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わが国島嶼空間の変容 : 架橋開通に伴う瀬戸内海中部、田島・横島の地域変化を中心として

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(1)1998(平成10)年度 修士論文 わが国島喚空間の変容 一架橋開通に伴う瀬戸内海中部、. 田島・横島の地域変化を中心として一. 兵庫教育大学大学院学校教育研究科 教科・領域教育専攻 社会系コース. 塩 谷 裕 司.

(2) 目次. 序章 一一………一…一一一一一…一…一…。一一…一一…一……一…一…一一…. 1. (1)はじめに 一一一一…一…一…一…一一………一…一。…一一一一一一…一_. 1. (2)先行研究のまとめ 一…一………一…一一一…一一………一一一一. 4. (3)本研究の目的と方法 第1章. 一…一…一…一…一一……一…………一一. わが国島喚の現状と課題 …一…一…一’一…’一一幽…一一一一一一一. 13. 14. 第1節 わが国島嗅の地域的分布 一一一一………一…一一一一…一一……. 14. 第2節 人口・産業・生活に関する諸特性 Σ…一一一。一一……一…一一…. 20. (1)人口の動態 (2)産業の基盤 (3)生活の環境 第3節 離島振興法の制定と運用 ……一一一…一一……一一…一…一…. 35. (1)制定の経緯 (2)離島振興法の概要 (3)離島振興計画 第4節 わが国における出演の地位と問題点 一…一。…一…一…一一. 45. 一一一一一一…一一…一…一一………一9一一’. 47. 第1節 島嘆の類型分類とデータベースの作成 一…一……………一. 47. 第2節 島嗅類型分類の比較考察と架橋の有無による差異の分析 一。. 72. 第2章. 第3章. わが国島喚の統計解析. 瀬戸内海田島・横島の地域分析 一一…一……一一…一一…… 95. 第1節 地域の概要 ……一一…一一喝一一”層’一一一一一’}層一一.一一9一一一一軸’一一一一 95. 第2節 産業と生活の地域調査 一一…………一…一一一一……………127 (1)農業. (2)水産業 (3)水産加工業 (4)観光業 (5)生活 第3節 内海大橋の計画と開通 …一……一一…一…一一一一…一………146. (1)内海大橋開通の経緯 (2)内海大橋の利用状況 第4節 架橋開通に伴う田島・横島の地域変化 一………一一一…一…一156 終章一おわりに 一…一一一…一……一一…一一。一一一………一一一一一……168 文献. ……一一…一…一一…一一一…………一…一一……一一一一一一一一…一一一171.

(3) 図表一覧. 第1章 図1−1. わが国島嘆の分布. 図1−2. 都道府県別島虚数(計425島). 図1−3. 都道府県別島歯数(計425島)・降順. 図1−4. 島嗅類型図. 図1−5. 全国と離島地域(325島)の人口推移. 図1−6. 面当6類型別の人口推移. 図1−7. 全国の年齢階層別人口比率の推移. 図1−8. 島嗅地域(276島)の年齢階層別人口比率の推移. 図1−9. わが国島嘆の観光素数の推移(276島). 図1−10. わが国島嗅の宿泊施設数の推移(276島). 図1−11. 離島振興計画の推移. 表1−1. 人口規模別島記数. 表1−2. 産業別就業者比率の推移. 表1−3. 生活環境水準の比較. 表1−4. 離島振興法地域指定の経緯. 表1−5. 離島振興対策実施地域 指定解除の経緯. 第2章 図2−1. 全国島喚データベース入力変数 架橋パターン分類(1/2) 全国島嘆データベース入力変数 架橋パターン分類(2/2). 図2−2. 全国憂慮データベース入力変数 行政パターン分類. 図2−3. 面積の順位一規模 全国島懊19偽年. 図2−4. 人口総数の順位一規模 全国島嗅1990年. 図2−5. 幼年人口比率の順位一規模 全国島嗅1985年. 図2−6. 生産年齢人口比率の順位一規模;全国島喚1985年. 図2−7. 高齢人口比率の順位一規模 全国島喚1985年. 図2−8. 就業者総数の順位一規模 全国島喚1985年. 図2−9. 第一次産業就業者の順位一規模 全国島嗅1985年. 図2−10. 第二次産業就業者の順位一規模 全国島嗅1985年. 図2−11. 第三次産業就業者の順位一規模 全国島喚1985年. 図2−12. 農林水産業生産額総計の順位一規模 全国島嘆1985年. 図2−13. 耕地面積の順位一規模 全国島嗅1990年. 図2−14. 観光客数の順位一規模 全国島喚1989年. 図2−15. 宿泊客数の順位一規模 全国島喚1989年. 図2−16. 保有車両台数の順位一規模 全国島嗅1990年. 図2−17. 医療施設数の順位一規模 全国島喚1990年.

(4) 表2−1. 全国島喚データベースの入力変数(1/2) 全国島嘆データベースの入力変数(2/2). 表2−2. 順位一規模の変数と田島・横島の相対的地位. 表2−3. 島嘆類型分類の項目とその組み合わせ. 表2−4. 島喚の立地する都道府県と行政パターンとのクロス(1/2) 前面の立地する都道府県と行政パターンとのクロス(2/2). 表2−5. 島娘の立地する都道府県と離島類型とのクロス(1/2) 温血の立地する都道府県と離島類型とのクロス(2/2). 表2−6. 島嘆の立地する都道府県と架橋の有無とのクロス. 表2−7. 温血の行政パターンと離島類型とのクロス. 表2−8. 島喚の行政パターンと架橋の有無とのクロス. 表2−9. 離島類型と架橋の有無とのクロス. 表2−10. 架橋開通年と架橋パターン. 表2−11. 平均の差のt検定に用いた変数. 表2−12. 平均の差のt検定に用いた変数の記述統計(1/2) 平均の差のt検定に用いた変数の記述統計(2/2). 表2−13. 架橋の有無による平均の差のt検定(等分散性のF検定を含む)(1/3) 架橋の有無による平均の差のt検定(等分散性のF検定を含む)(2/3) 架橋の有無による平均の差のt検定(等分散性のF検定を含む)(3/3). 表2−14. 架橋の有無による平均の差のt検定のまとめ. 第3章 図3−1. 田島・横島の位置. 図3−2. 田島・横島周辺の道路交通ネットワーク. 図3−3. 田島・横島地域の関連地名. 図3−4. 田島・横島のかつての海上交通ルート. 図3−5. トモテツのバス路線. 図3−6. 田島・横島の地形(等高線). 図3−7. 田島・横島の労働力状態(年齢15歳以上)人口の推移. 図3−8. 田島・横島の産業別就業者数の推移. 図3−9. 田島・横島の農家数推移. 図3−10. 田島・横島の農業就業人口の推移. 図3−11. 田島・横島の農業経営耕地面積の推移. 図3−12. 田島・横島の農作物の類別収穫面積の推移. 図3−13. 田島・横島の漁業就業者の推移. 図3−14. 田島・横島の海面漁業・海面養殖業漁獲量推移. 図3−15. 田島・横島の海苔養殖生産量の推移. 図3−16. 田島・横島の事業所数の推移. 図3−17. 田島・横島の事業所従業員数の推移. 図3−18. 田島・横島の卸・小売業商店数の推移.

(5) 図3−19. 田島・横島の業種別小売業商店数の推移. 図3−20. 田島・横島の総人口の推移. 図3−21. 田島・横島の年齢別人口の推移. 図3−22. 田島・横島の年齢別人口のコーホート推移(全体). 図3−23. 田島・横島の年齢別人口のコーホート推移(男子). 図3−24. 田島・横島の年齢別人口のコーホート推移(女子). 図3−25. 田島・横1島の雨温図(1997年). 図3−26. 田島・横島における観光定置網漁業の入れ込み紙数の推移. 図3−27. 田島・横島の道路交通. 図3−28. 安芸灘オレンジライン. 図3−29. 田島・横島の通勤者の通勤地の推移. 図3−30. 田島・横島の他市区町村従業地域者数の推移. 図3−31. 田島・横島の15歳以上学生数の推移. 図3−32. 田島・横島の15歳以上通学者の通学地域の推移. 図3−33. 田島・横島の車種別保有車両数の推移. 図3−34. 田島・横島の運転免許保有者数の推移. 図3−35. 内海大橋の路線計画. 図3−36. 内海大橋の橋梁. 図3−37. 本土一田島・横島間の通行量の推移. 図3−38. 内海大橋の休日通行量の推移. 図3−39. 内海大橋の平目通行量の推移. 図3−40. 田島・横島住民の最寄品購入先の推移. 図3−41. 田島・横島住民の買回品購入先の推移. 図3−42. 田島・横島住民の贈答品購入先の推移. 図3−43. 田島・横島住民の全品目平均の購入先推移. 図3−44. 田島・横島住民の最寄品購入先の推移. 図3−45. 田島・横島住民の買回品購入先の推移. 図3−46. 田島・横島住民の贈答品購入先の推移. 表3−1. 田島・横島の土地利用構成(1997年). 表3−2. 内海大橋建設年表. 表3−3. 工事発注業者一覧. 表3−4. 最寄品・買回品・贈答品の調査品目分類. 表3−5. 田島・横島地域の各品目購入の購入先別占有率の推移(%).

(6) 序章. (1)はじめに. わが国は世界でも有数の島喚国1)である。6,852に及ぶ島2)が、北海道から沖縄・小笠原 に至る南北約4,000kmの幅広い海域に点在し、国土:が構成されてい、う。そのうち、人間居. 住空間となっている有人島が425島3)存在し、それぞれの島でそれぞれの生活が展開されて いる。. 私たちは日常生活において、無意識に自己のもつ先入観やイメージを強く働かせ物事を 判断・把握しようとする。同様に島喚に関しても、「しま」や「しまの生活」という言葉 で、すべてをステレオタイプに捉えようとする傾向がある4)ように思われる。確かに「環 海性」「隔絶性」「狭小性」という3つの自然的特殊性は、ほとんどの島忠に該当する。し かし、居住する人間の生活は、その島のもつ歴史的要因や社会要因により大きく異なる。. 425島での人間生活には、「しまの生活」という言葉で決して一般化・普遍化することが できないその島の独自性、すなわち島それぞれの地域性と轡型全体としての多様性‘)が存 在するのである。. それぞれが独自性をもち、全体として多様性をもつわが国島喚地域全体の役割は大きく 変化し続けてきた。島喚地域は過去、交通・産業においては海運の要衝、製塩・柑橘栽培 ・漁業の中心となってきた。また1940∼50年代の戦中から戦後10年にかけては疎開者・復. 員者を受け入れ、戦後復興の基礎をつくるなど大きな役割を担ってきた。しかし、戦後の 技術革新と交通変革、高度経済成長に伴う経済体系・構造の変化などにより急速にその地 位は低下していくようになった。島嗅地域主要産業の衰退と都市部労働力吸収力の上昇、. それに伴う若年人口流出と過疎化の進展という状況が多くの島に発生し、それは現在も続 いている。またわが国全体の交通体系の主軸から離れて位置する島嘆地域は、物流や住民 サービスの面でも遅滞している状況にある。赤松(1977,pp.11−13)によると、とくに娯 楽・就業機会・教育分野における不満が「離島住民」に高いという結果が報告6)されてい る。. このような状況は確かに本土山村地域でも発生している。しかし、中心地である都市部 と陸上交通で常時繋がれる山村地域に比し、不安定な海上交通しか持たず中心地から隔絶 された島嗅地域の状況は厳しく、山村地域では終結した過疎化が島喚地域においては未だ 継続している。この状況に対し、国家レベルで1953(昭和28)年に離島振興法が制定され、. 以降離島住民の生活向上に対するさまざまな方策が練られかっ実施されてきた。それによ り離島の生活環境は改善されてきたが、残念ながら十分とはいえない状況にある。. 地域的不平等は、まさしく「中心・周辺論」の問題とするところである。機能・人口・. 一1一.

(7) サービスが都市部・中央に農村部・地方から集積する。その結果、両者間に大きな格差が 発生し不平等が生じる。わが国全体を中心・周辺論の視点からみたとき、島懊地域は中心 地域としての都市(その多くは本土に立地する)に周辺地域として組み込まれている状況 にあるといえる。その過程で島はそれぞれの持つ独自性を少しずつ捨て去り、より都市的 に変化しつつある。. 現在本州四国連絡橋3ルートを代表とする全国的な島喚地域への架橋接続7}という交通 変革が進んでいる。また、海上交通における高速船就航・便数の増発、航空交通における ヘリポート建設・コミューター便の新増設8)などが進展し、島山地域と本土との近接性は. 飛躍的に高まっている。このことは島に居住する人間にとって大きな進歩を意味すること になる9)。しかし、そのことは一方で、三嘆地域ゐ本土経済への組み込みの強化を意味し、. 島懊地域の周辺地域化がより一層促進されることが予想される。 居住する人間が、生活利便性上昇・生活水準向上に努力することは当然のことであり、. そのことに何ら異論も問題もない。しかし、その動きの中で、島喚地域しかもちえない魅 力を切り捨て、その島独自の地域性を小さくし平均的な地域に移り変わっていくことが本 当に島喚地域にとっての発展であるのか疑わしいと考える。. そこで本研究では、今後のわが国の島嘆のあり方を考えるために、三嘆のおかれている 現状を把握し、その上で近年の架橋開通という交通変革により島喚に居住する人間の生活 空間がどのように変化するのかに焦点をあてて追求したい。. 注. 1)藤岡編(1979,p.356)によると、島喚国の定義は次の通りである。. 「lsland state国土が島喚だけから成り立っている国家。海洋国Marine stateともい う。」. 2)海上保安庁が2万5千分の1海図を基準として、海図上の岸線0.1km以上の島について、19. 88(昭和63)年9月に調査したものである。ただし、歯舞群島、色丹島、国後島および 択捉島は1969(昭和44)年に調査したものである。(総務庁統計局編,1998,p.11). 3)有人離島数は『SHIMADAS’95』に有人島として掲載された島喚数を採用した。なお三編 集委員会編(1995)による掲載基準は次の①∼④のようにまとめられる。 ①1994(平成6)年4月1日現在の住民基本台帳で住民居住の確認された島(架橋島含む)。. ②住民基本台帳には住民登録がないが、季節的に長期にわたり移住が見られる島や、住 民登録を本土にしている国家公務員等が在島する島。. ③前述①②以外でrSHIMADAS」編集部が把握できた有人島。 ④ただし埋立などにより完全に陸続きになった島、人工島、北海道・本州・四国・九州 の主要四島及び沖縄本島は除外する。. 一2一.

(8) 4)本土に居住する人間の「しま」に対するイメージを、目本離島センターがアンケート調 査した結果(日本離島センターアイランダー’94運営事務局,1994,p.5)によると、「自 然豊かである」・「交通不便」・「生活不安定」・「自然災害」・「閉鎖的人間関係」などの 回答が多く見られた。 5)山階(1952,pp.148−149)は島嘆の「完全環水性」と「相対的狭小性」の複合環境性を. 「環境的島嘆性」とした。そして、これにより発生する人文現象を「現象的島喰性」と. 名付け、「島喚性」の語義を、この両者のみに限定して使用した,その上で、ある島 の地域性の中には島嬢一般に共通する環境三島嘆性と、対象地域固有の環境特性に関連 した人文現象も含まれると述べ、この点で「島嘆性」と「島喚の地域性」は異なった意 味をもつという。すなわち、島喚に起こる人丈現象が島喚部に共通するものなのか、当 該島懊独自の地域性によるものなのかということに注意する必要がある。. 6)日本離島センターは、「離島住民の意識に関する調査」を、1970(昭和45)年から5年 ごと国勢調査年次に実施しており、その結果は離島振興対策推進事業上の貴重な資料と なっている。. 7)今後本土との架橋接続が予定されているのは以下の島である。. 大轟(和歌山県)・下蒲刈島(広島県)・角島(山口県)・馬島(愛媛県)・大島(長崎 県)・長島(長崎県). 8)この概要については本木(1993,pp.2−20)が詳しく報告している。. 9)交通の発達は、必ずしも島に居住する人間にとって有利に働くとは限らない。服部(19 92,p.180)は、愛知県佐久島について、. 島の生産物や消費財は主に渡船によって運ばれているが、高速渡船は貨物を乗せない ので、貨物を運んでくれる渡船は正午に島を出る普通渡船のみになってしまった。し たがって島から出荷する生産物が陸の消費地へ届くのが遅くなったし、島に仕入れる 消費財が島に届くのが午後になってしまった。. と報告している。また、高速船が就航することで普通船の便数が減少する例や、その寄 港有無などにより新たな問題も発生している。. 一3一.

(9) (2)先行研究のまとめ. 現在まで、「しま」「島」「島嘆」「離島」という異なる4つの表記が「島守」に対して行. われてきた。しかし、これらのもつ地域概念は曖昧であり、定義付けの必要がある。それ を含め、ここで「島」「島嘆」を対象とした先行研究をまとめておきたい。. 先行研究を詳しく検討し、①対象地域スケールと②内容および方法というふたつの分類 カテゴリーに分け、さらにそれぞれを以下のようにグループ化した。この点に関して奥野 (1998,p.362)は「従来の目本の離島研究は、離島全体の数値などから離島の特色を検討. するものと、各島の事例研究に二分される」と述べている。 ①対象地域スケールは、. a)日本の全島喚を対象とするもの b)地域別島喚を対象とするもの c)各個門島を対象とするもの に細分化され、一方、. ②内容および方法は、. a)島・島喚の語義・地域概念に関する研究. b)島・島嘆の現状把握と問題についての地誌、および記述的内容を中心とした研究・報 告. c)島・島嗅を数値比較から類型分類し、地域性を解明した研究 d)島・筆下の社会経済的問題の現状分析を中心とした研究・報告 に細分化できるD。. 本論では、②内容および方法の分類カテゴリーに準拠して、それぞれの研究をまとめる。 a)島・堅甲の語義・地域概念に関する研究. 現在、「しま」を表す言葉として「しま」・「島」・「島嘆」・「離島」という4つの言葉が. ある。ここで、これら言葉のもつ概念について検討しておきたい。 中俣(1988,p.42)によると、離島振興法制定(1953年)を契機として「島喰地理学」. と呼ばれる著書・論文が数多く出現した、昭和20年代後半から30年代前半にかけ多くの研 究者がこれらの定義付けを行っている。. まず、同義である「島」と「島忠」は、本来「大陸」と対比される純粋な自然的概念で あるとする視点が存在する。辻村・山口(1935,PP.25−26)は島喚を面積・位置・地形な ど自然地理的指標により規定している。また山階(1952,p.148)は「島喚とは水圏を以て. 周囲を完全に囲続され、且つ相対的に面積の狭小なる陸塊である。」と定義付けた。離島. 一4一.

(10) 実態調査委員会(1966,p6)の「島嗅とは水圏(一般には海洋)をもって周囲を完全に囲 まれ、本土(大陸または三島)に比して、面積が相対的に狭小な三三をひとつの地域とし て把握する場合に用いる地理的概念である。」も山階とほぼ同じ意味をもつ。それに対し 大村(1959,pp.16−17)は、島を本土との相対的な関係においてみることの重要性を述べ、. 小野(1961,p.427)は、人間の存在を前提としない自然特徴から生じた陸地の慣用区分で ある「島喚」は地理の研究対象になり得ないと指摘している。また宮本(1969,p.17)は 「島とは四囲を海にめぐらされて地域的にはある独立性を持ちつつ、社会経済的には本土 へ何らかの形で従属的に結びつかなければならない運命を持った世界」であるとしている。 中山(1973,pp.114−115)は、河地(1968, p.44)の. 元来自然地理的概念であった島が歴史的な発展過程のうちに一般的にいって大陸と対比 して相対的に発展がおくれるに至り、「島」という自無的概念が、那立的、後進的地域 という人文的内容を付与されてきたものである。 という指摘や、藪内(1968,p.13)の. 自然条件と歴史的条件とが別々にあるのではなくて、自然条件の方が歴史的条件、つま り社会・経済の発展に応じてその意義を変えていくという形で合一し、島の社会に作用 を及ぼすのである。 という指摘をふまえ、. 島という地域概念は、完全環水性や面積の狭小性など自然的要素を下部構造とし、歴史 的・人文的要素を上部構造として認識される。しかも下部構造たる自然的要素は上部構 造の歴史的・人文的要素の条件の変化に伴い、その意義も価値も変化する。従って、我 々は、人間の生活空間としての島喚問題の本質に近づくためには、上部構造たる人文的 ・歴史的要素により着目せねばならない。 と述べている。. 次に「離島」であるが、堂前(1997,p.150)も指摘するように、離島の概念は離島振興 法(1953年)第’ P条の「本土より隔絶せる特殊事情によりくる後進性を除去」し「島民の. 生活の安定及び福祉の向上を図り」という記述から「本土」との関係でとらえられる。大 村(1959,p.48)は、島と本土は「Main−islandに二次的に結びつく島々の関係」であり、. その依存関係はあたかも衛星都市的関係であるとして「このような形でとりあげられた、 いわゆるSatelite−islandを離島と呼ぶことにしている。」としている。一方、河地(196 8,p.44)は、離島はMain−1andに結びつく関係にあるものとみるべきでないという論を挙. げている。また、離島振興法の地域指定に関する基準はその島の自然条件・交通条件・人 口規模を3つの柱としている。 以上、「島」あるいは「離島」にみられるよう’に、多用な定義がなされてきたが、今日 では、堂前(1997,p.150)がまとめるように「島」・「島嗅」は自然的側面が第一義であ. り、「離島」は人文的側面が第一義の地域概念であるという見方が主流となっている。し. 一5一.

(11) かし、その曖昧さは否定できない。そこで以上の議論をふまえて本研究における「しま」 「島」「島喚」「離島」を次のように定義付けることにする。. 「島」・「島嘆」は自然的な側面が一義的に打ち出された概念で、「離島」は人文的側面. が重視されている概念であるという。しかし、本土との関係が存在する以前に「島」「島 嘆」は人間居住の場であり生活の空間であると考える。ただしここでいう「本土」とは、 北海道・本州・四国・九州の主要四島および沖縄本島を指す。. よって「島」「島嗅」は「本土との比較を念頭におかない人間の隼活空間」を指すこと とする。ある単独地域を指す場合に「島」を使用し、「島喚」は複数以上の「島」の総称 とする。. 「離島」は、本土との比較を念頭においた位置関係に基づく概念とする。ただし「離島」 という言葉には、ある種の隔絶性・差別性が存在することを考慮し、.必要最低限度の使用 にとどめることにする。これについて河田(1997,p.210, pp.222−224)は、かつて東京都. 青ヶ島がマスコミに「秘境」として紹介されたことを、. 住んでいる人からすれば「東京の最も不便な島」の「可哀想な人」として撮られてしま うと思うのであ.る。珍しがってマスコミの取材陣がこの島を訪れる。そして島の”遅れ ている点”ばかりをクローズアップして報道してしまう。 と「島のありのままを伝えること」の難しさを指摘し、さらに 私は島のことを書く時、「離島」とか「島民」という言葉は使わないことにしている。. そう呼ばれると島に住む人が悲しい気持ちになることを知っているからだ。そして「島 は海に浮かぶ」とも書かない。島は、海底から饗える山の頂が海面から出たところな だ。決して、浮かんでいて、流れていってしまうものではない。 と述べている。. また「しま」は、私たちが日常生活の中で使用する一般的なイメージで語られる概念と する。. b)島・島嘆の現状把握と問題についての地誌、および記述的内容を中心とした研究・報告. 島・島嘆地域の全般および特定分野に関する現状を把握し、そこに存在する問題につい て分析考察を加え報告されたものがこれに該当する。これらの中には地域調査に基づくも の、紀行を中心としたものなどが含まれる。. 藤;岡・浮田(1975)は、北海道奥尻(おくしり)島・長崎県壱岐(いき)島・五島列島. ・愛媛県青島・山口県見(み)島・東京都八丈島それぞれについて地形・気候・産業・生 活などの分野に関する詳細な調査を行い、現状把握と時代による島の変貌を分析報告した。. 河野(1991)は、愛媛県大島・山口県周防大島・広島県田島など、島嗅地域を含む瀬戸内 海沿岸部に生きてきた人間の生活について、歴史的な視点から詳しく報告し、そこから現. 一6一.

(12) 在の瀬戸内地域を考えている。またサンゴ礁をもつ、沖縄・奄美・小笠原島二部の自然・. 生活・社会・民俗など幅広く調査報告したサンゴ礁地域研究グループ(1992)、南北大東 島を通してわが国の島喚を見ようとした奥野(1994)などの報告などがある。. これらの他、民俗学の立場から宮本(1969)は、東京都伊豆諸島・八丈島・新潟県佐渡 島・広島県倉橋島・長崎県対馬・天草諸島・鹿児島県宝(たから)島などを、続いて宮本 (1970)は北海道利尻島・礼文島・島根県隠岐島・岡山県北木(きたぎ)島・大分県姫島 ・鹿児島県種子島などを、さらに宮本(1986)は、新潟県飛島・石川県舳倉(へぐら)島. ・愛知県佐久(さく)島・山口県情(なさけ)島などを取り上げ、詳しい現状を歴史的経 緯も含め報告している。そしてそれぞれの島が抱える問題と原因について考察を加え、島 喚地域の地位・役割という視点で「島嘆地域のこれから」について述べている。本木(19 93)は、ライフライン・医療・しまおこしの分野について数百島の現状を述べ、続いて本 木(1995)は全国の68島について、同じく本木(1996)は54島について旅行者の視点で各 島の様子を、そこに居住する人間生活からレポートしている。沖縄本島・沖縄県西表(い りおもて)島での生活を通じて、島の生活や問題について居住者の視点から迫った丸杉(1. 994)は、「のびやかさ」や「やさしさ」という情趣形成の要因を島の自然や歴史と生活 の中に求め、島の持つ魅力をどのように維持していくべきかについて述べている。椎名(1. 984)は新潟県粟(あわ)島・東京都八丈島・フィリピン国エルニド諸島などについて、 続いて椎名(1985)は沖縄県与那国(よなぐに)島・愛媛県由利(ゆり)島・千葉県猿島 ・滋賀県竹生(ちくぶ)島・北海道イソシモリ島などについて、作家・エッセイストの視 点で、無人島を含む島々の様子を報告している。. また教育の分野からされたものもある。服部(1992)は愛知県佐久島について、教育者 の視点から島の教育事情について報告するとともに、島の教育についてひとつの指針を示 している。琉球大学教育学部社会科教育研究室(1997)は、沖縄県八重山郡竹富町に属す る、小浜(こはま)島・竹富(たけとみ)島・新城(あらぐすく)島・鳩間(はとま)島 ・西表島・黒島・波照間(はてるま)島に居住する人間生活全般について詳細な現地調査 を行い、それを竹富町小学校3・4年生社会科の副読本化している。. 以上のように、多くの異なる視点が存在する。また、1998年7月に発足した日本島喚学 会2)は、その門戸を研究者に限らず、島に興味関心のある人間であることを第一としてい. る。島に対する多くの異なる視点でのアプローチは、島嘆の今後を考える上で非常に大き な意味をもつであろうし、また、そうでなければならないと考える。. c)島・島嘆を数値比較から類型分類し、地域性を解明した研究。. 統計データを集め、それを処理した結果を基に各州を類型分類し、その地域性解明を行 うものがこれに該当する。瀬戸内二二地域の農業類型分類を行った甲斐・森川(1986)や. 一7一.

(13) 瀬戸内柑橘栽培地域の類型分類を行った梅田(1997)などが挙げられる。 数値データをもって、客観的に各島の特性を捉えることができる利点はある。しかし、. 各島が必ずしも行政区分と一致していないため、島ごとのデータを手に入れることが極め て困難な状況にある。このことは、島を基礎単位として考察するには大きな問題3>である。. d)島・島嗅の社会経済問題の現状分析を中心とした研究・報告. このグループに属する研究は、それぞれが対象とする社会経済的問題によりi)地域社 会と産業、ii)人口問題、 iii)交通・交通変革の3つに分類できる。. まず、i)地域社会と産業を対象としたものとして、堤(1976)が、山口県周防大島(屋. 代島)で、瀬戸内海島喚地域にみられる浜集落の形成過程を明確にするとともに、瀬戸内 の中心地発生史を考察したものが挙げられる。また、岡橋(1980)が愛知三島佐久島と篠 (しの)島・日間賀(ひまか)島間に存在する二間格差を、歴史的背景から作られたそれ. ぞれの地域社会の特質差に求めた。その中で、距離的に非常に近接する佐久島と篠島・日 間賀島において、島の持つ地形などの自然条件だけでなく、その歴史的背景や島に居住す る人間の考え方もが大きく異なることが明らかにされた。このことは、島の独自性と島喚 全体の多様性が存在することを明確に実証している。さらに田島・村上(1985)・は、奄美 大島における建設業の構造に迫った。. ii)人口問題に関しては、島嬢地域からの人口流出の実態や過疎化・高齢化の進行につ いての研究・報告が、その主流となっている。浮田(1993)は、鹿児島二三(こしき)島 の人口減少に伴い生じた近年の変化について報告しているが、三塁地域全般にみられる高 齢化進展の要因として、島喚地域のもつ穏和な自然条件と強い共同体的性格が、高齢者の 生活支持を担う基盤であると分析している。すなわち、島嗅地域は高齢者にとって生活し やすい場所であり、そのことが、高齢化という現象を引き起こす要因となっているという のである。この論は、丁丁地域の抱える就業機会と生活利便性の問題から発生する若年層 流出が島填地域高齢化の原因であるとする、従来の「過疎→高齢化」というマイナス指向 の視点と全く異なる、プラス指向の視点である。これにより、今後の島喚地域を考える上 で、ひとつの展望が示されたといえる。. 他に、宮内(1997)は琉球列島の近代以降における人口変動の特徴について論じた。ま た、澤(1993)は日本一の高齢化率を示す山口県周防大島(屋代島)で、高齢化進展動向 とその要因・発生している高齢化問題について論じ、森川・宮内(1990)が瀬戸内海島嘆 地域での人口推移と因子分析による各島類型分類を行っている4)。. また、流出者が都市で組織した同郷団体と島喚地域の人口流出との関係について、岡橋 (1987)は、瀬戸内海島喚に存在する同郷団体をまとめ、広島県因島の同郷団体を詳しく. 調査した上で、離村者が都市で組織する同郷団体の実態について解明した。島に居住する. 一8一.

(14) 人間の都市移住過程において、同郷団体が就職口・住居選択などをはじめとする移動の意 志決定に大きな関わりをもっという報告は、島喚地域からの人口流出を、島喚地域と都市 の関連から見る必要があるという新たな視点を提示している。また田島(1995)は、奄美 大島や甑島で、出郷者の集団形成について述べている。. iii)交通・交通変革を対象としたものとして、五味(1984)は石川県能登i(のと)島 について能登島架橋大橋開通が地域に与えた社会経済的な影響を、島内各産業や住民意識 の変化から迫った。宮城(1977)は、西表島内における道路開通という交通変革が島内に 及ぼす影響に迫った。続いて宮城(1978)は、伊江(いえ)島におけるカーフェリー就航 の影響を、さらに宮城(1979)は、野甫(のほ)島架橋開通に伴う野台集落への影響につ いて論じ、島における交通の重要性を明らかにじた。中でもとくに注目したいのは、弓弩 島が、その母島である伊平屋(いへや)島と架橋接続されることで、諸機能の母島収奪と いう状況の報告である。この事例は、架橋接続により野和島と伊平屋島が一体化したこと による中心地システムの変化として捉えることができるが、これは架橋化された島と本土 都市域間にも十分起こりうることである。このことは島演地域の周辺地域化を考える上で. 非常に興味深い。また坂口(1979)は、瀬戸大橋が四国に与える影響を、都市の第3次産 業機能に重点をおき論じている。. これまでの論考により、3つの地理学的課題がクローズアップされてきた。その3つとは 「中心・周辺論」、「生活空間」、「交通」である。これら課題のそれぞれについて、本研. 究に直接関連すると思われる内容に焦点をあて整理しておく。 岡橋(1998,pp.80−81)は、「周辺地域」は単純化すれば次の二つのレベルで捉えられ るといい、. 一つには地域経済の等質性を基礎としたマクロな地帯編成におけるもので、農林水産地 帯として把握され、しかも北海道、九州のごとく国土の縁辺部に位置するという特徴を 持つ。二つめは、結節的な都市(集落)システムにおいて末端的な地位にあるもので、 「市場経済に統合されているものの都市の波及効果に欠ける非自律的な地域」である。. と述べている。その上で周辺地域の一類型として山村を挙げるとともに、島喚地域も含ま れる可能性を示唆している。また、岡橋(1998,pp.76−77)によれば、日本における周辺. 地域形成は次のような過程を辿る。まず、周辺地域化は、第二次大戦後の本格的経済成長 期に起こった農村部の生業衰退と人口流出が引き起こす、商品経済の地域構造包括過程に 始まった。そして高度経済成長期後半に入ると、農村部住民の賃労働者化加速と多就労に よる世帯所得向上という現象がみられるようになるが、同時に地域独自の生業が衰退し、 第1次産業よりも高い比重で第2・3次産業の全国的分業体制に位置づけられるようになる。. そして従来の1次産業は零細・自給的に存続し、それらは滞留する高齢者によって担われ る。岡橋は山村を代表的な周辺地域として取り上げているが、この過程はまさしく島喚地 ;域にもあてはまる。. 一9一.

(15) そこで山村と島喚地域の動向をみてみると、すでに人口流出が沈静化し、過疎以降の様 相を呈している山村地域に対し、島喚地域では未だその傾向が継続しているという点にお いて、同じ周辺地域として認識される山村地域と島町地域ではその状況に大きな違いが存 在する。. その要因について、森川・宮内(1990,pp.114−116)は、それぞれの歴史的要因も含め. た社会構造の差異がもたらす、外部刺激への反応の差異に求めている。すなわち島西地域 は概して過去の海運業・出稼ぎ等により開放的な社会構造を持ち、しかもさまざまな産業 基盤を有している。そのことが初期段階における人口流出の歯止めとなった。しかし、以 降それら産業の景気悪化が長期化することで、継続的な人口流出が発生している。一方、 山村地域は強い封鎖性を持ち、薪炭業を代表とする特定産業に依拠した社会であるため、 エネルギー革:命以降を契機とした産業基盤崩壊が急激な人口流出を起こした。そして現在 は、その流出が一段落し、安定期に入っているというのである。. 本土都市域を中心地域とするとき、島影地域は周辺地域と位置づけられる。同じく周辺 地域と位置づけられる山村地域と比較したとき、交通条件の差異が大きくクローズアップ される。山村は陸上交通で中心地域と結ばれるのに対して、島喚地域は海上交通によって 結ばれている。すなわち、陸上交通に比して不安定な交通しかもちえない島喚地域は、当 然物流・サービスが遅滞し、また輸送コスト・時間などから各種産業でも不利となる。. それ故に、島嘆地域にとって、交通変革のもつ意味は大きい。海上交通における交通変. 革には、船舶航路の変更、船舶の高速化・大型化、架橋化という3つが考えられるが、中 でも架橋化は、海上交通から陸上交通への移行という点で、地域へのインパクトが最も大 きい交通変革である。. 架橋のもつ地域における存在意義は、海上交通のもつ不安定を解消するという意味にお. いて大きい。架橋には2つの機能が存在する。まず、本土都市域から島、島から本土都市 域という両方向で、人間・物資の移動を常時かつ安定・安全に行う機能である。本土都市 域と島との密接な結びつきが形成され、相互に影響を及ぼしあうようになる。ところが、. その影響は両者に同等とはならない。概して本土都市党側のもつ社会経済的な勢力は、島 側の社会経済的な勢力よりも大きい。島側は本土都市域側の社会経済的な勢力を一方的に 受け入れざるをえない状況となり、さまざまな分野で本土都市域の勢力に組み込まれるよ うになる。この点について、二神(1950,pp.32−33)は愛媛県・広島県の島喚地域に関し て、また大村(1959,pp.55−119)は、和歌山県大島・宮城県大島・新潟県粟島をはじめと. する多くの島を例にとり、島は必ず本土都下域とのつながりをもち、その限りにおいて地 方(じかた)5)の影響を受けるということを述べている。また藤目(1988,pp.20−21)は、. 架橋化されることで、島のもつ機能が本土都市域に吸収されるストロー効果が発生するこ とを指摘している。. 架橋のもつもう一つの機能は、島に居住する人間が抱き続けてきた大きな移動制約を解. 一10一.

(16) 消するというものである。架橋は島と本土都市域との物理的近接性だけでなく、島に居住 する人間のもつ本土都市域への心理的近接性をも大きく向上させる。と≦に自家用車の普 及による個人のモビリティ固上は、架橋開通=常時通行の実現と相まって、島に居住する 人間の行動を受動から能動へと変化させ、個人の生活空間を、大きく本土都市墜下へ拡大 させる方向に働かせるようになると考えられる。すなわち、島側が本土都市域の社会経済 的勢力に自ら組み込まれるようになるのである。. このことに関して宇沢(1974,pp.59−60)は、自動車普及のもたらした生活行動権拡大 の影響は、経済的観点だけでなく、社会的・文化的観点からも無視できないという。また、 時間地理学・行動地理学の立場から、茨城県東村・出島村で実態調査を行った高橋(1990, p.25,pp.69−90)は、農村地域住民の行動空間拡大と周辺諸地域との結合度上昇が、都市. と農村の機能的関連性を増大させていると報告している。さらにその中で、人間の属性と. 使用可能な交通手段による機能分担が発生し、労働空間が大きく個人の生活空間に関わる こと、そして、モータリゼーションが農村部の伝統的生活の都市的生活へ移行を促してい る一方、地域の伝統的生活様式は特定の人間により継承されということを指摘している。. また岡本(1996)は、愛知県日進市・長野県下諏訪市・埼玉県川越市という非大都市圏域 と大都市圏郊外域において、自動車のもたらした日常生活への影響を報告している。. 島・島喰地域をみるとき、交通のもつ機能が島・島喚地域の社会経済システムにどう影 響するのかという視点をもって、地域変容に迫ることは重要であると思われる。なぜなら、. このような外部インパクトにより、従来から島内で機能してきたさまざまなシステムは、 大きく影響を受けるようになるからである。. 注. 1)②内容および方法の分類カテゴリーをa)∼d)のグループ化するにあたり、b)島・島唄の. 現状把握と問題についての地誌、および記述的内容を中心とした研究・報告とd)島・島 喚の社会経済的問題の現状分析を中心とした研究・報告は、重複し属するものがある。. しかし、ここでは記述的内容と分析的内容のバランスによって、前者のウエイトが大き いものをb)、後者の大きいものをd)とした。. 2)日本島町学会は、奈良女子大学長嶋俊介教授他が発起人となり、1998年7,月19目長崎県 諌早市ウエスレヤン短期大学において発足した。. 3)このほかにも、各役所でデータが保管されていないなどの問題もある。なお国土庁の外. 郭団体である財団法人日本離島センターから、毎年離島振興法指定の島に関するデータ 集『離島統計年報』が発行されており、零丁の幅広い分野における数値が入手できる。 4)この論文を。)島・畔菅を数値比較から類型分類し、地域性を解明した研究・報告ではな. く、d)島・島喚の社会経済的問題の現状分析を中心とした研究・報告にグループしたの. 一11一.

(17) は、人口推移に関することにより大きい比重が存在すると判断したためである。 5)地方(じかた)とは、本土側に位置し当該島に大きな影響力をもちうる都市を意味する。. 一12一.

(18) (3)本研究の目的と方法. 本研究は、わが国の島嘆のおかれている現状を把握し、近年の架橋開通という交通変革 により、島喚に居住する人間の生活空間がどのように変化してきたのかを明らかにするこ とを目的とする。. 今後のわが国の島嗅のあり方を考えるには、島・島嗅側からの視点に立つことが重要で ある。本研究では、まずわが国の島嗅のおかれている現状を把握するため、全国の有人島 について、統計資料および文献資料から人口・産業・生活などの特性を明らかにする。次 に島・島喚の多様性と独自性を明確にするため、全国の有人島に対して統計的手法を適用 し、島の類型分類を行う。その上で、架橋のもつ機能が、島・島喚地域およびそこに居住 する人間の生活空間にどのように働き、本土都市域との関連がどのように変化するのかを 追求する。そのために1架橋開通による島と本土都市域との関連の変化を、主として島に 居住する人間の生活空間変化からみることにする。. したがって対象地域には次の条件が求められる。まず、架橋により本土都市域と接続さ れた後、架橋開通のインパクトが現れるのに充分な時間経過が存在すること。次に架橋接 続された島に影響を及ぼすと考えられる、地域的な中心機能を持つ都市に近接しているこ との2点である。以上のことから、対象地域として、沿岸部に比較的大きい社会経済的な 勢力をもつ都市が連続して存在する瀬戸内海に位置する島嘆群が考えられる。その中から 田島・横島(広島県沼隈郡内海町)を対象地域として取り上げることにする。1989(平成 元)年に本土と架橋接続され、約10年を経過している田島・横島は、広島県東部の中心的 都市である福山市と自動車で30∼40分圏に位置しているため、福山市の社会経済的な勢力 に組み込まれるようになったと思われる。. 架橋開通という交通変革による田島・横島の地域変容を調査し分析考察するために、次 の手順を採用する。. i)田島・横島の地域特性を、文献資料と統計資料に基づいて把握する。 ii)田島・横島の産業と生活に関する現地調査に基づき、地域変化を明らかにする。. iii)田島・横島に大きなインパクトを与えたと考えられる、内海大橋の計画と開通の経緯 を把握する。. iv)以上をまとめて、架橋開通に伴う田島・横島の地域変化を明らかにする。. 一13一.

(19) 第1章 わが国島喚の現状と課題 本章では、まず、わが国の島喚のおかれている現状を把握するため、全国の有人島につ いて、統計資料および文献資料から人口・産業・生活などの特性を明らかにする。次に島 喚地域の発展に大きく関わってきた離島振興法の制定と運用について整理する。その上で、 現在わが国の島嗅地域の抱えている課題を明らかにしたい。 島を周囲の長さが10q皿以上の陸地(島・岩)と定義’)した場合、わが国には無人島を含. め6,852の島が存在する。そのうち、1994(平成6)年4,月1日現在の住民基本台帳で、425 島に居住人口が確認されている。. わが国島嗅の現状を述べるにあたり、425の有人島を対象にするべきであるが、人口・ 産業・生活に関する諸特性については、各種統計データ入手の問題から離島振興法に指定 された325島を対象とする。. 第1節 わが国島喧の地域的分布. 図Hは、わが国島嘆の地域的分布を示したもので、野冊が日本列島の外縁に広く分布 していることがわかる。島はとくに領海の確保・魚介類を中心とした水産物の供給・余暇 生活の場の提供などとともに、国土管理上の拠点・国際交流の最前線・航路航空の安全確 保・気象観測などの面においても重要な役割を担っているが、島の担う役割はそれだけで はない。当然ながら425島の有人島では、人間生活が展開される場となっている。そのう ち425島が1995(平成7)年現在、離島振興法に指定された島となっている。それらの有人 島のうち、326島が1995年現在離島振興法の指定を受けている。 図1−2は都道府県別の有人島喚数を表したもので、図1−3は島喰をもつ都道府県を島坪数:. の多い順に表したものである2)。47都道府県のうち29都道府県がその行政域に島嘆地域を. 含んでおり、中国・九州地方に島嘆が偏って分布していることがわかる。とくに瀬戸内海 沿岸にあたる岡山・広島・山口・香川・愛媛に、わが国全島嗅の約半数が集中している。. 長崎県は目本一の島喚保有県であるが故に、その海岸線延長距離は日本第1位の長さであ る。. 1953(昭和28)年に制定された離島振興法が、3度目の10年延長となった1973(昭和48). 年、図1−4に示す島喚類型区分が行われた。この類型区分は、それまでどの島においても 画一的な振興政策が計画・実施されてきたことに対する反省の上になされたものである。. すなわち、島それぞれのもつ独自性に着目し、その島の現状に即した振興政策の計画と実 施が必要かつ、より効果的である。そこで、おもに各島のもつ「本土からの物理的距離と 交通条件」とに着目し分類が行われた。その結果、わが国の島嗅は内海・本土近接型、外. 一14一.

(20) 海本土近接型、群島型(群島主島型、群島属島型)、孤立大型、孤立小型の6類型に区分 される。ただし、この類型分類の指標には、本土からの物理的距離と交通条件以外のもの は含まれていないため、この類型区分で同じ類型に属することが、産業や生活などの面で 同じ性格をもつ島であるとは判断できない。. 注. 1)総務庁統計局の基準による定義である。. 2)有人島の数は、毎年4月1日現在での住民基本台帳で人口確認された島数となるため、 各年により変動する。図1−2および図1−3は1990(平成2)年度の資料により作成した ため、有人島数に若干の差が生じている。. 一15一.

(21) ●. ノノ 、驚. 4. 0. 500k軌. ρ. 筆. “o. ・。ン. グ・ β. ・:ノ. も oo’. 図1−1 わが国島襖の分布. 出典:帝国書院(1994,p81)より作成. 一{6一.

(22) 都道府県名・番号. 01. 02 03 04 05 06 07 08 09. 垂. 10 11. 12 13 14 15 16 17 18 19. 20 21. 22 23 24 25 26 27 28 29 30. 舞歌. 31. 口. 羅. 32 33 34 35 36 37 38 39 40. 41. 1児. 42 43 44 45 46 47 0. 10. 20. 30. 40. 50. 60. 70. 図1−2都道府県別島1與数(計425島) 出典:『SHIMADAS』編集委員会編(1995,pp。3−5)より作成. 一17一.

(23) 都道府県名・番号 長 崎[42] 沖 縄[46] 愛 媛[38] 広 島[34] 山 ロ[35]. 鹿児島[46]. 香川[37] 岡 山[33] 熊 本[43] 東 京[13] 宮 城[04] 福 岡[40] 大 分[44] 三 重[24]. 佐 賀[41]. 北海道[01] 兵 庫[28] 高 知[39] 島 根[32]. 徳 島[36] 愛 知[23]. 和歌山[30] 宮 崎[45]. 神奈川[14] 新 潟[15]. 石川[17] 山 形[06]. 千 葉[12] 静 岡[22] 0. 10. 20. 30. 40. 50. 60. 70. 80. 図1−3都道府県別島影数(計425島)・降順 出典:『SHIMADAS』編集委員会編(1995,pp.3−5)より作成. 一18一.

(24) 離島類型. 指定有人島数。) 人口の 代表的な島 (構成割合). (人). 航路が静穏で 欠航が ほとんどない. 内海・本土近接型. 137(49.6%) 142,000 佐久島(愛知) (24.1%). 航路が静穏で なく欠航する こともある. 外海・本土近接型. 50(18.1%) 42,000 田代島(宮城〉 (7.1%). 本土の中心的な. 都市のから航路. 1時間圏内. 全国島颯. 群島の中心. 群島主島型. ⊥ ㌣. 群島b》. (群島型). 46(16.7%) 215,000 対馬島(長崎) (36.5%). 群島の中心でない. 群島属島型. 人ロ5,000人以上. 孤立大型. 9(3,3%). 人口5,000人未満. 孤立小型. 34(12.3%) 16,000 粟島(新潟) じ (2,7%). 合計. 276(100%). 本土の中心的な 都市から航路. 1時間圏外. 174,000 礼文島(北海道) (29.6%). 孤立島. 589,000(100%). a)本土の中心的都市とは、離島の人々の実態として広範囲な生活圏域にあって中心的な存在となっている本土側都市。離島と全国交通ネットワー クとの接点。. b)群島とは、人ロおおむね5,000人以上の大型島を中心とし、それに航路1時間圏内で近接する複数の島を指す。 c)1995(平成7)年12月1日現在での離島振興法指定有人離島数。 d)1990(平成2)年国勢調査による。. 図レ4 島喚類型図. 出典:日本離島センター(1997,pp4−5)より作成.

(25) 第2節 人口・産業・生活に関する諸特性. (1)人口の動態. わが国における二二地域全体と全国の人口推移をグラフ化したものが図1略である。た だしこのデータは、離島振興法・小笠原諸島振興開発特別措置法・,奄美群島振興開発特別. 措置法・沖縄振興開発特別措置法の各法に基づき指定されている離島のうち、1995(平成 7)年4月1目現在の住民基本台帳により住民の居住が確認された325島(ただし沖縄県加屋 真島を除く)についてのものである。また、三三人口は総務庁統計局の国勢調査報告によ るものである。. 1995(平成7)年現在、わが国島喰地域に居住する人口は約81万人であり、それはわが 国全人口の0.6%に相当する。1955(昭和30)年においては全人口の1.5%を占めていた島. 喚地域居住人口は年々減少の一途を辿っている。とくに高度経済成長期にあたる1965(昭 和40)∼1975(昭和50)年にかけての減少が著しい。これは本土都市域における労働力需 要が島嘆地域人口を吸引したためであると考えられる1)。. 表Hは325島を人口規模別に分類したものである。個々の島をみると、人口5,000人を 越える島からわずか数人の島まで存在している。1995(平成7)年の国勢調査によると、 新潟県佐渡島の74,949人から広島県猪子(いのこ)島の1人まで、居住人口数の幅は非常 に広いといえる。このよう.に島の人口規模は多様であるが、全325島嗅のうちの74.2%に あたる241島で人口1,000人未満となっている。. では、人口推移は島喚の類型によってどのように違うのだろうか。1985(昭和60)年現 在、日本における有人325島について、1973(昭和48)年離島振興法第3回10年延長に際し て用いられた、島の分布する地域と面積の大小による島嘆6類型による内地離島2)の人口推 移を表したものが図1−6である。1955(昭和30)年、約150万人以上であった人口が、1985 (昭和60)年には約93万人へ、30年間で約56万人の減少となっている。とくに1960(昭和 35)∼65(昭和40)年の高度経済成長期には年減少二二2%という高い数値を示している。. ただし全国離島振興協議会(1991,p237)によると、この現象は島喚地域だけの現象では なく、この時期の全国農山漁村地域にも共通するものである。. しかし、島喚6類型別に人口推移をみたとき、大きな特徴が現れる。すなわち、内海本 土近接型・群島主島型・孤立大型の島嗅と、外海本土近接型・群島属島型・孤立小型の島 喚では、人口減少率に大きな差異が認められる。島嘆地域人口の最大流出期である高度経 済成長期、前者の人口減少率は約12%であるが、後者では約15∼19%となっている。以上 のことから、外海にあり小型で経済基盤が脆弱かつ交通条件が遅滞している島は人口流出 が激しいという傾向がみられるということがわかる。すなわち、各島のもつ経済基盤と生. 一20一.

(26) 活基盤の水準は、人口の変動、とくに若年層の人口移動に大きく関わるのである3)。. この若年層流出という現象は地域人口の高齢化を引き起こす。図1−7・図1−8は1980(昭. 和55)年11985(昭和60)年・1990(平成2)年における全国(図1−7)と325島離島地域 (図1−8)の年齢階層別人口動態を表したものである。島喚地域と全国を比較したとき、. とくに三嘆地域人口の高齢化が、全国に比して進展していることがわかる。このことに関 して、近年の中四国地方島喚地域と山村部の高齢化の動向について澤(1993,pp255∼257). は、瀬戸内海島喰地域は中四国山村部に比して高齢化の進展がやや早く、さらに高齢者の いる世帯を母数とする独居老人世帯率が島嘆地域で際だって高いことを指摘している。. また島喚地域は、進学・就職の機会が少ないため、全国に比して15∼24才人口の割合が 小さくなる傾向がある。進学・就職を機に島を離れた人口は、そのまま島に戻らないか或 いは退職後に戻ってくる4)。それ故に島喚地域の高齢化がより進展することになる。とく. に人口規模の小さい島においτは、人口減少と高齢化のもたらすインパクトは大きく、伝 統的社会組織の衰退、一次産業後継者不足などに対する新たな政策的課題が発生している。. このような状況に対して、「しまおこし」や「Uターン・1ターン」による定住人口の 増加を図る努力を行っている島喚地域各自治体も存在する。中国新閤「瀬戸内を歩く」取 材班(1998,pp82∼84, pp88∼90)によると、野忽那(のぐつな)島(愛媛県中島町)では、. 里親方式で都会の小学生を一定期間受け入れ、地元生とともに学校生活を送らせる「瀬戸 内シーサイド留学」制度を1987(昭和63)年から行っている。また魚(うお)島・高井神 (たかいかみ)島(愛媛県魚島村)では、島喚地域ならではのマンツーマン教育と豊かな. 口熱を前面に押し出し、インターネットによる村民募集を行い、1997(平成9)年春には 兵庫県神戸市から2家族5人が移住し、その成果を挙げている。一方、新潟県佐渡島では、. 首都圏・関東地方を中心に「ふるさと定住講座」を開講し、積極的なUターン・1ターン 者獲得を目指している。. これらの活動は地道ではあるが、確実にその成果が現れている。とはいえ、これらの活 動は、ごく一部の島に限られたものであり、定住人口の増加といっても個別的で、しかも おそらくは一時的なものにすぎない。このような施策は、わが国のすべての島において効 果を発揮するとは考えられない。本土都市域と比したとき、島喚地域の脆弱な経済基盤と 生活基盤は多くの場合、人口の吸引よりも、むしろ流出に強く働くといわざるをえない。 しかし、物質面の豊かさだけでなく精神面の豊かさも求められる現在、確実に「農村回帰」. 指向が強まってきている5>。門下サイドの働きかけは、この「需要」に大きく応えていく のではないだろうか。. (2)産業の基盤. 島喚地域と全国における各産業別就業者数を、1985(昭和60)年と1990(平成2)年に. 一21一.

(27) ついて示したものが表1−2である。島嗅地域・全国ともに産業構造の高度化が進行してい るが、島喚地域は全国に比して第1次産業の占める割合が非常に高いことが特徴的である。. なかでも漁業の占める割合が高い。漁業は生産額においても第1次産業生産額の75%を占 め、島喚地域における重要な産業であるといえる。. 第2次産業は建設業・製造業が主体である。戦前、島喚地域の第2次産業は、塩田利用に よる製塩業と木造漁船・運搬船を主とした造船業であった。しかし、前者はイオン交換樹 脂膜法の開発による工場生産方式導入により、広島県生口(いくち)島・愛媛県伯方(は かた)島・長崎県崎戸ズさきど)島の機械製塩を除き全廃、塩田跡地は養殖場・宅地・耕 地として再利用されるようになっている。また後者は、広島県・愛媛県・長崎県をはじめ とする島嗅地域で現在も重要な産業となっているところも存在するが、基本的には構造不 況に陥っている。広島県因島のように、造船規模や雇用人数g)縮小塗どによる地域経済や 住民生活への影響が深刻化している状態のところもある。. 現在、島嘆地域における第2次産業の主体は、建設業と製造業である。とくに建設業は 離島振興関係公共事業の進展により、公共投資に支えられ、顕著な伸びを示している。こ のことは、島町地域住民にとって就業の場となり住民所得増大によって、域内経済に大き な影響をもたらしている。全国離島振興協議会(1989,p260)によると、島嘆地域製造業 は資源立地型・自然条件立地型・労働力依存型の3つに分類できる。資源立地型とは製糖 業・水産加工業・食品加工業・竹細工・焼酎など、当該島喚地域における特産品を利用す るものである。自然条件立地型とは、主に造船業などのような地形を生かしたものを指す。. 労働力依存型とは、沖縄県久米(くめ)島の久米島紬などのように、その地域の伝統に裏 打ちされた独特の製法による織物・縫製業であり、熟練労働力の存在が必要不可欠のもの である。島嘆地域製造業の特徴としては、いずれも製造業者の規模は小さく、家族労働主 体の中小零細業者が多数を占めることである。. 地域内の就業機会が少ないことは、若年層の地域外流出を加速させる。そこで島喚地域 に就労機会を創出することで、地域人口流出防止と住民所得向上をねらい、1971(昭和46). 年「農村地域工業等導入促進法」が制定された。その結果、新潟県佐渡島・愛媛県岩城(い. わき)島・長崎県島喚地域などに企業が誘致され操業が行われているが、期待するほどに は進展していないのが現状である。その主要因として用地確保の問題・労働力確保の問題 と交通アクセスの問題が考えられる。. 第3次産業は、卸売小売業のほか、観光業がその中心となっている。ただし、三島の観 光化には大きな差がある。全島民挙げて観光化を推進する静岡県初(はつ)島のような島 が存在する一方、まったく観光業・観光客に無縁の島も存在するのである。一般に、島喚 地域の観光資源は、本土と異なる自然が作り出した海浜・原生林や、珍しい固有種の見ら れる動植物などを中心に、海水浴・釣りなどの海洋レジャーが組み合わされる場合が多い。. また島喚地域への交通アクセスを考えたとき、比較的海路が静穏であり安定就航が期待で. 一22一.

(28) きる時期が夏季となる。そのため、図1−10からも読みとれるように、島喚地域の観光は夏 季への集中が著しくなる傾向が強い。. 島喚地域への観光客数(図1−9)と宿泊施設(図1−10)の推移を表したものを見てみよ う。これによると島喚地域への観光客数は1973(昭和壌8)年以降減少し、現在横這いの傾. 向にある。また宿泊施設の収容能力も減少の傾向にある。この数値だけをみると、島嗅地 域観光業は衰退の一途であるといえる。しかし、島嗅地域の第1次・2次産業の不振を考え るとき、第3次産業、とくに観光業への期待は大きい。現在、目本離島センターが中心と なり計画・推進されている「アイランドテラピー構想」がある。日本離島センター(1997, p56)によると、「アイランドテラピー構想」とは次のように説明される。. 「アイランドテラピー構想」とは島の名所・旧跡や、歴史・文化といったこれまでの観 光資源を活用しつつ、新たに島の特性を活かした保養・療養的な要素を加えることによっ て、国民に全体包括的な健康づくりの場を提供するとともに、島の活性化を目指そうとす るものである。. 広島県上蒲刈(かみかまがり)島では、「県民の浜」をその中心として、「アイランドテ ラヒ。一」への取り組みがなされている。現在の腱康ブーム」は、これらの動きにとって 追い風となるであろう。また、観光リゾート地としての期待も大きい。1972(昭和47)年 まで炭坑で栄えた長崎県伊王(いおう)島では、1989(平成元)年、地元自治体・長崎県 などが中心に「ルネッサンス伊王島」と呼ばれるリゾートホテルを建設し、島全体をスポ ーツリゾートとすることで再生をかけており、その成果は着実に現れている。. 観光業は、当該地域のあらゆる産業が関与する地域の総合的な産業である。とくに島嘆 地域においては、地域外部すなわち本土都市域との人・モノ・情報の交流促進が地域内部 にもたらす刺激は非常に大きい。したがって、島嘆地域において観光業を推進するにあた り、二二内労働力の雇用と、地域生活空間に適した形態を採用することは重要な要素であ ると考えられる。観光開発は島喚地域の就業機会増加、各産業の活性化のみならず、島喚 地域外部すなわち本土都市域からの人間の流入により、島喚地域に新しい風を起こすこと につながると思われる。. (3)生活の環境. 表1−3は生活環境水準の全国との比較を表したものである。二二地域の数値は年々改善 の方向に動いているものの、やはり全国と比したとき、その数値の低さは否めない。尿尿 処理施設等処理率は、全国に比して10%以上低率であり、また水洗化率も農業・漁業集落 排水事業や合併浄化槽による水洗化を加えても、24.6%の低率にとどまっている。同様に. 一23一.

(29) ゴミ処理施設整備・下水道普及率・水道も低い数値にとどまっている。また医療確保につ いても数値を比較する限り低水準であり、1995(平成7)年現在離島振興法指定276島のう ち113島が常勤医師のいない島となっている。. また教育についても同様で、小中学校が存在しない、または中学校が存在しない島は27 6島中124島(45%)におよび、高等学校の存在する島はわずか36島で全体の13%にすぎな い。そのため中学卒業生の33%、高校卒業生の85.8%が島外に流出する状況が生まれてい る。. とくに離島振興の必須3条件と呼ばれる「水・光(電気)・医療」に着目し、本木(199 3)の記述をもとに島峨地域の生活環境についてまとめてみよう。 過去、島嘆地域の生活において最も重要な問題であったのが水である6)。基本的には地. 下水や天水を溜め、さらに共同浴場を利用して節水するという状況であった。また沖縄本 島では、農業用水確保のために、天水が地下から海に流出するのを止め利用する「地下ダ ム」という工夫もなされている。しかし島警部は一般に、その地形的要因や気候型要因に より絶対水量不足になる傾向が強い。とくに帰省者・観光客の集中する夏季はその問題が 深刻化するようになる。. このような状況に対して、1953(昭和28)年、肝腎地域で実施される簡易水道事業の国 庫補助率が引き上げられ、簡易水道敷設が進展するようになった。しかし島内に飲料水確 保の限界がある場合は、宮島や本土から海底送水や給水船による給水、もしくは海水淡水 化が必要とされる。1960(昭和35)年には、愛知県一色町佐久島で給水船による水の供給 が開始され、また同年、大分県保戸(ほど)島で海底送水事業が行われるようになった。 さらに1969(昭和44)年、海水淡水化装置7》が東京都式根(しきね)島を皮切りに導入さ れるようになるなど、島嘆地域の水事情は改善の方向にある。. 電気については、人口規模の大きい島喚では電力会社による発電所設置がなされ、本土 近接の島喰では送電線の海峡越えや海底ケーブル敷設による供給がなされてきた。しかし、. 隔絶性の強い外海孤立の島喰の場合は自家発電・共同受電に頼るしかなく、時間点灯であ る場合が多かった。その後、離島振興法電気導入事業により、1975(昭和50)年までには ほぼ未点灯戸数は解消されるに至っている。さらに近年の新しい動きとして、島喚地域が 新エネルギー開発の場に選ばれ始めている。地熱発電では北海道奥尻(おくしり)島・東 京都八丈島・長崎県福江島が、風力発電では北海道奥尻島・山口県見(み)島・長崎県壱 岐島・鹿児島県甑(こしき)島・鹿児島沖永良部(おきえらぶ)島が、海岸温度差発電で は鹿児島県徳之島が、太陽光発電では長崎県福江島・沖縄県座間味(ざまみ)島が脚光を 浴びている。. 最後に医療であるが、1986(昭和61)年4月1日現在離島振興法指定 島嘆中、常勤・非 常勤医師のまったくいない島が136島、非常勤医師しかいない島が54島であった8)。しかし. 島喚地域医療の究極の問題は、医師の存在以上に緊急搬送であるといわれている。緊急二. 一24一.

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