エリオットにとってのボードレール
著者 幸節 みゆき
雑誌名 Core
号 6
ページ 37‑54
発行年 1977‑03‑31
権利 同志社大学英文学会Core編集部
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000016379
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エ リ オ ッ ト に と っ て の ボ ー ド レ ー ル
辛 節 み ゆ き
エリオヅトが,汚れた大都会のイメージを詩的表現の手段とすることに 関して,ボードレールに負うところ犬であることは誰もが認めるところで ある.しかし,エリオットは詩人としてのボードレールよりも人間ボード レールにより深い関心を抱いていたことを,いくつかの彼のエッセイが明 らかにしている.エリオットの評論に見い出されるボードレールについて の 断 片 的 言 及 に よ れ ば , こ の フ ラ ン ス の 詩 人 は 哲 学 的 詩 人 ( 1 マ ラ ル メとポーについての覚え書J(1926), r宗教的詩人J ( [J異神を追いて』
(1934)λ 「キリスト教詩人Jcr宗教と文学J(1935) )とされている.ま た 現 代 に お け る ボ ー ド レ ー ル 」 Baudelaire in Our Time" (1928)ラ
ピーター・グェネノレ著『ボードレールと象徴派詩人~ CBaudelaire and the
ミ
vmbolists)の書評 CTheCriterion, ]X, 1930年1月λ
「ボードレー ノレJ(Baudelaire
ぺ
1930))という三つのやや長いエッセイは,人間ボー ドレールの宗教性に対するエリオットの関心を証明している.エリオット の見るボードレールは芸術の為の芸術」の額廃の詩人でも,自由な行動 によって彼自身の善を選び実存することを回避した自己欺踊の詩人(サル トル・ 『ボードレールJI)でもない.それではエリオγ トはこの天才をど う捉えているのか.比較的短い期間に書かれたものであるが,これら三つ のエッセイは,エリオットのボードレール像が固まってくる経過を示して いる.放に,我々は,ェリオットのボードレールに対する姿勢を通して,人生に対するエリオット自身の姿勢を読みとることが出来る.いわばボ
38 エリオットにとってのボードレール
ードレールは,ェリオットのより鮮明な像を得るための光となるのであ る.
1た 大
*
第一のエッセイ「現代におけるボードレールjは,アーサー・シモンズ のボードレール解釈に異議を唱えたもので,今となってはそれ程啓発的な ものとも思えないが,それなりにまとまりのあるエッセイではある.シモ ンズの 1890年代的,スウィンパーン的ボードレール解釈に対する不満と 苛立ちから一気に書き上げに印象のある評論である.シモンズの根本的な 欠点、は, rボードレールの持つ情調を感じとるのに無能jであるところにあ り,ためにシモンズは,ボードレールの内にあって厳密に「現代的な」も のといえる「最も冷笑的で急落的な (bathetic)調子」をとり逃してしま っているとエリオットは述べ9 その 「 無 能 さ 」 を 示 す 例 と し て シ テ ー ルへの旅J(旬nVoyage a Cythere')の一節を原文と訳文を対照させて 掲げている.
Quelle est cette ile triste et noire? C'est Cyth己re, Nous dit‑on, un pays fameux dans les chansons, Eldorade banal de tous les vieux garcons.
Regardez
,
apres tout,
c'est une pauvre terre.What is this sad dark Isle? It is Cythera whose birth Was fam famed in songs, made famous as the fashions Of the most ancient and adulterous passions:
It is a beautiful and barren earth.
ニコノL・ウホードによれば, rシテールへの旅」は心情の病が頂点に達する ボードレールの「荒地」であり,ティレシアスのヴィジョンに最も近似し た詩で ある シモンズ訳では,シテールはけだるい美と妖しい魅力をも っ島という印象を与える.シモンズは,使い古された,いい加減な感傷に
エ リ オ ッ ト に と っ て の ボ ー ド レ ー ル 39 みちた対応語以外はまったく言葉の使い方を知らないというエリオットの 指摘は正しい.実際,何処から "fashions","ad
、
u,
lterous passions"とい う言葉が出て来るのかわからないし,また, [f} , [b}の頭韻も音楽的ど ころか却って耳障りである.わけても原詩の四行目のもつ一瞬の緊張と,す ぐに続く肩透しを喰わすような,冷たく突き放した調子からなるスピード 感が訳詩においては消えうせ,平板極まりない陳述文に化けてしまってい るのは,エリオットならずとも容認し難く,更に「美しいJという形容詞 を冠するに至っては,原文に惇ること甚だしいといわねばなるまい.ボー ドレールは "Shadow"を覗き込みs精神の「荒地」にあって, 根源的な 善悪の闘争を実感せずにはいられなかった,という意味で宗教的であった にもかかわらず,単に,悪,悪徳,罪という言葉や宗教的形式を玩びワイ ルドやスウィンパーンなどの1890年代の詩人の宗教性と混同Lてしまって いる.頚廃と倒錯の詩人達と同列に扱われるのがエリオットには耐えられ な い の で あ る シ モ ン ズ 氏 は ボ ー ド レ ー ル を 1890年代のスウィンパーン 風の草色したロンドンの霧で包んでしまった。」とエリオットは書いてい る.スウィンパーン的誤訳の著しい例として「旅への誘いJ('L'Invitation au voyageうの一節を挙げているが,その例の選択のし方は後のエ?セ
イとの関連において興味深いものである,原詩では,
Mon enfant
,
ma soeur,
Songe a la douceur D'aller la‑bas vivre ensemble!とあるのが訳詩では,
My child and my star Let us wander far
…
となっており,また
40 Z リオットにとってのボードレール
La, tout n'est qu'ordre et beaut,己 Luxe
,
calme et volupte.が次のように訳されている.
There all is beauty
,
ardency,
Passion, rest and luxury.エリオットは私の考えで、は, soeur"という語は単に douceur"と押 韻ずる故IrC選ばれたのではないe それはボードレールが常に志向していた 情熱のあの昇華( thatsub1imation of passion")の瞬間である。Jと 反論している.夜、が思うには,シモンズ訳にある star", wanderfar"
という言葉は,それらの [a:]という音からしてもp又タ意味内容からし ても9 行方定かならぬ暖味模糊とした彼方に拡散してゆく感じを与えてし まう.後の引用の箇所については,エリオットはタ正しい訳語は beauty"
だ け で 彼 ( ボ ー ド レ ー ル 〉 が ordre"を第ーにもってきたのは理由あ ってのことで,もしシモンズ氏が『私達の』ボードレールを理解していた ら, "ardency" (熱烈〉などという言葉に置き換えはしなかったろう。」
と述べている。
この詩はマリー・ドオプラン詩篇に属している. (マリ}という女性につ いては後述。〉ガルニエ版『悪の華』の注に従えば, la‑bas" とはオラン ダのことで,ネルヴァル,ゴーチェ,ベルナノレダンにも見られるように,
この国には「秩序j (orde")と「輝かしい清潔さJ(propreteluisanteり があるとする文学的伝統があるということである.ボードレールは未だ訪 れたことのないオランダに関する伝統的イメージを用いて自らの夢の国を 描き出そうとした,とA・アダムは記している.この詩の中の二人は,あ てどもなく漂泊してゆくのではなく,秩序ある理想郷を求めて旅してゆく のである.
また,ェワオットがこだわりをみせている,清らかな関係を暗示する
エワオットにとってのボードレール 41
soeur"という語についてであるが,二年後に書かれた同じ主題の散文小 詩「旅への誘い」では,相手の女性を vieilleamie",mon angeヘ la femme aimee", "la soeur d'election"としている. 放蕩のつれあいと しての女性像ではなくして9 崇められた清らかな女性像であるe エリオッ トのいう subEmation"という言葉はいうまでもなく精神分析用語で,
ブ リ タ ニ カ に よ る 定 義 は 昇 華 と は , ま っ た く 本 能 的 な 欲 求 満 足 を 諦 め て,社会的価値観に従った非本能的満足を得ょうとすることであるoJエ
リオットの場合タ「社会的価値観」は「キリスト教的価値観」 と置き換え てよいだろう.己れの想像力を善としてそれに頼むのではなく,外在的規 範で自己を律し,極めて人間的恋情をも宗教的崇敬の念に説明しなおす姿 勢である.こういうボードレール解釈のためにエロオットはシャルル・デ ュ・ボスを援用している.デ?ュ・ボスのエッセイ「ボードレールの生涯に ついての考察」一一エリオヅトはこれ~á: r今迄で最も優れたボードレール 研究」と高く評価している一ーは,ボードレールの日記,書簡の重要性を 強調し,彼を「精神の完成」に向かつて努力していたキリスト教的求道者 として捉えている.デュ・ボスはその中にマリ‑.
x
(即ちドオプラン〉への手紙を全文載せている.ボードレールはこの女性がある画家のモデル をしているのを見て惹かれ,求愛するが, r私の心は他の人のもの。Jと拒 絶される.しかしその率直さが却って「敬意と尊敬の念J2を起させ, rキ ワスト教徒が彼の神に対して抱くJ3ような愛を覚え,彼の「守護の天使J,
「詩女神J,r聖母Jになってほしいと脆くのである。デュ・ボスはこのボ ードレールの姿勢に関し次のように述べている.
…ダンテとベトラルカを想起せずにはおれない,愛は本源的美徳、
の階梯となり,その愛とは彼の才能に忠実で、あることにある。4
生身の女性を愛するのではなく心,意識的につ〈り上げ
れた詩を生み出すよすがとするのだ デデ、ユ.ボスは rボ一ドレ一ノルレは特定
42 エリオットにとってのボードレール
の女神の愛を求めたわけで、はなく礼賛を継続することを追求した。J5と書 いており.エチエンス・ジルソンもより冷やかな調子で,芸術という目的 のために女性を利用する芸術家8の一例としている.生々しい男女のかか わり合いではなく,醒めた,意識的な思い入れだ.
エリオット q土こういうデュ・ボスの見方,及びボードレールの姿勢それ 自体に共感を覚えたらしく,前述の書簡のことを驚くべき手紙」とよん で、いる.ジャンヌ・デュヴァルとの極めて生々しい関係の中にありながら,
一方でかくも気高い思いを他の女性に寄せることが出来るということが
「驚くべきJなのであろう.二人の女性に向かう心情が芸術家の中で如何 に説明され調和されるのか筆者には理解し難いが,生々しい関係と清浄な 関係というホードレールの区別こそエリオットにとって重要なことなのだ.
そして後者の中に即ち,自らの精神を高め,創造の頂に到達するためのよ りどころとなる女性に宗教的愛を捧げるというところに,エリオットは,
ダンテにも似たボードレールのキリスト教詩人としての志を見た.
エリオットは,ボードレールを信仰とは無縁の「芸術のための芸術j の 詩人とするシモンズの解釈に憤り,ボードレールがクリスチャン詩人であ ると主張するために,この観点から書かれたデュ・ボスのエッセイを援用 している.ボードレールは「ダンテに近¥,'J, r生来のクリスチャンJ,rキ リスト教的美徳の中でも最も偉大でかつむづかしい謙虚という美徳を実現 したJと無制限の賛辞を惜しまず,ボードレール解釈を一つの極から正反 対の極へと強引に移動させている.このエッセイは,それなりの首尾一貫 性はあるが,性急でおおまかな議論の展開であることは否めない.
ヲな 1た 3た
「現代におけるボードレールJで、は,ェpオットはボードレールの現代 的(エリオヅトにとっての〕解釈の必要を強調してやまなかったが,正に その要請にかなったのがピーター・クエネノレの『ボードレールと象徴派詩
エ リ オ ヅ ト に と っ て の ボ ー ド レ ー ル 43
人』であった。「クエネル氏は,アーサー・シモンズが何年も前にその著 書『文学における象徴主義運動でやったことを,彼の世代の人間のために やってくれた。」と,エリオットは書評の冒頭で言い切っている.クエネ ルはラボードレールの詩のみならず9 評論タ日記,書簡を参考にしつつ,
伝記的要素を重視し,彼の憧れの的で、ある母親と恋敵に擬した義父との間 にあって,幼時より苦悩は心のならいとなり,鋭敏な知性をもってその中 で己を磨ぎすまし,高めることに腐心したとボードレールを捉えている.
その詩については,極度に抑えられた持情的,浪漫的 suggestivenessと 教条的ともいえる明断さの結合した classicism があると述べて~\る.
既に第一のエッセイで明らかになっていたことであるが,このエッセイ においてもボードレールを論じる際のエリオy ト の 姿 勢 は ボ ー ド レ ー ルについての正しい批評は必然的に批評家を文芸(原文京!体〉批評の外へ 導かざるをえない。」という文で判るとおり,詩人ボードレールというよ り人間ボードレールに向かっている。「…彼は単に芸術家というのではな く,私の考えで、は,まず芸術家であるというのですらない。J 彼はキーツ やゲーテのように, rまず,新しい経験の模範であるが故に重要で、9 その 次に,詩人である故に重要だという人聞の一人Jであると書いている.こ のボードレーノレを論じる際の姿勢一一それは文芸批評一般における姿勢に つながるーーは伝統と個人的才能」で嘗て彼が標携した「詩で問題にな るのは,そこで歌われている感情や,その詩を構成している要素が優れて いることではなくて,これが書かれた際の芸術上の作用がどれだけ烈しい ものだったか」ということだという,文学を倫理学,哲学,神学の基準か ら切り離した考え方とは異っている.それは1926年(1927年にエリオット は英国国教会の信者となった)1月の TheNew Criterion に載せられた
「文学書評の理念J('The Idea of a Literary Review.)に現にあらわ れている.
44 ェリオットにとってのボードレール
私はそれらすべてく即ち,純粋な文芸雑誌をさす一一筆者〉につ いて,文学という概念を孤立させると,文学の生命を断ってしま
うことになると¥,,¥,、たい.
純粋な文学など感覚のっくりあげる幻しである.
更に,私が今とり上げているエリオットのボードレノレ論に光をあてる興味 深い意見もある.
現代の傾向は,他にし、いよび方がないので classicismとでもい っておくようなものに向かっていると思う……芸術の中にすらみ られる,より高く,明!噺な理性の概念と理性によるより厳正,冷 静な感情の抑制jへの向かう傾向がある.
そして9 この傾向をもっ評論家として9 シャノレノレ・モーラス,ジュリアン
@ノミンダ,ジョルジューソレノレ,ジャック・マリタン, T. E.ヒューム,
I・ノミピットを挙げている.Romal1ticismとClassicismは対立概念で はないという説7もあるが,エリオットはノミピットやヒュムと同様,二者 は対立すると考えており,芸術のそれは,感情の横溢から「理性によるそ の統制の方ヘラ既ち, Classicismへ向かっていると予想している.
この傾向を意識する中で書かれた書評におけるェワオットの主張の第ー は,ボードレールは「彼自身の時代の感覚」ゲasense of his own age'う を持ち彼自身の時代のかかえている問題を顕にしているということで,
第二は,更に, r他の時代についての感覚J(some sense of other ages勺 をもっていて, ~IJ ち,彼の時代を超える視点をもっていて, rこれらの困難 からのある出口J(some issue from the difficulties勺 を 予 示 し て い るということである. asense of his own age"というのはグエネルか らエリオットが引用したもので,その意味するところをグエネルの著書S
から直接探ってみると,都市文明が興隆するパリにあって,華美で放蕩的 雰囲気に惹かれ,その中に溺れていながら,一方で同時にそれを憎み,そ
エリオットにとってのボードレール 45 こから脱出すべく己れを律する regirnen"を希求していたといいことに なろう.エリオット白身は asense of his age"を troubles
ヘ
"dif‑ ficulties"という言葉で片付けてしまっているので,如何なる内容を意味 しているのか判然しない.第 二 点 の 「 他 の 時 代 に つ い て の 感 覚 」 を 持 っ て い た と い う 事 こ れ ら の困難からのある出口を予示していた」という事について考えてみる.ユ
リオットは次のように書いている.
「自分自身の時代についての感覚Jは他の時代についての感覚を 暗示する。放に,ボードレーノレのラシースについての感覚は9 彼
自身の時代についての感覚と分ち難く結びついている。
ラシースがフランス古典主義演劇の大家であることはいうまでもないーク ェネルもボードレールの ClassicsrnI'こ言及している.
「・・我々は彼の Classicism一一即ち,正確かつ教訓的文章の壮 麗さの復興一ーと極度に抑えられた持情的,浪漫的表現とを調和
させることができるであろろ。9
グエネルのこの文に呼応して iRomanticismの死後に輿りつつある,
未だ Classicism とは言えぬまでも Counter‑Romanticism呼 ば れ る べきもの」とエリオyトは書いている。そして9 この Counter‑Romant icismこ,そ先の1926年のエッセイでためらいがちに Classicisrnと呼ん だ傾向に他ならない. とすれば,エリオットは遥かボードレーノレに発する 流れの中に未だあっ‑‑C,これらのエッセイを書いているということだ.
Classicisrnによってエリオットが意味していることは,単に芸術におけ る 姿 勢 で は な く , 人 生 そ の も の に 対 す る 姿 勢 で あ る こ と は 現 代 に お け るボードレール」や1926年のエッセイから明らかである.エゾオットは,
ボードレールは自らを律する外在的秩序を求めており,その秩序とはキリ スト教の神に他ならず9 ここにこそボードレールが国難からの出口を予示
46 エワオットにとってのボードレーノレ
しているという特異性があると考えている.ところがクエネル自身は,
ボードレールのキリスト教は余り強調されすぎてはならず,その目的は discip linary"であったと疑問視している。10ェリオットはおそらくこの 考えに不満で,書評においてボードレールが時代に先んじていたこと(何 故ならの20世紀に生きるエリオット自身同じ流れの中にあって,同じ問題 にかかわっていることが 1926年のエッセイに明らかであるから。〉を強調 したかったのだろう.ボードレールはロマン主義の黄昏の中の Christian Classicistであった。そして,このエリオットの主張は次の1930年のエッ セイ「ボードレール」で展開されるのだ.
τた 大 ‑h P込
エリオットは先の書評において,ボードレール研究は純粋な文芸批評の 域を超えざるを得ないと述べていたが, 1930年のボードレール論では彼自
らそのことを示している.日く,
実際,彼は多分それ程偉大な詩人ではないかもしれないが,考え られていたよりも偉大な人間である.
詩だけからでは,ボードレールの心の真の意味と重要性と思われ るものを掴めそうにないと私は敢えて考えたい.
ボードレールの芸術家たる真の資格は,彼が表面上の形式を見い 出したことにあるのではなく,生活の形式を追求していたことに ある.
人生に対する態度に関して彼の行った刷新は劣らず根源的かつ重 要だった.
(下線筆者) そして人間ボードレール研究には,その散文類 ,iつけても r赤裸の心』
(1110 11, Coeur Mis a Nu)が不可欠と説く.人間ボードレールといって
エ リ オ ッ ト に と っ て の ボ ー ド レ ー ル 47 も,エリオットが主として興味を抱いているのはこの詩人の宗教性である.
ボードレールを基本的に真撃なカトリック的クリスチャンて見ている点で は1928年のエッセイとかわりないが,嘗て程手放しの宗教性礼賛をやって はいない.そのキリスト教は「初歩的J,i未発育」 で 実 践 さ れ た と い うより~土その必要性を主張」したのであり,また,自らの内に大いなる弱 さと大いなる強さを持てる人間として「散慢」があったと批判している.
さらにこのエッセイを理解する一つの鍵となるダンテとの比較についてみ ると, 1928年のエッセイで、は,ボードレールは「ダンテに近い」と積極的 表現を用いていたのに対し,今回は「断片的なダンテJという控え目な表 現である.前年1929年にエリオットは長いダ、ンテ論を発表していることか ら考えてタダンテの人生に対する姿勢の研究が,彼のボードレール観に変 化をもたらしたと思われる.
エリオットは,ボードレールはどちらかといえば後期の,限界のあるゲ ーテに似ていると初めに言っていながら,その実,最後迄比較の対象にな っているのはダンテである.前述のボードレールの「大いなる強さ」とは
「単に苦悩するためだけの強さJで,彼は彼の苦悩を研究することができ ただけで、あり,それを回避も超越もできなかった.この限界にダンテとは 全く異る点があるとエリオットは考えている.
霊感を認めず,厳しく錬磨された鋭い精神が詩を創り出すと考え鏡を 前にして生き,かっ眠らねばならぬ。」というこのダンディは神の聖旨 は我等の平和J(これはエリオットお気に入りのダンテの言葉〉と言える 詩人にほど遠い.
自分を超える力に自分を明け渡すことが出来ない,厳格,冷撤な自意識 は,彼の内部,彼の周囲の悪を彼に認識さぜた.
19世紀の中葉,進行しつつある堕落の時代にあって,ボードレー ルは真の問題は罪と騒いであることを知っていた,…そして,地 獄に堕ちる可能性は非常に大きな罷めであった…なぜならばそれ
48 エ リ オ ヅ ト に と っ て の ボ ー ド レ ー ル
はやっと生きることに何らかの意味を与えることになるからであ る.
ボードレールは「どんな人間にも,どんな時にも,二つの祈願が同時にあっ て,一つは神に向かい,一つはサタンに向かう。J12と『赤裸の心』に記し ており,その一方の悪については彼は熟知していたが他の一方 r善とい う概念については必ずしも明確ではなかった。」とエリオットは述べてい る.バランスの欠如.このバランスということについては, 1931年発表の エリオットの「パスカルのパンセ」論が参考になる.エリオットによれば,
パスカルにあっては人間の情況に対する絶望と信仰の悦びとが調和を保っ ており,神を喪失した人間の悲惨につい・て考えるあまりに精神的融慢の罪 に陥るということもなし謙譲の気持を失わなかったということである.
ボードレールは神の愛については確{言をもっていなかった@故に,人間的 愛のうちにそれが与えうる以上のものを期待するという
1 1
良漫主義的愛の 捉え方を捨て切れず,同時にこれを完全に受け入れるということもない。Jしかるに9 善 は 神 の 愛 の う ち に の み あ わ 人 間 的 愛 の う ち に は な い , と エ ジオットは考える.浪漫主義的愛の定義は 1・ノミピットの『ノレソーと浪 漫主義』に従えば,存在の次元を混同して,現身の女性のうちに理想を,
即ち,人間的愛のうちに永遠の浄福を求め,満たされるわけもなくメラン コリーに終るというもので,これは自己愛にすぎない。13
エリオヅトは ,i良漫主義的愛と,さらにそれ以上のものを志向している 詩 と し て 露 台J('Le Balcon') を挙げている.確かにロマンチyクな 道具立ては揃っている一一幸せの日々の思い出,バラ色の需に包まれた夕 暮9 暖炉の火タ呑,物憂い美,限りなく繰り返される口づけ,等.男女の 愛,この世的逸楽が思い出の中で距離をおくことによって浄化されている@
最終速の,
蒼海の水底潜る 太陽の
エリオットにとってのボードレール 49 また若やぎて 大空に昇るごとく
底知れぬ淵より生れ出でざらましゃ.
(鈴木信太郎訳) に,エリオットは浪漫主義を超える志向を感じとったのであろう.ジャン
・プレヴォもエリオットと同じ見解である.
詩 人 は 新 し い 恋 を 拒 む よ そ に 求 め て 何 に な ろ う 」 は 肉 慾 に 謁 い た ものでなく・ドン・ジュアンらしくない叫びである.これらの愛の数 々を香油と屍衣で包み,地平線の後方に消し去るたよ〉に詩人に残され たことは,それらが星の如く再び姿をあらわせるべく,最終連にある ように9 疑問形であれ9 それらを永遠の相のもとにおくことだけであ る。14
しかし,ここに至る迄に.
一一俺たちの仲間が葬くこの谷底はラ正に地獄だ.
その中に後悔4さずに転がり込もうラ非人聞の女騎士よ,
俺たちの憎み合いの激しさを,永久に続けるために,
(鈴木信太郎訳〉
と叫ぶ「決闘( Duellumうに表現されているような9 どれだけ血生臭い 努と女の関わりがあったかは心にとめておかわ、ばなるまい.
浪漫主義的愛に対立するものとして,エリオットはダンテ論の中で,反 浪漫主義的9 カトリック的愛の観念に触れている.それは,男女の愛は神 の愛により初めて正しいものとされ,人間的愛には不当な期待をしないと いう,幻滅を先取りした考え方である。第一のエッセイを取りあげた際に 言 及 し た 昇 華 と い う 語 は こ こ で も 用 い ら れ て お り r新生』における より高い愛と低い愛の対比」159 「現身のベアトリーチェから死せるべアト リーチu 更に聖母賛歌への上昇J16は,現代で言う「昇華」 で9 その背 後には人と神ヲ生と死てど綾別する「実際的現実感覚」があると言れこの
50 エリオットにとってのボードレール
「昇華」 はボードーノレ論の中で、エリオットが用いている他の表現均衡j
(balance), r調和 ("harmonizingつ 調 整 ( adjustmentつ に 一 致する.そして,昇華を実現できなかったところが,ボードレールがダン テと異る点であるとエリオットは考えている.
しかし,自然なものを精神的なものに,獣的なものを人間的なも のに,人間的なものを超自然的なものに調和させることにおいて,
ボードレールはダンテに比べると不器用である.
エリオット,ノミピットが考える如く,ダンテとパスカルが善悪両方を洞察 するノミランスのとれた ChristianClassicist であるとするならば,ボー
ドレールは今少しその資格に欠ける.
1930年のボードレール論は決して理路整然として簡潔にまとまっている とはいし、難いが,これを背後から支えているエリオットのものの見方は明 白である.それは,現実をこの世的次元と天使的次元とから見る,アゥエ ルノミ?ハlやネイサン・スコット, }r, 1によれば19世紀啓蒙時代以後殆 んど死滅してしまった重層的な見方である.エリオットは,ボードレール の 散 文 類 が 頭 と 心 の , 手 段 と 目 的 の , 材 料 と 理 想 の 食 い 違 い を 知 る の に役立つ。」と述べているが,ここに顕著に重層的見方があらわれている と は い え な い だ ろ う か 頭 は 人 間 的 理 性 心Jは,感情や衝動ではなく,
理性より高い所にあって,恩寵に貫かれた,理性の知らない理性,即ち,
パスカル的「心j と考えられる.便宜上,文中よりいくつか言葉を選んで 二つの次元にあてはめてみる.
; ‑ 1 J E γ 三三三 1 三 F 王土日三二 i
i頭 心
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手段 目的l ‑ h
「 一 一 一 一 一 一 一 理 想i
悪魔崇拝 キリスト教への裏口エリオットにとってのボードレール 51 表面上はスウィンパー
!
真実は恒久的にキリス │!ン的な罪
i
ト教的な意味での罪i の時代の声である i彼自身の時代のものの 見方に先んじていた
日型宇
!神の愛科学の進歩,物質的繁栄の潮流の直中にあって,小市民的,自己満足的モ ラリティーに反逆する装いや挙動,漬神,悪魔崇拝という材料,手段を用 いながらも,実lヱ,無限なるもの,神秘的なるものに憧れ,自らの精神を これに向かつて完我することを目的とし理想としていた.麻薬, {酉,浪費,
女 , と 世 間 的 な 意 味 で の 悪 徳 の 限 り を つ く し な が ら も 真 の 文 明 は ガ ス や蒸気や降霊術にはなくて,原罪の痕跡の滅少にありJ, 罪 の 認 識 と 撞 い こそ重要であって,罪は逆説的に救済への近道だとの覚醒にボードレール が時代に先んじていた理由がある.上の表を文章{じすればこのようになろ う.限に見える現象が天使的次元で説明し直され,その説明しなおされた ものの方に究極的な真実があるとエリオットは考える.人間的愛と神の愛 とを区別する姿勢もこの重層的見方から来る.そしてボードレールの場合,
浄福の観念はいい加減なもので天使的ヴィジョンは限界あるものだったと 批判している.
ボードレールの浄論の観念は確かにいい加減なもので,彼の詩の 中で最も美しいものの一つである「旅への誘いJにしても,出発 の詩情を殆ど超えていない.そして彼の考えがそういう風に限界 あるものである故に,彼にとって人間的愛と神の愛の間に溝があ る.彼の人間的愛ははっきりしていて積極的なものであるが,彼 の神の愛は漠然としていて摺み難いものである.恋愛が悪である
という彼の主張,女性に対する罵晋雑言はここに由来する.
ボードレールは地上的ヴィジョンにどっぷりっかりすぎていたのだ.逆に,
52 エリオットにとってのボードレール
天使的ヴィジョンを確保しさえすると,恋愛の善きことが理解され,女性 に対する優しさも生まれるということか.そして,その模範となるのがダ ンテである.何故ならエリオットはダンテ論で以下のように書いているか らで、ある.
h 男と女の愛は…より高い愛によってはじめて説明され,道理に 叶ったものとなるのであれそれがなければ単に動物の交尾にす
ぎない.
人間は限りなく進歩し,世界を支配するという楽観的な時代の流れの中 にあって,ボードレールv土人間の根源的悪とそこからの救済という問題を 説明Lてくれるべき秩序,ヴィジョンを模索,予感していた.ここにボー ドレールの先覚者たるゆえんがあって,この傾向は,「未だにほんの少数 の人々によってしか受け入れられていない。Jと, エリオットは, その少 数者のうちの一人
T
・E.
ヒュームからの引用でこのエッセイを結んでいる.
…人間は本質的に悪で、あり,倫理的,政治的規律によってしか価 信あることを為すことができない.従って秩序は単に消極的であ るだけでなく,創造的で、人聞を解放するものである.各種の条例 は必要である.
1926年のエッセイから1930年のものまでを見渡してみると,エリオットは,
時代が ChristianClassicismの方向にあると見ていると考えられ,彼の ボードレーノレ論はその観点から書かれたものであれ同時にその傾向を偉 大な詩人ボードレールに迄遡って正当化しているものであるといえる.
1927年英国国教会の信徒となったエリオットにとって示ードレールは乗 り超えられたものであれ彼自身はボードレールとダンテの間にあると捉 え て い る と 考 え ら れ る … エ リ オ ッ ト が 『 悪 の 華 』 の 研 究 を 再 び 始 め た のは1919年か1920年であった,固いしかし,彼の詩の中では,ボードレーノレ
53 ダンテの影響
エ リ オ ッ ト に と っ て の 不 ー ド レ ー ル
それに対して,
の影響は『荒地』以後には及んでいない.
はますます重要性を帯びてくるJ12, というグリーンの指摘は正しい。エリ オットがボードレールの人間的愛は『明確』で『積極的』だが9 神の愛は 暖味で天使的ヴィジョンに欠けると評し,彼自身その限界を乗り超えたも のとするならば,両者とも少くとも,地上的ヴィジョンには欠けていない とりわ ということだ.今後の筆者の課題に,両詩人の地上的ヴィジョン,
そのヴィジョンの強烈 け,愛のヴィジョンについて考察することである。
さが天使的ヴィジョンの信恵i生を決定することになろう@
Nicole Ward,'Fcurmi11ant巴Cite':Baudelaire and the Waste Land,"
The Waste Land in Different Voices, ed. A. D. Moody (London: Edward Arnold Ltd., 1974), p. 90.
Char1es du Bos, Meditation on the Life of Baudelaire," ed. Henri Peyre (Englewood Cliffs, N. J. Pr巴ntice‑HallInc., 1962), p. 55. Ibid.
lbi d., p. 56. lbid.
Etienne Gilson,Baudelaire and the Mus巴 狂enriBaudelaire,巴d. Peyre (Englewood Cliffs, N. J. : Pr色ntice‑HallInc., 1962), pp. 67‑85. Lascelles Abercrombie Romanticism参照。
Peter Quennell, Baudelaire and the Symbolists (London: The 3h己nval Press, 1954),
9 lbi d., p. 52. 10 lbi d., p. 40.
11 Charles Baudelaire, "Mon Coeur Mis a Nu": Journaux Intimes(Paris: Libraire Jos己Corti.1949). p. 54.
lbi d., p. 62.
乱事IrvingBabbitt, Rousseau and Romanticism (Clevさland,Ohio: The World Publishing Co.. 1966), pp. 175‑188.
]ean Prevost, Baudelaire (Mayenne: Mercur e d邑 France,1969), p. 211.
注〉 1
2
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品 戸
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6 7 8
12 13 14
t4 エリオットにとってのボードレール
15 T. S. Eliot,Dante": Selected Essays (London: Faber & F旦ber,1969), p 275.
16 Ibid.
17 エ ー リ ッ ヒ ・ ア ウ エ ル ノ ミ ツ ハ ミ メ ー シ スJ
,
(訳(篠田一士・ JII村二郎(東 京:筑摩書房 1972)18 Nathan A. Scott]r., The Wild Prayer of Longing: Poetry and the Sacred (New Haven: Yale UnIv. Press, 1971)
19 Edward 1. H. Greene, T. S. Eliot et la France (ParIs: Boivin & Cie, 1951) pp. 108‑109.