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小手川 晶 子 長崎大学教育学部音楽教室

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Academic year: 2021

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(1)

歌唱練習における練習曲の取り扱いかた

小手川 晶 子

長崎大学教育学部音楽教室 An Application of the Etudes for Singing

Akiko KOTEGAWA

Department of Music, Faculty of Education    Nagasaki University, Nagasaki

1 はじめに

 クラシック音楽の演奏において,聴衆に感動と満足を与えるには,作品が優れているこ とと共に,演奏者が優れた音楽性を持ち,その音楽性を演奏において十分に表現し得る楽 器の音色と技術を備えていることが不可欠である。声楽の分野においては,楽器とは演奏 者の体であり,その体が多様な表現が可能な理想的な歌い方を熟知した上で,自然の法則 に基づいて活動したり自らを制御したりできなければ,楽器として十分に,機能すること はできない。それができるようにするためには,単に機械的な練習をするのではなく,常 に音楽の内容を色々な角度から研究して,その音楽に最も適した表現方法を考えるように して練習しなけれぼならない。一方,演奏の専門的技術を磨くと同時に,常に音楽性を身 に付けることに努めることが必要であることは言うまでもない。

 練習曲を歌う場合はもちろん,単純な発声練習においても,楽しい,淋しいなどの感情 をこめて歌うことができるし,それぞれの表現に適した歌い方を練習することにより表現 力が向上するのである。そしてその基礎となるのは,自然で無理な所のない体の状態と活 動であり,体をそのような状態に保ち,自由に活動させることができるようになって,初

めて演奏表現に必要な美しい音色と技術が自分のものになるのである。

 本学の音楽教室は教員養成課程であるが,演奏家を養成する大学ではないからと言って,

歌唱練習について中途半端な考え方をすることは間違っていると考える。歌を歌うという 行為は,程度の差はあるが,学校教育の場で独唱や合唱をする生徒達,それを指導する教 員,声楽家になることを目指している人,そして声楽家として活動している人すべてにとっ て同じ行為なのである。学校教育の場でも,音大受験の準備をする場合でも,適切な練習 をし,美しい音色と技術を身に付けることは,音楽教育に携わる場合にも必要なことであ るし,演奏家として認められる声楽家の道にもつながっているのである。また学校教育の 中での合唱も,一般社会人の合唱も,各々が理想的な歌い方を身に付ければすばらしい演 奏ができるようになるのである。歌唱練習をする者も,それを指導する者もこのことを十 分に認識する必要がある。

 さて,理想的な歌い方を身に付けるための練習方法については,色々の面から述べるこ

(2)

とができるが,ここでは声楽を学習するために作られた練習曲をどのように活用して練習 したらよいかについて,例を挙げて述べる。

 歌唱練習の最初の課程で与えられる練習曲集にConcone 50番がある。その第1曲は,2 度音程の極めて美しい音の進行で,4小節にわたって上行し,ブレスをした後,4小節か けて下行する音形の繰り返しで,Moderatoで歌うように指定されている。この曲を歌う上 で必要なことは,無理のない体の保ち方をし,自然な呼吸で一つのフレーズを歌うことで ある。すなわち,歌唱技術の基本である呼吸と美しいフレーズの流し方が求められている。

よく行われるように勝手な歌い方をしたり,大声を出そうとしたりすれぼ,呼吸は苦しく なりフレーズは美しく長く続かない。この簡単な音の進行に際して,歌うことを意識し過 ぎると,かえって理想的な歌唱はできない。Concone 25番は,50番よりや〉難度の高い練 習曲集であるが,この曲集でも第1曲は,ゆるやかな上下行の旋律が3連音符で連なり Andante Cantabileで歌うよう指定された美しい曲で,自然な呼吸によるレガート唱法の 練習が求められている。美しいレガートで歌うためには,しっかりした正しい呼吸が必要 であり,呼吸した後の体の作用が非常に重要である。このようなことを意識して練習を繰

り返すことにより,歌うために必要なことを体に覚え込ませるのである。

 これらの練習曲集それぞれの第1曲にレガート唱法の練習曲が配されているのは,大変 意味のあることである。第1曲が要求している歌い方を完全に身に付けることが他の様々

な歌い方を理解し,体に覚え込ませるための基礎となるのである。

 Conconeは,歌い方の基礎練習に適した練習曲集であるが,これには言葉が付されてい ない。母音で歌ったり,「ラ」や「ナ」で歌ったりする場合があるが,指導者が曲に合った 言葉を適当に付けて歌わせると,体がより自然に活動し,より表現力に富んだ歌い方の練 習ができるのではないかと考える。

 イタリア生まれのバリトン歌手であったSarvatore Marchesi(1822−1908)は,その経 験を生かして20曲から成る練習曲集(Twenty Elementary and Progressive Vocalises)

を残している。この練習曲集もConcone 50番と同じく,第1曲は易しい2度音程の進行か ら成る曲となっている。そして,それはMarchesi自身の感性に基づくイタリア語の歌詞が 付けられている。これは大変に重要なことで,この歌詞を単にイタリア語の発音の練習く らいに考えて歌うのと,歌詞の意味と曲想から表現方法を考えて歌うのとでは,練習の効 果が大いに異なってくる。ただ声を出して歌うのではなく,歌詞の内容を汲み取って心を 動かすことで,体全体がその心の動きにふさわしく自然の法則に基づいて活動し,適切な 表現が可能になってくるのである。

 Marchesiの練習曲集のそれぞれの曲には,さまざまな表現を可能にする練習の要素が 内:蔵されていると考える。以下数曲を抜粋し,それらの要素とその活用について述べる。

2 サルバトーレ・マルケージの20曲の練習曲

   Messa di Voce

 序で述べた他の練習曲と同様に,このマルケージの第1曲も4分の4拍子で全音符と2 分音符が主体となって使われ,2度の進行でゆるやかな上下行を繰り返す譜面の上では易

しい音楽である。この曲で求められている歌い方は,体の機能を十分に活動させて,声を

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むらなく美しく,長く延ばして歌うことである。この曲には,大らかなとか,明るく,晴 れやかに,とか又逆に暗く,重く,悲しそうに,とか歌う人によりさまざまな歌い方がで きよう。しかし付された歌詞を考えることで一つのイメージが浮かんでくる。天を賛美し て,荘厳であり,郭話な気持ちで歌えば,そうすることで歌う際に必要な緊張が体全体を 支配し,その状態が自然なブレスと歌い方を可能にしてくれるのである。全曲をただ音か らの雰囲気だけで歌うのではなく,歌詞の意味をとらえて日常の会話のように自然な発声 と発音で歌うから歌えるのである。

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 このことは大変重要なことでMessa di voceは,ベテランの歌手ならば意識的に容易に でき又それによってより歌を立派に演奏することができようが,Messa di voceがどのよ うな現象か全くわからない初心者は,歌う前に方法を考えたりしないで音や歌詞からイ メージを作って歌うことで音が移動する際に「このような感じだからこのように声を出し て音をつないで歌おう」等と思うことでMessa di voceができるようになるのである。

 このMessa di voceの練習は,歌唱練習のための大切な第一歩であって,この1曲は完 全に理解した上で歌えるようになるまで努力が必要である。それは,この曲が基本となっ てさまざまな歌唱技術が習得できるようになるからである。又これから述べる練習曲の全 てについてもこのMessa di voceが基本としてあることが前提である。

   Scala diatonica

 16分音符のスケールの練習は,音をなめらかに,美しく歌う練習である。この曲のよう に,短い音符でできているフレrズは,声だけを出そうとすると喉は固くなり又気負って 息も短くなり発声のフォームは崩れてしまって歌うことが困難になってしまう。そこでや

はり,歌詞の意味を考えて,焦り,怒り,悲しみの気持ちを考えて歌詞を自分の言葉のよ うに感じて歌うと16分音符の4個のスケールは,なめらかに美しく歌うことができる。イ ではmorireの ri のアクセントを会話と同じように自然に発音して歌うことでオクター ブの跳躍の歌い方が理解できるし,ロでは黙P にして黛rall で歌う方法がごく自然にで きる。ここでは短い音を1個つつ丁寧に正確にと思わないで,音符にのせて言葉の意味に 合った情感で歌う練習を重ね,美しいスケールの進行ができるようにすることである。

(4)

Allegro modgrato

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   Scaia punta

 この曲では,このリズムで,機械的に付点音符を正確に歌おうとして旋律線が荒々しく なることがある。このようなリズムにおいてもなめらかに美しく,ことに1拍の中の2個 の音は同じ音質でなけれぼならないし,同じフレーズの中の音は全て同じ長短のリズム,

同じ音質でなけれぼならない。この曲に付された歌詞は,この歌唱的な面で難しいこの曲

6

Tempo d1 Valse X

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を唱い易くしてくれると思う。太陽が昇り,何も彼も美しく輝やく活気に充ちた感じを持 ち,心はずむイメージで音に言葉をのせて歌うと,リズムは自然に表現され美しい自然な 感じになる。最初は黙P で歌い, f になったところからは喉を強く押したりせず最初

(5)

と同じ感情と技巧で歌う。イからは,これまでの強い表現の歌い方から,歌詞の意味を考 えて弱い表現の歌い方に変え,ロからは,強い嘆きを劇的に歌うと爪  の付いた2分音 符が歌い易くなる。

   Scala minore

 この曲は,小さなスケールの形でゆるやかな音の流れが上下行ずる。8分音符の長さと,

フレーズの中の音質をむらなく美しく表現して歌うことが大切である。前出のScala Puntaの曲とは曲の表情が全く反対で,短調の曲で歌詞も悲しい言葉である。ここでは,

Scala mlnore

8

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悲しい感情で短調のスケールを歌うとこの曲の求めている歌い方ができるようになる。3 拍子の1拍目の音に,言葉のアクセントがあり,3拍手に言葉の弱拍がある。この強拍か

ら弱拍への音の動きは重要で同じ音質になるよう心がけ,フレーズの各々の音が自然に連 なって歌えるよう練習する。イでは,言葉の意味を感じて E に思いを込め,音質をそ ろえながら下行する。この時,4個の、ア の母音をそろえるよう意識してブレスの後の の母音まで音質をそろえるようにする。ロは,歌詞を考えると理解できょ うがより深い悲しみの思いでクレッシェンドをして劇的に歌い,ハでは,「他にいない母」

と,強い悲しみで訴え,二では悲しみの中に断言するように歌い,ホで次のフレーズへの 予備も兼ねて美しく黙P にする。この曲のようにゆるやかな音の進行の曲は,特に母音 の統一に心がけ,Messa di voceの方法も考えて歌唱の基本を理解するようにしたい。

   Note ripetute

 この曲は,音の反復の練習である。まず歌う場合にどのように音符を処理するかを考え ねぼならない。よく口先きだけで H の発音を入れて音の区切りとして歌うことがある

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がこれは歌唱の上からも正しくない。この曲も又付された歌詞から幸せを思い,余り激し くない躍動感を持って歌うとよい。イの爪0 の母音は,跳躍した後に続く黙C の音で も同じ感じにそろえることは大切である。ここでは,重複した同じ音,又音は異うが母音 が2個の音にわたって重複するこの二種類の歌い方の技巧を練習することができる。

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   Terzine

 3連音符の練習である。3連音符には1個の発音がついているが,言葉を話すのと同じ ように軽く発音して3拍子のリズムで楽しく歌うこと。イからはより一層楽し気に,ロは

10

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自然に話す時のようにアクセントをつけて,その反動で次の小節の付点のリズムは美しく

「喜びあふれ」をたっぷり歌い,ハまで気持ちを高揚させて歌う。二からも同じ気持ちで 歌い まで熱狂して歌う。三連音符の連続のフレ・一ズでは,特に三連音符の最初につ

く言葉を話す時と同じように歌い,2個の残りの音譜に音質をそろえるよう練習すること。

(7)

   Arpeggio

 二度の小さな下行のスケールを補助的に入れた分散和音の練習である。16分音符4個の 1拍には1個の発音が付されているが,これは4個の音が同じ長さξ音質で歌えるように 練習しなければならない。トランペットの音色を想像して歌うのも方法であるが余り勇ま

しいイメージでなく,優しく語りかけるような音を想像する方が歌い易いと思う。イから は特に優しく,美しく,音を続けて歌えるように練習する。浮き浮きした気持ちを持って,

ささやくように16分音符をそろえて歌うこと。ロからは,歌詞の意味からもカンタービレ に更に少しテンポを遅くして甘く,しっとりと歌うことでバランスのとれた理想的なアル ページョになる。ハの Tempo I からは,一回目と趣きを変えて PP にして,さ>

         Arpeggio

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やくように,一音つつ丁寧に歌い,二から心情的にもだんだん強くすると音楽が大きくな り、f でも細かい音が動かし易くなる。

   Sincope

 この曲は,4分の2の拍子で1拍目に奏されるしっかりした強い和音の伴奏に合わせて,

力強くシンコペーションのリズムを出して歌う曲である。困惑とか,激しい嘆き,戸迷レ)

の情感を想像して,激しく歌詞を云うことでこの曲の中のシン・コペーションのリズムが自 然に浮き上ってくる。これだけにとらわれず,シンコペーションによって軽く浮かび上がっ たフレーズ感を利用すると,イのオクターブの跳躍は容易になるしその後の16分音符の下 行の旋律を美しく歌うこともできる。口からは,更に嘆きの気持ちを強く出し,マルカー ト気味に歌うこと。ハからの4小節は,口からの4小節より少し優しく歌って変化をつけ,

二で又ロと同じ歌い方をして,ホでは,ハと同じ歌い方をすること。

 この曲のように,音に跳躍を持つシンコペーションは,リズムが正確にできなかったり,

(8)

Sincope

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声が固くなったりすることがあるが,ここでも歌詞をつけることによって,

シンコペーションのリズムを持った歌い方ができるようになる。

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   Resum61

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 サルバトーレ・マルケージの練習曲集の20曲の中の最後の2曲はResumeと題した総合 練習曲,つまり,これまでに練習した曲のさまざまな技巧を全て含有した練習曲である。

ここではその1を選んでみた。

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(9)

 8分の6拍子のゆるやかな流れのこの曲は,総合練習にふさわしく色々な技巧が含まれ ている。自然の美しさを感じて歌詞の意味を理解し丁寧に歌い上げたいものである。1拍 目と4拍目の言葉はしっかり語りかけるように発音し,それを軸にして,2・3拍目と5・

6拍目を自然になめらかに,母音を美しくつないで歌うことが大切である。イからの2小 節つつの小さなフレーズには,少しつつ1拍目の音が高くなっていて高揚する感情を表現

しているので歌う場合もそのことを考え,1フレーズごとに少しつつ発音も音楽も高めて 歌う必要を感じること。口では,初めの2小節は嘆美的に,大きな気持ちのフレーズに感 じ,ハでその同じ大きさのフレーズ感を持って,賛える気分でシンコペーションを歌う。

二も同じ気持ちで,譜面上は違った表現方法ではあるが,歌うこと。ホの pi血mosso らは,少し暗く,悲しい気持ちで歌っても良いが,へからは又美しく十分満足した気持ち

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でカンタービレで歌い,同じ歌詞での上行の旋律のトからは,その気持ちをもっと強く出 して歌うこと。

3 むすび

 サルバトーレ・マルケージの20曲の練習曲から技術的に出来るだけ多様な9曲を選曲し て,各々の曲が持つ技術練習の方法について述べてみた。このように歌う行為は,楽譜に 記された音符を,表面的に,正確に音にすると言うことではなくて,歌詞が持つ意味から 感じる心情的なものがなくては成り立たないのであって,このことをよく理解して練習す ることで体の機能は自然に歌う行為のための働きをするようになり,難しい歌唱技術も容 易にできるようになるのである。

 このような考えから声楽の勉強の初期の段階で良い指導者の助言を受けながら,このサ ルバトーレ・マルケージの練習曲によって練習することは,大変良いことであると考える。

そして正しい扱いによって歌唱技術が向上し,楽譜が要求する音楽的演奏表現が容易に可 能になれぼ演奏者の体は,そこで初めて楽器となるのである。

注:旧例引用 Salvatore−Marchesi       20Vocalises

全音楽譜出版社 より

(平成2年2,月28日受理)

参照

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