長崎大学教育学部自然科学研究報告第24号47‑52 (1972)
熱分解炭酸銀セライトによるベンジル アルコールの脱水素反応
竹友一成
長崎大学教育学部化学教室 (昭和47年10月51日受理)
The Dehydrogenation of Benzyl Alcohol with Pyrolyzed Silver Carbonate‑Celite
Kazushige TAKETOMO
Chemical Laboratory, Faculty of Education, Nagasaki University, Nagasaki
(Received Oct. 30, 1972)
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Abstract
In order to investigation the influence of air on the catalytic activity of pyrolyzed silver carbonate‑celite, the dehydrogenation of benzyl alcohol was
studied with the catalyst adding air and without air at 210‑360℃. The general aspects may be summarized as follows:
(1) The yield of benzaldehyde is larger in the presence of air than in the absence of air, at lower temperature (210‑260℃).
(2) In the presence of air, the yield of benzaldehyde decreases according as reaction temperature rises.
(3) In the presence of air, benzene appears, but in the absence、 of air, toluene does.
(4) In the presence of air, benzaldehyde converts to benzene and phenol, but in the absence of air, such a conversion is not recognizable.
I.緒言
前報1、にふ、て,銀セライトによるベンジルアルコールの脱水素反応は,空気流通下の反応
48 竹 友 一 成
において顕著であること等を簡単に報告した。今回,この触媒について,さらに反応条件等を かえて,ベンジルアルコールの脱水素反応を試みたところ,空気流通下の反応で,フェノール の生成等,新しい知見を得たので,その生成機構等について簡単な検討を試みた。これらにつ いて報告する。
2.実験材料およぴ方法
2.1ベンジルアルコール
市販特級品を無水炭酸カリウムで脱水した後,ウィドマー分留管を用い減圧下に蒸留した。
b.P.=・65.0〜65.5。C/2mmHg,d還5ニ1.0455 2.2 ベンゼン,トルエン,ベンズアルデヒドおよぴメチルアルコール これらの試料は,いずれも市販特級品を脱水後蒸留して用いた。
2.3 炭酸銀セライト
炭酸銀セラィトの調製は前報1)にしたがって行なった。得られた炭酸銀セライトは帯緑淡黄 色の粉末で,これをさらにデシケーター中無水リン酸上で充分乾燥させた。
この乾燥炭酸銀セラィトは,その0.599に炭酸銀1mmo1を含有する(Mohr法による)。
2.4 実験方法
反応は前報一)における反応装置を用いて行なった。すなわち,内径20mmのパイレック.ス 反応管に,上記の乾燥炭酸銀セライト約8,69を長さ約40cmにわたり,できるだけ一様に分 布させた後,50〜60分間をようして所定の反応温度にまであげ,さらに同温度に約10分間加熱
し,これを熱分解炭酸銀セライトとして用いた。
反応は試料約209を約5時間をようして滴下し,気相状態で熱分解炭酸銀セライト上に通ず ることにより行なった(以下,空気無流通下)。また空気存在下の反応は,総量約5算の空気 を連続的に,かつ一定の速度で流通させながら,試料を滴下することにより行なった(以下,
空気流通下)。
2.5分 析
分析は反応生成物の油層分について行ない,水層分,反応生成ガス分については,特には試 みなかった。
分析法は前報1)に従った。 ただし,今回新しく見出されたフェノールの同定は,その誘導 体,2,4,6一トリブロムフェノールを調製し,混融試験の外,赤外線吸収スペクトルを測定
(日立215形,臭化カリウム錠剤法)することにより行なった。 なお,トルエン,ベンゼンお よび水については,試料成分の保持時間から推定した。
3.実 験 成 績
3.1 脱水素反応
空気無流通下および空気流通下の熱分解炭酸銀セライトによるベンジルアルコールの脱水素 反応の成績をTable1に示す。
空気無流通下の反応では,ベンズアルデヒド,トルエンが生成する外,痕跡量の水の生成が
認められ,ベンズァルデヒド,トルエンとも反応温度が高くなるにしたがって,その生成量は
増加した。
又
熱分解炭酸銀セライトによるベンジルァルコールの脱水素反応 49
Table l The dehydogena隼ion of bOnzyl alcohol with pyrolyzed silver carbonate・celite
No.
1 2 5
4*
5 6
ヲ
Reaction condition
{
Air
Ab.
Ab.
Ab.
Pr.
Pr.
Pr.
Pr.
Ab.
Temp.
(◎C)
210 260 510 210 260
5101
560
:absent.
yield of product(%)
{ Benz−
Oil Aq. alde−
layer layer hyde
92.6 0 15.5
94.6 0 59.1
92.2 0 57.0
97.4 9.2 86.5
92.5 10.6 64.4
90.9 11.ワ 50.1
92.2 9.5 46乙1 Pr.:prese血t.
Composition of oil layer (%)
Tolu−
ene
1.5 2.4 5.1
0 0 0 0
T.:trace.
Ben− Phe・
zene no1
Benzoic waterBenzyl acid alcohol
an(10thers 0 0 T.
0 0 T.
0 0 T.
0 0 T.
1.2 8.1 T.
1.0 10.5 T.
1.4 8.9 T.
8.2
10.5 15.9 24.5
5.5 16.0 22.7 19.1
*Silver carbonate−celite preserved for a year waきdried over silica gel in a desiccator and pyrolyzed.
一方,空気流通下の反応では,その反応生成物は油属水層の二層よりなり,油層分におい て,ベンズアルデヒド,ベンゼン,フェノール,安息香酸の外,痕跡量の水が認められた。水 層分の分析は特には行なわなからたが,ガスクロマトグラフィーの成績のみからすれば,そΦ 殆んどは水であった。
Table1より明らかなように,空気流通下の反応では,空気無流通下の反応でみられるトル エンの生成はなく,代うてベンゼン,フェノール等の生成が認められた。ベンゼンの生成は,
いずれの反応でも少量であった。しかし,フェノールの生成はやや多く,反応温度510。Cで,
その生成量は約10%(油層分)に達した。また,ベンズァルデヒドの生成は,反応温度210。C でもっともよく,反応温度が高くなるほど減少する傾向を示した。
3.25ベンゼンおよびフエノールの生成機構
3.1の成績から,空気無流通下と空気流通下の反応では,特に260。C以上の反応では,明ら かに反応機構に相違のあることが推定される。
そこで,ベンゼンおよびフェノールの生成機構の一端を明らかにするために,ベンゼン,ト ルエン,ベンズアルデヒド,ベンゼンとメチルアルコールの混合液,トルエンとメチルアルコ
』ルの混合液,およびベンズアルデヒドとメチルアルコールの混合液をそれぞれ試料として,
反応温度510。Cで,それぞれ同一条件下に接触反応を試みた。
ベンズァルデヒドのみを試料とする場合に,ベンゼンおよびフェノールの生成が,また,ベ ンズアルデヒドとメチルアルコールの混合液を試料とする場合に,フェノールの生成がそれぞ れ認められた。これらの成績をTable2に示す。
Tab置e2 The decomposition of benzaldehフde with pyrolyzed silver carbonate−celite
Reaction condition No. 一ヘーr Air Temp.
(OC)
1* Pr!・ 510 2** Pr. .510
Pr.:present.*
**
Yield of product(%)
{
Oil Aq.
1ayerlayer
ワ.9 ワ9.1
85.ワ 0
Co田position of oil layer (%)
Benzene Phenol Benzaldehyde Others
1.7
12.8 16.2
54」9
50.0 52.1
Sample consists of benzaldehyde(15.5210g)and methyl alcoho1(4.5410g).
Sample is benzaldehyde(19.9814g)』
50
竹『 友 一 成
その他の試料については,フェノールの生成は認められなかった。
4.考 察
4.1脱水素反応
アルコールの酸化によるアルデヒドの製法としては,接触脱水素法がすぐれており,触媒と しては,銀,銅,ニッケル等が用いられている。そして,一般に,気相状態における接触脱水 素反応には,銀が好結果を与えており,発生する水素を酸化するにたる量よりも,やや不足す
る空気を試料の蒸気に混ぜて還元銀上に通ずる方法がよいとされている3)。
今回の熱分解炭酸銀セライトによる空気無流通下のベンジルアルコールの脱水素反応では,
対応するアルデヒドヘの脱水素反応が比較的よい成績で起こる外,トルエンヘの水素化分解も わずかながら認められた。これと大略同じ成績が,先に行なわれた著者ら3)の還元銅を触媒と する反応においても認められている。
これに対し,空気流通下の反応では,対応するアルデヒドヘの脱水素反応が,低温,特に反 応温度210。Cにおいて,非常によい成績で起こるが,トルエンヘの水素化分解は認められなか った。しかし,トルエンに代って,多量の水が生成し,空気中の酸素が優先して水素の受容体 になることが示された。
今回の空気流通下の反応では,過剰の空気を混ぜているが,ベンズアルデヒドが上述のよう に多量に生成し,しかも,低温.(210。C)において,かなり特異的にベンズアルデヒドを生成 する点で興味があるようである。一方,高温になるほど,ベンズアルデヒドの生成量は減少す るが,相当量のフェノールの生成が認められ,これはフェノール製法の上から興味深い。
4.2触 媒
空気流通下の反応では,低温(210℃)であるほど,ベンズァルデヒドの生成量が増大する 点をあん(按)ずるに,反応温度が高くなるにしたがって,反応管壁に類汚黒かっ色物質の付 着量が増大し, これが触媒表面をも被覆して触媒活性を低下させるものと思推される。 その 他,高温のため触媒がシンターリングを起こすことも考慮してよいかと思料される。しかし,
空気無流下の実験成績からすれば,少なくとも反応温度510。Cまでは,ベンズァルデヒドの生 成量は増加しており,しかも上記類汚黒かっ色物質の生成は認められないことから,510。C.ま ではシンターリング現象を触媒活性の低下に関連づける要はないようである。
熱分解炭酸銀セラィト上に試料蒸気の少量を通ずることにより,触媒の色調は黒色より類灰 色に変化し,還元銀セライトの生成が思推さる。しかし,今回の反応温度210。Cの実験では,
色調の変化は一様でなく,試料蒸気による還元銀の生成は実験終了時においても,なお不完全 のようであった。すなわち,一部酸化銀が残留しているかのようであった。このことが,空気 流通下の反応で,低温(210℃)にもかかわらず,ベンズアルデヒドが多量に生成する原因の 一つになっているものと思料された。また,これを前報1)の成績と比較するとき,触媒の調製 等について,さらに検討を必要とするように考えられる。
なお,還元銀セラィト(還元剤,水素およびメチルアルコール)を触媒とするベンジルァル コールの脱水素反応でも,著者41は今回の実験と大略同様の成績を得ており,熱分解炭酸銀セ ライトによる反応は,主として還元銀セライト(還元剤,ベンジルアルコール)忙よる反応と 考えてよいであろう。
4.3ベンゼン,フエノールおよび安息香酸の生成機構
熱分解炭酸銀セライトによるベンジルアルコールの脱水素反応
51空気流通下の反応で,多量のベンズァルデヒドの外に,ベンゼン,フェノールおよび安息香 酸等の生成が認められ,それらの生成機構,特にフェノールの生成機構は,その製法と関連づ
けても,検討するに値するものと考えられた。
安息香酸は,ベンズアルデヒドの自動酸化によって生ずることが一般によく知られており,
その生成機構の検討は行なはなかったが,ベンゼンおよびウェノールは,3.2 (Table2)の 成績からして,ベンズァルデヒドを前駆体としていることが明らかとなった。しかも,フェノ ールはベンズアルデヒドから約16%(油層分)の割合で得られた。著者はとのような成績を未 だ寡聞にして知らない。
この反応は,単にベンズァルデヒドからフェノールが生成することのみを重視すれば,過酸 化水素を酸化剤とするDakin反応5)に似ているとも言える。しかし,Dakin反応によるフェ
ノールの生成については,同反応の発見後,約50年を経て,Spath6 切.6)がベンズアルデヒ ドを試料として同反応を試み,フェノールが0.7%生成するにとどまることを報告している。そ の他,Brunner7)は,ベンズァルデヒドベンゼン溶液の自動酸化に際して,非常に少量のフェ
ノールが生成することを極めて簡単に報告している。
このBrunnerの報告は興昧深い。すなわち,今回の実験では,少量ながらベンゼンもベン ズァルデヒドの接触反応で生じていることから,生成したベンゼンがフェノールの生成機構に 何らかの役割をはたしていることも思推されそうで,この点を中心に,さらに反応機構の検討
を試みる必要があろう。
5。要 約
熱分解炭酸銀セライトの触媒活性におよぼす空気の影響を検討するために,ベンジルアルコ ールの脱水素反応を,反応温度210〜5600Cで空気無流通下および空気流通下において行ない・
次の結果を得た。
(1)ベンズアルデヒドの生成は,反応温度が低いと,空気無流通下の反応より空気流通下の 反応で多い。しかし,反応温度が高いと,空気無流通下の方が,その生成には有利である。
(2)空気流通下の反応では, ベンズアルデヒドの生成は, 反応温度が高くなるにしたがっ て減少する。
(3)空気流通下2100Cの反応で,ベンスアルデヒドの生成はもっとも多い。しかも,この条 件下では,かなり特異的にベンズアルデヒドが生成する。
(4)空気流通下の反応では,ベンズアルデヒドを中間体として,ベンゼンおよびフェノール が生成するが,空気無流通下の反応では,このような変化は認められない。
(5)空気流通下のベンゼンに対し,空気無流通下の反応では芳香族炭化水素としてトルエン が生成する。
(6)熱分解炭酸銀セライトによる反応は,主として還元銀セライト(還元剤,ベンジルアル コール)による反応と考えられる。
かく筆するにあたり,吉良法敬,金子孝信各氏のご協力に深謝の意を表します。
(本研究は日本化学会・日本分析化学会九州・中国四国支部合同熊本大会1971において口頭発表し
た)