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博士(法学)水野 謙 学位論文題名

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Academic year: 2021

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     博士(法学)水野   謙 学位論文題名

     不 法 行 為 に お け る 損 害 賠 償 の 範 囲 に 関 す る 一 考 察

―事実的因果関係と賠償範囲との「区別」論の再検討を通じて一 学 位 論 文 内 容 の要 旨

  本論文は、・不法行為における賠償範囲の決定が政策的な価値判断の問題に属し(

それ に走 行し て行 なわ れる べき )事 実的 因果 関係の 確定 という室塞の平面における 問題とは区別されるべしという考え方(以下これを[区別」諭という)を再検討するこ とを 通じ て、 賠償 範囲 の在 り方 につ いて 何ら かの示 唆を 得ようとするものである。

  周知のように、現在の多くの学説は賠償範囲の問題にっいて、従来の「相当因果関 係」概念を批判し「区別」論を前提とすることを明言する。しかし、それにもかかわら ず学 説は 、例 えば 損害 の固 墨的 な展 開の 在り 方を畳 責の 問題と関連づけたり、室塞 艶因果関係の認定に法的価値判断を伴うことを(一般諭として)承認するなどしてい る。 学説 のこ のよ うな 暖味 さは 、事 実的 因果 関係に 関す る従来の学説の主たる関心 が仮 定的 原因 の競 合事 例な どのハードケースに向けられ、「事実的因果関係はbutー forテス トに よっ て判断 され る」 とい う基 杢的 金題Q含意 に関する研究が、これまで ほとんどなされてこなかったことに由来すると考える。

  「 区別 」諭 の再 検討 を試 みる 本稿 は、 従っ て何よ りも まず、当該基本的命題の歴 史的 ・今 日的 な含 意を 探究 する こと に重 点を 置く。 具体 的には比較法的視座を主と して 英米 のコ モン ロー に求 め、 わが 国の 「区 別」論 の提 唱者に強い影響を与えたア メリ カのL. グリ ーンの 「区 別」諭の成立に至る歴史的経緯並びにその後のグリーン 説に対する批判及び「区別」論の崩壊の動きを、「あれなけれぱこれなし」という言 明の 法内 在的 な意 味や 機能 の探 求と いう 視角 から検 討す る。ここではコモンローの 成立 や発 展に 影響 を与 えた 社会 状況 や損 害賠 償法を 律す る矯正的正義を巡る今日的 な議諭状況などに注目するほか、因果関係に関する(科学哲学や社会学など)隣接諸 分野 の考 え方 にも 目配 りを する (こ れに よル ホッブ ズ以 来の機械論的な自然観に由 来する「あれなければこれなし」という言明の相対化が可能になろう)。そして以上 の考 察に よっ て得 られ た「 区別 」論 の比 較法 的な意 義や 射程に関する知見は、わが 国の 賠償 範囲 に関 する 学説 を洗 練す る契 機と なると 同時 に、今なお「相当因果関係

(または法的因果関係もしくは因果関係)」という言葉を用いて帰責を結論付けてい

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る判例の態度を批判的に理解し、判例と(「相当因果関係」概念を批判する)学説とを い わ ば 架 橋 す る 何 ら か の 示 唆 を 与 え る も の と 思 わ れ る の で あ る 。   そ こで まずグ リー ンの 「区 別」 論の 成立 に至 る歴 史的 経緯 を見 てみよう。ネグリ ジェ ンス 法の揺籃期には、but−forという言明は被告の過失と他の原因(原告の過失 や馬 の暴 走など)とが回睦的ヒ競金窒塗比較的単純な事例で用いられ、(何らかの政 策的 判断 によって導かれる)被告の免責という結諭と直結し、それを謹得または正当 化するために、「当該他の原因がなけれぱ(but for)損害は生じなかった」と述べ(当 該他 原因 を非難するプリミテイブな法感情に訴え)る判例が多かった。これに対して 賠 償 を認 め る か の判 断に 走行 し、 その 判断 を受 ける べき対 象を 確定 する ため にbut

・forとい う言 明が 用い られ る契 機と なった のは 、19世紀 後期 に多 く争われた厘因Q 偶然 的な 企在蔓倒(公共運送人が運送遅滞中に暴風雨等により荷物が滅失)であり、

こ こ で一 部 の 判 例 はbut―forj‑丞bQ底 立 童 認 堕 ユ2塾 予 見 不 可 能 等 を 理 由 に被 告 の責 任を 否定し たの であ る( 以上 のコ モン ロー の動 きは ドイ ツ法 の条件説と相当因 果関 係説 とが当初想定していた状況とバラレルである)。ここに「区別」諭のーつの 萌芽 を見 ること がで きよ う。 しか し今 世紀 初頭 に登 場し た( 多元 主義への回帰を特 徴と する )リー ガル ・リ アリ スト らの 多くは、まさに損害類型Q釜様憧を承認する(

物理的連鎖事例で因果「力」の作用に着目するなど)が故に「区別」論を貫徹しようと する 意識 に量上かった。これに対して(リアルストの一人と日される)グリーンは陪 審と 裁判 官の役 割分 担と いう 主t' :ペ ー2を前提に「区別」論を徹底し、多元主義(

ない し準 則懐疑主義)的発想は、事実的因果関係と区別されるべき政策的判断の多様 性の 強調 (及び その 定式 化の 拒絶 )と いう 次元 でこ れを とる にと どめたのである。

  さ てこ のよう な「 区別 」論 は50年以 降三 方向 から の批 判を 浴び ることになった。

すな わち 第一に(危険物の管理責任など現代的な)不作為の不法行為事例では、判例 は政 策的 判断に 基づ いて 、事 故の りス ク増 加の 判断 と( 現代 的な 不作為事例に特有 の抽 象的 な注意義務違反を起点とする)事実的因果関係の評価を二佳と・して行なう こ と があ る 。 第 二 にAの 言 動 がBに 行 為 の 動 機 や 機 会 を 与 え た 場合 に は 、Aの言 動 とBの 行 為 と の 間に は反 復可能 性― ―こ れが あっ て初 めて 我々 は因 呆園 係を 語る こ とが でき るー‑!圭底tLヒな!ゝ(Aの言動はB゛の行為の原因ではなく理由である)。

ここ では 因果的 機械 論的 な行 為論 に対 する 目的 論的 実践 的な 行為 論あるいは現象の 個性 的記 述を行 なう ドイ ツ歴 史学 派に 対す るヴ ェー バー の批 判な どの位置付けが重 要な 意味 を持つ。そして第三に損害発生後に当該損害(これ)と被告の加害行為(あ れ) との 事実的因果関係を問う発想は、(リーガル・工コノミストの視点に立てばも ちろ ん) カント哲学の自律的意志(この消極面が矯正的正義と整合する)の積極面か らも 是認 ヒ羞塑 いと する 見解 があ る(moral luckの問題)。しかしこの最後の難点に     ―33 ‑

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関しては、(仮に行為者のコン卜ロールが及ばなくても)何らかの作用を外界に及ぽ した行為者が自己に対して抱く後悔の念に着目する近時の有力説の視点―一これは ネグリジェンス法の揺籃期に判例が利用レたbut‑forという言明に含まれるプリミ テ イ プ な 法 感 情 に 通 ず る − − を 採 る こ と に よ っ て 回 避 し う る と 考 え る 。   さて、以上の考察はわが国の学説や判例の理解にどのような示唆をもたらすだろ うか。まず「区別」論がわが国の学説の間で必ずしも貫徹されていないことが、比 較法的に見ても決して奇異なことではないことがわかった。それではどのような再 構成をなすべきか。詳細は今後の課題とせざるをえないが、さしあたりわが国の判 例に見られる特に重要と思われる三つの問題群に関する処理の在り方が参考になり そうである。第一に璽盟行為に付随する不法行為事例では、被告の不法行為と損害 との厘復璽能性に専ら着目して、事実的因果関係と回睦睦相当因果関係を肯定する 判例が多い(ここでは「区別」論をとる意義に乏しい)。このような発想はドイツ的 な相当因果関係説の影響を受けたと思われるかっての大審院判決にとどまらず、民 法416条の類推適用を前提とする最高裁判決にも見ることができる(従ってドイツ的 な相当因果関係説をアプリオりに拒絶するのではなく416条との異同に関する基礎 的な研究が今後必要になろう)。第二に交通事故など主に突発的な不法行為事例で は、加害行為に対する被害者の意墨法定堕在り左(ここでは因果関係概念は問題と なりにくい)が「相当性」という名の下に扱われることが多い(この内実は目的合 理性や社会的な許容性さらに一般的な頻度などであると恩われるが、さらなる検討 が必要である)。そして第三に、人体の損傷ないし病気の進展に関する判例の処理 の仕方をどうとらえるぺきか(ここでは生体反応の個別性の把握の在り方が主要な 焦点となろう)が大きな問題として残されている。

(4)

学位論文審査の要旨

学 位 論 文 題 名

    不 法 行 為 に お け る 損 害 賠 償 の 範 囲 に 関 す る 一 考 察     1

― 事 実 的 因 果 関 係 と 賠 償 範 囲 と の 「 区 別 」 論 の 再 検 討 を 通 じ て ―

  不 法 行 為の 加害 者は、どの 範囲の損 害につい て賠債責 任を負う のか。わ が国の判 例 は、 こ の 問題 を、「相当 因果関係 」の有無 によって 決する。 これに対 し学説は、

ま ず、 「 あ れな け れぱ こ れ なし (but‑for test)」によっ て、加害 行為と事 実的因 果 関係 に あ る損 害を確定し 、その上 で、政策 的な価値 判断を行 なう(事 実的因果関 係 と政 策 的 価値 判断とを区 別するの で、「区 別」論と 呼ぶ)。 しかし、 「区別」諭 か らの 批 判 にも かかわらず 、判例は 相当因果 関係説を 堅持し、 また、学 説も、因果 的 な展 開 を 帰責 の問題と関 連付け、 事実的因 果関係の 認定は法 的価値判 断を伴うと 述 ぺて い る 。本 論文は、こ の「区別 」諭を再 検討し、 賠償範囲 を決定す る新しい考 え 方を 提 示 する も ので あ る 。

  本 論 文 は ま ず 、 わ が 国 の 「 区 別 」 論 に 影 響 し た ア メ リ カ 法 を 検 討 す る 。   ネ グ リ ジェ ンス 法以前の侵 害訴訟で は、加害 者が直接 その行為 によって 受動的な 被 害者 に 損 害を 与えており 、因果関 係概念に よって法 的原因を 探求する 必要はなか っ た。 こ れ に対 し、危険物 が加害者 の支配を 離れて損 害を発生 させたり 、損害の発 生 に被 害 者 が関 与した特殊 主張侵害 訴訟の場 合に、加 害者の行 為と損害 との因果関 係 が問 題 に なっ た 。そ し て 、but‑forと いう 言明は 、19世紀前 半に、被 告の過失 と 他 原因 と が 同時 的に競合す る事例( 例:被告 の道路管 理の懈怠 と原告の 馬の暴走の 競 合) で 使 われ た 。す な わ ち、 「 原告 の 過 失が な け れぱ(but‑for) 損害 が生じ な か った 」 と して 、被告を免 責した( 後述する 「行為者 としての 後悔」と いう考え)

。19世 紀 後期 にな ると、原因 の偶然的 な介在事 例が増え (例:公 共運送人 の運送遅 滞 中に 、 荷 物が 暴 風雨 等 で 滅失 ) 、そ こ で は、but‑forテス トによっ て事実的 因果     ー35−

久 毅 彦 信    邦 川下 田 瀬木 吉 授授 授 教教 教 査査 査 主副 副

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関係を認定し、その後で予見不可能等を理由に責任を否定した(「区別」諭の出現

。以上の状況は、ドイツ法の条件説・相当因果関係の場合と類似する。)そして、

今世紀に入り、陪審と裁判官の役割分担を強調するL.グルーンが、「区別」諭を提 唱したのである。と言っても、物理的連鎖事例(例:延焼)では、事実的因果関係 と政策 的評価を、 ホップズ以来の機械的因果関係概念に一括する見解があった。

  続いて、今世紀半ぱ以後の議論を整理しながら、この「区別」諭を批判する。第 一に、危険物の管理などの現代的な不作為の不法行為の事例では、事故のりスクの 増加と事実的因果関係の評価とを一体として行なうことがある。第二に、Aの言動 がBの行為に動機や機会を与えた場合には、反復可能性がないから、機械的因果関 係では捉えることができない。ここでは、ハート―オノレの「心の状態の再構成J や、ヴェーパーの理解社会学、あるいは歴史的・個別的な因果連関という考え方が 要請される。第三に、損害発生後に、損害と加害行為との事実的因果関係を岡うこ とは、法と経済学の視点からは勿諭、カントの自律的意志によっても是認できない

。 し か し 、 ナ ー ゲ ル の 「 行 為 者 と し て の 後 悔Jに よ っ て 説 明 で き る 。   本諭文は、以上の考察を踏まえて、わが国の学説を再検討する。その上で、事実 的因果関係を帰責判断に包摂する形で、判例の「相当因果関係」理詮を再構成する

。第一に、物理的連鎖事例では、but一forテストだけの完全賠償主義が十分に妥当 である。第二に、ある行為が取引関係の中で損害を発生させた事例では、反復可能 性に着目して、事実的因果関係と相当因果関係を同時に肯定してよい。第三に、交 通事故などの突発的な不法行為事例では、加害行為に対する被害者の意志決定のあ り方がr相当性」で問題にされる。これは、因果関係ではなくて、目的合理性や社 会的許容性、さらに一般的な頻度の問題として考えるべきである。第四に、負傷・

病気が進展した事例では、生態反応の個別性をどう把握するかという問題が残され ている。

  本諭文は、慣例的な手法の研究が持て余している難問を、一次資料の検討と哲学 的な考察とによって解こうとした。厖大な一次資料の丹念な整理・分析は高い価値 を持っ。それに基づく不法行為の諸類型の析出は法解釈とって極めて有用である。

各類型 における因 果関係の意味の哲学的な考察は、意欲的であり説得的である。

  鋭角的な研究方法の故ではあるが、アメルカ法の検討が「因果関係」の問題に限 局され、「義務」等の隣接問題の考察が不十分である。また、日本の判例の分析は     ー36−

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大審院・最高裁にとどまっている。これらのため結諭の解釈諭にやや未熟さが残っ ている。しかし、因果関係について、従来の学説が囚われていた発想を覆し、類型 に即した多元的な因果関係観念を提示したことは、今後の学界の議論を転換させる であろう。

  審 査 委 員 会 は 、 本 論 文 が 博 士 ( 法 学 ) に 箇 す る と 判 断 し た 。

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参照

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