青年期教育における現代的課題 (1) : 望ましいパ ーソナリティ形成の今日的条件
著者 田中 麻里
雑誌名 東京家政大学研究紀要 1 人文社会科学
巻 36
ページ 63‑69
発行年 1996
出版者 東京家政大学
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00008939/
青年期教育における現代的課題(1)
一望ましいパーソナリティ形成の今日的条件一
田 中 麻里
(平成7年9月30日受理)
The Urgent Problems of Youth Education Today(1)
−The Circumstance Required to Form Youth s
Parsonality as It is Most Expected一Mari TANAKA
(Received September 30,1995)
はじめに
現代社会は,情報化社会・消費社会と呼ばれ新たな文 化・知的環境のもと,多極化した価値観が次々と生起し,
それに伴って青年についての多方面にわたる諸問題・病 理現象が多発している.「ポスト・モダンの時代」とい われる今日,これらの状況はますます複雑さを増し,重 要且っ大きな局面を迎えており,望ましい人間的発達の ために重要な青年期における発達課題の履行の仕方にも 多大な影響を与えている.人間はすでにできあがったも のとして生まれてくるものではない.人閻的社会。文化 的環境のもと適切な学習・教育の過程を経て発達してい
く.しかしながら,人間の発達は決して平坦な一直線の コースではなく,連続,非連続の組合わさった複雑な過 程であり,葛藤と危機と波乱に満ちた過程でもある.身 体的にも精神的にもバランスのとれた・人格的にも調和 のとれた,おとなへと成長していくことは,容易なこと ではない.
今日にいたるまで,多くの研究者によってこれら人間 の発達を特徴的・段階的にとらえようとする試みが様々 な立場からなされてきた.例えば,エリクソン(E.H.
Erikson)は人間の発達を社会一心理的発達の側面か ら8段階に分け漸成的順序に従うものと考え,ある段階 の発達課題を達成しなければ,次の段階へと進むことが できないとし,各段階の発達課題の達成が健康なパーソ ナリティ形成には不可欠としている.(1)
ところが,現代社会は,この発達課題の達成に大きな 影響を与えるとともに,その発達を妨げるような危機的 要因に満ちている.本研究では,人間の発達一特に青年
期に視点をあて現代青年の意識と関わりあいをもたせな がら,「青年の人間的発達とは」「現代社会と青年のパー ソナリティ形成の今日的諸条件」「青年期の発達課題の 達成と教育」にっいて考察したい.
教職教養科 教育研究室
1 青年の人間的発達とは
学歴社会といわれ,その問題点や背景が指摘されるよ うになってから久しい.だが,これらの傾向は一向に弱 まっておらず,教育時代と呼ばれるようにますます過熱 傾向にあるのが実情だ.それは我々をとりまく環境一国・
社会・企業。親・子ども等の関心事が教育に向いている からであり,学校教育・それをとりまく環境もそれに応 えたものであることも一因にある.そのため,青年は,
当面の諸事情に追い立てられて,未来を切り開くことも 自分を大切にすることもできないでいる.
下記の表ωは母親の子どもに対する心配事について の調査結果である.この表から読み取れることは,母親 の意識が,学歴を重視する一面的価値観(偏差値)にと らわれており,「勉強・進学 46.4%」に集中している ということである.このような親の意識は,子どもに直 接投影されるものであるからして,結果子どもの意識・
関心事もそちらへ傾いていってしまう.
しかしながら,これら学歴を重視する一面的価値観
(偏差値)は真の人間的能力に結びっいていくものでは ない.このような偏った観点からの教育志向は逆に,理 性と知性を混乱させ人間としての真のまなざしを失わさ せる.人間がより人間的になるため一人間的発達をする ためには,人間中心の教育が最も重要な事柄の一っであ り,社会・文化的視点から,それに基づいた人間的諸能 力の発達によってこそ豊かな人間性は形成されるわけで
田中 麻里
表1 母親の子に対する心配事
魎 伽 や 己 孚
職 鍵 な ど の # 嚢
E 人 口 瓢
学 線 生 活
日 曾 o 生 悟 撃 度
属 性 円 僅
繋煙飲溺・シンナーなとり露行
嵐 子 目 儀
性
ぐ の 億
蓼● に な い
わの・らない ・舞目笛
(複数回答)
{N)
(注)r3〜15銭の子供を持っ母親を対象。
資料:総務庁青少年対策本部「青少年の校外落動と家庭に関する国際比較淵査1(平成 2年)
あるからして,現代の社会と教育は,実のところ,望ま しい人間的発達のための情緒的・知的欲求に全く応えて いないのである.その結果として,自由な思考・創造的 学習に欠けた人間をっくり,登校拒否・家庭内暴力・い じめ・非行・差別などの弊害を生んでしまっている.こ の状況から抜け出すために,これからの教育は教育の本 来の目的一豊かな人間的教育に,どのように応えていけ
るのかが問われていくであろう.
では,人間が人間的発達するというのはいったいどう いうことであろうか.先述のように,エリクソンは人間 の発達をそれぞれの発達段階をふまえながら段階的に進 むものとし,それぞれの過程には,それに相応しての身 体的・精神的・社会的な課題があり,それらを適切にこ なしながら,葛藤を乗り越えながら人間は発達していく としている.(3)そして,こうした葛藤の頂点を迎えるの が青年期であり,この時期が人間の生涯のうちでもっと も不安定一危機に満ちた時期であるとし,アイデンティ ティ(identity)の確立が青年期における重要な課題と している.ωしかしながら,このアイデンティティの確 立をするということは,たやすいことではない.急激な 身体の変化やそれに対する心理的反応,そこに現れる不
安や葛藤,個人のニーズと社会からの要求とのあいだの 矛盾等々が,個々の発達段階においてさまざまな形となっ て現れ,時には既成の自己像が脅かされ,いわゆる同一 性の危機(identity crisis)に見舞われやすい.(5)ここ ろのバランスを失い自分はいったい何を求めているのか,
何をしているのかわからなくなってしまうのである.そ れゆえ,この最も敏感で不安定な時期をどのような環境 のもとでどのように過ごすかということが,青年のその 後の人格形成に大きく関わってくる.
ところが,現代社会には,これらの発達を妨げるよう なさまざまな危機的要因が満ちている.価値の多様化と 変動の激しい社会のなかで青年は自分が傾倒できる,傾 倒に値する目標や理想,役割を見出すことができず,ま た,さまざまな経験のなかから自己探求と自己確立への 歩みをすすめる余裕すら持ち合わせていないそのため,
人間の本質一才能・個性・意欲等々,人間的諸能力を失 わせ,社会からドロップアウトする青年が増加している のが現状だ.これは発達課題の未達成という側面と発達 疎外という側面を両方合わせ持っており,この複雑な状 態からの脱却は,ひじょうに困難を極めている.
バランスのとれた価値観,正当な思考力や創造性を育 てることなしに,没個性的・画一的な人間をっくるっめ こみだらけの教育,人間を記憶や知識の量によって価値 判断し序列化する社会,このような社会構造のなかで形 成されるパーソナリティを我々はこれからどのように援 助し。導いていけば良いのであろうか.
青年期における望ましい人間的発達=すなわち葛藤と 危機に直面しながら,自己の内的な世界を拡大。深化さ せ内的・外的可能性へ能動的に働きかけることにより形 成・確立される自己の位置付け(社会的自己定義)は,
人間が人間的・人格的に調和のとれた発達のために,ま た人間がこころ豊かに幸せに生きるために不可欠なアイ デンティティそのものであり,それらの確立への志向と 努力が望まれている.
Il現代社会と青年のパーソナリティ形成の今日的条件 現代は都市化・情報化社会であり,揺れ動く社会とそ の急激な変化は,あらゆる世代の人々の価値観や生き方 に多大な影響を与えた.その影響は,一般的なものから 個人的なものへ次第に進行し,今日にいたっては,人間 の誕生・成育・発達の基盤ともいえる家庭が機能を喪失 しようとしていたり,教育の基本である学校が画一的価
値観にとらわれ荒廃したり,また社会もこのような家庭 や学校の教育力の低下を補う役割を後退させている.そ のため,発達途上における青年が心理的にアイデンティ ティーの混乱や拡散に陥りやすく,それらがさまざまな 形で生起し,今までにみられなかった特徴・傾向を生み 出してきている.
こうした諸状況のなか,青年のパーソナリティ形成の ためには,家庭は学校は社会はこれからどのように社会 的環境や教育の条件を整えたら良いのだろうか.新たな 視点からとらえ直すことが必要である.以下,いくっか のデーターを基に,現代青年のおかれている環境・特徴 的意識。問題点について分析・考察してみたい.
表2考え方に影響を与えたもの
︶%50
43・3 箪3テレtr .,ラ朔
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40 ノ
\/38 1
30
の情報は,必ず他者をとおして流されるものであり,そ こには他者の主観が含まれている場合も多分にある.す なわち,情報を受け取る側にも,それらを積極的に思考 し判断しようとする態度がなければ,その情報に惑わさ れ,翻弄され結果,価値観がマス・メディアに支配され 混乱してしまう恐れがある.
また,間接的な情報によってインスタント的に満足し てしまうと,対象物と自己の距離感を掴み取れなくなっ てしまい意識は希薄化し,すべて「テレビの中の出来事」
として受けとめてしまう.それゆえ,直接的に物事に関 わっていく姿勢や,態度が損なわれていき,個人化の傾 向にますます拍車をかけ入間を孤立させていく危険性を もはらんでいる.人格形成においては,やはり直接的体 験と積極的な他者との関わりあい,また現実を直視し,
逃避することなく思考することが重要な要因であると考 えられる.このことの意味において,マス・メディアの 利点や効用と欠点をよく吟味し新たにとらえ直すことが 青年のパーソナリティ形成に,必要になってきているの ではないだろうか.
表3 青少年の起床在宅時間の変化(全員平均時間)
2° ヨ:=:1轡二:二:二:三「丁剛………
−7友人・・僚
耐雛讐琴。、、
10
学校の先生
./
職場の上司や先ばい 一L 一一+_一一一一一一一一:単行本
σ t 一 一. 一一一一一一一・一・∵蕊i謄由灘 昭和45年 50年 55年 60年 平成2年
(注) 15〜23歳を対象。
資料:総務庁青少年対策本部「青少年の連帯感などに関する調査」
これは「考え方に影響を与えたもの」というデーター
⑥である.これを見るとテレビ・ラジオが圧倒的に影 響力を持っていることがわかると同時に,マス・メディ アから流される情報が青年の価値観に大きく関わってい ることが読み取れる.青年にとって,これらから得られ る情報が主であるということは,多様な知識と文化をい ち早くタイムリーに享受できることであり,それ自体何 等問題はない.しかし,ここで見落としてはいけないこ とは,テレビという媒体をとおしての情報は,あくまで も,間接的なものでしかないということだ.そして,そ
小学生
中学生
高校生
大学生
(参考)
国民全体
(平日) (土曜日)
, t●
岡昭和55年 Zi平成2年
資料:NHK放送文化研究所「国民生活時間調査」
(時間 分)
(日曜日)
, 聖●
田中 麻里
表4 父母との会話時間(経年変化) 表6 家族との付き合い方
父親との会緒時聞 (%)
昭和58年 曙和61年 平成元年 平成4年 ぜんぜんしない 37.0 錦.5 4塞.9 43.0 30分くらい 44.5 45.8 42.5 42.3
1時間ぐらい 10.8 銑9 9.3 &7
2時間ぐらい a5 a7 3.4 包2
3時間より多い a2 L5 1.4 且,7
母親との会話時間
(父親)
昭和57年
1中学生1 【高校生}
なんのかtの深い ごく表 わからない、
くしだて ところは 面的に 無回答 もなくつ ださない
きあう でつきあ つきあう いない
¶﹂..Z=
394 407 140 3.1
平成4年 42.1 347
(%)
昭和58年 昭和61年 平成元年 平成4年 ぜんぜんしない 16.0 19.1 18.3 18.4
30分ぐらい 54.1 56.1 54.1 540
1時間ぐらい 19.0 1ε5 17.0 17.3
2時間ぐらい 鼠1 3.6 5.3 5.5
3時間より多い 4.2 a5 4.6 4.4
176 5.1
\ 〜°〜…
8 2
(注) 1 平目における学校から帰宅後の会猛時問。
2 小学校3年生,5年生及び中学校2年生を対象。
資料:東京都生活文化局「東京部子ども基本煽査」
(母親》
45
昭和57年 550 294 置 25 05
平成4年 486
2.5
310 155
85iO.8
4.0 474 363 0
mo
0.4
(兄弟、節妹》
昭和57年 41,5 235
2.9
25.4 35 2.O
平成4年M.8aS。3。7 i 4.8397 319197 i 1.8
5・6 (%} 6・8(%)
−
0 且020:}0405060708090且00 0 102030405060708090100 資料:NHK放送文化研究所「中学生・高校生の生活と意識」
表5 父母と話さない理由
(複致回答)
:.話すことがない
Z話す機会がない
3.わかってもらえない
4.すぐおこる
5.たよりにならない
aうるさがる
7.はずかしい
8.無回答
0 10 20 30 ⑩ 50 60(%)
資料:総務庁青少年対策本部「青少年の連帯感などに関する調査1(平成2年)
さて,次に青少年の家庭での行動と家庭・家族に関す る意識を,いくっかのデーターからみてみたい。人間が 成長・発達していく過程において,親子関係はひじょう
に重要な役割を果たし,人格形成・発達課題の達成の仕 方に大きく関わってくる事柄である.そこで,家庭・家 族に関して青年がどのように関わりあい,どのような意 識でいるのか,推察してみたい.
人間の人格形成の過程において,親子関係はひじょう に重要な役割を担っている.人間にとって,生まれたと きから一番近くに存在する親・家庭環境からうける影響 は,計り知れないほど大きいものであり,また,人間の 最も根底的な価値観や規範を母子・父子・兄弟関係など,
家族間の役割に接し体験することにより学び取ることは,
ひじょうに重要な事柄でもある.そして,それは,人間 としての基盤を形成し,生涯にわたって,さまざまな機 会に受ける教育の母体をなしていくものであり,これら の経験を経る ことにより,人間は自己を内面化させ社会 性を発達させていく手掛かりなどをっかんでいく.
現在,家庭は経済的・政治的・文化的等々さまざまな
社会的要因の影響・刺激をうけ,その在り方が大きく変 化し始めている.そして,このような変化とともに,教 育への要求が高度化し多様化したことなど他の複雑な社 会的要因が絡み合い,家庭教育力の低下がしだいに進行
しっっある.
上記のいくつかの表は,人格形成上重要な役割を果た す家庭の家族形態・機能・社会的位置付の特徴的現象・
変化が典型的に表出されていると考えられるものである.
表3のデーターは,「青少年の起床在宅時間の変化」(7)
である.どの年代を見ても起床在宅時間が減少している ことが分かる.これは,学歴社会を背景に塾・お稽古事 に費やす時間が増加したことが第一の要因であろう.こ のことは現在の社会状況から,容易に推察できることな ので,ここではあえて分析は加えない.次に日曜日の起 床在宅時間の変化に注目してみたい.平日・土曜日の起 床在宅時間より著しく減少傾向にあることが読み取れる.
従来,日本の社会構造においては日曜日は休日であり,
家族と過ごしコミュニケーションをはかることのできる 日でもあった.すなわち,この日曜日の起床在宅時間の 著しい減少傾向はイコール家族と過ごす時間の減少に直 接的に結び付くものであり,それは家族間のコミュニケー ションの機会が減少したことを意味する.そして,この ことは家族という意識の希薄化にもっながっていくもの であり,その結果,表4のように父母との会話時間の減 少の一因にもなっていると考えられる.
次に表4と表5にっいて見ていきたい.表4は「父母 との会話時間」c8),表5は「父母と話さない理由」(9)とい うデーターである.父母との会話は親子の触れ合いの重 要な一部分でありコミュニケーションの度合いの一一一Ptの バロメーターにもなる.その会話時間を表4からみてみ ると,会話する者の場合の会話時間でも30分位が最も多 く,会話をぜんぜんしない者も,父親との場合において は43.0%にものぼり,家族との会話時間が減り,家庭内 においても家族とはあまり関わらず「個」を中心とした 生活様式になりつつあることがうかがえる.また,経年 変化でみた場合でも,父母との会話をぜんぜんしない者 が増加傾向にあることから,家族間の触れ合いが比較的 浅いものになってきていることが読み取れる.これは,
家庭教育力の低下と密接に関わってくることであり注目 すべき点であろう.また,このことに関連して表6㈹
をみてみると, なんのかくしだてもなくっきあう が ここ数年で大きく減少していることから推察すると,や
はり現代社会の構造の変化が家庭の在り方に多大な影響 を与え,家族間の意識を希薄化させ,家庭内の教育的影 響力を弱め,その結果家庭の教育力を衰えさせたとみる のが妥当であろう.
人間にとって性格・価値観・生活習慣・態度・能力の 形成は家庭の教育力によるところが大きい.それゆえ,
その過程がどのようなものであるかは,その後の人生に 大きく作用してくることである.今後,この家庭の教育 力の低下をいかに補い,家庭の教育力の危機をいかに克 服していくのかが,現代社会における青年のパーソナリ ティ形成のための今日的条件の一っであろう.
皿 青年期の発達課題の達成と教育
人間が一人前の人間として発達をとげるためには,さ まざまな発達課題に取り組み,そのひとっひとっを克服 しながら人間的能力を獲得していかなければならない.
しかし,人間的発達を疎外するさまざまな危機的状況の 前で人間的に生きる方向を見失い,社会と自己との葛藤 のなかで,もがき苦しんでいる.そして,これらの状況 は青年期の発達課題の履行の仕方にも影響を与え,葛藤 と危機の頂点にある青年期を混乱させ,発達課題の達成 を一層困難なものにしている.
さて,青年が,複雑多岐にわたる現代社会において,
望ましい(健康な)パーソナリティ形成をするためには,
どのような視点と課題が必要なのであろうか.
望ましい(健康な)パーソナリティ形成は,人格の形 成をめざす 教育 において,常に中心的課題であった ものである.そして,この課題は絶えず模索しっづけら れているのだが,時代の移り変わりとともに変動する社 会的。道徳的・文化的価値基準の強い影響をうけるため,
普遍的原理一絶対的方法論の確立にいまだ至っていない.
しかしながら,時間と空間を超越し,普遍性をもっ理 想的なパーソナリティ形成(自己のおかれた社会にもっ
ともよく適合し,要請に応え,その社会の特殊性を超越 し,改善し,批判できるグローバルな視野を持ちうる人 間)を探求し続けることは,人間社会の未来への展望に っながってゆくきわめて重大な課題であり,これらのパー ソナリティを獲得しうることができるならば人間は歴史 的・社会的限界を乗り越えていけるのではないだろうか そして,そのような人間は,いかに社会が変化しようと も,常に人間的能力を最大限に発揮していくことができ るであろう.
田中 麻里
さて,このようなパーソナリティを現実のものとする ためには,どのような視点が必要であろうか.今日,我 が国は表面的には物質的にも豊かであり,政治・社会も それなりに安定し,教育にいたっても文盲率0%と高い 水準を誇っている.それにもかかわらず問題の多発する 状況は,やはり青年の人間的発達の意義と発達課題とい うことに対しての無理解が大きく関わっており,教育も それに応えたものではなかったことにほかならない.
それゆえ,この状況から脱却するための足掛かりとし て,教育の質というものが問われていかなければならな いと考える.そして,青年の人間的発達への正当な要求 を適切に理解・援助・評価しどのように受けとめていく かということや,人間教育の理念の発展・具体化や方法 論をどのように確立していくかということが重要になっ てくるだろう.また,人間ひとりひとりの発達を軸とし,
自己形成の問題を歴史的・社会的現実のなかでとらえ直 した理論の分析。研究・発展をすすめ,教育の質の向上 をはかっていくことも必要になってくると考えられる.
そして,青年期における望ましい(健康な)パーソナ リティ形成のための現代的課題として,青年期教育のめ ざす目標として,下記の3っの発達課題を重要なものと 位置付け,明示し,この章のしめくくりとする.
解決していくことは困難であり,自己の人生を主体的な 態度で生きていくことが出来ない.それゆえ,自律性は 人間的能力の諸機能を発揮するためには必要不可欠な資 質の一つである.
3)理性と知性の発達
ここで述べる理性とは,真理を究め,正しく思考し,
判断し,適切に実践に導く力という意味での理性である.
そして,ここで延べる知性とは,人間の生命・個性を尊 重し,守り・育てていくという意味での知性である.こ れは,人間が人間的であることへの理解,個人的にも社 会的にも創造的且っ建設的に生きるための基本となるも のである.人間がこれらの理性と知性を失うと,自己破 壊への道を歩む危険性をもはらんでいる.現代の社会に おいては,このような理性と知性の発達が,人間の生存 と発展のためにもきわめて重要な課題である.
これらの課題は現時点においては,ひじょうに困難な ものかもしれない.しかし,およばずながらも,これら の課題への達成と努力をすべきであり,またそれらを目 標として認識し,援助していくことが,今,望まれてい
る.
むすびに 1)多元的な価値観の発達
自己を取り巻く社会を客観的に判断・理解し,それら を健全に維持・発展させていくことや,自己を生かし人 間関係を円満に保っためには多元的価値観が求められる.
一面的で主観的な価値観は人間の判断や行動を独断的・
排他的なものにし,そこからは正しい認識は生まれなV.
それは,偏見を生み,差別を助長し,真実を覆い隠すも のである.人間の多様性とさまざまな価値を正しく認識 し,多元的価値観を発達させていくことによって,合理 的な思考や判断が生まれてくる.変化の著しい現代社会 においてはこのような多元的価値観の発達が重要になっ てくるであろう.
2)自律性の発達
自己を適確に分析・調整・抑制・実践・反省・解決を し,自己をとりまく社会と調和を保ち,自己の人生を実 りあるものにするたあには,自律性の発達が重要な要素 の一っである.さまざまな社会状況や問題に直面したと き,この自律性が形成されていなければ,適切に対応し
現在,日本の青年期は多くの問題を抱え,青年たちは 葛藤・不安・動揺。緊張を余儀なくされ,また,そこか ら生起するストレスはさまざまな形の事件や病理現象と して現れ,日増しに深刻さを増している.
人間は,すでにできあがって生まれてくるものではな い.人間は,誕生してから実に多くの社会の出来事と遭 遇し,刺激され発達していく.しかし,我々をとりまい ている社会は不変なものではない.社会構造は,複雑に 多様に変化する.そして,これにともなって価値観も変 化する.したがって,我々の前に大きく横たわるさまざ まな問題を解決しようとする時, 今,何が問題なのか 社会構造の特殊性を念頭において新にとらえ直すことが 必要になってくる.
さて,今日青年期の発達にっいての研究や理論は,多 方面からさまざまな形で行われている.しかしながら,
葛藤と危機に直面している青年をめぐる状況は皮肉にも よくはなっていない.我々は,発達の理論や現象を説明 しようとする前に,今一度,問題意識をもち,望ましい
パーソナリティ形成のために必要な発達課題を見直して いかなければならない.そして,いかなる社会状況下に あろうとも,青年が自ら,人間的素質や能力の再発見・
本質的な理性と知性の獲得・多元的な価値観の獲得への 志向と努力をすることのできる力を育成したいものであ
る.
青年期教育における現代的課題には,本論の視点以外 にも,さまざまな側面が存在している.これらにっいて は,これからの継続的課題として研究していきたい.
註
(1) 「アイデンティティー青年と危機」エリクソン(E.
H.Erikson)第三章 岩瀬庸理訳 北望社 1969年
(2) 「青少年白書」総務庁対策本部編 PP82大蔵省 印刷局 平成5年度版 1994年
(3>同(1)
(4)同(1)第四章
(5》 「自我同一性」エリクソン(E.H. Erikson)第 二章 第3部 小比木啓吾訳 誠心書房 1973年
(6) 「青少年白書」総務庁対策本部編 PP21大蔵省 印刷局 平成6年度版 1995年
(7)同(2)PP26
(8)同(2)PP27
(9)同(2)PP29 ao)同(2)PP52
参考文献
「完全なる人間一魂のあざすもの」マスロー(A.H.
Maslow)上田吉一訳 誠心書房 1964年
「改訳 青年期」ドベス(M.Dobess)吉倉範光訳 文庫クセジュ 1969年
「精神的に健康な人間」上田吉一訳 川島書店 1969年
「人間性の最高価値」マスロー(A.H. Maslow)上 田吉一訳 誠心書房 1973年
「日本青年の意識構造一不安と不満のメカニズム」松原 治郎著 弘文堂 1974年
「アイデンティティの心理学」遠藤辰雄編 ナカニシヤ 出版 1981年
「教育の階段一誕生から青年期まで」ドベス (M.
Dobess)堀尾輝久・斉藤佐和訳 岩波書店 1982年
「現代社会と教育」近藤大生・有本章著 福村出版 19 84年
「子どもの発達と社会一教育社会学の基礎一」熊谷一乗 著 東信堂 1986年
「青年期の意識構造 その変容と多様化」加藤隆勝著 誠心書房 1987年
「変貌する社会と青年の心理」久世敏雄編 福村出版 1990年
「アイデンティティの心理学」鎗幹八郎著 講談社 19 90年
「人間一その生と形成一文化・社会・学校に関わって」
川瀬八洲著 相川書房 1993年
「青春の変貌一青年社会学のまなざし一」岩見和彦著 関西大学出版 1994年
謝 辞
本研究にあたりまして,多大なるご協力,ご指導をい ただきました教職の諸先生方に深く感謝の意を表します,