【学位論文審査の要旨】
1. 研究の目的
高エネルギーの電磁波である X 線は可視光、赤外線、電波と並んで、宇宙の構造と進化を 知る重要な手段として確立してきた。X線はガスに埋もれた原始星や、銀河団の高温プラズ マなど、宇宙の隠された高エネルギー現象を探ることができる。一方で、天体からの X 線 は地球大気によって吸収を受けるため、観測には人工衛星などの飛翔体が必要である。ま た天体X線の集光結像のために大口径の望遠鏡が必要となる。そこで次世代衛星に向けて、
軽量・高性能な望遠鏡が求められている。
X線は、物質に対する屈折率がわずかに1よりも小さい。そこでX線望遠鏡では、鏡すれす れに光子が入射した時に生じる全反射を用いた、斜め入射光学系が主流である。収差の少 ない画像を撮るための工夫として、回転放物面と回転双曲面に沿った2枚の鏡を配置し、2 回反射で集光結像する Wolter I型望遠鏡が用いられる。ただし、全反射の許される臨界角 度は、反射率の高い金であっても、1 keV で4°程度と小さいため、同心円状に数枚から数 百枚の鏡を配置して、面積を稼ぐ必要がある。
従来のX線天文衛星に搭載されてきた望遠鏡は、鏡を 1枚1枚、鏡基板の直接研磨、精巧 な母型のレプリカ、もしくはAlフォイル鏡の熱変形によって製作し、正確に配置するもの であった。しかし、鏡の形状精度を理想曲面に近づけるためには鏡基板を厚くせざるを得 ず、結果として、角度分解能と重量にトレードオフの関係があった。解決策として注目さ れているのが、薄い基板の微細穴の側壁での全反射を利用する、いわゆる微細穴光学系で ある。代表例がガラスファイバーを用いた方式であり、鏡と鏡の間隔を数十µmに縮小化す ることで、従来よりも 1 桁以上軽量な望遠鏡が可能となる。一方で側壁の形状精度や鏡の 配置精度などによって、角度分解能は 30-60 分角程度と限られ、また自作が難しいため、
高価であるといった問題があった。そこで本研究は、マイクロマシン技術を用いた独自の
超軽量Wolter I型望遠鏡の製作および性能実証と、光線追跡シミュレーションを用いた性
能要因の分析と理解を行ったものである。
2. 研究の方法および結果
著者はマイクロマシン技術を応用した超軽量X線望遠鏡の製作を行った。まず、厚さ300 µm、
直径 100 mm の Si 基板に対し、ドライエッチングと呼ばれる反応性ガスを用いた手法で、
20 µm 幅の円周状の貫通穴を 20 µm 間隔で掘った。エッチング条件を最適化することで、
側壁粗さとしては 10-100 µm スケールで 10-20 nm rms と、ドライエッチングでの側壁粗 さとしては世界最高レベルを達成している。しかし、この表面粗さでも X 線反射鏡として は十分でないため、次に Ar 雰囲気中で 1200℃に基板を加熱し、表面原子の拡散を促して 平滑化するアニール処理を行って、10 µm 以下のスケールでの表面粗さを ~1-2 nm rms に
下げ、X線反射鏡として利用可能とした。さらに、天体からの平行光を集光するため、製作 した 2 枚の基板を球面曲率半径 925 mm と 333 mm に高温でプレス変形した。それぞれが
Wolter I型望遠鏡の2回反射の1段目、2段目に相当する。また、X線反射率を向上するた
め、単体で用いた場合、反射角度がより大きな2段目基板に対しては、原子層堆積法で Ir を厚さ 20 nm成膜した。最後にJAXA 宇宙科学研究所の 30 m ビームラインにて、2枚の基 板を秒角・µm 精度で X線集光強度が最大になるよう微動台を用いて、X線で位置合わせを 行い、Wolter I型望遠鏡を完成させた。用いたX線はAl Kα 1.49 keV の 15 mm 角ビーム であり、ラスタースキャンによる全面照射で望遠鏡の性能を評価した。そして集光強度が 最大になるように最適化した焦点距離 403 mm において、FWHM (Full Width at Half Maximum) 4 分角、HPD (Half Power Diameter) 92 分角、有効面積 19 mm2 の集光像を得る ことに成功した。
このように本手法で、世界で初めての Wolter I型望遠鏡としての、X線結像の実証には成 功したものの、3つ問題があることが分かった。第一にHPD は著者が目標としていた10分 角以下を上回っている。第二に有効面積も設計値 69 mm2 に比べて1/3程度であり、そして 第三に焦点距離も設計値 250 mm に対して 1.6 倍大きい。そこで著者は性能の理解に向け て、実験とシミュレーションで原因を探った。まず2枚の基板を1つ1つ単体で評価し、X 線ビームを全面照射時よりも細く 1 mm 角に絞って各々48 箇所に照射した。そして各照射 位置における HPD と集光点のずれを評価し、鏡の形状や配置の場所依存性を調べた。その 結果、1段目、2段目とも、光軸からの動径距離が大きく、すなわち反射角が大きくなるに 従って、HPD が減少する傾向にあることが分かった。また、集光点も全面照射時の中心点 から、1段目は±約50分角、2段目は±約90分角の範囲で、ばらついていた。もしも形状 精度が、側壁の形状測定から示唆されるように基板内で一様であれば、HPD の動径距離依 存性はなく、また鏡の配置精度が完全であれば、集光点のばらつきは見られないはずであ る。
そこで著者は次に光線追跡シミュレーションを実施した。光学系の穴の配置や、球面変形 による表面曲率半径、さらには鏡の表面粗さや、形状測定で鏡の端に見られたバリ構造を、
実験結果から固定パラメータとして考慮した。加えて、新たに系統的な反射角の角度揺ら ぎと、鏡の配置を決定する内部曲率半径をフリーパラメータとして設定した。後者は、焦 点距離が基板の表面曲率半径から期待されるものよりも有意に大きいため、各反射面の方 向を規定する内部曲率半径が、表面曲率半径と異なるのではないかという推察に基づくも のである。
著者は、(A) 焦点距離を再現するように内部曲率半径を設定した場合と、(B) 表面形状を 再現するように内部曲率半径を設定した場合の 2 ケースに対して、角度揺らぎ変えて計算 を行い、1段目、2段目基板単体の実験結果と比較した。その結果、1段目に対しては、ケ ース(B) で角度揺らぎが HPD 30 分角時に、最も良く HPD の動径分布の測定結果を再現で
きることを見いだした。これは、角度揺らぎが存在することで、低角度のより反射率の大 きな成分が際立って見えるため、光軸からの距離が大きく、反射角度の大きい場所では HPD が見かけ上、小さくなっていたと理解できる。同様に、この低角度の反射成分によって、
集光位置も見かけ上ずれていた。ケース(A) でも HPD の動径分布の傾向は似るものの、内 部曲率半径が焦点距離を再現するように長く設定されているため、反射角度が基板全体で 小さくなってしまい、基板端が照射された場合では、反射光が検出器の視野外に出てしま い実験と反することが分かった。同様に2段目に対しても、ケース(B)で角度揺らぎが HPD 100分角時が最も良く実験結果を再現することが分かった。著者は得られた最適パラメータ
を用いてWolter I型望遠鏡の全面照射時の集光像の動径分布をシミュレートし、実験結果
と良く合うことを見いだした。有効面積は 8 mm2 と計算され、設計値よりも実験値に一致 する方向となった。また、焦点距離についても、低角度反射が増えることで、集光カウン トが最大になるように最適化すると、見かけ上焦点距離が伸びることも確認した。これら により、X線評価で問題となっていた、角度分解能、有効面積、焦点距離の問題が、鏡の形 状と配置精度に起因する角度揺らぎで統一的に説明が可能であることが示された。
3. 審査の結果
本研究は、複数の最先端のマイクロマシン技術を駆使し、ほぼインハウスで新たな X 線望 遠鏡を製作し、さらに X 線ビームラインで性能を詳しく調べたものである。マイクロマシ ン技術を用いて超軽量 X 線望遠鏡が実現可能であること、角度揺らぎの改善が今後の開発 の主な課題であることが、本研究によって新たに示された。
使用したマイクロマシン加工技術であるシリコンドライエッチング、アニール、高温塑性 変形、原子層堆積法は、一つ一つは既知のものであり、またこれらを組み合わせて X 線望 遠鏡ができることは著者が所属する研究グループで提唱されていたものの、今回の結果は、
要素技術一つ一つを注意深く条件出しし、世界で初めて Wolter I型望遠鏡の実証まで持っ ていった点で意義深いと考えられる。またチームで行った作業もあるものの、特に高温塑 性変形、X 線ビームライン実験と光線追跡シミュレーションによる評価をリードしており、
貢献は大きいと判断できる。一方で、得られた X 線性能には大きな課題はあるものの、そ の結果の原因を詳細な X 線試験と、光線追跡シミュレーションによって追及し、ほぼ特定 した点も高く評価される。
X 線天文学における、本研究の意義は、第一に新たな微細穴光学系を実証したことである。
従来、ガラスファイバーを用いた手法が世界最軽量と言われてきたが、その角度分解能や コストには難があった。本研究は角度分解能において、これとほぼ同等の性能を達成して おり、なおかつさらなる改善も期待されることから、これに代わる新手段となりうる。第 二に、軽量性が重要視される小型衛星や探査衛星にとっては、従来の X 線望遠鏡は重く搭 載が不可能であったが、本手法により、コンパクト、軽量、低コストの望遠鏡が新たな手
段として示されたことで、さまざまな X 線撮像分光を必要とする将来の衛星計画に利用が 広がると期待される。具体的には、ダークバリオン探査や、バイナリブラックホール探査、
木星・火星探査などへの応用が既に検討されている。
このように本研究は、マイクロマシン技術による超軽量 X 線望遠鏡という新しい手法を開 拓することで、X線天文学だけでなく惑星科学、さらには地上応用にとっても重要な結果を 出したものである。以上により、本研究は博士 (理学) の学位に充分値するものと判定し た。
4. 最終試験の結果
本学の学位規定に従って、最終試験を行った。公開の席上で論文内容の発表を行い、物理 学専攻教員による質疑応答を行った。また、論文審査委員による本論文および関連分野の 試問を行った。これらの結果を総合的に審査した結果、合格と判定した。