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新井章慶

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詩的衝動力としての「エロス」の問題(4)

‑W. Whitman と R. M. Rilke の場合

新井章慶

On Eros as a Poetic Impulse (4)

‑The Case of W. Whitman and R. M. Rilke

AKIYOSHI ARAI

≪IV≫

Whitmanが71才(1890年)のときである.かねがね彼の詩に深い関心をもっていた英国の批 評家J. A. SymondsがWhitmanに彼のCalamus詩群(1860)制作の私的動機について手紙 で質問したことがあるSymondsは彼にhomosexuality (同性愛)の疑いが濃いとにらんだ からである.それに対してWhitmanは,こんな返事をしている. 「御質問にはまったく当惑

しています..‥私のキャラマスがそんな根拠のない,ゆがんだ推測でもって読まれないよう願 いたいものです.…私の生涯は,たしかに血気さかんな青年時代,中年時代,南部のときも そうでしたが,肉体的にも愉快にやってきました.きっと人から非難きれる余地もあったでし

ょう.私は,結婚こそしませんでしたが, 6人子供をつくったのです‑うち2人は死にまし たが,私の1人の孫は,今南部におりますが,ときどき手紙を私にくれます‑財産権の問題 などもあって,今は直接彼らとの関係は切れてしまっているのです.」 (要約)

ところが,このWhitmanの言葉の真実性については大いに疑いが持たれているWhitman

にそういう関係や子供があったという確たる証拠が,物的にも人的にも,死後になってからも

全く出ていないからである.これは普通言われているようにWhitmanの苦しまざれの言い

訳かもしれない.彼の生涯を通じて表だった女性関係もなかったし,現に中年以後彼と親しか

った知己たちもWhitmanは女性に興味を示さなかったと言っている.しかし,それにして

もWhitmanの特に,あのAdam ofChildren詩群にあらわれる露骨なばかりのセクス(異

性間の)讃美はどうであろう.これは,説によると,どうも本当は異性間のことを歌っている

のではなくて,同性とのことをカムフラージュしたもので,男同志の愛をうたったキャラマス

との均衡上,無理して女性との愛をうたったのであると言われている.そして,キャラマス詩

群こそWhitmanの本音であり,彼のかくされた秘密の欲望の表白である,つまりWhitman

(2)

は性倒錯者であるというのが,最近のかなり一致した説になりつつあるようである(ただし, Whitmanがはたして文字どおり性倒錯の実行者だったかについては確証がない.それは,あ

くまでプラトニックなものであったろうという見解をとる研究者もいるくらいである).

またWhitmanが50才を超えたころ,彼は,有名なブレークの研究家A. Gilchristの未 亡人アン・ギルクライストから,はるか海を‑だてて, 4年間以上にもわたって何通もの美し い情熱的な手紙をもらっている.彼女はWhitmanの詩と精神に深く傾倒していたのである.

そして最後には彼女は彼に強い結婚のプロポーズを送っている.その当時, Whitmanは,敬 愛する母親を失ない,自分自身は,はからずも卒中で倒れ,回復はしたが半病人の状態,経済 的にも困窮して淋しい境遇のさなかにあった.そういった事情をすべて知った上での彼女の愛 にみちたこの熱烈なプロポーズを,しかしながら,彼は喜んで受けるどころか,逆に彼女に,

自分はあなたが想像するような人物ではない,現実のホイットマンは大へん見すぼらしい,敬 るにたらない人間である,と言って断わっている.このエピソードについては,いろいろな読 みとりかたがあるが,彼のhomosexualityと結びつけて解釈する人もいることは確かである.

ところが,おもしろいことにWhitmanには異性との性的関係はまちがいなくあったと論ずる 研究家(1)が最近出ている.彼は,その証拠としてWhitmanにあてた女性からの手紙,その 他を,二,三件自分の手で発掘したと言う.しかしながらhomo.はかならずLも異性との関 係を排除するものではないから,従来のWhitman像がこれで覆されたことにはならないが, 彼をhomo.一辺倒の見地から見るのは多少危険かもしれない.それから,ちょっと付け加え たいことはWhitmanが女性に関心がなかったということは,彼が女性に冷淡であったとい うことではない.このことはWhitmanの"comradeship〝 (友愛精神)と関連して彼の人間像を つかむ上で注意したいことであるWhitmanが身近かな女性たちから深く敬愛されたとい う伝記的事実はいくつもあるのである.とにかく,私がこの小論で詳かにしたいことは, Whitmanの性倒鐙有無およびその実態についてではない.フロイドは,ある種の性倒鑑(同性 愛をふくめて)は只一般社会から否認されているだけの話で,それを倒鉛と断ずるのは不正では ないかとさえ言っている(2)またギリシャでは,ソクラテスやアリストテレスの時代には,同 性愛はむしろ誇らしい恋愛行為でさえあった.そんなわけで,私がここで問題にしたいこと

は,あくまで人間の持つ「性」というものの根源的な魔力と,その意味についてなのである.

:i

But now take notice, land of the prairies, land of the south savannas, Ohio's land,

Take notice, you Kanuck woods and you Lake Huron and all that with you roll toward Niagara and you Niagara also,

And you, Californian mountains That you each and all find somebody else to be your singer of songs,

For I can be your singer of songs no longer One who loves me is jealous

of me, and withdraws me from all but love,

(3)

詩的衝動力としての「エロス」の問題

With the rest I dispense 1 sever from what I thought would suffice me,

for it does not it is now empty and tasteless to me,

I heed knowledge, and the grandeur of The States, and the example of heroes, no more,

I am indifferent to my own songs 1 will go with him I love,

It is to be enough for us that we are together We never separate again.

‑from / Thought That Knowledge Alone Would Suffice, 1860

49

〔しかし,もういいか,大草原の国よ,サバナ茂る南部の国よ,オ‑イオの国よ,

いいか,お前ら,カナックの森よ‑そしてお前,ヒュ‑ロン湖よ‑そしてお前とともに ナイアガラ‑奔流するすべての川よ‑そしてナイアガラ,お前も,

そしてお前ら,カリフオルニヤの山々よ‑お前ら,それぞれ,皆んな,自分らの讃美の 歌い手を別にさがしだせ.

ば〈は,もうお前らの歌い手にはなれない‑1ぼくを愛する者が,ぼくを妬んでいるのだ そして愛以外のいっさいから僕を退けるのだ,

ば〈は,もう他のいっさいを棄てる‑かってすばらしいと思った凡てのものと

ぼくは手を切る,もう素晴らしくはないのだ‑僕にはもうすべて空しく,味気ない, ぼくには,もう知識も,合衆国の壮大も,英雄の範例も不要だ,

ぼくは,ぼく自身の歌にも無関心となった‑ぼくは,ぼくの愛するものと共にゆく, ぼく達,ふたりだけで居る,もうそれだけで充分なはず‑ぼく逮はもう決して別れはL

ma巨

これは初版(1860)のときCalamus詩群に一度出たきりで,その後Leaves ofGrass詩 集から彼自身の手によって削除されてしまった詩の一つである.たしかに,これは彼の・

LeavesofGrass全詩集の精神からみると,我々にひどい違和感を与える. "ワルト・ホイッ トマン,一つの宇宙,マン‑ツタンの息子‥・〝と彼が新大陸の詩人として勢いよく名乗りでた のは,つい5年前のことである.ところが,もうWhitmanはこの様にひどく陰気で閉鎖的な 心境に落ちこんでしまっているのである.かって彼が壮大に打ちあげた人間と自然の栄光のマ

ニフェスト詩は,ことごとく夜空の花火のようにかき消えてしまっている.彼にとって,今, もっとも重要なのは,たった1人の男との「愛」のみである.これに比べれば,かって彼の心 を魅了したアメリカの大自然も,国家の繁栄も,高い使命感も,ものの数ではなくなる.肉 の愛着,個的な悦楽の炎だけが,今はWhitmanにとって確かな存在のあかしとなったらし いWhitmanが後でこれを削除したのは無理もない.

また,この作品とならべて発表されたもう一つの詩があるが(これは削除されなかった) ,そ こでは, 2人の男が,互いにしがみつくようにして,指と指とをからませ,いっさいの慣習を 振りすてて,飲み食い,踊り,愛しあいながら街と山野を祷復するのである.ここでは,愛の 狂熟が,めくるめく様なコトバの羅列で直線的に描出されている(3)男と男の問のことだけ に,この情景は只事ではない.実際,この頃Whitmanは,ある1人の男(名前は不明)と

"love affair"におちいったと言われている.それからまた,削除されたもう一つの詩による

と・,この異常な関係は間もなく破綻し,絶望的な,悶々たる不眠の時間が, Whitmanにやっ

てきている.失った同性の"愛人〝への執着は胸の底でくすぶりつづけ, 「自分みたいな人間

が,ほかに1人でもいるだろうか?」と彼自身に問うている.この詩は, Whitmanの他の詩

(4)

に類をみない暗潅たる調子で自分と自分の愛についで懐疑している.彼は,そのとき,自分 の異常な性に絶望していたのだろうか,それとも, "決して別れない〝と誓った愛が,もろく も崩れてゆく人間のこころの信じがたさに絶望していたのだろうか.どちらか分らない.ある いは両方だったかもしれない.しかし,ここで思うにWhitmanの悩みの深さは,これだけ でなかったのではないかWhitmanは,色々な伝記によると,その体格・風貌の男らしさ

にもかかわらず,もともと母性型の,豊かな愛情の持主であった.その様な彼が,しかも, Song of Myself (自己自身の歌)で,未だ曽てない全人的スケールの壮麗な自己の開花を見た

ばかりである.そんな彼にとって,その時いちばん苦しかったことは, 1人の人間への愛が 裏切られるということもさることながら,むしろ個‑の執着のために自己の,より大きな愛の

▼ ° °

いのちが狭く閉塞し,衰弱したということではないか.ただの1人へであろうと100人へであ ろうと,愛は,つねに褒めたたえられるべきである.ただ,そのために"一つの宇宙〝であ り, "善意あって自由無擬の野蛮人〝(4)たるべきWhitmanが個のために広い世界が閉されると いうこと,そして他のいっさいへの無関心に落ちこんでゆくということは,耐えられないこと だったにちがいない.天性の歌びとである彼にとって,"/am indifferent to my own songs."と

° ° °

いうことは,ほとんど自殺にもひとしい心境である.歌は,彼にとって大いなる愛のいのちの呼 吸であったからである.しかし純真で,一途だったからこそWhitmanは1人の男のために,

このような自己分裂に追いこまれたと言うことができるだろう.

この頃(1860年発表)暗い詩がつぎつぎに生れている.たとえばOfHim ILove Day and Night, Tears, As If a Phantom Caress'd Meなどである.特にAs I Ebb'd with the Ocean ofLifeでは,血の気も失ったWhitmanの自喝的な顔,孤影憎然たる姿が読者のこころに迫 ってくる.彼は,けっきょく自分は海辺に打ちよせられた藁しべ,木ざれに過ぎないのではな いかと思い,とどろく潮の音にも人生無意味の噸笑をきく思いがする.このころ,彼は自殺を 考えていたのではないかという説もあるくらいである.

5BH

しかし,間もなく時がきてWhitmanの心境は一転している.その間の推移については, 我々はただ推し測るよりはかないが,雨と霧が晴れ,彼は確かに,ふたたび夜の空に澄んだ星

々のまたたきを見ている.彼がつい5年前打ちあげ,空しく闇夜に消えてしまったかと思われ たSong of Myself52篇は,神秘な夜空の一角に厳としてひとつの星座を形づくって美しく燦 めいている,彼はそれに気づいた.同年発表の詩群を通読するとき,我々はそのように受けと

らざるをえないWhitmanは‑時懐疑したかっての自分の詩の数々に改めて真実あることを

発見したにちがいないのである.

(5)

詩的衝動力としての「エロス」の問題

Sometimes with One I Love.

Sometimes with one I love I fill myself with rage for fear I effuse unreturn'd love,

But now I think there is no unreturn'd love, the pay. is certain one way or another,

(I loved a certain person ardently and my love was not return'd, Yet out of that I have written these songs.)

‑1867

〔時々,わが愛する者と共にいて,僕は怒りでいっぱいになる,自分は帰らざる愛を むなしく吐露しているのではないかと.

だが,今,僕は思う,帰らざる愛はない,報いは,何かの形で,必ずあるのだと, (僕は,ある人を熱烈に愛した,そしてわが愛は帰ってこなかった,

しかし,その故にこそ,この歌のかずかずが僕から生れたのだ.)〕

51

もともとWhitmanは1人のおとこを心から愛したことを悔いてはいない. (このような愛 と失意の経験は,これからも続くが,これ以前にもあったに違いない.)妥算をはなれて, 1 人を夢中に愛する心があったからこそ,彼に,自己と世界,生と死の統一的な関連が見えて きた,そしてそれをSongof Myself,その他の歌へと結晶させることができたのである.上 の詩は,カッコ内の部分は初版('60年)では以下のようになっているが,それを合わせよむ

と,彼の意図する意味がよく理解できるであろう.

Doubtless I could not have perceived the universe, or written one of my poems, if I had not freely given myself to comrades, to love.

〔疑いもなく,僕は,仕界を知ることができなかっただろう,また僕の歌のひとつも

書けなかっただろう,もし僕が思うまま僕自身を,仲間に,愛に捧げなかったとしたら.〕

ただ間違っていたのは,我執によって愛のながれが淀み,うらみに変ずることである.た だし,性愛はけっしてWhitmanの否定するところではないが,この場合,彼自身の経験が Homo.に関係しているだけに,その悩みはいっそう深く複雑であったであろう(彼自身は Homo.をアブノーマルで倒錯したものと考えていたようである)(5).しかし,上の詩で,"帰らざ る愛はない,報いは,何かのかたちで,必ずあるのだけと彼が言うとき,それは彼のHomo.が 肉欲的なもの(もしそうだとすれば)から脱却したことを意味している.また彼の信ずる生命の 輪廻観においては,もともと報いられない愛はなく,徒労に終る一片の真実もないのである.

それがLeaves of Grass出発当初からの彼の信念であった(6)だから今度のことも,彼は,言 わば,初心に帰ったにすぎないのである.だが,この嵐にたたかれたホイットマンという樹木 は,さらに一つ強執な年輪をくわえることができた.そして,それは更にみずみずしい若枝を

^r*5

差しのべて,数多の小鳥たちを呼ぼうとするWhitmanは萎縮しない.彼は, 「現実的」の名 において人間らしい情熱と虹を棄てる賢明なリアリストではなかった.

1876年版Leaves of Grass序文の註のなかでWhitman (当時57才)は,彼の詩論を披渡し

たあと,最後にこう言っている.

(6)

さらにもうーつつけ加えたい. ‑ ・私は心の底から告白したいのだ.私がこのLeaves of Grass を送りだしたのは,また,男性たちの・そして女性たちの心のなかに,直接彼らから私へと,生きた 脈々たる愛と友情のはてしない流れを引き起し,流出させたいためでもあった。この恐るべき,止み がたい私の憧憤(これは確かに大多数の人間のたましいのなかにも今そして常に,多少とも潜んでい るのだが)‑この決して満たされることない,共感への欲望と,この限りもない共感の提供‑こ の普遍的,デモタラティックな友愛精神‑この,まさしくアメリカを象徴する,古い,永遠の,し かもつねに新しい愛着(adhesiveness)の交換‑私は,この本で,それを包みかくさず,公然と, もっとも開放的に表現した. (下線筆者)

ひとりの人間‑の熱愛を裏切られ,それに挫折した男が,再び起ちあがったとき,彼は今度 は自己の芸術をとおして,見えない無数の読者たちに求愛しているのである. 「この恐るべ き,止みがたい憧慣」. 「決して満たされることのない,共感への欲望」.ある研究家は,これ をエロスの成就に失敗した孤独な男の幻想的代償行為と説明している.しかし,私はこの見解 にたいして思うのだが,経験的理解なしに, 「もの」を対象化して批判するだけでは,かえっ て「もの」の内的真実が見失れることがあるのではなかろうか.だが今はこのことは暫くおこ う.ただ我々は誰れLも,この原文のながれから,一つの魂のやる瀬ないほどの憧れの声を聞 くだろう.自己の詩にこんな想いをこめて書いた詩人は古今,稀有ではないか.実際,彼の 1860年発表した詩群(求愛にも似たものがある)に応えて,文字どおりphysicalなレベルで, Whitmanの前に名のり出た(手紙で)婦人がいたくらいである(彼は,そのときinsane asylumと 封筒にかきつけたまま返事しなかった.)<7それほど,彼の言葉にはある人々を魅了する天然の精 気が横溢している.

しかしながら,この様なWhitmanの求愛は,もはや,ひとりの人間‑のそれではなくなっ ている.彼の求愛は,人類の魂から,もろもろの人間たち‑の愛の呼び声のようにひびく.私 は,あのRilkeが第7悲歌の冒頭でうたった,春の高空を噴泉のように駆けあがる鳥のさえず り,愛の応答を先取りした「存在」のなかの歓喜の求愛を思う.真の存在を生きるとき,やみ がたい愛の欲望は,その儀にして成就の歓喜に満ちみちるのであるRilkeの"愛する女た ち〝は,純粋な悲哀の火に焼かれて澄みとおり,やがて所有なき「存在」のなかに救いとられ抱 擁される.このときのWhitmanもそれと似ていないか.もし人々が言うように,彼が"A solitary singer" (孤独なる歌い手)であるならば,私は,むしろ,その孤独に,エマスンの言う

"populous solitude"*8) (すなわち多人数の賑わいを内包するような孤独)を感ずる.それもまた淋 しさであるというならば,それは殆どcosmicな淋しさと言うべきであるWhitmanの求愛 は,世界の人間と人間とを繋ぐ(いや繋いでいる)見えない霊的な靭帯のせつない告知にもひ としいからである.

The Prairie‑Grass Dividing.

The prairie‑grass dividing, its special odor breathing,

I demand of it the spiritual corresponding,

(7)

詩的衝動カとしての「エロス」の問題

Demand the most copious and close companionship of men, Demand the blades to rise of words, acts, beings,

Those of the open atmoshere, coarse, sunlit, fresh, nutritious, Those that go their own gait, erect, stepping with freedom and

command, leading not following,

Those with a never‑quell'd audacity, those with sweet and lusty flesh clear of taint,

Those that look carelessly in the faces of Presidents and governors, as to say Who are You}

Those of earth‑born passion, simple, never constrain'd, never obedient ,

Those of inland America.

〔大草原のくさを分け,その独特な香りを吸いつつ, ぼくは,草たちから,霊的照応を求める,

もっとも豊鏡にして,密なる人間の友交を求める, 言葉と行為と存在の草たちが生い茂ることを求める,

おおらかなる雰囲気,粗野で,陽を浴び,新鮮で,滋養ゆたかな草たち, 自由と威厳をもって歩み,先導して従わず,

胸を張って己れの道をすすむもの,

不動の大胆さを持てる草たち,汚れなく,甘美にして,生気旗たる肉体の草たち,

iiFM:

大統領や知事の顔を,暢気にのぞいて,

たとえば, "あなたは誰ですか?〝と言える草たち,

大地より生れたる情熱,単純にして自由不覇,けっして服従せざる情熱の草たち, アメリカ内陸の革たちが生い茂ることを.〕

‑1860

53

悩み深かかった時期をくぐりWhitmanは早くも本来の自己を取りもどした.このことは 既に述べたとおりであるが,我々は1860年発表の彼の諸作品(削除詩を含めて)のおかげで,辛 か不幸か,人間ホイットマンのかくれた悲惨と光明の二重性界を窮うことができる.予言者の どとく確信に満ち,異教の神のどとく堆動・晴れやかなこの詩人にも,やはり人間的な暗い迷 妄がたびたび巣くったのである.しかし,今やこの上の作品は,己れに立ち帰ったWhitman の第一声のように,高らかで勇壮な響きをもって,我々の前に立ち現われるWhitmanの有

° ° °

り余るいのちが,全的世界‑と溢れでたのである.しかも,彼の個的生命が,全体という空間 に観念的に拡散することがなかったのは,個と個の真剣な変のくるしみがあったなればこでそ ある.こういう,ような経験を,何らかの形で,多分「草の菓」出発以前から繰りかえしなが らWhitmanは幾慶びか自己更新を遂げてきたにちがいない.この作品成立時の彼の心境を 考えてみるとき,私はふたたびRilkeの或る詩を思いだす.

Welt war in dem Antlitz der Geliebten‑

aber plotzlich ist sie ausgegossen:

Welt ist draufien, Welt ist nicht zu fassen.

Warum trank ich nicht, da ich es aufhob,

(8)

aus dem vollen, dem geliebten Antlitz Welt, die nah war, duftend meinem Munde?

Ach, ich trank. Wie trank ich unerschopflich.

Doch auch ich war angefullt mit zuviel Welt, und trinkend ging ich selber iiber.

‑1924

すなわち, Rilkeは, 「憧界」はひとりの恋人の顔のなかにこそ存在すると感ずる.彼は恋人 の顔をあげ,その満ちみちた愛の顔から,その親密な世界を飲みに飲む.しかし,とつぜん恋 人は外界に溢れでる.そして詩人も限りなく彼女より飲みつつ,有りあまる世界にみたされ, 外へ外‑と拡がってゆくのである.これはRilke独特の超現実的な形象であるが,私は, Whitmanの個的愛の体験が普遍の世界(Comradesという)に自己自身を見出すに至るプロ

セスがRilkeによって象徴的に描かれているような気がするのである.さて冒頭の, The prairie‑grass dividing, its special odor breathing,

I demand of it the spiritual corresponding,

これは,おのずから心の内奥から湧出してきたようなコトバの出だしである.それは天衣無縫 のリズムを刻みつつ,以下みごとな小宇宙的音楽をつむぎだしている.また,この僅か1, 2行の 言葉にはWhitmanの自然観が凝集されている.彼は自然と人間の関係について,他の箇所(9)で

「文学作品の真偽を究極的に決定するのは,草原と山々の強壮な大気であり,塩辛い海のしぶ きであって,凡庸な批評家の尺度ではない.勇気と放縦と恋情そして広大なる自尊心という白 熱した力のかぎりの溢れでる諸情熱の初源的な防腐剤‑それが大自然である.繁栄する,英 雄的なDemocracyを私は自然の要素をぬきにして考えることができない.自然は, Democracy

エレメント

の健全と美の元素である.それは,この新世界の全政治,正気と宗教と芸術の根底である」と 言っている.したがって,この詩行においても,彼は,大草原のくさの匂いに,世界を生かす 新鮮で強壮な変とちからの息吹を感じているのである.だからこそ,彼はかぐわしいや大草原 に霊の照応を求める〝と歌う.卑弱な性問的価値を黙殺して,存在の大地に根づいた, "神聖 なる平凡人〝すなわちComradesの草々が,まずこのアメリカの大陸に繁茂することを彼は 思う.我々は,こんなWhitmanを普通民主々義の詩人と呼びならしているが,彼の詩は,あ る意味では,決してデモクラティックでも大衆的でもない.その平明で,愛深い詩の表情に は,一抹の狂気の毒が含まれている.多くの人は,そのことに気づいて,彼からそつと離れて ゆくだろうWhitmanは当時も,そして今日も,アメリカにおいては異端的存在である.

いや我々,アメリカ外の大多数者にとってもWhitmanの開け放たれた詩世界は,実は,未だ 僅かに開かれた憧界にすぎない.たとえば,

I will therefore let flame from me the burning fires that were threatening to consume me,

I will lift what has too long kept down those smouldering fires,

I will give them complete abandonment,

(9)

詩的衝動力としての「エロス」の問題 55 I will write the evangel‑poem of comrades and of love,

For who but I should understand love with all its sorrow and joy?

And who but I should be the poet of comrades?

‑from Starting from Paumanok, 1860

〔ぼくは,それゆえに,ぼくの内から噴き出そう,今にもぼくを食い尽そうと 脅かした,この燃える火を,

この火は,あまりに長く,押えつけられ,くすぶってきた,今こそ,その障害を取り除こう, そして,僕はその火を思いきり燃焼させよう,

ぼくは,仲間と愛の福音の歌を書こう,

誰が,ぼく以外に,この愛のあらゆる悲哀と喜びを理解できよう, そして,誰が,ぼく以外に, 「仲間」を歌う詩人となり得よう.〕

Whitmanの体液に欝積する恐ろしいほどの情愛は内がわから火を噴いて,あらゆる人間のこ ころを一つの燃え輝く愛の大空間に変じようとする. "robust love",*1 "a superb friendship, exalts, previously unknown"!"'などの高揚したコトバが頻発する.そして"その駈種は万人の

内にある〝,的と言いっつ,一方では, "自分のような血が君の血管にも流れていなかったら, ついに君は僕の弟子とはなれまい目的と,あたかもOccultism (密教)のイニ‑シエ‑ション

(秘伝授与)を思わせるような神秘的口調を彼はとる.こういう彼の激しい憧憶や感性が世間 にとって,あまりに幻想的であるが故に,異端であるとするならば,

‥・wenn ich mich verzehre,

sei's auf Gluten, und mein Wesen kehre wieder an den Raum.

‑1914

〔わが身,尽き果てんときは, 火の熱情によりてこそあれ,かくて,

わが存在,ふたたび,く空間〉に戻りゆかんことを.〕

(註:く空間〉は, R.の用語では,不可視の純粋存在界ともいうべきもの.)

と歌ったヨーロッパの孤高な詩人Rilkeの異端性と,それは本質において,どれだけの開きが あろうRilkeにしろWhitmanにしろ,遥か高次のリアリティ実現のためには,全生命を かけて燃焼し尽き果てようとするWhitmanのデモクラシーは,本当はRilkeほどに遠く 実際政治から離れているのである.また,森を吹く秋風の音はWhitmanにとって,共に寝

ている愛人の手首を低く打つ脈博の音とすこしも変るところはない.人と物とをとわず,地球 と諸天体とをとわず,ありとあらゆる所に,無数の"見えざるつぼみ〝が絶妙な「完全」の開 花を予感して,うずいている㈹ Whitmanのデモクラシ‑は万物照応の神秘性に深く根ざして

いるのである.それが彼の詩の妖しい魔性であると言っていいであろう.

1861年4月に南北戦争が起るWhitman 42才のときである.かって20代においてラディカ

ルな奴隷廃止論者として政治運動にも参加したことのあるWhitmanにとって,この戦争は起

るべくして起ったの感が強かった.しかし,一方,クエーカー教徒的性格のあったWhitman

には,実際自分も銃をとって戦線に参加すべきか,否かについては微妙な心のゆれがあったよ

うである.けっきょく彼は,一市民看護人としてワシントンの陸軍病院などを訪問して,傷病兵

(10)

の看護や援助にあたることになった.みずから志敬したこの行動は,彼の標模するコムレッド シップの大きな試金石となった.彼の公表手記Specimen Daysによると,彼は3年間に600 回の病院行きをし(その頃割りに忙しくない官庁の吏員をしていた) , 1回2時間から長い時は3日 連続夜っぴいての看護に当っている.貯蓄金をはたいて,彼はそのつどタバコ,キャンディ

〜,便隻などの日用品をリュックにつめこんで出かけた.擬死の重傷者たちの親へなぐさめの 手紙を書き,手術の手伝をし,また死にゆく兵士の手をにぎって断末魔の苦悶をみとり,彼我.

両軍の残虐行為を見関しては, =ダンテの地獄絵にまさる同胞相食む戦争"のすさまじさについ て色々考えさせられる.その頃の彼の熱烈な献身おりと人間的な優しい諸行為については,そ れを立証する多くの記録が残っている. "Uncle", "Pap"と慕われた彼が,病院に姿をあらわ すと負傷兵たちは,いっせいに嬉しそうな顔を彼のほうへ向けたという.帰還した‑兵士など は,その時Whitmanは天使の顔をしていたと懐かしげに語っている.以下は,彼自身の思い 出{Specimen Days)によるものだが当時の彼の心構えを知るうえで特に参考になる.

この3年間は,その数々の熱病的興奮と肉体的苦悩,悲しむべき光景にもかかわらず,自分にとって 最も偉大な特権と満足を与えてくれたと思う.もちろん,これはわが人生における最も深刻な教訓とな った.自分は,あの奉仕において,自分の前に現われた者は誰であろうと,敵味方にかかわらず, ̲夏空 ての者に思いやりをかけるようにし,たった1人も無視しなかったと言うことができる.そうすること

によって,自分の内に,今まで夢にも思わなかった情緒の深部がかき立てられ,それが表面に現われで るのに気づいた.このことは,自分に合衆国の未来の真の融和というものについてもっとも蛾烈な想い をひき起してくれた.一・日分は味方の傷兵達のなかに,敵の将校や基±i=ちがたくさん混じってい

るのに気づいたが,自分はつねに彼らにも物を与えてやり,他の者とまったく同じように彼らを励ます ように努めた. (下線筆者)

少し話がそれるが,私は前に, WhitmanがHomo.の痛手から起ちあがり友愛精神による Democracyという,より広大な目的意識に目覚めたことを述べた.だが,その後,彼のかか げたこのComradeshipの旗がはたして清浄無垢なものであったか?実はそういう疑いをはさ む研究家は少なくないのである.と言うのは,1862年7月(看護人を志願した数ヶ月前) ,彼の手 帳には,なにやら普通ではない記述がたてつづけに見えるからである.その手帳には,何ん人 もの若者の名前や,職業また顔つきなどがしるされ,何処そこで会った,話をした,ドライブ をしたなどと,いちいち書きつけてある(こういう記事は戦後にも見られる). M. Cowleyなど 描,その頃Whitmanは同性愛グループの仲間入りをしていたのではないかと言っている.そ うかもしれない.しかし,これは善意に取ればとれないこともないのである.すなわち,偉大 な友情の国の到来を歌った詩人Whitmanは,また実際生活においても,特に未来性豊かな若 者たちにそれを期待して,純粋に彼らとの交わりを楽しむ.それも自己の重要な実践であると

彼は心得ていたのかもしれないのである.しかしながら,ここのところは,やはりWhitman

の謎である.多分,彼自身にも分らない感情があったかもしれない.肉と精神が,ひとつの分

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詩的衝動力としての「エロス」の問題 57

ちがたい情念となって不可解に動いていたかもしれない.だがそれはとにかくとして,現にこ

ういう変った手記があるのだから, Whitmanが傷病兵の看護に尽したということも,それは 彼の秘密の欲望を満たすための間接的な行為ではなかったろうかと疑われもする.しかし,敢 えてWhitmanを弁護して言えば,上の手記より少し前,つまり戦争が勃発した数日後,彼は 手帳(死後発見)にこういう自分の決心を書きつけている.

この日,この時,自分は水と純粋なミルク以外の一切の飲みもの,一切の脂っこい肉,おそい夕食を やめ,純粋で,まったき,甘美で清浄な血液の,遥しい肉体を造ることを決心する‑偉大なる肉体, 清められた,汚れなき,霊化されたる,生気はつらったる肉体を.

これもまた, Whitmanの真実である. (註:記録によると,中年以後のW.は酒,タバコは,ほ とんどやらず,きわめて質素な生活をしている.特に戦争中は,母親あての手紙によれば,世間的成功など どうでもいい。人間,最小限度の衣食住があれば充分. 1日, 1回,たっぷり食事できれば充分であると言 っている.そしてこの手紙を書いたころは,すでに4ケ月間はそれを実行していたらしい.)細

いづれにしろ,戦時中のWhitmanの献身は並たいていのものでなく,たとえ動機に Hom0.的なものがあったとしても,彼の行為は,少くとも,欲望の気高い昇華であったと言

うべきだろう.

何ものも恐れない自由不覇の遥しい肉体をもった野人たること,それを自らの理想像とした Whitmanは,皮肉なことに, 50も半ばに達しないうちに中風で倒れた.その後,一応回復す るが,彼の肉体的老衰は常人よりも早かったという.彼自身は,戦時中の極端な肉体の行使 と.病菌の毒素に血液が感染したのが,その原因であると言っているが,確実なことは分って いない.しかし,数々の死の断末魔や,拷問にひとしい残酷な手術に立ち会ったときの強烈な 精神的ショックが,もともと愛情深く,感受性するどかったWhitmanの肉体に悪い影響を与 えたことは確かであると言われている(註:W.は母親にあてた手紙のなかで,現場では冷静であっ たが,病院から帰る途中,思いだして,からだの震えがとまらなかったと書いている).しかしながら,

この自らひき受けた同胞‑の無私の奉仕は,彼のとなえた「友愛」の理想を厳しく試練し,そ れに豊かな肉づけを与えたにちがいない.またLeaves ofGrass出発以来,大ボラとも噸けら・

れた今までの彼の諸作品には真実の裏打ちがあったのだということをこれは実証したことにな る.とにかく,この経験をくぐることによって,彼は,今日,恋態的とも言われている彼特有 のsexualityに,一層堅固な精神性をつけ加えることができたに違いない.だが一方,もとも

とWhitmanは,肉的な欲望を肯定するのみならず,それを人生の尊といもの,美しいものと

考えている人である.そのような彼であるから,この隠されたHorn.的傾向は,もしそれが

実腹にactualなものであったとすれば,彼にとって実に微妙・深刻な問題だったにちがいな

い.実は,戦後になってからも,彼の偏向したsexualityは,彼を何回か自己分裂のくるしみ

に追いこんでいるのである.

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その一つをあげよう. 57才のとき,フィラデルフィアの印刷工, Harry Staffordという無学 な若者と知り合っている.手帳には,数回に分けて,その若者と悶着をおこしたことや,決断 をせまられたりしたことなどが漠然と書きつけられているStaffordへの,この尋常でない Whitmanの愛着は,相手に送った数通の手紙のなかに,はっきり表われている.以下はその 抜粋である.

.君へ.たった1時間でもいいから,君が今すぐ来てくれて,上着を脱いで,ぼくのひざの上にのって くれたらいいのにぼくは金曜日6時の汽車でくだろう. ‑ ・ぼくは,あの掘割りをもう一度 見たい‑そして,愛する君よ,ぼくは君の顔が見たい。もうこれ以上待てない. ‑ ・埋{昼,たっ

たこの今,掘割りのそばか,どこか森のなかで君と一緒だといいのに. (註:以上は3通の手紙から.

下線原文どおり)

たしかに,これは異常な執着ぶりであると言えよう.しかし,後にはWhitmanは,この執着 を克服している.そして,手紙で,この無学な若者の精神的発達について心をくぼり,日常考 えたこと,見たことなどについて感想文を書くことなどを彼に指導している.たとえば1881年

1月27日,この若者へ当てた手紙では.

真の宗教(それはこの世で最も美しいものであり,いかなる男女,子供をとわず,人格の最良の部分 です)とは,あらゆる日,あらゆる時,人が何を正しく,親切に,寛大に,そして高貴になしとげるか ということにあるのです‑特に自分の仲間に,知己に,貧しい人々に,無学な人々に対してです.そ して敬度な塀想と神への沈黙の想念のうちにあります‑それは口さきの言葉や日曜教会のホラ話のな かにはありません.佃

このH. Staffordは,やがて結婚するが, Whitmanは最後まで彼と温い交友関係を保ってい る.

それから順序が逆になったが,このことより10年前Whitmanが47才のとき,彼はPeter Doyleというワシントンの乗合馬車の車掌をしていた若者と親しく知り合っている.手帳に, Whitmanは,この若者と想像される"彼女〝に対する,自己の凄じいばかりの執着と苦しみ について書きつけている(註:手帳では,相手を164という数字や女性代名詞でしるしている)帥 Whitmanは, 「俺は自分の中にあって,実際は相手のなかに存在しないものを勝手に想像し ているのだ.俺は自分に幻惑され,編されている」と自己の弱点を反省し, 「相手には常に親 切な心と態度を保持せよ」と書く.また「この絶えまない恐るべき.‥混乱から絶対に抜けだ せ・‑この気違いめいた無益な動揺,あさましい,屈辱的な追いまわしを断固として止めよ‑・

どんなことがあっても,二度と彼女と会うな,話をするな,絶対に.」としるしている.しか

しWhitmanは,程なくこの執着に打ち勝つことに成功する.そしてDoyleに算数や地理な

どを教え,また彼自身深く尊敬していたエピクテタスのストア哲学や人生の生きかたなどを彼

に教えている.けっきょくWhitmanの愛の悩みは相手には気づかれないまま,彼の胸の内で

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詩的衝動力としての「エロス」の問題 59 ひそかに静められてしまった咽.その後, Doyleとは,きわめて純粋で父性愛的な友情を死ぬ まで保ち,研究家R. Asselineauなどは2人をソクラテスとアルキビアデスの師弟関係にもた とえているくらいである.

以上,簡単だが1, 2の例をとおして我々はWhitmanの密かな内面の闘いを垣間みた.こ の一見,穏やかで屈託ない,多くの人々に‑男女,子供をとわず‑強い親近感をいだかせ たという庶民的な詩人Whitmanの人間性には,よく見るとなにか我々を困惑させるような謎 めいた部分があるのに気づく.しかしながら,また,以上の実例から,我々は少くともこの事 だけは言えるだろう.すなわち,ひとりの人間の肉に根ざした本能的な,そしてそれだけに盲 目的である愛欲の奔流が彼独特の個性によって,ある一つの確固たる方向と普遍性を与えられ たということが.そのお蔭で我々は今日LeavesofGrassという,その勇揮さと人間的な親.

密さにおいて比肩するものがないi魂の音楽≫をきくことができるのである.ぱくっと割れた

はsxa醒

鉱石の割れ口からきらめきでる金粒のような新鮮・強壮な美感.また早春を迎えた生物の体内 に騒ぐ血の,抑えがたい喜びの衝動感.これがWhitmanの詩「草の葉」である.そして思う に,こういう魅力はすべて彼のspiritualized sensuality (霊化された官能性)から生じたものに ちがいない.私はあの隠者的詩人Rilkeが"sensualite de l'畠me" (魂の官能性)というコトバ を日ごろ愛したということを思い出さずにおれないG9)詩にかぎらず,すべて偉大な芸術の持 つ深い魅力と崇高性は,これなくしては有りえないのではなかろうか.

Whitmanは晩年に至るまで,あの悪名高かったAdam of Childrenの作者と少しも変ら ず,人間の「性」の意味を強調しつづけている. 「性」を押しつけられた陰微性から社会的に 解放すべきだと言い,性欲望の満足を知らぬ女性は,まだ充分な女とは言えないとまで, 70才 のときTraubelに語っている(H. Traubel, With Walt Whitman in Camden).しかしWhitman のセクス観は単なるフロイド主義の次元で理解されてはならない.このことは, "若き労働者 の手紙〝 (Der Briefdes jungen Arbeiters, 1922)のなかで,晩年のRilkeが「性」のよろこびを 驚くほどに強調していることにも,そのまま当てはまるだろう.

人は,しばしば個へのエロス的情熱の高まりをとおして「存在」の神秘性に目覚める.しか し,この体験に鼓舞されつつ,更にあらゆる他者の内奥にもひとしく宿る神秘の「存在」を知 覚するためには,更にいっそう磨ぎ澄まされた詩的直感(Blakeのいうthe poetic genius)が必 要である.この様にしてWhitmanは, 「存在」の不滅なよろこびに至る道を知覚したにちが いない(というより,その道への知覚を,問題の度びごとに一層新しくしたというはうが正確

▼ ° °

であろう).彼の湧きでるいのちは,今や他者の内なる「存在」という不思議な酵母に触媒さ れて,甘美な酒となるWhitmanのコムレッドシップは,単なる観念の所産ではなく,彼の

° ° °

いのち,あるいはエロスが発酵してできた芳醇で, amorousな酒である.

セクス

ここで参考までに,一言,ヨガの「性」観について言及してみよう.印度ヨガの生理学では

「性」は人間を悪魔にも神にもする恐るべき力の源泉である.それは,人間の脊柱の最下部(仙

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骨叢)に火の蛇(あるいは竜)として,とぐろを巻いて眠っている.それはクンダリこと呼ばれ ているが,それを,特殊なリズム呼吸と塀憩によって覚醒させ, 7つのチャクラ(腺とつなが る) ,すなわち,生殖腺,副腎腺,揮腺,胸腺,甲状腺をとおり,粘液腺から最後に松果腺(党 の座と言われる)へと,順次,脊柱に沿うて螺旋状に引き揚げてゆくのである.長年月の訓練に

よって目覚まされ上昇してゆく蛇クンダリニは,その通過するチャクラに応じて,特殊な超感 覚能力を人に与える.たとえば,クンダリニが生殖腺だけにとどまるならば,それは色魔的に 強烈な性エネルギーを発動するだろう.しかし,それが胸腺から上に昇ってゆくと,恐るべく

SSXIZl

強大な蛇の性力は> ‑Jasという霊的なエネルギーに変質して,人間に超人的な叡知と愛の感情 を賦与するという.そして遂に,クンダT)この蛇が,松果腺, 「充の座」に達するとき,人間 は神との合一を体験して,神大となると言う(荒の座は,輝く千の花びらの蓮花で表象され ている).これがヨガの説くr魂」の螺旋状階段的進歩の方法論榊であるが,我々はフロイドの Sublimation (昇華)理論とくらべ合わせて,人間の「性」というものの持つ重大な意味につ いて考えさせられる. (このヨガの「性」観とフロイドの昇華理論とWhitman, Rilkeの行きかたとの 関係については後述したい.)

さて, D. H. Lawrenceは,知られているように,今世紀文学における大胆な「性」の讃美 者であったが,彼は,人間の本能の行為からキリスト教あるいはプラトニズムの精神主義的圧 迫感を放逐して,動物の無邪気な目で,それをあるがままに見,感じようとした.その点から

もLawrenceはWhitmanの芸術を高く評価した人であるWhitmanは"宇宙の核すなわち 鼓動する肉欲的な自我"を最もリアルに,現在的にうたった空前の詩人であると,彼は言うォ2fl そのLawrenceはWhitmanのコムレッドシップをどう見たであろうか.彼は, Whitman の疑われている男色的傾向に気づいていたかどうかは知らないが,まったくそれには言及せず にWhitmanについて2つの論文を書いている.つまり彼は,そこで, Whitmanのコムレッ

ドシップをsexなき男同志の友愛として論じている(註:そうとることは正しいと思うが,只W.

° ° ° ° ° ° ° °

は,男同志のcomradeJhipというものを本質的には性別をぬきにした人間対人問の,広い友愛の原型とし て讃美したのである).

Lawrenceは,その中で, 「究極のコムレッドシップは,結婚からの終局的前進である.そ れは,目的を超越した,純粋な『美』の,種子なき最後の花である.しかしながら,もしそ れが結婚を破壊するならば,友愛は死体も同然となる.究極の友愛は,死の瀬戸際に開花す

いのちいのち

る美である.しかし,それは生命の根から咲きでた生命の木の花である」鰯と言う.これ は, Whitmanのコムレッドシップに対するLawrenceの全面的同意の表明である,彼は Whitmanの思想に,彼の大嫌いな一元論的要素の介在を指摘して,彼らしく語気強く批判して いるが,とにかくもLawrenceはWhitmanの詩を「絶対的で,完壁な,まるで喉をふるわ

° ° ° °

すナイチンゲールのどとく流露する人間的な自発性の詩である.」 ¢3)と讃美している.この様な

もawrenceの言葉をよむと,私は,理屈ぬきで, 「詩精神」というものについて,また,詩が持

(15)

詩的衝動力としての「エロス」の問題 61

つその隠れた秘密のちからと広がりについて考えさせられるのである.すなわちWhitman

とLawrenceの間には,いくっかの大きな差異があるにもかかわらず,深い所で,驚くほどの一

t ° ° ° t °

致がある.二人とも,この大地から生ずるなまなましいvitalityの源である「性」が持つ有り あまる情熱と愉悦感こそ,世界のありとあらゆるものの「根」としているのである.そういう

° ° ヽ

「性」の魔力をうまく培うことによって,孤独な人間の世界の個と個の関係にも愛のいぶきを 吹きこむことができる.そして其処に,創造的な文化の共同体が誕生することを信じた.この 点に関しては, Rilkeもまた全く同じであると言えるRilkeは,晩年Lawrenceのある作 品(The Rainbo孔,)と論文(On Being Religious)に接して驚博に近い感動をおぼえている,そ して「彼の言っていることは,ほとんどそっくりその儀,僕の作品に書かれている」糾とまで 言っているのである.

さて, 「水」が河,慕,海または雲とさまざまな姿をとるように,ポェジーも多様な詩人の 姿をとって現われる.そしてそれぞれが独自な存在だ.そこに尽きせぬ多様の面白さがある.

しかし,そのことは当然として,私は,令,これら全く異なった3つの芸術の個性が共有する内 なるポエジーの同一性にこそ畦目する. 「もの」に触れるとき,これら3人の詩人の心をゆす るのは何んだろうか.さまざまな物や人間が,様々なリズムと旋律とで響かす,あるコズミッ

Tttti月

クな生命の沈黙の音楽.それが彼らの心をゆするのではないか.そして,それを彼らは,それ ぞれ個有のコトバでもって伝えようとしたのではなかろうか.ジェラニュームの赤い花に感動 するLawrenceのおどろきはRilkeの蕎夜やWhitmanの縁り草への不思議と,お互いに どれほどの差があるだろうか. 3人の個性の違いが目立つだけに,かえって私は,その相互の 親近性に強い驚きを感ずる.それぞれの言葉が生れる以前,静かに彼らの心をゆするもの.そ れは, 「もの」が密かに送ってくる,ある言いがたい官能的なときめき,また生きとし生ける

° ° °

ものが互いに目くぼせし合う,ある神秘的ないのちの交感である.その様にしてなされる"汝〝

と"我れ〝の「存在」の究極的な相互承認に,彼らは心を動かされたのではなかろうか.

しかし,更に考えてみると,けっきょく,この事を抜きにして,どんな人間の生きた文明 があり,コミューニティがあるのだろうかと,私は思う.前にも引用したが, Rilkeは, 「精神 的な創造もまた肉体的創造に由来するものである. ‑それは肉体的快楽の,より精妙な,よ り悦惚たる,より永遠的な形の繰り返しである. ‑・ 1人の創造者の想いのなかでは,忘れられ た数千の恋の夜がよみがえり,それが彼を高貴と卓越でいっぱいにする」と言う.愛の喜び,

° ° °

いのちの自発性を押し殺すような鋳型文明は,廃虚の同義語である.心をこめて「もの」を創 りだすこと.心をこめて「もの」を愛すること,そういう慎ましくて,深い生活の充実感から ますます遠ざかってゆく能率主義的な時代精神を悲嘆したRilkeいっほう,機械はかならず 人類を絶滅させるだろうと怒り,現代文明を腹の底から呪ったLawrenceそれと比べて, Whitmanの当代文明‑の反応は,ふつう極めて楽天的かつ讃美的にさえ見える.しかし,こ れはWhitmanの外見にすぎない.それは彼一流の,意味ある寛大きから装われた外見であ るといったほうがいいかもしれない. 1871年(今から100年も昔!)に出された彼の代表的論文

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Democratic Vistasを読めば,当時すさまじい勢いで興隆するアメリカ文明‑の彼の幻滅と苛 立ちがよく見える.しかも,この彼の現実認識は,心の奥底ではLeaves of Grass (1955)出 発以来,ほとんど変っていないのだ.このことは,彼の長い詩Respondez (1956)脚にありあり

と現われている.それは,見せかけの幸福,富と力をやみくもに追いまわす民衆や政治家たち の愚昧を噸笑,抑旅した真っ黒い詩である(1881年版以後,これを削除したW・の気持はど うだったのだろうか!)

Let there be wealthy and immense cities but still through any of them, not a single poet, savior, knower, lover!

Let the she‑harlots and the he‑harlots be prudent!

let them dance on, while seeming lasts!

(O seeming! seeming! seeming!)

〔富裕にして巨大なる,もろもろの都市よ,在れ‑しかし,それらどの都市にも, たった一人の詩人も,救世主も,知者も,愛する人も在るなかれ!

‑1856

男淫売たち,女淫売たちよ,おん身お大切に栄えるべし!

踊れ,踊れ,見せかけの続くかぎり!

(おお,見せかけ!見せかけ!見せかけ!)〕

突き刺すような現実否定の悲痛な精神に耐えながら,しかも深い,魂の優しさをもって,

現健の素晴しさ,気高さをさぐり出し,それを実現し,おし広げようとする.この点でも

Whitmanは,他の2人とひじょうに似た道を歩んでいるのである. (続く)

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詩的衝動力としての「エロス」の問題 63

〔註〕

訳詩は,断りのないかぎり,すべて筆者によるもの.

(1) Walter Lowenfels, The Tenderest Lover, Introduction, Delacorte Press, New York (2) S. Freud, 「文化‑の不満」,高橋義孝他,人文書院p. 464

(3) Whitman詩, We Two Boys Together Clinging, Calamus (4)請, Song of Myself, sec. 39

(5) Whitman, A Memorandum at a Venture, 1882

〟‑that the sexual passion in itself, while normal and unperverted, is inherently

legitimate, creditable, not necessarily an improper theme for poet, as confessedly not for scientist‑

Preface to Leaves of Grass, 1855

(7) G. W. Allen, Walt Whitman as Man, Poet, and Legend, Southern Illinois University Press, pp. 18‑19

(8) R. W. EmersonのエッセーWorks andDays:

HIt was the deep today which all men scorn; the rich poverty, which men hate; the populous, all‑loving solitude, which men quit for the tattle of towns. He lurks, he hides‑he who is success, reality, joy, and power."

(9) Whitman, Specimen Days, HFinal Confessions, Nature and Democracy"およびPγeface to Leaves of Grass,バNotes", 1876,を要約したもの.

Calamus, 〟/ Dream'd in a Dream."

01) Calamus,バTo the Eeast and to the West"

ibid.

a討Calamus,バTo a Western Boy"

Whitmanの諸詩バUnseen Buds", "Faces", "Eidolons", HPassage to India",その他.

G. R. Carpenter, Walt Whitman, The Macmillan Company, p. 98

H. Staffordに関する記事はR. Asselineau, W. Whitman‑The Creation of a Bookを参考 にした.

n刊E. H. Miller, Walt Whitman's Poetry, Houghton Miffin Company, p. 158

R. Asselineau, W. Whitman,‑The Creation of a PersonalityおよびW. Whitman‑The Creation of a Bookを参考.

E. C. Mason, Rilke, Europe, and the English‑Speaking World, Cambridge, p. 103

Swami Vivekananda, Raja‑Yoga, Advaita Ashrama, Calcutta; C. W. Leadbeater, The Chakras, The Theosophical Publishing House, Madras, Indiaおよび,三浦関連著「人間の 秘密」竜王文庫,東京を参考.

¢1) D. H. Lawrence, Poetry of the Present,¥1918

幽D. H. Lawrence, W. Whitman, 1921

ibid.

Mason, Rilke, Europe, and the English‑Speaking World, p. 115

Respondezは1956年初版ではPoem of Propositions of Nakednessという題であった.その 級,内容において若干補足された.

(昭和48年9月29日受理)

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