長崎大学教育学部自然科学研究報告 第23号 113‑132 (1972)
長崎市内の水源地における水収支
荒生 公雄
長崎大学教育学部地学教室 (昭和46年10月23日受理)
Water Balance at Reservoirs in Nagasaki City
Kimio ARAO
Department of Earth Science, Faculty of Education Nagasaki University, Nagasaki
(Received October 23, 1971)
113
Abstract
Nagasaki City is located in a narrow peninsular region of western part of Kyushu, therefore, it is a bad condition to keep the resources of water. As the reservoirs have been constructed in small basins, they occassionally could not help cutting off water supply. The author has studied a water bal‑
ance of reservoirs in this city. As the first report, a simulation of change of pondages and an estimation of run‑off coefficients in each of the basins were studied with use of unit‑graph method. In the result of this study has been shown that the run‑off coefficients are considerably defferent from one an‑
other.
1.まえがき
長崎市は地形的な悪条件のため,古くから水資源に恵まれない状況におかれてきた。本格的 な上水道による給水開始は古く,日本で5番目の早さを誇っているが,その悪条件のため貯水 量が度々枯渇し,歴史的に制限給水を重ねてきた(長崎市役所, 1956).このため,一般家庭 が消費する家事用使用水量は極めて少なく,水資源に恵まれた都市の%‑%に過ぎず,全国で も最も少ないグループに属している(安芸・多田, 1966).このような状況を生み出した原因 は相当部分自然条件に由来するものと考え.られるが,この地方の水文学的研究に1Lいては十分 なものが得られているとは言い切れない.そこで,水文学的研究の一端をなすものとして,降 水とこの地方の水源池の水収支との関係を追究してい,る.
114 荒 ・生 公 一雄
ここではその第1報として,各流域の流出率を求める数値実験を行なった結果を示す.
この研究に使用した基礎資料は長崎市水道局の水源月表(昭和43年,44年)2ケ年分である。
2.水源池の概況
長崎市は九州西部に突き出した西彼杵半島と長崎半島の結接点に位置し,しかも半島は標高 300m〜500mクラスの山々を連ねているため,河川の流域面積は小さく,河床の勾配は急峻で ある.たとえば,市内を流れる最大の河川である浦上川の場合でも長さは12㎞に過ぎず,その 間の標高差は支流の滑石川水源の岩屋山から起算して475mにも達する.
このような地形的な悪条件のもとで,第1図のように水源池が分布している.個々の流域は 狭あいであるため集水能力は小さく,貯水池に隣接する河川を堰止め,主にトンネルを通して 導水補充している.従って,第1表に示した各水源池の集水面積の値の中には,小ケ倉では大
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滑石川流域
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0 1 2 3 4K肌 第1図、長崎市内の水源池
長崎市内の水源池における水収支 115
第1表 長崎市の水源池の概況 (昭和45年現在)
名 称
小ケ倉
本河内高部 本河内低部
西山高部
浦 上
集水面積㎡
4,244×103 5,500×103 750×103 4,590×103 14,500×103
満水面積㎡
152×103 51×103 46×103 128×103 194×103
有効水深m
20.4 15。8 17.0 28.2 12.0
総貯水量㎡
2,054×103 562×103 654×103 1,527×103 1,972×103
有効貯水量㎡
1,904×103 559×ユ03 608×103 1,469×103 1,900×103
山川および宮摺川の取水堰,浦上にあっては浦上川の取水堰より上流の流域面積がそれぞれ含 まれている.市中央部に配水している本河内高部,低部および西山高部の5貯水池は導水およ び配水経路が複雑であるため,ここでは中央水系と名付け,一括して取扱われている.
長崎地方の年平均雨量は2,000朋程度で決して少なくないが,そのうち梅雨期の6,7月お よび台風期の8,9月の4ケ月間にほぼ50%の降水が集中し,秋から冬にかけてはかなり少な い.このため夏期には満水でありながら,晩秋には水位が低下し制限給水に至る場合もある.
特に,から梅雨ないしは台風の接近のない年には一層困難な状況に追い込まれる.この対策と して矢上および大村から定期的な送水が行なわれている.また西彼杵半島に水源池の新設工事 が行なわれ,神の浦ダムが昭和45年完成,雪の浦ダムが現在建設中である(長崎市水道局,
1968,1970).
以上のような地理的条件および気象条件から,他地方からの送水を除けば,水源池に流入す る水はかなり閉鎖的で,ほぼ全面的に降水に依存しているものと考えられ,数値実験を行なう うえでは好条件を与えている.
3.方 法
第2図は小ケ倉水源池における消費水量, 降水量および貯水量の増減の2ケ月間の例であ る.消費水量とは貯水池から取り出された水の総量で,この中には市内に供給された量の他に 浄水のために使用された量も含まれている.また貯水量の増減とは当日の貯水量と前日の貯水 量との差にその問の消費水量を加えた量で,もし貯水池内外に他に水の移動がなければこの値 はzeroになる.しかし,実際にはプラスの要素として
(a)
(b)
(c)
(d)
湖面への降水の直接降下 流域からの降水による表面流入
降水とほとんど無関係に流れる定常流の流入 地下水による流入
またマイナスの要素として (e) 湖面からの蒸発
(f)湖床からの地下水としての流出(漏水)
などの作用があり,これらのすべてを含めた現象が貯水量の増減として表わされる.この図か らわかるようにプラスの要素の方がマィナスの要素よりも量的には常に大きく,それは長期間 降水がなくとも成り立っている.他の水源池および他の期聞においてもこの傾向は変らない.
このような図を基礎にして,unit−graph法(Sherman,1952)を適用するため,この増減量
長崎市内の水源池における水収支 ll7
蒸発量は本来量的に測定を行ない,より明確な基底流出量を得ることには意義があるが,そ の記録がないため上述のように処理した.貯水池の水量の増減を1年間の長い時間scaleで simulationを行なうこの場合には,便宜的に蒸発量を基底流出量の中に包括的に考慮しても 精度はそれほど変らないものと考えられる.
1日を単位とするunit・graphを考えると,流域の小さい長崎の水源池では直接流出のピー クが降雨とともにすぐに現われ,日数の遅れはほとんど見られない.その後徐々に流出量が減 少し,降雨の数日後にはほぼ基底流出に近づく.
このような基本的な様子から,次のような事項を1日を単位として量的に決め,数値実験を 行なうことにした.
(イ)降水量
(ロ)面積降水量に対する直接流出量の比(流出率)
(ハ)直接流出量の降雨日以降における流出割合の配分(配分率)
(二)基底流出量 (ホ)消費水量
このうち降水量は各水源池浄水場で測定した値が必ずしも一致しないし,長崎海洋気象台の dataとも異なっているので,流域に最も近接している当該水源池の値をそれぞれ採用した.
消費水量については,第2図にみられるように,雨の日は概して少なく,好天の日は大きい 傾向を示す。また,夏期には冬期の2〜5倍になり季節による変化が大きい.その他の事項の 精度を考慮し,各月ごとの消費水量を1次式で近似する方法を採用した.
従って,最終的に水源池の貯水量を支配する要素として(ロ)〜(二)の5つの項目が残さ れる.このうち(ロ)は直接流出量を全体的に支配し, (ハ)は貯水量の毎日の変化を細かく 追従する要素となり, (二)は基礎的な流出として一年間の貯水量の基盤を示すことになる.
それゆえ,simulationの方法として,貯水量を流出率,配分率,基底流出量の5未知量の 函数として降水量と消費水量を適用してゆくことになる.これらの5つの量を実際のdataと かけ離れない範囲で変化させ,最も類似的な貯水量の変化曲線を試行錯誤的に追求してゆくこ
とになる.
直接流出と定義した量は第2図で明らかなように,当日ばかりでなく数日前の降雨の影響も 現われる. これが後に示されるように,ほぼ6日前の降雨まで考慮するのが適当であること がわかって来た.従って,ある日,1,における貯水量,T(1),を求めるための用いられた 実験式は次のように与えられる.
T(1)=T(1−1)一W(1)十F一(1)十F2(1)十B(1) …(1)
ここで,W:消費水量,F,:当日の降雨による直接流出量,F2:前日以前の降雨による直接 流出量,B:基底流出量
なお,F,(1),F2(1)の内容は次のようになる.
F,(1)=・S1×P(1)+St×P(1)×R(1)×Q(1) …(2)
F2(1)=St×{P(1一・1)xR(1−1)×Q(1一・1)十P(1−2)×R(1・一2)×Q(1・一2)+…
+P(1−6)×R(1−6)×Q(1−6)} …(3)
ここで,S1:湖面の面積,St:水源池に流出する流域面積,P:降水量,R:流出率,Q:配 分率
(2)式の第1項は湖面に直接落下する水量,第2項は当日の降雨がその日のうちに流域から流 出する量である,また,実際には,後で示されるように,R,Qは降水量Pの函数である.
118 荒 生 公 雄
4.結 果
(ロ)〜(二)の5つの要素のうち比較的決定しやすいのは(ハ)の配分率と(二)の基底 流出量である.これらは第2図の増減のグラフからおよその傾向は明らかになっている.実際 には季節や無降水日数の継続状況で変動すると推察されるが,ここでは現実のdataをもとに 設定していった.
その結果,降雨の多少に伴って起る貯水量の変化を追うには,第5図に示されるような降雨
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分40 率
(20 愚 0
60
配
分40 率20 露
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P〈50 50≦P〈響00 P≧100
{234 1234,56 {234567 降雨日力、らの起算日数
(A)小ケ倉,中央水系
ρ〈50 50≦P<{OO P≧100
12345 123456 イ234・567 降雨日ガ・らの起算日数
(B)ラ甫上水桑
第3図 直接流出流出量の配分率 Pは繊単位の降水量
日以降の流出量の減衰があればよい.小ケ倉・中央水系と浦上水系で異なるのは,集水域の大 きさと,浦上では比較的に平坦部を流出して来るこ』とによると考えられる.これらの形は大久 保(1954)の佐久間ダムでの結果とほぼ一致し,かれりよい近似で決めることができる.
一方,基底流出量は降雨の間隔がそれぞれ異なっているので, 明確には決め難い要素であ る,しかし,この評価の小さな誤差は数ケ月間累積されると,実際の貯水量との間に大きな差 を生じて来る.更に,流出率とも関係して来るので,概略的な値を代入し,最終的には流出率 の評価とかねあわせて小さな補正を施して決定した.この場合,45年と44年とでは同じ月でも 異なった値を示したり,降雨があまり日数をおかないで断続的にある月には基底流出量を評価
し難いが,ある程度普遍性を要求して2ケ年問各月で同じ値を用いるように努めだ.なお,中 央水系では矢上からの送水,浦上水系では大村からの送水の一部や付近の河川からの揚水およ び鉄道トンネル内の地下水など,貯水池に人工的に補充された水量もこの基底流出量の中に含 まれる.このため浦上水系ではかなり大きな値となり,これらの量も日変化を示すのぞ一層評
長崎市内の水源池における水収支 119
にくくなる.
本研究の主目的である流出率の決定は,上に述べたことを基礎に最も類似的な年間の貯水量 の変化曲線を探索してゆくことから得られる.この量もまた季節およびその他の気象条件の影 響で変動すると考えられるが,2ケ年間のdataでは個々の降雨に対してその効果を考慮した 量的評価はかなり困難である.そのため,ここでは年間を通じての平均的な流出率を求めた、
このようにして得られたsimulationの結果が第4図〜第6図に各水系別に示されている.
また,その結果に対応する各水系の流出率が第7図に,基底流出量はBiとして第4図〜第 6図の中にそれぞれ示されている.小ケ倉および中央水系では2ケ年にわたり同じ基底流出量
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第4図 小ケ倉水系の貯水量変化曲線 実線は実測値,点線は理論値,一点鎖線は満水量を示す
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荒 生 公 雄
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中央水系の貯水量変化曲線
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長崎市内の水源池における水収支 121
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浦上水系 日呂和44年 (a)B =18・OxlO3栓均.(b)B 二19・Oxlo3曳全幻
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第6図 浦上水系の貯水量変化曲線 (a),(b)ともに理論値
と流出率の値でほぼ貯水量の変化を追従しており,かなり普遍的な結果が得られた.
しかし,浦上水系では2ケ年間を同じ条件で追跡させるとそれぞれ食い違いが生じたので,
図のように(a),(b〉2組の計算結果を示した.45年には(a)が,44年には(b)がより 適切な変化傾向を示している. (a)と(b)との流出率の違いは第7図に示される程度で,
基底流出量もそれほど大きな差ではない.従って,浦上水源池についてはまだ不確定な要素が
○残されているが,流出率は大体図示されたものと理解できる。降水量が100mm以上のdata は希に出現する程度で, しかもこのような場合には満水になつてover flowするため正確な
122 荒 生 公 雄 ¶
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0 204060
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水 量(m肌)
第7図各水系の流出率
流出率が得られないことが多い.しかし,Sherman(1952)の報告から推して図のような傾 向を示すことはかなり現実性があると考える.このように,地域的に近接した水系にもかかわ
らず,相互にはっきりした流出率の差異があることは明らかである.
5.考 察
この結果から,貯水量の計算値が一応実際の量を追従しているが,必ずしも満足すべきもの ではない.理論値と実際値との差が生じた原因は,かなり粗い近似を行なっているので,ある 意味では必然的とも言える.しかし,可能な限り実際値に接近させてゆく努力はまだ残されて
いる.
まず第1に,ここで得られた平均的な流出率を個々の降雨について検定してみるとかなりの ばらっきがある.地質,植生などの条件が同じでも,気象条件(特に天侯,湿度)およびそ れに伴う地面の状態や植物の吸収などによる影響は当然予想できるところである。このため地 面が乾燥しているところへの降水と十分水を含んだ地面への降水とでは流出率に相当の差が生 じ,その傾向は少量の降雨のときに著しいものと考えられる。また季節による変化も同様に予 想される。更に,藤田(1956)が既に指摘しているように,unit・graph法の欠点として,1
日単位の降水量を採用しているため,たとえば,2日にわたって連続的に50mmの降水があ ってもdataのうえでは1日ずつ個々に50mm,20mmなどのように記録されているから,流 出率は50mmを全体として把えた場合よりも少な目に評価される.従って,数日間連続した 降雨があるときには,流出量を過少評価する傾向が生ずる.これは図で梅雨時の満水から水量 の減少が始まるとき,計算値の減少速度が急速であることからも推察できる.また,基底流出 量や配分率についても資料を十分収集して同様の考察が必要であろう.
第2に,ずれを生むもう1つの可能性として,各水系がそれぞれ純粋に閉塞的な流域ではな く,複合した水系から集水していることがあげられる.取水堰から導水している小ケ倉,浦上
長崎市内の水源池における水収支 125 の場合,その堰の構造によっては相当の水量が漏れるおそれがある.特に,浦上水系ではダム 上流の滑石川流域とほぼ同面積に近い浦上川流域の水を取水堰から導水しており,人工的な補 水量が大きいこととあわせて,他の水系よりもずれの大きい原因をなしているものと考えられ る.中央水系の場合,導・給水経路が複雑なため1つの大きな貯水池を仮定して計算が行なわ れた欠陥は配慮されなければならない.
第5に,降水量の問題があげられる。5水系は半径8㎞の円内にすつぽり入る狭い領域に位 置しているが, 各浄水場で降水量が異なっていることから推して, 同一水系の流域内でも降 水量の違いは十分に考えられる.このことも細かい議論をする場合には非常に困難な問題であ
る.
このように,困難な問題が残されているが,浦上水系の流出率の2つの場合でみられるよう に,小さな流出率の違いが貯水量の変化に大きな影響を及ぼしていることから,水源池別の水 収支は量的に一応の精度で得られたものと考えたい.地域的に極めて隣接した水系において,
かなりはっきりした流出率の相違があるのは非常に興味深い.森林内の降水量は開地のそれと 比較しておよそ80%であるという興味ある報告(孫野・織笠,1957)などとかねあわせて,気 象学的にもまだ流出率の細かい検討が加えられるべきであろう.また各水系の地質構造の面か
らの研究も流出率の相違の原因追求に有力な手がかりになるものと期待したい。
謝辞
本研究にあたり基礎的資料の提供および有益なる助言をいただいた長崎市水道局浄水課職員 各位に謹んで感謝の意を表する.資料の整理および数値実験の実行は河田誠氏の援助によると
ころがはなはだ多い,記して謝意を表する.また,文献その他の援助に好意を寄せられた長崎 ゆ
海洋気象台海上気象課職員各位および電力中央研究所西宮昌氏に御礼申し上げる.なお,本研 究は主に長崎大学電子計算機室のFACOM270−20を用いて行なわれた。
参考文献
安芸絞一,多田文男(1966):水資源ハンドブック,第4章,659pp,朝倉書店 大久保辰雄(1954):河川の流出機構について,電力気象連絡会彙報亜,2,11一一19
Sherman,L.K(1952):Streamflow from Rainfall by Unit−graph Method,Engineering News・Record,108,501−505
紹介:石原健二(1956),電力気象連絡会彙報豆,6,5ワー68 長崎市役所(1956):長崎市政65年史前編
長崎市水道局(1968):昭和45年度長崎市水道事業統計年報
一一一 (19ワ0):昭和45年度ながききの水道
藤田兼吉(1956):流出函数による降雨特性流出曲線,電力気象連絡会彙報豆,6,152−16ワ 孫野長治,織笠桂太郎(1957):然別湖流域の水文学的研究,北大地球物理学研究報告,15,21一一51