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降雨時間の経過に伴う降雨の水質特性の変化 ― 東京都内の事例 ―

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おいて,Smith (1852) によって酸性雨の事例が報告され ており,その後にはさらに詳細な研究が行われた (Smith, 1872)。Gorham (1955) はイングランド湖水地方におけ る降水を対象に,都市あるいは工業地帯から風が吹く時 に酸性化することを指摘した。その後,酸性雨の越境被 害の可能性が指摘された。 近年になり,酸性雨問題を大きくした要因の一つは化 石燃料の使用が増えたことにある。化石燃料の使用に よって,硫黄酸化物,窒素酸化物が大気に放出され,こ 1 .はじめに 雨水の起源は,陸地と海洋における水の蒸発散により 発生する水蒸気 (気相) であり,天然の蒸留水と言うこ とができる。しかし近年では,その水質についてその形 成要因や季節変化の議論がなされている。 降雨の水質について関心が強まったのは,20世紀半 ば,酸性雨が陸水の水質や生態系に及ぼす影響が顕在化 した事に始まる。古くは,イギリスのマンチェスターに

三田 明寛

・大八木 英夫

**

・森 和紀

**

Rain water plays an important role in the formation of quality of inland water as a recharge source. In the metropoli-tan area, human activity exerts an influence upon hydrological environment on global as well as local scales. In the pres-ent paper, temporal changes in both concpres-entration and constitution of dissolved substance in rain water were ascertained in course of the duration of rainfall in Tokyo Metropolis as a case study. Two sampling points for rain water with different surrounding circumstances were established and the specimen was collected at intervals of ten minutes and one hour from December 2012 to October 2013. Analytical items for water quality include sodium, potassium, calcium, magnesium, chloride, sulfate, nitrate and ammonium. In addition to analytical procedures for these chemical elements, measurements of electrical conductivity and pH were made in situ. Characteristic features on rain water quality including considerably low pH value of 4.9 and high electrical conductivity of 80 μS/cm were observed in case of the low rainfall intensity under 0.5mm/hour. The concentration of sodium, calcium and chloride has a tendency to decrease attendant upon the duration of rainfall. Judging from the equivalent ratio of chloride to sodium and that to magnesium, it is pointed out that those chemical elements originate in wind-borne salt. On the other hand, the equivalent ratio of nitrate to sulfate shows compar-atively higher value at the sampling point where there is much traffic. The lowering rate in concentration with the dura-tion of rainfall is much higher for dissolved substances resulting from seawater as compared with those from non-sea water. Namely, the ratio of dissolved substances originating in non-sea water in the total dissolved substance has risen with the lapse of rainfall duration. The constitution of dissolved matter in rain water depends on the rainfall intensity, dura-tion of fair weather, wind velocity and wind direcdura-tion. These facts suggest that not only global but local hydrometeorologi-cal conditions have effects upon chemihydrometeorologi-cal characteristics of rain water.

Keywords: rain water, water quality, rainfall duration, wind-borne salt, Tokyo Metropolis

降雨時間の経過に伴う降雨の水質特性の変化

―東京都内の事例―

Changes in Chemical Characteristics of Rain Water Attendant upon the Duration of Rainfall:

A Case Study in the Greater Tokyo Metropolitan Area

Akihiro MITA

, Hideo OYAGI

**

and Kazuki MORI

**

(Received November 17, 2014)

Graduate School of Integrated Basic Sciences, Nihon University 3-25-40, Sakurajosui, Setagaya-ku, Tokyo 156-8550, Japan

** Department of Geosystem Sciences, Collage of Humanities and Sciences, Nihon University 3-25-40, Sakurajosui, Setagaya-ku, Tokyo 156-8550, Japan

日本大学文理学部大学院総合基礎科学研究科地球情報数理科学専攻:

〒156-8550 東京都世田谷区桜上水3-25-40

** 日本大学文理学部地球システム科学科:

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れらの酸性物質が降水中に溶け込むことで,降水が酸性 化する。 このように降水は多種の物質を輸送する媒体であると いえる。輸送する物質は,地面から供給される粉塵や, 人間活動に伴う排気ガスなどである。大気中から地表面 に輸送される化学物質の80∼90%が降水による湿性降 下物であると推定されている。乾性降下物の一種である 春季の黄砂や排気ガス中のSOx,NOxが降雨によって 降下する。雨水は地下水や河川,湖沼などの陸水の起源 であり,質的あるいは量的な初期条件の決定において重 要な役割を果たしていると考えられる。大気汚染,越境 汚染に端を発した降雨への関心の強まりがあるが,近年 ではそれだけではなく物質循環の一部としての関心も高 まっている。 そのため降雨の水質形成の要因については様々な議論 がなされている。井上ほか (1998a, 1998b) は降雨中のF− やCa2+,SO 42−の季節変化と降雨中の風成塵の成分組成 から雨水の水質形成と広域風成塵の関係を明らかにし た。これにより,日本の東北地方の雨水中における乾性 降下物の組成はゴビ砂漠やタクラマカン砂漠の砂のそれ に類似していることを示し,さらに春季におけるカルシ ウム濃度の上昇について説明した。また,成瀬 (1996) は季節風の挙動を利用し風成塵と酸性雨の相関性につい てしらべ,モデル化している (図 1)。これによれば黄 砂や風成塵中のカルシウムによって雨水中の酸性物質が 中和されると述べられている。北野 (2009) においても 同様なことが述べられている。 これまでの降水における水質の研究は,季節変化や経 年変化といった長期的な観測および調査が主であり,1 時間ごとあるいは10分ごとといった短期的な変化につ いての指摘は少ない。森 (1993, 2001) においては降雨 の電気伝導度およびpHの時間変化を示し,特に風向の 変化に伴う電気伝導度,pHの変化について触れている。 同研究より,観測において電気伝導度とpHが降雨の降 り始めからの時間経過とともに低下することが予想され る。降り始めにおいて,大気中のエアロゾルが雨水に吸 着されることで電気伝導度が上昇するが,大気中のエア ロゾルの減少に伴い電気伝導度は低下する。特に地表か ら供給されるMg 2+Ca2+の濃度低下は著しいと予想で きる。 一方,人間活動に伴う化石燃料の燃焼により大気中に 排出されるNOxやSOxは降雨中にも大気中に放出され るためMg 2+Ca2+と比べ降雨時間の経過に伴う濃度の 低下は比較的緩やかであると考えられる。このように起 源が異なる物質において,降雨中の溶存成分濃度におい て変化が短時間で生じ,その組成にも変化を生じさせる と考えられる。 本研究では,降雨の短時間ごとの採取を行い,水質お よびその変化の特徴を検証し,雨水の水質形成の要因明 らかにすることを目的とする。 2 .調査地域の自然特性 採水地点は,東京都世田谷区の日本大学文理学部世田 谷キャンパス8 号館 (五階建て) 屋上および東京都江東 区の猿江恩賜公園園内 (地上) の二か所である (図 2)。 世田谷キャンパス8 号館 (T1) は海抜 47mの所に建て 図1  物質循環モデル図 (成瀬 〔1996〕 に加筆)

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Cl−,NO 2−,NO3−,SO42−)の濃度は,試水を0.2 nmの フィルターでろ過し,島津製SHIMADZU LC CLASS10 を用いイオンクロマトグラフィにより測定した。 降 水 量 と 風 向, 風 速 は 気 象 庁webペ ー ジ(http:// www.jma.go.jp/jma/index.html)における「気象統計情 報」より東京,江戸川臨海,世田谷,練馬のAMeDAS 地点データをダウンロードし利用した。また世田谷の観 測地点では降水量のみの観測のため,風向・風速に関し ては府中と練馬において観測されたものを使用した。 雲粒や雨粒の形成において,重要な要素となるのが凝 結核であり,海水の飛沫や硫酸アンモニウムなどが凝結 核の役割を果たす。海水飛沫は海水の塩分組成を保って いると考えられ,Cl− やNa+ といった基準となる物質の 濃度とその割合を調べることにより海水飛沫による寄与 を求められる。雨水に含まれる物質濃度から海水飛沫に られたもので,屋上は海抜61mである。周囲を住宅街 に囲まれている。住宅は平屋が多く三階建て以下が卓越 する。四階建ての建物はまれに存在するが,五階建て以 上の建物は世田谷キャンパスの建物だけである。北方 500mのところに交通量の多い幹線道路 (甲州街道) が通 り,西方2kmには交通量の多い環状八号線が通る。海 までの距離は南方40 km,東方12 kmである。猿江恩賜 公園 (R1) は,東京都江東区の北端に位置し,海抜 4m である。周囲を住宅街,商業施設に囲まれている。北方 250mに交通量の多い幹線道路(京葉道路)がある。ま た西側180mに国道 465号線が,南側 180mに国道 50号 線が通っている。猿江恩賜公園は,世田谷キャンパスと 比べ周囲を交通量の多い道路に囲まれている。東側は横 十間川と隣接している。 3 .調査項目および調査方法 2012年12月から 2013年10月までの間,降雨の採水を 行った。調査対象とするひと雨ごとに,縦0.65m,横 0.45m,受水面積0.29m2の採水器 (写真 1) を作成し,使 用する直前に受水面を超純水で洗浄して使用した。採水 は原則1 時間ごとに行った。台風時の降雨や局地的な豪 雨など,1 時間あたりの降水量が著しく多く,AMeDAS によって公開されている気象データにおいて最も短い時 間スケールである10分で150 mL以上の試水量を得られ る場合,10分毎に採水を行った。 電気伝導度とpHはHORIBA DS−51を使用し,現地 で測定した。 無機主要溶存成分 (Na+,NH 4 +,K,Mg 2+,Ca2+ 図2  採水地点位置 写真1  採水器

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4 .海水起源塩分と非海水起源塩分 採水を行った2 地点についてCl−濃度とNa・Mg 2+ の関係を図3 にまとめた。これより Cl−およびNa+ , Mg 2+において,その濃度比は海水組成 (当量比Na : Cl =43:50,Mg:Cl=1 : 5) と酷似した。これは,平木ほか (1988) の結果と比べ海水組成により近いものであった。 しかし,Na/Cl比はCl−側に,Mg/Cl比はMg 2+側に傾 く傾向がみられた。降水中の溶存成分濃度降雨が時間の 経過に伴い変化をする (木村ほか,1986) ことを考慮す ると,その組成が保たれながら変化していることがわか る。このことから,これらの3 成分は主に海水起源であ ることが分かる。 一方,Cl−濃度とCa2+・SO 42−濃度の関係 (図 4) を見 ると,それぞれの海水組成と比較してその割合は遥かに 高い。2 成分については,降水中の90%以上が主に海水 起源ではないことが考えられる。またCa2+とSO 42−の間 には相関が見られなかったことから (図 5),この 2 成分 は異なる起源を有していることが考えられる。 SO42−においては粉塵による供給と化石燃料の燃焼を 伴う人間活動による供給が考えられる。化石燃料の燃焼 よる寄与を除けば,人間活動および陸地より供給された 物質の量が算出できる。本研究では,Na+およびCl 度を基準とし,海水起源塩分の寄与を算出した。海水中 においてNa+とCl− は当量比50 : 43あり,分析値におい てNa : Clを調べ,比較的寡少の方を基準とし,海水起 源塩分の濃度を算出した。 各イオンの海水起源塩分 (sea salt: ss-) の当量比は下 記の式で表すことが出来る。下記の式は,酸性雨調査法 研究会編 (1993) の海水起源塩分の算出法を当量値の比 に直したものである。 (i)Na+ の濃度を基準とした場合は式①∼⑤を用いた。 ss-K+ =0.021×Na … ① ss-Mg 2+ =0.228×Na … ② ss-Ca2+ =0.044×Na … ③ ss-Cl− =1.165×Na … ④ ss-SO42− =0.121×Na + … ⑤ (ii)Cl−を基準とした場合は式⑥∼⑩を用いた。 ss-Na+ =0.858×Cl … ⑥ ss-K+ =0.018×Cl … ⑦ ss-Mg 2+ =0.195×Cl … ⑧ ss-Ca2+ =0.038×Cl … ⑨ ss-SO42− =0.104×Cl− … ⑩

よって非海水起源塩分 (non sea salt: nss-) の当量値は分 析値と海水起源塩分の差となり,下記の式 (⑪∼⑯) で 表される。 nss-Na+ =(分析値)−(ss-Na …⑪ nss-K+ =(分析値)−(ss-K …⑫ nss-Mg 2+ =(分析値)−(ss-Mg2+ …⑬ nss-Ca2+ =(分析値)−(ss-Ca2+ …⑭ nss-Cl− =(分析値)−(ss-Cl …⑮ nss-SO42− =(分析値)−(ss-SO42−) …⑯ 海 水 中 に お け るNH4+はNa+の467.9meq/Lと 比 べ 0.002meq/Lと極めて微量であるため,海水起源による 寄与算出の対象から除外した (北野,2009)。NO3−は広 域的な起源を前提とすれば,主に化石燃料の燃焼により 大気中に供されるものと考えた。そのため雨水中の両イ オンは陸地からの供給あるいは人間活動に伴う供給によ るものとした。

水同位体アナライザーDLT-100 (Los Gatos Research 社製) を用い,酸素の安定同位体18Oおよび水素の安定 同位体Dの同位体組成を調べ,酸素・水素安定同位体 比は,標準物質 (SMOW) からの千分率偏差であるδ値 として示している。 0.00 0.05 0.10 0.15 0.20 0.25 0.00 0.05 0.10 0.15 0.20 0.25 Na(R1) Na(T1) Mg(R1) Mg(T1) 海水Na 海水Mg Cl-(meq/L) N a +,Mg 2+(m eq /L ) 図3  Cl−濃度に対するNaとMg 2+の関係 0.00 0.10 0.20 0.30 0.40 0.00 0.05 0.10 0.15 0.20 0.25 SO4 Ca 海水SO4 海水Ca Cl-(meq/L) Ca 2+、 SO 4 2-(m eq /L ) 図4  Cl−濃度に対するCa2+とSO 42−の関係

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を伴う人間活動による場合,SO42−は人間活動の指標と なるNO3−と正の相関があると推察できる。原 (1992) は日本各地におけるNO3−/SO42− (N/S比) の地域間差 異について調べ,窒素酸化物を自動車の排ガスからの供 給,二酸化硫黄を工場や発電所などの重油燃焼施設から の供給とし,東京ではN/S比が大きくなることを述べ て い る。SO42−濃 度 とNO3 − 濃 度 の 関 係 を 図6 に 示 し た。図6 よりSO42−とNO3−の間に正の相関が見られた こと,さらにSO42−に対するNO3 − の比には二地点間の差 が認められたことから,化石燃料の燃焼に伴う人間活 動,特に自動車の排ガスの影響を強く受けていると考え られる。世田谷におけるN/S比は江東におけるそれと 比べてNO3−側に傾いている。図7 は警視庁交通部交通 規制課 (2013) よる交通量図に採水地点を加筆したもの である。採水地点直近の交通量が得られる距離として, 半径5kmの円内を対象に考察した。周辺の計測地点に おいて,交通量の差が見てとれる。このことからSO42− に対するNO3−の比は周辺における交通量あるいは化石 燃料の使用量を示唆していると考えられ,原 (1992) の 結果とは異なり,降雨の水質が採水地点の周辺環境に鋭 敏であることが考えられる。 0.00 0.05 0.10 0.15 0.20 0.25 0.30 0.00 0.10 0.20 0.30 0.40 Ca 2+(m eq /L ) SO42-(meq/L) 図5  SO42−濃度に対するCa2+の関係 図6  SO42−濃度に対するNO3−の関係 図7  採水地点5km圏内の交通量 (警視庁交通部交通規制課 〔2013〕 に加筆)

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とSO42−濃度,Ca2+濃度が低下しており,特にCa2+の濃 度変化が顕著であることが分かる (図 9)。降り始めの降 雨におけるCa2+濃度は0.122meq/Lであるのに対し,4 時間経過後には0.023meq/Lと元の 20%以下まで下がっ ている。一方,SO42−の濃度低下はCa2+と比較して緩や かである。これは安定した降水があった10月15日にも 同様のことが言える。以上のことから,大気中のエアロ ゾル,特にカルシウムを含むエアロゾルによって雨水の 酸性化が抑制された結果であると考えられる。また降雨 時間の経過に伴うCa2+とSO 42−の濃度変化に差があるこ とから,両イオンの間に供給速度の差があり,その差が pHの変化としてあらわれたと考えられる。 5月16日において,電気伝導度とpHの間に関連は見 られなかった (図 8)。この日の降水量は転倒ます型雨量 計による計測できないほど極めて少ないという点が特徴 5 .溶存成分濃度の時間変化 4月20日及び5月16日,10月15日のサンプルにおけ る電気伝導度とpH,降水量の時間変化を図 8 に,同日 のCl−濃度とSO 42−濃度,Ca2+濃度,降水量の時間変化 を図9 にまとめ,降雨開始からの時間xに対する電気伝 導度yの変化を示す回帰式ともに示した。各採水日にお いて異なる時間変化の特徴を示している。4月20日にお いて,降雨の時間経過に伴い電気伝導度及びpHが低下 していることが分かる。電気伝導度は,降り始め1 時間 (降り始めの降雨とする) の降水における55.7µS/cmか ら始まり急激に低下し,その後,20∼30µS/cmの範囲 で緩やかに低下する。pHは降り始めの降雨において5.8 であり,降雨時間の経過に伴い,電気伝導度の低下とと もに低下し4.6に達した。降水時間経過に伴いCl−濃度 図8  降雨時間とEC・pHの関係および降水量 図9  降雨時間と溶存成分濃度の関係および降水量

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によって計測できないような降水の場合,成分濃度は安 定した低下を見せず上昇と低下を繰り返すが,転倒ます 型雨量計によって計測できるような降水では安定して指 数曲線のように低下すると考えられる。 6 .化学組成の時間変化 前述のとおり,降水中の溶存成分濃度は降雨の時間経 過とともに変化するが,起源が同一である個々の溶存物 質相互の降雨中の組成は変化しないことが明らかになっ た。その結果,海水起源塩分と非海水起源塩分の濃度変 化に差が生じ,降雨の化学組成が時間ごとに変化するこ とが認められ,全溶存成分 (TDS) に対する (図11)。降 雨の時間経過に伴い,海水起源塩分と非海水起源塩分の バランスが非海水起源側に傾き,非海水起源塩分につい てはCl−に対する比がSO 42−とNO3−の側に傾くことが明 らかになった。組成の変化の特性は,1 時間当たりの降 水量によって変化することが推察できるが,今回の調査 では明らかにできなかった。しかし,降雨時間に伴い降 水中の化学組成が変化し,結果として酸性物質が多くを 示すようになるという結果は,木村ほか (1986) の結果 と同様である。 7 .降雨中の同位体組成 台風1318号に伴う降雨を地点 R1において,台風 1326 号による降雨を地点T1 (2013年10月15日11時から 17 時まで) およびR1(2013年10月15,16日22時から 6 時 まで) において 1 時間ごとに採水し,酸素と水素の安定 同位体比の分析を行った。その結果は,各降雨における 同位体比の時間変化およびδ18O値とδD値の関係とし て示す図12のとおりである。なお10月15日(11時)か である。5月16日における水質組成は特徴的であり, SO42−,Ca2+が多く検出された (図 9)。4月20日と10月 15日において,降り始めよりCl−およびCa2+,SO 42−が ともに低下しているが,降雨時間の経過に伴いこのこと からCl−とCa2+の濃度がSO 42−の濃度を下回っているこ とが分かる。成分ごとに降雨への供給速度が異なること が分かる。 降雨の時間経過に伴い,電気伝導度は指数曲線的に低 下し,pHは 5 前後に収束することが木村 (1986) と平木 ほか (1989) により指摘されている。図10に酸性物質に 対するCa2+の割合とpHの関係を示した。この図から, 降水中において,Ca2+pHを決定する要素として重要 な役割を果たしていることが分かる。これについては, 成瀬 (1996) も同様の指摘をしている。 これらのことから,降水の溶存成分濃度およびその割 合は,1 時間あたりの降雨量,すなわち降雨強度に依存 していることが分かる。霧雨のような転倒ます型雨量計 y = 0.328ln(x) + 5.625 R² = 0.3203 3.0 4.0 5.0 6.0 7.0 0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 Ca2+/(SO42-+NO3-) pH 図10 酸性物質に対するCa2+の割合とpHの関係 0.0 20.0 40.0 60.0 80.0 100.0 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4 0 2 4 6 8 10 Total-nss Total-ss nss/Total Dissolved Substance 降雨継続時間(h) nss /T DS (% ) to tal -n ss と to tal -s sの 濃度 (m eq /L ) 図11 降雨の時間経過と海水起源塩分・非海水起源塩分の濃度の関係および全溶存物質に対する非海水起源塩分の濃度の関係

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の雨の-14.08‰から1時間で-21.42‰まで低下し,その 後-15.59‰まで上昇した。この酸素水素の安定同位体比 の低下と上昇は藪崎 (2004,2014) の結果と同様であり, 台風における雨滴の形成プロセスが外縁部と中心部とで 異なることを示していると考えられる。台風1326号に おいて,δ18O値は降り始め 1 時間の降雨において記録 された-13.0‰から降雨時間の経過に伴い低下し,同月 16日6 時の降雨では-11.66‰となった。同様にδD値は +6.04‰から低下をはじめ-82.10‰まで達した。これら のδ18O値とδD値の低下において,δ18O値は-9∼-10‰ の範囲で,δD値は-50∼-60‰の範囲でほぼ一定の値を とった後に低下した。また2 つの台風時の降雨の同位体 ら16日 (6 時まで) の降雨に関する5時間のデータの空 白は,台風接近に伴いT1の観測地点が立ち入り禁止と なり,移動を余儀なくされた結果である。2013年9月15 日における採水時の気象条件は3 時から11時まで観測 地点R1に接近し降雨をもたらした台風によるものであ り,1 時間あたり最大10.5mmの降水量を有し,観測期 間 に お け る 総 降 水 量 は27.5mmで あ っ た。 こ の う ち 19mmの降水量が観測開始 2時間のうちに観測されてい る。δ18O値は降雨開始 1 時間後に得られた試水の -3.58 ‰から低下し,1 時間で-4.58‰へと達した。その後,降 雨時間の経過にともない徐々に上昇し,最終的に-3.30 ‰まで上昇した。同様にδD値についても,降り始め 図12 δ18OとδDの関係およびその時間変化 対象降雨の時間降水量を合わせて示した。

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て降雨中の濃度変化の傾向が異なることが確認された。 降雨強度によって降雨中の水質は異なり,転倒ます型 雨量計で計測できる降水に関しては,降雨中の水質組成 はNO3 −とSO 42−を主とする。また,台風時 (図11:10 月15日の事例) のように降雨強度が著しく多い場合,溶 存成分濃度が純水のそれに近い値まで低下することが明 らかになった。 今後,人間活動によって生じる酸性物質の拡散プロセ スおよび雨滴・雲滴の形成過程についてより詳細な検討 を加えることにより,降水の水質の形成機構を明らかに していきたい。 付記:本論文の骨子は,2014年8月,Dubrovnik(クロアチ ア)で開催されたInt.Sci.Conf. on Water sustainability: New challenges and solutions において発表した。

謝辞 酸素・水素の安定同位体の分析において、ご協力いただい た竹内 望教授(千葉大学理学部)および濱田浩美教授(千 葉大学教育学部)にはこの場を借りて深く感謝いたします。 原稿について適切な示唆と助言を賜りました加藤央之教授 (日本大学文理学部)に感謝いたします。 比は異なる時間変化を示しているが,台風の中心付近で 同位体比に変化が認められることが特徴である。すなわ ち,δ値は,9月15日においては 5 時を境に低下から上 昇に転じ,10月15日・16日においては15日22時から低 下から停滞に転じ,16日3 時から再び低下する。台風の 外縁部と中心部のおいて異なる雨滴形成プロセスが生じ ているものであると考えられ,解明すべき今後の課題で ある。 8 .結論 本研究では,降水を1 時間ごとあるいは10分ごととい う短い時間で採取し,分析を行うことで,降雨中の時間 変化を明らかにし,その化学組成から溶存成分の起源を 考察した。 その結果, 降雨中においてSO42−に対するNO3−の比は 地点による差異を示し,Cl−に対するNaとMg 2+比は海 水組成と酷似した。これらの比はそれぞれ降雨の時間経 過によって変化しないことが明らかになった。そして同 一の起源をもつ塩分同士の比は降雨時間が経過しても一 定であり,起源の異なる塩分では降雨の時間経過によっ 井上克弘・浦尚生・謝 小毛・板井一好・角田文男(1998a): 雨水の風成塵起源フッ化物イオン濃度と非海塩性硫酸お よびカルシウムイオン濃度の関係,日本土壌肥料學雜 誌,69 (5),pp.457-462. 井上克弘・濱浦尚生・平舘俊太郎・ 西 攻(1998b):東北 日本の雨水中の硫酸イオンとカルシウムイオン濃度の季 節変動,起源および広域風成塵降下量との関係,日本土 壌肥料學雜誌,69 (5),pp.445-456. 北野 康(2009):「水の科学」第三版,NHK出版,pp.221-232. 木村和義・田中丸重美・則武赳夫(1986):降雨経過に伴う 雨 水 のpHと 電 気 伝 導 度 の 変 化, 農 学 研 究,61 (1), pp.47-55. 成瀬敏郎(1996):酸性雨と風成塵,兵庫教育大学研究紀要 (第2分冊,言語系教育・社会系教育・芸術系教育), 16,pp.85-93. 原 宏(1992):降水,化学総説 降水の化学,14,pp.69-78. 平木隆年・玉置元則・堀口光章・光田 寧(1989):雨水の 酸性度を決定する要素について,京都大学防災研究所年 報,32 (B-1),pp.311-319. 平木隆年・玉置元則・鳥橋義和(1988):大気降下物におよ 参考文献 ぼす海塩粒子の影響,兵庫県立公害研究所研究報告, 20,pp.13-22. 三瀬皓愛・山内辰郎(1999):都城市における降水の酸性沈 着物に関する考察,都城工業高等専門学校研究報告, 33,pp.29-34. 森 和紀(1993):津市における降水のpHと電気電導度 と くに時間降雨について,「水の地理学−その成果と課題 −」,pp.16-20. 森 和紀(2001):降水量の経年変化と降雨の水質特性,空 気調和・衛生工学,85 (3),pp.171-177. 藪崎志穂・島野安雄・安部 豊(2014):福島市および関東 地方における2013年の降水安定同位体比の特徴,福島 大学地域創造,26 (1),pp.7879-7888. 藪崎志穂・田瀬則雄(2004):台風到来時の降水の酸素・水 素安定同位体比の変動特性.筑波大学陸域環境研究セン ター報告,5,pp.29-39.

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7月7日 降雨時に当該エリア周辺の水を採取して分析した結果、当該エリア南側排 水溝で全β放射能濃度が

9 時の都内の Ox 濃度は、最大 0.03 ppm と低 かったが、昼前に日照が出始めると急速に上昇 し、14 時には多くの地域で 0.100ppm を超え、. 区東部では 0.120

新々・総特策定以降の東電の取組状況を振り返ると、2017 年度から 2020 年度ま での 4 年間において賠償・廃炉に年約 4,000 億円から

・微細なミストを噴霧することで、気温は平均 2℃、瞬間時には 5℃の低下し、体感温 度指標の SET*は

雨地域であるが、河川の勾配 が急で短いため、降雨がすぐ に海に流れ出すなど、水資源 の利用が困難な自然条件下に

・また、熱波や干ばつ、降雨量の増加といった地球規模の気候変動の影響が極めて深刻なものであること を明確にし、今後 20 年から

ノッチタンク2基の天板ハッチ部蓋および天 板がずれ、降雨により放射性物質を含む雨

装置は、設計どおりの性能を発揮しており、溜まり水濃度は、浄化装置運転開始後に上流側、下流