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T. S. エリオットとF. R. リーヴィス(1) : D. H. ロレンスの評価をめぐって

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Academic year: 2021

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(1)Title. T. S. エリオットとF. R. リーヴィス(1) : D. H. ロレンスの評価を めぐって. Author(s). 石田, 洋至. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. A, 人文科学編, 42(2): 17-27. Issue Date. 1992-02. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/4235. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 2巻 第2号 北海道教育大学紀要 (第1部A) 第4 ion(Sec i l i t ty ofEducat lof Hokkaido Univers onI A)Vo Jouma ‐2 .42 , No. 平成 4年2月 Febmaw,1992. 1 ) T.S‐エ リ オ ッ ト と F‐R‐リ ー ヴイ ス( -- D.H.ロ レンスの評価をめ ぐっ て --. 石. 田. 洋. 至. T 上. 1 ( )が 出 版 さ れ た の は 1934 T‐S‐エ リ オ ッ ト に よ る D‐H‐ロ レ ンス 対 す る 批 判 の 書『異 神 を 求 め て』 ,. 年のことであった. この時, ロレンスは既に世を去っ ていた. イ ギリス文学史上,20世紀はエリオ ッ トとロレンスの時代と言われるが, このふたりはさまざまな点で対照をなし, 相対立する面を持 34年に生きていれ ば, ふたりの間で激しい文学論争が展開されたこ っ ている. もしもロレンスが19 2 ( )と 宣 言 し ロ レ ンス を 擁 護 す る 立 場 か ら 『異 と で あ ろ う. しか し, 「私 はロ レ ンス の 同 胞 で ある」 , , 神 を 求 め て』で 示 さ れ た エ リ オ ッ ト の 見 解 に 批 判 を加 え た の が, F.R‐リ ー ヴィ ス で あ る. エ リ オ ッ. トとリーヴィ スの論争は, エリオッ トとロレンスの代理論争とも言えるであろう. 3 )に寄せたエリオッ トの序 本論では, ティ ヴァ ートン神父の著書 『D.H.ロレンスと人間の存在』( 文と, それに対するリーヴィ スのエリオッ ト批判を検討し, ふたりのロレンスの評価の相違と, そ の根拠について考察する.. 1 1. エリオ ッ トは, 序文を寄せるひとつの理由は,「新しい見地から, ロレンスの作品 が研究されなけ ( 4 )か ら で あ る と して 次 の よ う に 彼 の 見 解 を 示 す れ ば な ら な い」 。 ,. ロレンスは短気で衝動的な男であった (あるいはそうであっ たと私は想像する. というのは, この本の著者と同様, 私は彼に会ったことがないからである) . 彼は推論する能力の持主というよ りむしろ, 発作的で深い洞察力の持主であっ た. そういうわけで彼は短気な男であっ た. ほとん どの同時代の人にまっ たく受け入れ難い形式で, 時には, ほとん ど故意に誤解を促進するような 形式で, 彼はいくつかの洞察を表現した. 愚かな者や, 悪意をいだく者が, 彼を冒涜者,「ファ シ スト」 , 好色家とみなそうとしても, ロレンスはそういう人々 を説得しようと自ら乗り出して行く つもりもなかっ た. 彼はしばしば (私が思うに) 無知と偏見により, あるいは, 意識下に現われ た洞察から, 意識的精神に誤った結論を引き出すことにより, 誤りを犯した. そして表面的な誤 りと根本的な真実とを切り離すには時間がかかるであろう. また, 私にとっ ても, 彼はしばしば ひどい悪文を書いているように思われる. しかし, とき どき立派な文を書くために, しばしば悪 文を書かなければならなかっ た作家のように思われる. 誤解を受けたあとで, 彼は無視されると いう危険にさらされている. 彼の宗教的態度について (その発展について, この本の著者は何か 言いたいことがあるのだが) 我々 は今, 敵意というより, 無知がどれほどのものであったかとい う こ と をわ か り か け て い る. と い う の は, ロ レ ンス は, どれ だ け物 を 知 っ て い な い か と い う こ と 17.

(3) . 石 田 洋 至. 5 ( ) に気付いていないという意味で無知な男であっ た. この見解の中で述べられているのは, ロレンスは 「衝動的な男で, …推論する能力の持主という よりもむしろ, 発作的で深い洞察力の持主」 であり, 「無知と偏見により, …誤りを犯し一 , 宗教に 関しては 「敵意というより, 無知」 が大きな役割を果した, ということになる. この見解は決して ロ レ ンス に 対 して 好 意 的 で は な い. ま た, 彼 を 「冒 涜 者, 「フ ァ シス ト」, 好 色 家」 と み な す 誤 っ た. 評価を否定し, 正しい評価につながる 「新しい見地」 からの見解と言えるであろうか。 『異神を求め て』に お い て エ リ オ ッ ト は, ロ レ ンス の 欠 点は, 「労働者階級の子供として育っ たという 階級から生 「 「 じる欠陥」 , 教育によって与えられる正しい思考法の欠如」 , 非国教徒の宗教的環境の問題」 から 生じていると述べたが, この見解と序文の中で示した見解との間に変化があるのであろうか. リー ヴィスはこの点に関して, 次のように指摘している. それで, エリオ ッ ト氏がその著書で述べていることのいくつかを思い出してみよう。 無知の非 難と直接関係のある判断と主張を取り上 げて みる.「問題となる点は, ロレンスが伝統とか制度の いかなる制約にも完全に束縛されないで人生を始めたということだ…」と書かれている. 「知識と いうよりはむしろ教育が与えなければならない批評能力, ふつう思考と呼ばれているものに対す る無能力」 に彼は苦しんだ. またエリオ ッ ト氏は, ロ レンスの 「知的, 社会的訓練の欠如」 につ いても触れている. ロレンスの母に言及していることから, エリオッ ト氏がこの 「社会的訓練の 欠如」ということで何を語ろうとしていたかがうかがえる. 「息子たちの行動を吟味するためのし っ かりとした原理原則を彼女に与えたようには思 えない漠然とした讃美歌好きの敬度ぶり」 につ いても語っている. つ まり, ロレンス は労働者階級であり, 事実炭坑夫の 息子であった, だから, 無知と粗暴と精神的野蛮さと道徳的不潔さのただ中で育てられ, 文化的な生活が生み出したより 人道的な成果のすべてを受け継ぐ機会を奪われていた, ということになるのである。「生きた, 中 心的な伝統の環境のうちに育てられなかったことが, 文学者を不具にする効果の極端な事例」 と 6 ) して 彼 を見 な け れ ばな ら な い と い う の で あ る.( エリ オ ッ トの 序 文 で は, こ う した ロ レ ンス 批 判 は 「い ま そ れ ほ ど攻 撃 的 に 表 わ さ れ て い な い に し. ても, もっ と陰険になっている, ロレンス研究を勧めるということと関連しているため, もっ と陰 7 )とし エリオ ッ トの態度は修正も訂正も取り消しもされておらず 「すでに長期 険になっている」( , , 8 )と 間にわたっ て害悪を働いてきた誤解, 偽っ た説明, 誤っ た方向づけをずう っ と維持 している」( , リーヴィ スは断定する.. m エリオ ッ トはアメリカ貴族とも言える家柄の出身で,新興の実業家階級に属し -- ロレンスの生 まれ育った炭坑の村の経営者を連想させるが --, 幾人もの使用人 -- 料理人, 下女中, 乳母, 洗濯女, 庭師 -- が働いている家庭で育った. 典形的な後期ヴィ クトリア朝の上流階級の家庭であ )に 見 ら れ る 環 境 で あ っ た 文 学 的 っ た. エ リ オ ッ ト の ま わ り に あ っ た の は, 『カ ク テ ルoパ ー テ ィ ぜ9 .. 1 0 }の持つ雰囲気 がエリオ ッ トの { に言え ば, 主知的な人生態度をとる 「ブルームズペリー・グループ」 育った環境であったと言えるであろう. こう した知的な人間に対するロレンスの批判は, 彼の作品 において ばかりでなく, あらゆる機会に述べられている. 18.

(4) . T‐S ) 1 ‐エリ オ ッ トとF ‐R-リー ヴィ ス(. ロレンスは炭坑夫の 息子であった. しかし, ロレンスが労働者階級の出身であり, たとえエリオ ッ トが育った環境に育たなかっ たとしても, エリオ ッ トの環境を理解できなかったことになるので あろうか. たとえば, 「無知」 とは何を基準として 「無知」 であるのかという疑問が生じる. 「粗暴 と精神的野蛮さと道徳的不潔さ」 についても同様である. あのような天才を身につけて,1 880年代にイーストウッ ドで炭坑夫の 息子として生まれたこと は, あたかも運命が, 彼に天才を与えたので, 彼にその天才を最大限に発展されることができ, その天才を本来意図された目的のために使用する資格を与えるように, 前もって配慮していたか の よう で あ る- もし彼が労働者階級に生まれていなかったら, 彼は内側から労働者階級の生活を. 知ることはできなかったであろう. 実際には, 中産階級に生まれた作家が持ち得なかった利点を 享受した. 積極的な経験と, 幻想と人を衰弱させる無知の感覚 を免がれた自由とを享受した. 他 方では, 彼は才能に恵まれていたので, 彼が他の社会水準の生活を知るようになるのを妨 げるも 1 1 ) の は何 も な か っ た.(. ( 1 2 )における父親や炭坑夫たちの生 ロレンスは労働者階級の生活を知りつくしていた. 『息子と恋人』 『 1 ( 3 ) 活や, チャタレー夫人の恋人』 におけるむなしくストライキを繰り返えす炭坑夫たちの生活 (あ る意味では, エリオ ッ トの言う 「粗暴と精神的野蛮さ」 に当たるのかもしれないが) がみごとに描 き出されている. しかも重要なことは, ロレンス はこう した労働者階級 に属する炭坑夫たちの生活 を否定的に捉えていることである. 十分知りつく してはいるが, 決してそれをロレンス自身の生活 の尺度, 基準とはしていないのである. ロレンスの周囲にいたのはこうした炭坑夫たちだけではな い. 彼の母親の厳格なピューリタン的生活態度は, 息子に 「道徳的不潔さ」 のまっ ただ中に生きて いくことを許さないものであり, 事実, ロレンスの生き方からは, 「道徳的不潔さ」をうかがわせる も の は何 も な い と 言 っ て よ い ほ どで あ っ た.. 炭坑町の周囲には炭坑ばかりではなく美しい自然もあった. 炭坑経営者の住む館もあっ た. 妹エ 4 1 ) ロレンスの自然に対する観察力は 他に例のない感受性を伴っ た イ ダが証言しているように( , , , 鋭いものであった. リーヴィ スの言う 「彼は才能に恵まれていた」 というのは, この観察力を指す のであろう. 炭坑経営者の住む館, そしてそこに住む人々 を, この観察力でロレンスは看破してい たのであり, 「彼が他の社会水準の生活を知るようになるのを妨 げるものは何もなかっ た」 のであ る. ただ, ロレンスの中産階級とそれに属する人々 に対する評価は否定的である. こう したロレン スの見解は, 「文化的な生活が生み出したより人道的な成 果のすべてを受け継 ぐ機会を奪われてい た」 結果から生じているのであり, これがロ レンスを 「生きた, 中心的な伝統の環境のうちに育て られなかったことが, 文学者を不具にする効果の極端な事例」 としているのだと, エリオッ トは考 えて い る の で あ る.. 「知識というよりはむしろ教育が与えなければならない批評能力 ふつう思考と呼ばれているもの , に 対 す る 無 能 力」が ロ レ ンス の 欠 点 で あ る と エ リ オ ッ ト は 言 っ て い る エ リ オ ッ ト はロ レ ンス の「イ .. ンテリジェ ンス」 を問題とするが, この場合, 「イ ンテリジェ ンス」 を知識に裏付けられた知性を考 え て い る よ う で あ る. ハ ー ヴ ァ ー ド, ソ ル ボ ンヌ, オ ッ ク ス フ ォ ー ド と 世 界 で 一 流 の 大 学 で 学 ん だ. エリオッ トは, 知識に関しては, 2年課程のノ ッティ ンガム大学師範部の高等教育しか受けなかっ 19.

(5) . 石 田 洋 至 た ロ レ ンス よ り は優 れ て い た か も し れ な い. し か しロ レ ンス の 知 性 は, エ リ オ ッ ト が 考 え て い る よ. うな知性ではないことは明らかである. ロレンスの矢『性は, 知識を含めたいろいろな要素に裏付け ら れて い る の で ある.. 8 90年代の若者にとって, 知的教育は社会的訓練と密接に結びつ けられていた. そしてその社 1 会的訓練が, たとえ彼らにウイ ンチエスターやイ ートンやハーヴァードの風習すら与えなかった としても, エリオ ッ ト氏が享受したものより劣っ ているという理由を私は理解できない. 更に, 『カクテル・パーティ』 から判断すると エリオ ッ ト氏が存在したと想像することができないよ , うな家庭生活, つまり, 貧困と日々の糧を急いで手に入れなけれ ばならないということに悩まさ れながらも, まったく洗練された文化的な家庭生活の環境のうちに, 彼らは集い, 語らい, 読書 したのであった. 更に, それがイ ギリス文学に対して どれほどの有利な結果をもたらしたかとい うことについては, 私は既に多少指摘しておいたが, ロレンスは日常生活において身近な経験と して, 古い農業的なイ ギリスと産業的なイ ギリス の対立と浸透, すなわち, 有機的な形態やリズ 1 5 ( ) ムや人道的適応の昔ながらの美しさと, そこで起ったものとの対照を知っ ていたのである. 「古い農業的なイ ギリスと産業的なイ ギリスの対立と浸透」 そしてそのふたつのイ ギリスの持つ本 , 質の対照が重要なのである. ロレンスの生まれ育っ た村とその周囲には, 「古い農業的イ ギリス」に 1 1 8 ) 1 6 { 7 ) 「フ ェ リ ー ミ ル・フ ァ ー ム」 ( { ) 「ム ア ー グリ ー ン・レ ゼ ヴ ワ ア ー」 あ た る 「ノ・ツ グ ズ・フ ァ ー ム」 , , 「 ( 1 9 「 「 ) が あ る. ま た, 産 業 的 なイ ギリ ス」 に あ た る ラ ム・ク ロ ス ・ハ ウ ス」 , プリ ンズ リ ー・コ リ ア. 2 0 ( )などの炭坑がある イ ギリス社会の持つこのふたつの面こそがロ レンス文学の中核をなし リー」 . ているのであり, このことを十分理解していなければロレンス研究は成立し得ないと, リーヴィ ス は考えているのである. つまり, エリオ ッ トはイ ギリス文学を構成するふたつの社会的要素を理解 しておらず, 「産業的なイ ギリス」がもたらした成果, しかも, その成果の一部を彼の視点としてロ レ ンス を 批 評 して い る と いう こ と に な る の で あ る.. 知的訓練に関しては, それをロレンスは欠いてはいなかっ たと私は主張した (ティ ヴァートン 神父はこの点ではエリオ ッ ト氏と反対の意見で, 私と意見を同じくせ ざるを得なかったと言って いる). 我々 は承知していることだが, ロレンスは正規の学問水準を知ることを拒否されてはいな かった. 彼はノ ッティ ンガム大学師範部についていくらかの痛烈なことを言っているが, 彼には 与えられた機会を比類なきまで利用する適性があった. そして正規の勉学と, 知的にも社交的に も打ち解けた交際において, 彼はその機会をうまく利用 したことを我々 は知っ ている. 一体 どの ような根拠に基づいて, エリオ ッ ト氏が21才の時の彼自身が同じ年令のロレンス より, 知的によ りよく訓練されていたのは明らかであると思いこむことができたのか (彼が思いこんでいるとし ての話だが -- 彼の口調からして思いこんでいるとしか考えられないの だが) , 私には理解でき 2 1 ) 士 まし).(. エリオッ トが, ロレンスは 「推論する能力の持ち主というよりもむしろ, 発作的で深い洞察力の 持ち主であった」 と評する時, 彼の考えの基となっているのは, ロレンスには教育によっ て与えら れるべき知識が欠けているということであっ たように思われる. それで, 「発作的で深い洞 察力」で ロレンスが表現することは, 時には的を得ていることもある が, はずれることも多々 あり, 一般の 知識 (エリオッ トの言う知識) からは, とうてい考えられないような結論を引き出しているという 20.

(6) . ) T.S 1 .R.リ ー ヴィ ス( ‐エ リ オ ッ トとF. ことになる. その結果,「とき どき立派な文を書くために, しばしば悪文を書かなければならなかっ た」 と いう 批 評 に な る. つ ま り, ロ レ ンス は, 「無 知 に よ り 誤 り を 犯 した」 と エ リ オ ッ ト は 言 え る の であ る. リ ー ヴィ ス に よ る と, ロ レ ンス に 関 して は, エ リ オ ッ ト の 考 え る 知 識 に つ い て は何 ら 問 題 は な い の で あ っ て, ロ レ ンス を ロ レ ンス に して い る の は, ロ レ ンス の 持 つ 知 識 で は なく, ロ レ ンス の 知 性. なのである. リーヴィ スの考える知識と矢貸注の区別は次の一節からもうかがえる. 1920 年 代 に お い て, ロ レ ンス は 天 才 の 持 ち 主 で あ る と い う こ と は 一 般 的 に 認 め ら れ て い た. し. かし, 失弾性に関しては, それがほんとうに重要なのであるが, それを求めるためにはオルダス・ ハ ックスレイに赴かねばならないと一般的に認められていた.私自身は -- 当然明らかであると 考えざるを得ないのであるが -- ロレンスの知性は数ある中でも,最高の矢廿性であると主張しな 2 2 ) け れ ばな ら な い と 常 に 感 じ て いた.{. 2 3 ( )なのであ ロレンスの知性は, 一般 的, 常識 的矢野性ではなく, 「本質的に創造的芸術家の知性」 「 ( 2 4 } り, 精神の健康と健全さの条件を明らかにする」 ための矢α性なのである. ロレンスが作品の中で よく示しているように,「矢『性を適切に用いなければ, 心的, 感 青的健康の問題の解決はあり得ない 2 5 } こ と を, ロ レ ンス は 明 ら か に して い る の で あ る」.( ロ レ ンス の 「洞 察 力」 は, 天 才 の み が な し 得 る よ う に, そ こ に あ る も の を 見 る こ と が で き る と. いったようなものであっ た. そして, いろいろな洞察を関連づける並はずれた能力, 把握認識し 難い要素を含む事態を理解するばかりではなく, 経験のまったく包括的な全領域を理解する並 み はずれた能力を伴うものであっ た. 事実, 彼の思考は, 一般 に思考と呼 ばれているものよりずう っ と優れているので, まっ たく思考と認識されないようであっ た. もし 「推論する能力」 が何か に値するものを意味するならば, ロレンスの推論する能力が最高のもののように思われる. 論理 的持久力の点で, つまり, 広大で困難な領域にあっ ても, 同時に, 非常に具体的な経験の複雑さ に対して完全に忠実である持続的一貫性を持って, 思考の体系的過程を追求する能力の点で, ロ 2 6 ) レ ンス はエ リ オ ッ ト氏 よ り 優 れ て い る よ う に 思 わ れ る.(. ロレンスの思考こそが, 一貫性を持った論理的体系化を可能にしているのだとリーヴィ スは言って い る の で あ る.. V 「彼の宗教的態度について我々 は今 敵意というより 無矢 , , ロがどれほどのものであったかというこ と をわ か り か けて い る. と い う の は, ロ レ ンス は, どれ ほ ど物 を矢ロっ て い な い か と い う こ と に 気 付. いていないという意味で無知な男であっ た」 . 宗教に関して, これがロレンスに対するエリオッ トの 見解である. ロレンスの母は清教徒風な宗教心を持ち, この厳格な宗教心から子供たちを連れて, 近くにある. 「組 合 教 会 派 の 教 会 (Con re at onaIChurch) に 必 ず 出 席 し て い た. ロ レ ンス に と っ て, こ の 宗 g g i 」. 教的風土は大きな意味を持っ ている.. 21.

(7) . 石 田 洋 至 ロ レ ンス の 母 の 宗 教 は, エ リ オ ッ ト 氏 が 軽 蔑 を こ め て し り ぞ け る に は 値 し な い と 言 え ば, こ こ. では十分であろう. 組合教会は, ロレンスの生活圏にあっ ては, 力強い社会生活の中心であり, エリオッ ト氏があのように軽蔑する宗教的伝統を, その主要な推進力としている, いまもなお持 続している文化的伝統の焦点であっ た. ロレンス が実際行なっ たように, その伝統の真剣さと道 徳的まじめさを不とう不屈の知的探求の強化に転ずることは, すべてその伝統の中にあっ た. ロ レンス家が組合教会信者であることは, 関連する重要な点である -- 彼らの非国教主義は, エリ オッ ト氏が考えているように思われる卑しく, 安っ ぽい教会の救済思想とはおよそほど遠いもの ( 2 7 ) であった. 組合教会主義には独得なほど強い知的伝統があっ た.. 宗教上 「アングロ・カ トリ ック」 (Anglo ho l i ) の立場をとるとしても, 組合教会から独立した t ‐Ca c 「ユニテリアン派」(Un i i )の家庭に育ったエリオ ッ トが, 非国教主義を理解できないとは思わ t r a an. れ な い. 「ア ン グロ・カ ト リ ッ ク」 の 立 場 に 立 つ こ と が, エ リ オ ッ ト に と っ て, 知 的 に 有 利 で あ っ た. のであろうか. 知識としての宗教が, 生活の実感として身についた宗教より優れているかどうかと いうことが問題となるのである. 宗教に関して, ロレンスに浴びせられた非難は, カ トリ ックやイ ギリス国教会の関係者からの非 難であった. ティ ヴァ÷ トン神父はこう した非難を柔げる目的で『D.H‐ロレンスと人間の存在』を 書 い た の で あ り, ロ レ ンス は キ リ ス ト 教 徒 に と っ て 役 立 つ と 言 う の で あ る .. 最初に率直に示さなければならないこの書をしたためるもうひとつの理由は, 特にキリスト教 徒の立場からロレンスを取り上 げ, 全貌を明らかにするロ レンス研究がひとつもないように思わ れるからである. このことが, 直ちに, 宗教裁判的文学批評の形態を意味しないように, この立 場から彼を取り上げる第一の目的は, 非常に多くのキリスト教徒から浴びせられた悪口を考慮す ると, その方面からのいくつかの修正の機が熟しすぎているように思われるということを, 急い 2 8 ( ) で付け加えられなければならない. その修正のひとつ が,「キリスト教徒が知っ てはいるが忘れてしまった教訓を, ロ レンスはキリスト 2 9 ( )と い う こ と で あ る ロ レ ン ス の キ リ ス ト 教 に 関 す る 発 言 は 神 学 上 教 徒 に 教 える こ と が で き る」 , , .. 誤っ た知識に基づいてはいるが, そして多くのキリスト教徒はロレンスに反発し. 非難を浴びせた が, 結 果 と して, キ リ ス ト 教 徒 が 忘 れ て し ま っ て い た も の を 思 い 出 さ せ た と い う 点 で, ロ レ ンス は. キリスト教に貢献しているし, 評価できるというのである. この点に関し皮肉をこめて, エリオ ッ ト は 次 の よう に 言 っ て い る.. キリスト教に対する (そして実に仏教に対する) 彼の非難は, しばしば, 不十分な知識による ものであった. ある時は, そう した非難は物事の核心をついているこ ともある. そして, いかな るキリスト教徒も, 自分が十分宗教的精神を持っ ていると確信すべきではないし, キリスト教徒 ( 3 0 ) ではないが, 根本的に, そして常に宗教的であるひとりの男の批評を無視すべきではない. 組合教会の宗教的雰囲気の中で育ったことに関して, ロレンスは次のように述べている. 子供が, その環境や教育に関して, 何を受け入れ, 何を受け入れないのかを決するのは, 一番 難かしい. 子供の時, 私が覚え, 決して忘れることのない讃美歌に関して, この事実は直接私に 22. ,.

(8) . T.S.エ リ オ ッ トとF.R‐リ ー ヴィ ス( 1 ). あてはまる. 私にとっ て讃美歌は最もすばらしい詩以上のものを意味し, どういうわけか私にと っ て永遠的価値を持っている. ワーズワースの『不滅への頒歌』 , キーツの鎖歌…のような私にと っ て最も意味のある詩, 結局, 人に究極的な生き方を与える美しい詩, つまり, 人間の意識の中 に深く織りこまれるすべてのこれらの詩は, 私が幼少の頃, 徹底的に私の中に浸透しているかな ( 3 1 ) り平凡な非国教徒の讃美歌ほど深く, 私の中に織りこまれなかった. ロレンスの意識の中に浸透した宗教は, 知識としての宗教ではなく, 自然にロレンスの中に浸透し た 宗 教 であ る. だ か ら, ロ レ ンス に と っ て 「讃 美 歌 は, は っ き り と した 驚 き の う ち に, 人 の 意 識 の. 深いところで生き輝くのである. なぜなら, 讃美歌はいかなる批判, 分析にさらされることがなか 2 3 ) 知 識 と して の 宗 教 に 関 して ロ レ ンス は 「16 才 の 頃 ま で に は 私 は キ リ ス ト 教 ( っ た か ら で あ る」 , , .. 3 3 ( }と言うのである ロレンスにとっ てキリスト教は 彼自身の血 の教義を批判し, 乗り越えていた」 , . であり, 肉であり, 彼にとっ て不可分なものであり, 彼自身から遊離しない, 生いたち の中で彼自 身の中に浸透した宗教こそがロレンスにとっ ての宗教なのであっ た. その宗教は理論でも知識でも な い の であ る.. 現在, 我々の文明の偉大で決定的な成果は -- それは知識を基盤とし, 経験に敵対する文明な のであるが -- 退屈なものである. すべての我々のすばらしい教育と学習は, すばらしい大規模 な退屈さを生み出している. 現代人は心の中では退屈している. 何をしようとも退屈なのである. 現代人は, 何も経験しないために, 退屈なのである. 不思議に思う心がないから, 現代人は何 も経験しないのである. 不思議に思う心がなくなれば, 死んだも同然である. これからは, 虫け 3 4 } ら と して しか 生 き ら れ な い.(. カ トリ ック教徒, 英国国教会信者, そしてエリオ ッ トを怒らせたのは, 次のようなロレンスの発 言であろう. 清教徒として育てられたことは, すばらしいことであっ たと思う. 清教徒の中でも非国教徒と して, 非国教徒の中でも組合教会信者として育てられたことは, すばらしいことであったと思う. …英国教会にあっては, 子供を大変腐敗させるあの世俗的階級制度を免がれることはなかったで あ ろう. …. 要するに, そういうわけで, 私は 「組合教会の」 教育に感謝している. 組合教会信者は最も古 5 ( 3 ) い非国教徒であり, オリ バー・クロムウェルの独立派の末蕎である.. エリオッ トがロレンスの欠点としてあげた 「労働者階級の子供として育ったという階級から生じ 「 「 る欠陥」 , 教育によって与えられる正しい思考法の欠如」 , 非国教徒の宗教的環境の問題」 につい 「 て検討を加えてきた。 リーヴィ スは, イ ギリスの文化的な歴史, イ ギリス の文明に対するエリオ ッ. 3 ( 6 )を指 摘 し エ リ オ ッ ト の ロ レ ンス 批 判 は 「偏 見 と 無 知 の 鯖 ろ く べ き 離 れ 技 ( 7 )で あ り トの 無 知」 」3 , ,. 「生きた中心的な伝統の環境のうちに育たなかった 人の見解であるとし 「ロ レンスは 生きた 」 , , , 中心的な伝統のうちに育っ た」 という結論を引き出しているのである . 「労働者階級の子供として育っ た」 ということからロレンスが 「無知と粗暴と精神的野蛮さと道徳 的不潔さのただ中で」育っ たという論理的な結論は出てこないし, 「文化的な生活が生み出したより 23.

(9) . 石 田 洋 至. 人道的な成果のすべてを受け継 ぐ機会を奪われていた」ということにならないのも事実である. 「教 育によっ て与えられる正しい思考法の欠如」 に関しても, エリオッ トは論理的説明をしていない. 労働者階級の子供は -- その中でも, ロレンスは高い教育を受けていたのだが -- 正しい思考法 を身に付けることができないのかという問題が生じる. しかし, エリオ ッ トのロレンスに対する見解と, それに対するリーヴィ スの厳しい反論を考える 時, 産業革命以後, イ ギリス社会に出現した労働者階級が果した役割に対するふたりの評価に大き な隔りがあり, それに文学上の評価が密接に関わり合っ ているのである. 新しい階級はイ ギリス文 学史上 どのような関わりを持ち, どのような役割を果したかということが問題となる. つまり, イ ギリス文学の伝統をどのように考えるのかということと深く関係 している‐. エリオッ トの言うように, もし非国教徒の宗教的環境が問題であるとしても, ロレンスが 「子供 を大変腐敗させるあの世俗的階級制度」 と言 っている国教徒の宗教的環境は問題にならないのであ ろうか. 労働者階級, ロレンスの受けた教育, 非国教徒の宗教的環境は, それぞれ個別の問題では なく, たがいに関連性を持っ た問題である. イ ギリス国教会が設立されて以来, 国教徒, 非国教徒 のイ ギリス社会において果した役割とその評価の問題がある. この点に関しても, エリオ ッ トとリ ーヴィ スは意見を異にしているよう である. 宗教に関する問題, イ ギリス 文学の伝統の問題に検討 を加え, 「生きた, 中心的な伝統」を明らかにすることが, ロレンスの適切な評価につながるのであ る.. ( 1 ) E1 i Sっ A月8γ SZm“gβ CDぬ ( 1934 ) ot . ,T‐. ) Ed筋餌 毎 Knight iver i ( 2 idgeattheUn ty s s . ,L‐C. , Mason ,H‐A. ,Leavi ,F.R , 食 粥鳶“夕 又V互7ヱ95ヱ62 (Cambr Pres )p s .68 . ,i936 …ヱam af l l e ow‐ count rymanofD.日.Lawrence . f f i ton ( 3 ) Tiver ) 7 2 劫略云例 解(Rockl . ,Father M. ,D.互.Lαwだれ” αれd 猛“粥α ,1951 ( る蔵. 4 ) 上 l l -v ‐ ,p ’ …Lawr i ence swork needsto beexami nedf rom anew per spect ve ‐ ( 5 ) ー彰α,PP v l 1 1 . . Hewasanimpat i i ineh im tohavebeen;for iketheauthorofth i entandimpul s ve man( orsolimag sbook ,l , lneverknew him) ight h h f i i i i fu la dprofoundi t t t t t ns s r a e r a no r a o c n a v e o w e r s;and l l p ‐ He wasa manoff , i i i ike lyto makethem ther tsintheform l tl ef or ehewasanimpat ent man:heexpres s edsomeofh sins eas gh i i imesin a form wh i lmos l fu l l t of h t t wi acceptabl eto mos s contemporar es ch a y encouraged , and some “ l ft f i d d i h l i h h i l l d i d h b l h i t d t t h i m sun er san ng e oo s or e ‐ spos e c ose oregar sr’ m asa asp emer . ,a fasc ,ora l d notputh imse l foutto per lth i ten was( suadethem. Wrong heof nk)f rom pomo i打apher ,Lawrence wou d i d i せ } l i i h i i df h i i h h i h t t j r e c e o r r a w e w r o n lgnorance n u n o c u s o n s n sc o n s c ・ o u s m n r om e n s sw c c ame p g gc g , , im f low consc i l ltaket imetod i iatesuper f i ia le l toh t wi rom be rrorf ousnes s:andi ssoc c rom mefundamenta dteve ly;buttobea wT lyin i i t tento W] terwhohadto wr t t luth so eof enbad ly bad . To me ,al ,heseemsof 1mi i imes we l l i i i tesome t terbe tood orderto wT ng sunde rs si n dangerofbe ngi s gnored . Af . Asfor h ,hei l i iousat i l i i i tof wh th t tude( re ofthe deve opmen chtheauthorofth sbook hassome ngtosay)wecan now g beg i l 誼 せ l h i l i f L terhow much wasi t t e ntos eebet l o r a n c e r a e r a n o s o r a w r n c ewa sa nignorantmaninthe y; gl , sensethathe wasunawareofhow muchhedid notknow. ) &γ“勿夕,p ( 6 ・68 . Le l lthensomeoftheth i io i tsaysinthatbook t tmereca ckonsomejudgment sandas ser ons ngsthatMr .E1 ‐lpi ‘ ’ weareto ‘l iate l ld l r l thatar tar ted atLawr eimmed evanttot echargeofi l nti s ences yre g lorance ‐ Thepoi ,せ , l f l l ionoft i i f f i i i i t t t tut t e who reef rom anyres r c rad onorins on…’ Hesuf ered‘ rom al ack,notso much of yf i inforn i i i lfacu l i i i ldg i inar i ly t t tyforwhati コat on ca eswh cheducat onshou ve sord ,asofthecr ,andanincapac ‘ ’ Aga ’ f l l l inking i N [ E 1 i k fL A l k f i d i i i l l t t t t g r e e r e c e s a o a a n s o c a r a e e c cal edth n r o s e a so a w r e n c e n c n u n n p ‐ . .. 24.

(10) . T‐S 1 ) ‐エリ オ ッ トとF.R‐リ ー ヴィ ス( ’ ’ ’:hes eaks t ま ま l l 1 id i l to Lawrence i lt in i s mo e rt e sus ra r ot meansbythi s‘ ack ofsoc ra a ng p .E1 ,1m af , whatN ‘ fh h i i i i … h i hd h i i f i tsm w c oesnotseem to aveprovdedher wthany mIpr i i r va ‐ o e sngngpe nc esby き犯e ymn pl ’--Lawr i 1 i t tofhers ta′ chtosc l ・ ユ ni zetheconduc whi 1 l nersson;and ons ence was working class ,in fac theref i i lbarbar i tofi lsqual tua ty and mora or ebroughtupi nthe mids 1 sandsp r or g 1oranceanduncouせmes , l l d i i i l lthehumanerachi iv i l i tedofa iv i 帆 r h i f he t t s er n evement sofc zedl ea et ng r os e e m a sa ne x r e m ec a s eo . ‘ f i i f i i l tupon menofl t ter nge ec cr e sofnothavi ngbeenbroughtupintheenv ronばnentofal vi ngandcent ra ppl ’ i ion t t rad ‐ ( 7 ) 五男仏 p.67 ・ 工 ftheyareexpres fens i l i id i di sed now l essof ve eins ousbecause ous - - andthe mor y ,they arethe moreins i tharecommendatory approach as soc at ed wi . ( 8 ) ヱ る メ メリ p ‐67 ・ i …i ionsand mi i ionsthathavea l tpe tuatesthe mi t e sconcept sd ons s repres entat rec ready ong a l i ) ,mi ,oversol i f od schi e per . ,workedso much mi ( 9 ) E1 i Z ZF脳か( 19 50 ot ) . ,T.S , z力g coc財α . o Q ) B1 oomsbu ly Group QD Sの多”“% pp・68‐9. To bebo i ighteen ththatgen iny i ie f Des twoodinthee ti ・ r n t us ‐ e s - -i sasi ght , wi ,a mine sson at Eas , havi iven h im 官 l ius h d l d h h l db b l dt d l t th i r l ng g tt t egen a a I T a n t t e a s o a es o ee u n a e o e v e o o eu mo s and g p , f l i iedtousei fhehad no i tforthepuq r l l t was meant tbeenbo chi l筆 intot e worki ng ‐ qua )osefor wh c as s . 工 hecoul l i fef d nothave known worki ide t was heen i joyed advantagesthata Wr ngc as sl rom ins ter . Asi l l dd l d nothavehad: せl i iveexpehenceand af l l t i mi e ‐ c as sbo r ・ ncou epos reedom bothf rom i us onsandf rom l i ingsenseofignorance thedebi tat r l i f ingto preventh r i i t eothe rhand edashe was ere wasnoth s - ○nt ,g ,t ingto know l i f i l t t eatothe rsoc all eve s ge . ( ) Lawr 1 2 1913 ) ence 7 2α Lの8符( ‐ ,D,日ヮ So“sα ( 1 ) Lawrence 3 2物γ Z勿S LO泥γ(1928) . ,D‐H. ,乙破か C姦 l der Q 4 ) Lawrence 1 93 2 ) ,Adaand Ge ,Stuan, 富o””g 乙”β”20二 β解か L乾 け D .丑 . ‐乙αwだ“”( ( 1 5 ) &“#〆 70 “y,pp ‐ .69 . Andforthoseyoungpeopl i l l i imate lyboundup wi tualeducat t i ei nthe1890sthe rinte ec thasoc on wasin al ing h i h i f i d t i i ぱ せ i W r k h i E td t i H t rain d l c e v t w v e n e e m e am s o r n o a no re v e n a l l r a r g ma n n e r s s e en or e a s y o n , , , forsuppos ingi i h iot dt l k d d di joyedby Mr t t i f nfer ortothaten e me a a e t t n a n r e a nas e n o y g . Moreover .E1 , fami l l i fe such as 1脳 Co次加” 月α?夢, Mr iot calmot imag ine to have exi ‐ rom 7 ted - - a y s .E1 ,tojudge f f l l i febese tbypover day exi ty andthe day to i ‐ i i ine l l ami ‐ ‐ tqu i i tef esofbreadwi y nn ng vi genc zed yc . And ,ye f i t コ ヒ l h d f t t E l i i unher int terature 工 have po w w a a v a n a e o s c l u o n s u n r tai g ed outin some de q e ces o ng sh l , , Lawrenceknew everydayofh i i f imateexper i i h i t i f sl ei nint t t t 士 l 1 encetheconf t rontat on e n n r erpe e a on , ,o eod i l turaIEng i ththeindus t i agr cul toftheorgan and wi r al;thecont ras cformsandrhythlosandtheoldbeauty ion wi th whathadsupervened ofhumaneadaptat ‐ ( 1 6 } HaggsFarm: Wi l l ey WoodFarmin So“sα“d Lの8鷲. Q 7 ) Moorgreen Reservoir: Nethemerein So“sα7 1脳 W脳eP如cD露,and Wi l ly Wa 2メ L卿8鴛 and7 t e rin 爾o粥貌 l l l lin z乃g w粥彰 Feα0Gね Q 8 ) Fel l IFarm;Strel ey Mi ey Mi Q 9 ) Lamb C1ose House: Highclose Housein Z疑 似版I l t l andsin 粥o雛8 t B P如の次,Shor れ 物 乙肋8 e ,and Shot. Housein Aα““s Roα‐ ( 2 の Br i l 1 i 1 ns ey co1 e eein so“sα“d Lo災鴛・ 宝γ二 Begga 能D sじ““〆 7 0 %ツ, p ‐ .. Asforthei l l lt in i tua i i dno nte ra ec ng之れの Lawr ted tl ence s ack( andFr ,.haveins ‐Tive【onsaysthathe ,d hastoagree wi E 1 L th meher t Mr i t ) k i i easagai ns o a w r e n c td th e w e n o w w a sn o e n ed acqua ntance wi ‐ . , , fonnalacade i ingsabout Not tandards 1・ i cs i t i l l b ty Co th ngham Un ver s ege e ‐ Hesayssomesevereth u w as , f l i i i i i tuロ dt h edto makeincomparabl t th d d f euseofh soppor i l qua e s a d di n t a e ma e o o s e u n o n n a s u a n n g y , , , i 1 l 1inter i tua1andsoc i nfonna thhi . cour se ec h a1 t sf r ends t d t c a n n o s e eo nw a o n s u g r ,inte ,wi ,weknow‐lnshor , ’ i ld as Mr E1 ious( fhedoes --‐and工don i ttobeobv otcou sumei l i tknow whate )thathe seh stone means. ‐. himse l fattwenty inedinte l l t l . t - tua one wasbe ert ra ec esameage ythan Lawrenceatせ主 . 25.

(11) . 石 田 洋 至 ( 2 2 ) Z る冠・ ‐ ‐71 ,P lnthel920stheyusedcommon l l igence i l l l tered i antthatLawrencehadgeれZm;;butint e chrea ytog r y mat ,wh fhavealwaysf --f l i tboundtoi ld t- -thoughi tshou orthatyou mustgoto A1dous Huxley. l mysel e ns s , ’ lcan l i the i l 士 l ings i l l i nki ng ous 冊 一thatgen t pthi usin Lawrencewas i mongo erth s u r e me n e e n c e p g ,beobv . ,a , ( 2 ) 弟頭. 3 .72 . ,p …e ia l l r l l l igenceofthecr i ivear t t sent s ei nt e s eat yt . ) ヱ わ緩. ( 2 4 7 1 p ,. ・ …se i ionsofhea l l tfor ththecond t th and who ene ミ 渇inthepsyche . 2 ( 5 ) 為緩. 7 1 p . ‐ , inthat wiせ l …Lawrence makespl l l igencethe l ionoftheprobl a outa properuseofinte recan benoso ut ems l iona landspi i lhea l tua th of menta r . ,emot ( 2 6 る溺. ) ヱ ・71 ・ ,p ’ ’werea mat Lawrence i i i terofbe l l i r l s‘ ns s ng abl etosee what was せ ere uscan ey went ght ygen ,ason ,andt ina l th an ext ing i ight l d f i t wi d d i i raord r t at t t ns s a n n o n r o l o n e s n y power of re u a n s u a o n s c om l s ・ng y g pr , l f f i i l i b f d l ttoge tatandrecogn d i h h i d f f e t t l i l d ement sd cu ze t u o t 葛 l e r s n n w r a o ec om e e n s v ea n c om e e e so g p p , i i i inar i lycal l inki exper ence sth nki ng nfact sso muchsuper ttendsnot orto whati sord edth ngthati . Hi ,i ,i ’meansan th ’ i inkingata l f‘ toberecogn l i i i thhav i h L t zedf orth rat oc nat vepower s ng e n awrence s y ing wor ‐ l , lat ive;inl i ls tamina seem to mesuper og ca sueanorganl z lngproces softhoughtthrougha ,thepowertopur deand d i f f i l i h ined cons i tt t t ime a de l wi ta tency thati i i de l i ty to the cu rac, w a sus s s atthesamet catef l i r lconcre l l t i teexpe i i comp exi esoft efu r ence r orto Mr ot… ‐E1 ,Lawrenceseemsto meto besupe るガリp ( 2 ) Z 7 6 9 . . ’ l t mus tbeenoughheretosaythatthere l igonofLawrence th s mothe rdoesnotdese l 「 ア ethecontempt wi i i i linthe Lawrencec i l f f t h i l l i wh ch Mr t t t otd smi s sesi r r c e w o n s o c a e a a s ec e n r eo as n g . The Chape .E1 , , d i l lper i l thefocusofas lt i i t t tura i ivether l ig i i i t t i t s s entcu rad onthathadasi sma ndr e oust rad onofwh ch Mr . E1 ioti id iousne i i ssocont emptuous tnes t ーm,asLawrenced es sand moralse r ミ 渇ofmatt rad on , Totu , meea汀l i l l tothepower t i l linthet i i t ngofas renuousinte ectuali nqui r n rad on ≦messwasa ‐ ThattheLawrenceswere Con i l i f l f i t i he i ty wasve in egat ona t--t s si sar e evantp モ リ r a r rom be ngthe debasedt - o n r Nonconformi ±γ lsa l i i iotappear inki t chape vat on sm that Mr stoth ‐E1 . i ( 2 8 ) Tive 乙,pp ton r .c .ix‐x . ,op …therei i therreasonf t: 由attheredoes safur orthi sbook wh ch oughttobepr es ent edf rankl se yattheout l l l tseem ye ttobeanyfu i im spec i f i lyf i tudy ofLawr ian no t ‐ engths ence wh ch approach ーお h cal rom the Chr s l i i i ll i i l tsomefor ia i i i tth tbehas tor tera t t tmus ang e ・ コ r loflnqu satoncesugges s c sm,i 1γcr ybeaddedthat . Les ima inghim f thepr tofapproach l i l jec rom 山i sang ei ew oftheabuse 故athasbeen hur sthat edat 1γ ob ,inv h im byso many Chr i i t tseemed 山a terwer tsomeamendsfrom thatquar s ans eoverdue . ,i fd, 能勢 zb .x ・ ,p …Lawr 1 hr i iansl ldhaveknown bu t thavef ten encecant each C s e ミ 潟onstheyshou orgot . ( 3 の 上る煽りp 1 1 .x1 ・ Hi i i i t亘c turesupon Chr hi l l informed;ato故ert imestheygo t ty( i teni ss s an andindeed upon Bud( sm)areof - i h h h ft h t tt t d C h f t t t i i h l 鉱 i l i i i t s ra o tt th e r a n n r e e a r o e ma o s ‐ g anoug o ee sur e a e sre gous m ndedenough ; , i i i i i h 1 i i l toi t C h imar i lwaysre l ig i t tb t l orethecr c sm ofa man who w o u e n a r s a n w a s r ous g l g p y and a . , , 縄 Lawr inema )p ence lm,1968 .597 . ,D.H. ,P力og%沈 ″(He Noth ingi i f f i i l i dtakesin tthantode t ttakein tsenv smored cul ermi newhatach ronment ,anddoesno ,ofi i i i l 組l d t ti andi steach ng sfac sbroughthometo mebythehymnswh chll ean1 edasac ‐ Th . ,andneverforgot They meantomea lmos in l tmorethanthef tpoe t tva f a s ue Iy,andtheyhaveformeamorepermanen ,somehow orother . ’ …thepoemswh i ike Wr l i tto mel ty“and Keatgs0des chhave meant mos ordswo貴h s”0detolmmo忙a ,… lthe lypoemswh i l lg ivetheul imat f lthesel i lypoemswovendeep tera t al sel ove chaf eshapetoongsl e;al ove ’ i i i l lnot wovensodeepi l 士 l INonconfor i t thymnsthat ntoa man sconsc ousness n measthera erbana 1 : n s ,ares ねrough andthrough mych i l dhood t rat ed吉 pene . ( ) 上る蔵. 3 2 ‐ .599 ,p ’ Theyl i l i l he man i immed wonder )eyhavenot teninthedepq veand g s soft sconsc ousne ssi nund ,becauseせ. 26.

(12) . T‐S‐エ リ オ ッ ト とF.R.リ ー ヴィ ス( 1 ) beensub i i i i tedtoanycr t jec c sm oranal s ys ‐ ( 3 ) あす ダリP 5 9 9 3 ‐ ・ Bythet imel wass ixteen工hadcr i i i t i i t c zed and gotoverthe Chr s an dogma ‐ の あす〆 ( 3 . ・598 . ,P Now thegreatandfata lf iv i l ion i l i i i tofourc i l t ・ui chi sac vi zat onbasedon knowl zat edege e ,whi ,andhos 1 our wonder i to e×per fu l educat i i l of ence s boredom‐ AI tota on andl ea ]ni ng i s produc ng a 騨r and su コ [ n ‐ ,i boredom‐ N 1 lythoroughl ode l r n peopl earei nward ed ey arebor ed ybor . Doasthey may ‐ ,せl Theyareboredbecausethey exper i i A r dt i i b r i l 力 encenoth ng n e e × e r ・ e n c en o n e c a u s et e wonderhas y p g . H i h f h lyani t rhasgoneoutofa manhei sdead t goneoutofthem. And whenthewonde e s e n c e o 1 n nsec o - . { 3 5 ) あま d. .600 . ,p lth inki t wasgoodtobebroughtup a Protes tant:and among Protes tant t s or l ni s ,a Nonconf ,and among Nonconfor i iona l i r l ts t…Andint l l l 1n s dhard s e Church ofEng and one wou e y haveescapedthos ,a Congregat i i lso muchforach i l d snobbi shh erarchi es chspo . ,whi “u br So l fu toge口 lto my ”Congregat ional ing ional i er ate l des t 1 t ng r egat s saretheo p i ,al ,lam g . The Congr Nonconfor i t d d ft h o l i C l ll d t d ・ n s s e s n t c e a n so e v e r r mw o e n e e n n a s p , ‐ ( 3 6 ) 金 粥万%ツ,p ‐70 . …八尾r i l i i l i turalh i l tory i i ion orsi shcul s shc v zat gnoranceofthe Eng ‐E1 ,ofthe Eng ,一‐ ( ) 上る 24,p 3 7 ・70 ・ …anas i ingf i ton ・ jud sh eatofpre ce - - andi 1 g 1orance・ ( 3 8 ) 必須- 7 0 p ,‐ . …Lawrence w硲 broughtupinal iv i lt i t ng and cent ra radi on-, (本 学助 教授 ・旭 川 分校). 27.

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自然言語というのは、生得 な文法 があるということです。 生まれつき に、人 に わっている 力を って乳幼児が獲得できる言語だという え です。 語の それ自 も、 から

大村 その場合に、なぜ成り立たなくなったのか ということ、つまりあの図式でいうと基本的には S1 という 場