Author(s)
盛口, 満
Citation
沖縄大学人文学部紀要 = Journal of the Faculty of
Humanities and Social Sciences(19): 93-102
Issue Date
2017-03-24
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/21466
沖縄大学人文学部紀要 第 19 号 2017 〈研究ノート〉
地域の地質から学ぶ
―沖縄島中南部を例に―
盛口 満
要 約 本論は小学校教員養成課程の授業内での学生とのやり取りを基に、自然体験の少な い現代社会に生きる児童が実感を持てる理科の授業をめざし、地域の地質-琉球石灰 岩-の教材化の視点を探ったものである。 キーワード:小学校理科、教材化、地質、石灰岩 はじめに かつて、児童たちは近所の川や海を遊び場とし、虫や植物を遊び道具にし、木の実を取って おやつとしていた。そのような身近な自然との様々な関係性の中で成長を遂げたのである。ま た児童であっても、家庭内の仕事分担の中で、自然と関わることを余儀なくされる場合もあった。 例えば沖縄の田舎では、戦後しばらくまで、各家庭で飼育されていたヤギの世話をするのは小 学校 1 年生以上の児童であり、ヤギの世話をする中から、身近な植物の名前や特性を学んでいっ たという。ところが、現代社会においては、都市部で生活しているかどうかにかかわらず、児 童たちは自然と距離を置いた生活を送るようになっている。 そのような中、理科嫌いや理科離れという言葉を耳にするようになってきた。「教材として扱 われたものに実感を持てない」「授業で学んだことが日常生活と乖離したものとして感じられる」 理科嫌いや理科離れの根底には、そのような思いがあるのではないかと考えられる。 そのため、理科の授業を考えるにあたって、あらためて児童の実感に即し、興味をひく教材 選びが必要とされる。このとき、教員はまず、現代社会に生きる児童たちの持っている「常識」 がどのようなものであるか、とらえことが必須とされよう。そのことが、児童たちが実感を持っ た授業を考え出すときの土台になると考えられるからだ。また、児童たちの興味を広げるうえ では、その児童たちが持っていた「常識」が、間違っていたり、限定されたものであったりと いうことに気づく発見の場が必要とされる。本論では、そのような視点に立脚して理科の教材 を考えてみたい。 『小学校学習指導要領解説理科編』の「指導計画の作成と内容の取扱い」では、「理科学習に おいては、自然に直接かかわることが重要である。こうした直接体験を充実するために、それ ぞれの地域でも自然の事物・事象を教材化し、それらの積極的な活用を図ることが求められる」 とされている。続いて、「学習の対象とする教材に地域差があることを考慮し、その地域の実情 に応じて適切に教材を選び、児童が主体的な問題解決の活動ができるよう指導の工夫改善を図 ることが重要である」と指摘がなされており、そのため、理科の授業においては、「できるだけ多くの野外観察を取り入れる」ことが提唱されている。しかし、実際には、小学校の現場において、 地域の自然の教材化は、いまだ十分にはなされていないのではないかと考えられる。それは地 域ごとの自然の特異性をどのようにとらえるかという視点が明らかでなく、教員個々が具体的 な例をつかみ取りがたいからであるからだろう。 例えば第 6 学年の理科には「土地のつくりと変化」という単元があり、以下の 3 点が学習内 容の要点としてあげられている。 ア・土地は礫、砂、泥、火山灰及び岩石からできており、層をつくって広がっているものが あること。 イ・地層は流れる水の働きや火山の噴火によってでき、化石が含まれているものがあること。 ウ・土地は、火山の噴火や地震によって変化すること。 ところで著者の居住している沖縄島には、火山は存在せず、沖縄島で暮らす児童たちにとっ て火山起源の地形や地質はなじみが薄いものと言える。著者の居住地域には、そのような地域 の自然の特異性がみられるわけであり、「土地のつくりと変化」という単元を扱う場合でも、そ のような特異性に何らかの配慮がなされなければならない。一方、沖縄島の特に中南部にくら す児童たちにとって、日常的に目にする地質はなにかと見渡せば、石灰岩を見出すことができる。 そこで、本論では、沖縄島中南部で身近に見られる地質として石灰岩を取り上げ、それを教材 化するうえでの視点の考察を試みることにする。 なお、本論では、実際の小学校での授業実践を踏まえての報告とはなっておらず、初等教員 養成課程に所属する大学生に向けての「初等理科」や「初等理科指導法」といった理科教育に 関する科目における授業内での、学生とのやりとりからみえてきた、学生の「常識」を基にし た考察となっている。著者の所属する大学の初等教員養成課程に所属する大学生の一般的な傾 向として、理科という教科には特別な興味・関心を持っていないという点があげられる。その ため、彼ら・彼女らの持っている「常識」を基にした教材観は、児童を対象とした授業を考え る基礎としても成り立ちうるのではないかと考える。 1・石灰岩の教材化―①石灰岩の割合と島々の類型 沖縄島中南部で目にする機会の多い琉球石灰岩は、およそ 130 万年前から形成が始まったも のとされている。琉球石灰岩はサンゴ礁堆積物を起源とする石灰岩であるため、沖縄島中南部は、 平坦な地形が多くみられる。また、石灰岩地特有の鍾乳洞や、粘土層との境界からの湧水が多 いといった特性も見ることができる。さらに、アルカリ質の石灰岩はその分布地に生育する植 生や、栽培植物の種類にも影響を与え、ひいては古くから島々の人々の暮らしにも大きな影響 を与えてきた。石灰岩と人々の暮らしに関しては、『生物多様性おきなわ戦略』の中では、生態 系サービスの一つである供給サービスの例として、石垣などの建築資材として活用されている 石灰岩が、古くから石垣、石畳、墓石など、人々の暮らしに利用されている例が取り上げられ ている(同書では、沖縄県内の地質の 3 分の 1 を石灰岩が占めるとされている)。 石灰岩地の特性は、直接的に目に見えない形でも人々の暮らしに影響を与えている。それを 端的に示す学生とのやり取りを紹介したい。 著者の勤務する大学には、沖縄島中南部出身の学生が多い。ある時のやりとりで、学生たち
地域の地質から学ぶ の中に、田んぼを見たことがない者が存在しているということに気づかされた。確かに那覇を 中心とする沖縄島中南部では田んぼを見ることがない。しかし、「田んぼ」「稲作」「米」といっ た用語は、少なくとも本土出身の著者には、あまにりにも「あたりまえのもの」としてある。 すなわち、このやりとりをするまで、授業者である自身と、学生との「常識」の間に乖離が存 在することを気づけていなかった。 沖縄島中南部出身の学生にとって、「田んぼ」「稲作」「米」が、決して「あたりまえ」ではな いという点に関しては、その後、注意を払うことで、度々気づかされることになった。例えば 作物に関する授業のやり取りの中で気づいたのは、イネの原産地は東北であるという認識を持っ ている学生が、少なからず存在しているということだ。イネの先祖は沖縄よりもさらに南方原 産である。しかし、沖縄島中南部で田んぼを見ることがないことに加え、市版されているブラ ンド米の産地が東北であることから、先のような認識を持つ学生が存在するのである。 この「常識」が生まれる要因の背景をさらに考えてみることにする。そして、このことを考 えていくと、石灰岩と関連があることに気づく。 郷土の自然をとらえるにあたっては、他地域との比較を試みる必要がある。そのことによって、 当たり前と思っていた事象の固有性や意味がより明らかにされるからだ。そのため、沖縄島中 南部の地質を見ていくにあたっては、沖縄島北部や県内のほかの島々との比較を行うことが有 効である。 沖縄の島々は、大きく、低島と高島に分けることができ、両者は以下のように定義されてい る(『沖縄県史 各論編 第 1 巻 自然環境』)。 低島:山地、火山地がなく、大地と丘陵、低地が 60%以上を占める島。 高島:山地、火山地、丘陵が 60%以上を占める島。 低島であるか、高島であるかに関連した数値として、島の面積における石灰岩の割合をあげる ことができる。例として、竹富島や波照間島などは、ともに石灰岩からなる台地が島の 100% を占める低島の典型例であり、一方、山地の占める割合が 69%、丘陵の占める割合が 13%であ る、高島の一つである西表島における石灰岩の割合は 7%である。沖縄島の場合は山地が 15%、 丘陵地が 48%であるため、全体的には高島に分類できる。また沖縄島の石灰岩の割合は 17%で あり、この値も竹富島や波照間島に比べれば著しく低い値となっている(目崎 1985)。しかし 沖縄島の場合は、北部は山地がちであるのに対し、中南部は台地状であって、結果、高島と低 島があわさったような地形をなしており、低島的な南部には石灰岩地が目立つ。 なお、八重山では古く、低島と高島をそれぞれ「ヌングンジマ」と「タングンジマ」と呼び ならわしていた(安渓 2007)。ヌングンジマとは野国島、タングンジマとは田国島のことであ り、主要な耕作地が畑であるか、田んぼであるかを示す名称であった。沖縄の島々における低 島というのは、隆起サンゴ礁からなるため全体的に平坦であり、山だけでなく川もなく、結果、 田んぼを作りにくいという特性を備えていたことに起因する名称である。 実際には、かつては低島的であるはずの沖縄島の中南部でも稲作は広く行われていた。が、 1963 年の大旱魃を機に、この地域の稲作は急激に衰退し、サトウキビなどへの転作が進んだと いう歴史がある(盛口 2011)。もともと沖縄島中南部は低島的であるため、稲作のための水の 確保が難しく、稲作からの転作の条件がそろったときに、より高島的な環境よりも稲作が放棄
されやすかったと考えられる。 このように、石灰岩の割合は、地形、島の類型、耕作地の利用形態に密接に関連している。 そのため、例えば「田んぼを見たことがない」「イネの原産地は東北だと思う」といった、気を 付けていなければ聞き流してしまうような学生の発言も、たどっていくと石灰岩の存在という 地域の地質の特性と無縁ではないことがわかる。逆に言えば、児童の持っている自然認識を出 発点に、地域の地質の特性に気づかせる授業展開が可能なのではないかと考える。 2・石灰岩の教材化―②フィッシャー堆積物中の化石と環境変化 『小学校学習指導要領解説 理科編』の中には、野外で地域の自然に触れることは、「持続可 能な社会で重視される環境教育の基盤になる」と指摘がなされている。この指摘は、今後、ま すます重要視されてしかるべき点であるだろう。 しかし、持続可能な社会ということを児童が実感するためには、どのような工夫が必要であ るだろうか。ここでも、何かとの比較が必須であるだろう。持続可能な社会ということを明確 にするためには、持続可能ではないこととの比較が必要となる。つまり、何らかしらの環境変 化の例が、取り上げられなければならない。そのような沖縄の固有な自然の変遷を明らかにす るうえで、石灰岩が関わっているということを以下に取り上げることにしたい。 南北に細長い日本列島の中においても、沖縄を含む琉球列島は固有で多様な自然に恵まれて いる。例えば『生物多様性おきなわ戦略』の中では、沖縄県の維管束植物は約 1750 種で、10 平方キロ当たりの種数で比べると本土の 45 倍という値になると紹介がなされている。また動物 に目を転じても、沖縄県の昆虫の約 4 分の 1 が固有、45 種が生息している爬虫類の大多数も沖 縄固有、両性類も計 17 種のうち 7 種が沖縄固有であると紹介されている。しかし、このような 生物の多様性や固有性は県民に広く認知されているとはいいがたい。同時にそのような生物多 様性は年々、危機に近づいているという現状もある。 例えばやんばるに棲息する固有種の内でも、最も危機的状態にあるといっても過言ではない 生物がオキナワトゲネズミであろう。トゲネズミ類は、奄美大島、徳之島、沖縄島に棲息し、 かつてはすべて同種だと考えられていたが、現在ではそれぞれ、アマミトゲネズミ、トクノシ マトゲネズミ。オキナワトゲネズミという、それぞれの島の固有種であるとされている。この うち、オキナワトゲネズミはノネコやマングースといった、本来は沖縄島に棲息していなかっ た捕食動物が移入されたことによって急速に減少を見せている種類である。オキナワトゲネズ ミは 1980 年代までは、やんばるの林道で見つかるノネコの糞の 80%から毛などの遺物が認め られた(その当時はそれほど個体数が多かったということと、それほどノネコが捕食を行って いたということの両方を意味する)が、1990 年代にはその値が 12.5%となり、さらに 2001 年 に 1 例が検出されたのちは、以後、記録を絶つことになった。そのため、一時、オキナワトゲ ネズミは絶滅したのではないかとも考えられていた。それが 2008 年になって、オキナワトゲネ ズミが調査用の罠に捕獲されたことから、棲息が再確認されることになる。しかし、かつては やんばるの森に広く分布していたオキナワトゲネズミは、現在、やんばるの最北部近くの森の わずか 5 キロ四方のエリアにしか生息していないと考えられている(城ケ原 2016)。 このように近年、急速にやんばるの生物たちの個体数の減少がみられるようになっている。 とはいうものの、沖縄島中南部の児童にとっては、同じ島内にあっても、やんばるにはやや距 離感を抱きがちだ。また、オキナワトゲネズミは貴重な存在であるものの、児童にとって、な
地域の地質から学ぶ じみのある生物であるとはいいがたい側面もある。 では、児童たちにとって、より実感をもって環境の変遷をつかみ取ることができる例とはど のようなものであるだろうか。 そこで学生たちを対象として、沖縄に棲息する生物のうち、認識度の高い種類はなんである かを調べるためのアンケートの実施を試みた。「沖縄の生き物と聞いたら、どのような生き物の 名を思い浮かべるか」という問をアンケート行ったところ、以下のような集計結果となった(一 人、3つまで回答)。 ヤンバルクイナ 77 名(96.3%) イリオモテヤマネコ 44 名(55%) ハブ 33 名(41.3%) ノグチゲラ 20 名(25%) マングース 14 名(17.5%) 以下略 上記の結果から、一般に、沖縄の生き物の代表として思い浮かべられる生き物の代表は、ヤ ンバルクイナであることがわかる。すなわち、ヤンバルクイナはやんばるに固有の生物である ことに加え、知名度が高く、沖縄の環境の変遷を取り扱う際の教材として、適しているのでは ないかと考えられる。では、ヤンバルクイナをどのように扱ったらよいであろうか。 ヤンバルクイナは 1981 年に発見された、沖縄島北部(やんばる)に生息する無飛力の鳥類で あり、天然記念物に指定されている。ヤンバルクイナも交通事故死のニュースが取り上げられ たり、マングースの捕食圧が懸念されたりと、オキナワトゲネズミ同様、個体数の減少が案じ られている種類である。現在、棲息が確認されているのも、やんばるの中でも大宜味村塩屋湾 以北の一帯である。 ここで、着目すべき点がある。それは、実はヤンバルクイナは、化石の証拠から、かつては 沖縄島中南部にも生息していたことがわかっているという点である(長谷川 1982)ヤンバル クイナの名にあるように、やんばるという地域を代表するイメージのあるこの生物が、かつて は南部まで広く分布していた時代がある。このイメージと実際のギャップこそが、ヤンバルク イナを教材として扱う際の一つの視点になりうるものだ。そしてこのことは、ヤンバルクイナが、 沖縄島中南部居住者にとっても「無縁」のものではないと感じさせる要素を生み出すのではな いかと考えられる。 ところでヤンバルクイナの化石を教材として扱う際に、一つ注意点があげられる。それは学 生たちとのやりとりから考える限り、大学生であっても、化石の定義がきちんとわかっていな いということである。端的な例として、「何年前のものから化石といってもよいと思うか?」と いう問いに対して、「100 年前」から「1 億年前」までの、様々な数値が返されるということに、 それが示される。 ここで取り上げるヤンバルクイナの化石の場合、化石と言っても数千年前~数万年前のもの であり、化石としてはかなり新しい時代のものであるといえる(そのような年代のものも化石 であることを抑える必要がある)。しかしこのような「新しい年代」の化石でも、現在とは大き な違いがみられることを理解してもらう必要がある。その「大きな違い」こそ、種類の違いで
はなく、環境の違いなのである。 沖縄島中南部に広くみられる琉球石灰岩自体、サンゴ礁内の堆積物を起源とした、いわば全 体が化石とでもいえるものである。実際、琉球石灰岩は、よく見てみると貝殻やサンゴなどの 形がはっきりと残されている場合もある。この石灰岩からなる地質は、化石を保存しやすいと いう特質がある。陸上へと隆起した石灰岩は、アルカリ質なので、酸性土壌よりも骨を保存し やすいのだ。そのため石灰岩地では、酸性土壌では解け去ってしまい残らないような微細な骨 や貝殻、殻なども化石としてよく保存されている。特にそのような石灰岩地特有の化石含有層 として、フィッシャーと呼ばれる石灰岩地に走る縦の割れ目内の堆積物が著名である。ヤンバ ルクイナの化石も、このフィッシャー内の堆積物中から見つかっている。 著者が教材研究のために調査を行ったのは、南城市・佐敷の石灰岩採掘場跡に存在している、 そのようなフィッシャーの一つである(図1)。 このフィッシャーでは、堆積物中に多数のカタツムリの殻やサワガニ類の爪などが含まれて いることが容易に観察できる。出土するサワガニ類の化石は現在も石灰岩地で見られるヒメユ リサワガニである(Naruse et al. 2004)が、現生のものより大型の個体がみられ、また発見さ れる個体数も多い。また、カタツムリ類では、ヤマタニシ類やイトマンマイマイが最も多く確 認される種類である。試しにフィッシャー堆積物から流れ出た土上で見つかったカタツムリ類 を表面採集して、その個体数を数えたところ、以下のような結果となった。 ヤマタニシ類 121 個 イトマンマイマイ 118 個 カツレンマイマイ 44 個 ヤマタカマイマイ 2 個 アマノヤマタカマイマイ 2 個 キセルガイ類 9 個 ここで、ヤマタニシ類としたのは、フィッシャー周辺で現在みられるオキナワヤマタニシよ りも、明らかにサイズの大きな個体が多数みられ(盛口 2009)、種類を判定できなかったため である。このフィッシャーから見られるカタツムリ類の中には、アマノヤマタカマイマイやイ トマンマイマイのように、現在はフィッシャー周辺では見ることができない種類が含まれてい る。また、カツレンマイマイのように沖縄島からすでに絶滅したと考えられる種類も出土して いる。なおフィッシャーから出土するカタツムリ類は微小なものまで含めると、合計で 34 種に のぼる (Azuma 2007)。 また両生類に関しては、琉球大学の中村泰之さんの研究から、同フィッシャー堆積物中の両 生類化石には、8 種のカエルと 2 種のイモリがみられることが報告されている。そのうちカエ ルには、現在、やんばるでしか見ることのできない、ナミエガエル、ホルストガエル、オキナ ワイシカワガエル、リュウキュウアカガエルの化石も含まれている。これらのカエルは、いず れも幼生が森の中の流水環境で生活する種類であり、かつては沖縄島南部に、それだけの流水 をもたらす、湿潤な森林環境が成立していたことを示している。中村さんはフィッシャーから 出土するカタツムリ化石より年代測定も行っており、現在はやんばるでしか見られないカエル の化石が出土するフィッシャー底部の堆積物の年代はおよそ 2 万 8 千年~ 3 万年前という値で
地域の地質から学ぶ あり、一方、フィッシャー上部の堆積物の年代はおよそ 3900 ~ 5500 年前であるが、そこから 見つかるのは現在の南部でも見られるカエルの種類に限られてしまうことが分かったという結 果を報告している(Nakamura 2015)。すなわち、カエルの化石の種類から数千年前に大きな 環境変化が起こったと推定でき、そのような環境変化が、カタツムリ類など、ほかの生物にも 影響を与えたと考えることができる。 (図1):南城市・佐敷のフィッシャー 筆者は 2001 年から 2008 年にかけて、機会があるごとにこのフィッシャーから出土する化石 を採集し、観察を行ってきた。その結果、哺乳類の化石においても、現在、やんばるにのみ棲 息が確認されているトゲネズミ類(オキナワトゲネズミとは特定ができなかったため、トゲネ ズミ類という表記にする)やケナガネズミの化石が含まれることがわかった(盛口 2003)。 フィッシャー堆積土を観察する際、両生類や哺乳類以外に、鳥類の化石が含まれていること も当初からわかっていたが、鳥類の化石の同定は難しく、手をこまねく状態が続いていた。し かし、2016 年になって、手元に原生の鳥類の骨格標本の資料がたまったことから、化石骨の同 定を改めて行ったところ、見つかった鳥類化石のうち、4 種については、種類及び骨の部位につ いて特定をすることが可能となった。 比較として使用した現生の鳥の骨格は、事故死したものを入手した、カラスバト、アマミヤ マシギ、シロハラクイナ、オーストンオオアカゲラ、ハシブトガラス、キジバト、アカショウ ビン等である。ヤンバルクイナとノグチゲラの骨格を見る機会は得られなかったため、同じ仲 間のシロハラクイナとオーストンオオアカゲラの骨格を参考として、特徴の似た骨格を探すこ ととした。結果、出土した化石に、カラスバト、アマミヤマシギ、ヤンバルクイナ(図2)、ノ グチゲラ(図3)が含まれることが分かった(いずれの種類か判定できなかった化石もある)。 種類及び部位が判定できた骨は以下のようである。 アマミヤマシギ 烏口骨 3 上腕骨 6 中手骨 2 腰骨 3 大腿骨 5 脛骨 20(注:完全な形のものは 1 本。残りは上端部または下端部) 跗蹠骨 8
(計 47) ヤンバルクイナ 烏口骨 4 跗蹠骨 5 (計 9) ノグチゲラ 上腕骨 1 中手骨 2 (計3) カラスバト 大腿骨 1 (計1) 上記のように、アマミヤマシギの骨が一番多く見つかることがわかる。なお、比較のため、 哺乳類の骨の発見数もあげておくと、ケナガネズミは大腿骨2、脛骨1、下顎骨1、切歯1、 他1の合計6個の骨が見つかり、トゲネズミ類は下顎骨だけで合計 24 個が見つかっている。 このように、フィッシャー堆積物の調査からは、南部にもヤンバルクイナを含む、やんばる 特有と思われていた生物が豊富に存在していた時代があったことがわかる。そして、そのこと を提示すると、例えばヤンバルクイナはやんばるに固有と思っていた学生たちは、一様に驚く。 フィッシャー堆積物中の化石は、一般の化石に対して、数千~数万年前という相対的に新し い年代のものである。が、それだけに、人間の影響が与えられる直前の沖縄島中南部の自然環 (図2):フィッシャーより出土したヤンバル クイナの化石(バーは 2 ㎝) 左・中央:烏口骨 右:跗蹠骨(下 端のみ) (図3):フィッシャーより出土したノグチゲ ラの化石(バーは 2 ㎝) 左:中手骨 右:上腕骨
地域の地質から学ぶ 境がどのようなものであったのかを教えてくれる貴重な存在であるということができる。フィッ シャー堆積物の化石から、ヤンバルクイナをはじめとする、やんばる固有と思われている生き 物たちの多くは、沖縄島全体に分布していたものが、自然環境の改変により、分布が退縮して 現在のような棲息状況となっていることが容易に理解できる。地域の地質の観察が、環境学習 につながる要素も含まれていることを示す例であるということができる。 おわりに 筆者は那覇に設立されているNPO珊瑚舎スコーレ夜間中学においても、一時、理科の授業 を担当していたことがある。珊瑚舎スコーレ夜間中学は沖縄戦や戦後の混乱期に義務教育を受 けられなかった人の学びの場としてあり、例えば 2014 年度の在校生の平均年齢は 74 歳であっ た(珊瑚舎スコーレ編 2015)。夜間中学の生徒は、就学経験こそ乏しいものの、豊かな生活体 験を持っている。そのため理科の授業においては、授業内容に即して、その豊かな生活体験が 語られることが多かった。例えば地質を扱った際には、生徒たちはクチャに関してさまざまな 体験談を語りだした。沖縄でクチャと呼ばれる泥岩は、層順としては琉球石灰岩の下部に位置 しており、風化した土壌はジャーガルと呼ばれる。クチャ(ジャーガル)は作物栽培の上から、 栄養豊富な土壌として認識されていたのだが、それ以外に琉球王朝時代から洗髪剤などとして も利用されてきた。そのため、夜間中学の生徒たちの認識も高かったのである。授業の中では、 「クチャは昔、袋に入れて売られていました」「升で量り売りもしていました」「それで髪を洗い ました」等々の発言がなされていた。ちなみに大学の授業においても、学生たちは「クチャは 洗髪や美顔用に使う」という認識を持っていた。そのため、本論では扱うことができなかったが、 クチャを教材として扱う上での視点も、今後考えてみたいと思う。 なお、クチャは中新世後期から更新世にかけて、中国大陸から流れ出し、海底に堆積した泥 が起源である。すなわち、このころの沖縄近海は現在の観光客でにぎわう「青い海」のイメー ジと異なり、「泥の海」であったわけである。その後、更新世前期になって、東シナ海海底に沖 縄トラフと呼ばれる深い海底地形が形成され、以後、中国大陸の土砂は沖縄トラフにトラップ され、沖縄近海まで到達しなくなり、結果としてサンゴ礁が発達し、やがて琉球石灰岩が形成 されたと考えられている(琉球大学理学部編 2015)。沖縄トラフを生み出す地殻変動の要因に 関しては、小学校の理科の学習内容を超えている。しかし、上記で紹介した沖縄近海の環境の 地史的な激変もまた、学生や児童たちの「常識」をゆらす教材たり得るものだろう。 ここにあげた地域の地質を教材化するにあたっての視点をさらに考察し、今後、実際に小学 校で実践可能な指導案まで作成することを考えていきたい。 〈引用文献〉 安渓遊地編 2007 『西表島の農耕文化』法政大学出版会 沖縄県 2013 『生物多様性沖縄戦略』 沖縄県教育庁文化財課資料編集班 2015 『沖縄県史 各論編 第 1 巻 自然環境』 珊瑚舎スコーレ編 2015 『まちかんてい!動き始めた学びの時計』 高文研 城ケ原貴通 2016 「トゲネズミ類の生息状況、とくにトクノシマトゲネズミについて 人との出会いと生 物調査」 水田拓編 『奄美群島の自然史』 東海大学出版部 pp.175-192 長谷川善和 1982 「二万年前のヤンバルクイナ? 沖縄の化石が語るもの」 『アニマ』110:33-34 目崎茂和 1985 『琉球弧をさぐる』 あき書房 盛口満 2003 『骨の学校 2』 木魂社
盛口満 2009 「沖縄島南部 1 万年史の授業化の試み」 『地域研究』5:49-54 盛口満 2011 「植物利用から見た琉球列島の里の自然」 安渓遊地ほか編 『奄美沖縄環境史資料集成』 南方新社 pp.335-362 文部科学省 2008 『小学校学習指導要領解説 理科編』 琉球大学理学部「琉球列島の自然講座」編集委員会編 2015 『琉球列島の自然講座』 ボーダーインク Azuma, T. et al. 2007 Three new species of fossil terrestrial Mollusca from fissure deposits within the Ryukyu Limestone in Okinawa and Yoron islands, Japam. Palreontological Research 11(3):231-249 Nakamura, Y. et al. 2015 Late Pleistocene-Holocene amphibians from Okinawa Island in the Ryukyu Archipelago, Japan: Reconfirmed faunal endemicity and Holocene range collapse of forest-dwelling species. Electoronica 18.1.1.A:1-26 Naruse, T. et al. A first fossil record of the terrestrial crab, Geothelphusa tenuimanus (MIYAKE & MINEI, 1965)(DECAPODA, BRACHYTRA, POTAMIDAE) from Okinawa Island, Central Ryukyus, Japan. Cristaceana 76(10):1211-1218