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腹膜炎の自然経過および洗浄治療時における補体と免疫グロブリンの変動に関する実験的研究

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原 著 〔東女医大誌 第58巻 第1号頁 92∼103 昭和63年1月〕

腹膜炎の自然経過および洗浄治療時における補体と

免疫グロブリンの変動に関する実験的研究

東京女子医科大学 第2外科学教室 ミヤ ザキ カズ 宮 崎 和 (主任 浜野恭一教授) ヤ 哉 (受付 昭和62年9月19日)

Exper量mental Study for Change of Complement and Immunoglobulin

in Natural Course and Lavage of Peritonitis

Kuz町a MIYAZAKI

Department of Surgery(Director:prof. Kyoichi HAMANO)

Tokyo Women’s Medical College

Fecal peritonitis was produced in rats, and ser㎜concentrations of complements(CH50,C3) and immunoglobulins(lgG, IgM)were determined at intervals of prescribed time since the onset of innammation. Data were then compared with those in the normal rats, the control rats(with ligation of the caecum)and the rats treated by lavage with physiological saline.

In comparison with normal rats(mean value in 10 norrnal rats), CH50 began to decreage at approx.90 min after operation(p<0。05), and its value at 240 min(13.2±2.4u/ml)and 360 min(12. 2±2.1u/ml)after operation signi且cantly differed from that in the normal rats(p<0.01). IgG showed almost normal level in the natural course of the fecal peritonitis. IgM began to decrease at approx.240 min after operation, and significantly differed from that in the normal rats(p<

0,05).

In comparison with control rats, CH50 and IgM leval was significantly lower at 120min and more, and C3 at 240 min or more(p<0.05). IgG was maintained at the same level as the control

rats.

In the lavage group, CH50, C3 and IgM were restored to the levels of normal rats if lavage was done 90min after operation, but after restoration C正{50 and c3 became lower if lavage was done 240 min after operation.

From the above且ndings, time−course changes in CH50, C3 and IgM we士e considered to renect well the progress of fecal peritonitis and its response to treatment.

目 緒 言 り 対象および方法 1.実験動物 2.実験モデルの作成 1)腹膜炎群 2)治療群 3) コン ト ローノレ群 次 3。補体と免疫グロブリンの検査方法 1)検査項目 2)経時的変動の表記について 4.実験方法 1)生存時間測定 2)補体と免疫グロブリンの測定 (1)正常ラット群 (2)腹膜炎群

(2)

(3)治療群 (4)コントロール群 結 果 1.生存時間について 1)腹膜炎群 2)治療群(30分後,60分後,90分後,120分後, 240分後および360分後の6種) 3) コソ ト ローノレ君羊 2.補体と免疫グロブリンの変動について 1)正常ラット群 2)腹膜炎群 3)治療群(90分後洗浄群と240分後洗浄群の2 種) 考 察 結 論 文 献 緒 言 種々の感染症,悪性腫瘍において生体の免疫機 能は重要な役割を持っている.細菌感染症では細 菌が侵入した直後から好中球,マクロファージ, 補体などの非特異的免疫機能が食菌や殺菌作用に 働く.さらにリンパ球による抗体産生を中心とす る特異的免疫機能は生体の恒常性を保つ上で重要 である. 重度の細菌性腹膜炎にしばしぼ見られる播種虚 血管内凝固症候群(DIC)や多臓器不全(MOF) は,生体が細菌を排除できないまま正常な細胞や 組織をも巻き込む不可逆的な変化をおこしたもの である. このときの生体は免疫不全状態にあって回復は 困難である.臨床的にみると,重度の細菌性腹膜 炎は上部消化管に基づく場合よりも,細菌の多い 下部消化管,特に結腸に起因する糞便性腹膜炎に おいて顕著である. したがって特に下部消化管における糞便性腹膜 炎では,治療の初期から経時的に免疫機能を調べ, 的確な病態の把握のもとに適切な治療を行うこと も治療の開始時間が早いか遅いかによって生存時 間に差がでて,予後が異なる.この差や予後の違 いは,生体の持つ免疫機能が時間の経過と共に産 生されるエンドトキシンやその他の有害毒素に対 して充分に対応処理できるかどうかで,決まると 考えられる. そこで著者はラットの糞便性腹膜炎を作製し て,腹膜炎の自然経過における生存時間と外科的 治療(原因除去+腹腔洗浄)の早期と晩期におけ る生存時間を求め,それぞれの時期の血清中の補 体と免疫グロブリンについて,経時的に値を測定 し,腹膜炎と免疫機能の関係について検討した. 対象および方法 1.実験動物 Wister系雄ラット(体重300g)を使用し実験中 はすべてケージ内で恒温恒湿度の条件下に飼育し て,飼料と水は自由に摂取させた. 2.実験モデルの作製 1)腹膜炎群 エーテル吸入麻酔を施したラヅトの下腹部正中 に約2.Ocm大の開腹創を加え,盲腸を絹糸で結紮 したのち,盲腸前面に0。5cm大の切開を加えて, 便の流出を確認後二層縫合にて閉点した. 2)治療群 腹膜炎モデルと同じモデルを作製したのち,時 間毎に(30分,60分,90分,120分,240分および 360分後)再開腹して,盲腸の結紮を解除,切開創 を縫合閉鎖後,生食液200mlで腹腔内洗浄を行っ た.ドレーンは使用しなかった. 3)コントロール群 下腹部正中に約2.Ocm大の開腹創を加えて盲 腸を結紮したのち,そのまま二層縫合にて下腹し た. 3.補体と免疫グロブリンの検査法 1)項目 (1)CH50(Mayer法D) (2)C3(lmmuno Nephelometry法2)) 補体については,臨床上炎症をよく反映すると 考えられるCH5。と, C1からC9までの補体系蛋白 の中から古典的経路と第2経路の要であるC3値 とを測定した. (3)IgG(Immuno Nephelometry法2)) (4)IgM(Immuno Nephelometry法2)) 免疫グロブリンでは他のグロブリンより圧倒的 に血中濃度の高いIgGと,炎症の初期から細菌と 結合するIgMを選んで測定した.

(3)

2)経時的変動の表記について(図1) ラットから検査に要する5mlの血液を採取する と死亡するために,1匹のラヅトについての検査 値を経時的に示すことができない.そこでモデル 作製後,30分採血群を10匹,60分採血群を10匹と いうように,時間毎に10匹から採血し,その平均 値を図上にプロットした.これらの平均値を線で 結び経時的変動として表した. 4.実験方法 1)生存時間の測定 腹膜炎群ラットの10匹,治療群ラットは各時間 採血群 (各時間10匹) 30分 60分 90分 12G分 240分 360分 馨 値

17

/1

7

i

↓ 7

i

i

← 季 30 60 90 120 240 360 (分) 崖 図1 検査値の経時的変動の表記方法 各時間の10匹の平均値を下図のようにプロットし,実 線で結んだものを経時的変動とした. 毎10匹ずつの計60匹,そしてコントロール群ラヅ トの10匹の総計80匹について生存時間を測定し た. 2)補体と免疫グロブリンの測定 (1)基準値の測定 各検査項目のラッ.トの正常値を知るために各実 験の前に10匹のラットから採血してその平均値を 基準値とした.採血は腹部大動脈から26ゲージの 注射針にて採取した. (2)腹膜炎群 モデル作製後30分,60分,90分,!20分,240分, 360分に各時間10匹から採血して,それぞれの平均 値を算出した. (3)治療群 腹膜炎モデルを作製後,各時問毎に腹腔内洗浄 を行い,そのうち生存時間に有意差を認めた90分 後治療群と240分後治療群をとりあげ,この2つの 治療群について,洗浄後経時的に10匹ずつから採 血して,それぞれの平均値を算出した. (4)コントロール群 コントロールモデルを作製後,経時的(30分, 60分,90分,120分,240分,360分)に各時間10匹 から採血して,CH5。, C3, IgGおよびIgMを測定 した. 結 果 1.生存時間(図2) 1)腹膜炎群 % 100 50 ・1 3 i・ ・1

一1

… … コントロール群 30分後洗浄群 1・

i

i『1

L

L_1

L「 …嵐気群L/2・灘浄群

購欝Ir

腹膜炎・然脚1 一一一薗一一r・U0分後洗浄群 90分後洗浄群 24 48 72 96時間 図2 コントロール群,腹膜炎自然経過群および,洗浄治療群ラヅトの生存率(n=10)

(4)

糞便の流出を放置したこの群(10匹)はすべて 24時間以内に死亡した.最短生存時間は13時間で, 3匹が死亡し,17時間でさらに5匹が,残った2

匹も24時間以前に死亡した.平均生存時間は

18.3±2,3時間であった. 死亡時の開腹所見では,汚染した腹水の貯留と フィブリン塊の析出,腸管同志の癒着,腹膜の発 赤,大網の萎縮および循環障害などが強く認めら れた. 2)治療群 腹膜炎作製後30分,60分,90分,120分,240分, 360分に開腹して腸縫合および腹腔内洗浄を行 なった本群では,治療群までの時間により生存時 間に差がみられた. すなわち,360分後洗浄群では24時間以上生存し た例はなく,平均生存時間は20.5±2.8時間であ り,240分後洗浄群(平均生存時間21.4±4.9時間) とともに腹膜炎群と差が無かった. 両者の死亡時の開腹所見では,血性腹水,腸管 浮腫そしてフィブリン塊の析出が見られたが,著 しい腸管の癒着は認められなかった.次いで120分 後洗浄群では,最短生存時間は18時間であったが, 多くは24時間以上生存して,最長42時間,平均は 31.8±7。9時間であり,腹膜炎群との間に有意差 (p〈0.05)を認めた. 続いて90分後,60分後および30分後洗浄群では 生存時間はおのおの延長して,96時間以上生存し た例数は,90分後洗浄群が6匹,60分後洗浄群が 7匹,そして30分後洗浄群では10匹中9匹にの ほった. 5日目に犠死させたこれらの開腹所見では,盲 腸と大網,腸管あるいは腹膜に軽度の癒着を認め るのみで,腹水は少なく炎症所見に乏しいもので あった. 3)コントロール群 コントロール群の10匹は全例とも96時間以上生 存した.5日目に犠死させた時の開腹所見では, 盲腸は全体を大網に覆われて癒着しており,腸管 の循環障害が軽度にみられたが,穿孔や壊死に 陥った例はなかった. 2.補体と免疫グロブリンの測定 1)基準値(正常ラット10匹)(図3) (1)CH5。 ラット10匹の測定結果は,最低値の23.Ou/mlか ら最高値の30.Ou/mlで,平均値は26.4±2.Ou/ml であった. (2)C3 C3の測定結果は,20mg/dlから29mg/dlの問を しめて,平均値は24.9±2.8mg/dlであった. (3)IgG U/m9 40 30 20

CH50

Mean±SD =26曾4±2讐0 :

号1

■ mg/d2 40 30 20

C3

24.9=ヒ2.8 :

mg/d遇 200 150 100 1gG 136.0±9.0

∵1

●o mg/d4 30 10

1gM

21.3±5.3

i}

一 ’一 一

図3 ラットの基準値 正常ラット(Wister系雄,体重300g)10匹の検査結果

(5)

U/m2 30 20 10 *瓦 0一一一〇腹膜炎群 匿羅コ基準値 魔T *L.2 P〈D.05 *3・4・5Pく0.01 30 60 90 120 240 360 (分) 図4 CH5。の経時的変動 腹膜炎群と基準値の比較 U/m9 30 20 10

(ンー一一。腹膜炎群 X岬胃輔Xコントロール群

㍗い漏

」 IgGの測定結果は,120mg/dlから150mg/dlの 間をしめて,平均値は136.0±9.Omg/dlであっ た. (4)IgM IgMの測定結果は,10mg/dlから28mg/dlまで で,平均値は21.3±5.3mg/d1であった, 図3に示すように,4つの検査項目はいずれも 一定の範囲に集中しており,膿膜炎群と治療群と を比較するうえで基準値として充分認められると 考えられた. 2)腹膜炎群 (1)CH5。 基準値と比べると,30分後に明らかに上昇し (p<0.05),その後急激に下降し,90分値(p〈 0.05),120分値(p〈0.01)ともに低くなり,特に 360分値は12.2±2.1u/mlと最も低く,240分値, 360分値ともに有意差を認めた(図4). コントロール群と比べても,120分以後の下降は 大きく有意に低い値を示した(図5). (2)C3 基準値と比べて,120分値までは差を認めない が,240分値から明らかな低下を示した.そして360 分値はさらに基準値との差が広がった(図6). コントロール群と比べると120分値までは特に 差がなく240分値と360分値で明らかに低い値を示 した(図7). mg/d尼 30 30 60 90 120 240 360 (分) 図5 CH5。の経時的変動 腹膜炎群とコントロール群の比較 20 10 Q一一一〇腹膜炎群 歴璽]基準値 *監P〈0.05 *2P<0.01

mg/dE 30 20 10 30 60 90 120 240 36⑰ (分) 図6 C3の経時的変動 腹膜炎群と基準値の比較

魁渚

。一一一〇腹膜炎群 x富’ 一一xコントロール群

1

く ロ 」 306090120 240 360(分) 図7 C3の経時的変動 腹膜炎群とコントロール群の比較

(6)

mg/d2 150 100 σ一一一〇腹膜炎群 [=コ円光 mg〆d¢ 30 10 ◎一一一〇腹膜炎群 麗二]基準値 葉;1Σ1:31 1「

一一一

mg/d£ 150 100 30 60 90 120 240 360 (分) 図8 1gGの経時的変動 腹膜炎群と基準値の比較

1

1

ノ⊥硅

T

o一一一〇腹膜炎群 X冒冒’’’”Xコントロール群 mg〆d¢ 30 20 10 30 60 90120 240 360(分) 図101gMの経時的変動 腹膜炎群と基準値の比較 壬 1枝,’X T 〆X Q一一一〇腹膜炎群 x一一一一・xコントロール群 ._一.・一一一一一 ×一 「 P〈0.05 」

T

11

」 .一....一・一・一’一× P<0.01

T

」 P〈o.01 30 60 90 120 240 360 (分) 図9 1gGの経時的変動 腹膜炎群とコントロール群の比較 (3)IgG 基準値との違いは,30分,60分,90分値でやや 高い値を示し,特に60分値では,150±1.5mg/dl と高いが,基準値との間に有意差を認めなかった (図8). コントロール群との比較では,30分後から90分 後の間で両者に開きをみたが,120分以後は同様な: 動きを見せた(図9). (4)IgM 基準値との比較では,120分値までは差がない が,240分後から明らかに低い値を示して,360分 30 60 90 120 240 360 (分) 図111gMの経時的変動 腹膜炎群とコントロール群の比較 値も10.9±4.1mg/dlと低かった(p<0.01)(図 10). コントロール群との比較では,コントロール群 は120分値からそれまでの横這い状態からやや上 昇傾向を示すのに対して,腹膜炎群は逆に低い値 を示した(p<0.01)(図11). 3)治療群 (1)CH5。(図12) ①90分後洗浄群 腹膜炎群と比して,洗浄後は明らかに値の上昇 を示し,その後も平均して高い値を示した.基準 値と比べても,洗浄後90分以後は基準値の上限を 維持した. ②240分後洗浄群

(7)

U〆m2 30 go分後洗浄群 2 o一一〇腹膜炎群 ●一一●洗浄後の変動 0 ・:::〆i’ D” 多f:::1 E:胃’.’ P<0.01 P<0.01 0 , 洗 浄 0 u/m2 30 20 240分後洗浄群 Q一一〇腹膜炎群 怦鼈鼈黶恊 浄後の変動 ’ @ ’ @ ,’ 」 30 6⑪ 90120 180 240 360 480 (分) 30609G 120 240 360 図12治療(洗浄法)の時期によるCH5。の変動の違い [コは基準値(正常ラット1G匹の平均値)を示す 480 (分) mg/d2 30 90分後洗浄群 2 腹膜炎群 0

洗浄後の変動 』も ”,, ・’ 0 , 洗 浄 0 30 60 90120 mg/d2 240分後洗浄群 d2 o一一。腹膜炎群 ●一一●洗浄後の変動 30 20 奮 洗 浄 10 180 240 360 48D (分) 30 60 90120 240 360 図13 治療(洗浄法)の時期によるC3変動の違い のは基準値(正常ラット10匹の平均値)を示す 480 (分) 腹膜炎群と比較して,洗浄後に急上昇(24,2± 2.Ou/ml)を認めるが,再び下降(15.0±2.1u/ml) した.基準値と比しても明らかに低い値(p〈 0.01)となった. (2)C3(図13). ①90分後洗浄群 腹膜炎群と比較して,値の下降は小さく,360分 後で22.2±3.2mg/d1と有意に高かった.全体の 経過をみても基準値内を維持していた. ②240分後洗浄群 この群では洗浄後に一時上昇(21.0±2.5mg/ dl)したものの,すぐに下降(20.3±2.6mg/dl) し,治療群と基準値の中間の経過をとった. (3)IgG(図14) ①90分後洗浄群 基準値内を維持して大きな変動は示さなかっ た. ②240分後洗浄群 値はそれほど低下しなかったが,腹膜炎群とほ ぼ同様の経過を示した. (4)IgM(図15) ①90分後洗浄群 この群は全て基準値内を示して,腹膜炎未治療 群とはあきらかな違いを見せた(p<0.01).

(8)

mg/d4 100 90分後洗浄群 4 o一一〇腹膜炎群 ●一一●洗浄後の変動 0 離鑑・. 全 洗 浄 0 mg/dO 150 100 240分後洗浄群 。 o−o腹膜炎群 ●一→洗浄後の変動 0 脅 0 洗浄 30 60 90120 180 240 360 480 (分) 3060 90120 180 240 360 図14 治療(洗浄法)の時期によるIgG変勤の違い 圏は基準値(正常ラット10匹の平均値)を示す 480 (分) mg/d2 30 90分後洗浄群 2 0 o一一〇腹膜炎群 ●一●洗浄後の変動 「 一一一一τ湘−. 7皿■唱 0’i 室『..爾・ 奮 P<0,01 洗 0 浄 mg/d2 30 20 10 240分後洗浄群 ←o腹膜炎群 ●一一●洗浄後の変動 1’P’Y’1 .”.’. @”.’.’. D:::::疋:::: ・:・::図・:・: P<0.01 4 洗 浄 306090120 180 240 360 480(分) 306090120 180 240 360 図15治療(洗浄法)の時期によるIgM変動の違い 〔コは基準値(正常ラット10匹の平均値)を示す 娼。 (分) ②240分後洗浄群 洗浄後は基準値内に回復(20.6±2,6mg/dl)し て,腹膜炎群との間に有意差(p<0.01)を認めた. 考 察 補体の活性化には二通りあって,一つは免疫複 合体,プラスミン,トリプシンなどの酵素やCRP などにより,C1成分がまず活性化され,次々に残 りの成分の活性化が進行する古典的経路であり, もう一つはC1, C4に関与せずに直接C3が活性化 される第2の経路である3)4)10).第2の経路を活性 化するものでは,IgA, IgE,プラスミン,エンド トキシン,大腸菌などグラム陰性菌の細胞壁など が知られている5)6). 細菌感染症では補体は侵入した細菌にとりつい て7),各補体蛋白が活性化される途中での分解産 物であるC3a, C3b, C5aといって化学伝達物質の 助けを借りて,細菌を溶菌,排除する重要な役割 を持っている8). 半面,これらの化学伝達物質は,血小板の凝集 や破壊,血漿成分の血管外への漏出による血液の 濃縮などによりDICを惹起し,生体にとっての攻 撃因子にもなっている9). 補体にはC1からC9までの各蛋白成分があり, それが活性化すると各蛋白は消費されてそれぞれ

(9)

の蛋白量は低い値を示す.そして血中に残された 補体成分を持つ溶菌力を表すのが補体価(CH5。) である10). 補体や免疫グロブリンを測定して腹膜炎を検討 した実験的,あるいは臨床的な研究は文献上いく つか散見されるが,本研究のように洗浄治療法が 腹膜炎に及ぼす影響について経時的に調べたもの はみあたらない. 糞便性腹膜炎ではないが,渡辺ら1Dは家兎の腹 腔内にエンドトキシンを注入した実験において, ショックを起こした群では補体は明らかな低下を 示し,ショック症状を呈さなかった群ではそれほ ど低下が見られなかった,と報告している. また臨床例から,McCabe12)はショックを伴 なった菌1血症ではC3の低下を認め,かつ死に至っ た菌血症例ではその低下が著明であったと報告し ている. これらのことと本研究での腹膜炎未治療群とコ ントロール群におけるCH5。の低下の仕方の違い とはほぼ同様な結果である. さらに高岡ら13)は肝胆道系良性疾患60例と悪性 疾患20例の術前術後のCH5。, C3, C4, IgA, IgM を測定して比較検討している.これらの各検査値 は術後1日目に大きく変化するが,良性疾患では その低下の度合いが軽度で,かつ3日目のCH5。 は上昇して術前より高値を示した.これに対して 悪性疾患では術前から低値のままで,上昇回復す る日数も良性疾患より遅くなる傾向を示したとし ている. そして良性疾患における術後感染症発生の有無 により各値の特徴を調べているが,CH50, C3, IgM が術後1日目に大きく低下するものでは術後感染 が多く見られたという. またMichelら14)はグラム陰性菌に対する血清 の殺菌作用はIgM抗体と補体が主役となってい ると前置きし,IgMの術後1日目の低下は術後感 染の一要因であるといっている. さらに渡辺らは,67歳の十二指腸穿孔例の経過 から,救急手術直後にCH,。の低下が見られたも のの,臨床症状の改善,血中エンドトキシンの消 失とともにCH5。が回復したことを示し,生体に

侵入した毒物に対する防御能の面から考えて

CH5。の回復がある程度予後の良好に関係するこ とを示唆している11). 表1は本実験におけるコントロール群と腹膜炎 群の各測定値の変動を,モデル作製後の6時間を 4つの時期(初期,前期,中期,後期)に分けて, 矢印で表したものである.これによるとコント ロール群で変動をみせたのは,モデル作製直後に 上昇したCH5。と,中期以降にやはりCH5。が軽度 の低下傾向を示すもので,その他の検査値に変動 は認めない.一方,腹膜炎群ではCH50がやはり直 後から上昇を示し,IgGも初期には軽度上昇して いる.前期になるとCH5。は急激に下降をはじめ 表1 検査値の各時期における特徴* 検査項目 時間

Q

初期(∼60’) 前期(∼120’) 中期(∼24α) 後期(∼36α) コントロール / \ \ \ CH50 腹 膜 炎 / \ ↓ ↓ コントロール 』 一 一 一 C3 腹 膜 炎 一 一 \ ↓ コントロール 』 一 一 一 IgG 腹 膜 炎 / / 一 一 コントロール 一 一 『 IgM 腹 膜 炎 一 一 \ ↓ */,\;基準値と比べて上昇または下降傾向のあるもの 一 ;基準値内を示すもの ↑,↓;基準値と比べて有意差(p〈0,01)を持って高いまたは低いもの

(10)

るが,IgGはほぼ基準値内にとどまっている.さら

に中期になるとC3とIgMの低下が加わってく

る.そして後期ではIgGを除いて,すべて低値を 示している.このコントロール群と腹膜炎群にお ける値の変動の違いからまず補体系については, 次のことが考えられる. 1.初期のCH5。の上昇は,開腹操作の刺激によ り,血中プールや血管外貯蔵部分から補体系蛋白 の放出がなされたためにおきた変化と推測され る. 2.コントロール群は無菌的に操作された群な のでCH5。の低下は軽度でかつC3の低下を伴なっ ていない点から,補体の各成分の活性化(あるい は補体系蛋白の消費)が軽度であった. 3.腹膜炎群ではCH5。の低下に続いてC3値の 低下を伴なっていることか舷激しい補体成分の 活性化が起きたこと,などである. これらのことは生存時間の大きな:違いや開腹所 見における炎症の程度の差からも容易に肯ずける ことである.

次に免疫グロブリンであるIgGとIgMの変動

からは,次のことが推測される. 1.IgGの初期の上昇傾向はCH5。の上昇と同じ く,プールされていた部分からの血中放出がおき たためであり,IgGの血中濃度は他のグロブリン よりも圧倒的に高いために,高値として測定され た. 2.IgMは多価のグロブリンであり炎症の初期 から細菌と結合し,さらに補体とも結合すること によって溶菌作用を示すことから,腹膜炎群の大 量の細菌と作用したために中期から後期にかけ て,値の低下が著明であったと考えられる. 以上のことから,腹膜炎の程度をよく反映した のがCH5。, C3およびIgMであり,なかでもCH5。 は炎症の初期から変動をみせることがわかった. また洗浄法による治療群で早期治療群と晩期治 療群との違いは,前者では各検査値は基準値内を 維持したが,後者では一旦上昇を示したCH5。が 再び下降し,C3値も同様に二値となった点であ る. 早期洗浄群で各検査値が基準値内を維持した理 由は早期の大量洗浄により補体活性化の原因とな る細菌の減少がおぎ,補体の活性化が抑制された ことが考えられ,同時にC3値の低下がみられない ことから,補体系蛋白の消費が軽度で,炎症反応 に作用する各フラグメントの産生も抑えられたた めと考えられた.一方洗浄が遅れた例では,細菌 の除去が不充分で,補体系蛋白の活性化が進行し, 各フラグメントも多く産生され,このように炎症 が強くなった時点での洗浄法に限界があることを 示した.犠死後の開腹所見からもその違いは明ら かである. 生食液による大量洗浄法は,物理的に細菌を除 去して補体の活性化の原因を減少させる良い方法 であるが15)∼19),それだけでは限界があり20),臨床 的には抗生物質の併用,それも全身投与とともに 腹腔内洗浄液に混入させて洗浄することが洗浄時 期が遅れた場合でも有効な治療法になる21)と考え る. 臨床においては,下部消化管穿孔に起因する腹 膜炎の予後は手術時期に大きく左右される.時期 を失すると,全く同じ手術方法を採っても敗血症, DIC,多臓器不全と悪化し不幸な転帰をとること も多い. 本研究からも補体の低下の著しい例,あるいは その低下が長く続くか,または回復しない例では 予後は明らかに悪い.治療が早期になされた例で は補体の回復も良く,生存時間も延長するが,遅 い時期の治療では,補体は回復しないか,しても 再び低下して生存時間も短いことがわかった. すでに知られているように,補体の値は産生と 消費の総和を計測しているので,産生が普通に行 われても消費が大であったり,消費が普通でも産 生が小であれぽいつも二値を示す.そのため,感 染症において補体を検査する場合には,各補体成 分の量,および補体価をユ回だけでなく,経時的

に測定してその変動から判断する必要があ

る10)22). 本実験において,腹膜炎群では当初正常値に あった値が時間の経過とともに減少しており,補 体系蛋白の消費が大であることが示されたが,こ れは重症になると供給や産生が間に合わない速度

(11)

で活性化が進行すると考えられ,炎症を進行させ ないためには活性化の原因を早期に除去すること が重要であることを示している. 最後に本研究の問題点と課題をあげると,本実 験では実験動物にラットを使用したために,一個 体の連続的な値が得られず,より臨床に近付ける ならぽ,より大きな動物を用い,治療の前後で一 貫した値が計測できる実験が好ましいと考えられ る. また糞便性腹膜炎では容易にエンドトキシン」血 症を引き起こすので,エンドトキシンの陽性時 期・陰性化時期と補体・抗体との関係や,血圧・ 末梢血管抵抗などの循環動態も計測できれぽ更に 有効な臨床的パラメーターになると考えられる. さらには,補体系の検査として補体価や補体成 分だけでなく,補体の活性化の途中に産生される 各セグメント(C3a, C3c, C5a, C5bなど)がす みやかに測定できれば,炎症の程度,宿主の防御 能を詳しく評価でき,より臨床に役立つと思われ る. 実際の治療では洗浄法に加えて,抗生物質を主 体とした種々の薬物が投与されるが,なかでも最 近では生体の免疫能を強化することにより治療効 果を上げようとする目的に非特異的免疫賦活剤を 重症感染症に応用する23)など,免疫の分野は重要 で注目に値する. 今後様々な臨床面において補体や抗体を経時的 に測定することにより生体の免疫機能についてさ らに検討を加えて行きたいと考えている. 結 論 ラットに糞便性腹膜炎を作製して,腹膜炎の自 然経過群と治療群の生存時間の違いを補体と免疫 グロブリンの経時的変動から検討した. 1.生存時間について 1)腹膜炎群の未治療群では全例24時間以内に 死亡した. 2)コントロール群では全例96時間以上生存し た. 3)腹膜炎を作製後,各時間(30分,60分,90分, 120分,240分,および360分後)毎に腹腔内を200 mlの生食:液で洗浄した治療群では,360分,240分 後は腹膜炎群と差はなかった.120分後から有意差 を認めて,90分,60分後では腹膜炎群や360分,240 分後と比較しても明らかに(p<0.01),生存時間 の延長を認めた.30分後洗浄群は全例96時間以上 生存した. 2.補体と免疫グロブリンの経時的変動につい て 1)腹膜炎未治療群では,CH50は早く(90分後) から急激に下降し,基準値との間に明らかな有意 差を認めた.C3は中期(120分後)からはっきりと 低下して,360分後で有意差を認めた.IgGは初期 (30分目,前期(90分)に軽度の上昇傾向を示すが, 明らかな低下を認めなかった.IgMは後;期(240分 後)から明らかに低値を示した. 2)早;期(90分後)洗浄治療群では,CH5。は洗浄 直後から上昇回復して,基準値よりもやや高い値 で維持した,C3は未治療群と比較してその低下は 小さく,基準値とほぼ同程度の値を示した.IgGは 大きな変動を見せなかった.IgMは基準値と同程 度の値であり,未治療群と比較して良好な経過で あった. 3)晩期(240分後)洗浄治療群ではCH50は洗浄 直後に軽度の上昇傾向を見せたが,再び下降して 基準値と比較しても明らか(p<0.01)に低い値と なってその後は未治療群と同程度の値を示した. C3は一時的に上昇したものの,すぐに下降して未 治療群と基準値とのほぼ中間の値をとって経過し た.IgGは大きな変動はないが,未治療群とほぼ同 様の経過を示した.IgMは洗浄後は基準値内に回 復して未治療群との間に有意差を認めた. 以上から炎症の進行程度をよく反映したのは CH、。とIgMであり,これらの値が急激に低下し たものや,治療により上昇回復しないもの,ある いは一旦上昇しても再び下降するものでは予後が 悪いと考えられた. またC3はCH5。に比べるとやや遅れて変動する ので,この値の低下が見られた場合は,炎症の程 度はすでに重く,下降する前に治療を開始する必 要があると思われた. IgGは本実験中では大きな変動を示さなかった が,治療にて回復した例では基準値よりやや高い

(12)

値をとる傾向を示した. これらのことから糞便性腹膜炎においては,治 療の初期から経時的に補体と免疫グロブリンを測 定することが,治療効果や予後を判定するのに有 効な補助手段となりうると考えられた. 稿を終るにあたり,御指導,御校閲を賜わりました 東京女子医科大学第2外科学教室,浜野恭一教授に謹 んで感謝の意を表します.また終始御助言を下さった 教室の諸先生ならびに,直接御指導を頂いた木村恒人 講師に心より感謝申し上げます. 文 献

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2)大竹皓:レーザーネフェロメーターによる免疫グ ロブリンの定量,検査と技術 3:6−32,1978 3)Volanakis JE, Kaplan MH: Interaction of C・reactive protein complexes with the comple− ment system. II. Consumption of guinea pig complement by CRP complexes:Requirement for human Clq. J Immunol 113:9−17,1974 4)Muller・Eberhard HJ:Complement, Ann Rev Biochem 44:697−724,1975

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参照

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