還元銀セライトによるベンジルアルコール
の脱水素反応
竹友一成
長崎大学教育学部化学教室 (昭和48年10月51日受理)
The Dehydrogenation of Benzyl Alcohol with Reduced Silver Carbonate‑Celite
Kazushige TAKETOMO
Chemical Laboratory, Faculty of Education, Nagasaki University, Nagasaki
(Received for Publication, October 31, 1973)
Abstract
In oder to investigate the influence of air on the catalytic activity of re‑
duced silver carbonate‑celite, the catalytic dehydrogenation of benzyl alcohol was studied with the catalyst adding air and without air at 210‑310℃. As the reducing agent, H2, CH3OH and CO were used, respectively. The general aspects were summarized as follows :
(1) The yield of benzaldehyde is larger in the presence of air than in the absence of air, especially at lower temperature.
(2) In the presence of air, benzaldehyde decomposes to phenol and ben‑
zene, but in the absence of air, such a decomposition is not recognizable.
(3) The production of phenol and benzene is not recognizable at lower temperature (210℃).
(4) The production of phenol seems to be according to the following
mechanism.
1.緒 昌口
ベンジルアルコールの脱水素反応として,これまでに,還元銅1),熱分解ポリアクリロニト リル2),熱分解炭酸銀セライト3)を用いる接触気相反応について報告してきた。そして,前報 3)では,熱分解炭酸銀セライトによる脱水素反応等は,主としてベンジルアルコールを還元剤 とする還元銀セライトによるものであることを示唆した。今回は,還元剤として,水素,メタ ノール,一酸化炭素を用いて調製した還元銀セライトによるベンジルアルコールの脱水素反応 を試み,いささか知見を得たので報告する。
2.実験材料およぴ実験方法
2.1 実験材料:ベンジルアルコール等の精製および炭酸銀セライトの調製は前報3)の方法 にしたがった。炭酸銀セラィトは,少なくとも同一一種の実験(3.6を除く)では,調製後略同一 保存期間のものを用い,使用に際して,かっ色デシケータ中にシワカゲル上,2日間乾燥して 用いた。この乾燥炭酸銀セライト0.599には炭酸銀1mmo1を含有する・(Mohr法)。
2.2 実験方法:還元銀セライト調製装置および脱水素反応装置は同一装置で,既報2)の反 応装置を用いた。
還元銀セライトの調製は,炭酸銀セライト8.69をパイレックス反応管に,長さ40伽にわ り可及的一様に分布せしめ,温度260。Cで還元することにより行なった。還元剤として,水素 (0.45mo ),メタノール(0。1mo1),一酸化炭素(0。45moJ)をそれぞれ用いた。還元時 間は50分間である。還元剤メタノールの場合には,−還元終了後,10分間乾燥窒素ガス10」を通 じ,反応管壁等に残存するメタノール等の気化性物質を完全に駆除した。触媒の色調は,還元 剤メタノールの場合,淡汚類灰色〜帯淡かっ類灰色で,水素および一酸化炭素の場合,帯淡緑 類灰色であった。
脱水素反応は次の如く行なった。
上記還元銀セライトをそのままの状態で触媒として使用し,所定あ反応温度に加熱した。試 料ベンジルァルコール209を,一定の速度で220分間をようして滴下させ,気化器で気化せし めたのち,気相状態で触媒上を通過せしめた(以下,空気無流通下)。反応生成物は冷却器を 経て,氷冷された受器に補集した。また,空気存在下の脱水素反応は,総量約20」の空気を,
ガスだめびん2本を交互に用いて,連続的かつ一定の速度で通じながら行なった(以下,空気
流通下)。
2.3 分析:分析は前報3)の如く行なった。
3.実験結果およぴ考察
3.1 空気無流通下脱水素反応=還元剤の差異による反応への影響を,反応温度260℃にて 検討した。その結果を第1表に示す。
第1表から明らかなように,還元剤水素,メタノール,一酸化炭素いずれの場合にも,反応 主成分として,脱水素反応によるベンズアルデヒドと,水素化分解によるトルエンの生成が認
められた。ベンズアルデヒド,トルエンの生成は,還元剤メタノールの場合に,誤差の範囲内 ながら,やや良好となる傾向が認められるようであった。反応によるガス発生量は約1.2」(標
第1表 空気無流通下ベンジルアルコールの脱水素反応 (反応温度 2600C)
反応生成物(液相)の組成(%)
欝還元剤鵠.春トルェン委.唇一痘その他
111水 素
114 メタノーノレ 121 一酸化炭素
27.5 51.7 29.8
0.8
1.9
1.4
57.9 58.5 56.7
15.8
8.1 12.1
準状態)で,還元剤メタノール>一酸化炭素>水素の順であった。すなわち,ベンズアルデヒ ドおよびトルエンの生成量は,反応発生ガス量と比例して多くなった。なお,反応生成物(液 相)の収率は,いずれも約95%であった。
他方,同条件下における熱分解炭酸銀セライトによるベンジルアルコールの脱水素反応の成 績は第2表のようで,脱水素反応がより良好に起こることが認められた。これは,恐らく,熱
篤2表 熱分解炭酸銀セライトによるベンジルアルコール
の脱水素反応
(反応温度および熱分解温度 26eOC)
実験 番号
反心生成物(液相)の組成(%)
ベ ン ズ
トルエン
アルデヒド
未反応アルコール その他115 56.4 1.9 55.5
8.2
分解により生じた酸化銀セライトがベンジルアルコールで還元されるまでに示す強い脱水素能 によるものと思料される。
3.2 空気流通下脱水素反応:空気流通下,反応温度260℃で行なった脱水素反応の実験結 果を第3表に示す。
第3表 空気流通下ベンジルアルコールの脱水素反応 (反応温度 2SOOC)
反応生成物(油層)の組成(%)
講還元鰹ル4.餐フ.ノールベンゼン禿.唇伺鯵騰
110水 素
115 メタノーノレ
120一酸化炭素
55,7 58.5
60.9
6.2 8.4 4.7
0.6
0.8
0.515.8 15.8 14.5
25.7 16.5 19.4
空気流通下の反応では,前報3)の場合と同様,ベンズアルデヒドが空気無流通下と比較して 多量に生ずるほか,フェノールおよびベンゼンなどの生成が認められた。
一方,還元剤の違いによって,触媒活性に極く僅かながら差異が認められるかの如くで,ベ ンズアルデヒドでは,還元剤,一酸化炭素>メタノール>水素の順に,その生成量が減少し た。またフェノールおよびベンゼンでは,還元剤,メタノール>水素>一酸化炭素の順に,そ の生成量が減少するようであったが,これについては,フェノール生成の機構等との関連にお いて,さらに検討を加える必要があるかと思料する。
空気流通下の反応では,酸素が優先して発生する水素の受容体となるため,空気無流通下の 反応で認められるトルエンの生成はなく,トルエンに代って,水の生成が顕著であった。な
お,第3表に示される油層分の収率はいずれも約96%,水層分のそれは約8%程度であった。
その他,還元剤一酸化炭素の反応では,安息香酸が固形分(収率1.2%)として別に生成した。
3.3 空気流通下脱水素反応に及ぽす反応温度の影響:還元剤としてメタノールを用い,反 応に及ぼす反応温度の影響を検討した。その結果を第1図に示す。ただし,図中の反応生成物
(%)は油層分の組成(%)を示し,油層分収率はそれぞれ大略96%程度である。
100
唇80
応蔑60 0り20 物40 0
ベンズ
アルデ■ヒド
ベンジル 、,彪一=====二嵩務離
トー働・一→← 二一 〇一一・一
1
200
第1図
ベンぜン 230 260 290 380
反応温鼠(。c)
還元銀セライトによるベンジルアルコールの 脱水素反応に及ぼす反応温度の影響
(還元剤 メタノール)
反応温度が高くなるにしたがって,未反応ベンジルアルコールが増加し,脱水素に関する触 媒活性の低下が示唆された。これは,反応温度が高くなるにしたがって,触媒表面を類汚黒か っ色の物質が被覆するようになり(この現象は反応温度255℃以上で明らかに認められる),そ のための触媒脱水素能の低下と思料された。しかし,フェノールおよびベンゼンについては,
反応温度が高くなるにしたがって,僅かながら,その生成量の増加が認められた。
反応温度210℃では,第1図にみられるように,ベンズアルデヒドが特に多量に,しかも副 反応も少なく特異的に生成した。フェノールおよびベンゼンの生成は反応温度255℃から認め
られ,反応温度210℃では全く検知され得なかった。
なお,この210℃における反応に注目し,特に別途,熱分解炭酸銀セライト(熱分解温度210
℃)を用いる同条件下の反応を試みたが,第1図記載の反応温度210℃の成績と略一致する実 験結果であった。
3.4 空気流通量の脱水素反応に及ぼす影響:発生する水素を酸化するにたりる理論空気量
(約101)を通じる反応と,この理論量の2倍量の空気(約201)を通じる反応との成績を比 較すれば,第4表のようである。
第4表 空気流通量の反応に及ぽす影響
(反応温度 21GOC、還元剤 メタノール〉
実験 番号
反応生成 空気流
空気量 収率 (%)
通速度
(」) (」/min)油層 水層
反応生成物(油層)の組成(%)
ベンズ未反応安息香酸
アルデヒドアルコールその他
129
15221.1
10.50.10 9ワ.6 9.5
0.05 98.8
8.189.4 89.4
9.0
10.4
1.6
0.2
このような条件下(反応温度210℃,還元剤メタノール)の反応では,空気流通量の多少に よる反応への影響は殆んど認められなかった。しかし,理論空気量以下の空気量の多少による 反応への影響については,別途,検討する必要もあろう。
3.5 炭酸銀セライトの乾燥剤による乾燥の反応に及ぽす影響=炭酸銀セラィトをかっ色ゲ シケータ中に乾燥剤上で長期間乾燥する場合,炭酸銀セラィトは微に類淡黒色を呈するように なった。 この変色は,特に炭酸銀セライトの上層部(表面部)において顕著であった。 そこ で,シリカゲル上での乾燥が反応にどのように影響するかを検討した。その実験結果を第5表 に示す。
第5表乾燥剤乾燥の反応に及ぼす影響
(反応温度 2600C、還元剤 メタノール)
実験
乾燥剤
番号
反応生成物 収率(%)
油層 水層
反応生成物(油層)の組成(%)
ベンズ 未反応安息香酸
アルデヒドフエノールベンゼンアルコールその他
罵4 な し 155 シリカゲル
96.8 9.5 64.0
97.4 8.5 64.2
6.5
7.60.ワ
0.8
16.6
16.812.2
10.6
炭酸銀セライトのシリカゲル上乾燥は2日間で,かっ色デシケーター中,常圧下に行なっ た。なお,反応条件は,空気流通下,反応温度260℃,還元剤メタノールである。
第5表より明らかなように,シリカゲルで炭酸銀セライトを2日間乾燥することによる反応 への影響は殆んど認められなかった。
3.6 炭酸銀セライトの保存:炭酸銀は不安定な化合物である。特に,光に対してその不安 定性は顕著である。これを比較的安定化させることを目的に,一つには担体としてセライトを 用いている。このことから,炭酸銀セライト調製後の使用可能期間を検討した。その実験結果
を第2図に示す。
7反
応60 生 成5
聚
乙菊
0
0
ペンズ
ルデげ
『・一 一一甲一
ベソジ1レ
ー一一一一一一一一一rムア レユーノレ
←
一一ロフニノ刃レベンゼン
保存月数
12,
第2図 炭酸銀セライト保存期間の反応に及ぼす影響 (反応温度26GOC,還元剤 メタノーノレ)
炭酸銀セラィトはかっ色びん中室温下に保存したものを使用した。なお,反応条件は,空気 流通下,反応温度260℃,還元剤メタノールである。
第2図より明らかなように,炭酸銀セラィト調製後約12カ月間までは,触媒活性に特に大き な変化は認められなかった。しかし,脱水素反応に関しては,炭酸銀セライト調製直後の場合 に,反応が微によりよく生起する傾向が認められた。
3.7 芳香族アルデヒドの酸化分解:上記の如く,空気流通下の反応では,無流通下のそれ と異なり,反応温度255℃以上で,フェノールおよびベンゼンの生成が認められたので,前報 3〉と同様,これら化合物の生成機構の一端を明らかにするために,ベンズアルデヒドを試料と する反応を試みたところ,フェノールおよびベンゼンの生成が認められた。すなわち,ベンズ アルデヒドがフェノールおよびベンゼンの前駆体であることが明らかとなった。
そこで,他の芳香族アルデヒドについても同様の実験を行ない,第6表に示される実験結果 を得た。反応条件は,空気流通下,反応温度260℃,還元剤メタノールである。
第6表 芳香族アルデヒドの酸化分解
(反応温度 2600C、還元剤 メタノール)
講試 反応生成物(液相)の組成(%)
料フェノー・ルベンゼン未反応
その他
該当化合物 該当化合物 アルデヒド
118
122 124
ベンズアルデヒド !4.1 P一トルアルデヒド 7.2 0一クロルベンズ
痕跡*P
ア ル デ ヒ ド
1.5 0.7
1.5
59.7 72.5 84.0
14.7
19.6
14.5*リーベン氏反応のみ微に陽性
ベンズアルデヒドからフェノール14.1%(油層分中,以下同様)およびベンゼン1.5%,P一 トルアルデヒドからP一クレゾール7.2%およびトルエン0.7%,また,o一クロルベンズアルデ ヒドからo一クロルフェノール痕跡(?)およびクロルベンゼン1.5%の生成がそれぞれ認めら れた。ただし,o一クロルフェノールはガスクロマトグラム上に現在のところ認められず,そ の生成は疑問視される。なお,反応生成物(液相)の収率は約80%前後であった。他に,P一ク ロルベンズアルデヒドについても,加熱溶融試料およびベンゼン溶解試料等について検討した が,現在のところ,未だP一クロルフェノールの生成を認めるに至っていない。
このように,ベンズアルデヒドのみならず,他の芳香族アルデヒドからもフェノール類およ びベンゼン類の生成が認められることは,この反応が,かなり一般的なものであるかと思料さ
れる。
なお,芳香族ケトンであるアセトフェノンについて,上記芳香族アルデヒドと同一条件下に 反応を試みたが,フェノールの生成は認められなかった。したがって,この反応はアルデヒド のみに生起するものと思料される。
芳香族アルデヒドに関するこの反応は,単にアルデヒドからフェノールが生成することのみ を重視すれば,過酸化水素を酸化剤とするDakin反応4)や,過酸を用いるBaeyer−Villiger 反応5)に似ている。しかし,両反応によるベンズアルデヒドからのフェノールの生成は極めて 少ないか6),もしくは生成しない7)という実験データーがみられる。
他方,Brunner8)は,ベンズァルデヒドベンゼン溶液の自動酸化に際して,非常に少量のフ ェノールが生成することを極めて簡単に報告している。これより,今回の反応で,生成したベ ンゼンがフェノール生成に何らかの役割をはたしていることも思推しなければならないであろ
うが,著者9)は,現在,ベンズアルデヒドベンゼン溶液を試料とする還元銀セライト上での反 応で,ベンゼンは,フェノール生成を促進するものではなく,むしろ,フェノール生成を阻害
し,しかも安息香酸生成を促進するが如き実験結果を得ている。これらについては他日報告の 予定である。
フェノール類の生成が増加する場合,安息香酸類の生成が減少すること,およびフェノール 類の生成が減少する場合,安息香酸類の生成が増加すること,すなわち,フェノール類の生成 と安息香酸類の生成とが競合関係にあることは,Baeyer−Villiger反応でも認められるとこ ろで,これから類推すれば,今回のフェノール生成の反応は,Baeyer−Villiger反応に似た 側面を有するものと思料される。しかし,この競合関係については,フェノールが遊離基捕捉 作用を有することから,ベンズアルデヒドの空気酸化による安息香酸の生成を,生じたフェノ ールが抑制することも考慮しなければならないであろう。
以上の実験結果および考察にもとづけば,フェノール生成は,恐らく,第3図記載の過程を 経るものと思推するのが妥当ではなかろうか。
CH20H
CHO
O
C COOH
lH
◎
第3図フェノール生成機構
しかし, フェノール生成の反応機構については,根本的な問題としてのフェノールの生成 が,接触的反応によるものか,単なる熱的酸化分解反応によるものか等の検討の他,さらに多 くの芳香族アルデヒドを試料とする反応を試みたのち,また,今回の実験では行なっていない 反応生成ガスの分析結果をまって,より詳細に検討する必要があろう。
4.要
約還元銀セライトによるベンジルアルコールの脱水素反応を210・》510℃で試み次の結果を得
たσ
(1)還元剤(水素,メタノール,一酸化炭素)の反応に及ぼす影響は大きくない。
(2)炭酸銀セライトは調製後,約12ヵ月以上使用可能である。
(5)ベンズアルデヒドの生成は,空気存在下の反応,特に低温(210℃)の反応で多くな
る。
(4)空気存在下の反応では,ベンズァルデヒドがフェノールおよびベンゼンに酸化分解さ れる。しかし,この酸化分解は低温(210℃)の反応では認められない。
(5)この酸化分解は,他の芳香族アルデヒド(P一トルアルデヒド)でも認められるが,
芳香族ケトン(アセトフェノン)では認められない。
(6)フェノール生成の機構は,Baeyer−Villiger反応のそれに似た側面があるらしい。
銑一H→一・ 一]く1器。H
本研究は山崎勇一,鶴井寿身両氏のご協力におうところ大であった。また香川大学,川本和明教授から貴 重な助言をいただいた。稿を終るにのぞみ深謝の意を表します。
本論文の要旨は日本化学会第29秋季年会・触媒討論会(広島,1975年)において口頭発表した。
文 献
1)竹友一成他,日化第20年会講演予稿集皿,P.278(196ワ)
2)竹友一成,本誌,21号,45(1970).
5)竹友一成,本誌,24号,47(1975).
4)H.D。Dakin,Am。Chem.」.,42,477(1909).
5)A.Baeyerθ αム,Ber,,32,5625(1899).
6)E.Sp互th切α乙.Ber.,73,955(1940).
7)小方芳郎,有機過酸化物の化学,南江堂(1971)P.126.
8)M.Brunner,Helv.,10,707(1927).
9)竹友一成,未発表.