長崎大学教育学部自然科学研究報告 第23号 79‑86 (1972)
コリンの酸化. I. 空気零囲気下炭酸銀
セライトによるコリンの酸化
竹友 一成
長崎大学教育学部化学教室 (昭和46年10月50日受理)
Oxidation of Choline. I. Oxidation of Choline with Silver Carbonate‑Celite in Air Atomosphere
Kazushige TAKETOMO
Chemical Laboratory, Faculty of Education, Nagasaki University, Nagasaki.
(Received October 30, 1971)
79
Abstract
Oxidation of choline was investigated. The oxidation procedure was the usual treatment of a dimethylsulfoxide solution of choline with silver carbonate‑
celite in air atomosphere under shading or non‑shading. As the reaction proceeded, silver carbonate‑celite became black. From the reaction product, betaine was isolated in fair yield. Formation of betaine was more promoted under non‑shading than under shading in the above process of oxidation. Accord‑
ingly, silver carbonate‑celite for choline seemed to act not only as oxidi‑
zing agent, but also as similar agent to photochemical sensitizer in this case.
It was presumed that the reaction mechanism was as follows:
Ag2CO3+hv‑‑Ag2CO5港 2Ag之CO3港+CH3‑)n‑CH cBS之CH2OH‑(2Ag2C03+
むN‑CH2CH20H)港
(2Ag2CO3 +8晋:準C恥C恥。H)・_4Ag+
CH、/
8珪戚C恥C。。H+2C。、+珪。
CH、/
1.緒 目
コリンの酸化に関する報告は多くない。しかし,過マンガン酸カリウム酸化,6h70吻o砿一 配副伽,あるいは生物体,肝,じん等による酸化の他,ミトコンドリアによる酸化等をみる
ことができる。過マンガン酸カリウム酸化については,例えば,Linze1一)6」σ1.が,コリン の酸性条件下酸化では,ベタインが,またアルカリ性条件下酸化では,トリメチルアミンが,
それぞれ生じることを定性的面から述べている。oh70癬o o∬ 44!♂o糾乙ついては,Acharya2)
が,各種タイプの窒素化合物の酸化を試み,そのなかでコリンは抵抗性があり,ゆっくりと 攻撃される窒素化合物であると報告している。肝,じん等による酸化については,例えば,
Mam3)θ∫σ」.が, コリンはネズミ肝抽出物によりベタィンアルデヒドに酸化されるとし,
この実験を発展させたものとして,例えば,Jellinck4)6!認.やSPeed5)師認.が,コリン はネズミ肝のミトコンドリアで酸化されてベタインアルデヒドを生じることを報告している。
一方,Rapoport6)6!α1.は,生物学的研究のためにコデインのグリコシドを合成する過程 で,常法に従って炭酸銀の存在下アセ.トブロモグルコースとコデインを縮合させようとしたと ころ,かなりのコデイノンが生成することを見出している。最近,Fetizon7)o!硯,は,炭酸 銀セライトを酸化剤とするアルコールの酸化を試み,第一アルコールはアルデヒドに,第ニア ルコールはケトンに酸化されることを述べている。
著者はベタインアルデヒドを合成する目的で炭酸銀セラィトによるコリンの酸化を試み,い ささか知見を得たので報告する。
2.実験材料
2.1コリン
試料の水酸化コリンは市販の45%水溶液(定量はぺ一パークロマトグラフィーによる)をそ のまま実験に用いた。
2.2 ジメチルスルホキシド
市販特級品を新し.く購入し,これをそのまま溶媒として用いた。
2.3セライト
市販セライト(半井,セライトー545)を10%塩酸を含むメチルアルコール中で50分間煮沸 し,その後蒸留水で塩素イオンが検出されなくなるまで洗浄した。これを1200Cで乾燥して用
いた。
2.4炭酸銀セライト
Fetizon7)6!認.の方法に準じて,次のようにして調製した。
硝酸銀(乾庄,硝酸銀第1号)1709を1000mJの蒸留水に溶かし,これに,上記(2.3)の セライト1509を加え,充分かきまぜて懸濁させた。その後,懸濁液を.かきまぜながら,無水 炭酸ナトリウム(半井1特級〉609を1500m/の蒸留水に溶かした溶液を5〜6分間をようし
コリンの酸化. 1.空気零囲気下炭酸銀セライトによるコリンの酸化 81
て加えた。沈殿物を蒸留水で中性になるまで洗浄した後,こし分けて,減圧下600C以下で乾 燥した。これを,さらにデシケーター中,無水リン酸上で充分乾燥させた。
得られた炭酸銀セラィトは帯黄淡緑色の粉末で,その0,599は炭酸銀1ミリモルを含有する
(Mohr法による)。
3.実 験 方 法
3.1 酸化反応
水酸化コリン1.37〜1.78ミリモルを,ジメチルスルホキシド60mJに溶かし,これに炭酸銀 セラィトを炭酸銀として16ミリモル加えて,所定の温度で所定の時間,かきまぜながら反応さ せた(Fig・1)。反応として,遮光下,非遮光下の両反応を試みた。遮光下反応ではかっ色ガラ ス容器を,・非遮光下反応では無色透明ガラス容器をそれぞれ用いた。
反応後,酸化剤粉末を吸引漏斗を用いてこし 分け,ろ液を減圧下に蒸発乾固した。これに希 塩酸を加えて,pHを約1.0とした。この塩酸酸 性溶液について,同定,定量を試みた。
同定はペーパークロマトグラフィー,赤外線 吸収スペクトル法,および混融試験法により,
定量はペーパークロマトグラフィーにより行な
った。
3。2 ペーパークロマトグラフイー 前報8、の方法によって行なったが,展開溶媒
として, エチルァルコールー28%アンモニア水
(19:1)の混合溶媒を用いた。その他,定性 試験上,必要に応じて,n一ブチルアルコールー エチルアルコールー氷酢酸一水(9:1:1:2)
5 混合溶媒を使用し,かつイオン交換ペーパ ークロマトグラフィー9)も試みた。
3.3 赤外線吸収スペクトル
赤外分光光度計(日立215形)により測定し た。測定法は臭化カリウム錠剤法によった。
c
A
D 8
E
.・tμζ謝づ』ジ,ヤ・
F
Fig.1 Apparatus.
4.実験成績および説明 A:Motor,B:Calcium chloride tube,
C:Cooler,D:Reaction chamber,
E:Thermostat,F:Magnetic stirrer.
4.1遮光下反応
それぞれの条件下に反応せた反応生成物のRf値をTable1に示す。これらRf値から,反 応生成物中にベタインおよび未反応コリンの存在が推定された。また,Speed5)6∫4!.の報 告を参照して,ベタインアルデヒドの存在も疑われた。
反応生成物を希塩酸から再結晶すると,m.P.2二6〜・228◎C(分解)の白色結晶が得られ,ベ タイン塩酸塩との混融試験において融点降下を認めなかった。また,その赤外線吸収スペクト ルは,ベタイン塩酸塩のそれと同一のパターンを示した(Fig・2)。Rf値0.57の化合物は,そ
Table1. Paper Chromatographic Rf Values of Reaction Producfs Solvent system:EtOH−28%ammohia water(19/1)
Reaction condition Temp.(℃)Time(hr.)
Rf values*
80 80 80 80
,80
0.5
5 58
10
of reaction products 0.27 0。45
0.2ワ 0.45
0.27 0.57 0.45
0.2ワ 0.57 0.45
0.27 0.57 0.45
*Rf values of betaine hydrochloride and choline chloride were as follows:0.27for betaine hydrochloride and O.45 for choline chloride
10
q 8
㊤ワ
…60
一ぎ
3 2
0
〜!\
ノ / 堵 o
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噛 、 1
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ヤ ヨ 、馳、一。ノ 轟 ll一 ハ 〆1賎 ♂ギ h \ ハ脳、 1.l H昌 監 l l l lh l 2 』 1!監 l l 置l l監 敵1 し厘 u ノ 、 へ 4、
ワ 1 1
『 l l 竃 1 1駄ム昌 韻 纏 翻i 8 1 1 量l1 羅
J8
3『00 3000 Fig.2
2500 20σo i800 160◎ 1佃o 200 σoo ドrequen(・きqcmり Infra−red Absorption Spectra of Betaine Hydrochloride and a White Crystal Obtained from Product.
_一__.:Betaine hydrochloride :White crystal
90 60
のスポットの大きさからして極く少量で,これについては,反応生成物を,n一ブチルァルコ ールーエチルアルコールー氷酢酸一水(9:1:1:2)の展開溶媒で更に検討したが,ベタイ ン,コリンに相当するスポットを得たにとどま、り,ベタィンアルデヒドの存在を認め得なかっ た。イオン交換ぺ一パークロマトグラフィーによる成績についても同様であった。
つぎに,ベタインの生成におよぼす反応時間の影響を検討したところ,Fig。3に示される成 績を得た。80?Cでは,反応時間が長くなるほどベタインの生成量は多くなり, これと反比例
』してコリンの量は減少した。ベタインとコリンの量の和はそれぞれの反応時間でほぼ一定値を 示した。
またベタインの生成におよぼす反応温度の影響を検討したところ,Fig.4に示される成績を
コリンの酸化. 1.空気零囲気下炭酸銀セライトによるコリンの酸化 85
駅 書60
如
20
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●Betaine←C卜o量ine
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\込C㎞li,。
2, 3 4 5匿 Reaction timelhr)
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Betaine十Cho!in●
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20 40 60 90 Reaction temp.(℃)
Fig.3 1nfluence of Reaction Time on Betaine Formation by Oxidation of Choline with Silver Carbonate・
Celite un(ier Shad量ng.
(Reaction temp.:80。C)
Fig.4 1nfluence of Reaction Temperature on Betaine Formation by Oxidation of Choline with Silver Carbonate−
Celite under Shading.
(Reaction time:5hrs,)
得た。反応時間5時間では,反応温度が高くなるほどベタインの生成量は多くなり,これと反 比例して,コリンの量は減少した。ベタインとコリンの量の和は,それぞれの反応温度でほぼ 一定値を示した。
4.2 非遮光下反応
主反応生成物は遮光下反応の場合と同一であった(Table2)。 しかし,反応は著しく促進 されるようであり,反応温度80。Cの実験成績からすると,非遮光下の1時間反応の成績は,
遮光下の5時間反応のそれにほぼ相当することが認められた(Fig.3,Table2)。
Table2. Oxidation of Choline with Silver Carbonate−Celite Under Non−shading
Reaction condition Yield of product(mole%)
Temp。(℃) Time(hr,)
80 1
Betaine Choline Betaine十Choline
ワ1 10 81
4.3 ジメチルスルホキシドによるコリンの酸化
溶媒として用いたジメチルスルホキシドには,酸化および還元の両作用があることから,上 述の実験条件下で,ジメチルスルホキシドがコリンを酸化することも考えられるので,これに っいて実験的検討を試みた。しかし,遮光下,非遮光下の両反応において,ともにジメチルス ルホキシドによるコリンの酸化は認められなかった。
なお,生成したベタインアルデヒドがジメチルスルホキシドによりベタインに酸化されるこ とも想定されるが,これについては考察の項で述べる。
5.考 察
5.1過剰酸化
Fetizon7)窃α1.は炭酸銀セライトによるアルコールの酸化を試み,第一アルコールはア ルデヒドに酸化されることを報告している。このことから,コリンを炭酸銀セライトで酸化す ればベタインアルデヒドの生成が思料される。
lli〉£C恥C恥・H−lli〉£C氏CH〈認一1慧i〉£C恥C・・H
コリン ベタインアルデヒド ベタイン
そこで,ベタインアルデヒドの合成を目的に,炭酸銀セライトによるコリンの酸化を試みた が,ジメチルスルホキシドを溶媒とするこの実験においては,ベタインアルデヒドを得ること ができず,ベタインの生成が認められた(Eig.2)。このことは,上式から判断できるように,
過剰酸化が起こっていることを示す。
過剰酸化の原因として,溶媒としてジメチルスルホキシドを用いたことの他に,反応系が空 気と接触していることも考えられる。前者については,ジメチルスルホキシドに代えアセトン を用い,コリンをアセトンに懸濁させて,炭酸銀セライトによる同条件下の反応を別途試みた が,ベタインアルデヒドは得られず,ベタインの生成(特に,非遮光下反応でその生成が多 い)が認められた一〇)。 このことから,ジメチルスルホキシドが,生成したベタインアルデヒ ドを酸化してベタィンとすることは,一応その根拠を少なくするものと判断してよかろう。後 者にっいては,今後,窒素零囲気下での酸化を検討する必要がある。
5.2 光化学反応
炭酸銀は光に対して不安定であづ,また炭酸銀による酸化は Ag++e−Ag(0.80V)の酸 化還元電位を利用したものである。これらを合わせて考慮すれば,本実験におけるコリンの酸 化に,光の影響を推定することができる。そこで,遮光下と非遮光下の両反応について実験を 試み,その成績を比較したところ,明らかに非遮光下反応の場合に,コリンの酸化がよく起こ
ることが認められた(Table31Fi呂3とTable2)。
Table3. Comparison of the Product of Choline Oxidation under Shadi職9 with the Product of Choline Oxidation under Non−shading
Reaction condition
Light Time(hr。)Temp.(℃)
Shading 5 80 Shading 5 80 Non−sh阜ding 1 80
Yiel嘆of product(mole%)
Betaine Choline Beta量ne十Choline 58
74 71
51
9
10
89 85 81
Table3より明らかなように,非遮光下の1時間反応の成績は,遮光下の5時間反応のそ れにほぼ相当している。しかし,非遮光下反応の場合,反応液のかきまぜにより,黒色に変化 した酸化剤粉末が器壁に相当量付着し,それがかなり遮光の原因になっているようである。こ のことを考慮すれば,炭酸銀セライトを酸化剤とするコリンの酸化では,光の影響は,Table
コリンの酸化. 1.空気零囲気下炭酸銀セライトによるコリンの酸化 85
3に比較された成績以上に,大きいものと思料される。一方,コリンは溶媒ジメチルスルホキ シドにより,遮光下,非遮光下の両反応で酸化されないという成績(4.3)が得られているこ とから,コリンに対する炭酸銀セラィトの作用は,単なる酸化剤としての作用のみでなく,光 増感剤のそれに似た作用も示しているものと思料される。
したがって,炭酸銀セライトによるコリンの酸化反応は,
Ag2CO3 十 hン ー一 Ag2CO3*
lA一+羅i〉註C恥C瑳・H一(2A臣C−lli〉£C瑳CHl・H労
(2Aぬcいlli〉£c聯H…4Ag+i慧i〉詑C恥c・・H+
2CO2+H20
で示されるものと推定される。上式における()は,炭酸銀とコリンが,必ずしも結合して いることを示すものではない。
なお,本実験においては,コリンとして,水酸化コリンを用いていることから,炭酸銀中に 一部水酸化銀ああるいは酸化銀の生成を疑う必要もあり,これが,コリンの酸化におよぼす影 響等については今後きらに検討する必要があろう。
6.要 約
炭酸銀セラィトによるコリンの酸化を,空気零囲気下で,遮光下,非遮光下のもとに試み次 のような成績を得た。
(1)炭酸銀セラィトは反応の過程で黒変し,主反応生成物としてベタインがかなりの収量で 得られた。
(2)ベタインの収量は,反応温度が高く(800C)なるほど,また反応時間が長く(5時間)
なるほどよくなる成績を得た。
(3)ベタインの生成には光の影響が極めて大であった。
(4)反応は,恐らく次の式で示されるであろう。
Ag2CO3 十 hレ ー→ Ag2CO3*
2A銑C財+ ll〉註C恥C珪・H一(2A醗Cいlli〉課C恥C恥・餅
(2A翫Cい1建〉識C瑳C瑳・H》一4Ag+lli〉註C恥C・・H+
2CO2+H20
かく筆するにあたり,岩永慶司,森あけみ,宮田百合子の各氏のご協力に深謝の意を表します。
(本研究は日本化学会・日本分析化学会九州・中国四国支部合同熊本大会19ワ1において口頭発表した)
86 f r ' ‑ j
5C
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