降水系の構造・
5.1 まえがき
寒冷前線に伴う降水系については,イギリス及びアメリカ北西海岸において研究観測が行われ,
構造が明らかにされている(:Houze and Hobbs,19821Browning,1985)。その特徴は寒冷前線 先端における強制対流的な幅の狭い降雨帯とその後方に続く上層の対流による幅の広い降雨帯で ある。しかし,亜熱帯湿潤域に属する日本の夏季の寒冷前線**にともない観測されるものはこれ ら温帯の大陸西岸で観測されるものとは異なった構造を持つものと考えられる。
わが国における寒冷前線の研究としては立平・深津(1963),Nozumi and Arakawa(1968),
村木(1978),榊原他(1986)などがあげられる。立平・深津は寒冷前線に伴いほぼ同一走向の降 雨帯が存在すること,寒冷前線のすぐ寒気側にあるエコーセルの発生場所とエコーセルがそれぞ れ異なる移動速度を持つことにより降雨帯の走向が決まることを示した。Nozumi andArakawa
、は低気圧にともなう降雨帯について統計的な研究を行い,その中で寒冷前線にともなう幅の狭い 降雨帯の例について記述している。村木は,寒冷前線にともなう帯状降雨帯は前方では対流性,
後方では層状性と対流性の降雨からなることを示した。榊原他は冬の日本海側の寒冷前線に伴う 幅の狭い降雨帯が安定な成層中の強制対流であり,降雨帯前方の南西からの強風が降雨帯にとっ て重要であることを示した。しかしこれらの研究は榊原他(1986)を除けば地上観測とレーダー 観測のデータを基に調べているため,降水系の構造の理解に必要な鉛直構造が不明であった。ま た榊原他も含め寒候期の成層の不安定度の小さい寒冷前線を対象としていた。このようにわが国 においても成層の不安定な暖候期の寒冷前線の構造(特に鉛直構造)についてはこれまで知られ ていない。
亜熱帯の降水系の構造と維持機構を調べる目的で気象研究所は1987年5月21日から6月15 日にかけて沖縄県那覇市においてドップラーレーダー観測を行った。この期問は沖縄の梅雨期に 当たる。観測期間中の5月23日14時頃,5月27日22時頃,6月2日21時頃および6月9日9時 頃寒冷前線が沖縄を通過した。5月23日と6月2日の寒冷前線は活発な降水系を,5月27日の寒 冷前線は並の降水系を,6月9日の寒冷前線は不活発な降水系をともなっていた。これらの寒冷前 線降水系のうち5月23日と6月2日の降水系のメソα,メソβスケールの構造について報告す
* 担当:榊原 均・石原正仁
** 寒気移流が弱いため「寒冷前線」と呼ぶのが適当かどうかについて議論がある(たとえば二宮,
1981)。
る。
以下では5.3,5.4節でそれぞれ6月2日,5月23日の事例解析の結果を示す。6月2日の事例 は2次元性の比較的高い寒冷前線で,一般性が高い。5月23日の事例は寒冷前線降水系が屈曲し ている部分でみられたもので,上述のこれまでの寒冷前線降水系の研究ではこの型の降水系は取 り上げられていない。しかし,比較的強い降水をともなっており,特に5.5節でも触れるように 寒冷前線降水系が全体として衰弱する段階でもその強度を保つ傾向にあるので重要である。
両節とも静止気象衛星と従来型レーダーにより観測されたクラウドクラスター内部の降水系の 構造およびドップラーレーダーにより観測されたこの降水系の内部構造を中心に調べる。5.5節 でははじめに寒冷前線通過時の成層の特徴を示す。次に観測期間以外の寒冷前線降水系との比較 を行い,今回の観測例の一般性を考察する。最後にかなとこ状エコーの下部で観測される下降流 の成因について調べる。
5.2解析方法
ドップラーレーダーによる観測はRHI,三次元走査を中心モードとした。鉛直流は三次元走査 による円筒状領域の水平発散データの鉛直積分により求めた。RHIデータにもとづくその鉛直断 面内のドップラー速度の水平傾度を「発散」と呼ぶことにする。3cm波ドップラーレーダーでは 降雨による電波の減衰が激しいため,強雨域より遠方ではデータが得られていないこ.とに注意す
る必要がある。しかし,ドップラー速度の値は減衰によって影響されないので,得られたデータ は解析に用いることができる。
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図5.11987年6月2日21時の地上天気図(a)および500mb天気図(b)。
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図5.2 1987年6月1日21時〜3 日9時の静止気象衛星に よる赤外雲画像(a〉1日21 時,(b)2日3時,(c)2日 9時,(d)2日15時,(e〉2 日21時,(f)3日3時,(9)
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ここでは現象の水平スケール>2,000kmを総観スケール,200〜2,000kmをメソαスケール,
20〜200kmをメソβスケール,<20kmをメソγスケールと定義して,総観スケールの現象の解 析には天気図,メソαスケール現象には衛星とレーダー合成図,メソβ,γスケールの現象には
ドップラーレーダーデータを主に用いる。なお「寒冷前線」は3次元的な前線帯を指し,「地上寒 冷前線」は前線帯の地上での先端を指すこととする。
5.3 1987年6月2日の寒冷前線 5.3.1 総観場の状況
6月2日21時の地上および500mb天気図を図5.1に示す。地上では朝鮮半島を横断して東に 進む低気圧があり,寒冷前線が九州をとおって南西に伸びている。寒冷前線付近では降雨時に雷 雨が観測されている。500mbでは朝鮮半島西部から中国大陸東岸沿いに伸び台湾海峡に達する気 圧の谷がある。南西諸島はこの谷の前方に当たり南西風が卓越している。
沖縄で観測された降水系は低気圧の暖域内に発生したクラウドクラスターに前線系が追いつい たものである。図5.2は6月1日21時から3日9時までの静止衛星赤外雲画像である。1日21時 には中,上層の前線帯に対応する雲は大陸南岸にあった。2日0時ごろ前線帯の雲の前方〜300 kmの暖域内の東シナ海南部にクラウドクラスターが発生し,その後9時には前線帯の雲がクラ ウドクラスターのすぐ西まで接近している。21時には動きの遅いクラウドクラスターは沖縄付近 で前線帯の雲に追いつかれ一体となっている。3日9時には北緯250以北は衰弱しながら東に抜
けているが,沖縄と宮古島の間では新たなクラウドクラスターが発生している。この例のように 暖域内に発生したクラウドクラスターに前線が追いつき一体となることは,南西諸島付近ではま れなことではない。
5.3.2 メソαスケールでの垂直安定度と風の垂直分布
この寒冷前線付近の安定度の特徴は前方(南東側)における大きな不安定と前線降雨帯内にお ける不安定の解消である。石垣島,那覇,名瀬における温位(θ),相当温位(θθ),飽和相当温位
(θsθ)の鉛直分布と風の鉛直分布及び石垣島,宮古島,那覇,名瀬各レーダーの合成エコー図を 図5.3に示す。クラウドクラスターの発生域に近い石垣島では1日21時は地上ではθθが350K,
500mbのθsεが343Kで非常に大きな潜在不安定があるが,750mb以下の安定層のため対流は
図5.3(32ぺ一ジ) 1987年6月1日21時〜3日9時の南西諸島における飽和相当温位,相当温位及び風の 鉛直分布,レーダーエコーおよび等価黒体温度(TBB:OC)。アメダスによる風と気温(。C)も示 してある。風は矢羽1本が5m/sを表す。石垣島,那覇及び名瀬の位置は二重の正方形で示して ある。太線はレーダーエコーを示し。黒塗の領域は相当降雨強度4mm/h以上を示す。細実線は TBB=一54℃,細破線は一26℃の等温線である。(b),(d),(f)のTBB等温線は省略してある。
ほとんど発生しない。2日9時には地上のθεが360K,500mbのθsεが342Kで非常に大きな 潜在不安定がある。これは寒冷前線による持ち上げにより不安定が解消するときには活発な対流 が生じることを意味する。一方那覇においては2日9時には920−950mb付近の安定層以下は湿 潤であるが,地上付近の暖気の流入がやや弱く,また650mb付近までやや安定なため対流は発生
しない。21時は降水系内の観測である。名瀬,石垣島ではともに地上付近のθ6が348K,那覇で は345Kである。石垣島では潜在不安定が残っているが9時に較べると下層の温度低下が著し い。那覇では地表付近には寒気が入っているが,その上は不安定な成層となっている。9時にくら べ600mb以下の湿潤化が顕著である。前線面の上の滑昇と対流活動によると思われる 。23時には 那覇で特別高層観測を行ったがそれによると不安定はほとんど解消している。名瀬には前線降水 系が接近していたがまだその前方であったため潜在不安定が残っている。3日9時には,那覇及び 名瀬では潜在不安定がなくなっている。しかし,石垣島では地上でθ6が355Kとなり,潜在不安 定が再ぴ増大している。
5.3.3 クラウドクラスター内の降水,風温度の時間変化
つぎに図5.3でメソα,βスケールのレーダーエコーの特徴を調べる。クラウドクラスターは その中央に南西から北東に伸びる線状エコーをともなっていた。
レーダーエコーは6月1日21時に台湾と石垣島の問で発生した(図5.3a)。このエコーは3時
,間後の2日0時には長さ200kmの線状エコーに発達した(図省略)。エコーは対流性で,層状性 のエコーはほとんど認められない。衛星雲画像ではこのころからクラウドクラスターとして認め
られるようになった。すなわち,クラウドクラスターの発生初期にすでにエコーは線状に組織化 されていた。
3時になるとエコーは更に南北に広がり450km以上に伸びた(図5.3b)。南部のエコーは対流 性であるが,北部は対流性エコーと層状性エコーとからなっていた。北部のエコーは南東部が対 流性で北西部が層状性であった。6時のエコーは基本的には3時のものと変わっていない(図省
略)。
9時(図5.3c)にはエコーは発達し,600km以上に伸びている。特に北東側での発達が著しい。
静止気象衛星による等価黒体温度(TBB)が一54。C以下(高度約13km以上)である領域は長さ350 km幅100km以上となった。北東部のレーダーエコーはこの高い雲の中心にあった。これはその 下にある強い対流からの上層の発散が降水系に対し前方,後方に同じ様に起きていることを示唆
している。南西部のレーダーエコーは高い雲をともなっていない。南西部の約150kmを除くと残 りの部分は南東部(進行方向)に対流性エコー,北西部に層状性エコーをともなっている。北東 部のエコーはほぼTBBが一54。C以下の領域内にある。レーダーエコーは12時には奄美大島の北 西300kmまで伸びている(図省略)。
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図5.4 1987年6月2日18時の石垣島,宮古島,那覇,名瀬レ・一ダー のエコー合成図(太実線:黒塗は相当降雨強度4mm/h以 上)とTBBの一54。Cの等温線(細実線)。数字はエコー頂高 度を100m単位で表したものである。
15時になると石垣島の北で対流性エコーが非常に発達した(図5.3d)。エコー頂高度は15km に達した。これに対し北東部のエコーは衰弱している。しかしながら,雲画像のTBBが一54。C以 下の領域は広がり続けており,雲頂以下で起きている降水系の変化は検出できない。18時には北 東部のエコーは再び強くなった(図5.4)。南東側に対流性エコー,北西側に層状性エコーがあり,
エコーの幅は約150kmに達した。南西部の石垣島付近の対流活動はやや弱くなった。18時の時 点ではレーダーエコーとTBBが一540C以下の領域はよく対応している。寒冷前線の降水系の南東 側暖域内に対流性エコーが発生し始めた。寒冷前線のエコーと暖域のエコーはまだ離れているの で,前者のエコーの特徴はこの図に最もよく表れている。
21時(図5.3e)には寒冷前線降水系のエコーはTBB−54℃で表されるクラウドクラスターに対 応し,全長1,000km以上,幅は約140kmであった。エコーは必ずしも二次元的ではなかったが,
近似的には,先端近くは対流性で,後方は層状性であった。全体として南東へ約8m/sの速さで 移動していた。南西部の対流性エコーは高度は14〜15kmと高いままであるが強度は更に弱く なった。対流活動は北東部で活発となった。とりわけ寒冷前線降水系の南東側に発生した対流性 エコーは強くなった。寒冷前線降水系の通過にともない,沖縄本島から石垣島にかけては風が北
よりに変わり気温が低下した。3日0時には寒冷前線降水系のエコーと前方にできたエコーが奄 美大島付近でつながり,前者の北東部と後者の南西部が著しく衰弱した(図省略)。その結果,寒 冷前線降水系の構造は18時,21時と同様に南東側(先端)で対流性,北西側で層状性であった。
3日3時(図5.3f:エコーは4時30分)には寒冷前線降水系は南または南東に抜けている。東 経125。より東の降水系は,南東側に対流性エコー,北東側に層状性エコーをともないこれまでの 構造を保っていた。しかし宮古島南方の対流雲群は新たに発生したものでまだ組織化されでいな い。風は沖縄本島で再び南よりになったが,気温は低下したままである。9時(図5.3g)には寒 冷前線降水系は東経130。より東に進んだ。
このようにドップラーレーダー観測を行った20時から3時にかけて,降水系全体としては成熟 期でその構造は準定常であった。従って後出のこの期問の南西諸島での観測値の時間変化はメソ α,メソβスケールでは空間変化として扱うことができる。
5.3.4 エコーの発生・移動と降水系の移動
この降水系の移動はエコーの移動ではなく,南東端における新しいエコこの発生によって起こ る。図5.5は2日20時30分から22時にかけての沖縄本島付近の降水系とエコーの動きを示した ものである。降水系は〜135。に〜8m/sで移動している。エコーの移動は図5.5aの例のように降 水系にほぼ並行かやや後方(北西側)に向いており,降水系に直交する面内の移動速度は一2m/
s〜一8m/s(南東向きを正とする)である。したがってエコーの動きでは降水系の動きは説明で
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図5.51987年6月2日20時30分から22時までのエコーの先端とエコーセルの移動(a)と22時の 八重岳レーダー雨量計のエコー分布(dBZ)(b)。円はドップラーレーダーの観測範囲を 示す。50dBZ以上の領域を黒く塗りつぶしてある。
一36一
きない。降水系の全体としての移動は,南東のはしにおけるエコーの発生によっている。この図 で22時0分に反射強度50dBZ以上の領域が先端から40kmほど内側にみられるが,このエコー は20時30分頃先端に発生し,発達し塗がら北東に準んだ。この問に降水系の先端は南東に約30 km移動したため,先端からかなり内側で反射強度が最も強くなるエコー分布となった。
5.3。5寒冷前線降水系のメソβ,γスケール鉛直構造
寒冷前線降水系の構造をよりよく理解するために前線にほぼ直交する鉛直面内のレーダー反射 強度とドップラー速度を調べる。図5.6はドップラーレーダーを通る南東一北西断面内の反射強 度とドップラー速度である。エコーの動きはこの面に直交する成分が卓越している。したがって 前線は大きく見れば2次元的であるが,ここでみているエコーは南西から北東に(紙面に垂直に)
動き常に入れ替わっている。
(a〉寒冷前線降水系の先端部(図5.6a)
20時56分の反射強度の分布では130。/5−15kmに見られる高さ約3km,直径約5kmの熱気 泡状の対流性エコー*と,310。/5−20kmに見られる北西側に傾いた高さ約5km,幅10−15kmの 強い対流性エコーの集団が特徴である。前者は発生間もないエコーであり,後者は強雨をもたら す最盛期のエコーである。エコーは高さ15kmに達しており8−14kmには厚いかなとこ状のエ
コーが前方にみられる。
ドップラー速度の分布を見ると先端付近(130。/10km−310。/30km)では最下層に北西側から はいる空気とその上部を南東から北西に流れる空気がみられる。ゾンデのデータからこれらの空 気はそれぞれ寒気と暖気であることがわかる。熱気泡状対流性エコーはこの暖気内に発生してい る。強雨をもたらす最も活発な対流性エコーが傾いていたのはこの暖気と寒気の強い鉛直シアー のためである。
また強エコー上部のドップラー速度の大きい領域は南東から北西に傾いて存在している。すな わち,暖気はメソβスケールで傾いて上昇している。勾配は約1/2である。そしてその中にメソ γスケールの対流セルに対応すると思われるドップラー速度のピークがいくつか見られる。この 上昇流中の凝結と降雨により,中・上層が加熱されていると思われる。
ドップラー速度のもう一つの特徴は強い対流性エコーの真上(3100/15km,高度8−14km)で 速度が水平方向に急変していることである。ここより降水系前方では前方のかなとこ状エコーに 向かう風,後方では後方の層状性エコー上部に向かう風になっている。これはエコー頂付近に達
した暖気がそこで前後に強く発散していることを示している。
* 図5.5において熱気泡状のエコーがみられなかったのは,元のデータを水平スケール4kmで平滑化し たためである。
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図5.61987年6月2日20時56分の310−130。断面(a)及び23時44分の315−135。断面(b)のドップラー 速度と反射強度。ドップラー速度が正(レーダーから遠ざかる風)の領域に斜線が施して ある。図の右側最下層はデータが欠けている。反射強度〉30dBZの領域に斜線が施してあ
る。
一38一
また,かなとこ状エコーの下面(130。/5−20km,高度8−9km)には下降流を示唆する流れがみ られる。鉛直上向きのドップラー速度から鉛直流を推定すると,ここでは確かに最大〜1m/sの下 降流になっていることがわかる(図省略)。この流れの機構にっいてほ5.5節で考察する。この流 れはその源が9km付近のθθが344Kと高いところにあるため,中層の寒気(高度〜6kmでθsε
〜340K)の中には下降できない。しかしながら,下層の対流が次第に発達して中層が下層の空気 の上昇で温まり(θs¢>344Kになり),しかもこの流れが十分な降水粒子の蒸発により湿潤断熱的 に下降すれば,この流れはさらに地上まで下降することが可能である。
中層の寒気は降水をともなっていないことやこの断面内の速度成分が小さいことにより,ドッ プラー速度からその振舞いを知ることができない。しかし下層からの対流セルが発達するのに伴 い,対流セルの間で下降,もしくは衰弱期の対流セルに取り込まれて下降すると考えられる。
亜熱帯の寒冷前線では成層が潜在不安定であるため強制対流とはならず,地上付近の暖気が寒 気による持ち上げをきっかけに上昇し,また中層から寒気が下降する自由対流となる。
(b)9寒冷前線降水系の後部(図5.6b)
後方では不安定が対流活動により次第に解消し22時30分のゾンデによると650mb以下では 成層はほぼ中立,それ以上でやや不安定となる(図省略)。23時44分には層状性エコーが広がり,
融解層にブライトバンドが存在する。このブライトバンドは上空の降雪粒子が1m/s以下の上昇 流または下降流中を落下しながら融解していることを示している。ドップラー速度の空問的変動 は図5.6aの降水系の先端部に較べて少ない。これはエコーが層状であることと対応している。し かし,315。側13km,高度8kmに正のドップラー速度のピークがあり,その北西側での収束と上 昇流を示唆している。そこではたしかに反射強度が周囲に較べてやや強くなっており,その傾向 はブライトバンドの下まで続いている。これは上層での対流により生じた降雪粒子が降雨を強め ていることを示唆する。北西側中層からはいる寒気の層と南東からはいる暖気の層はそれぞれ中 心の高度が2kmおよび5km以上と高くなる。また,315。側25km以遠の地上付近のごく浅い層
には北西側へ流出する流れが存在し,さらに北西側30km以遠では次第に厚さを増している。こ れらは下層の発散及び下降流を示唆する。またこの付近では反射強度が下層で減少しており雨滴 が蒸発していることを示している。
(c)寒冷前線降水系内のメソβスケールの鉛直流
以上二つの小節で存在が推定された鉛直流を水平収束の鉛直積分により求めてみる。水平収束 はドップラーレーダーのまわりの直径20kmの円柱上で観測されたドップラー速度から求めた
(付録(1)参照:今回のデータでは直径20kmの場合は高度約5kmまでの鉛直流が求められ,直 径40kmにすれば高度約10kmまで求められる。ここでは水平スケール20kmで鉛直流分布を 見るため,高度5km以下の鉛直流に注目する)。5.3.3で示したように降水系は全体として準定 常状態にあったので,時間高度断面の結果を鉛直断面図として示す。
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図5。7 1987年6月2日19時一3日2時のレーダーを中心とする半径10kmの円内の平均鉛直流。那覇 における風,気温及び10分間降水量の時問変化も示してある。
鉛直流の時間高度断面図を図5.7に示す。これを見ると寒冷前線の到着前の20時過ぎには地上 付近に上昇流が,寒冷前線通過後は北西からの冷たい流れに対応して下層には下降流が存在する。
地表付近の下降流の上には南東から北西に向かう流れに対応して上昇流がある。22時前後の激し い対流が存在していたときには地表から上昇流となっている。これは寒気が上昇して部り,一見 奇妙に見える。しかし1km以下の発散は平均一2×10}4s−1であるのに対し,発散の推定誤差は 最大でも0.4×10−4s−1である。したがってこの上昇流は奇妙に見えるが実在したものである。こ の上昇流はRHI断面(図5.6a)内では下層強風軸の上昇として認められる。更に,図5.7の23 時30分頃には深くて強い下降流が認められる。その後3日0時頃には高度3.5km以上に再び上 昇流が存在する。
5.3.6 寒冷前線通過時の地上気象要素の変化
レーダーサイ.トから西南西に3.5km離れた沖縄気象台の地上観測データ(図5.7下部)による と20時頃から対流性の雨が降り始め,22時前後に・1時間30mmをこす強雨が降った。その後は 層状性の弱い雨となり約4時間続いた。層状性の雨は降水時問は長いものの,降水強度が弱いた め総降水量に占める層状性降水量の割合は〜15%と小さい。気温は20時過ぎから4℃低下し露点 は30C低下した。気圧は地上に寒気が入るとともに上昇を始め,降雨域の中心付近の22時過ぎに 日変化以外に〜1.5mb高くなった(図5.8)。その後,気圧は再び下降した。これは地上天気図で 寒冷前線付近に気圧の谷が認められないことと対応している。
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June3 June2,1987 (JST》
図5・8 1987年6月2日19時一3日2時の那覇におけや気圧と降水強度の時 間変化。
北西 南東
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層状性降雨域 下層上昇流 下降流 地上寒冷前線 対流性降雨域
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(km)図5.9 1987年6月2日の寒冷前線降水系の模式図。流れは地表に相対的に示してある。暖気は黒矢印,
寒気は白抜き矢印で示す。詳しくは本文参照。・
5.3.7寒冷前線降水系の模式図
これまでみてきたこの降水系の構造を事実および推測をもとにまとめると図5.9のようにな る。以下推測の部分は括弧をしてある。前線の進行方向前面には潜在不安定な成層をした空気が あり,前線に向かって流れる。前線では寒気がくさび型に暖気の中に進行してくる。このくさび 型寒気の上を流れる暖気中に対流が発生する。この対流は前線の走向よりやや寒気側に向かって 移動する。そして地上の前線より30〜40km寒気側に入ったところで最盛期を迎え,強い降水を もたらす。対流は風の強い鉛直シアーのため,後面に向かって傾いている(中層の寒気は上昇す る暖気の間を下降する以外に強い降水にともなっても下降する)(中層,上層が対流により加熱さ れ,中層に高温部ができる)。最盛期の対流の上方では強い発散があり,それにともなって両側に
かなとこ雲が広がっている(前方のかなとこ雲の下面には蒸発冷却によりひきおこされる下降流 がある)。上層の発散域の後は成層がほぼ中立で幅の広い層状性降水域がある。層状性降水域の中 にも(上層の収束・上昇流域に対応して)周囲よりやや強い降水域が存在している。後方からの 寒気は下降し前方からの暖気は上昇しているが,寒気も最盛期の対流の下では上昇している(こ の上昇により下降流中の雨滴の蒸発が減少している)。
このように,この寒冷前線降水系とHouzeand:Hobbs(1982)やBrowning(1985)が示した 寒冷前線降水系とは後部の層状性降水域では似た構造をしているが,先端部は成層の違いを反映
して全く異なる構造をしていることがわかる。
5.4 1987年5月23日の寒冷前線 5.4.1 総観場の状況
5月23日15時には日本海に低気圧があり,それから南西に寒冷前線が伸び沖縄の南に達して いる。この前線は6時問毎のレーダーエコーの移動からわかるように非常にゆっくり南下してい る(図5.10a)。この前線による沖縄の地上気温の低下は〜3。Cでそれほど顕著ではない。また気 圧の変化もごく少ない。21時の500mb(図5.10b)では気圧の谷が日本海中部から九州の南にか
けて存在している。南西諸島では北の気圧の谷の延長上に西ないし北西の風と南西の風との問の シアーラインが認められる。しかし気圧の谷ははっきりせず,シアーラインの西の寒気移流もほ とんどない。21時の300mb(図省略)では,南西諸島では南西風が吹いており,東シナ海のシアー ラインの西では北西風による寒気移流が認められる。気象庁数値予報課の解析では23日9時には
15JST MAY23,1987
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図5.101987年5月23日15時の地上天気図(a)と23日21時の500mb天気図(b)。(a)には6時問毎のレー ダーエコーの先端の位置も破線で示してある。
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図5.11 1987年5月23日15時の静止気象衛星による相当黒体温度(TBB)の分布。南西諸 島を黒く塗りつぶしてある。
南西諸島から東シナ海では700mbでは弱いながら上昇流がある。しかし21時には700mbでは 下降流があり,15時以降の解析期問は対流活動が次第に弱くなる時期にあたっていた(図省略)。
23日15時のTBB分布(図5.11)によると,この寒冷前線にともなう雲系は幅5〜600kmで,
TBBは一40。C以下(高度11km以上に対応)であった。沖縄の西にあるTBBが一60。C以下の対流 域は後述の屈曲点降水系に対応する。この低温域は18時頃沖縄の上を通過した。石垣島から本鳥 西海上にかけての領域では,12時頃から対流が発達してTBBが低くなり,15時頃最盛期に達し
た。TBB分布から判断すると石垣島付近の対流の方が活発であったが,本島西海上の低温域の方が 長続きした。
5.4.2 メソαスケールでの垂直安定度と風の垂直分布
この寒冷前線の前方では,潜在不安定が非常に大きかった。図5.12は23日9時と21時の名瀬 及び那覇における温位,相当温位,飽和相当温位の垂直分布である。23日9時には那覇では地上 の気塊は〜30mbの持ち上げで自由対流高度に達し,その気塊はエントレインメントがなければ
〜170mbに達する。名瀬においては地上に寒気が既にあるが,〜975mb以上では依然かなり大き な潜在不安定がある。23日21時には名瀬,那覇共に地表付近は寒気内に入っている。地上の相当
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図5.12 1987年5月23日9時(a)及び21時(b)の那覇及び名瀬における飽和相当温 位(実線),相当温位(点線)及び風の鉛直分布。風は矢羽1本が5m/
sを表す。レーダーエコーも示してある。黒塗の領域は相当降雨強度
>4mm/hの降雨域を示す。那覇及び名瀬の位置は二重の正方形で示 してある。地図及び緯度,経度は図5.3aを参照のこと。
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図5.13 1987年5月23日15時の石垣島,宮古島,那覇,名瀬レーダーのエコー合成図。
黒塗領域は相当降雨強度>4mm/h,縦線領域は<4㎜/h,点彩領域は地上に 達しない降雨域を示す。数字はエコー頂高度を100m単位で表したものであ る。また屈曲点を「Kjで示す。破線はTBBの一260Cの等温線である。
温位が約10K低下したため,成層は安定である。
5.4.3 クラウドクラスター内の降水分布
このクラウドクラスターは,図5.11で示したように東北東刃西南西(60〜240。)の走向を持つ が,降水も15時の合成レーダー図(図5.13)に示すように同じ走向である。この走向は15時の 600〜500mbの風向と同じである。エコー頂高度は南西側で高く,北東側では低い。沖縄本島付近 では〜10kmと特に高くはない。北緯270以北では先端部(南東端)に幅の狭い対流性のエコー,
その後ろにやや弱いエコーがあり,そのさらに後ろに広い層状性のエコー(幅約100km)が広が る。この層状性エコーは気象衛星で観測される雲頂温度の低い領域の中央に当たる。そしてエコー の後端部(北西端)は再び対流性となっている。後端部の対流性を除けばこの降水分布は6月2日 のクラウドクラスターに伴うもの(図5.4参照)に非常によく似ている。東経1270付近を境とし て北東と南西でエコーの走向,分布が異なり,屈曲点(Klがあることがわかる。この屈曲部が沖
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図5.14 八重岳レーダー雨量計による1時間毎のエコーの変化(1987年5月23日15時〜20時)。反射強 度〉50dBZの領域は黒く塗ってある。斜線領域は反射強度>40dBZである。地物の陰になるため 正しい反射強度の得られない領域を2本の破線ではさんで示した。円はドップラーレ!一ダーに
よる観測領域であり,レーダーの位置は十字で示す。
縄本島を通過した。
5.4.4 エコーの発生・移動と降水系の移動
図5.14は八重岳レーダー雨量計のエコーの時間変化である。このレーダーは5cm波であるの で減衰はほとんど無い。地上寒冷前線は14時30分〜15時頃那覇を通過した。沖縄本島付近では 走向はほぼ東西で南下は遅い。移動距離は15時から16時の1時間で10km以下である。この北 東側のエコーは弱くなりながら南下した。
一方15時から20時にかけ屈曲点付近の50dBZ以上の強エコー域(以後「屈曲点降水系」:Pk と呼ぶことにする)は30km/hで東南東に進み,19時30分ごろ那覇を通過している。50dBZ以
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図5.15 八重岳レーダー雨量計による反射強度が50dBZ以上の領域の時間変化。時 間と共に座標の原点も右に移動している、ことに注意。
上の領域の移動を10分毎に追跡すると(図5.15),東側の寒冷前線の南下にともない,屈曲点付 近で東北東に移動したセルの南側に新たにセルが発生していることがわかる。この結果,全体と
して東南東に進んだ。この降水系の通過にともない那覇では19時20分から30分までの10分間 に8mmの強い降水があった。
5.4.5屈曲点降水系に伴う低気圧性シァー
屈曲点降水系の水平循環の特徴は,前線付近の一般場の正渦度が対流活動にともなう収束によ り大きくなったと思われる低気圧性シアーである。図5.16に高度0.5kmおよび3kmのドップ ラー速度偏差及び高度1kmの反射強度の時間変化を示す。このドップラー速度偏差は観測され たドップラー速度からその高度の平均風と降水粒子の落下速度の寄与分を引いたものである。平 均風をベクトル表示してある。平均風を差し引いているので全体に値は小さくなっている。以下 で用いるドップラー速度から水平循環を推定する方法を章末の付録(2),(3)に示す。
反射強度分布を図5.14と比較すると,強いエコーより遠方で減衰が激しいことがわかる。この ため,屈曲点降水系の移動は図5.14ほどにはよく見えない。八重岳レーダー雨量計のエコーとの 比較により同定した屈曲点降水系をPkで示す。また屈曲点の東側の寒冷前線降水系をPcで示
す。
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高度3.O kmでは南西風が卓越している。この中の屈曲点付近に低気圧性シアーがみられる。こ の低気圧性シアーは18時10分頃から20時2分にかけ観測された。このように低気圧性シアーは 約2時間にわたって観測された。観測領域外にでても持続したものと思われる。
反射強度の図と比較すると,18時42分では南側の強いエコー(一13km,一20km)は高度0.5 kmのシアーの中心付近に位置していることがわかる。北側の強いエコー(一10km,一2km)は 上空(高度3km)の低気圧性シアーと対応している。低気圧性シアーの東側の高度3kmでは北 西に向かう成分が観測されており,これは南の暖域から北上しながら上昇してきた空気がシアー 領域の西側のほぼ平均風と同じ南西風(ドップラー速度偏差がほぼゼロの領域。図中に破線で示 す)との間で収束していることを示唆する。19時12分,19時39分,20時2分の3kmのドップ ラー速度分布を見ると,低気圧性シアー領域の北では北西〜南西に向かう成分が広い範囲に観測 された。これは低気圧性シアーにともない回転があることを示唆する。低気圧性シアー領域の東 側を回る空気は,南西からの一般場より強い風との間で収束している(図のPk付近)。
5.4.6 屈曲点降水系のメソβ,ヅスケール鉛直構造
(a)相対的に弱い対流性エコーと強い層状性エコー
この降水系の特徴はエコー頂高度は高いが対流性は強くなかったことである。図5。17に 130−310。の断面の15時57分から20時13分までの時問変化を示す。降水系が西から近づきレ」
ダーのやや南を通るので,この断面は始めは北側の層状性降水域,19時頃からは対流性降水域を
図5。16(48ぺ一ジ)反射強度(1km)とドップラー速度(0.5,3.Okm)の時間変化。ドップラーレー ダーは座標原点にある。反射強度>30dBZの領域に斜線が施してある。ドップラー速度は各高 度の平均風(右下に表示)からの偏差を表示してあり,レーダーから遠ざかる風の偏差の領 .域に斜線が施してある。「K」は屈曲点,「Pk」と「Pc」はそれぞれ屈曲点降水系と寒冷前線 降水系を示す。太い矢印はシアー領域の風がレーダーに向かうかレーダーから遠ざかるかを 示す。細い矢印はドップラー速度分布から推定される風向を示す。破線で囲んだ領域は低気 圧性シアー領域の西のほぼ平均風が吹いていると推定される領域を示す。白抜き矢印は低気 圧性シアー領域の西の南西風を示す。
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15時57分から20時13分までの310−130。断面のドップラー速度と反射強度。ドップラー速度が 正(レーダーから遠ざかる風)の領域に斜線が施してある。図の右側最下層はデータが欠け ている。ドップラー速度の図の矢印は流れの向きを示す。反射強度>30dBZに斜線が施してあ
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15時57分には南東13kmの地上寒冷前線付近に強い対流(反射強度>40dBZ)がある。循環 はこのエコー付近だけで強い。北西のエコーは弱い。北西のエコーから上空4−10kmにかなとこ 状にエコーが広がっている。
17時3分になるとレーダーサイト上空には北西側の降水系からかなとこ雲が伸びてきている。
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