高性能EB-PVDコーティングの応力と強度評価
課題番号 17560068平成1 7年∼平成1 8年度科学研究費補助金
(基盤研究(C)研究成果報告書
平成19年3月
研究代表者 鈴木 賢治
新潟大学教育人間科学部教授
はしがき
ガスタービンの高温燃焼と高信頼性を目的として基板を回転させながら電子ビーム物理蒸着 (Electron Beam-Physical Vapor Deposition)法で成膜した遮熟コーティングの応力と強度評価に ついて研究を行った. EB-PVDによるジルコニア遮熟コーティングは複雑かつ強い配向組織のた 糾こ,従来のX線応力測定法が適用できない.本研究では,このような配向膜の残留応力測定方法 を確立した.また,高エネルギー放射光を利用して,コーティング内の残留応力分布,高温酸化に よる残留応力分布の変化,熟サイクルをに伴う内部応力の変化挙動を解明した.これらの結果か ら,回転成膜をしないジルコニア膜は,大きな圧縮残留応力によりコーティングの破壊が促進さ れること,回転成膜速度が0, 5, 10, 20rpmの順で圧縮残留応力が低下することが明らかとなった. また,熟サイクルによる内部応力の変化を基板回転法により低減できることも5rpmおよびIOrpm の熟サイクル実験から得られた.さらに,走査電子顕微鏡観察とⅩ線回折を利用して, EB-PVD ジルコニアの柱状組織の構造を明らかにした. 研究組織 研究代表者:鈴木 賢治(新潟大学教育人間科学部教授) 交付決定額 (金額単位:円) 直接 経 費 間 接経 費 合 計 平成 17 年 軍 1 ,60 0 ,000 0 1 ,60 0 ,0 00 平成 18 年 度 1 ,10 0 ,000 0 1 ,10 0 ,0 00 総 計 2 ,7 00 ,000 0 2,7 00 ,00 研究発表 学会誌等 .鈴木賢治,松本-秀,久保貴博,町屋修太郎,田中啓介,秋庭義明,高エネルギー放射光によ るEB-PVD遮熟コーティングの残留応力分布の解析,日本機械学会論文集, A編, Vol. 71, No.711, pp. 1523-1529 (2005-ll).
。鈴木賢治,川村昌志,菖蒲敬久,田中啓介,秋庭義明,曲面上の遮熟コーティングの残留応 力と変形特性,材料Vol. 55, No.7, pp. 634-640 (2006-7).
K. Suzuki, K. Tanaka and T. Shobu, Residual Stress in EB-PVD Thermal Barrier Coatings, Materials Science Forum, Vol. 524-525, pp. 879-884 (2006-9).
。鈴木賢治,和田国彦,松原秀彰,菖蒲敬久,川村昌志,田中啓介EB-PVDによる遮熟コーティ ングの残留応力のⅩ線評価,材料, Vol. 56, No.7, (2007-7)印刷中.
K. Suzuki and K. Tanaka, Evaluation of residual stress distribution and deformation char-acteristics of thermal barrier coatings using hard synchrotron X-rays, Journal of Neutron Research, Vol. 15, (2007), in printing.
口頭発表
.鈴木賢治,川村昌志,町屋修太郎,田中啓介,秋庭義明,曲面上の過熱コーティングの残留 応力解析,第40回X線材料強度に関するシンポジウム(2005/9/8,京都).
K. Suzuki and K. Tanaka, Evaluation of Residual Stress Distribution and Deformation Characteristics of Thermal Barrier Coatings Using Hard Synchrotron X-Rays, MECA SENS III (2005/10/17, Santa Fe, USA).
。鈴木賢治,田中啓介,秋庭義明, X線による遮熟コーティングの材料特性と応力評価,日本 機械学会M&M2005材料力学カンファレンス, (2005/ll/4,福岡)・ .鈴木賢治,松原秀彰,和田国彦,菖蒲敬久,川村昌志,田中啓介EB-PVDによる遮熟コーティ ングの残留応力特性,日本材料学会第55期学術講演会(2006/5/27,長岡). 。鈴木賢治,和田国彦,松原秀彰,菖蒲敬久,川村昌暴田中啓介, X線によるEB-PVDによる 遮熟コーティングの残留応力評価,第41回X線材料撮度に関するシンポジウム(2005/7/13, 京都).
K. Suzuki, K. Tanaka and T. Shobu, Residual Stress in EB-PVD Thermal Barrier Coatings, ECRS-7 (2006/9/13, Berlin).
。鈴木賢治, EB-PVDジルコニア遮熟コーティングの応力評価, SPring-8利用者懇談会放射 光応力・ひず申評価研究会, (2007/3/13, SPring-8).
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目次
第1章 非回転基板成膜EB-PVD遮熟コーティングの残留応力分布の解析 3 1.1 緒 言 3 1.2 応力解析方法 ‥‥ ‥‥.‥. ‥‥.‥‥.‥ . ‥ ‥ .‥ ‥ ‥.. 4 1.3 実験方法‥.‥‥‥‥‥.‖‥‥.‥‥...‥.‥‥‥‥‥ 5 1.3.1 試験片およびコーティング‥‥ ‥ ‥. ‥‥‥ ‥ ‥ ‥. . ‥ ‥ 5 1.3.2 ラボX線による面内応力の測定.‥.‥.‥‥‥‥.‥.‥‥. 6 1.3.3 高エネルギーX線による面外ひずみ測定. ‥ ‥ ‥. ‥ 6 1.4 実験結果および考察 ‥‥‥‥‥‥‥.‥.‥.‥‥.‥‥‥‥ 6 1.4.1 EB-PVDコーティングの微視的観察 ‥‥‥‥.‥‥.‥‥. 6 1.4.2 ラボX線による面内応力分布.‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 7 1.4.3 高エネルギー放射光による面外ひずみ解析 ‥.‥‥.‥.‥‥‥. 9 1.5 結 呂 ‥..‥‥‥.‥‥‥‥‥‥ ‥‥ 12 第2章 表面の残留応力の解析 15 2.1緒言 ‥‥.‥‥.‥.‥‥‥‥‥‥.‥‥‥‥‥‥.‥‥ 15 2.2 実験方法‥ . ‥ . ‥ ‥ ‥‥‥‥ ‥‥ ‥ ‥ . ‥ . . ‥ ‥ . ‥ . ‥ 15 2.2.1材料およびコーティング‥‥‥‥‥‥.‥‥‥‥‥‥‥. 15 2.2.2 X線応力測定 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥.‥‥‥‥‥.‥ 16 2.3 実験結果および考察..‥.‥.‥.‥.‥‥.‥‥‥‥‥‥‥. 17 2.3.1 EB-PVDコーティングの観察 ∴ ‥ 17 2.3.2 コーティングの配向特性.‥.‥..‥‥‥‥‥‥.‖‥‥. 19 2.3.3 コーティングの残留応力 ‥.‥‥‥‥‥.‥‥.‥.‥.‥. 20 2.4 結言 ‥‥.‥‥‥‥.‥.‥‥.‥‥‥‥‥.‥‥‥‥‥ 22 第3章 EB-PVD遮熱コーティングの残留応力分布解析 25 3.1緒言 ‥. ‥ ‥.‥‥‥‥‥‥‥.‥ ‥‥‥‥ ‥‥ ‥‥ ‥ 25 3.2 実験方法‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥.‥‥‥.‥‥‥‥‥‥. 25 3.2.1 試験片およびコーティング.‥.‥‥‥.‥.‥‥‥‥ ‥‥. 25 3.2.2 ラボⅩ線応力測定.‥‥‥‥‥‥‥.‥..‥..‥‥‥ 26 3.2.3 放射光X線応力測定.‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥.‥.‥. 26 3.3 実験結果および考察 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 28 3.3.1面内方向応力分布‥.‥.‥‥‥.‥‥‥.‥..‥‥..‥ 28 3.3.2 面外方向応力分布‥.‥‥.‥‥.‥‥‥‥‥‥‥‥‥. 29 3.3.3 トップコートの結晶成長観察 ‥‥.‥‥‥‥.‥‥‥.‥‥ 31 3.4 結言 ‥‥‥‥‥‥.‥‥‥.‥‥‥.‥‥‥‥‥‥.‥. 33 第4章 高温酸化したEB-PVD遮熟コーティングの残留応力分布解析 35 4.1緒言..‥‥.‥‥‥‥‥‥‥‥.‥.‥‥‥‥‥‥‥‥ 35 4.2 実験方法‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥.‥‥‥‥...‥‥.‥ 35 4.2.1 コーティングおよび高温酸化.∴‥‥‥.‥‥‥‥‥‥.‥ 352 4.2.2 ラボX線応力測定.‥.‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 36 4.2.3 放射光X線応力測定 ‥‥‥‥‥‥.‥‥.‥‥‥‥‥‥ 37 4.3 実験結果および考察 ‥‥.‥.‥.‥‥‥.‥‥‥‥..‥.‥. 38 4.3.1面内残留応力分布‥‥‥‥‥.‥‥.‥.‖‥‥.‥‥‥ 38 4.3.2 面外残留応力分布‥‥‥‥‥‥‥.‥.‥.‥‥‥.‥‥ 39 4.3.3 酸化したEB-PVDコーティングの観察‥‥‥‥‥‥‥‥.‥. 42 4.4 結言 ‥‥‥‥‥‥.‥‥.‖‥‥..‥‥‥...‥‥.‥. 44 第5章 熟サイクルによるEB-PVD遮熟コーティングの内部応力変化 47 5.1緒言.‥‥‥.‥‥.‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥.‖‥‥. 47 5.2 実験方法‥.‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥..‥.‥. 47 5.2.1材料および高温測定.‥.‥.‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥. 47 5.2.2 高エネルギーⅩ線測定 ‥.‥‥‥.‥‥.‥‥‥‥‥‥‥ 48 5.3 実験結果および考察 ‥‥.‥‥.‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 49 5.3.1 高温X線回折 ‥‥‥‥‥‥.‥.‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 49 5.3.2 熟サイクルによる内部応力‥‥‥‥.‥.!‥..‥‥‥‥‥ 51 5.4 結言.‥.‥‥‥‥..‥‥.‥‥‥‥‥‥.‖‥‥.‥‥ 54 謝辞 57
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第1章 非回転基板成膜EB-PVD遮熟コーティン
グの残留応力分布の解析
1.1 緒 言
ガスタービンエンジンの遮熱コーティングとして電子ビーム物理蒸着法(EB-PVD: electron beam-physical vapor deposition)法が期待されている. EB-PVD法は,基材にまずポンドコート
を施し,ついでジルコニアインゴットに電子ビームを当て,遊離したジルコニアをポンドコート 面に蒸着させる方法である.近年は,成膜速度の上昇もあり経済的にも実用化が期待されている. EB-PVD法によるジルコニア膜は,成膜方法をコントロールすることにより多様な結晶成長が可 能であり,コーティング膜に様々な特性を付与することも期待されている[1].このた軌EB-PVD ジルコニアはナノコーティング技術として注目されている[2]. ところで, EB-PVI)遮熟コーティングについては,プラズマ溶射コーティング法と比較して研 究も少なく不明な点が多い. EB-PVDジルコニア膜の残留応力を把握することは,強度,信頼性 の評価に欠かせないが, EB-PVDジルコニア膜の残留応力についての研究は少ない. Johnsonら は各種コーティング膜めヤング率と残留応力およびせん断強度について検討し,残留応力とコー ティング膜の機械的特性を明らかにしている[3].しかし,彼らの研究においては膜厚方向の残留 応力の分布については触れておらず,深さ方向への面内,面外応力の分布は不明である. 非破壊的方法で膜厚方向の残留応力を測定する有力な方法は,シンクロトロン放射光の高上ネ ルギ-X線である.高エネルギーX線は,ジルコニアに対して大きな侵入深さを持ち,かつ高輝 度であるた糾こ材料深部の応力状態を測定できる唯一の方法として注目され. W.これまでsin V 法を主とした方法により,遮熟コーティングの残留応力測定の研究が進められている匝-7】.また, 従来のsin tjj法に比較し効率よく深部のひずみ測定が可能な方法として,ひずみスキャニング法 がある[8].しかし,高エネルギー放射光によるEB-PVD膜の応力測定には, EB-PVDの配向特 性を考慮した残留応力解析方法が必要であり,それはまだ未確立である. 本研究では,面内方向の残留応力を逐次研磨して研究室の回折装置でCト∬α線(以下,ラボX 線と表記する)により測定し,面外方向のひずみをシンクロトロン放射光の高エネルギーX線で ひずみスキャニング法にて非破壊的に測定して,配向性をもつEB-PVD遮熟コーティング膜の残 留応力分布の解析を行った.
4 第1章 非回転基板成膜EB-PVD遮熟コーティングの残留応力分布の解析
Figure 1.1: Coordinate system for stress measurement.
1.2 応力解析方法
試験片のコート面を基準に,図1.1のように応力とひずみの成分をとると3軸応力の関係は次式 で与えられる.El -去[<7!-V(<J2+0-3)]
E2 -去[cr2-v(ai+<73)]
E3 -去[(73-V((TI+(72)]
1.1 後述するようにEB-PVDコーティングの面内の残留応力測定結果から,面内応力成分は等2軸応 力状態(<Tl -(72)が仮定できる.また,表面では平面応力状態が成り立ち cr3 -0より表面での 面外方向のひずみS3(0)は,表面(*-o)の面内応力vi(0)を用いると・3(0) -一芸*i(0) (1.2)
で与えられる.本研究では,面内応力ai(z)の膜厚方向での分布はラボX線を用いたsin*車法に より逐次研磨して測定する. 一方,高エネルギーX線によるひずみスキャニング法を用いて,面外方向の格子面間隔を測定し, 面外ひずみE3を得る.つまり,面外ひずみesWは,面外方向の格子面間隔d(z)を測定すれば,esW -
d(z) - do 1.3 年より測定できる. doは無ひずみの格子面間隔である.格子面間隔dと回折角Oは,以下のブラツ グの条件で与えられる.d-孟 (1.4)
ただし,人はX線の波長である.面外ひずみE3を計算するために必要な無ひずみの格子面間隔do は,コーティング表面(2-0)において前述の関係を用いて db- E E-2i/(Ti(0) 2sinO2=o 1.5 から計算した.ただし'2=。は,ひずみスキャニング法で測定した表面の回折角である.また, *i(0)はラボX線測定により表面で求めた面内応力の値である. 以上により,面内応力の分布ai(z)と深さ方向の面外ひずみの分布*3Mが得られれば,面外応 力の分布(73(z)は,(73GO - Ee3(z) +2vai{z)
で与えられる.
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1.3.実験方法
Table 1.1: Conditions for laboratory X-rays.
C h aracteristic X 一rays C r■∬α T ube voltage 30 kV 恥 be current 20 m A F ilter Ⅴ D iffractions Z rO 2 133 + 331 D iffraction angle 20q 153.86
Scanning angle 2β 150 159 deg Scanning step 0.1 deg′step P reset tim e 4 sec sin ib 0 0.7,0.05 step Stress constant K 一192 M P a′deg
1.3 実験方法
1.3.1 試験片およびコーティング 板厚2mmのSUS304の基材の上にNiCoCrAIYを減圧プラズマ溶射してポンドコートとした. なお,高温酸化,熱サイクルなどでは基材からの拡散があり,基材の材質は実機に近いものを用 いる必要があるが,本研究ではコーティング後のEB-PVD膜の残留応力の測定,解析の基礎的研 究を行うことを目的とし,基材の材質としてSUS304を用いた.ボンドコートの厚さは,約0.14 mmである.ポンドコートの上に,トップコートとして8mass%Y203-Zr02をEB-PVD法によ り成膜した. EB-PVDによる成膜時の基材温度は, 1143Kとした.断面観察により測定したトッ プコートの厚さは,平均で0.32mmであった. 残留応力解析にはトップコートの機械的性質の測定が必要である.トップコート単体の膜を作 製するために,電解研磨で基材を除去しようとしたが,電解研磨中にトップコートが破壊してトッ プコート膜単体の取り出しは困難であった.そのため, EB-PVDトップコート面をパフ研磨して ナノインデンテーション法によりヤング率の測定を行った[9].圧子はバーコピッチ圧子を用い, トップコート面をパフ研磨した後, 300/zNから1800fiNまで300fiNの間隔でトップコート深 さ方向に押込み,各負荷レベルで3回測定を行いヤング率を求めた.そのすべてを平均した結果, ヤング率Eとして123GPaを得た.なお,ポアソン比Uは0.3と仮定した.これらの値は, Ⅹ線 応力測定に用いた.理論的弾性定数を求めることは困難であり,便宜的に本研究では結晶の弾性 異方性はないものとし,面内・面外方向のヤング率を同等と仮定した.また, EB-PVD膜の面内 と面外方向との機械的ヤング率に差があることが考えられる.特に,柱状結晶が膜厚方向に成長 しているために面内方向での圧縮の機械的ヤング率は大きく,引張の機械的ヤング率は小さくな ると考えられる.しかし,後述のように測定された残留応力分布は圧縮が主であった.インデン テーション法によるヤング率は圧縮方向の弾性関係を表すので,本法により得られたヤング率を 用いて得られた応力も近似的億として妥当であると考えられる.6 第1章 非回転基板成膜EB-PVD遮熟コーティングの残留応力分布の解析
Table 1.2: Conditions for synchrotron X-rays.
W avelength 17.264 pm (71.793 keV ) D ivergent slit (m m ) 0.1 ×8 (hieght ×w idth ) R eceiving slit 1,2 (m m ) 0.1 ×8 (h ieght ×w idth) D ivergent angle of R S 0.0255 deg
D iffraction Z rO 2,333 D iffraction angle 26q 10.0389 deg
1.3.2 ラボX線による面内応力の測定
20-sin ip法により面内応力qlを測定した.そのX線応力測定の条件を表1.1に示す. EB-PVD されたジルコニア膜は配向特性を持ち,その優先方位もコーティング時の基材温度などの条件に依 存するので[10],前もって各車でのプロファイルを測定しガウス曲線で133および331回折ピー クを波形分離して sin妙法が利用できることをあらかじめ確認した. EB-PVD遮熟コーティングのqlの深さ方向の応力分布は,残留応力を導入しないよう に粒径 1〝mのダイヤモンドスラリーを用いてパフ研磨し,逐次表面除去した面をⅩ線応力測定して求 めた.なお,セラミックスの研削残留応力は,砥粒の径に比例して大き圧縮残留応力が生じるが, 1′皿粒径のダイヤモンドスラリーによるパフ研磨の場合は,ほぼ残留応力を導入することなく研 磨除去が可能である[11]. 1.3.3 高エネルギーX線による面外ひずみ測定 高エネルギー放射光X線による面外ひずみE3測定は,放射光施設SPring-8の産業用ビームライ ンBL19B2で行った.その測定条件を表1.2に示す.入射側スリットおよび受光側ダブルスリット によりゲージ体積を決定した.試料は,ゴニオメータの試料台にZ軸ステージをセットし,試料 をZ方向に移動させて逐次回折を測定した.測定した回折曲線をガウス関数で近似してピーク位 置を回折角2βとした.
1.4 実験結果および考察
1.4.1 EB-PVDコーティングの微視的観察 試験片の切断面の走査電子顕微鏡(SEM)写真を図五g:l-2 (a)に示す.図に示されるように,ジ ルコニアトップコートはポンドコート面から厚さ方向に有向性を持ちながら結晶成長している.そ の柱状結晶の径は小さく,その方向はやや傾きを持っている.トップコートには,顕著なき裂,気 孔および粒界の空隙はみられず,撤密な様相を呈しているが,ボンドコート界面付近では結晶方 位の乱れが多い. NiCoCrAIYポンドコートは, SEM写真に示されるように気孔などの欠陥はみられない.また, トップコートとボンドコートの界面は粗さがほとんどないが,ボンドコートと基材の界面はある程 度粗さがある.トップコートとポンドコートの界面には,明瞭な熟成長酸化物(thermallygrown oxide)などの層は見あたらない.7
1.4.実験結果および考察
(a) Cross section (b) Cracking in top coating
Figure 1.2: Scanning electron micrographs of EB-PVD coatings.
Figure 1.3: Diffraction profile at each tp angle.
一方,電解研磨によりボンドコートとトップコートとの界面部がくさび状に融解する.その際 にトップコートにき裂が発生し,トップコートの破壊が生じた.成膜したままのトップコート面 にき裂は存在せず,かつ破壊した破片の強度もあるので,この破壊は,電解研磨による残留応力 の解放で大きな変形が生じるためと考えられる. トップコート表面のき裂のSEM写真を図1.2 (b)に示す.一般に,面内方向の残留応力が引張 りであれば,き裂は開口する.しかし,トップコートのき裂は図に示されるように開口せず,面 外にせり出している様子がいたるところで確認された.き裂面は圧縮を受けてせん断破壊してい る様相に近く,このことから面内方向には大きな圧縮の残留応力があることが予測される. 1.4.2 ラボX線による面内応力分布 EB-PVD法によるジルコニアトップコート革,前節のSEM観察により配向膜であることがわ かった. EB-PVD遮熟コーティング膜の応力評価の重要な課題は,配向特性を持つ膜の応力評価
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第1章 非回転基板成膜EB-PVD遮熟コーティングの残留応力分布の解析
Figure 1.4: Separation of 133 and 331 diffraction.
Figure 1.5: 20-sin ib diagram.
方法である.本研究では, EB-PVDによる配向をもつ膜の面内応力測定にsin tp法を適用するこ とを試みる. その配向特性を明確にするために,回折プロファイルを測定した.その結果,ジルコニアトッ プコートは(111)の優先方位が強く,その他(110)優先方位も弱いながら認められた.応力測定に 使用するCi-Kα線によ、る133+331回折の各のこおけるプロファイルを図1.3に示す.配向の影 響で回折強度が変化しているが,各ゆで回折曲線が得られるので sinゆ法が適用できる可能性 がある.ただし, 133と331回折で強度が変化するので,回折2垂線のままではピーク決定はでき ず,それぞれの回折ピークに波形分離する必要がある. 実際に133と331の回折ピークをガウス関数で近似して波形分離した例を図1.4に示す.きれい に各回折ピークに分離されていることがわかる.そこで,各4,についてもガウス関数近似により 波形分離して20-sin2車線図を作成した. 図1.5にEB-PVDトップコートの20-sin2車線図を示す. 133回折および331回折に波形分離し た20-sin2車線図の勾配がほぼ同じ値を示していることから,波形分離の信頼性が評価できる.こ こでは,分離された133回折および331回折のピーク角度の相加平均からsmzip線図の勾配を計
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1.4.実験結果および考察
Figure 1.6: Distribution of in-plane stress in top coating.
算して,面内応力qlの値を得た.なお,試験片の表面におけるglおよびJ2の値を測定したとこ ろ,それぞれ-197MPaおよび-176MPaであり,面内応力は等2軸応力状態が成り立つ. 以上の方法により20-sin2車線図を作成して,深さ方向の面内残留応力の分布を測定した.ま た,表面除去による残留応力の再分布を考慮して補正を行った[12].その結果を図1.6に示す.表 面で大きな圧縮の残留応力があり,内部に向かってさらに大きな圧縮応力となる.しかし,深さZ がおよそ0.2 mmを過ぎる付近からボンドコートとの界面に向かい圧縮残留応力が急激に減少し ている.室温下のトップコートの残留応力測定の範囲での検討として,以下のように説明できる. ポンドコート表面から成長した初期のジルコニア結晶は任意の方位をもった種結晶からなり,結 晶の成長過程で膜厚方向に(111)方位の結晶が優先的に発達する.そのため,ボンドコート付近 ではジルコニアの結晶の乱れによる微小な空隙が生じ ひずみが吸収される.その結果,トヅプ コートの残留応力がボンドコート界面付近で減少すると考えられる.もし, EB-PVD法において (111)の結晶成長を一方向でなくランダム方向に成長を制御できれば,断熱性の付与と残留応力の 軽減ができることを示唆しおり,興味深い. トップコートの面内応力分布が圧縮側にあることと,前節のトップコートに発生するき裂が発 生して面外にせり出している様相とはよく対応している.また,成膜時の高温から冷却される過 程で基材より熟膨破係数の小さいジルコニアトップコートに圧縮の残留応力が測定されたことは, このことに合致する. 1.4.3 高エネルギー放射光による面外ひずみ解析 高エネルギー放射光により測定された回折曲線の例を図1.7に示す.これは,ゲージ体積中心が 表面より0.1mm深くなった所の結果である. 50秒の計数時間を設定して1000カウント以上を得 ており,十分な精度を確保している. Zr02の(111)配向をうまく利用することで,ひずみスキャ ニングが可能となる.つまりZr02の333回折は, (111)配向のた桝こ強い回折を示した.その結 果,ゲージ体積が試料表面下から深くても十分な回折強度が得られ,測定が可能であった.ひず みスキャニングのゲージ体横は小さく,また表面から深さ方向に沈み込むために,コーティング 深さ方向のデータを測定するには, Ⅹ線光源強度の十分得られるシンクロトロン放射光を利用す ることが必要である.また, (111)配向により511, 115回折のピークが現れないので,単一のガ ウス関数できれいに近似できる利点もある. 高エネルギーX線により測定したZrO2 333回折の回折角20とゲージ体積の深さZの関係を測
10 第1章 非回転基板成膜EB-PVD遮熟コーティングの残留応力分布の解析
Figure 1.7: Measured diffraction curve from ZrC>2 333 with hard synchrotron X-rays.
Figure 1.8: Di缶action angles measured by strain scanning method and corrected by taking account of surface effect.
定した結果を図1.8に示す.図1.8に示すように,測定された回折角2βが表面から内部に向かい 大きく変化している.これは,受光スリットの発散およびゲージ体積中のⅩ線侵入深さによる回 折強度の影響により,ゴこオメータの幾何重心とゲージ体積の回折強度の重心との位置が異なる た桝こ生じる誤差である.アナライザを利用して補正する方法についての報告[13]もあるが,ア ナライザによる強度の減衰が大きく回折強度が得られなかった.アナライザによるひずみスキャ ニング法には,アンジュレ一夕などの強い光源を利用する必要がある.本研究では,筆者らが提案 した表面効果による誤差を解析的に補正する方法[14]を使用した.補正を行った結果を図1・8に 併せて示した. 回折角から格子面間隔dを式(1.4)から得ることができる.試料表面(*-o)では平面応力状態 になるので,面外応力63が0になる.本研究では,式(1.5)により無ひずみの格子面間隔doを決 定し,そのd.を用いて面外ひずみeMの分布を式(1.3)により計算する.南外ひずみE3の分布 を図1.9に示す.トップコートには圧縮の残留応力があるために,概ね面外ひずみE3は正の値を
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1.4.実験結果および考察
Figure 1.9: Distribution of out-of-plane strain in top coating.
Figure 1.10: Distribution of residual stresses in top coating.
示している. 図1.6で測定された面内応力glおよび図1.9で得られた面外ひずみE3をもとに式(1.6)から面 外応力q3を計算した.その結果を図1.10に示す.図には,図1.6で示した面内応力qlの分布も 併せて示す.面外応力63の深さZ方向の分布をみると内部に向かい圧縮を示した後,面外方向の 残留応力はボンドコート界面近くで減少している.ただし,面内の圧縮残留応力に比較して大き な圧縮にはなっていない.つまり,はく離応力cr3は内部で圧縮を示すが,面内応力成分Jlより もその絶対値は小さく,ポンドコートとの界面付近で大きな引張を生じていないので,膜のはく 離には至っていない. 図1.10に示すように, EB-PVD遮熟コーティングの面内方向,面外方向の応力分布を比較する と,面内方向の大きな圧締残留応力が存在する.もし,トップコートの一部がはく離した時,面 内圧縮残留応力が解放され,それが変形を引き起こしてき裂が発生する.トップコートが冷却時 に圧縮残留応力で破壊する場合は,トップコート内部の面内圧縮残留応力の低減が必要である. EB-PVDに際して基材を回転させることにより,ジルコニアをうねりながら成長させることも可
12 参考文献 能である囲.このようなコーティングは,トップコ-`トの密度も小さく隙間が多いので,圧縮 残留応力を低減させ,かつ断熱効果も期待できる. 本研究では,界面からやや成長した所に大きな圧縮の面外応力が認められる.原因としては,結 晶方向の差異による微視的応力により,面外応力が生じている可能性がある.結晶方位がそろっ ている表面側では結晶方位差による微視的応力が生じにくい.また,結晶成長の方位が乱れて空 隙のある界面側では結晶同士があまりぶつかり合わず,微視的応力が生じにくい.これに対して, 界面からやや成長した付近では結晶成長の差異が大きく,それらのぶつかり合いも大きくなり,面 外方向の圧縮応力が大きくなると考えられる.いずれにしても今後,他の回折面方位による面外 応力の測定などの検討が必要である.
1.5 結 昌
ラボⅩ線および高エネルギー放射光Ⅹ線を組み合わせ, EB-PVDによる遮熟コーティングの残 留応力を解析した.得られた結果をまとめると以下のようになる. (1) EB-PVDによるジルコニアトップコーティングは(111)配向が支配的であり,その他(110) 配向も少し見られた.面内応力分布は, Cr-Kα線による133+331回折を波形分離して siir-t/;汰 にて測定できる. (2)面外応力分布は(111)配向による掛ユ回折を逆に利用して, 333回折によるひずみスキャニ ングを行った.解析的方法でひずみスキャニング法の表面効果の補正を行い, EB-PVD遮熱コー ティングの面外方向のひずみ分布が測定できる. (3)面内応力は表面から内部に向かい大きな圧縮を示し,ボンドコート界面近くで急激に減少し た.また,トップコートに生じるき裂は面内の大きな圧縮残留応力により開口せず,面外にせり 上がる様子が観察された. (4)面外応力分布は,内部に向かい圧縮を示した後,ボンドコート界面近くで減少している.し かし,面外の圧縮の残留応力は面内の圧縮残留応力よりも小さい.参考文献
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15
'第2章 表面の残留応力の解析
2.1 緒言
遮熟コーティング(TBC)方法の一つとして電子ビーム物理蒸着法(EB-PVD)がある. EB-PVD によるジルコニアコーティングは,断熟惟,耐熱サイクル性の優れているコーティングとして期 待されており, EB-PVDの研究が進められている[1,2]. EB-PVDによるTBCは,コーティング の条件により多様な組織形態をとる囲.最近では,ジルコニアの他にパフこアによる成膜も研究 されている 2-EB-PVDの強度評価については,高温酸化によるはく離等の損傷メカニズムに関する研究が主 で担,5],残留応力に関する研究は少なく[6,7].特に, X線法によりEB-PVDコーティングの残 留応力を評価した研究は少ない[8]. EB-PVDによるジルコニアの組織形態と残留応力との関係は 不明な点も多く,残留応力の評価方法を確立することは,成膜方法の改善とEB-PVDによるジル コニア膜の信頼性向上に不可欠である.筆者らは,前報において基板を回転させずにEB-PVDに より成膜した残留応力を測定した[8].非回転成膜によるジルコニアは. (Ill)面を基板と平行と する柱状晶をなし,残留応力は大きな圧縮を示した.基板の成膜温度・回転などにより柱状晶や 羽毛状などの組織形態をとり,複雑に変化するので[3].回転基板法によるEB-PVDジルコニア コーティングの成膜方法に対応した残留応力の評価方法を確立することが必要である. 本研究では, EB-PVDによる成膜時の基板回転数を変えた場合の膜の結晶,組織特性とその残 留応力を評価する方法について検討する.2.2 実験方法
2.2.1 材料およびコーティング 板厚2.8 mmのNi基超耐熱合金(IN738LC)の基材上にボンドコーティングとしてCoNiCrAIY を減圧プラズマ溶射した.ボンドコーティング厚さは,約0.18mmである.その上に,トップコー ティングとして4mol%Y203-Zr02をEB-PVDにて成膜した. 図2.1に示すように,電子ビーム出力45kWでジルコニアインゴットからジルコニアを遊離さ せ,基材を成膜中に毎分5, 10, 20回転させながらトップコーティングを成膜した. EB-PVDによ る成膜時の基材の予熱温度を1223 K,成膜時間を1500sとした.本研究では,それらの試験片を 基板回転数に対応してそれぞれR5, RIO, R20と呼ぶ.断面観察により測定したトップコーティン グ厚さは, R5で105 /zm, RIOで112 /zm, R20で126 /xmであった. コーティングの組鰍こついては,走査電子顕微鏡(SEM)および金属顕微鏡により観察した.ま た,結晶の方位などの特徴を検討するために極点図の作成も行った.13
参考文献
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16
第2章表面の残留応力の解析
Figure 2.1: Thermal barrier coating by EB-PVD method
Figure 2.2: Spinner mounted on ^ goniometer
2.2.2 X線応力測定 EB-PVDによるジルコニアトップコーティングは,後述するように面内方向および面外方向に も配向を持っている.そのため,一般のsin V法をそのまま適用して応力を測定することは困難 である.本研究では,面内方向で等2軸かつ平面応力状態を仮定し,回折ピークを測定できるよ うにスピーナ-で試料を試料法線まわりに回転させた.また,試料台にスピナーを組み込んで試 料をつけた様子を図2.2に示す.広い車角度を測定できる側傾法ゴこオメータを利用した.また, 試料の前に照射域を制限するために図2.2に示す高さ2mmの制限スリットを設け,ゆ角を720ま で傾けるられるようにした. 本研究のジルコニアは正方晶で,残留応力測定ではCr一gα特性X線によりZr02の133+331回 折を用いた.広範囲の4,角を利用するた釧こ側傾法によるsin ip法を適用することにした.回折 ピークは,任意の4,角で133+331の回折角が得られることはなく,主に30--72Cの範囲で十分 な回折強度が得られた.回折が得られる付近で車角を設定し,回折曲線を測定した.さらに,回 折線はガウス関数で近似した後, 133回折と331回折に波形分離し20-sin2中線図を作成した.具
17
2.3.実験結果および考察
Table 2.1: X-Ray conditions for stress measurement.
Sp ecim en R 5 R 10 R 20 R otation 5 rp m 10 rpm 20 rpm T ub e voltage 30 kV
T ub e current 30 m A
F ilter Ⅴ
O p tics P arallelb eam D ivergent angle 0.64 d eg Irradiated area 4 ×2 m m 2 S canning 2β 150 .5 158.5 P reset tim e 4 sec S canning step 0.1 deg′step Y oung s m odu lus 123 G P a P oisson s ratio 0.3
D i庁raction angle 2β 154.017 deg, (133+ 331 Stress constant - 189 M P a′deg
体的なⅩ線応力測定条件を表2.1に示す.前章のEB-PVD試験片と本章以降のEB-PVD試験片 は作製方法および装置が異なる.本章以降のEB-PVD Zr02はα-5.1087Åであり, Cの値はR5 でc=5.1518Å, RIOでc=5.1634A, R20でc=5.1790Åとなっている.本章および後章では, α- 5.1087Å c- 5.1634Aの格子定数を用いて,無ひずみの回折角2βO,応力定数ガを求めてい る. X線的弾性定数はナノインデンテーション法で測定した前章の値を利用した. EB-PVD膜は厚さも小さく膜単体を取り出すことができないため,機械的弾性定数を測定する ことは困難であった.本研究では, Ⅹ線弾性定数としてナノインデンテーション法により測定さ れたヤシグ率E-123GPaおよびポアソン比i/-0.3を便宜的に使用した[8].ただし,ナノイ ンデンテーションの寸法は大きいもので1辺0.5 〝m程度, X線応力測定の照射域は4 × 2mm2で あり,これらの測定領域には差がある.
2.3 実験結果および考察
2.3.1 EB-PVDコーティングの観察 遮熟コーティングの断面様相の一例として, R5の切断面のSEM写真を図2.3に示す.-基材と ボンドコーティングにも目立った欠陥はなく,ボンドコーティングの密着性を向上させるた糾こ ボンドコーティングと基材との界面には粗さがある.一方,ボンドコーティングとEB-PVDトッ プコーティングとの界面はほとんど粗さはなく,トップコーティングのジルコニアがボンドコー ティング面から柱状に結晶成長している.柱状晶の成長方向は,基材表面に対して完全な鉛直で なくやや傾斜している. 図2.4に各試験片のトップコーティングとボンドコーティングとの界面の様子を示す.ボンド コーティングから成長するEB-PVDジルコニアは小さい径の柱状組織である.基板回転数が速い ほど柱状組織の径が小さい傾向が伺える.また,基板回転数が5 rpmと10 rpmの試料R5, RIO は柱状組織がみられ.そのピッチを比較するとR5の方が長いので,節のピッチは回転数に対応し18 第2章 表面の残留応力の解析
Figure 2.3: Cross section of EB-PVD TBC (R5)
て形成されると考えられる.基板回転数が20rpmのR20の柱状組鰍こは,もはや明瞭な節はみ られない. 一方,各回転数によるEB-PVDコーティングの表面部についてSEM観察した写真例を図2.5 (a)- (<=)に示す.いずれのコーティングも柱状に成長した先端は,羽毛状の模様に見え,先端が 尖った形態を持つ.また,図2.5 (b)をよく観察すると三角形をした片鱗が先端部で成長・積層し ている様子がわかり,他でも同様である.図2.5 (c)を見ると,それらの横層結晶が周りの柱状組 縄と競合している様子もわかる.羽毛状に見える模様は,片鱗上に成長した結晶の堆軌こより作 られていることがわかる.このように基板を回転しながら作られたEB-PVDジルコニアは,結晶 が単純に柱状に成長したものでなく,微細な薄片状の結晶組織が配向を持ち堆模した複雑な組織 である. また,図2.4の柱状組織下部と図2.5の先端部を比較すると,柱状組織の先端部は大きな直径を
Figure 2.4: Photographs of EB-PVD zirconia near interface between top and bond coating
19
2.3.実験結果および考察
Figure 2.6: Pole figures of ZrO2 (111) by Cr-Kα line
持ち,ポンドコーティング界面から成長する過程で,各柱状の組織が競合しながら成長し,表面 部では結晶成長が早い組織が選択的に生き残っている.そのため,界面近くとコーティング表面 で,柱状晶の径に大きな差が生じており,結晶の配向なども変化しているものと考えられる. 2.3.2 コーティングの配向特性 前述のコーティング断面方向の観察結果から膜の成長形態を明らかにすることができた.薄片 状の堆積した組織の結晶の配向を調べるた桝こ,極点図による検討を行う.図2.6に各回転数で成 膜した試験片のCu一gαによるZrO2 (111)の極点図を示す.図中の矢印の方向が回転軸AD (図 2.1参照)の方向となる.各試験片により少々違いはあるものの. (Ill)が軸ADに対して士450 の方位を持っていることがわかる. さらに,トップコーティング表面をダイヤモンドペーストでパフ研磨して,金属顕微鏡で観察 した結果をFig. 7に示す.図2.7(a)に示すように,コーティング面の一部に粗大粒の成長した領 域が見られ,かつその近傍は微細な柱状組織が見られず,隙間が生じている.このような成膜の 欠陥は回転数にかかわらず観察された.このような粗大粒の成長は,遮熟コーティングとしては 改善する必要があり,この発生原因を明らかにするには,成長点付近の観察と分析が必要である. また,図2.7(b)は表面から5/Jm研磨除去されたコーティング表面の顕微鏡写真である.よく 観察すると,各柱状組織の軸方向垂直な断面の形状は菱形になっており,その対角線は回転軸AD に平行にそろっている.先に示したZrO2 (111)の極点図の(111)方位がAD軸に対して士450回 転していることとを考えると. Zr02の(100)方位が回転軸ADと一致する構造をしている. 以上のコーティングの観察および極点図の結果を合わせ, EB-PVDによる成膜されたジルコニ アの結晶成長メカニズムについて検討した結果を図2.8に示す.極点図およびコーティング研磨面 の観察結果から,ジルコニアの柱状組織は,図に示すように三角形の形状の(Ill)面が膜厚方向 に四角すい面に積層しながら成長する形態をしている.このことは,図2.5のSEM写真の柱状組 織先端の積層している薄片の様子からもわかる.また,三角形の形状の(Ill)面が菱形の断面の 形を作って成長している.ボンドコーティングとの界面から小さい柱状組織が成膜と共に拡大し, あるものは途中で成長が阻害され消えているものも多い.図2.4(c)の界面近くには,成長を停止 している柱状組織と太くなっている柱状組織がある.回転成膜するとZr02の(100)面が回転軸 と一致する結晶方位をとる理由については不明である.その他,柱状組織の外周部には羽毛状組 織がみられる.この組織の詳細については,第3章で述べる.
20 第2章 表面の残留応力の解析
(a) R5 removed off 10 fim from surface (b) RIO removed off 5 (im from surface Figure 2.7: Micro-photographs of removed surface
Figure 2.8: Growth mechanism of columnar structure of EB-PVD zirconia
2.3.3 コーティングの残留応力 前述のような配向特性を持つEB-PVDによるジルコニアコーティングの残留応力をX線応力測 定によ-り測定するために,種々の車角でCr-Kα線によるZrO2 133+331回折プロフィルを測定し た.試験片はスピナーにより面内回転している状態で回折を測定している.その例としてRIO試 験片の結果を図2.9に示す.図に示すようにゆ角の低いところでは133+331回折が得られないが, 車角が300を超えると回折が得られるようになり sin V*法を適用できる可能性がある.本研究で は, 133+331回折の他に, 400回折, 222回折, 311回折についても各試料の4,角に対する回折プ ロフィルの同様なマップを作成した. 133+331回折による応力測定は, 113+311回折による応力 測定結果と比較してsin Vの範囲が広く,精度が高い結論を得た. (Ill)面と(001)面のなす角は550であるが, 133回折プロフィルのマップから測定して001回 折格子面がコーティング面に対して士250ほど傾斜している場合, 4,角と測定した133回折の強度 関係がよく対応する.このことは,図2.4の四角すいの傾き(Ill)面が急勾配になっていることと 合致する.
21
2.3.実験結果および考察
Figure 2.9: Diffraction profile map of RIO for ZrO2 133+331 by Ci-Kα
Figure 2.10: Separation of ZrO2 133+331 diffraction profiles by Cr-Kα for R20
以上の測定結果に基づき, ZrO2 133+331回折が測定できる車角で回折プロフィルを測定し,そ の回折二重線をガウス関数で近似して,図2.10に示すように133と331回折に波形分離を施した. 図のようにピーク分離の精度もよい.また,低い車角の測定については,十分な回折強度が得ら れなかった. 本実験で得られたsin ipに対して測定された各回折角20は133の回折ピークと331回折ピーク に分離し,波形分離の安定性を考慮して両回折の相加平均として 20-sin2車線図にまとめた.そ の一例としてR20の20-sin2if>を図2.11に示す 20-sin2中線図の直線性もよく,十分に面内残留 応力の評価が可能である.他のR5およびRIOの20-sin -0線図についても同様の結果が得られた. 20-sin if)を直線近似して得られたコーティング表面の面内方向の残留応力gRを表2.2に示す. 測定結果によれば,成膜回転数が大きいものほど圧縮の残留応力を軽減している.回転数がO rpm
22 第2章 表面の残留応力の解析
Figure 2.ll: 29-sin2ip diagram of ZrO2 133+331 by Ct-Kα for R20
Table 2.2: In-plane residual stresses measured
S pecim en R 5 R 10 R 20 R otation,rpm 5 10 20 <tr .M P a - 75.5 - 62 .0 - 24.7 では,表面で約-180MPa,内部で-400MPaの残留応力が導入され,トップコーティングの割 れとはく離を促進する[8].熟サイクルによる圧縮残留応力を軽減できる回転成膜法は,遮熟コー ティングの成膜方法として有効である. Ni基超耐熱合金の熱膨張係数は,ジルコニアの膨張係数 よりも大きい[9].また,回転成膜法においては,回転速度が大きいと密度が車や小さくなる[10]. そのため,高温から基材が室温に冷却される過程でコーティングに圧縮が生じ,基材の回転数が 大きい方が圧縮の残留応力が小さくなると考えられる.高温と室温の熟サイクルについて考える と,高温での基材の膨張によるトップコーティングの面内方向の引張ひずみはトップコーティン グの柱状晶の隙間で吸収されるが,室温での基材の収縮によるトップコーティングの圧縮ひずみ は柱状晶に圧縮として残留する.そのため,トップコーティングに大きい圧縮残留応力が存在す ると熟ひずみのサイクルが大きくなる.圧縮残留応力の少ないものが耐熱サイクル性能が優れて いると考えると, R20>RIO>R5の順になる.
2.4 結言
本研究では,基板を5rpm, 10rpmおよび20rpmで回転しながらEB-PVDにより成膜したジ ルコニアコーティング膜の微視組織の観察と結晶配向を調べ,結晶組織の成長メカニズムを明ら かにした.また,結晶配向を考慮してX線法によりコーティング表面の残留応力を評価した.得 られた結果をまとめると以下のようになる. 1)EB-PVDにより成膜したジルコニアコーティングは柱状組織を持ち,ボンドコーティング界 面付近では径が小さく,各柱状組織の競合を経ながらコーティングの厚さとともに径が大きくなる. 2)柱状組織の軸方向垂直断面の形は菱形であり,その対角線は(100)であり,対角線は基板回 転軸と一致する.23 参考文献 3)柱状組鰍まZrO2 (111)が成長,堆積した構造を持ち;表面では, (100)方位がコーティング 面の法線方向と約250傾いている. 4)試料を面内回転させながらゆ角度がおおよそ300 70cの範囲でZr02の133+331回折を測 定することができる. 133回折と331回折の波形分離により回折ピークを決定し sin'車法により 残留応力を評価できる. 5)測定されたコーティング表面の残留応力は,基板回転数が20 rpm, 10 rpmおよび5 rpmの 順で圧縮の残留応力が大きくなる.
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25
第3章 EB-PVD遮熟コーティングの残留応力分
布解析
3.1 緒言
前章では, EB-PVD遮熟コーティングの表面の残留応力をX線法で測定する方法を確立した. コーティング組鰍ま,ジルコニアの(Ill)面が膜厚方向に堆積した柱状組織であり,その先端はピ ラミッドのような四角すい形状をしている囲.これらの表面の圧縮残留応力を測定したところ, 基板回転速度5rpm, lOrpmおよび20rpmの順で圧縮残留応力が小さくなる[2]. 一方,断面のSEM観察によれば,結晶の成長形態は,ポンドコーティング界面からトップコー ティング表面まで変化する.界面付近は,結晶寸法も小さく方位もランダムであり,中間では柱 状組織が小さいながらも配向が明瞭になる.そして,表面部では成長の優位なものが選択的に残 り,大きな柱状紅縄になる.このような膜厚さ方向に変化するEB-PVDジルコニア遮熟コーティ ングの残留応力分布については,これまでレ-ザラマン分光法などによる残留応力測定か報告さ れている[3-5]が, EB-PVD遮熟コーティングの残留応力分布の研究は十分とは言えない.結晶 弾性変形から直接格子ひずみを測定するX線法は,応力評価から重要な手法であるが,その測定 例は少ない[6], 本章では,回転基板法にてEB-PVDにより成膜されたジルコニア遮熟コーティングを対象とし て,面内方向残留応力を研磨除去によるX線応力測定法で測定し,面外方向ひずみを高エネルギー 放射光X線を用いたひずみスキャニング法で測定した.これらの結果を基に,コーティング厚さ 方向の残留応力分布を求め,結晶形態との比較・検討を行った.3.2 実験方法
3.2.1 試験片およびコーティング 試験片の基材,コーティングなどは前章と同様であり,板厚2.8mmのNi基超耐熱合金(IN738LC) の基材上にCoNiCrAIYを減圧プラズマ溶射してボンドコーティングとした.ボンドコーティング 厚さは,約0.18mmである.その上に,トップコーティングとして4mol%Y203-Zr02をEB-PVD にて成膜した. 電子ビーム出力45kWでジルコニアインゴットからジルコニアを遊離させ,基材を成膜中に毎 分5, 10, 20回転させながらトップコーティングを成膜した. EB-PVDによる成膜時の基材の予熱 温度を1223K,成膜時間を1500sとした.本研究では,それらの試験片を基板回転数に対応して それぞれR5,RIO,R20と呼ぶ.断面観察により測定したトップコーティング厚さは, R5で105 fim, RIOで112 /mi, R20で126 Mmである.26 第3章 EB-PVD遮熟コーティングの残留応力分布解析
Table 3.1: X-ray conditions for in-plane stress measurement.
Sp ecim en R 5 R 10 R 20 R otation of sub strate 5 rpm 10 rpm 20 rpm R adiations C rーK α
T ub e voltage 30 kV
T ub e current 20 m A 30 m A
F ilter Ⅴ
D iff raction ZrO 2, 133 + 331 ZrO 2, 133 D iffraction angle,26 154.17 deg 153.06 deg Scann ing step 0.1 deg′step
Scann ing angle 2β 150 159 deg
P reset tim e 10 sec 4 sec
ip angle 35 40,50 55 deg 36 42,70 75 deg Stress constant K - 189 M P a/deg - 198 M P a′deg
3.2.2 ラボX線応力測定 トップコーティング面内方向の応力glは,前章と同様にラボⅩ線によるsin ip法により行っ た[2]. EB-PVDによるZrO2 TBCは配向が掛)ので,試験片を面内回転ステージに装着しそ応 力測定を行った.各測定プロファイルはZr02の133回折と331回折に波形分離できるR5および RIOは,各ピークの平均から回折角を決定した. R20はZr02の133回折が支配的だったので, 133 回折によりピーク位置を決定した.波形分離にはガウス関数を用いた.応力定数は,既報で測定 したナノインデンテーション法により測定した機械的ヤング率E= 123GPaとポアソン比i/=0.3 から決定したPI.測定条件の詳細を表3.1に示す. 面内方向の残留応力の深さ方向の分布は,ダイヤモンドスラリーでパフ研磨により表面除去し ながら逐次Ⅹ線応力測定を繰り返して求めた.コーティング厚さは約100〝m程度と薄く,表面除 去による残留応力の再分布はほぼ無視できるので,除去補正は行わなかった. 3.2.3 放射光X線応力測定 トップコーティングの面外方向応力E3の測定は,シンクロトロン放射光による高エネルギーⅩ 線を用いたひずみスキャニング法により測定した.シンクロトロン放射光施設は,高輝度光科学 研究センター(SPring-8)のビームラインBL02Blを利用した(図3.1).このビームラインでは,高 エネルギーⅩ線を取り出せ,高精度7軸回折装置およびひずみスキャニングに使用できる3軸試 料ステージなどが装備されている. 高エネルギーⅩ線は大きなⅩ線侵入深さを持つ.また,シンクロトロン放射光は指向性の高い, 高輝度Ⅹ線を特徴とする.これらを利用して入射スリットおよび受光側のダブルスリットで作ら れるゲージ体積における面外方向の格子面間隔dを測定する.試料ステージをトップコーティン グ深さ方向Zにスキャンすることで,格子定数dの深さ方向の変化を得ることができる.本方法 は,ひずみスキャニング法といわれ[81.表面から内部の残留応力評価方法として第3世代放射光 施設で広く利用されている.
27
3.2.実験方法
(a) Complete view of SPring-8 (b) Beamline BLO2Bl
Figure 3.1: SPring-8, the large synchrotron radiation facility.
Table 3.2: Conditions for synchrotron X-ray
Specim en num b er R 5 R 10 R 20 R otation of substrate 5 rp m 10 rpm 20 rp m W avelength 0.17316 Å(71.577 keV
Size of divergent slits H eight = 0.2 m m W idth = 5.0 m m Size of receiving slits H eight = 0.2 m m W idth = 5.0 m m Length betw een O and R S I 610 m m
Length betw een R S I and R S2 590 m m
D iffraction ZrO 2 333 ZrO 2 600 D iff raction angle 2#o 10.004 deg ll.601 deg Y oung's m od ulus E 123 G P a P oisson s ratio 〝 0.3 本研究のひずみスキャニング法におけるX線条件を,表3.2に示す.試験片はスピナーで回転さ せ等2軸応力状態とした.面外方向の回折強度が最も強く内部測定に適している回折格子面を探 した結果 R5, RIOはZr02の333回折, R20はZr02の600回折を利用した. ひずみスキャニング法では,ゲージ体積がトップコート表面またはトップコートとポンドコー トとの界面を横切るために公称ゲージ体積の幾何学的中心と実際のゲージ体積の光学重心が一致 しない囲.この現象は表面効果と言われ,幾何学的補正方法が提案されている[サ].しかし,本 研究においては配向のあるコーティングであることから,同一の無ひずみ試料の角度変化を用い て測定回折角を補正した1. 1具体的には, 1273Kに同一試料を加熱し基材とトップコートの残留応力が解放されたと仮定し,高温下で回折角の 深さZ方向の変化を測定して,補正角度を得た.
28 第3章 EB-PVD遮熟コーティングの残留応力分布解析
3.3 実験結果および考察
3.3.1 面内方向応力分布 前述の方法により測定した面内方向の残留応力C'lの深さ方向分布を図3.2 (a), (b), (c)に示す. 書く図中の○印は残留応力Jlを示し,エラーバーは68.3%信頼区間を示す.また,各図にはトッ プコートのZr02の133回折の強度とボンドコートのNi3Alの220回折の強度の変化を示した. Zr02の133回折の強度が減少し, Ni3Alの220回折が増加して交差するところが界面付近に相当 する. SEMの断面観察で測定した値とやや異なり R5,RIOおよびR20については,図に示され るようにあまり差がなく120fim弱である. 図3.2 (a)に示すように基板回転数5rpmの試験片R5の面内残留応力は,表面で約-100 MPa の圧縮を示し,表面直下でやや圧縮が低下するが内部で-100 MPaの圧縮を保ちながら,ボンド コートとの界面付近でさらに-200 MPaの大きな圧縮になる.基板回転数IOrpmの試験片RIO の面内残留応力は, R5よりも小さな圧縮残留応力となり表面部で約一60 MPa,内部で-30 MPa 前後の圧縮を保ち,深さZが60fim付近から-50 MPaになり界面付近では-100 MPaの圧縮に なる.基板回転数20rpmの試験片R20の面内残留応力は,さらに圧縮の残留応力が小さくなり表 面内部でほぼ零か小さな引張となり,界面付近でも残留応力がない.(a) R5 RIO
(c) R20
3.3.実験結果および考察 29 以上のように,基板回転法によるEB-PVDのジルコニアトップコートの面内残留応力は,基板 回転数の増加に伴い圧縮の残留応力か小さくなる特徴を持ち,このことは第2章で述べた表面残 留応力測定の結果とも一致する.また,界面付近では圧縮残留応力が大きく,コーティング厚さ が界面から40 〃mを超す辺りから圧縮残留応力が少し低下する. このような基板回転成膜法によるトップコーティングの残留応力の深さ方向分布の特徴は, 1.ボンドコーティング界面から回転周期のパターンを伴う初期層で小さな径の柱状組織. 2.競合しながら成長する中間層,回転鰍こ対してfourfold texture [1]がそろい成長し始める. ・ 3.四角錐の形(four fold texture)で成長する優先成長する表面層,回転数の大きい方が径が大
きい[11]. のようになる.初期層はち密であり,基板との熱膨張係数のミスマッチから圧縮の残留応力が生 じやすい.また,中間層も競合しながら成長するので,やや撤密であり,圧縮の熟残留応力が少し 残る.表面層は,大きな径の柱状組織であり,気孔率も大きくひずみを許容するのに十分な空隙 がある.特に,回転数の大きいR20は柱状組織の径が大きく成長するた桝こinter-columnaおよ びintra-columnarが多く?]3-jang,面内方向の圧縮ひずみを吸収することが可能と考えられる. 3.3.2 面外方向応力分布 高エネルギー放射光X線を用いてひずみスキャニング法で面外方向のひずみ分布を測定した.図 3.3 (a)-(c)にR5, RIOおよびR20の試験片の各深さZにおける測定された回折角20を示す.測 定された回折角は表面効果の影響があり深さと共に回折角2βが移動しているので,無ひずみの試 験片の2βの移動量をキャンセルした結果を補正した2βとしてあわせて示した.これから格子面 間隔dを次式のプラツグの条件から求めた. dlz = A 2 sinβ (3.1) ただし,人はⅩ線の波長である. 各深さZの格子面間隔d(z)から面外ひずみE3を求めるには,コーティング表面で等2軸平面応 力状態(<Ti - (72, CT3 - 0)を満足し,かつ測定した表面の面内残留応力0-i(0)に一致する条件から, 無ひずみの格子面間隔doを決定した. ォo-E E-2vai(0) 2sin9Z=O
esォ-
d(z) - do 面外ひずみの分布estoは, (3.2) (3.3) から導いた.面内応力の分布Gi(z)は研磨除去しながら逐次測定されているので,深さ方向の面 外ひずみの分布ォ(*)が得られれば,面外応力の分布0-3(z)は,次式から得ることができる. <j3(z) - Ee3{z) +2uai(z) (3.4) 以上の手続きに従い,回転基板法によるEB-PVDジルコニアトップコーティングの面内および 面外応力の深さ方向の分布を図3.4に示す.面外方向の残留応力は,基板回転数が5rpmの試験 片R5では,表面付近では小さな引張で界面に向かい少しずつ小さくなり,界面付近では圧縮とな30 第3車 EB-PVD遮熟コーティングの残留応力分布解析
Figure 3.3: Measurement results by strain scanning method with hard synchrotron X-rays.
る.基板回転数がIOrpmの試験片RIOでは, R5と同様な面外残留応力の分布傾向を示すが,そ の絶対値は小さくなる.そして,基板回転数が5rpmの試験片R20では,面外k残留応力が表面 から界面までほとんどない.プラズマ溶射コーティングは,トップコートの密着性を上げるため に界面粗さを大きくするので,界面付近で面外残留応力は大きな引張残留応力を示す囲.しか し, EB-PVDでは界面粗さが小さいので,トップコーティングとポンドコーティングとの界面付 近の面外応力は小さくなる.その結果,耐はく離が優れたコーティングであることが,残留応力 の評価からも明らかとなった. 基板回転数が大きいほど;コーティングの初期および中間層の圧縮の面内残留応力が小さくな る.それが,面外方向の残留応力も左右していることが,図3.4の各図の結果からわかる.このこ とは,圧縮の面外残留応力を低減することで,面内方向のコーティングの残留応力を低減し,か つ面外方向の残留応力も低減する効果を持っている.このことから, EB-PVDにおける基板回転 は,残留応力の低減に効果を発揮する. 基板の回転が, EB-PVD成膜におけるZr02の結晶成長メカニズムにどのように影響するかが 明確になると,残留応力分布の変化と結晶成長の関係が凋らかとなり,より詳細な残留応力の発 生挙動がわかるであろう,
31
3.3.実験結果および考察
Figure 3.4: Residual stresses in top coating made by EB-PVD with rotation.
3.3.3 トップコートの結晶成長観察 図3.5にトップコートの先端の走査電子顕微鏡(SEM)による観察結果を示す.回転基板法で成 膜されたジルコニアは図のように独特の形態を持つ.基材から柱状組織が成長し,その先端は4 面を(in)で構成したピラミッドのような形をとり,面内の配向を持つ.写真上の右方向と回転軸 ADとが一致するので,回転軸は(100)に相当する.ピラミッドの稜線の方位は(Ill)同士が交差 する(110)になる.各回転数でみると面内の配向は,おおよそ面内は意向を持ち,回転数が異なっ ても面内配向はほぼ同様である.ただし,図3.5 (a)-(c)を比較すると,回転数の速いR20の方が 柱状組織の先端の径が大きい. 回転基板成膜法で作成された典型的な柱状組織の拡大写真を図3.6 (a)に示す.図はR20を示し ているが, R5およびRIOでも同様の形態を示している.先端は(Ill)面が,堆積しながら成長し, 柱状組織の密度の高い芯部を形成している.これは,トップコート表面からのジルコニア蒸着に 対応した成長組織である.一方,先端から下部の周縁(periphery)では先端の芯部と異なり,隙間 (intra-column pore)囲2を持った微細組織が羽毛状に成長する.ラボX線によるトップコ-ティ
2現在,隙間の呼び方に統一的な定義はない.柱状組枯問の隙間はcolumn pore, column gap, inter-columnar porosity, inter-inter-columnar void,羽毛状の隙間はintra-inter-columnar pore, intra-inter-columnar gap, nano gap.
32 第3章 EB-PVD遮熟コーティングの残留応力分布解析
==⇒AD
Figure 3.5: Tip of columnar structure. AD is rotating axis direction.
(a) Side view (b) Rupture surface Figure 3.6: Columnar structure of R20
ング表面の極点図では,主に先端部の(Ill)で構成したピラミッドの面内配向が測定されている が,トップコーティング表面の下の羽毛状組織(feather-1ikestructure)は測定されにくいので,檀 点図には羽毛状組織の回折は測定されない. 図3.6 (b)は, R20の柱状組織の破断部を示している.破断部の中心は. (Ill)が堆積成長した 軸であり,正方形をした軸方向に対して垂直な断面を持つ.その外周部には,細かく成長した羽 毛状組織がみられ,波面は羽毛状組織に相当する傾きを持った破断面を生成する. さて,回転基板法で成膜されたEB-PVDジルコニア遮熟コーティングは,・羽毛状の柱状鼠織を 持つ.その構造の概略を図3.7に示す.柱状組織の先端部および芯部は, Zr02の(Ill)がピラミッ ドの4面を構成し,それらが堆横・成長して形成される.これに対して,柱状組織の周縁部は(100) が優先的に成長している.図3.7左の柱状組織の写真の羽毛状の傾きを測定すると,おおよそ仰角 360である.羽毛状組織が(100)の成長により形成される場合. (Ill)面はコーティング面に平行 となる.つまり,図3.7の柱状組織の成長の模式図と方位関係の図のように,仰角360で(100)方
33
3.4.結言
Figure 3.7: Growth of columnar structure
位が成長すると, (111)方位はコーティング面垂直に相当する. 先端に芯部の(Ill)面だけが堆積しているならば,高エネルギー放射光のひずみスキャニング において, Zr02の600回折が強く, 333回折は測定されることはない.しかし,実際の高エネル ギー放射光Ⅹ線の測定ではZr02の333回折が強く測定されたことは,前述の成長モデルの示すよ うに柱状紅織の羽毛状鼠織が360の仰角で(100)が成長する結果, (111)がコーティング面垂直方 向に配向し, 333回折が高エネルギー放射光のひずみスキャニングで強い回折を示す(4.3参照).