【学位論文審査の要旨】
ポリ N-イソプロピルアクリルアミド(pNIPAAm)は、下限臨界溶液温度(LCST)32℃を持 つ温度応答性高分子である。LCST以下では親水性となり、LCST以上の温度では分子内水 素結合を形成し疎水性となる。本論文ではpNIPAmを基本骨格とした種々の共重合体を作 製し、化学スイッチデバイスの作製を行った。
第 1 章は緒言であり、pNIPAAm の温度応答性と生化学分野をはじめとする種々の応用 性について述べた。
第2章では、原子移動ラジカル重合法(ATRP)法によるpNIPAAmの合成と、LCST前後 の温度における表面濡れ特性について接触角測定法により検討した。更にHFIPAを加えた コポリマー(poly(NIPAAM-co-HFIPA)とすることにより高分子ブラシの疎水性を向上でき ることを見いだし、HFIPAを20 %添加することによりLCST前後で90 ℃を跨ぐ接触角 変化が得られた。
第3章では温度による溶液の透過性を可逆的に制御可能なデバイスを作製した。即ち、最 適化したpoly(NIPAAm-co-HFIPA)を、規則的に配列した多数の貫通孔を持つキャピラリー プレート表面に化学修飾し、温度により溶液の透過性を制御可能なケモメカニカルスイッ チを作製した。本デバイスでは透過性から非透過性へのスイッチは数分で起こったが、逆 の過程には30分以上の時間を要した。これを解決するためポリマーブラシの配列を制御し たところ、スイッチング速度を数分に短縮することができた。本ケモメカニカルスイッチ はマイクロ化学分野のみならず、油水分離、薬物の透過性制御など多くの応用が期待され る。
第 4 章では、pNIPAAm を積極的なドラッグデリバリーシステムに応用するため、生体 温度付近に LCST を持つポリマーの合成を行った。メタクリル酸メチルを種々の比率で添 加しpoly(NIPAAm-co-MAA)を作製したところ、NIPAAm : MAAのモル比 10 : 1 のポリ マーでLCST が 37.5 °Cとなった。更に疎水性・親水性の遷移は8分以内であった。
第 5 章ではインクジェット技術を用いた単分散ポリマー微粒子の生成方法を開発し、そ の方法の詳細な条件について検討した。モデル試料としてポリスチレンスルホン酸(NaPSS) を用いた。分散媒中にインクジェットのノズルを浸した状態でNaPSS溶液を吐出した。イ ンクジェットへの印加電圧波形を最適化することにより、粒度分布が極めて小さな単分散 マイクロ粒子を得ることに成功した。またNaPSSの濃度を調整することにより内部に空洞 を持つ単分散マイクロ粒子を得ることも可能であった。次に本法を用い、次にモノマーと して 1,6-ヘキサンジオールジアクリレート(HDDA)を用い、紫外線照射により重合させ ることで内部に空洞を持つ単分散微粒子を生成した。
第6章においては、第 5章で作製したHDDA微粒子表面の微細貫通孔(20〜200nm) に第 4 章で検討したpoly(NIPAAm-co-MAA)を化学修飾した。まず化学修飾した温度応答 性高分子ブラシのLCST温度以上とし、モデル薬物(フルオレセインナトリウム)を微粒子内 部の空洞部に導入した。温度を LCST 以下とすると微粒子表面の貫通孔が閉じるため、薬
物が保持され、12時間以上安定であった。温度を40 ℃としLCST以上とするとフルオレ セインの放出が観測され、温度による薬物の保持・放出が可能であった。
第 7 章は結論で、本論文の成果を要約し、温度応答性高分子を用いた化学スイッチング デバイスの将来の応用性について示した。
本論文は温度応答性高分子の設計、合成、デバイスの作製、更にはその応用に至る研究 を一貫して行い、優れた成果を上げることができた。化学分野だけでなく、機械工学、医 学・薬学分野への応用も期待され極めて大きな波及効果も期待される。本論文は博士(工学) に十分値するものと判断される。