【学位論文審査の要旨】
1 研究の目的
航空宇宙産業では高分子複合材料の使用が増大しており,経済性の観点からの重量低減 の要求により,従来では金属部品が使用されていたエンジン周辺等の高温部材に対して複 合材料の適用が求められている.複合材料としては炭素繊維強化エポキシ樹脂複合材料が 一般に使用されてきたが,将来の開発が期待されている超音速輸送機においては使用条件 が高温であるため,耐熱樹脂を用いた複合材料の構造部材への適用が必須となる.さらに 機体は長期間運用されることから,長期間に及ぶ高温環境下における暴露が複合材料に及 ぼす影響を明らかにする必要がある.本研究では耐熱樹脂としてポリシアネート樹脂に着 目している.ポリシアネート樹脂は従来使用されているエポキシ樹脂と同等の良好な成形 性を有しており,さらに高ガラス転移温度と低吸湿性といった特性を合わせ持つことから 高温時における高い強度保持が期待できる.一方でポリシアネート樹脂は比較的近年開発 されてきた樹脂であることから,その劣化挙動に及ぼす長期高温暴露の影響については不 明な点が多い.また本樹脂を用いた炭素繊維強化プラスチックス(CFRP)については,長 期高温暴露時に発生するCFRP特有の熱酸化劣化機構による損傷挙動および導入された損傷 が材料特性へ影響をおよぼすことが予想されることから,それらを明らかにしておく必要 がある.さらに材料の長期耐久性を評価するにあたり,その評価期間は実運用を想定して 評価される必要がある.そのため,候補材料の選定及び最終的な材料評価が長期間となる ことから,その評価期間を短縮することが期待されている.
そこで本研究では,超音速輸送機使用想定温度での長期高温曝露が炭素繊維強化ポリシ アネート樹脂複合材料の各種特性におよぼす影響を明らかにすることを目的としている.
また評価期間短縮のための加速試験方法を提案し,加速試験の有効性について評価を行っ ている.
2 研究の方法と結果
本研究ではポリシアネート樹脂及び炭素繊維強化ポリシアネート樹脂複合材料に対して 8000 時間までの長期高温暴露後の化学的および物理的特性の変化,損傷挙動,強度・剛性 といった残留特性の変化を調査している.その際,複合材料については単純な一方向材だ けではなく,多方向積層板に対して無孔・有孔試験片を用意し,より実用に近い状態での 評価を試みている.
最初に基本的な熱酸化劣化挙動を把握するため,ポリシアネート樹脂単体の試験片につ いて高温暴露後のフーリエ変換赤外分光測定を行っており,熱酸化劣化は表面的な現象で あることを明らかにしている.このため,破壊靭性値は 100 時間暴露後ほぼ変化せず,エ ポキシ樹脂などと比較して熱的安定性に優れることが確認された.
次に,複合材料の物理的特性の変化として,長期高温暴露後の複合材料の重量変化を計 測し,重量減少率は他の樹脂と比較して少ないことを確認しており,熱的安定性に優れる
ことを確認している.また,一方向材の各面における重量流束の異方性を考慮したモデル を提案しており,3種類の異なった体積の一方向材の重量変化データがあれば,任意の体積 を有する一方向材の重量変化を予測することを可能としている.また本モデルを積層板及 び有孔試験片へ適用し,暴露初期における重量変化を予測することを可能としている.
メゾスコピックおよびマイクロスコピックスケールでの熱酸化劣化に起因する損傷挙動 を調査するために,一方向,アングルプライ,擬似等方積層板について,軟 X 線撮影およ び共焦点レーザー顕微鏡により観察を実施している.一方向材における損傷挙動は樹脂収 縮および繊維/樹脂界面はく離である一方,積層板における損傷は層内のマトリックスき裂 であり,損傷のメカニズムが異なることを示している.樹脂収縮深さは繊維配向角,繊維 間距離,および暴露時間に影響されており,最大収縮深さは全ての試験片の層内および層 間において繊維間距離の線形関数として表記可能であることを明らかにしている.本挙動 を統一的に記述するため相対収縮係数'の導入を提案し,相対収縮係数を用い,任意の 複合材料における母材樹脂の収縮傾向を示すことを可能としている.
長期高温曝露が残留機械特性へおよぼす影響を明らかにするために,暴露後のCFRP試験 片に対し機械的試験を実施している.その場観察の結果より,初期損傷の発生は暴露時間 の増加とともに低応力側にシフトしていることが観察された.また,強度保持率と重量変 化の関係から,損傷メカニズムは繊維支配型,マトリックス支配型,はく離支配型の3タ イプに分類可能であることを明らかにしている.さらに,強度保持率は支配型を考慮する ことで重量変化と関連づけられることを示している.
短時間で熱酸化劣化を評価するための加速試験法として,加圧環境下での長期高温暴露 を選定し,大気圧下での結果と比較することでその評価を行っている.その結果重量変化 についてはある程度加速可能であるが,重量変化の要因である自己酸化反応における各段 階での速度定数には差があり,一律な加速評価は不可能であった.一方,各段階での速度 定数を実験的に取得することで,一方向材の樹脂収縮と剛性変化を見積もることが可能で あることを明らかにしている.
3 審査の結果
本研究は炭素繊維強化ポリシアネート樹脂複合材料の高温酸化劣化メカニズムを明らか にしており,任意の積層板における高温酸化劣化初期の重量変化・樹脂収縮挙動を予測す る手法の開発に成功している.さらに損傷メカニズムを分類することにより強度保持率と 重量変化を関連付けることを可能としている.すなわち,本結果を用いることにより,任 意の積層構成を有する複合材料の強度保持率をある程度予測することが可能,つまり,こ れまでは様々な積層構成の複合材料を大量に作製し,実験により求めていた力学的特性を わずかな実験点からの結果から求めることが可能となり,工学的意義は高いといえる.さ らに提案された加速試験法により,膨大な時間を要していた実験的評価を短期間の実験か ら見積もることが可能となり,工業的寄与についても大きいといえる.
本論文で得られた成果は炭素繊維強化ポリシアネート複合材料だけではなく,他の繊維 強化プラスチック複合材料の劣化診断・寿命評価に対して先進性の高い技術,革新性の高 い基礎的な知見と指針を与えるもので工学ならびに工業的意義は高く評価されるものであ る.よって,本論文は博士(工学)を授与するに十分に価値あるものと判断される.
4 最終試験の結果
本学学位規定に則り,論文審査委員による論文審査会を4回開催し,本論文の内容及び 関連分野に関して,多角的な視点から審査委員による口頭及び筆答の試験を実施した.ま た,公開の論文発表会を開催し,学内外から多数の参加者を得て多角的な討論を行った.
これらの結果を総合的に考慮し,慎重に審査した結果,博士(工学)としての専門科目に 関する十分な学力を有するものと認め,最終試験を合格と判定した.