Title
時間・空間と人間の設計
Author(s)
組原, 洋
Citation
沖大法学 = Okidai Hōgaku(15): 1-44
Issue Date
1994-03-17
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/6582
時間・空間と人間の設計
●まえがき 本稿は、那覇市社会福祉協議会からの依頼で、一九九一一一年三月二六曰、那覇市久茂地公民館において、第四回那覇ポ まえが宍) 2東京 四生涯学習とボランティア活動の関係 五ボランティア活動の位置づけ 三フィールドワーク ニテーマの趣旨 一講演レジュメ 1宮古 時間・空間と人間の設計目次
組原
洋
熱心に聴講いただいた方々にも感謝したい。
このテーマについては、今後とも継続して勉強していきたいと考えているので、忌樟のないご意見。ご批判等いただ
ければ幸甚である。 ランティア活動に興味を持っている方々だった。ランティァ研究集会の一環として行った同題の講演を再構成したものである。聴講者は、民生委員の方々をはじめ、ボ
従来、私は、この方面のことについては何も知らなかったのであるが、講演依頼を受けてから調べてみると、以下に
本文で述べるように、従来私が法人類学の内容として考えてきたことと、多くの点で関連を有することが分かってきた。
このようなテーマでの講演の機会をつくって下さった、那覇市社会福祉協議会に、まず深く感謝の意を表したい。
この講演の準備のために、いくつかの組織を訪問したが、どこでも快く、ていねいにご教示いただいた。ここで合わ
せて謝意を表する。 最初に、講演で配布したレジュメをそのまま掲げる。 はじめに 沖大法学第十五号 講演レジュメ - -1、「自然な」ボランティアとは何なのか 親切は、「自然な」行為なのか。 ある行為が「自然」であるかどうかは、その行為だけからは、当然には、決められないのではないか。 「平和」や「人権」にも普遍性の面とともに相対性の面が考えられる。 つまり、置かれた「場」の中での機能を考えてみないと、どういう意味を持っているのかわからない。そういう生存 構造の生き物としてわれわれはある。 つまり、「場違い」ではだめであるし、「間」が取れないと、ぎすぎすするのである。その「場」というのも本来は、 分節構造の中で発生し、われわれは、いまだそこに「自然」を感じるような感じ方を持っている。 「常識」のあらわれとしての親切と、「ほとんど病気」のあらわれとしての親切とがある。「常識」を備えているもの は、ギブ。アンド・テイク性が備わっている。 実際、今ボランティア活動しようとする人もいずれは逆の立場になる曰が来る。そのとき、自分がどのように扱われ るだろうかというしっかりしたイメージなしでは、継続的なボランティア活動もできないであろう。 我々が相互依存の中で、しかし独立した存在であるという認識は経験の中で育まれていく。最初の動機はどうでもい 、 2、生涯学習とボランティアの関係 ボランティア活動は、そうすると、一般に考えられているような一方的な行為ではなく学び合いの場であると考えれ ぱいいのではないか。 時間・空間と人間の設計
4、法的側面から見たボランティア活動l常識として 「仕事」というのは、法的には、多くは「契約」として実現されていく。「仕事」でもないのに「関係」が発生する 場合は、多くは「事故」である。それは、「不法行為」としてほとんどが扱われる。「善意の」ボランティアというのは 理念的には「事務管理」という枠組みに入るものであろう。 それがすき間的に扱われているということが、現行法の世界像を暗示している。 比較の中で、沖縄にふさわしいボランティア活動のあり方が見えてくるのではないか。 諸外国 東京 宮古の平良市と伊良部町 3、ボランティア活動の地域比較 もないものとなろう。 い。やってみることが必要である。そういう経験の場としてボランティア活動を考えれば、それは生涯学習と何の違い || テーマの趣旨 沖大法学第十五号 四
この講演を依頼されたのは、九一一一年三月一○曰過ぎ頃である。そのちょっと前に、電話で打診があり、その時の感じ では、私が両耳難聴であることから、そういう経験を話してほしいということのように思われた。そういう障害を持つ ものとして、確かにいろいろ経験はしてきているので、何らかのことは話せそうだと思った。 その後、担当者の話を聞き、那覇市社会福祉協議会の、会長を含む責任者の方々と話すうち、現在のボランティア活 動のあり方には、いろいろ問題がなくはないという状況であるらしいことが分かってきた。その問題というのは、私な りにまとめると次のようになる。 基本的には地域が変化していっているということがあって、その中で、何のために、あるいはどのように活動すれば いいのか、迷いが見られるということである。中には、「まじめ」過ぎて、かえってぎくしゃくしてくるというか、「自 然」ではない活動が見受けられる。望ましいとは思われない形でボランティア活動にのめり込む者が出るということだ ろう。沖縄の場合、伝統的にはユイマールとといった相互扶助の仕組みがあり、困っている者を助けるのはごく自然な 行為としてなされ得た。そういった伝統的な助け合いがすたれていく中で、新たな状況に対応する望ましいボランティ ア活動のあり方について、今一つ、しっかりしたイメージがもてないということのようである。 こういう話を聞いて、私として考えたのは、これはボランティア活動だけの問題ではなく、広く一般に、社会の変化 に伴う望ましい人間関係の設定の問題ではないかと考えた。 私個人としては、これまで特にボランティア活動と意識してやったことはほとんどない。自分が生きていくのに精一 杯で、ボランティアなんてことができるほどぜいたくな余裕はないという感じでやって来た。しかし、人間関係の設定 一般の問題というなら、これまで法人類学のテーマとして考えてきたことでもあり、話せなくはなかろうと思った。そ 時間・空間と人間の設計 =
ちょうど、宮古の伊良部島に調査で行くことになっていたので、平良市と伊良部町の社会福祉協議会に行ってみるこ とにした。その時の記録を以下に掲げる。 1宮古 このようにテーマは決まったといっても、あくまでボランティア活動との関連で何か話さねばならない。これがまっ たく白紙の状態であったので、次のような作戦を立てた。 聴講者は何らかの形で、那覇市周辺ですでにボランティア活動をやっている人が多いであろう。その経験のない私と しては、他の地域での活動状況を調べて、それに基づいて、那覇周辺での活動のあり方を比較考察すればいいのではな いか、と。 にした。その場合、「問」を三つ続けただじゃれもあって、「人間」というのはジンカンと読むことにもした。 ありながらなぜかうまく行かないという悩みを持つ人は多いのである。そういうことから、表記のような題にすること の場合、決め手になるのは、人と人との間の距離の取り方であると考えられる。これが上手にできないために、能力が 宮古の社協を訪ねて(九一一一・三・一五訪問) ||| フィールドワーク 沖大法学第十五号 一〈
行った時、芝生を植えていて、休みのようであった。周辺には人家はなく、やはり集落からはずれた場所。職員は九 人で、サイズからすると三人ぐらいが普通だそうだから、力を入れてやっているのだと。 ②伊良部町社会福祉協議会 専門員下地信広氏 事故の可能性はある。四曰市のボランティア訴訟。 社会福祉協議会の場所は市の中心からかなりはずれたところにある。これは、財政状態からくる問題のようである。 社会福祉協議会どうしの連絡はある。感じとしては、調整に徹していればいい状態のようである。 いうことがあって、那覇などと比べればやりやすい。 平良では、ボランティア登録していなくても、あえてボランティアといわなくても、声をかけると人が結構集まると ボランティアといっても色々ある。 事務局次長下地尚登氏 ①社会福祉法人平良市社会福祉協議会 人口(三・一六宮古毎曰新聞による) 時間・空間と人間の設計 イニゴ
施設中心(与える福祉)から心の福祉?へ移行しなければならない。 入浴サービスにしても、二週間に一回から、せめて週一回に増やしたい。 法人化Ⅱサービス向上Ⅱ民間なのである。 ボランティアというと自然じゃなくなる。田舎はまだまだ、ボランティアとは称してないがボランティアに当たる行 為が見られるとして、具体的な例を話してくれる。 ボランティアというのは、能力に応じて無理なくできることでないと長続きしないし、望ましくもない。 事故に対しては、ボランティア保険がある。 「平成四年度事業計画並に予算書」によると、平成四年度予算の構成は以下のとおり。 多上下城伊平 計良良 間野地辺部良 沖大法学第十五号 一九九二・一・一現在 三一一七○九 七七一六 八三八一 二九六○ 三一八四 一三七四 五六三一一四 一九九三・一・一現在 三一一六四五 七五八○ 八二四六 二九二九 一一一一五三 一三一一九 五五八八二 ノー、
①平良市中央公民館(九一一一・三・一四訪問) 以上である。
ちなみに、私は今、生涯学習を研究テーマとしている関係で、どこに行っても、公民館等を訪問することにしている。
宮古の公民館を訪問した時の記録も以下に掲げる。 宮古の公民館 会費 配分金 委託金 補助金 振興基金助成金 寄付金 繰越金 雑収入 計 時間・空間と人間の設計 五六三千円 一二七一 一二○五五 一一一一一一一一ニハ ○ 一’ 一○○ ’○○ 三七一一一一七 フnJ②伊良部町中央公民館
社会教育係長兼公民館主事垣花泰克氏 現職についているようである。
仲里さんは、おそらくこれが最後の仕事のようで、ずっと前は電電公社で働いていたそうで、社会課長から転出して
し、政治的に利用されることもあるのでは、というと、それも否定しなかった。 かときくと、色んな意見をただ並べるのが中立ではない、公民館の役割はそういうものではないというのである。しか 宮古も、石垣のようには組織化されていないようだが、とにかく過激な主張をする集団があるそうだ。どうするのです 大変だそうである。二つのテーマを聞いて、いずれも政治問題でもあるのではときくと、まさにそうだそうで、そして さとうきび買い上げの問題だそうで、何か、品質別買い上げとかになるらしく、そうすると、農家の収入が落ちるので 汚染されるのではないかと論議されているのだそうで、現在調査がなされているそうである。それから、もう一つは、画しているのが、一つは、水の問題。地下水は二か所あるらしいのだが、ともかく上にゴルフ場ができると、地下水が
にもったいない。活字にしても、読む人もいないだろうから無駄である。」で、関心の高いテーマをということで今計
どんな様子ですかと聞くと、「講座をやっても、||~三人しか集まらない。難し過ぎるのではないか。宣伝もするの 立派な建物である。しかし、市の中心からちょっとはずれている。 館長仲里達雄氏沖大法学第十五号
ところで、伊良部に行った本来の目的は、沖縄大学地域研究所の「アジア・南太平洋の法」班で活動している関係で、 南洋漁業と漁民のことを調べに行ったのである。これは、伊良部には漁業で南洋に行ってきた人達がまとまって住んで いて、現在は、|○か月単位の漁業になっているが、以前は三年ぐらいずつ住みつきながら漁業をしてきたといった方々 もいて、そういう人に会って話を聞いたわけである。こういったことで、伊良部島を動き、話を聞いているうち、ここ には現在も、分節社会的特徴がまだしっかり残っていると感じた。 分節社会というのは、社会人類学の用語であるが、小さな節が集まっていて、それらを統合するものはないのに、な ぜかまとまっている社会である。一見バラバラなのだが、まとまりのある地域。例えば沖縄本島にいると、宮古本島も 伊良部島も一体として、「宮古」ということでくくられ、その特徴、必ずしもよいとは言えない特徴について語られる ことが多い。しかし、現場に行ってみると、部落部落で相当違うのである。特に、南洋漁業に従事する人達を輩出して きた地区は、顔かたちさえ区別ができる程度に違っているのである。特に男性に、曰本人離れした顔が多く見られる。 伊良部は七つほどの部落からなっているが、これらが相互に分節構造になっているのではないか、というのが、現時点 現在、専従はいない。本来は、町条例で四人いることになっている。人事は上の方でやるので、そっちの問題だが、 いずれ選任されるであろう。そういうことで、現在、公民館の主催事業はない。 サークル活動は盛んといえる。一一一味線などの趣味のサークルがある。リーダーは三、四○代である。子供会が盛んで、 連絡会もできた。年一回の発表会にはお年寄りたちも参加した。子供の教育に関しても熱心といえる。 以上である。 時間・空間と人間の設計 一一
で私の抱いている仮説である。「一見バラバラなのだが、まとまりのある地域」というより、二見まとまっているよう で、バラバラな単位をかかえている地域」といった方が、那覇にいるとぴんと来る。 分節社会をまとまらせている主要な原理として、ギブ。アンド・テイクということが挙げられる。社会人類学では、 互酬性といっている。物であれ、人であれ、情報であれ、基本的にこの交換原理が網の目のように覆っている。そういっ た社会では、助け合いというのも、曰常的に当然のこととして組み込まれているのである。そこでは、あえてボランティ アと名づけなくても、それに相当する行為が「自然に」なされることが期待できるのである。 ところで、平良市と伊良部町の社会福祉協議会を訪ねて感じたのは、社会福祉協議会としての運営は、平良市の方が、 いろいろな意味で楽なのではないかということである。平良市は、離島といっても、|応都会である。町と村のいい面 がセットになった感じがある。伊良部の方は、おそらく最大の問題は後継者がいないということである。昔のままの社 会構造で、若い後継者がどんどん減っていくとき、従来「自然に」なされていた助け合い的行動は、それを社会福祉協 議会のような機関がごっそり引き受けるということになるのではなかろうか。実は、社会福祉協議会という組織がどの ような組織なのか、講演を引き受けてからもよく分からなかった。伊良部町の社会福祉協議会を訪ねたとき、専門員の 下地信広氏が、「社会福祉協議会が社会福祉法人であるということは、民間だということだ」と力説されて、ハァなる ほど、と分かったわけなのである。公務員にはできない、きめ細かいサービスをするのだと。市町村から「委託」を受 けたり、補助金をもらったりしても、あくまで基本は民間なんだ、と。それは、私から見ると、世間的には準公務員的 に見られる社会福祉協議会職員にも、ボランティア活動の最前線の感覚がないとやっていけない、ということだと思う。 あてにはされるのに人はいないという状態だから。だからか、同氏の話も、とても熱がこもっていた。 沖大法学第十五号 ||’
ちなみに、同氏から、「福祉・保険・医療の連携で寝たきり老人ゼロをめざす」という、一九九一年七月一日に、沖 縄コンベンションセンターで開かれた、シンポジウムの報告書をいただいたが、この時の基調講演で大熊由起子氏が、 。寝たきり老人」のいる国・いない国」という題で、デンマークなどの現状を紹介しておられる。デンマークなどの北 欧は、高い水準の福祉で有名であるが、これらの地域は、世界の先進地域として発展した結果として、このような状態 を達成したのである。こういう冊子を、離島の中の離島、さらにそのまた離島とでも言うべき伊良部において入手した のはとても興味深く感じられた。 宮古での、以上の訪問をすべてととのえてくれたのは、沖大卒業生で、平良市役所に勤めている仲宗根均さんである。 もともとは伊良部の調査が主な目的だったところに、講演関係の訪問が合わさったのだが、今度初めて、彼が伊良部出 身だということを知った。分節構造ということとの関連で、彼がこういう話をしてくれた。彼の家ににわとりがいて、 いじめがあるそうだが、段階構造になっている。仲宗根さん自身、小学校の途中でだったか、伊良部から平良に出て、 違う扱いを受け、さらに、沖縄大学に入って、本島と離島との差別を体験し、さらに本土派遣留学で上智大学に行って、 本土と沖縄の差別を体験した。こういう経験をずっとしてくると、ばからしくなる、と。それから、今は下にいて差別 しないように見えても、下ができれば必ず差別するのだと。 伊良部には現在、架橋問題というのがある。つまり、フェリーで交通しているところに橋をかけようという話が現実 にあるが、橋をかけることに反対の意見もあったようである。反対したのは平良市民の方らしい。仲宗根さんの話では、 平良から伊良部に通うということについての是非論争もあったそうだ。下地信弘氏も平良から伊良部に通っていたが、 言うところでは、奥さんも宮古本島で働いていて、奥さんを大切にするということで自分が船で通っていると。 時間・空間と人間の設計 ==- -
渋谷の宮益坂を上ったところで左に折れたところにある。事務所内にぎっしり机が入っている。姉がここに、一一~三 か月前から勤務している。曰本女子大の友達の紹介ではいったのだが、所長の新谷氏も曰本女子大を出た人だし、曰本 女子大の一番ガ瀬康子教授も運営委員で入っている。男性職員は見かけなかった。 最初、ちょっと待たされたが、その間若い職員と話したら、最近三か月ほどインドに行ってきたそうで、インドにい 所長新谷弘子氏 ①社会福祉法人光照園社会福祉活動教育研究所(九三・一一一・一’一一一訪問) 東京での調査 げる。 東京で訪ねたのは、渋谷にある社会福祉活動教育研究所と、小平市社会福祉協議会である。この時の記録を以下に掲 宮古から帰ってから、今度は別の意味で状況の異なると思われる東京にいってみることにした。 2東京 では成り立たない。実行委員の方などと話す機会があった。 なお、ちょうど宮古トライァスロンの準備の時期だったが、周知のように、このトライアスロンもボランティア抜き 沖大法学第十五号 _ IZEl
疑問を持っているらしい。 この組織の予算のうち、公的な補助は半分ぐらいのようである。七○○万円ほど都から出ているそうだ。でも、事務 所の賃料などですぐなくなるような額で、寄付とか、さまざまな資金でやっているようである。 かないではないかと。 る間はそうでもなかったが、曰本に帰ってからショックがあったそうである。私も思い当たる。 所長の新谷氏に講演の趣旨を伝えると、ここが中心となってやった、「よりよい地域ケアを探る国際セミナー」の報 告書をくれた。しょっちゅう電話が鳴って、とにかく忙しい感じ。で、ボランティアというのは、人を変えるには自分 が変わらなきゃ、と。実際、ボランティア自身もカウンセリングを受けるのだそうである。ボランティア活動をやる人 は、余裕がある人、といっても、ゆうゆうの人ではなく、ちょっと余裕がある人が多いそうである。動機は、たんに誘 われたというものから色々で、今、中学校から学校でボランティアを取り込んでいっているそうだが、そういう経験か ら入る人もいる。最初はどうでもいい。問題は続くということだから。問題点があるとかないとか余り考える暇もない みたい。とにかく忙しいのである。 民主主義なんだから、上から言われるのではだめで、自分たちでやっていかなきゃならないと。共に生きることが必 要、と。サービス受ける方も、日本は申請主義だから、申請しなきゃ、生活保護も受けられない。で、そういう形で活 動が広がっていって、全体的にうまくいくのかどうかについて、確たる話は聞けなかった。 スウェーデン方式はやり過ぎだと思うといい、家庭内でケアした分も「仕事」であるということで金を払うことには 他国との比較については、どの国にも、いいところもあるし悪いところもあるんだから、曰本は曰本でやっていくし 時間・空間と人間の設計 一三
小平市には母の家があり、そこが一応私の実家といえよう。 社会福祉協議会は、福祉会館内の四階に事務所があるが、隣がボランティアコーナーになっていて、二つの部屋はつ ながっている。職員は、事務所の方が八名、ボランティアコーナーが三名だそうである。 ボランティアは、個人登録が四五○名ほど、グループで登録しているものが一一三団体だそうである。手話の但笈□、サー クルは二つあって、四○人ぐらい。一一~|||年前から、市で手話派遣通訳をやっていて、ボランティアの方にやってもら う。無料だそうだ。無料でいいんだろうか、とも思うそうだ。上からの受託機関だなんてとんでもないと思います、と 一一一宅さんが気持ちのこもった一一一一口葉で言う。 三多摩でまとめる機関はなく、市町村からいきなり都社協だそうだ。連絡会議はある。市民かどうかということには こだわっていない。しかし、「地域」が必要とも思っているみたいで、むしろ地方はどうなっているかききたい、と。 那覇市社会福祉協議会の冊子を差し上げる。地域が、島のように自動的には作れないので、そのへん難しいようである。 当時沖縄に来て療養していた母のことを話してみた。昼間の時間がもたないと私がいうと、本当にそうなんですよね え、と三宅さんもいう。例えば、老人のために生活学校みたいなものがあっても、そうすんなりと参加はしないだろう。 また、行政が親切になり過ぎると、プライバシー侵害も起こり得るのではないか。 後で本屋を回っているとき、新谷氏がドメス出版からボランティア関係の本を出していることを知った。 ②小平市社会福祉協議会(九一一一・三・一一四訪問) 主事出竿章雄氏や、三宅さんという女性の職員等 沖大法学第十五号 天
というものだろう。 沖縄の社会福祉協議会と比較対照するため、都心の社会福祉協議会をどれか一つ訪ねてみようと、最初は思っていた。 けれども、たまたま私の姉が勤めているこの社会福祉活動教育研究所の方が、ボランティア活動の現場により近いので ある。それに、東京都社会福祉協議会は、「福祉展望」という有料の雑誌を出していて、これは書店で入手できる。ま ずはこれを読んでみた方がいいだろうと判断した。もちろん、社会福祉活動教育研究所と同じような組織は他にもあり、 それぞれにやり方も異なるのではないかと思われるが、何しろ時間がないので、まずはどういう空気か感じ取れればい い、ということで訪ねた。東京のような大きなところだと、かえって全体像はつかみにくい。現場にいる人達にとって もそうではないかと思われる。そういうところで活動する場合は、やはり、自分なりに納得してでなければ、十分な活 動はできないであろう。どのように納得するかはともかく、新谷氏の話を聞いていてそう感じた。そうすると、ボラン ティア活動へのアクセスも、千差万別になりうるだろう。実際には、法人化への条件とか、主として財政上の理由から、 一定の枠がはめられるだろうと推測されるが、あくまで推測に過ぎない。「福祉展望」のバックナンバーで、書店に置 いてあったものを買って、めくってみた感じだと、比較的多様な意見が載せられているように思われる。これが大都会 「よりよい地域ケアを探る国際セミナー」の報告書は、イギリスからのゲストスピーカーが参加していて、イギリス の状況を知るのに役立った。以前は、福祉といえば、「揺りかごから墓場まで」という標語の下に、イギリスが理想モ デルとして取り上げられることが多かったのに、現在では北欧の紹介が目立って多くなっている。この報告書を読んで 以上である。 時間・空間と人間の設計 一七
いて感じるのは、皇室の人が来てあいさつを述べ、来賓として厚生省社会局長と全国社会福祉協議会会長があいさつを 述べているにもかかわらず、手づくりの感じが各所にするということである。 小平市の社会福祉協議会に行ったのは、実家があることの他に、同じ東京でも、三多摩地区は都心とはちょっと違う のではないかと思ったことにもよる。各訪問場所で、私が講演する予定の研究集会の趣旨を見てもらったのだが、「地 域」ということで一番敏感に反応したのはここではなかったかと思われる。これは、九二年の八月に、三多摩地区の公 民館をいくつか訪問して感じたことでもある(拙稿『新しい人権」と沖縄」(沖縄大学地域研究所年報第4号所収)参 照)。ベッドタウン化が進み、人々の動きが広域化する中で、公民館などはそれにそった対応を迫られているのである が、ボランティア活動の多くを占める福祉関係の分野だと、そもそも動けない人が対象となる。現実にボランティア活 動する方々のほとんどが女性のようであり、その多くは主婦であると思われる。係の人の話では、マッチングが悪い場 合は、無理しなくていいですよということで、トラブルはほとんどないようで、逆に言えば、良くも悪くも距離を置い たサービスとならざるを得ない面があるようである。 九二年の春から夏にかけて、当時七八歳の私の母が、体調を崩してやせこけてしまった。一人では買い物も大変とい う状態になって、ボランティアの方が、給食サービスがあることとか、日中何時間か、安い費用でお手伝いさんを派遣 してくれることなどを教えてくれたが、結局私の母親はその話に乗らなかった。他人に世話してもらうということに大 きな抵抗があるように見えた。そんなのはいやなのである。身内には、子どものようになって、何でも甘えるのだが、 他人にはそのような姿は見せたくないと。こういうタイプの人は、特に高齢者の間では、決して少なくないと思う。ボ ランティアを受けるということについてもなにがしかのオリエンテーションが必要となる。という以上に、これは、考 沖大法学第十五号  ̄ ノー、
まえがきにも書いたように、講演の話が持ち込まれるまでボランティアということを意識的に考えたことはなかった が、そのテーマがやって来た時、ちょうどそれに関連することを考察したばかりだった。それはすでに、拙稿「法人類 学の内容(Ⅵと(沖大法学第一四号所収)で活字にしてある。すなわち、この稿の最初のところで、竹崎孜「生活保障 の政治学スウェーデン国民の選択」(青木書店二九九一年)を取り上げ、スウェーデンと比較して、日本の社会保 重なっているのではないかと、思わざるを得ない。 わけではないが、皆さん忙しいわけである。自立しなさいというのは、他人をみている暇はないよということとかなり の一二月に沖縄にきて、九三年四月末まで私のところにいた。感じたのは、都会というのは、別に悪人がそろっている えると、ボランティア活動をするきっかけを作る以上に困難なことではなかろうか。前記のように、私の母は、九二年 の政治学スウェーデン国口 障法制を見てみたのである。 スウェーデンでは、社会》 (四五’七頁)。「連帯」とい スウェーデンでは、社会政策の基本理念として、民主主義、平等、安定のほか、「連帯」というのが挙げられている (四五’七頁)。「連帯」というと、日本でまず連想するのが、ボランティアではないかと思うのだが、驚いたことに、 スウェーデンは基本的に公的サービス主義であり、民間活力、つまりボランティアは期待されていないのである。ボラ ンティア活動が期待されない理由として、公的制度とシステムが準備されていること、ボランティア活動自体に平等原 四生涯学習とボランティア活動の関係 時間・空間と人間の設計 一九
則に反する本質的欠陥が潜在していること、公的組織に属していないボランティアたちに公的責任を持たせるべきでな いこと、ボランティアを買って出る無職者が払底していること等の理由が挙げられる。また、民間企業に対する関係は、 あくまで業務委託であり、協同組合方式も、やはり補足に過ぎないとされている(一一一八’三六頁)。そこで、職員を どう確保するか、という問題が重大な課題となる二五四’七頁)が、総人口八五○万人に対して、公共部門で働く社 会保障関係者だけでも、ホームヘルプ職員七万人、保育職員九万人、医療職員三六万人で、これだけいても足りないの だそうである。高齢化とともに一層その傾向は強まるであろう。職場の研修において、「家族が自分たちの身内に接す る気持をもちながら世話にあたれば、それ以上要求する必要はない」とされるそうだが、このことは、近代化するまで に家族が果たしていた役割を公的機関が代替していることを如実に示している。このようなあり方を竹崎氏は、アメリ カ型(民間保険中心自己防衛方式)と対比して、北欧型(集団防衛方式)といわれる二○七’八頁)。 続いて、生涯学習について考えたのだが、これもスウェーデンの生涯教育対比で考えてみた。佐々木正治・諸岡和房 編「世界の生涯教育」(亜紀書房・’九九一年)中の、佐々木正治「北欧の生涯教育」によれば、スウェーデンを中心 とする北欧において、生涯教育の中心をなすのはリカレント教育であるとされる。組織化、構造化された学習活動は、 特定の教育・訓練機関で行われ、他の社会活動(職業・余暇・家庭生活等)とは一定の距離を置いてなされる。したがっ て、そういった学習活動は、生涯にわたってはできない。「生涯」教育といっても、実際には、教育とそれ以外の職業 や余暇などの活動を交互に行うやり方で、教育を個人の全生涯に分散させるものとなり、これがリカレント教育である。 他の活動と交互に行われるものだから、教育と他の活動との調整といったヨコの関係に焦点が置かれる。これに対して、 組織化されていないものはいつでもどこでもでき、生涯にわたって続けることも可能で、その場合、「生涯教育」とい 沖大法学第十五号 一一○
うよりは「生涯学習」と呼ぶのがふさわしいだろうし、日本においてはそのようなものが多いとされるのである。また、 市川氏は、民間部門が優勢であるということも日本的生涯教育の特徴の一つだとされ、この点もスウェーデンとは対照 的と思われる。そこで、曰本における生涯学習政策のあり方としても、市川氏は、行政はバックアップを中心とすべき であるとされ、行政の介入には慎重な立場を取られる。ただ、これだと、従来のあり方をそのまま是認するということ にしか、結果的にはならないであろう。というか、今の経済体制ではカバーできない、ペイしないものはお役所に、と いうことになるのではではないか。こういうものも「民間」で処理できるようであって初めて、民間を中心とする社会 は望ましいものとなりうるのではなかろうか。もう一つ、佐々木氏の論稿もフォーマルなものを中心に述べられている ので断定はできないが、労働市場の変化に即応していくといったような動機による学習がどうしてそんなに一生懸命で きるのであろうか、といった感じを、私個人としては持つ。これで「生きがい」が充足できるなら、簡単なものだ。た んなる状況適応では満足できない、といった問題意識がないと、我々は結局、何かの手段として生涯を終えることにな そこで、ボランティア活動は、一方的な行為ではなく学び合いの場であると考えればいいのではないか、ということ になり、我々が相互依存の中で、しかし独立した存在であるという認識は経験の中で育まれていくわけだから、最初の 動機はどうでもいい、ともかくやってみることが必要である、といったような立場になったのである。 生涯学習の問題を考えた時に、「公と私」という視点からの枠組みを設定した(拙稿。生涯学習」考」(沖大法学第 いついた。 こういったことを考えた直後だったので、ボランティア活動を生涯学習と関連させてみるということはごく自然に恩 るのではなかろうか。 時間・空間と人間の設計 ||’
一一一一号所収)参照)。今西錦司氏の所論をもとに考えたことだが、人類社会の特徴として、一一ホンザルとか、チンパン ジー、ゴリラなどの霊長類の群れに相当する集団の中に家族という単位があるということが考えられる。そして、群れ に相当する集団はその後どんどん大きくなっていって、「国家」という枠でも窮屈な程になっているのである。これに 対して、家族の方は、現在世界的に小さくなっていく方向にあり、人類当初の核家族ラインを切ってしまうところさえ 出てきているという状況なのである。個人、ないし、個人を取り巻く小さな集団に関する事がらを「私」の問題とし、 群れに相当する集団全体に関する事がらを「公」の問題とするとき、「公と私」の枠組みは、このような人類社会の構 造の変化に伴い、流動化していると考えられる。「私」の問題が私的に処理可能であった状況が崩れる時、公的な問題 へと変化するし、逆に、従来公的な、社会全体の問題とされてきた事がらが私事化されるということもある。例えば、 結婚などは後者の例と考えられるが、急激に「公」から「私」に移し替える時に、内容の貧困化をも随伴することが多 いのではないかと考えられる。というのは、実は純然たる「私」などないのではないかと考えられるからである。その、 「不純な」部分を切り捨ててしまえば、「公」への開け口がなくなってしまうのである。そこで起こることは、「公」と 「私」の分離ということである。「私のものは私のもの」ということになるのである。現在、生涯学習ということが、 「公」の側面から強く言われるようになっているのは、このような状況を憂慮してという面もあるだろう。もちろん、 大企業が大企業に有利な形で社会を再編しようとする意図があることも明らかにうかがわれるが、そして、そういった 性格が特に曰本においては強く見られることは、前記の拙稿でも明らかにしたが、それだけではないだろうと思われる。 そういうことで、「公と私の間」をつなぐものが求められる。もともと「私」の拡大形態のような形で「公」を組織 した社会の場合、この「間」の問題はそれほど強くは意識されない可能性がある。それに対して、もともと「公」が存 沖大法学第十五号 一 一  ̄
それからもう一つ、私が用意したレジュメと資料の他に、「ボランティア活動中の万一の事故に備えて」という、ボ ランティア保険、ボランティア活動等行事用保険の説明パンフレットが聴講者に配布された。「この保険は、社会福祉 協議会を通して保険会社に加入の手続きをするようになっています」とある。なるほどなあ、と思ったわけである。 このような観点から見れば、例えばスウェーデンなどは、「「私」の拡大形態としての「公」」が完成に近い形で実現 された一例ではないかとも考えられよう。 講演では、だいたい以上のようなことを述べた。幸か不幸か、レジュメ4に挙げた、「法的側面から見たボランティ ア活動」についてはほとんど触れる時間がなかった。ただ、これに関しては二つのことが頭に残っている。 契約、不法行為、事務管理といった法律用語を理解してもらうために、例をあげて質問してみた。大学のゼミや入門 的な科目で毎年やっている質問なのだが、「無断駐車は五○○○円いただきます」というはり紙を地主が出していると ころに、それを見ながら、無視して駐車した者がいた場合、地主は無断駐車した者に対してはり紙通り五○○○円取れ るか、というものである。大学で質問すると、これまでのところ、取れるとする者と取れないとする者とがほぼ半々に なることが多い。ところが、講演に参加していた人達に挙手してもらったところ、ほとんどは取れないという←堅事であっ た。聴一講者は民生委員の方が多いそうなので、つまり、民生委員というのがどういうタイプの人々なのかおぼろに推察 えてきたことでもある。 ろかどうかは、きわめ} 在している、という意垂 た。聴拳 できた。 時間・空間と人間の設計 という意識の強い場合、「公と私の問」をつなぐものがあるのかどうか、あるとしても、有効に働いてい 、きわめて重大な問題となる。そして、この問題こそが、この一○年余り私が法人類学のテーマとして考  ̄  ̄  ̄  ̄  ̄
以上が、講演の概要であるが、その直後、四月から九三年度の授業が始まり、法人類学の講義の導入部分で、三回ほ どかけて、この問題を取り上げた。 このときに、資料として新聞記事のコピーをいくつか配布したが、それを見ると、まず、九三年四月八曰の朝曰新聞 (車只版)朝刊で「なじむかボランティア評価」と題して、ボランティア活動の実績を高校入試の判定尺度に採用する ことの是非論争が載せられている。太田昌也氏(大阪ボランティア協会常任運営委員)の反対意見と坂口順治氏(立教 大学教授)の賛成意見をそれぞれ箇条書きにしてみよう。 *ボランティア活動は福祉だけでなく、環境問題、無農薬野菜をつくる運動、村おこし、公害反対等多様化している。 そのような状況で、どういう基準でどう評価するのか。 *評価されやすい活動に偏るおそれ。 *ボランティア活動へのきっかけを与えるというのは分かるが、評価という形で行政が入り込むのは本末転倒ではない か。企業や個別の大学が個別に評価するのは構わないが。 になじまない。 *ボランティア活動原則とされる、やる気(主体性、自主性)、世直し(福祉性)、手弁当(無償性、対価を求めない) 反対意見 五ボランティア活動の位置づけ 沖大法学第十五号 一一四
きっかけがたくさんあるのは、それなりに重要なことだろう。問題は、その域を越えて、ボランティア活動をどう位
置づけるかである。実は、九三年の間ずっと、この問題を考え続け、今曰に至っているのである。
それから、周知のように、九三年四月八曰、カンボジアで、国連ボランティアの中田厚仁氏が射殺された。四月九曰
の毎曰新聞(東京版)朝刊によれば、中田氏は国連ボランティア計画から派遣されていた。国連ボランティアが治安上
の事件で死亡した初めてのケースだそうだが、国連の加入する保険から一○万ドル(約二四○万円)が支払われると
いうことである。個人の意思による個人参加ということで、生活費として七○○ドルをもらうだけで、国家を代表する軍や国連職員とは待遇も異なるそうである。「オークゥン国連ボランティア・カンボジア全体験」(朝曰新聞社二九
九三年)によれば、国連ボランティアというのは、国連開発計画(UNDP)が管理する国連ボランティア計画によっ
*「やらせ」の副作用』*「やらせ」の副作用はあるだろうが、それより、ポランープィァの原体験を持つことが大切である。発達心理学的に若
*点数化は可能である。 *学力偏重から総合的な人間評価へ転換させる、一つの大きな道具となる。 い頃の原体験は大きい。子どもたちの関係を広げるきっかけにもなる。*「対価」を持ち込むのはおかしい、とこだわるのは時代遅れである。haveの時代(貧しさを埋めるための経済優
先)から、beの時代(衣食が足りて自己主張に価値をみる)を経て、withの時代(お互いが個性を認め合う)
に向かっている。奉仕と楽しみとが同居する時代である。 賛成意見 時間・空間と人間の設計 一一三「公」と「私」の間で、どう折り合いをつけるのか、という関心から接近した中で、|番面白く読んだのは、次の座
談会である。メモをそのまま掲げる。 て一四○種にのぼるそうである。て派遣される人々の総称で、その計画分野は経済・社会的分野のほとんどすべてをカバーしている。その職種は合わせ
講演では気軽に、まずやってみることだといったのだが、場面が曰常生活の近辺から国際的な場面にまで広がってお
り、その内容も多様ということになると、ボランティアの位置づけも簡単にはできない。ともかく自分なりにいくつか
の文献に当たってみた。 (播磨)「都会の不安、田舎の不満」 (〃)「ゆらぎの時代」に古い基準を持ってくるのではだめである。 「曰本のボランティア宅いきいき暮らしの羅針盤」(LGC総合研究所。一九八九年) 特別座談会新しい暮らしの座標を開く(播磨靖夫・岡本栄一・平野真佐子・森法房氏)(平野)食事サービスにしても、「自分たちもやがて自分が作りあげてきたシステムの中に入っていられるという安心
感があるから何十年もやれる」。 *ボランティアが継続性を持っているということの究極の根拠でしょうね。 曰本青年奉仕協会「曰本のボランティア」編集委員会編箸 沖大法学第十五号  ̄ アミ(〃)しんどいことを娯楽しちゃう。東京には都市問題がいろいろあるが、生活者の生活基盤が急激に落ちてきたこ とがわかるのはやはり地方。富の格差、情報の格差、文化の格差、そして人間関係の希薄さ。一人っ子どうしが結 婚した場合誰が墓をみるのか。「合祀」か。(過疎の所はそうなっているらしい。) (森)新親戚運動。一回握手すると友達、一一回で身内、三回で親戚。 (”)人間いきいき研究会。年間会費三五○○円十自分が今考えていること、思っていることをB5の紙一枚に書い て事務局に送る。冊子にして「人間いきいき便り」。どんな所にも必ず問題意識を持った人がいる。 (播磨)危機感のある所で頑張るにはやはり必然が必要。必然があるから偶然が出てくる。必然と偶然の間にあるのが 情報。つながりたいとか、一緒にやりたいという時、不思議にいい人に出会う。 (〃)今は、インプットはすごいんだけどアウトプットはまるっきり貧困。 (岡本)アウトプットでも、私的な部分はうまくやる。 (〃)社協の若い人は皆、新しいイメージを模索している。 (播磨)二宮金次郎が、畳を覆そうと思うものは畳にいてはならないといっている。 (〃)身体を開く。すると不思議に心が開いてくる。 /へ/へ 〃)帰属性をいっぱい持つ。一所懸命よりも二所懸命。 〃)自分を失っていない生活者のスタイル。「開かれた私」に通じる人。それが、新しい「公」、「開かれた公」を 模索して行かねばならないのではないか。「新しい私」と「新しい公」とをつなぐ回路の発見をネットワーキング で 0 時間・空間と人間の設計 ニニ ーヒゴ
*この本を初めて読んだのは九三年の四月。講演後、ボランティアとは何なのか、と考える際の材暁料として。幾つか当
たった中で、一番無理なく現状を伝えてくれているという気がした。観念論ではない。その後、九三年暮れに再読し
て、色んなことに触れてあることに気づいた。フィランソロピ1やメセナのことにも触れているし、要約筆記のこと
も書かれている。まあ、再読するまでに色々考えて、行間が読めるようになってきたってことか。
「公」でも「私」でもだめ、ということだから、「公と私」の枠組みは長持ちするんではないかと思うんだが。
*何か世の中のため尽くしているというのは健康にいい。「個」の「公」への発展だけでない、小さい自分をすてて公のために実践するという一喧極的な意味をも含んでいる。
「無償西性」の精需神が入ってきている。「奉仕」のこころが自ずと入ってきている。(一四頁)「世の中のために何かお役
に立っている」というのがボランティア精碍神の基本。 若月俊一「ボランティアのこころ」(労働旬報社・’九九三年)メモ感じる。最近メモを作成したので、ちょっと長いが、これもそのまま掲げる。
それから、講義の際に読んで、あとずっと心に残ったのが若月俊一氏の次の本である。現場の説得力といったものを
(〃)空間だけでなく、過去から未来につながる時間のネットワーキングもある。(〃)デスコミュニケーションを楽しむことも大切。わからないままの関係ってのもいいもんだ。
沖大法学第十五号  ̄  ̄ ′、*ボランティアⅡ自発的に無報酬で、社会奉仕活動をする人。二五頁) *佐久病院のボランティア(分類は、五三~五五頁)。 ①看護部門の病院ボランティア 週二曰、外来の「ボランティア室」に集まって、手術用ガーゼづくりやカーーューレづくりに精を出す。一○数年前 から。現在は数人。コーディネーターは総婦長。総婦長は無償性要求する人。 ②その他の部門の病院ボランティア 病院図書室で英語の翻訳(東京の大学卒業生)、精神病棟の音楽療法指導(他の病院の看護婦二人。月二万円の謝 ③老人保健施設ボランティア 登録八○人。毎曰一一~三人が午前八時半から昼の一一一時まで。入所老人の入浴サービスや車椅子運動の手伝い。主 なものは、社協の斡旋(他に病院付属看護学校の学生が毎曰数名ボランティアとしてくる(研修に近い))。|人当 たりでみると月一回に過ぎない。無報酬の方が田舎では世間体がいい。六○代が多いので、これからの自分の老後 ケアを考えてということもある。 五○代後半から六○代前半のお母さん:余裕と時間。夫が元教育関係の人が多い。ほとんどが年金生活者で経済的 にもある程度ゆとり。お互い大変仲がいい。積極的性質で、それぞれしっかりした考え方を持ち、はっきりした意 見を言う。農村では珍しい。農村のインテリ。他人のためでなく、自分のため。今日農家のお母さんは、時給八○ 問題は無報酬。 礼 、./ 等○ 時間・空間と人間の設計 --  ̄ ナし
*一九六○年、岩手県沢内村で老人と乳児の医療無料化。 一九六九年、美濃部東京都知事が老人医療費の無料化を行う。 一九七三年、福祉法の抜本的改正。「福祉元年」。 ’九八二年、老人保健法が国会通過。高福祉には高負担。 一九九三年四月、老人福祉法等改正法施行。「在宅福祉と施設福祉を、一元的に市町村自治体で行わせる」。いいこと だろうが、現実には熱意のない、財政能力の貧しい自治体の場合どうなるのか。住民参加がなければ本当 の地域福祉ができるはずがない。 *高齢者保健福祉推進一○カ年戦略(ゴールド・プラン):現在一万人のホームヘルパーを一○万人にしたいとしてい るが…研修会に集まったお母さんたちの大多数は時間給一○○○円を要求。 ホームヘルパーは家庭奉仕員と訳されてきたが…奉仕の名において国から無報酬が押しつけられてきた。 *現在、寝たきり老人六○万人、痴呆性老人六○万人、ひとり暮らし老人二一一一万人という。 世間体のため、病院 か。(一三六’七頁) 世間体のため、病院にコネを作っておきたい、いずれ正式職員になれるかもしれない等々。それでもいいではない 印は降ろさない方がいい。報酬を求めないところに人間共通の「誇り」みたいなものがある。二○○’一○一頁) 献血の時の栄養補給、献血手帳交付による便宜と同じようなものはあっていいのでは(九三頁)。でも無償性の旗 アンケート調査してみると、報酬が欲しいという人が圧倒的に多い。農家の主婦はそんなに楽じゃない。 ○円、|曰六○○○円で村の下請け工場にいっている現実がある。(二五頁以下) 沖大法学第十五号 ●
高齢化のスピードが比類なく速い。(四二頁) ケアするものがなかなか見つからない。看護婦にもなり手が少ない。大変な苦労がいる仕事だし、老人の介護には特 に思いやりがいる。3K、6K(四三頁)。 農村でこそ老齢化が急速に進んでいる(九一頁)。 安上がりの人手不足解消策としてボランティアは利用されるのではないか。(九二頁) 「安上がりの公営」二五五頁) 安上がりでいいとは言わないが、「公共の為に尽くし」「進んで社会に参加する」積極的なこころが何より大切と思う (一七六頁)。ボランティアというのは非常に精神的、ファジーで甘い。職業の論理では割り切れない(一七七頁)。 *農村の病院長として、「むらを守る」という気持ちを自発的に起こさせることが大切という考え。社会参加してもら い、「むらづくり」の仕事に関心を持ってもらう。(四七頁) 村づくりの条件の第一は、経済。ウルグアイ・ラウンド問題以来コメづくりも難しくなった。 役場が指導性を持つのはいいけど、できるだけ多くの人、なるべく若い人、特に若い女性が大勢参加すること。各人 の個性の尊重と平等がうたわれる必要がまずある。後継者が育つ条件が必要。ボランティア活動への参加が若い人の 目をコミュニティー問題に向けさせる大きなきっかけになる。 *「弱い者ほど助けあって生きていかねばならない。」(六五頁)のだけどなあ。 *三木情いわく、ギブ。アンド・テイクは人間の期待の原則。与えることは取ることが、取ることは与えることが”期 待“されている。期待の原則というのは、決定論的なものでなく確率論的なものということである、と。これを期待 時間・空間と人間の設計  ̄ - -  ̄
の原則としてでなく、打算の原則として考える者は利己主義者である、と。人間としての「期待」というのは、人間 同士が社会生活をスムーズに営んでいくための規範みたいなもの。(六九~七一頁) *「なさけ」を受けた者は「それに謝意をもつようになるのは当然」(七一一’三頁)かなあ。
*「生活にゆとりが出てきたというのに、かえって生きてゆく空しさみたいなものを感ずる」(七四頁)のではなく、
生活にゆとりが出てきた「から」ではないか。ゆとりがある時向きのコミュニケーションの作り方というのがあるんで はないか。 *民族の 三頁)*民族の「自決」をいうだけでなく、「共生」という観点から、民族差別による人権侵害を批判することが必要。(一三
コミュニケーションこそが人間の大道。人間は一人では生きられないよ、と。(一三○頁以下)*元来「自発的」なはずのボランティアの呼びかけをなぜするのか。孤立と狭いエゴイズムに陥っていると思うから。
税金の面での、社会奉仕や福祉事業などに対する援助・協力はもっとあってしかるべきである。(二九頁) えないが。 「啓発された自己利益」の三m三の口の9mの]m‐旨←の『の召の考え方が強い(一一一一一頁)。まだ公害や環境破壊のイメージが梢 アメリカ企業の間では、良き企業としての社会貢献は世間が認めてくれるから結局当該企業の利益につながるという、 *フィランソロピーはアメリカから、メセナはフランスからo 「余暇」「趣味」誰の要望なのか?政府・企業というより、むしろ、国際的な風潮ではないか。(一三九頁) *全国的には余暇時代への流れがある。(七九頁以下) 沖大法学第十五号 - --  ̄  ̄  ̄①メモの最後に要約筆記とあるが、要約筆記というのがどういうものかを知ったのが、九三年九月のことである。私の
妻の職場が現在那覇市中央公民館であるが、ここで活動している要約筆記のグループがあると教えられ、そこで話して
くれないかと頼まれた。結局お断りしたのだが、グループの皆さんにあてて書いた文章があるので以下に掲げる。
しかし、講座自体については非常に関心を持っておりました。どうしてかというと、今私は大学の専任講師をやっていますが、七九年五月に沖縄に来た当初は弁護士だったわけです。弁護士としてちゃんと就職して仕事したのはこれが
初めてでした。私が弁護士になる資格を取ったのは七四年ですから、五年たっているんですね、それから。普通は当然
は埋めたくなかったのですね。 お会いし、その時、九月二七[ちゃんを産んだが(’’○数人)、いずれも国籍が取れないで困っている、相手は曰本人と分かっているのに、個別に
*九二年九月、国際農村医学会でウィーンにいたら、テレビに長野県小諸市で働いている若い外国人女性がハーフの赤
はそれが認知できないという話が出てきた。二七一頁) *要約筆記二七二頁)。以上が、若月氏の本からのメモである。これを読んで、言いたいことを幾つか記して、本稿を終えることにしたい。
この講座のことは九月初めに妻から聞いて知りました。九月一六曰に、たまたま中央公民館でこの講座の担当の方と
会いし、その時、九月二七曰に話せないかと尋ねられたのですが、できれば旅行したいと思っていましたので二七曰 時間・空間と人間の設計  ̄  ̄ - - - -すぐに仕事を始めるのに、私は五年間を置いた。それは、できれば弁護士なんかしたくなかったのです。しんどい。中 途難聴者だから。中途難聴というのにもいろいろ程度がありますが、私のは高度の感音性難聴です。小学生の終わり頃 気づき、中学生の時ひどくなりました。一時は自分の声も聞こえなくなったこともあり、いずれまったく聞こえなくな るんじゃないかと思っていたのですが、今四五歳で、補聴器をつければまあまあ会話はできるというぐらいには聞こえ ます。補聴器は、とてもいいのがあるんですが、でも普通の人とまったく同じく正確に聞き取れるということは遂にな いのではないかと。で、裁判というのは、ほんの一つの言葉で結論が逆転するってこともないではないので、そういう 仕事につくのはしんどい。しかし、全然知らない沖縄に来て、住もうと思ったもんですから、他に仕事なくて、やむを 得ず資格を活用しました。でも一年ほどやって、確かに疲れたのですね。他にもいろいろありましたが、ともかく一年 でやめて、旅に出ようと思いました。南洋に。そこに大学講師の仕事をしないかという話が入って、これが、やってみ て感じましたが、聞くということが余り要求されない仕事で、その点私にはとても楽でした。で、一年ほど弁護士だけ で飯を食っていながら痛切に感じたのは、法廷でもどこでも、話の筋道を紙に書いて要約してくれる人がいたらなあと いうことだったのです。筋道がわかると、連想が働いて、言葉が拾えるもんなんです。|応聞こえたつもりでも聞き落 としがあるかもしれません。必要以上に神経質になります。裁判は後で記録につづられますので、それを取り寄せてダ メを押さないと自分が信じられないというか、そんな感じ。でも、すぐに記録ができるわけじゃないし、臨機応変に動 かないといけないんですね。こういうことやってくれる人がいたらなあと本当に思いましたが、そんなことやってくれ る人いる訳ないだろうと思っていました。それをボランティアでやる人がいると聞いて非常にびっくりしたんですね。 二○名ぐらいもいらっしゃると聞いてたまげましたね。私からすれば、これはボランティアなんてもんじゃなくて、立 沖大法学第十五号 一一一四
派な仕事です。弁護士と同じように、独立した資格があってもおかしくないような仕事である。実際、こういうことを やってくれる人がいたら、もっと弁護士業を続けていたと思います。お陰で仕事ができるなら収入の半分渡してもいい と思っていました。聞こえる人には何でもないことが、私には何というか全存在にかかわるような、そんな問題になる 中途難聴者の苦労というのは色々経験してきました。ただ、あんまり人に話したいような内容じゃありませんから、 話せないかと尋ねられた時も敬遠する気持ちがありました。七四年に弁護士になる資格を取って、七九年まで何をして いたかということですが、翻訳とか本作りとかのアルバイトで適当に稼ぎながら、外国旅行をしたり、書き物をしたり していました。私のイメージでは、作家というのがいいんじゃないか、と。どうしてかというと、黙って書いていれば いいでしょう。で、書いていましたが、今振り返ると、中途難聴者の苦労話が多いのですね。というか、それだけ。例 えば「透視」という自伝みたいなものを書きました。懸賞に応募しましたが落ちました。不意に強烈な経験をせざるを 得ないのです。それが傷になって心に残る。それをためこんだままだとやっていけませんので出す場所がいります。で もどうしても息苦しくなる、そういう社会なんですね、曰本は。外国に出かけたのはそれででしょう。逃げたわけです よ。聞こえなくても、あるいは言葉が分からなくても、気分的に楽な社会というのはあるんだなあと思いました。 一人で悟りを得るのは簡単ですけど、関係の中でそれを得るのはなま易しいことではないというのがこれまで生きて きての実感ですね。でも、障害を持っていると、どんなに努力しても一緒にはなれないという、そういう面がどうして も残りますので、かえって妙な幻想は涌きにくいのかもしれません。親だって私の身体のこと分かってくれてないなあ、 と思ってきました。かえっておろおろする父母を冷静に眺めていたみたいな、そんな記憶があります。いずれにしても、 のです。 時間・空間と人間の設計 一一一三
ともかく、このようにして要約筆記グループとの関係ができて、そこを伝わって私のことが知れたようで、沖縄県難 聴・中途失聴者協会の事務局の酒井鋭二氏からファックスが届いた。この協会は九二年二月にできたそうであるが、 ともかく、酒井氏と会うことになって、二月一八曰に事務局に行って会ってきた。事務局というのが今帰仁村の奥の 方にあるのにはびっくりしてしまったが、行ってみたら、そこは、泉原農場といって、以前からきいていた、有機農業 なお、沖縄タイムス差し込みの、週刊ほ-むぷらざ第三四一一号(九三年一○月一一八曰~二月一一一曰)の第一面に要約 筆記サークル「うさぎ」会長佐敷幸子さんの紹介記事が載っているが、これによれば、要約筆記とは、「発言者の話を 要約してノート、あるいはOHPなどに書き写し、これを読むことで聴覚障害者にも発言内容を把握してもらうもの」 かもぜいたく品か何かみたいな感覚で考えられると、あっ、ちょっと違うんじゃないのと思ってしまうんですね。 除できない。「違う」面を持っている人ってのは共生というのがないとやっていけないんだけど、共生というのをあた という面が出てきたんですね。でもその中に普通の人々との関係も含まれているわけで、そういう意味で「普通」は排 も失敗したんだけど、いつの間にか「普通であること」は目標じゃなくなってしまって、私は私で、「無理なく自然に」 と、まあこういうイメージ。だから、私の場合最初は「普通であること」が目標になったんだけど、そしてそれはいつ のという感じが抜きがたくあります。ちょっとした差を大げさにああだこうだとあげつらうのが「普通の」社会なんだ イズで比較するかにもよりますが、人間なんて大して差のある動物とは思わないんだけどな。差というのは作られたも ちょっとはずれた場所から眺めている訳です。それによる立場の弱さとともに、面白さがあると思うんですが。どのサ である。 沖大法学第十五号 ’一 〈