Title
那覇市小売商業の構造
Author(s)
伊波, 盛伸
Citation
沖大経済論叢 = OKIDAI KEIZAI RONSO, 12(1): 25-48
Issue Date
1987-09-30
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/6762
那覇市小売商業の.構造
伊波盛伸 1はじめに 2那覇市小売商業の概況 3那覇市小売商業の分析 ①個人商店を中心にして ②従業者規模を中心にして ③売場面積規模を中心にして 4那覇市小売商業の地域別構造 ①商店数の推移 ②従業者数の推移 ③年間商品販売額の推移 5むすびにかえて 1はじめに ビジネスは、人々の欲求(ニーズ)に応えられうるものでなければ永続しない。 そして、人々のニーズも変化するので、当然のことながらビジネスも変化に対応し なければならないことになる。人々のニーズは、次の五つの移りかわりによって生 起する。それらは、人々の生活水準・価値基準・技術体系・法制度、そして資源で ある。これら五つの要因にインパクトを与えるものとして、人口構成の変化と運輸 通信の発達がある。 人々のニーズが、五つの要因との二つのアクセレファクターによって変化する ものと考えることができよう。人々のニーズに対応するビジネスも、これら要因に 関心を持つべきである。このようにみろと、那覇市の小売商業は、前述の要因をす べて受け活動しなければならない地域ともいえる。 -25-那覇市の小売商業は、昭和47年5月まで、沖縄県の、県都として活動することが
できえていた。この年以降、前述の要因をかぶるような形で今日道来ていろ。それは本土で流通革命が進展してきたのは、昭和30年代に入ってからであった。だが本
土の流通変動を那覇市の小売商業が受けるようになったのは、昭和47年5月からで
ある。この点を考慮しながら、小売商業近代化を図ろためには、という具体性を持
った研究にとりかかった。本稿は、以上の視点から、個人商店、従業者規模、売場面積規模、そして那覇市
内の地域(本庁=|日那覇、首里=|日首里、真和志=旧真和志町、小禄=旧小禄村)
別に分析して、昭和51年から60年間に10年間に、個人商店が減少したのか、従業
者及び売場面積の動向について検証しようとするものである。これによって、那覇
市小売商業の方向性を見出せればとも考えた。
尚、この研究は、那覇市小売商業近代化との関連で進めたものである。そのため、
計画地区という用語は、那覇市の中心商店街を意味していろ。
本稿での作表は、「那覇市の商業」各年版を使用したものである。 この研究は、那覇市小売商業が、日本各地同様のパターンによる傾向がみられる に至っていることが示されるであろう。2那覇市小売商業の概況
那覇市の商業は、昭和60年5月現在、商店数8,122店、従業者数33,750人、年間 商品販売額95,521,637万円である。 これを昭和57年と比較すると、商店数692店(△7.8彩減)、従業者数888人 (△2.6%減)、年間商品販売額7,826,328万円(89%増)と推移した。 次に、これらを同51年調査結果からみると、商店数は57年3.3%と増加したが、 60年△7.8%の減少傾向にある。従業者数は、商店数の減少にともなって57年よ りも△2.6%と少ないが、同様に商店数が減少した54年よりは減少幅が小さい。年 間商品販売額は、増加率89%と伸びているものの、57~60年の伸びでは、これ までの最低の伸びとなっている。 さて、ガ鰯市の小売商業(表-1)をみることにする。この表には、卸売業、自 転車小売業及び、その他の小売業の中から燃料小売業が除かれていろ。小売商業活 動のみが、この表に示されていろ。 -26-。仰侭P騨漣桜△却三[山田[の屡堅〆型(ロ)函『 。仰褐PSやや脂山エヤHCS掴出血堂(〒)”、 遍掲P継匝や畷肥農咀睡匝田・蕪柳絲起四国
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(△15.2%)、織物・衣服・身のまわり品240店(△13.8%)という順である。
この間、その他の小売業だけが、増加傾向を示しているのが特徴といえる。
イ.従業者数従業者数は、この10年で2,506人(14%)の増加がみられろ。この小売業に従
事する人の増力1J率が高いのは、その他の小売業に1,420人(30%)ともっとも高く、
各種小売業の249人(28%)増がそれに続いていろ。この各種小売業は、リウポ
ウ、山形星、沖縄三越、ダイナハの4大規模小売店舗である。
一方、家具・建具・じゆう器小売業は、商店数の減少とともに、従業者数の減少
がみられろ。r ウ.年間商品販売額小売業の年間商品販売額は、この10年で50彩増を示しているのが、各種商品と
その他小売業である。織物・衣服・身のまわり品小売業は、この50%増に近いと
ころにある。商店数の減少と従業者の動きは、年間商品販売額にどのような作用がみられるの
であろうかを知る必要がある。たとえば、商店数で0.06%しか占めていない各種商品小売業が、従業者数の6
%、年間商品販売額の16%を示していることがある。これは、典型的な大型店の
パターンといえる。昭和60年、飲食料品小売業が商店数に占める割合は、41%であるが、従業者数
で32%、年間商品販売額のそれでは、28%である。同様に、織物・衣服・身の回
り品小売業では、23%、19%、17%、というような状況を示していろ。これらのことからいえることは、那覇市小売商業の商店数が多くても、従業者数
が、1店当りで少なく、年間商品販売額からみても、1店舗当りが多くならないことを意味していろ。那覇市には、小規模零細な小売店が多いことである。
-28-3那覇市小売業の分析
①個人商店を中心にして ア.個人商店数の推移 個人商店が各小売業種の中でどのような推移を示しているかをみることにする。 それらは、表-2にみる通りである。 表-2個人商店数の推移表(昭和51年~60年) 注1:()内は小計(法人を含む) 2:上段は個人商店 3:燃料小売業を除く 51年と比較してみると、織物・衣服・身の回り品小売業は、、60年に336店 (△20%)の減少である。この減少は、前述の減少率(△13%)より大きく、個人 商店が大きくひびいていると考えられる。その結果、ここで個人商店の割合は、昭 和51年96.8%から同60年89.8%に低下していろ。 同様に飲食料品小売業は、この10年で700店(△22%)の減となっていろ。し -29- 51 54 57 61 各種商品 0 (4) 0 (4) 0 (4) 0 (4) 織物・衣服● 身の回り品 1,680 (1,735) 1,555 (1,616) (1,586)1,485 (1,495)1,344 飲食料品 3,192 (3,248) (3,075)3,002 2,876 (2,977) 2,496 (2,650) 家具・建具 ● じゆう器 628 (715) 617 (704) 609 (711) 505 (606) その他 1,456 (595) (1,625)1,484 1,588 (1,796) 1,422 (1,670) 合計 6,956 (7,297) (7,024)6,658 (7,075)6,558 (6,425)5,763たがって、51年に個人商店が、飲食料品小売業の982%を占めていたのに、10年 後の60年には94.0%に低下していろ。 この飲食料品小売業の中で、各種食料品小売業が、60年には1,000店に及んで いる。これらの商店は、「スーパー」といわれるものを指している。そのために、 酒・調味料、食肉、鮮魚、乾物、野菜・果実、菓子・パン、米、穀類、その他の飲 食料品店といった食料品店の個人商店は減少傾向となっている。 各種食料品、つまり個人商店経営の「食品スーパー」が占める割合は、60年の 2,650店のうち37%に及ぶまでになっている。 家具・建具・じゅう器小売業においても、個人商店の割合は、51年87.8%から 60年83.3%と低下させている。 イ.個人商店の従業者数の推移 織物・衣服・身の回り小売業では、51年2,050人から60年2,400人へと350 人(17%)の増加がみられる。このうち、呉服・服地・寝具、靴・履物小売業は、 横ばい。婦人・子供服・男子服、その他の織物・衣服・身の回り品が、増加分を吸 収していろ。 商店数の減少と従業者数の関係から、個人商店に占める従業者の割合は、60年 650形である。同様に、呉服・服地・寝具49.5%、男子服687%、婦人・子供服 705%、靴・履物88.8%、その他織物・衣服・身の回り品90.2%になっている。 51年と比らべて、男子服、婦人・子供服だけが、この比率を上げているのみで、 他は下がっていろ。 飲食料品小売業の従業者数は、51年4,355人から60年4,773人に増加(418 人、9.5%)していろ。しかしながら、商店数の減少と同様に、各種食料小売以外 の従業者は、51年508人から361人(141人、28%減)というように減少して いろ。 しかしながら、鮮魚、その他の飲食料品が不明と統計上なっていること、個人商 店に従事する人の数がつかみにくいくらい、各種食料品(食品スーパー)の影響と、 専門転的な形態がとりにくいことが考えられろ。 家具・建具・じゆう器小売業の従業者数も商店数の減少と同様の形向がみられろ。 この小売業に占める従業者数が、51年426%から60年34.5%になっていること も明らかである。 -30-
その他の小売業従業者数は、51年2,020人から、60年4,001人と約2倍とな っていろ。この2倍には、医薬品・化粧品の293人(49%)増、及び書籍・文房 具の1,309人(26.9%)増が大きく寄与している。 又、60年の医薬品、化粧品小売従事者1,045人のうち888人(849%)が個人 商店である。 ウ.個人商店の年間商品販売額の推移 個人商店経営形態の年間販売額の推移について、その内容をみたい。それは、表 のように大きな変化がみられる。 表-3個人商店年間商品販売韻の推移(昭和51年~60年) 60 注1:()内は全小売額 2:上段は個人商店 3:燃料小売業除く 織物・衣服・身の回り品小売業の年間販売額は、表-4の通りである。51年 ● 1,742,984万円から推移して、60年1,528,223万円と減少していろ。個人商店が -31- 51 54 57 60 各種商品 0 (2,133,926) 0 (2,382,547) 0 (3,357,452) 0 (3,334,456) 織物・衣服 ● 身の回り品 1,742,984 (2,397,781) 2,139,842 (2,843,198) 1,695,803 (2,812,203) (3,583,101)1,528,223 飲食料品 3,048,157 (2,397,781) (4,253,953)3,229,968 (4,903,930)3,302,332 (5,929,506)2,520,147 家具・建具● じゆう器 963,777 (1,464,409) 1,007,359 (1,913,998) (2,375,635)1,098,952 (2,587,731)834,090 その他 1,638,053 (3,382,296) (3,692,727)1,858,040 (4,964,340)1,905,500 (5,171,332)1,895,198 合計 7,392,971 (13,30,986) (15,086,423)8,235,209 (18,413,560)8,002,587 (20,606,126)6,777,658
この販売額全体に占める割合は、51年72.6%から60年426%に低下していろ。
個人商店1店当り販売額は、51年1,p37万、54年1,376万円、57年1,143万、
60年1,137万円と低下傾向にある。 これらのことは、個人商店の呉服・服地・寝具が51年698%で販売されていたが、60年27,9%と半分以下となっていろ。つまりこの10年間に、販売額の50
%以上が、法人商店で販売されていることを意味する。 ちなみに男子服51年772%が60年51.3%に、婦人・子供服51年78.0%が60 年51.4%に、靴・履物51年58.5%が60年51.8%、その他の織物・衣服。身の回 り品が51年68.8%が60年34.5%というように個人商店の販売額が、法人商店に 移行していることになる。 飲食料品にしても、51年3,048,157万円は、76.5筋を占めていたものが、60 年2,520,147万円、同様に42.2%となる。 織物・衣服・身の回り品小売業と同様に、「衣料スーパー」や「食品スーパー」 =各種食料品小売業、そして大規模小売店=法人商店の影響があるかを見るのが、 飲食料品小売業の傾向表(表-5)である。 60年にみる各種食料品の個人商店比率は、49.9%で示していろ。50.1彩力荘人 商店ということになる。 同様に、酒・調味料315%、食肉61.6%、乾物100%、という煩向がみられる。 飲食料品小売業の1店当りの年間販売額は、51年9.54万円、54年1,075万円、 57年1,148万円、60年1,011万円と推移していろ。 家具・建具・じゆう器小売業の個人商店が占める年間販売額の割合は、51年65.8 %、54年52.6%、57年462%と年に減少傾向にある。これも又、法人商店が大 きく影響していろといえよう。 個人商店の家具・建具・じゆう器小売業1店当りの年間販売額の推移は、51年 1,534万円、54年1,632万円、57年1,804万円、60年1,651万円である。 その他の小売業は、51年48.4%、54年503%、57年383%、60年36.6% と個人商店の割合が、年間商品販売高でもみられろ。この小売業1店当りの年間販 売額は、51年1,126万円、54年1,252万円、57年1,199万円、60年1,332万円 と推移している。 -32-關
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おいても、法人商店の影響があることがわかったと考えられる。個人商店経営が、
法人への移行を促す面として、法人商店の増加に続くものとみるべきであろう。
②従業者規模を中心にして
ア商店数の推移法人商店に個人商店が大きく左右されていることの一端を前述した。ここでは、
那覇市にみろ、織物・衣服・身の回り品小売業と飲食料品小売業の従業者規模別で
みたものである。(但し、これは法人商店も含まれていろ)。
表-5でみる通り、1~4人規模の商店が51年93.8%、54年92.5%、60年
90.5%と推移しているが、織物・衣服・身の回り品小売業でみられろ。飲食料品
小売業のそれは、51年96.4%、54年95.7影、57年947%、60年92.0%とな
っていろ。この表でも明らかなように、従業者規模の増加、(1~2人から3~4人へとの)
傾向がみられろ。しかしながら、従業者5人未満の商店が90%を占めている事実
は、小売商業近代化への途を考える時重要である。
表-5従業者規模別商店数の推移表 -34- 織物 51 54 57 60 1,735 1,616 1,586 1,498 飲食科店 51 54 57 60 3.248 3,075 2,977 2,650 1 3 戸、プ =、- 2人 4人 93.8 93.4 79.1 13.5 35 55 ● 71 96.4 95.7 85.9 8.8 83.1 8.9 5 P~ 9人 10~19人 5.6 5.9 47 1.8 47 2.0 3.3 3.8 36 1.2 4.8 1.8 20~29人 30~49人 0.4 0.4 0.2 0.3 0.6 0.3 0.1 0.3 0.1 0.1 73 ● ● 00 50~99人 0.0 0.0 00 0.0 0.0 00 100人以上 00イ従業者数の推移 表-6は、小売業従業者規模別の51年~60年への推移である。 織物・衣服・身の回り品小売業では、1~4人規模が、51年69.3%、54年68.0 %57年65.5%、60年63.3%となっていろ。比率が低下傾向にあることは、5~ 19人規模への移行を意味していろ。 これは、飲食料品小売業においても同様のことといえる。ただし、この表は、法 人商店も含めてのものであるので注意することが重要となる。この小売業は、個人 経営で零細規模でなければ、これまで「成り立って」いかないものであるとされて いたのである。 表-6従業者規模別従業者構成推移表(昭和51年~60年) ウ年間商品販売額の推移 表-7は、小売商業従業者規模別の年間商品販売額の割合を示したものである。 1~2人従業者規模の割合が、51年56.0%、54年58.6%、57年488%、60 年40.9%というように、織物。衣服゜身の回り品小売業では、低下している。同 様のことが飲食料品小売業にもいえる。 -35- 織物 51 54 57 60 (3,513)(3,280) (3,546) (3,687) 飲食料店 51 54 57 60 (5,504) (5,411) (5,768) (6,229) 1~2人 3 宍、- 4人 69.0 68.0 45.2 20.3 39.1 212 81.5 78.9 59.3 15.2 47.4 128 5 10 ‐~ 戸、プ 9人 9人 22.6 22.3 13.0 10.5 14.4 11.2 15.3 15.8 120 2 0 ● 30 1 1 20戸~ 9人 30~49人 X X X 6.2 6.0 4.8 X 5.1 20 2.9 72 5.1 50~99人 X X X 3.0 X X 100人以上 X
表-7従業者規模別販売額構成推移表
従業者規模別の年間商品販売額の格差は、表-8にみる通り明らかである。
これまでにみたように、従業者規模別のl~4人規模の商店は、中規模店、大規
模店との競争に勝利するために通り会活動をより積極的に行なう必要がある。その
ためにも小売商業近代化への取組みの遅れは、商店経営の生存が許されないことになる。
表-8従業者規模別1店当販売額の推移表 -36- 織物他飲食料品 5154 57 60 51 54 57 60 100.00 100.00 100.00 100.00 100.00 100.00 100.00 100.00 1 3 戸~ ヘプ 2人 4人 56.0 586 27.8 21.1 20.4 20.5 715 66.0 39.0 16.8 26.1 12.6 5~9人 10P~19人 32.7 29.5 18.7 17.8 19.3 15.1 22.3 260 8 4 ● 77 1 1 18.6 19.7 20~29人 30~49人 X X X 10.1 8.3 10.7 7.9 3.1 5.6 11.2 7.6 50~99人 X X X X X 100人以上 X織物他飲食料品
店当販売額(万円)店当販売額(万円) 年 平均 51 1,382 54 1,759 57 1,773 60 2,396 51 1,226 54 1,383 57 1,647 60 2,237 1 3 へ‐ 岸、= 2人 4人 825 1,103 623 2,772 648 3,178 909 954 748 3,149 702 3,139 5 10 =~ 戸~ 9人 19人 8,006 8,765 6,953 17,311 刊駈 75 77 1 8,901 9,466 7,757 24,375 8,569 23,462 20~29人 30~49人 X X X 47,432 33,185 76,866 33,678 53 72 23 9 9 15 35 34,997 50,105 50~99人 X X 97,879 100人以上 X X③売場面積規模を中心にして 完飲食料品小売業 表-9は、売場面積別からみた個人商店の位置づけである。 57年から60年までの推移ではあるが、大型店の展開が57年頃ピークを考えろ と意味があるといえる。(以下同様) 10㎡未満の個人商店数は、99.0%から96.4%に減少しているし、従業者数、 年間販売額も大幅に低下していることがわかる。 商店数で法人商店がこの表で50%に達しているのは、300~500㎡ということ がわかる。同様に従業者数でみろと、100~200㎡が、飲食料品小売業でいえろ。 これは、売場面積が150~499㎡くらいの小売業が今後展開されてくると、益に10 ㎡未満の売場面積の商店は減少せざるを得ないことになるであろう。 イ.織物・衣服・身の回り品小売業 この織物・衣服・身の回り品小売業で個人商店が占める割合は、57年93.9%、 60年898%である。このことは、個人商店の割が低下していることを示す。つま り、法人商店が増加しつつあることを意味していろ。 商店数で60%以下を60年で示しているのは、100~200㎡規模の個人商店で ある。従業者数でみると、やはり100~200㎡規模ということになる。 個人商店は、売場面積規模が小さいことが特徴であったが、57年から60年にか けて10~20㎡、20~30㎡への努力がみられろ。つまり売場の拡張がなされたか、 あるいは10㎡未満の商店をはじめとして、20~30㎡にかけて個人商店の減少がみ られることになる。 特に、10㎡未満の個人商店の年間販売額の低下をみれば、小売業の競争が激し いことをよく物語っているといえる。 -37-
(田sl出岳異竪)腿蝉型(鵜肥S唱蕊弧温)売廻回螂服 、l順 -38- 隠脂醤 ● CD [- 1, ● 6. E-LrD 顎 韻 (赴剣) く廻 (牡細) く望 』[の 、。ト① (やつの。の囚の面) 『mmCC」つ両 (つめの▲、◎①ヘマ) 囚宛、いぶつめ▲⑪ 叩.【叩 C、mの (ぬ⑰の『囚の) ⑪めつ《マト囚 (やママ▲、囚守) 函『の←、①、 国.⑭⑭ 【・ト、 (①国寸・岡ママ) ○国守言の、 (閂[meつ函①) 、や『cc》の 画.国の 『.『の (ママ【二四や、) ①c」.の、、 (囚」①ヘト、》) ⑰。、宮「ず 」。トト Cq ● CD ヒー (叩の『・マゴト) mmmP⑫」叩 (①つ」い①トト) ⑪⑩宛P←つむ 囚。四m の.つ」 (。、囚ロロの『]) ①『『P②」垣 (『◎、《@」⑩) 、」函。⑭【① 函.トマ 、、マト (ぬ①【の⑭⑪の) の◎」Pの⑪》 (【》、一mm①) 囚やC・ロトマ. 戸.」ぬ 『・の》 (》」、雨四m) の①、Pト、[ (園C①。⑭の函) 」函」。⑩雨戸 『。ト【 叩。m[ (【⑪、一四mm) 囚⑪①面『閂 (、『のP」ぬぐ) ①》①&トや ※ 叩.m戸 (函宛のC①⑦囚) 屑 (ぬ⑩トー国⑩、) 叩》C・の守 グー、 、-〆 〆■、 ×※ ミープ ’ ̄、 11 、-〆 ’■、 〆※ 田.〆 椥絲輯 C QD E- LfD ・ CD ヒー L◎ bR 韻 (赴細) く垣 (赴矧) く四 ①。①」 ⑭、守⑩ (の囚囚へ①) 、トト(守 (⑰垣」幻) 》の⑭ヘマ 峠。C⑩ 、、の① a淫・己 ① ⑭⑭ (図」の) 函守の ②、の① 、.@の (⑪》①『) 叩西の (》や函ご) 的閂困筥 の○m① CD ● uD Ob (やのわ) い、④ (トトト) 【マト 閂○の① ⑪。の⑫ (①Cの) 叩①」 (ぬ①の) 》① ⑩ 『。》⑭ 、.【西 (山」西) 囚や④ (由②」) の》① ①鯵⑤」 ①。⑭」 (山。①) 叩【ぬ (」つ『) ○画 、 ◎.m、 ③。トの (函西国) 『ぬ【 (ママ閂) 、、 の。トマ ⑪。、【 (、叩や) ◎閂[ (、つ囚) 函函 」.や【 ⑭.、、 (◎雨戸) ※ ( 、、 い、 戸) × 〆 ̄、 |’ ミン 〆 ̄、 門縄 、-’ × 〆■、 |’ 、.ノ 〆■、 〆〆 、-ノ 無理胆 ● (C t- uう ● QC [- uつ 顎 顎 (赴矧) く垣 (赴剣) く厘 ◎.守の ①。の① (◎□や・囚) 、①マニ因 (トトの②囚) ①」四二m 『.の① ○の② (叩の①) 函、① (戸の」) 『 マト 。。の① ③・ぬの (》閂」) ◎◎ 」 (【①⑩) 囚のの 、、トの 、、トの (閂【『) つつ『 (や」ず) ④①『 【・叩の の.『の (閂山守) ①囚 『 ICS Ⅲ>ヒー ーマ 、-ノ 『.⑮、 函。の④ (のの囚) の、函 (」①国) ①『 函 [・マト 、。ト、 (ぬ① ) ⑦や. (」⑪) ④」 」.叩① ①.@」 〆 ̄、 CYDuう CqCVD 、、〆 (①函 ) つ函 」.①、 、、園『 (垣函) ⑫ 《・弓 戸 、=ノ 、、の、 戸.①『 Cq$ 里.ゾ (、[ ) ① ◎.C○弓 〆 ̄、 、-〆 ~つ 、=ノ つ.◎の 〆■、 |’ 逼一ノ ~ グー、 O】 、=ノ 市 遁鵲娼白 / ・ 閂 ミ ● Cq / C Cq ミ ● CVD / C CYつ ミ  ̄ LC ごCC戸 JICの くつつ函 jくつつ『 蔓◎つぬ JICつ囚 ごつ◎の JICC、 §○ つ◎ 胃 JICつの ミCCm【 jくつC◎戸 弓。g巴
(出91貯匿呈竪)蝋騨謹(柵順号唱・回e町・警消・墨蕊)一一頭廻恒螺服◎[I蝋
-39- 懸服醤亜叶 C GC [- u、 ● QC トロ 顎 顎 (せ剣) く理 (杜剣) く巴 ⑪.、》 宛.の① 白旨釘⑪QC 、函囚の⑩函叩『 (ぬつ国・国[西の囚) 、①⑭の山の④二百 ⑭。【山 や、囚⑪ (のmmoCの、) ⑩」の一m①囚 (」の」へ⑰叩園) 」の」。の①、 ⑪。mの 」。C① (⑦つ、(①⑭[) ロ①マヘマト閂 ([【④二m函囚) 【ぬ垣へマっぺ ①。トの つ.【⑭ (つ面①へマト[) 、、叩。の①。 (ぬぐCムト①、) の『ぬ。@『因 の⑦① 垣.園⑫ (」函つ・mmm) Cトマーロむめ (①宛『。①①寸) ④C③ニト⑩、 @.ママ 」。@℃ (」mCP印①、) 『Cの垣⑪宛 (ぬ『m・の弓の) つぬの(ママ銅 『 @国 ①.①『 ([寸国Pトマの) [【戸の『①戸 (の戸の一つ宛の) 、西、《マゴ囚 、.【因 」.m》 (①、囚(ぐむ囚) ぐつ⑰。①⑰ (ぬ⑭の。つ」閂) 因》戸一m」 K 」⑤ (【宛の。⑪マロ) ※ (函、四・つ[声) mmm{① 〆 ←。① (函四m《①⑭囚) × (函mm一つ囚【) つつ戸(西 屑 (⑪mCCmつ函) 宮 、-ノ 屑 ’■、 〆※ 、.ノ ×角 、-ノ 燕帥絲起 ● <・ [- uつ C CC E- uう 顎 顎 (還矧) く望 (赴細) く里 つ。叩① の.マト (」ぬ垣・の) つつぐ。国 (①ゴロ。、) 山の①一国 」。両、 の。トの (m」①) 西垣 の (」⑩①) 臣④ ①、叩の 因。四の (ぬの、) トト、 ヒー〆■、L「〕 ヨ4, ママ 、-〆 つ.トの 囚.mの マ〆■、マ CqCb CbCVD 、、ノ CQa h-o3 CYつCVD 星.ン 、、閂、 ①0mm ,〆■、 OoE- 閂CVD uDGC 、-ノ (①、①) ロゴ 山 」.、の ⑪.⑭① (の①」) 、[『 (や『の) ⑪」ぬ 『.因》 、、ママ (囚⑩、) 囚①閂 (・つ》) ⑪」 【 の。⑭閂 、.①雨 (『の[) 囚囚 (①『【) 、、 〆 Lの ● u5 (の函. ) ※ (&) の 〆 、① ×aCq 弓 、.ノ (ぬや ) ① (閂、【) 白 ミーノ 宮 、-ノ 角 、./ 熱四 極 ● (・ E- Ln ● (C r- LC 顎 顎 (赴細) く里 (還細) く国 ⑪ ⑦⑭ の。mの / ̄、 守uつ 守。。 ⑤コマ ョゴ ミン (つぬのご) 山西マヨ つ.囚の の の② (◎函叩) ◎戸の (」つ①) 》cや 》.囚① 、。⑪① (の叩 国) 『の函 (の⑫、) 誌囚 の、ト① 」.①① ([②『) 」図[ (」【囚) 「①[函 山.の⑭ 」0N① Cqa CbQC CqCq 、-ノ (トマ園) 雷、 ◎⑦① の。①」 ([⑭【) の囚【 (⑰『『) 『閂 【 uう ● uつ u) 」.ト② (『の) つめ (の叩’) C『 ④。の、 ◎.C『 (【,戸 ) 『 守 〆■、 ● 円 、.’ 縄 、。『閂 ×a 、-ノ  ̄ 〆■、 E- 、=' × ◎。○m ※グー、仁一 ■./ Cq/■、守 里./ 〆 ×弓 、.ノ つ 、-ノ ・・ B ・ ・ 戸 戸 〆自、 戸 、-〆 〆向、 @口 、-ノ 市 鰹張増& / ● やゴ 蔓 ● Cq / ● Cq ミ C CV。 / 昂 蔓 ・ LC 登 C◎ 【 cJICm ご○ つ囚 JICつ【 ごつつ、 I ◎ C囚 §◎ つの jくつ◎、 蔓つつつ【 I ◎ C叩 §つつ叩戸 JiCCC戸 ヨヨg巴さて、売場面積規模別にみたように、57年から60年にかけて、商店数、従業
者数、年間商品販売額に変動がみられた。これに関して表-11は、それぞれの売場
面積規模にみる個人商店が占める割合に変化していることがわかる。 表-11売場面積規模別構成・増加の推移表(昭和57年~60年) ■■--回
llllllllllllllllllllll■lllllllll■■■
10㎡未満 10~ 20〃 20~ 30〃 30~ 50〃 50~ 100〃 100~ 200〃 200~ 300〃 300~ 500〃 500~ 1000〃 1000~ 1500〃 1500以上 注;下段の数字は、個人商店が占める割合を示す。売場面積が大きく伸びたのは、50~100㎡(252%)、300~500㎡(23.6
%)そして、200~300㎡(137%)が、織物・衣服・身の回り品小売業である。
一万、10㎡未満、10~20㎡、20~30㎡、そして100~200㎡は、それぞれ
10%減となっている。しかしながら、売場面積規模の大きな部分に、個人商店の比
-40- 織物他 57 60 飲食料品 57 60 織物他飲食料品 57/60 57/60 影 % 計 形㎡ 51,383100.0 58,107100.0 103,708 100.0 92,242 100.0 13.0 △1LO 10㎡未満 2,0564.0 1,8443.1 3,18730 2,860 3.1 △10.3 △10.2 10=~ 20 〃 3,970 7.7 3,435 5.9 11,762 11.3 9,641 10.4 △13.4 △18.0 20‐~ 30 〃 5,059 9.8 4,484 7.7 11,094 10.6 16,280 10.4 △1L3 △13.4 30 ̄、‐ 50 〃 8,967 17.5 9,663 16.6 17,149 16.5 16,280 17.6 7.7 △5.0 50戸~ 100〃 9,879 19.2. 12,378 128 18,553 17.8 17,73419.2 25.2 △44 100戸~ 200〃 8,458 16.4 7,484 12.8 12,468 12.0 12,857 13.9 △11.5 3.1 200戸、- 300 〃 2,363 45 2,688 4.6 6,246 6.0 8,266 8.9 13.7 32.3 300戸~ 500〃 2,957 5.7 3,656 6.2 5,728 5.5 10,779 11.6 23.6 88.1 500戸~ 1000〃 2,781 5.4 4,759 81 9,261 8.9 4,219 4.5 7L1 △544 1000~ 1500 〃 XX 5,216 X X X 1500以上 xX XX X X X率が伸びているのを見逃してはならない。 飲食料品小売業にとって、500㎡未満の食品スーパーの進出がうかがえるものが ある。それは、57年から60年にかけて300~500㎡規模の88.1%増がみられる からである。飲食料品小売業の売場面積は、全体で11%(32.3%)300~500㎡ (881%増)の増加ぶり力端徴である。
4那覇市小売業の地域別構造
個人商店が、この10年間にどのような推移を示したのかを、地域別にみること
にしたい。この中で、本庁とは、旧那覇市地域に該当する。 ①商店数の推移個人商店が、小売業の中で占める割合は、着実に低下傾向にある。那覇市でこの
割合が昭和51年、織物等968%、家具等87.8%、飲食料982%、その他913
%を占めていたが、60年では、|司様のものが、898%、838%、940%、35.1
%と変化していろ。これは、法人経営形態による変化といえるものである。
織物等の小売業は、首里・小禄の総てが個人経営によるものであったが、51年に
みられた、これが10年後の60年には、90.9%、93.3%を占めるだけとなってい
ろ。家具等の小売業でも、個人商店のものが、那覇市全域にわたって、法人経営形態
によって、これまでの位置をかえていろ。飲食料小売業では、個人商店が多いのを特徴としていたが、本庁のみならず他の
地域にも法人化が展開されてきたことといえる。10年前と比較して、那覇市の小売業での商店数は、減少していろ。いずれも、
個人商店のものが大きいといえるのである。 ただこの減少している中で、首里は、織物等、家具等、その他の個人商店が増加していろ。小禄は、その他が増加している。そして真和志は、織物等、その他が増
加している。 -41-。岬俗P如雨岬角田毛緬単く璽岬倉咀U-絲睡服〆言。駅員
。〉避山絲脂邑蕊鑿菫起 騨塑e四値く璽話箇謡絲服昌侶癬晨国[l鵬 42 (顎)隠脂豊唱艇亜叶 ● 〔。 [~ L、 守 uつ 閂 凹> ①。【『 巾.C① 画.叩ト ①.【ト ①.」『 「・叩① @.つ⑩ c・ロト 『.、[ ※ ○.CC[ つ.◎ つ[ 両。P × × C、◎ つ[ 幻.つめ 『。、》 の.画『 [・ママ 国。画面 函。①『 ①。、の ⑭、の① つ。@画 の「「 ⑫、画寸 ◎。C》 の.垣① 屑 つ.⑩⑫ の。西ト つ。①【 〆 × ③。①③ 、「の 『.、『 ト。めい の、@℃ □.【》 、.」① の.□」 の。①」 □。□の 叩。@℃ ①.⑩ト ⑤。①① [・の 、 @.いむ ①。①① 因。マト [・の【 の.」》 ト。「① @.巾⑩ 、「ロ ロ.トト 。m」 『。の⑩ @.垣、 、。⑫、 、。つい 》.⑩「 [~ ● OC C。 、。ト国 [[》 、.、『 雨.つ『 》・めい ①.、⑩ [。『の ①。『、 [・ゆめ [・の、 [.⑭ 『 叩.⑫① ロ.@℃ ト。》① 叩.【⑩ (韻)燕椥柵遇 ● (。 [~ uつ 寸 LC 閂 u、 。、叩① C・マト 『。⑭P の.のロ CO⑤》 ⑭、トト の.⑪□ 【・の「 〆 × 山.①ト 、.[⑪ 函.画[ ※ の。の□ 垣.@m 【・ロロ つ。国① の.囚の 『.①、 四・『、 山『① ①.【『 つ『『 [・つ『 叩.ぬい の『、 、。」① 門 × 囚.、① [。、口 叩『『 ※ の.[ト 、.□① ①.①》 叩。◎① ◎。面の 、『の ①.①」 の.『ぬ ト。①」 [.③ト ⑪.[」 ⑩.【⑩ 」。因ト 国.マト 》。@ぬ 囚.@の ①。トト ③。、、 [~ ● .〔・ 胃 ①.⑫← の、マト ⑭.◎⑫ @.つ」 ①.@⑭ の。、⑫ 、。》の ③・ぬ① × 山.の、 □.、『 つ.ロロ × ①.『の 画。」、 〆 ※ 》.画の 、。①『 □・の囚 『.@の [・ママ ト.Cc ①。ロト 四.トの 、.①》 函.「の (顎)蕪凹艇 ●〔。 [~ L◎ マ LC 閂 L○ ⑩、の⑪ ①.、⑦ 【.①③ の.@m 侶糾 ト。の⑩ [ .》の|□
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100%でぎった首里・小禄もそれぞれ、134%、5.3%へと急落しているのが、
この10年である。 家具等にしても、本庁・首里を除いて、大巾な減少がみられろ。 飲食品にしても同様の傾向である。 しかしながら、地域別にみた場合には、それぞれの特色がでてくる。それは、本 庁(那覇市の中心)とそうでない地域(首里・小禄・真和志)といった地域とであ る。そのことは、法人経営による小売販売領を見れば、容易にわかるといえよう。各種小売業(リウポウ・山形屋・三越・ダイナハ)は、この10年で販売額を562
%増としていろ。これを超えるものをみろと、織物等で首里・小禄。家具等で全市・ 小禄・真和志。飲食料品で本庁・首里・小禄。その他で本庁、というようにすべて 個人経営によらないものと考えられる。それは、個人の場合、この56.2%を超え ているものが首里の家具等以外はなく、販売額を増加している地域は、真和志の織 物等とその他、首里の家具等と飲食料品、本庁のその他くらいで、残りはすべて51 年より減少してきていろ。 那覇市の小売業は、要約的にみたように、個人経営形態という「誰にでもできろ」 というようなものではなく、「プロ小売商」に変化しなければならない時期に入っ ているといえよう。かならずしも、すべて法人経営形態がすべてであるというわけ ではない。 -45-5むすびにかえて
ガ隔市の小売商業がかかえている課題は、以下のものである。
ア中心商店街の役割計画対象地区の各商店街は、県庁所在地にあるという意識があまりなかったきら
いがある。それは、他県庁所在地にみるような伝統のある商店街なり、商店が、こ
の地区にないことである。だが、本土復帰後13年を経過した今日、県庁所在地の
商店街として展開して行く必要がある。商業活動の場を来来へと展望する時、商人の活動によるものが大きな力となる。
これが、新しい都市づくりのスタートとなるものである。人々の「ふれあい」の場
としての商店街は、その街の顔としての役割を持ってくる。この顔に求められてい
るものは「個性」であり、「ゆとり」のある場であり、「国際性」というものをも
含まれろ。那覇市の「個性」を全国へ、世界にという発想が必要であろう。南国特自性を持
った商店街の形成は、それだけでイメージアップに連がるものである。そのために
は、これまでと発想をかえたものが必要となる。売場面積拡大もできず、客数の減
少に追い込まれているために、商業活動が十分できないという状況が、特に
規模の小さい程多くみられるのが那覇市中心商店街の特徴ともいえる。
このことは、商店街の「ゆとり」面にもみられろ。衛生面、防災面、業種構成と
いったことでも、ガ鰯市の中心商店街は、1部を除いて顧客に安心感を与える「ゆ
とり」が少ない。数多くの人々で「にぎわい」のある街には、「個性」があり、「ゆ
とり」もある。そして、那覇市は、わが国の南の玄関として益々国際性が加わっている街でもあ
る。これまで「米ドル」使用の感覚からみても、外国製品や外国人に接する態度は、
沖縄らしさの表れとして、あまり差別意識がない。
なによりも、この地区の商店街の経営者は、県庁所在地の「商業活動」にはどの
ように対処していくのかという意識を持つことである。これがあれば、「個性」の
ある、「ゆとり」のある、「国際性」豊かな、商店作り、商店街作りができうるこ
とになる。この作り上げられることが、結果としての「新しい都市」づくりという
ことになる。 -46-イ.那覇市の将来イメージの創造
商店数の減少傾向、販売額の低下、中小規模店の展開がみられる今日、那覇市の
中心商店街は、これまでの発想を転換しなければならなくなっていろ。
「便利で住みやすい」街を考えてみることによって、つまり、自分の子や孫の代
にも受け継いでほしいものは、何かである。これまでのことではなく、dlから「ど
うするか」を問いつめることである。「中心商店街」といっても、国際大通りや平和通り、栄町市場といったように、
客層や商店の絞り方も異なることから、各商店街の性格イメージを創り上げること
が、発想の転換に連がる。たとえば、平和通りに「エアロピヅク体操教室」の展開
は、「物の販売」の場に「文化」の導入を意味することが、大切なことである。
「公園」の活用と商業活動の場などは、これまで考えられなかったのではないだ
ろうか。「交通体系」の変化は、商店街への動線の変更を意味してくる。将来に対
する地域の夢が生まれない所には、発展性がないといえるので、将来のイメージを
創り上げる努力が必要である。 ウ共同の力を結集物力豐富な時代となった今日、商品が売れに売れた時代ではなくなっていろ。大
規模小売店の販売領の伸び率を、商店街を構成している零細規模のそれを比較すれ
ば、格差が大きい。零細規模の商店が、縦に、横に連がった場合、その全体の売場
面積は、大規模小売店より大きくなってくる。このようなことが解っていながら、
これまでと同じ考えの下の意識では、63年にはより大きな格差が、零細と大規模と
で拡大するであろう。小売商業近代化のねらいは、大規模小売店対策の一環である。商店街が組織化し、
これを活発に展開する中で、商店街の改造が進展する。そのためには、商人は共同
の力を結集しなければならない.那覇市小売業の探題として、まず、中心商店街の役割、次に、那覇市の将来イ
メージの創造、そして共同の刀を結集の3点をあげたのであるが、要は、
那覇市で商業活動ができえている喜びと、この那覇市に住むことの誇りさえあれば、
新しい街づくりは、そんなにむずかしくはない。この点が最も鍵となるからであ る。この那覇市小売商業の構造を研究に至るまでには、以下のような筆者の報告が論
-47-文がある。併せて参考にされたい。 1.商店経営について 商工だより.NOL11.12.那覇市経済部昭和55年3,6月 2.商業経営者の意識 那覇地域商業近代化実施計画昭和55年3月 3.中小企業発展への新機会を求めて 中小企業と組合(第39巻第2号)昭和57年2月 4.大規模小売店舗の進出とその対策 おきなわ中小企業'情報.NOL101.102.沖縄県商工観光部昭和57年8,9月 5.商業環境の変化と経営問題 商工だより.NOL21.22.23.那覇市経済部昭和57年12~58年2月 6.中小企業の経営問題 商工金融(第33巻第1号)昭和58年1月 7.那覇市の消費構造と消費ニーズの動向 ’83九州流通白書昭和58年9月 8.大型店問題一沖縄地域から