含む,より広いクラスの空間についても同様のことが成り立つことがわかった.定理
1.1. n
次元Damek-Ricci
空間(X, g)
においてPoisson
核写像ϕ
は相似的埋め込みである.つまり,
Fisher
情報計量G
のϕ
による引き戻しはϕ
∗G =
ρn2g
を満たす.ただし,ρ
は(X, g)
の 体積エントロピーρ(x) = lim
r→∞
1
r log vol(B(x; r))
である.ここで,
B(x; r)
はx
を中心とする半径r
の測地球.ρ(x)
はX
上の関数であるが,X
の 等質性からこの場合は定数である.この結果の本質は,階数
1
非コンパクト型対称空間のときと同様,Damek-Ricci
空間のPoisson
核が
Busemann
関数を用いて記述できることである.証明は第4
節で述べる.また,
X
の熱核を用いることにより.時間t > 0
で径数付けられた写像ϕ
t: X → P (X)
を定義 することができ,Poisson
核の場合と同様の結果が成り立つ.定理
1.2. (X, g)
を調和的Hadamard
多様体とする.このとき,熱核写像ϕ
t: X → P (X)
は相 似的埋め込みである.つまり,ϕ
∗tG = C(t) g
を満たす正値関数C(t)
が存在する.熱核写像の場合,相似定数
C(t)
がどのような関数になるのか,一般にはわかっていない(Euclid
第55回幾何学シンポジウム(2008年8月22日〜25日,弘前大学)講演予稿.
∗本講演は伊藤光弘氏(筑波大学)との共同研究に基づく.
†E-mail : [email protected]
空間の場合については例
3.1
で述べる).(X, g)
がDamek-Ricci
空間の場合,C(t)
はShannon
の エントロピーとよばれる情報量と関係があることがわかった.定理
1.3. (X, g)
がDamek-Ricci
空間のとき,相似的埋め込み写像ϕ
tの相似定数C(t)
はC(t) = 1
n
∂
∂t H (ϕ
t(x))
を満たす.ただし,
H (ϕ
t(x))
は正値確率測度ϕ
t(x)
のShannon
のエントロピーである.定理
1.2
の証明は,動径関数を用いて定義されるL
2-
関数空間への写像について論じたSzab´ o[12]
の方法の類似である.定理
1.2
および定理1.3
の証明は第3
節で述べる.2
準備2.1 Fisher
情報計量とShannon
のエントロピー(X, g)
を向きづけられたn
次元完備Riemann
多様体とし,dv
をRiemann
体積要素とする.X
上の正値確率測度の集合をP (X)
と書く;
P (X) = {
µ = p(x) dv(x) ¯¯
¯¯ p ∈ L
2k(X, dv), p > 0,
∫
X
µ = 1 }
.
ここで,
L
2k(X, dv)
はk
階以下の導関数がL
2可積分な関数全体のなす空間で,k ≥ n/2
とする.これは
P (X)
の位相を考慮する際に必要な条件である(詳細は[11]
を参照).これにより,P (M )
を無限次元多様体とみることができ,その接空間T
µP (X)
は{
τ = q(x) dv(x) ¯¯
¯¯ q ∈ L
2k(X, dv),
∫
X
τ = 0 }
と同一視できる.
定義
2.1. T
µP (X)
上の内積G
µをG
µ(τ
1, τ
2) = E
µ[ dτ
1dµ dτ
2dµ ]
=
∫
X
dτ
1dµ dτ
2dµ µ (2.1)
で定義する.ただし,
µ = p dv
,τ
i= q
idv
のとき,dτ
i/dµ = q
i/p (i = 1, 2)
.G = { G
µ| µ ∈ P (X) }
をP (X)
上のFisher
情報計量とよぶ.注意
2.2. X
がコンパクトのとき,G
µ(τ
1, τ
2)
は常に有界であり,G
は定義可能である.X
が非 コンパクトの場合はG
を形式的に定義することにする.定理
2.3 (Friedrich[6]). ( P (X), G)
は以下の性質を満たす;
(1) G
の断面曲率は一定で,その値は1/4
.(2)
向きを保つ微分同相群Diff
+(X)
は( P (X), G)
に等長的に作用する.また,X
がコンパク トのとき,この作用は推移的である.(3) (P (X), G)
は測地的に完備でない.次に
Shannon
のエントロピーを定義する.これは,ある事象に対してそれがどれほど起こりにくいかを表す尺度のひとつである.
定義
2.4. X
上の正値確率測度µ = p dv
にたいしてH (µ) = E
µ[ − log p] = −
∫
X
p log p dv (2.2)
を
µ
のdv
に関するShannon
のエントロピーとよぶ.2.2
熱核(X, g)
を完備Riemann
多様体,∆
をX
上のLaplace
作用素とする.このとき,偏微分方程式∂u
∂t + ∆u = 0 (u ∈ C
∞( R
+× X)) (2.3)
を熱方程式という.定義
2.5.
次の条件を満たす関数H(t, x, y) ∈ C
∞(R
+× X × X)
を(X, g)
の熱核とよぶ; i) H(t, x, y) = H(t, y, x) > 0,
ii) ( ∂
∂t + ∆
x)
H(t, x, y) = 0,
iii) H(t, x, y) dv(y)
はt → +0
のとき,Dirac
測度δ
x(y)
に収束する, iv) H(t + s, x, y) =
∫
z∈X
H(t, x, z) H(s, z, y) dv(z).
初期条件
u(0, x) = f (x) ∈ C
∞(X)
を伴う熱方程式(2.3)
の解はu(t, x) =
∫
y∈X
H(t, x, y) f (y) dv(y)
で与えられる.初期条件が恒等的に
1
に等しい関数のとき,熱方程式の解もまた恒等的に1
に等し い関数となる.つまり,任意のx ∈ X
に対し∫
y∈X
H(t, x, y) dv(y) = 1
が成り立つ.定義
2.6.
写像ϕ
t: X 3 x 7→ H(t, x, y) dv(y) ∈ P (X)
をX
上の熱核写像とよぶ.2.3 Poisson
核(X
n, g)
をn
次元Hadamard
多様体(つまり完備,単連結,非正曲率)とする.X
上の単位速度半開測地線の全体に次の同値関係
∼
を定義する;
γ
1∼ γ
2(漸近同値)⇐⇒ d(γ
1(t), γ
2(t))
がt
に関して上に有界.この同値関係
∼
で類別した商空間をX
の理想境界とよび,∂X
と書く.基点x
0∈ X
をひとつ固 定することにより,∂X
は半径1
の球面S
n−1(1) ⊂ T
x0X
と同一視できる.古典的
Dirichlet
問題の類推として,無限遠Dirichlet
問題が考えられる.つまり,境界条件f ∈ C
0(∂X)
にたいして∆u = 0, u |
∂X= f (2.4)
を満たす関数
u ∈ C
∞(X) ∩ C
0(X ∪ ∂X)
を求める問題である.(X, g)
が負曲率Hadamard
多様体のとき,境界条件にたいして,(2.4)
の解は一意的に定まることが知られている
[10]
.定理
2.7 (Andersen, Sullivan). (X, g)
を断面曲率が− b
2≤ K
X≤ − a
2< 0
を満たすHadamard
多様体とする.このとき,x
0∈ X
に対して,次を満たす関数P (x, θ)
が一意的に定まる;
i) θ ∈ ∂X
にたいし,P ( · , θ) ∈ C
0(X ∪ ∂X \{ θ } ), ii) P ( · , θ)
はX
上の正値調和関数,
iii) P (x
0, θ) = 1, iv) lim
x→θ0
P (x, θ) =
{ ∞ (θ
0= θ), 0 (θ
06 = θ).
さらに,境界条件
f ∈ C
0(∂X)
にたいして(2.4)
の解は次の積分表示により一意的に与えられる; u(x) =
∫
θ∈∂X
P (x, θ) ψ(θ) dθ. (2.5)
ただし,
dθ
は同一視∂X ' S
n−1(1) ⊂ T
x0X
の下,S
n−1(1)
の標準的な単位体積要素である.定義
2.8.
定理2.7
の条件i)
〜iv)
及び(2.5)
式を満たす関数P (x, θ)
をx
0∈ X
で正規化されたPoisson
核とよぶ.∂X
上恒等的に1
に等しい関数を境界条件とする(2.4)
の解は,明らかにX ∪ ∂X
上恒等的に1
に等しい関数である.つまり,任意のx ∈ X
に対し∫
∂X
P(x, θ) dθ = 1
が成り立つ.定義
2.9. ϕ : X 3 x 7→ P(x, θ) dθ ∈ P (∂X )
をPoisson
核写像をよぶ.2.4 Busemann
関数定義
2.10. (X, g)
をHadamard
多様体とする.x
0∈ X
を基点とするX
上のBusemann
関数B(x, θ)
をB(x, θ) = lim
t→∞
(d(x, γ
θ(t) − t)) (2.6)
で定義する.ただし,
γ
θ は[γ
θ] = θ ∈ ∂X
を満たすx
0を始点とする単位速度半開測地線である.b
t(x, θ) = d(x, γ
θ(t)) − t
とおく(つまり,lim
t→∞b
t(x, θ) = B(x, θ)
となる).距離関数の変分 公式[13,
系2.3, p.119]
より,v ∈ T
xX
に対しvb
t(x, θ) = −h v, γ
x,γ0 θ(t)(0) i (2.7)
となる.ただし,γ
x,γθ(t)(s)
はx
を始点とし,γ
θ(t)
を通る単位速度半開測地線である.(2.7)
の右 辺はt → ∞
のとき,x
に関して局所一様収束する(詳細は[13, p.301]
を参照のこと).したがっ て,x
に関する微分とt
に関する極限操作は交換可能であり,次の補題が成り立つ.補題
2.11.
grad
xB(x, θ) = − γ
x,θ0(0). (2.8)
ただし,γ
x,θ(t)
はx
を始点し[γ
x,θ] = θ
となる単位速度半開測地線である.特に,|grad
xB(x, θ)| = 1
が成り立つ.(X, g)
の向きを保つ等長変換ψ
にたいして,ψ(θ) = [ψ ◦ γ ]
と定義すると,これは代表元γ
の とり方に依らず定まる.つまり,等長変換群Isom
+(X, g)
は∂X
に作用する.この作用に関して,Busemann
関数は次の変換公式を満たす.補題
2.12. ψ ∈ Isom
+(X, g)
にたいし,次が成り立つ;
B(ψ(x), θ) = B (x, ψ
−1(θ)) + B(ψ(x
0), θ). (2.9)
2.5
調和多様体定義
2.13. (X, g)
を完備Riemann
多様体とする.任意のp ∈ X
に対し,p
のまわりの正規座標 系に関する体積密度関数ω
p:= √
|det(g
ij)|
が動径関数ω
p(q) = ω(d(p, q))
となるとき,(X, g)
は 調和的という.また,X
の熱核が動径関数H(t, x, y) = H(t, d(x, y))
となるとき,(X, g)
は強調 和的という.注意
2.14.
一般に,強調和的ならば調和的である.単連結な多様体については調和的であることと強調和的であることは同値である
[12, Theorem 1.1]
.2.6 Damek-Ricci
空間Damek-Ricci
空間とは一般Heisenberg
群とよばれる冪零Lie
群を1
次元拡張した可解Lie
群に左不変
Riemann
計量を備えたものであり,調和的Hadamard
多様体である(詳細は[2]
を参照).(n, [ · , · ]
n)
を2
ステップ冪零Lie
環,h· , ·i
nをn
の内積とする.z
をn
の中心とし,その直交補空 間をv
と書く.Z ∈ z
に対し,線形写像J
Z: v → v
をh J
ZX, Y i
n= h Z, [X, Y ]
ni
n(X, Y ∈ v)
で定義する.定義
2.15.
任意のZ ∈ z
に対し,(J
Z)
2= −| Z |
2id
vが成り立つとき,n
を一般Heisenberg
代 数とよぶ.一般Heisenberg
代数をLie
環とし,h· , ·i
n から定まる左不変計量をもつ単連結Lie
群N
を一般Heisenberg
群とよぶ.一般
Heisenberg
群N
は単連結冪零Lie
群である.したがって,exp
n: n → N
は微分同相であ る.N ' v × z
と同一視するとき,N
の群構造は(X, Z ) · (X
0, Z
0) = (
X + X
0, Z + Z
0+ 1
2 [X, X
0]
n)
(X, X
0∈ v, Z, Z
0∈ z)
で与えられる.一般
Heisenberg
代数n
に対し,ベクトル空間s := n ⊕ R
に括弧積[ · , · ]
sと内積h· , ·i
s を次式で 定義する;
[(X, Z, l), (X
0, Z
0, l
0)]
s= ( l
2 X
0− l
02 X, lZ
0− l
0Z + [X, X
0]
n, 0 )
, h (X, Z, l), (X
0, Z
0, l
0) i
s= h X, X
0i
n+ h Z, Z
0i
n+ ll
0.
Lie
環s
の導来イデアル[s, s]
sはn
に等しい.n
は冪零であるので,s
は可解Lie
環である.定義
2.16.
一般Heisenberg
代数n
に対し,上で定義される(s, [ · , · ]
s)
をLie
環とし,内積h· , ·i
sから定まる左不変計量
g
Sをもつ可解Lie
群S
をDamek-Ricci
空間とよぶ.指数写像
exp
s= exp
n× exp
によりS ' v × z × R
+と同一視すると,S
の群構造は(X, Z, a) · (X
0, Z
0, a
0) =
( X + √
aX
0, Z + aZ
0+
√ a
2 [X, X
0]
n, aa
0)
.
で与えられる.定理
2.17. Damek-Ricci
空間(S, g
S)
は調和的Hadamard
多様体である.また,その理想境界∂S
はN
と同一視できる.注意
2.18.
負曲率のDamek-Ricci
空間は階数1
非コンパクト型対称空間C H
N, H H
N, O H
2のい ずれかである[5]
(R H
N も特別な場合として含む).3
調和多様体の熱核と情報幾何この節では定理
1.2
と定理1.3
の証明について述べる([7]
も参照のこと).(X, g)
をn
次元調和的Hadamard
多様体とする.Fisher
情報計量G
のϕ
tによる引き戻しは次 式で与えられる;
ϕ
∗tG(v, v) =
∫
y∈X
(v log H(t, x, y))
2H(t, x, y) dv(y) (v ∈ T
xX).
X
は強調和的であるので,距離関数の変分公式よりv log H(t, x, y) = ∂H
∂r (t, r) · ( −h v, u i )
となる.ただし,
r = d(x, y)
,u ∈ T
xX
はx
を始点としy
を通る半開測地線の初期ベクトルであ る( | u | = 1)
.x
を中心とする測地座標系をとると,dv = Ω(r)dr dv
Sn−1(1)と書くことができ,調 和多様体の性質からΩ(r)
は中心x
の選び方に依らない.したがって,ϕ
∗tG(v, v) =
∫
∞0
( ∂H
∂r (t, r) )
2Ω(r) dr
∫
u∈Sn−1(1)
h v, u i
2dv
Sn−1(1)となる.右辺は
v ∈ T
xX
に依らないことから,ϕ
∗tG = C(t) g
となることがわかる(定理1.2
).次に
ϕ
∗tG
のg
に関するトレースをとる; (n C (t) = ) trace
g(ϕ
∗tG) =
∫
y∈X
| grad
xlog H(t, x, y) |
2H(t, x, y) dv(y). (3.1)
強調和的という性質から|grad
xlog H(t, x, y)| = |grad
ylog H(t, x, y)|
となることがわかる.ま た,熱核の性質(定義2.5 ii
)から,log H(t, x, y)
は|grad
ylog H(t, x, y)|
2= (
∆
y+ ∂
∂t )
log H(t, x, y) (3.2)
を満たす.(3.2)
を(3.1)
に代入するとtrace
g(ϕ
∗tG) =
∫
y∈X
(
∆
ylog H · H + ∂H
∂t )
dv(y) =
∫
y
∆
ylog H · H dv
さらに,
Green
の公式を適用すると=
∫
y
log H · ∆
yH dv + lim
ρ→∞
∫
∂B(x;ρ)
∂H
∂r (log H − 1) ι (
∂∂r
) dv (3.3)
を得る.熱核の性質から
H(t, r)
はr
に関してある種の急減少性を満たすと考えられる.よって,(3.3)
式の第2
項が消えることが予想される.実際にX
がDamek-Ricci
空間のときは熱核H
の評価式
[1, (5.9) Theorem]
および| grad
xH |
の評価式[1, (5.49) Corollary]
を用いることにより(3.3)
式の第2
項は消えることがわかる.したがって,n C (t) =
∫
y∈X
log H · ∆
yH dv(y) = −
∫
y
log H ∂H
∂t dv = ∂
∂t (
−
∫
y
log H · H dv
)
を得る(定理
1.3
).例
3.1. n
次元Euclid
空間の熱核はH(t, x, y) = (4πt)
−n/2exp (
− | x − y |
24t
)
で与えられ,相似定数は
C(t) =
2t1 である.また,Shannon
のエントロピーはH (ϕ
t(x)) = n
2 (log(4πt) + 1)
となる.4 Damek-Ricci
空間のPoisson
核定理
1.1
が成り立つための本質的要因はDamek-Ricci
空間のPoisson
核がBusemann
関数を用 いてP (x, θ) = exp ( − c B(x, θ)) (c ∈ R , c > 0) (4.1)
と書けることである.まず,(4.1)
式からどのようなことが言えるか述べた後,Damek-Ricci
空間 のPoisson
核について述べる.以下では,
(X, g)
をHadamard
多様体とし,P (x, θ), B(x, θ)
をそれぞれx
0∈ X
を基点とするPoisson
核,Busemann
関数とする.Isom
+(X, g)
がX
の 理 想 境 界∂X
に 作 用 す る こ と を2.4
節 の 終 わ り で 述 べ た .ま た ,Isom
+(X, g)
は引き戻しとしてP (∂X)
にも作用する.この作用に関して次の変換公式が成り立つ.
補題
4.1. Poisson
核が(4.1)
式で与えられるならば,ψ ∈ Isom
+(X, g)
にたいしてPoisson
核お よび定理2.7
で述べた∂X
上の単位体積要素dθ
は次を満たす;
P (ψ(x), θ) = P (x, ψ
−1(θ)) P (ψ(x
0), θ), (4.2) (ψ
−1)
∗dθ = P (ψ(x
0), θ) dθ. (4.3)
証明. (4.2)
は補題2.12
から明らかである.ψ ∈ Isom
+(X, g)
にたいして,f, f ◦ ψ ∈ C
0(∂X)
を境界条件とする無限遠Dirichlet
問題の解u, v
はそれぞれu(x) =
∫
θ∈∂X
P (x, θ) f (θ) dθ, (4.4)
v(x) =
∫
θ∈∂X
P (x, θ) f (ψ(θ)) dθ (4.5)
で与えられる.また,初期条件の定め方より
v = u ◦ ψ
である.つまり,(4.2)
よりv(x) =
∫
θ∈∂X
P(ψ(x), θ) f(θ) dθ
=
∫
θ∈∂X
P(x, ψ
−1(θ)) P (ψ(x
0), θ) f (θ) dθ. (4.6)
ここで(4.5)
をθ
1= ψ(θ)
と変数変換し,θ
1を改めてθ
と書くとv(x) =
∫
θ∈∂X
P(x, ψ
−1(θ)) f (θ) ( ψ
−1)
∗dθ (4.7)
を得る.
(4.6)
と(4.7)
を比較することにより(4.3)
を得る. (証明終わり)定理
4.2. (X, g)
を等質Hadamard
多様体とし,そのPoisson
核は(4.1)
で与えられると仮定す る.このとき,Poisson
核写像ϕ : X → P (∂X )
は相似的埋め込みとなり,ϕ
∗G = c
2n g
を満たす.証明
.
補題4.1
から,等長変換とPoisson
核写像は次の意味で可換であることがわかる;
(ψ
−1)
∗◦ ϕ = ϕ ◦ ψ (ψ ∈ Isom
+(X, g)). (4.8)
また,Isom
+(X, g)
は( P (∂X), G)
に等長的に作用する(定理2.3
)ので,X
が等質であるという 仮定から基点x
0でのみ考えればよい.補題2.11
より,任意のv ∈ T
x0X ( |v| = 1 )
にたいしてϕ
∗G(v, v) =
∫
∂X
(v log P ( · , θ))
2P (x
0, θ) dθ
=c
2∫
∂X
(vB( · , θ))
2dθ
=c
2∫
u∈Sn−1(1)
h v, u i
2dθ
= c
2n
(4.9)
となる. (証明終わり)
最後に,
Damek-Ricci
空間(S, g
S)
のPoisson
核について結果だけを簡単に述べる.Cygan[3]
は
S
上のPoisson
核がP
a(n) = ca
Q{( a +
14| x |
2)
2+ | z |
2}
Q(a > 0, n = (x, z) ∈ v × z)
と書けることを主張した.ただしc
は∫
n∈N
P
a(n) dn = 1
を満たす定数である.また,Q =
dimv
2
+ dim z
.さらに,Damek[4]
はこの関数P
が∆P = 0, (4.10)
a
lim
→0f ∗ P
a(n) = f (n) (f ∈ L
p(N )) (4.11)
を満たすことを示した.ただし,
f ∗ P
a(n) = ∫
m∈N
P
a(nm
−1) f(m) dm
.つまり,(4.10), (4.11)
はP
がS
上の無限遠Dirichlet
問題の基本解となることを意味する.S
上の測地線の表現公式[2, p.93, Theorem 1]
および距離関数の公式[2, p.108, Proposition 1]
を用いて,S
上のBusemann
関数を計算することにより,次を得る.定理
4.3 (Itoh-S[8]). Damek-Ricci
空間S
のPoisson
核とBusemann
関数は関係式(4.1)
を満た す.ただし,c = Q
であり,これはS
の体積エントロピーに等しい.定理
4.2
と定理4.3
から,定理1.1
を得る.参考文献