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棲神 第壱巻第弐號(第2号)

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Academic year: 2021

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(1)
(2)

目 A 題 言 − f i z z − − ム 慈 悲 の 活 用 i i i i i i i i i i i i i i i i i i i i i i i i i i i i i i 暁 星 洞 主 A 奥 山 の 影 よ り ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ i i i i i i i i i i i i i i i i : 悶 岡 山 A 人 格 中 心 の 研 究 法 − − − − − − − − − − − − − − − − − − i i i i i i i i i i i i i i i i i i i i i 白 鳳 A 救ひのみ二ゑ i i i i i i i i i i i i i i i i i i i i i i i i i i i i i m M 諌 生 A 俸 の 花 : : ji − − i z − − ji − − − ji − − − ji − − : ・ ・ : − j i − − − − J i − − z i − − : iji − − ム 生 ム 徴 兵 に 出 る 友 に 奥 ふ ・ : : : ji − − : ; : : i i l i − − : : i l − − − ji − − : i l − − : ; : : ・ : 山 内 慈 戒 ム 我 が 閲 旗 ・ : ji − − − ji − − − ji − − : ; ・ i e ・ e ・ − : − : i z − − : : i r i − − e j i − − i z − − : 辻 能 事 ム 雪 中 の 竹 − j i − − − iji − − : ・ : : : j ・ : : i i i l i − − : ・ : ji − − : i i t − − − ・ : : 望 月 宗 康 ぷ 吾 人 の 目 的 ii : : j i − − : : ・ ; : : : ・ i : : : ・ ji − − i : : jji − − : : : jji − − 市 川 是 温 A 日記帳 4 り ・ : ・ : ・ : ・ : ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ : : : ・ : ・ ・ ・ ・ ・ : ・ : ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ : ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ : ・ ・ ・ ・ ・ ・ H 生 ム 淋 し い 嘉 延 : : ・ : − ji − − ・ ; : ji − − j i t − − : : : i a i − − : : − ji − − ・ : ・ : ・ : : i l − − : 岡 観 孝 A 雨 後 の 秋 : ・ : ・ : j i − − j j j i − − ・ : : : : ・ : : : ・ : : jif − − − : ji − − : : : ji − − 黒 銃 撃 勇 ム 布 教 の 心 懸 げ ・ : : ; ・ ・ ・ : : : ・ : : : : ; ; ; : : : : : ・ ・ f i − − i e i − − ・ : ji − − : : : ; ・ 友 弁 能 曲 m

a

海 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ : : : : : : : : : ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ i i i i i i i i i i i i i i i i i i : 伊 藤 海 開 A 運 命 、 銀 世 界 : j i − − t i − − i : : j i t − − : ・ : ji − − i : : : : ; ・ jji − − − ji − − i 荒 木 経 明 A 漢 詩 ・ 和 歌 、 俳 句 i : : ム 同 窓 曾 々 報 ・ ・ ・ : : ・ : : 攻

(3)
(4)
(5)

由 叩 ・ 這 m T 富島 恵 を ? 身 延 重 賎 男 賎 女 カ3 日 主 夜 要 る ti 6切 乗 妙 典 文 l J H V 天 ま な 言語 持 れ で 下

栖 り も

1

.

r

の の は 品 。 、 ョ , 』I・' 庵 御 理 も し ~

法 ~ の は ま 留 内 や す ら め 論 ふ 示申 る υ 9 E 内 ’ p

r l h 盟 H V

d q f.l し 。 軒

.

, 、 、 は 査 は 鯵 手突 し fを み すヲ︵倒舎唯一一一︶ も

ム仁一一一一••••

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1

(6)

一法燈の下法華経を拝請し読み讃ん一官安柴行 u m の 大悲の想 h z起し慈父の想を起し乃至大師

ω

想念起すべ しの金言に到って私は慈悲 J ピレひ善杖ごいひ愛憐ごい ひ同情ごいふ、縛て此等は本来の至心.無垢清滞の戚 情即も信仰の倍野砕した所のもの T あるご戚じた、而し て叉幾分な

h

ごも私共は経文及び御遺文の拝諒から直 覧した所を賞地の活胤に現はしたいさ云ふ戚字を盆々 漂うした、即ち私共はその作す撃が悌陀の喜志にかな ふ所の

E

でありたいの

r

.金が出来てから初めて善根 を蹟まうさいふは大層た︵れた遣方でゐる、謹播の程 の生いね果である、叉慈悲のために使ふ所の金は資本 ではない、若し相常の資本を下して取蒐らねば初めら れ必さ考へたなら、此の如き慈悲善根の内部には一の 光華を認むるヲとが出来十、所作備事たる異的手形を領 する Z ﹄が出来ないのでゐる、世間の向謂慈善事業が偽 善事業ごなち易いも皐一党斯うした所から来るのである = 私 共 は R 7 限者でない、ぞの代ち何日嚇寸暗殺靖同 様の気分になってゐマ刊一中崎味 J竺 即 丸 こ I ろ が り 一 つ仁依って、私共は光祭ある貧賎の下に立振な生活を

凸 八 − 4 3 と 替 h u v とが出来る、同時にその ζ i ろがりに依つては如 A A A a ム 何仁常貴の人であっても、その富貴は金︿汚辱

ω

宙 虫 ず﹄なるのでゐる‘貧賎なりども善を行ム志

r

に あ れ ば 人を救ム

E

多しが夫である、アラピヤでは路傍の木を 伐る者は手重い制裁を受けねばなら必ご云ふ、即ち熱 沙金踏んで辿る族人ヘド v 程の憶快を輿へるであら

5

かさ自ら進んでその椋の木の一本でも保護する人がる って、之に依って旗人が心持強口︿休息する

E

が出来た ならば、その翠の濃やかな蔭は全︵此の保護者の涼し A A 4 0 4 4 4 4 4 a a 企 A 4 4 4 い心の蔭である、その優しい w同情のカが一つの木じ形 A U A を 麗 へ

τ

現はれたのである、私共は常一午生の不断に於 て屡々之に似た恵みさ親切£ぞ看加す

E

が 出 来 る 、 ﹁ 善 ﹁ 窪 尼 根 ざ 申 す は 大 な る に 依 ら や ’ 叉 小 さ き に も 依 ら や ﹄ 戸 御 前 御返 J i 4 4 4 4 事﹂ご知って、一土の餅−つにしても、管是れ内部至心 品 企 a A A O A A A G A a 4 0 4 4 0 6 の溢れ即ち信カの麓現した所の簿い活用であるご深︿ 戚謝し且つ進んで叉此の例を幾らも皐ぷ T と が 出 来 る の で ゐ る o 三 情 な り ど も 俗 な

b

T

﹄も、斯︿せば悌陀の聖意に かなふであらうど信じて、一つの善根を志す時、夫が

(7)

『"'

端に踊る しても.夫が真心からの仕事でゐり、悌陀の慈悲の一 世聞からその精神を誤解されるやうな主迄出来するご 嘗初は微々たる、根も葉ち花もない、のみかは時には t 以上£は、遠から守して生命の樹ごな b 、 その松を探︿地中に迭り、その枝を入方に蹟げるさ云 ふ確信を有ってみたいのでゐ毛、而してれ瓦は懐中に 鋸一文の用意がな︿ごも宜しい、金は法界に散らされ てゐる、到る慮の同情者のポケットにゐる、自分の手 許には銀行も金庫も債券も無い代 b 、 恥 r L r 九 、 い か ん V ・ い 金 い 取 出 ﹂ い

E

の L r 家 レ 長 の 責 併 の 鍵 を 佐 ん ご い か レ ピ 一 冨 ふ確信がなげれば駄目である o 困惑悲の最初の出経点は信者銘々の家庭でゐって 夫から慣がって絡じ同類に掛する友愛の情どなるので あ る o 仰で宗教家が職業的仁如何に慈悲に功徳を訟︿ さも、此の仕事の上に力を添・ロて央れる所の信者がゐ るので始めて成立つ詳でゐる、外国の或る借正が某貴 族を尋ねて寄附を申込ん

r

崎、貴族は僧正の詞を聞か うさはせ子、うるさい w f ﹄計りで一向取合ふ気色のない 所を、推して信正が遁立てたので、乱暴にもその貴族 は ピ ジ ヤ 9 三信正の頬に一打を奥へたのである、ス w r f ﹄僧正は静かじ詞金額り﹁貴下、貴下は余仁一ト釘を 興 へ 給 う た 、 か い 宇 和 伽 ・ 川 島 山 臨 ⋮ 九 日 い 札 r h 駐 仏 か ど さ.斯して伎は柔和忍辱の鎧を着了せたのでゐる o 五慈悲善根の第一着手ごして、人世一代に於て幾 度ごしか敷へる

E

の出来ぬ吉凶の儀式に於て、此れは 私共に取って又ごなき好い機曾でゐるから・私共は正 賞に此の機曾そ用ゆ北山ゆ守のる、元より慈悲どは自 ら進んで行ふ所の ζ 1 ろがけでゐるから、特別に爾

5

改まった考を以て金銭を費さ子ども、私共は私共の内 心に潜んでゐる想念を質際の上に現はす T t 出 来 ゃ , コ 控仁今一つ文書侍道機闘が組立てられ、借俗銘々がそ の機曾ゐる毎に経文、何遺文の一勧乃聖歌鉢.高徳の 講 話 法 談 の 類 を 四 方 に 頼 っ さ し ‘ 出 向 私 共 が 年 一 頭 の 場 合 集曾の場台、強行の場合、訪問の場合、土産の要る時 乃至は葬儀の時、此等所有機舎を活用したならば、私 共は一の小さな文珠、観世昔、不休息・勇施‘捕勃の 諾菩薩乏なる

E

が出来るでゐらう、立共は総ての信者 を動かして怯慌のお裾分を潟きしむべ︷心掛げねばな らぬ‘此し

τ

花共の心の中仁﹃法﹄の殿堂そ築︿や

5

にして行きたいものである o

(8)

E濁

0)

里遺き奥山にも春の粧が顕れた o 朴前無文の野翁の吟 線が鳴て来た o 温熱催眠の光に搭しつ 2 停で居た自分 は何時か御州庵を陸めてゐた。丈除の雪に軒傾き壁落 も食壷きた延山の御隠栖.自分の胸は今張。裂げる程 緊厳して来た。何に依って Y ゐ ら う 。 不断の時間ご無腿の鍵濯さが織 b 出した諸現象叫 誼 ︿ 五 十 年 を 顧 み て も 解 る 如 に . 宗 数 出 介 も 、 自 学 界 も ‘ 質業界も.政治界も、自分等の意識せぬ聞に柿々の輔 換推移がゐった o 西南役かゐった、憲法か稜布された 日露戦役か起

S

た北情事綾・い遭遇した、日露の戟位ご なった o かうした大韓両を一期ごして国民思想史を繰 て見る。更に近︿閥族打破憲政擁護なぞ幾多政界の動 揺が等し︿園民自畳の呼聾さなった o 過 去 の 日 本 は . 現代さ産むに一本高枝の規定に従って嘗然来るべき結 果が今現れたの

r

。然し菩々の間仁は果し

τ

自費かあ る

r

らうか吾々は枇曾の攻撃座迫からyヅざ逃りょう さはせなかったらうか附和・宙開を以て枇曾的ど隠はな かったらうか口現在我々の取扱ってる皐究や信仰が自 包ご奈何の交渉ゐるかど考 b て見ねばなら向。我々は

宗畢や信仰を玩弄親し、高遠を喜び、不至 h z 貴

ε

し な かったらうか o 人に就て謂ふよ b か、自分は自分に就

τ

語 h たい。自分の事は自分でやるごいふ言葉は決し て新し︿ない随分幼少の時から聞かされたそして耳に 盛り得ね種慣れている自慢奮臓なんさ古い言葉ではな いか、然し自分は此の語の前には反拒の勇もな︷援醜 するカもない耗弱者である。自分等の取扱てる問題は 常に自巳に関係し枇舎を背景ざしておらねはならぬ。 魁曾を背景ざした我々は枇舎さ設委捗であ・ 9 、 自 我 す ﹄ 無閥係の事を奈何に論究しても畢寛暇人の暇ウぷしで あるからに o かう謂ったら自分を破壊的ご云ふかも知 ら向。然しそれは自分を理解して︿れぬ、盲評でゐる 自分は宗門の凡に輿論なるもの t 存 在 全 認 め 得 な い 、 輿論がないのか、輿論畿表の機闘がないのか、否彼等 は自分を考 b て る

r

らうか自分は園民自費の呼務を聞 ︷毎に宗弊の反響奈何を注意した我々はゐの大勢を漫 然観過しなかった.自意識のない宗教界それを思ふす ら苦痛ではないか。自分の問題に熱中し得る人は嘗所 輿論を這らねばなら必。我々は迂週の爾前鰹争捨

τ

I

(9)

定港の A 1 経乞頂ている.簿操の備を去って親雄の悌じ 結ぼれた、難遣を簡んで易道に導かれた o 是 の 喜 び 、 此の大息を思ふなら遠時白巳の問題に接鯛する‘吾々 は自分仁尤も近︿尤も親し︿設かれたそれを.高︿遠 ︵疎にしながら匙て白日公陥れ一枇曾ご分離して来た。 自分は先づ自分を呼ぴ畳さねばならぬ O そして自分の 問題を披べねばならぬ 0 ・ 吾 々 の 第 一 の 義 務 は 是 以 外 い 何 も な い 切 、 異 個 自 己 営 思 ふ 人 に 、 何 ぞ 他 ’ T 棄 て た り ‘ 陥れたりし得ゃうや、救携は自己よち初まるの戸、ある 白巳の救掛が同時に他の救携である﹃一人の成備は一 初来生の成悌﹂さは是れである o 徒に他仁煩はきる 2 より吾々は先づ自己さ解決せねばなら叫。そして自己 に尤も親しい相臆しい何者かを握らねばならぬ o そ れ あって後、生ゐる宗敬ご宗皐さか殺生するのである。 我組の散も我の問題から初まった﹃而に日蓮は日本国 安房固さ巾困じ生 ν て 候 し が 、 民 の 家 よ

b

出 で t 頭をそ h 袈 裟 営 、 き た り 此 度

ν

か に も し て 悌 椀 を も 植 ・ ロ 生 死 を 離 る t 身 ご な ら ん ご 思 ヒ て 候 し 程 仁 一 宮 云 ﹄ さ は 、 千 古 不 磨の妙文ではないか。此所聖誕の賀第じ近て自分はか うした深い強い戚を得た。そして中心から喜に満され た。鳴呼ゐの御州庵殿ごして見そなはす常在殿山

ヨ王. −、予盾の生活吾々の思想ご貫生活ごは常に二元 的の傾向を帯びてゐる。吾々はそれが何よりも苦痛で 堪ねられない。一方には蛸の中に紳を慕ひ.信仰を求 め、道徳を思ふ o けれざもそれが一ざして貫生活に表 現された例しがなレ。却って吾々の貫生活は、ぞの時 々の街動に左右せられて、間々思はぬ行錯を敢てして

おるのである o 叉それ芭反割に、他方には惇々さして 人に向って締を詑き、信仰を勘め、道徳を示す。げれ ざもそれが必令しも衷心からの思想の表現ではない。 却って吾々の凶は往々にして如何じ物欲を充たすべき かに就て痛されてゐる時が多い 10 如窓︿吾々の思想ピ 貫生活ごは.常に矛盾しておるのでゐる。恐ら︿これ

(10)

は有奥以来誰れでも自分を知った時.最初に戚じた問 題であって、而かも亦未解決のま i 、最后まで残った 問題でゐらうさ思ム。りれぜも五円々はざうしても此問 題を.未解決のま 1 最 后 ま で 接 し て お ︿ 主 は 出 来 的 制 。 何故ならば‘此問題の残ってたる限

h

、 五 日 々 は 折 じ ふ れ事に従ってその矛盾に泣かねばなら必からである。 殊に吾々の如き形式的生活伝法るものには‘目公然さ二 元的生活合法る

Z

の出来 m H ため、衝動欲を無理に歴迫 して、純潔なる思想の表現的生活を諮るかの如︿装ふ こごがある。りれぎも某等の物欲は、不識の問、間々 内酔して絡には紳、信仰、道徳等に閲する純潔なる思 恕をも化膿し、最后ドいはそれが金生活の上に破裂して 根底より白巳乞朽がす 7 とが無いさも限らぬ o こふレふ 意味からしても、此問題は是非解決しておかむばなら ぬ問題である U 二、その原因如怒さ二元的生活的依って来る所以 には色々の原闘がゐるでゐらう o 或は立志の薄弱なる に依るもの‘或は生理的の欠陥より来るもの、或は四 国の境遇に除儀な︵さるーもの等それでゐる o りれざ も今五口々は‘殆んぎ吾々の前竿生り総

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r

ゐうた思想 的生活の方面から・その肱因夕刊抗ってみたかど思ふ。 吾々は先づ第一︸青々自身に向って問ふてみねばならぬ

E

がゐる O ぞれは何かさ云ふに、吾々の今迄の研究方 針は果して正鵠を得たものでゐったかざうか E い ふ

E

これでゐる。併かし吾々は不幸にして之仁否正答へね ばならぬ o 何故ならば、吾々の今迄の研究方針は‘唯 だ事問の震めの曲学問であって、徒らに思想から思忽へ さ捗

h

ν

たに過ぎぬからでゐる O そ し て ま 一 間 最 后 の 目的に債ひする其大思想家の人格にまで深︿突き入る 蕗がなかった o 例へば天台大師の致事を研究する時、 支文の二部には十年の歳月を費しても、止棋の研究に は‘僅かに一二年の時をしかかさぬごいふ有様でゐっ た o 然るに大師の全人格は、却ってその止観に異面白 を頴しておるのではあるまいか。吾々の研究はそれを 如りつ t 閑却してゐた o 叉組書研究じ之を見る時は、 成程多︿の撃者は直に本館紗にゆ︿、けれざもその本 曾妙の研究は、徒らに註審の須めに煩ひされて.その 結果註者の面影に組師の大人格は間々隠されてしまっ た憾みがゐる o 従って吾々は直に組師の大人格に接す る

E

が困難であった o 思ふに総て物事は人格ご人格と の接胸によって、そこに新しい γ カが生れて︿る o 者 々 は買ドそのカが欲しい γ のでゐる o そのカ仁よって自己

(11)

vむ の小人格を高め.質生活を統一してゆきたい V ご熱望し ておるものである o 然るじ吾々の今迄の研究方針は、 徒らに思認の取り扱ひじのみ孜々ごして.更に進んで ぞの奥に閃いてをる人格の面前にまで山タさ突き進む

E

を忘れてゐた o こんな事では、よし百年勉強しても それは車じ駒識りさ云ふに止まって.人間ごしての自 分じは何等の受捗をも持たぬものになハてしまム。偉 人の人格を宿さ必思想が、い︿ら一政の中じるっても、 それに表現力のないのは、寧み嘗然の

E

ではあるまい か o こふいふ無意義な研究の続︿限り、吾々は永久思 想ご貫生活どの二元的矛盾に苦

b

まねばなら向。 一品、五日々の採るべき道如岱き二一冗的矛盾の調和を 計るには、たい b 向後の研究的態度を、人格中心の研究 的態度仁改むるより外はない口換言すれば、問主百を忘 れて註者の義論に悶はる t 純思弁的態度から脱却して 誼仁組意そ街き、祖師の大人格に迫るてふ結極的研究 の方法を採らねばなら必 o この意味に於て吾々は.混 嗣たる時代の吾串界に向ってこう叫びたい o 日︿、設 若し統一ある一元的生活舎建らうどするならば‘何等 の偵件な︿、直に姐丈に鯖れ、そして更に復た法華経 仁蹄れど。組文に蹄・り怯華経に蹄って専心稗迦及び姐 師の大人格に街き入る時.苦々の研究・には初めて緯迦 及び祖師の生命を宿す、とが出来る o この生命ゐる思想 によって表現せられた貫生活ニそ‘異に思想ご何等の 矛盾なき貫生活ごなるのでゐる u 此 時 五 口 々 の 思 想 ご 貫 生活ごは、不離の開係を結んで、一は吾々自身の人格 の内容さな h 二他はその外形ごなって、鼓に五口々は統 一ゐる人格を得て矛盾なき一元的生活を法る

Z

が出来 る o 人格中心の研究!これ五日々の採るべき唯一つの新 路である o 問、異の宗敷的生活この方法によって進む時、少 ︿ごも自分二佃の全非活には、何等の矛盾も無い Z ﹄ に な る O げれざも枇曾は呆してこの生活を認むるか如何 うか、それを枇曾に訪ふてみる必要がゐる。若し枇曾 がこの生活︷或は赴曾仁逆行する時もあらう︶を‘充 砂慣値あるものごして館敬するならば、此時吾々の金 生活は、個人的にも枇曾的にも完会した、異の宗敢的 生活ざなり得るのである o

φ

(12)

玉、

Z

生 駄 諌 柳瞥創設の官時、唯自力を専らざする偏執家の陣営 樹 立 し 、 威 信 凧 揚 々 ご し て 行 ︿ 者 ゐ ・ 00 叉唯他カを標腸

L

て、都名に除念な︵過ぐるものゐ

b

o

而も道すがら 衆に語って日︿、心中弧樹なる者は奈れ、西方の如来 は故等の欲求 r h 肱モんどす.須ら︿専念なるべしご。 他は又臼︿.衆人よ‘臓を誕して我が心 h z 凱守ょ.何 物かそこに閃くものゐらん、是れ即ち異の得悟なりさ 相共仁束柳笹に足を制めんざす。未

r

幾許なら守して 天の一方に雷屯鳴り、大地俄然震動しぬo商人呆一気に ぜられ度脂を技︿ O 見れば.忽然一一部借り地上に立て るゐり。威儀端正にして温容迫ら子、笑

h

τ

浮ぺ徐みに 彼等に語って臼︿‘法等の欲求する所は総て説れ・ 9 、 悉︿迷へ h ノ O 今波等の潟に、尤も簡捷に

L

て、最も安 全なる方法令一市さん。剖目して見、善︿之を心固に記 せよo設が専念を料じて、我等の主師親たる久遠本部 稗得仁揮し、唱題妙行に依って巳心の備性を喚起せよ 然れば直じ本悌の震体ご了知することを得ん。こ i じ 於てか、本協附証の悶果の二法は直ちに放が一法ごな Zぺきなり。然るに波等の一人は濫

h

に無線の他悌を 麹望して、徒らに本時の婁婆を厭離し、宰し︿如幻の 築士を夢み、叉他の一人は自己陰妄の一念に依

b

て 切 h J に無上の骨体を律せんさし、偽窓甑の床に惰眠を食

h

、水中の虚向仁心を勢して、而も一物を得

4 t

自ら 高奉の心を抱いて巳れ偽に等しさ謂ふ。共に迷ひ共に 荘へりロ警へば経子の蜘︿窮子の如きか。早︿来って 色香味美の良襲そ嘗めよ。而らば無始の三毒は忽ちに 消除して‘本有三備の符顔に接せん。早︿来って設が 究たる本悌の居城を訪へ。父は怒顔笑を浮ぺて設に家 業を譲興すぺし o 放等之に気付か十し

τ

徒らに貧里じ 迷ひ‘良薬を拾っるは何ぞや o 本 悌 の 大 慈 悲 仁 一 泣 か ざ るか。無始以来放等の鵡に救の御手を垂れ給ふを如ら ずるか。救の縄に取 h 付きたる時、在に波等所燕の品加 知見は開示され、迷妄は忽にして除かれ、異の解脆は 設に符るなれ。経には是人於悌道決定無有疑ご設りり 両者共に来って疾︿我が門に集るぺ

L

o

何をか疑ひ何 をか危ぶむご、緯々論

L

給ム所ゐれば.彼等が迷妄の 霜蕗は、この赫々たる慧 H の光りに依りて悉︿消除せ るを余は見たり o ゐ t 偉 い か な 救 ひ の 御 前 田 ょ 。

(13)

椿

ム 生 タt. 開 問 か

t

叉いさ悶なるほの事な b き o 二三の信者全案 内して今は昔の物語りなどしつ t 、 式 け 蒸 す 老 松 の 間 縫 ひ塁。

γ

漸 ︿ 国 光 一 施 の 境 内 に 着 ︿ O 庵は四季の眺望に 官むを以て名ゐ旬。庵主

η

請するま l 様に腰打かけて 櫨茶に暇を潟しながら遠︿前方を見遣れば.達一巡の山 々仁は棚引く霞の濃︿薄︿天

ω

一方に天子識の連山重 墨して南方に展じ脚下には富十ム川の碧流週・りて白蛇

ω

うねるか如︿ O 党是雄絶異に大虚じ遊ふ心知して、一 行

ω

喜び限りなし、眼を鞠じて右方を眺むれば境内の 中央に積かれる大沓樹の問より雪に輝や︿七両山頂の 日影紳々し︿、樵の振ふ斧の一一に杏樹の葉山ニ片三片 ホロfkE ご舞落つ伎なぜ番趣査当 c e さるものあり o や が て庵主の案内に任かせ、常字をめぐり見れば石垣にて 固まれたる繍活なる地に青銅じて、造れるこ基の碑立 て ho 庵主は先づ合掌して、きて徐ろに語るやう o そ の 昔 江 田 ’ の 旗 本 − ﹂ 永 見 富 一 環 ご 云 ふ も の ゐ り て 、 二 子 を 有せり o 兄 は 十 六 に し て 重 い 一 刊 さ 一 広 ひ 第 は 十 五 に し て 重 倫三五ふ。父兄の病弱なるを憂へて窃かに弟をして相 続せしめんど議る。重樹之を聞いて、大に驚きその不 法営再三父に詫げざも遂に用びられ守して白瓦す.重 吉之を見て深︿弟の義死を哀み、屍を抱て歎︿こさ限 りなし c 日夜に己弟を慕うて忘る t 能十 o 生きて父母 に事へんか、死して弟に見へんかご。煩悶遂に郊の跡 を謡うて叉自殺したち o 父母悲歎ゃるかたな︿業遺骨 を携て遁々 ζ の身延の山に詣でしかば、時の法主“悲 上人深︿兄品加の義死に戚じ哀み給ふて、此蕗に塔 h E 建 立したるなりご o 語り終りて庵主は密かに涙’ M ι 拭 ぐ へ り。一同も此の哀れなる物語 h に思は今涙’てきそ以 れて、題目唱へつ I 木の枝、又は花なぞ手向りながら 是人於悌道決定無有疑ピ回向せり。余はその裏側に兵 ける二輸の椿の花を取りて兄弟に挺し一同を促して邸 詑仁就り ho なつかし

ω

践したうて行

t

兄 の 心の内そおもひやらるよ

徴兵に出る友に奥ふ

山 内 慧 戒 茨かに聞︿に、五日兄今岡徴兵検査に合格の栄を蒙剖い ちご。湾問教喜に堪ね子。筆ケ阿

L

て 書 を 呈 す る 所

(14)

Cコ 以なり o 思ふに軍人なるるのは明治十五年軍人に賜ひ し勅識にも見ゆるが如︿、自ら陛下の股肱を以って 佳子るの樫悟なかる可からす。故に一旦入替の践は常 に閥家そ譲り皇威守政官揚せん一与を心掛げ、誠心誠意不 惜身命の泰一公ゐる可きなり o 特に勅論

ω

五ゲ僚は軍人 生活の生命をなすものなれば.能︿之を服腐して、決 して違反の行潟ある可から十 o 五ケ保ごは他なし即ち 忠節‘礎義、武勇.信義質索、是なり o 入管後直に 上官よ句散を受る事なれば今夏の賛排を要せや, r﹄ 躍 。 古語に﹃三歳の章子も之を知る、而も入十歳の老翁絡 に行ふ能は令﹄の憾みなからしめんのみ o 欧州にては 一ト度徴兵に出たる者にゐら

5

れば‘世人の信用を得 る蔀能はやご。之一ト度軍隊に入りたる者は茶皐止動 作を始め、気風思想悉︿高向確一貫の人ご潟り之を入隊 前仁比すれば殆ざ別人の如き槻ゐればなり、外国に於 てすら斯︿の如し o 況や武帝凶軍人は世界無比の皇 室を戴き世界無二の国家を保議する任砂ゐるに於てを や宜し︿忠良確質の人ざなり限って大元帥陛下の股 肱の一人たるに憐づる事なからん ζ ごそ期すべきなり 好漢孝に健在なれ o

j自主

辻 能 串 何れの国仁於ても、国旗はよ︿雲閣の匪立.性質等 を詑附するに足るものめり o 見ょ.十字架は英凶的国 旗にして青白紅の三色なるは悌凶.幾僚の横線に数仰 の星を添へたるは米国‘露闘は鷲.支那は黄龍、選躍 は象‘波斯は獅子、土茶耳桟及は月の依りたるを描り

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されざも此等は皆誌に我閏艇の光明ゐる.又同碕 なる表象仁比す可から十。即も龍は腎・﹄そいかめしげ れ叉象、獅子は髄ニキ大にして狙なれざも背是れ蹴頭 にして巳に其園の天下仁事を成さ

5

るを示せるなり o 然るに見よ、我H章旗の.その白地なるは潔白乞表 し中央の赤色なるは赤心を示し、その固形なるはお位 相和の相を表するニごを 0 ・ ﹄ れ 即 ち 我 国 の 精 華 に し て 過去に於

τ

は三千年来の名春ゐる歴史を語るご共に、 叉未来に於ては四海統一の大業を賦就すべき事を表は すものさ云ム可きなり。

望 月 宗 康 朝から手足の蹄れるはざ寒レ円であった。庄は静塁

(15)

合流した如

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層雲四面を鎖して、絞︿連山はものすご ︵雲煙に掩れていた。白院々たる七面山の降雪を打ち 水 ゆ る 風 が 刺 す や

5

に身に路みる G 私は課業後用足し仁 町へ下ったが、其時は早や里にも雲は散る花の如︿に 降り出してゐた o ぞれが用車をすまして蹄へる頃には もう五六分はど﹂も積って、歩行にもや 2 困難を戚十る 位であった o 私は鴨ぎ/、坂を中穏まで控つ T 来 た 。 そしてホヅざ白い息を吐きながらフト路傍を見るご、 五六本の竹が降り積む雪仁顕を低︿地に垂れてゐる。 葉風情が一きは私の目仁、物ゐはれに映った o そして いかに彼が忍力の堅固なるさ精紳の廉潔なるかを思は 今にはゐられなかった o 見よ彼が、この降り積む雪一ド 卒常の蜘︿直立してゐたならば彼は必らず巾詮に於

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折断せねばならなかったでゐらう o 然る仁被は雲的襲 ふに任かせて少しち抵抗せ子、忍びに忍んで然して向 うな

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れてまでも忍んで居る。ゐ I 彼は何故にか︿ま で苦しめられつ:、而かも卒然ごして居るのであら

5

か。之れ他事なし o 後に於て大仁伸びんが認でゐる o 貫にゆかしい風情ではあるまいか o を b しもひ

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唱 題の法鼓に.端な︷も思ひ出きる I は六百有齢年前の 昔である。頃は文永入年九月十二日、聖一組大上人松葉 ヶ谷に於て設法の真最中、物具着げたる殺め

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き数百 人の武士に固まれて、身に罵雪論説を似びなからも、﹁ 日蓮是を見て思ふ様、日来月来思ひ儲けたりつる事は 是れなり o 幸なる哉、法苓経のために身を拾ん事よ、 臭き頭を例なたれなば、沙に金を替へ石仁玉をゐきな へるが如し﹄ご遮べ玉ひて、彼等の思ひの健に縛ーいっ きそれより鎌倉の大路小路を引きまはされて,龍の口 の刑場じ臨むも、蛇踊丸の名制の下莞爾・として弟子組 那等そ顧みて臼︿.﹃各々殿原これはぜの喜をはらへ よかし﹄さ、鳴呼遣なるかな吾組大上人、如斯︷匹夫 等に刃杖を加へらる 2 も、向且つ忍のぴに忍んで而か も泰然自若たる、之れ質に佐島に於て大レに伸びんが 潟ではあるまいか o か

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思ひ来れば、これら五六の竹 にも言ひ知れぬ、なつかしさを費ねて、忍は思は今、 ﹃放の未来を自重せよ﹄ご小言に彼を慰めたのである。 時しも告げ渡たる夕暮の鐘に驚かされて我に踊れば傘 の雪重︿、手足はひへて泳のや,コ、帯︿迫り来る夜の 色に包まれながら雲の夕ぐれ物きびし︿、再び整って 知性鯖訟に就いた。

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是 混 凡そ人は食はんが怨に生れたるにあら?。食は唯

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滋養の持なり。叉遊ばんが潟に生れたるにもあら今。 遊ぶは唯

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身体の調節合計らんが掲のみ。然らば人は 何の縛めに生れたるか o 日︵活動せんが縛めなり。活動ごは何ぞ.地を耕作 するも、製造業に従事するも・皐理念研究するも、皆 活動なり o 然れ共活動には粍々ゐ A Y O 楠木正成も足利 雪氏 b共に武賂ごして活動せしも.業の目的低値− L 到 h ’ て は 雲 泥 の 差 ゐ り o 然らば五日人は如何なる活動をな すべきか。日︿、自行先づ成 b たる暁は.二陣三陣型 組の御ゐ

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慕ひて、不惜身命の行な詑げ‘襲婆即寂 光 の 貫 を 血 中 げ ん こ 芝 、 こ れ 即 ち 五 口 人 の 日 的 な り 。

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H 生

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− − : 忍 は お 前 ︵ 白 分 の ニ ざ ︶ の 貧 し い 委 女 時 四 る に つげ‘時々日に冷たレ涙

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穆む ζ さがゐる。お前じご っては今が一番大事の的

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精紳的に段落するのも向 上するのち.死拘るる生主るも、 の現在が一番大事の時

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お前のその痛々しい姿は何

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。殆んぎ自我を認める こさの出来ぬ程挽せこけてゐるではないか o れ前には 過去を統一し・現在を努力し、未来を開拓する丈りの 力が無いの

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らうか。そして盆自我を後展し憤大する こごが出来ぬだらうか 0 3 ても哀れなるれ前よ l 一生涯じさってお前

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二三目前の暴風雨も忘れたやうに拭はれて、宰は少 女の障のやうじ碧︿湾み切ってゐる o 刺すやうな日光 が、草や木に反射してキラ、、口に泌みる o け れ J Y ﹂ も 最う秋

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。岱ふして家の中に居ても、ソョ、、訪れる 風が何どな︿緊まって、自ら襟をかき合せた︿なる o 在は机に鷲れながら、庭に植つてゐる高爾の赤い賓を 忙然り見詰めて、考へるさもな

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お前のこごを考へ績 げ て ゐ る 。 忍はこんなニぎを思ったよ o お前にはチツトもカが な い o 従って見識ご云ふものが管無

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。人聞が生きて 行︿のに.カが無かったり、見識に欠げた、りしてゐる 位哀れなものはな hiD お 前 も 最 う い v t 歳 じ ゃ な い か 。

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少しは自分ご云ふちのも考へて見るがい 1 0 一 体 れ 前 は過去に於て幌け過ぎた。現在に於ても亦僻げ勝ちで ゐ る

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から幾ら事ぴ得ても、後から/九消ねてしま った。出来かげた自我も後から︿放散

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てしまった それが錦めお前は肥 b るこどが出来抑制のだ。今からで も い t 、緊縛一番、貧しいながらも今迄の撃事を縄め て、確乎たる燭立した自我を建設して見るがい I o そ してそれが出来たなら、小康に安ん祢﹄?、讃み且つ考 ヘて、盆その円我の増大を計るやう、不断の努力を加 へ て 行 ︿ が い l t o そうしたならば、丁度脊梁へ海苔が つ︿やうに、段々お前の自我は肥’りてゆ︵ O 見識も力 も出来やうど云ふもの

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前の本箱には‘除。珍らしい本も見嘗ら n H が、そ し

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得出ゐるごも思はぬが、そ仙いさへもれ前は竿分も 日を過してはゐるまい。よし自営通したものでも、せ めて十分の一も畳ねてゐやしまい o 何も文字通り畳 b てゐる必要もないが、その文意を以り、且つぞれに依 って幾らか自我後民の資に供したるのがゐるか o れ前 は唯

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漫然ご山 a 心無しに積んでゐた o ぞれ故諌んでゐ る聞は一踊に映ってゐるが、請み了るさ何も残ってゐま ぃ。丁度活動寝異の白布のやうなものである o 竪 賞 ・ 9 しな︿ちゃいりない o そんなニさでは、私はお前ご絶 縁するかも知れない γ よ : ・ ・ : ・ : 。

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し、 親 二孝 岡 庭の山茶花が白︿暁いて、昨日迄美し︿暁き揃ふて 居た黄菊が‘皆カな︿倒れてしまった。隣の垣根の水 仙は未

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膏である oA1 朝起きて見るさ手水鉢に務ひ氷 が張って、七一陶山の頂が異白になってゐる o 霜が降り 風が吹き、氷が張って此身延に A 淋しい各が来た。そ れはゐる寒い日であった。 私は日影をなつかしみながら‘ぷら/\ご裏の林じ 午后の竿日を遊び暮した。強い朝討がキラ/ k w き し て 新緑がゐたりに匂ふた夏の林ご蓮って‘ A ー は 見 る 影 ら な︿痩せてしまった o 葉の無い淋しい影が僅かに弱

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日を受けて、淡︵地上に落ちてゐるばかり−

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− − o 彼 方の田の面を見れば、鳴子の縄も切れて、笠の破れた 案山子炉寂し︿立って居る。鶴鳴が来てそ

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そばに昆 を振って居るのも.何さな︿物哀れである o 脚元仁は 露 深 い 叢 に 妙 ↓ 耳 目 砂 − 弄 し た ゐ の 秋 虫 の 部 も も う ‘ 絶 ね て

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胆事 しまって、褐色白落葉がガナ

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﹄冷たい風じ泣いて 居る

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宰を見るさ雲きへ、念しげに北へ

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・ 、 さ 走 っ て 多が来たさ告げてる様に思はれるo 夕暮の鐘が鳴った。 柿の枯枝仁友ち無︿止まって居た烏が、その昔に驚 いて嘗てもな︿舞って往︿ O 熱い涙が理りもな︷私の 頼を侍った。 私はやがて腫を返へして自品川の部屋に蹄った o そし て外を眺めた。 夜の景色は段々一濃︿なって、表の鐘接は究第に閣の 中に消 b てしまった o さあなたの宰に冷たい星が一つ 薄︿光って居る o 寒︿なって食ふものが鱗いのでゐら う ‘ 色 調 の 聾 が す る 。 夜は更りて往︿。蹄子の穴から吹き込む凪に私は幾 度襟元を掻き合わせたかわからない。 入時が鳴った o 棟を隔て E 訂つ、お引げの飯木の一菅 が 微 か 仁 聞 ね て 来 る : ・ : : : 。

皐 勇

黒 簸 夜来の爾は晴れ記る値.ニ一ニ

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− 友 M 1 . 飴 ら ひ て 寺 卒 の 畑道にさ歩

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蓮ぺば‘秋をかニつ虫ゆ品目は、怨むが却 ︿‘悲 h u 如︷、草葉の露は冷々さ衣の都を制して一歩 毎 に 哀 そ 棺 せ ・ 90 見渡す限ち四方はて蜘濃霧仁鎖さる ーさはいへ.或は現れ或は隠れ、鑓幻万蹴一呼吸の中 に新な bo 既にし

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冷風吹き起れば.濃霧忽ちに散し て、浦山壷︿是れ紅葉、﹃誠に身延山の栖は千単掛る紳 もめ﹁みを垂れ、天下

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ましますらん‘心なきしづの 男しづの女までも心を留むぺし o 哀を催す秋の暮には 草の庵に露深︿︵中審︸峯の紅葉。何時しか色探︿し て、たへん、に博ふ懸樋の水に影をうっせば.名にし おふ橋田河@水上もか︷やさ疑はれぬ一﹄の墓文.いつ しか口をついて諦しつ

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ゐ b o 友を慌がして歩守山麓 に移せば.漢水款に染みて紅な b o 互に相願み

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る番趣を賞す。

布教の心懸り

友 弁 揺 慈 吾人は悌弟子なり。悌弟子は働組の本震を受り、悪を 止めて善を進め、樺を貰ごする迷者をして貫道に引入 し、以って天下高民詩乗一悌難の春を辿ふべき大責任 ゐ b o 吾人は制何に心掛りて布赦せば.者蹄妙法の審

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$.. を迎ふぐきや。吾人毎に云ふ。串間賠論成就せば、破 格門理の旗を来げ‘皆蹄妙法の泰を迎へんご。質に然 な・り。され古今の世’乞見るに布敢にて改宗せしもの未

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一人ごしてゐるを聴か子。之れ如何なる理由に依る や。串岡野論成就の上、如何に布教すごも‘五日人の言 ぞ信じて、本化の夜道じ鯖する煮なき時は、布教の功 何れにかゐる。皆蹄妙法の質何れの昨ぞか期すべきo 吾人探︵憂となす。思ふに嘗世の布教は第一の目的た る衆生化盆の本意 e g 拾て I 、謝儀の多少を以って本意 さなす o 布教師は先づ謝儀の多少を問ひ、而して綾謝 儀多ければ欣然ごして招きに・雌じ‘謝儀少なきど聴い Y ては勤せざるニピ須捕山の如し o ゐ i 五 日 人 は 謝 儀 を 目 的ごして布教すべきか。衆生化症を目的ざして布教す べきか。若し謝儀守以て日的ごするならば告人は大い それを痛せん o 衣ケ着たる猫なりぜ O 但 に 五 日 人 の み な ら予三世の諸偽も亦五円入の如︿茄し玉ふべし o 故に吾 人は須︿山中しき心を拾て I 大慈悲心に住し、以って異 心より布教の功を耽むぺきな bo きれば必や高民は水 の掠る t が如︿五日法じ蹄せんo若

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夫れ逆説の者ゐら ば、宜しぐ樺賢二教の鞍を起して其の起査を正し・彼 等の迷艇を朴して得々説示する鹿めるべしo 菩租建長 五年の夏の頃.始めて本地難思の妙法を弘通し玉へる 仁、初めは一人二人一村一郡、はては日本闘の一切衆 生皆吾組の敵どなるo然れざも結句妙法に蹄する者幾 十高の多きに歪りしは何ぞや。一に吾間の慈悲廃大の 徳に依るなり。此を以て知る今の世布教の功なさは唯

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説者の胸中謝儀のみゐ h て、赤心よ b ほピばしる慈 悲の念に依りたるこごをo従って抽脳血熱に戚勤を輿へ古 る所以な ho 乞ム深︿之を思へ o

伊 藤 構 開 五円々率生には暑中休暇が一番柴しい。或は山に、或 は海に、哉は慕しい父母の膝下に、何れも思い/\に 此三旬を費すのである o 自分はニ句を族行仁、一旬を 堺の悔岸に悲た o 山 に 計 ・ 9 居

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、 海 さ 一 古 ふ 物 に 封 し て 物珍しい自分は、海岸の生活が心ゆ f ばかり嬉しかっ た o 泳ぎを心得ぬ故、別段構へ這入ら

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ご は 思 は ぬ 。 只石の上に立って、絶 h A V 果しも無 h d 大梅原から、大 うねりにうねって来ては.展に砕りる波の鮭観を見る のが、何より襲しかった o

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して何時も斯んな考を 持た o 偉大なる事悔の如きは無レであら

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葉面積は

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地球の三分の二を占め、其深き慮は三高尽にも謹すご か。表には敷高の船舶を浮べ、底には数十高の動植物 を棲ましめてゐる o 叉壮快なる事悔の如 3 は無いでゐ らう o 静なる時は水天一色.恰も瑠璃の如︿.天津乙 女

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降り京市て滞みもすべきに、一度怒れば紅澗天守捲 き‘怒詩山の如︿、大艦且舶ご躍も木の葉の如︿祇献 するのである。叉盤妙なる事慌に却さちのは無いでゐ らう o 千高年の昔から千高年の後に亘て、高川を懐じ 入れて溢れ令‘大陽じ閉山されて減や﹄予.常に瑠璃乞描 へて居る口此美妙なる紅快なる偉大なる大耐に商しに 小擦は、体連日準金生んた。怒濡岸を噛みれ欄日般に迷 ふ姐の危浩ご、風寒︿雲探き H 本海

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激浪じ閤まれた 佐渡ゲ島さは、政一日蓮をして勘持品の数々のニ宇を色 讃せしめた。山碧︿梅澗き龍ノロは、事 H 還をして本 地を問販せしめた。﹃法華経は川流江河等一切の水を一 摘も漏さぬ大海山とどは、聖日漣が絶大の妙法を賛じ た金句である。﹃我日本の大般ごならん﹄ご、是れ生死 の大海に苦 h u 衆生を担架の彼岸に引入れんさし給ム塾 円 蓮 の 至 誠 な る 悲 願 で ゐ る 。 ﹃ 四 海 守 一 雨 主 あ ら ん や ﹄ ご は聖日連が我曹に婁婆

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救 主 を 一 不 さ れ た 好 箇

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比鴨で あ る 。 ﹃ 書 ぺ 州 一 明 日 川 流 d 占議銭第一手泊決議長官恥祭実﹄ 定は.入高四千の法円七千偉容の経典の心髄を定め給 ひし碍曾の金言でゐる。﹃一天四海皆蹄妙法﹄さは是れ 蒋符の本懐我組の悲願でゐる o 我は A 寸 海 に 向 て 静 じ 法 華経の絶大ご、我組の思穆ごを思った。然して法華経 の微妙を讃美し、我組の恩徳を讃歎する時、大に掃を も謡ふべきでゐる事を如った。軽轄たる潮の昔は之れ 唱組の抽出、務携たる波誌は之れ折伏の航、批麗太古の 雄委は之れ久速の境界を賦示してをるのでゐる o 鳴呼 舵なる哉海ょ。美なる哉揖よご、句 H 滞在中、海に向 って立つ毎に斯んな戚じが繰 b 返された o 然して自分 は海を愛し海に親む一人ごなった。回して又我海闘民 の会鉢をち、海 b E 愛し海仁親 h u 人さ錦し度︿思った。

(21)

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-t: 長 閑 な る 、 里 遺 の 、 来 し 方 を 、 われは泣き向。 ふ さ 見 れ ば . 縁 候 け し 、 も り あ ︵ た 、 ぷ ︿ ぷ ︿ さ 、 ゅ の は れ 2 1 1 0 お I 椀 よ 日 聞 か ま ほ し 、 思 ひ 見 る 、 人 の 家 の 、 暖 き 、 家 人 に 、 新 玉 の 、 卒 和 な る 、 饗 醸 の 、 低 き 白 同 庁 、 軟 禁 の 、 ひ た す ら に 、 撃 か に 、 あ 3 、 き る を 、

荒 木 小 春 日 和 や 、 土 橋 に 立 ち て 、 思ひっYけつ o 浮 き つ 消 み つ 、 椀 の 死 骸 、 背 に 被 ・ り て 、 疏 れ 京 市 h J ぬ o 見 る も 無 残 、 設 が 歴 史 を 。 ﹃ 設 も 昔 は 、 光 る 座 敷 に 、 慈 愛 を 受 り て 、 愛でられつらん、 年 の 始 や 、 村 祭 り に は 、 華さ成 h て ぞ 、 嚢 か し つ 。 密 に 憧 慢 れ 、 幸を誇

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て 、 生を還りき o ﹄ 今 の 委 は ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 、 経 明 川 う 況 捧 必 費 時 草 搭 孤 叫 生IL春 さ わ の ぺ て 猛 な tこ 波 蔭 ぐ 影 べ ら 宵tまれ 面 な や き き 貫 ょ に よ 淋 ぎ 十 の れ は 見

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、威、tこ 、 、 さ し も や 、 、 泣 っさ を 、 、〈、

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波き め 、 、 、 : 、#l っ : 。 0

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わ 霊 檀 器 蓮 い 委 見 下 い れ の に を 命 づ 隠 b へ ら は 人 す 醗 の ち し し 下 へ 梯 を 、 弄 紳 ゆ ぬ 瞬 へ が き や ぴ は 〈 。 問 iも り 、 て 、 ら II:せ b 、 ん : で 。 、 。 、 知 る や 柴 は 、 夢

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一 幕 、

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重つみにし野謹や此慮、 黄 金 の 色 に ほ ’ ﹄ り た る 、 甫義英いつか白銀の、 牽さな

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て 残 ち た り 、 盛たづねし岸や此露、 玉 ず ﹄ 蹴 れ し そ の 光

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あへな︿消

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て 今 は は た 、 入重の氷にさ e さ さ れ ぬ 。 紅葉染めにし山や此庭、 錦さばかり見まがひし、 色消わはて E 北 風 に 、 散りて鈍る I 六つの花 o A 1 白妙の世に立ちて、 過ぎ来し方を侶ぷ時、 み宰に高き月影は、 物凄き迄さへ渡る o ﹄ A

鶏鳴報暁一天新。 四 海 東 風 聖 恩 遍 o

貰菊丹楓照眼清。 田頭酒肺際林遠。

迭臓迎春隅色新。 拝年客去関無事。 竹 鷲 瑞 気 筒 孟 高 象 泰 。 椴杯献書太卒民。 全 夕陽幽径一禽鳴。 好 栓 蹄 雲 杖 履 轄 。 天 香 奉家献等酌芳醇。 早有明窓試筆人。

在 庵

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溝 田 夕暮れの御堂り前に一重ぺひざり 何願ふらん額づきてゐぬ

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師 子 耽 道 人 身 さ ψ 恒也︿正し︿持てよかし 一 祉 の 前 の 杉 の 如 ︿ に

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白梅や今日庵主の不在にして 茶に酔ふて疲られぬ宵や泰の雨 春雨や今日も隠居の謡かな 兎斯替の膜臆ざして泰の雨 春雨やお次ぎに釜のたぎる一音 雑談に女もまじる春の雨

うっし世のそのひ定時を溢茶かな 閤 鶴

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去年の秋、天長の俊民たト L て俊曾式私奉げ て 以 来 ‘ 日 品 問 ほ 洩 告 に 拘 は ら ず 、 我 舎 は 三 部 品 宍 着々業歩か進めて、諸般の設備も弔‘完全 L 、 現今では某形式に於て、どうやら不足た告げぬ 位の程度までには瞥ふれ。幸ぴに、内には曾員 相互の努カ芝、外には待別縁者諸締の援助さに よって、夏日内容の充賀吉費辰吉た計るこさや 得れば満足である G 舎 則 は 巳 に ﹁ 棲 静 ﹂ 第 一 鏡 ・ い 脇 田 表 L れ . v .第 一 説 H H 勝海販制りでもあり.叉侵略喝の匝載も棋 られてゐ大倉め、品同ほ官の性質等ル御容句ない 方もあらうさ思はれる。それ故.令改めて林一に 掲 載 す 阜 、 、 吉 E L K G

。組山事院同窓曾々則

木曾 ρ 奮 燈 耀 骨 酉 チ 租 山 田 事 院 同 窓 曾 ト 攻 量』 第登録 構 λ 第戚傑本曾こ組出血事院内=設立 λ 第 参 傑 本 舎 川 異 体 関 心 J 租 訓 チ 奉 哨 V 曾員相互 ノ親睦チ諜唱三業ノ調節的安展予期丸砂チ以 テ目的トス 第附傑本舎内定ノ合員チ以テ組織ス 一・名血骨曾昌島本事院ト特別関係チ有ス b v 者 及 ぜ 本 自 型 院 = 教 職 員 タ w N V 者手以テス ニ、特別舎員本事院司教職員及ぜ本愚院出 身者チ以テス 豆、混常倉員本血事院在盟申生テ以テ λ 第五傑本曾戸前掲ノ目的昌 7 貫徹 t y γ 鴛定 J 諸 問 郎 チ 設 タ つ 講 演 部 一 、 文 事 部 て 運 動 寵 但宇各部 J 規定 ρ 細則三規約 Z 第大曲聞本曾 h 晶冒務整理事業務展ノ鴛左ノ役員 チ置ク 一 、 曾 長 一 名 院 長 テ 推 戴 メ 一 、 副 曾 長 一 名 教 頭 チ 推 戴 ス 一 、 含 計 顧 問 一 名 本 場 監 事 チ 推 戴 λ て 部 長 4 M 綿ル鶏宙開一定ノ教職員チ推 在 曲 学 生 中 盟 国 司 摸 暴 V 内 一 、 幹 事 四 名 一 名 山 曾 計 チ 寡 任 ス 第七回陣曾長ハ舎務チ岨障措 v 、副曾長 ρ 舎長チ 輔佐 V テ 瓦 F 木曾ノ統一安展チ重俊 λhw 宅 ノ トス、舎計顧問 ρ 木 曾 晶 百 計 事 務 ノ 指 導 H A ピ 利 財ノ保管三世ズル屯 J ユ V テ芭部長内各部ノ 整理費措置指導ノ任ニ鴛ル弔ノト z .幹事及ぜ 曾酢角直接曾ノ事務チ揚任 u v 舎務及ピ事業= 溢滞ナカヲ V ム 4 u v 第一項曾計ノ出納戸幹事舎議ノ上エテ行 7 4 v 第 二 項 舎 計 戸 各 月 J 決 算 手 書 − 一 V 金 員 ノ 保 管 ρ 必ス曾計顧問 Z 委托 V 大 舎 ノ 際 司 一 諸 般 ノ報告チナス 4 V 第八傑本曾内毎年四周ニ大曾チ閲キ幹事ノ吹 選 チ 行 己 主 同 任 期 予 滋 一 ク 年 ト ス 包官再選 λ か 寸 チ 得 幹事 ρ 遁常曾員 J 互撰=ョ,テ決定 第 一 一 項 ス 第 二 項 幹 事 ρ 高 等 部 自 甲 二 名 、 中 等 部 一 一 一 年 生以上国事ニ名チ互換ス酢唱ノト λ 第三項投票同組テ詑名投票トス 第 九 傑 本 曾 々 員 ρ 左ノ金額チ納入ス市毛 JF λ 第 一 一 項 名 袋 町 曾 員 Ah 待別倉員︽燈笠寄附ト ス 第 二 項 温 常 曾 員 ρ 毎月金拾銭チ廿五日迄= 舎計へ納ム耐屯ノトス 第三項遁常曾員戸新入曾ノ時基礎金ト V テ 金武拾銭チ納 A 噌 キ 屯 ノ ト ス 第 拾 傍 本 曾 ρ 各自責任チ重 v g 無断続席怠慢 ノ行震ナキ寸チ替7屯ノト λ 第 拾 費 傑 木 曾 ρ 曾員ニ V テ全科卒業ノ際川法 別曾テ開キ且 y 相 営 ノ 記 念 品 チ 殿 山 昨 唱 J ト ス 着 目 V 中途退院ノ際 ρ 直 也 別 曾 チ 関 F 寸 ア ル ペ U V 第拾威傑木曾々則ノ改正及 h 重要事項ノ決議 戸大曾ノ際出席曾員ノ三分ノニ以上ノ協賛チ 得市唱ノトス 但 V 緊念ノ場合川役員曾議=依’決定ス耐 寸 ア ル 4 V 以 土

企 講 演 部 β 大正二年十三貝廿三日より同サ丸日迄一週

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Cコ 問、友井・早川の爾君、早川入り方面に幻澄布 教た試む。遠近の善男女毎夜相誘ふて参集 G 法 金 無 重 。 ム大足三年一月入目。伊除幹事岐南伊沼 H 刊 に 布抑制。漉衆紙慮三百名。満堂心大歓喜の色に充 つ 。 A 全一月叶一日。小林部長、友井‘早川・望 月 八 白 羽 ﹀ の 諸 君 、 豊 岡 村 宵 年 闘 の 招 き に 師 団 じ て ‘ 岡村本妙寺山幻燈布教もなす。来集するもの二 百名。読者の熱烈なる野芝、聴者の強烈なる信 仰之、闘益相揺して法盆無最 c ム周三月一日。波木井村岡貧寺に於丈、桜島 及東北地方尚一見救溌の局的幻燈術以開演。小体 総 長 ‘ 伊 威 幹 事 、 友 井 、 望 日 月 ︵ 宗 U 雨 世 初 出 演 。 倫 ほ 深 品 川 病 院 よ り 曲 川 内 ・ 小 坂 田 雨 君 蓄 音 機 や 以 っ て 来 援 。 踊 輔 衆 二 百 鈴 名 。 法 一 雨 普 く 潤 ふ 。 ム此外向対に於げろ練磨舎は、毎週土曜の午 后より開催され、固た重ねる毎に、盆々盛況や 曇 し ゆ く こ さ ‘ 誠 に 居 月 白 布 欣 賀 に 惑 へ ね 次 第 で あ る 。 ハ kJI ﹀ 企 文 鼠 宇 部 八 ω 女由宇都の事業さしては・この﹁棲神 L た緩 行するこさ夫れ白身が、唯一の事業である c 吾 部 も 舎 の 賛 同 店 さ 北 九 に 盆 膨 張 L て、設に今迄の謄 字版刷令改め、イザザグの匂ぴ渡やかに新装や凝 L て江湖に見ゆるに去った。、、れは腐り我部我 曾の誇りのみなら?・引いては宗門忠沼田介に於 げる誇リでもあら4Z思ばれる。 ム表紙惑は秋葉高伯の竪筆ド成れるもの.そ の怠匿の掛新且つ精細なる・永︿吋持団神﹂のジ p t u z L て大切に、−れる績げて行きれいもの であるc ム二月十六日、事誕日た期して・五日部は新た に 倶 築 部 沿 設 置 し ・ 之 に 出 現 内 の 諸 雑 誌 は 勿 論 、 各宗の代表的雑誌及ぴ世間二三の雑誌も備付げ 更に五六の新聞かも備付げて曾員の思想後展に 資するこさ E しれoその外、種々の計重もある が、それは漸次曾の隆盛ル侠って賞現寸るこミ ー す る 。 ︹ K ・ M V 企 運 動 部 紅葉が数って七面山に雪. F 来 れ 。 、 、 れ γ ら段 h 句集、くなる吉思って居る中に・もう梅が綻ぴる その総ぴ土梅も A ーはあらかれ散ってしまって、 巳に棋の時期さなつれ。若い血潮が埋もなく暖 かい春風にそ E られる。今迄はさまでに思はな V つれい部屋も‘念に狭苦し︿感ぜられて、何ん さ な ︿ 戸 外 が 出 抑 制 L ︿なるoいよ/\運動の v l メ y . F 来 た の

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。 我部に於て目、韓に此期た以って・今回新仁 に遊動木た作り‘更に叉プヲ﹀ヨたも設げれ。 漸 次 時 た 得 て 弓 術 情 切 ら も 新 設 L −進んでは紙道 部たも殺げれい考である。 γ りに午后の目ざしの暖かい時、運動場私見 舞ふならば、テエスヨ i トの上には、白い V ヤ yb 者 十 h 畢生の群が・如何にも快活に嬉々さし て鞠た投げ交は L てゐる c 合 格 に も ご リ ス ﹂ の や うな軽い運動が行はれてゐる。プラ Y ヨ の 今 回 た画いて口高︿低く振れる様、遊動木の長闘に 幽 か な 札 る 苛 九 申 立 て な が ら 波 の 知 4 に動く姿な ど、見るも心か躍ってくる。七十の健土.炉、織 の如き肉体に宿す精赫こそ、貨に写いものでは あ る ま い V o 付託・プラ P ヨ用の銭た、御寄附下され穴 E た 、 一 愚 善 坊 師 に 感 謝 い れ し ま す 。

。降誕曾記事

血 干 院 暴 行 の 降 誕 曾 は 例 車 場 院 師 徒 だ げ で 事 単 調 肌 L 土のであるが昨年 V ら内容外観共に漸 t 出来 V かつれ同窓曾の大希望によって一大震展た試み る −

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な っ k 。本山役曾の援助や得て漸︿聖 誕 蹴 日 の 制 た 迎 ひ わ い の で あ る G 公開購演‘諸官 街各撃校週知、有志案内、名響機招待、各閣体 遁知等 J V ぜ ZM4L わ ・ い な っ て 決 定 し れ 。 夫 に 各 年 級の数室装飾‘喫茶店‘新開総覧所、凡てが数 日間に整備されれ。幹事舎員の熱心が血事院空前 の 事 業 準 備 や 完 成 し わ い の で あ る 。 い よ f \骨曲目になっれ。降りそうな空が次第に 靖夫さなつれも天の加賞である。午前は支院の 来集た待て本咲の奉瓶譲論曾がめった。午後零 時半厳粛なる法要が関本教頭の導師によって孝 行されれ。今迄ヨ w v L れ 機 や 得 な か っ れ れ 大 客 殿 は初めて聖誕泰蹴の道場主して開公宮・れれ。こ こで一寸来舎者の模様や諮らヲ霊山治下の信徒 は翠誕日た知らなかっ土、賓に意窓外であつれ 宗門の一大統日た知らずに居る信徒はれた此所 ば V りでない‘百万の信徒中田吾誕脱日ル知晶は

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極めて少数である・然 L 是の霊山の麓にもヨ UJ な言た聞こ守さは思はなかっ h ・来舎者の一人 は 1 初めて御降誕日佐知りましれ・是から毎年 二月十六日島村の公休日さして御蹴 Lh ぃ L Z 一冨ふれ、彼等の覚醒た讃ずるさ共に彼等の永き 無知ル憐ま?にたられなかっ h .是の一事夏く 宗門信仰界た裏書 L てるのではなからう Vi − − − 案内 LK 多くは来てくれれ‘一時は満堂の好品 で あ っ

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.そ L て静粛

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威儀正 L ︿永い講演や 謹聴し丈ゐ仁、此は吾々のいれ︿潟足 LK 一 事 であった。一時半振鈴 Z 共に講演 V 開始されれ て 筒 A V H 之 欝 野 口 撃 生 一‘聖租に劃する世人の誤解に就て 伊 藤 準 生 つ 貞 癒 之 参 本 血 事 教 授 小 林 是 恭 郎 て 聖 班 之 慈 悲 本 墜 監 事 中 村 是 本 師 一 、 一 大 偉 人 一 老 婦 日 温 師 一、白書姐之御名木事教頭関本穏門締 の順に各講師の登檀た得大、五同等の企ては猶意 に満れね点が多い唯曾員一同奉械の意志た T d F ふさ、野口撃生は結花、現代思想外から表れれ れ各種談解の大体評や試み更に我租の面目た暮 遣して伊藤墜生は降壇 L 沢、小林教授は貞憾の 春の側面鋭から説告起して現代思想の解剖た試 み、鴇じて聖組研究の各部面た招介 L れ後爾後 の着眼点在指示され仁、中村監事は引丈晴聞く議 総様に嬰岨仏慈悲の慶大無漣であっ十い事賓か就 き.警喰訟義路者た L て思は?御草庵た想は L めれ、明日混師が病躯かも厭は?に登壇されれ の は 一 一 同 感 謝 L 十 円 、 師 口 慣 れ れ 態 度 Z 自由な弊 さで世界宗教史中の大偉人骨列車争 L 、その事業 信仰教哩の機暮た招介 LK 後、金口校量の大標 的日照 L て、一大偉人出現の日や奉脱するのだ さ謂れれ.最後に関本教頭は、時間切迫の放に 構格たげた述 45Z 前提 L て再誕論に別越の意 義あるか示 L 、望組の御名 J V 木宗数理さ不ニの 関係わる E た説かうさぜられれが時間の都合で 概論で終たのは一同の一大恨事であつれ.五時 に講演が終れ、小林部長は閉曾た貸すぺ︿登極 l 土、そ L で 一 一 同 起 立 高 歳 一 一 一 唱 芽 出 血 見 出 雲 誕 泰 蹴 の 絞 り た 告 げ れ 。 是れから令年級の飾物に就いて述べ?三敬一湯 入口には﹃・椀降誕﹂のおがア|千の織さ照際l , て.ドゥ L ℃も葉通た詐きない、入仁 λ グ右手 が、新築の雑誌縦賢所である、四方には泉院卒 業者の寝民、白書租降誕の園、外園地圏、各名士 の筆蹟 J V 飾附てあつれ天井には数百の薦問旗が 四商交互に取ワつけられれ.ア b v パ ム ャ 、 λ ク ヲ Y プ プ 山 y p 甲、各種新聞雑誌た讃んでる人も あつれ、肉側の寸中ニ﹂の教携は喫茶室にあてら れれ、各種の招待者や満足 dL め種々な気焔の 屯 − v y \さして昇れは此所であつれ‘雲弔奈真 寺聞きながら、ヨ l h n v 菓子ル得てホ 91 \ぜ ぬ人はなかっ仁、此所で休息した後スゲ後の教 場へ入仁、勺中ごの教室交が中一、二、の協議で 蓮花が淵 J V 手技 44 作られれ、蓮の葉の色がチ ト 抽 出 r つ択のさ漁夫の怖 L げな顔さが不似合で あ つ れ 、 突 に ﹁ 中 コ 一 ﹂ の 数 回 場 へ 進 む 、 一 一 由 の 雪 、 藁小屋窺ひよる武士 c 蓮望野じ等しき塚原三味 堂 H h ・本年製作中の白眉であつれ。然 L 塞租の 容貌には賛成 L 得 な い 、 阿 岬 加 さ 野 照 L て 品 蹴 凶 ヲ ロ 下品であっ仁、柱がびく l 屋 根 が 深 す 布 、 土 、 此 所で足ル反 L て 喫 茶 所 の さ こ ろ か ら 、 ト ・ 〆 f t

吉ニ階日昇沢、寸中四﹂の旭ク様、支題始唱の常 時たしのばすに充分であつれ、唯墓組の小瓶は 種々の理由に制骸されれに L ても、チト面白く なかっれ袋飾さしては是れだげだ・か是れでも金 事生の心血た絞れのである、それが来日比・縫経 験の企てさ L ては上々の出来であつれさ思ふ‘ 何等設備のない片田舎で顔一つ作品にも−々紙 た集めれ可糊ばりぜればならぬ苦心た察ぜれば なら向。諮れも是迄の好成蹟は寧ろ恕拐してい な V つ れ 奈 何 日 易 生 の 熱 心 が 古 向 調 L てれから知 ワ得るのである。此のために二日二夜阪なかっ れ撃生も多かつに、かく知れ我々は奈何に感 4 f L 憾謝 L れであらう、来舎の誰れもが讃美の証仰 や愛たねばなかっ土、中には塚原甲、旭ケ森に 斧脆しれ信者もあつれ.鳴呼何さ貴い有難い二 さではないか、美術眼や建築眼た以 e t L ては何 等の評債やもかち得ない晋々の装飾が、反て二 う し れ 涙 た 求 め 得 弔 う さ は : : ・ ・ : ・ ‘ 吾 々 は 我 々 の技や誇るのではない、鼠個彼等信徒の純債に 感動するのである、白分は 7 ト二う思ふれ、都 の信者古都の信者、都でかち得る涙言、部でか ち得る涙吾々は純信な民心の涙た田夫野人に認 め得れか官官花、本年の袋飾から自分は次の提案 た思附れ今迄の墓粗俸は直系的に白書租の一代た 述べるのみであって傍系的に側面的に翠租の信 徒た通じ士型組が解てない否嬰麗ら混じれ信徒 が明 V でない・寧ろ此の方面の企やこうじれ連

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宅::I' 日に教場装飾に利用 L わ い な ら ば 吉 思 ふ れ h ・是非 こ う L れ企が随所に起きて欲 L ぃ 。 此れで日中の記事が終れから・畿自ら得て夜分 の 絵 輿 た 談 ら う 、 聞 学 生 の 慰 晶 可 申 百 さ い ふ 名 義 で 午 后大時から阻宇院内部だけの茶話曾が法喜堂明聞 か れ れ れ 。 側 、 震 華 節 ‘ 手 品 等 教 番 の 催 が 俊 卓 出 さ れれ、此の催 L が何時か町中に沈布 L て立錐の 録地なき潟に集合 L 火、中には夜食持参芝居見 にでも来れ気の人も多︿あつれ、入りきれね銭 め 空 L く隠れのも三分の一はあつれ‘非常の詳 列 . か 町 。 人 鎮 守 あ つ め れ さ 見 h w て ド V y k 推し かげて来沢、曾艮はポ守さ酔て L まつれ、ヨ y y w,さ師徒だげの慰労茶話舎が公闘になっれ‘ ザア設備もないもない.ニ F か音梁で調子附れ 役者が柏子木につれて先づ土牢 V ら関演 L 大 、 柏手喝采の聾・開明か解くやうな笑警は日中の勢 調剤た髭ぜんばかりであつれ、堅い充貰 L れ気分 が 官 恨 の 柔 い 7 守 F W ’L れ流に調ふて十時に解散 しれ C 鳴呼厳禁の説日よな川ハ

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