詩的衝動としての「エロス」の問題(13)
‑W. Whitman と R. M. Rilkeの場合 新井 章 慶
On eros as a poetic impulse (13) The case of W. Whitman and R. M. Rilke
Akiyoshi ARAI
《XIII》
芸術におけるリアリティ(空想と想像力の問題) (3)存在と想像力
エロスと想像力(《エロス的文明≫に見られるH.マルク‑ゼの問題点) (読)
*
さきに、詩神オルフォイスは、現在性のシンボルであると言った。その神は、
Rilkeがナルチス詩でうたったナルチスの自己実現のイメージとして立ち現われ たのである。それは、我々の内なる原詩人である。
° ° ° ° ° °
いっぽう、マルク‑ゼも、オルフォイスを「解放者、創造者としての詩人の 原型である」と言っており、われわれは、その事にたいして何ら異論をはさま
° ° ° °
ない。ただ、マルク‑ゼにおいては、それは、もっぱら、社会的に「潜在する 可能性」の表象として語られる。ということは、このかつては美と自由を充全
°
に生きた伝説のオルフォイスは、今は、未来の現実ではあっても、現在の、社
° ° °
会的に虐げられた夢として強調される、ということである。
° ° °
Rilkeにとっては、オルフォイスは現在の生きた神である。それは、マルク‑
ゼがリビドーの未来的な成就のすがたとしている「無制限のナルシシズム」、す
° ° ° °
なわち「大洋的感情」の現在的なみなもとなのである。そして、この現在性の コズミックな感情は、同時に、世界変容の力として創造的な未来性を肱胎して いる。ちょうど、植物が双葉の段階から、雨や風また光と現在の瞬々に戯れ遊
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新井章慶びながら、枝をつけ幹となり、菓群れをひろげ、そして花をつけ、実を結ぶよ うに。それぞれの成長の段階が、完成であり、同時に次の段階への可能性であ るのと同じである。しかし、嵐や地変などがない、と言うのでは無論ない。
SchlieBlich zerschlugen sie dich, von der Rache gehetzt, wahrend dein Klang noch in Lowen und Felsen verweilte
und in den Bえumen und Vogeln. Dort singst du noch jetzt.
0 du verlorener Gott! Du unendliche Spur!
Nur weil dich reiBend zuletzt die Feindschaft verteilte, sind wir die Horenden jetzt und ein Mund der Natur.
とうとう復讐の念に駆られて、彼女らはあなたを切り刻んでしまった、
だが、それでもあなたの歌は、獅子や岩や
樹や鳥たちの中に鳴り響いていた。今でもあなたは、そこでうたっている。
お、失われた神よ!今は無量の痕跡である神よ!
ついに敵意に燃えた老らが、あなたを引裂き撒き散らしたゆえにこそ 今私たちは聴く老となり、自然の口ともなり得るのだ。
‑(オルフォイスへのソネット) 1‑26 (高安国世・訳)
このFeindschaft (敵意・不和)は、愛とともに地上生の現実を二つに割る、そ の他半分である。それを、 Rilkeは、変容の過程にある人問が通過する運命の形 とうけとる。マルク‑ゼによれば、このオルフォイス・ナルキソスのエロスは、
神々によって罪せられたのである。神々とは、昇華を要求する欠亡と抑圧にみ ちた現実のことであり、それは「敵意」となって現われ、昇華を拒否するオル フォイス・ナルキソスはその行為が個人的な行為であったゆえに死を招いた、
とマルクーゼは言う。すなわち敗北せざるをえなかったのである。そういう意 味では、エロスは、 「孤立した個人の現象としては」 「神経症的」であり、けっ
きょく美の休日的特権となる。
ところが、 Rilkeでは、現実の敵意(マルク‑ゼの言葉でいえば、労働の疏外、病苦、
死)によって殺されたオルフォイスは、蘇って、世界に普遍する存在者となった のである。彼は現実を自在に透過しつつ、今も地上のあらゆるところに愉楽し、
生の絶対的讃美の範となっている。おかげで、我々人間は、もし意志あるなら
ば、オルフォイスの歌を聴くものとなり、自然(生)の秘密を語り伝える口と 成りうる、と教えられたという。すなわち、かつて現世にあったオルフォイス の生と死を、われわれも、そのまま自らの生と死とすることができるのである。
これは、別のソネットn‑24では、こういう形になる:
‑Ordne die Schreier,
singender Gott! daB sie rauschend erwachen, tragend als Stromung das Haupt und die Leier.
一歌う神よ、叫ぶ者たちに
秩序を与えたまえ!騒めきつつ彼らが目覚め、
am^^^^^^^^^^^^^^^^^^mms
潮となり、おんみの首と竪琴を浮べてゆくように。
ところで、マルク‑ゼは、 《芸術と革命≫で、新しい芸術運動Living Theater を、マルクス主義と両立しない神秘主義で、政治的衝動を台なしにしてしまう ものとして、批判している:‑「愛の革命、非暴力的な革命はなんら重大な脅威 とはならない。権力はいつだって愛の力をうまくあしらうことができたのであ 旦旦」 (下線筆者)筆者は、リヴィング・シアターについては、何ら知識を持たな いから何んとも言えないが、これは、ある面では、いかにもRilkeの意味する オルフォイス的な生き方を思わせる。だから、私は、以下、性の問題を根底に おいて、詩的想像力としての芸術と革命のかかわりあいを、 Rilke晩年の《ドゥ イノ悲歌≫成立直前のいきさつを説明する過程で考えていきたいと思う。これ は、上記のマルク‑ゼの批判にたいする反批判ともなるだろう。そして、それ は同時に、悲歌の一つに言及しながら、彼の《エロス的文明≫の問題点を総括 することになるだろう。
*
人間がオルフォイスに耳傾けて自然の口となる、という。それは、とりもな
° ° °
おさず、人間が真のことば(行為もまた、三と正である)を語る詩神オルフォイスの 口となる、ということである。芸術の作品は、すべて、ある意味でオルフォイ スの口である、と言えるだろう。それは、苦悩にゆがんだ口であり、また唖の 口であるかもしれない。フイツツジェラルドの《偉大なるギャッツピー≫、カミ
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ffi^MK目扇ユの《異邦人≫、カフカ《城≫、ボードレールの《悪の華≫とランボーの《地獄 の季節≫のなかの多く、 A.ミラーの《セールズマンの死≫、ヘミングウェイの もの、ゴヤの黒い絵シリーズその他、浜田知明の版画集《軍隊・戦場≫、ベルクの
《ヴォツェック≫、ショスタコヴィッチの《ムツェンクス村のマクベス夫人≫、 etc.。
これらのネガティヴを作品が、少しも、われわれの生の力を直接的に鼓舞す るのに役立たないのに、どうしてこうも、作者をふくめて我々の心を魅了する のであろうか。それは、秘密を分ち合う共犯者の陰微到来感なのだろうか。あ
WBヨ
るいは、似たような賓の生をいきる我々のため、一時の超越的肩代りをしてく れるからだろうか。しかし、それらが、メロドラマの鎮静剤的な解決‑あな
° ° ° °
た任せ的にやってくるぬくもりや幸せ‑を拒否して一個の生きた主体であり うるのは、そこに犯しがたい美の真実があるからである。対象がどんなに醜悪 であり、悲惨であろうとも、芸術は、それをそれ自体で一個の美の真実と化す。
それは、プロパガンダの単なる道具とならず、良くも悪しくも、それ自身の目 的であることに、存在の誇りをもつ。これが、広い意味での打ちかちがたい想 像力の魔性というものであろう。
作品が卓抜な技術と冷徹な自己遊離の精神に裏打ちされるとき、醜悪は醜悪 のまま、悲惨は悲惨のままで、より高次な美的秩序にうながされて、一種しい んとした尊厳感ある生き物へと変質する。この静かな事実によって、その物は、
生の混乱にのた打つと見せながらも、われわれに、ある不可解な、現実を拭い とったような、 (意味)のサインを発信するのである。
オルフォイスは、いっさいの苦悩と醜悪から清められた溢れる意味感の柿で ある。そして、これらのネガティヴを作品は、それぞれのあり方で、われわれ にオルフォイスの口を思わせる。苦悩にゆがんでいようとも、それらは、かす かな意味のことばを坤きだすオルフォイスの口である。われわれ大多数者は、
むしろ、これら苦渋にゆがむ口のほうから、胸にこたえる意味のことばを聞き とるだろう。それだけ、我々が日常、内と外の暗い影におびやかされ、傷めら れている、ということであろう。ネガティヴな暗影とは、つきつめれば、快楽と 野蛮が一体をなす自他の本能の暗さから生ずる。あまりに純粋な真実は、暗さ に慣らされた、われわれの目には、あまりにも絃しい。というより、あまりに も非現実的で、嘘のように見える。芸術にあっては、背徳、暴力、悲惨の表象 は、むしろ我々から快楽をしぼり出すのである。つまりわれわれは、意識の表面 はともかくこその奥底では、背徳や悲惨に魅せられ、執着しているふLがある。
いっぽう、現代の最も表層的で、断片的な芸術の動向。ヌヴォ‑・ロマン、
ポップ・アート、あるいは一時期のミュジックコンクレートの類いはどうだろ うか。それらは、深さの次元とか、生の統一的な意味感覚とかを、伝統的思考 のまやかしとして、一切受けつけない。しかし、それらも、またオルフォイス の口である。生の断片を切りとり、脈絡もなく並べたてるという、その積極的 な行為によって、それらは空虚の森に、意味の種物をもとめて堂々めぐりする 果敢を唖のオルフォイスを思わせる。
ヴァン・ゴッホ。その爆発的な知覚の更新と無限感がRilkeの深い共感を呼 んだヴァン・ゴッホ。彼は、アルルやサンレミの野外と室内で、オルフォイス
° ° °
の朗々たる口となったが、突然それは、溜りに溜った運命のことばを暗吐して、
果ててしまった。
想像力は、芸術家にとって無上の知覚の源泉である。しかし、それは、多く の場合、アニマの狂気と甘美さに掻き乱されて混濁する。ゴッホがその高まり の果てに墜落したのは、脳の病のせいかは知らないが、彼には想像力の意識的 な鍛練が欠けていた。あのコズミックな感情がうなるように脈動する汎神論的 な風景‑たとえば、余りに有名な糸杉や、麦の刈り入れの風景画などは、天 才ゴッホにもそう度々は登れなかった想像力の山巌である。その純粋の強度を、
出来ることなら、恒常的に引き出す力を、偶然によらず、方法的な鍛練によっ て蓄えるのが芸術家の仕事でもあるはずだ。少くともRilkeは、それを自覚し て、じりじりとそれを迫っていった。 「詩は感情ではなく経験である」と言った マルテRilkeには、あのとおりの生活への持続する職烈な凝視と思索があった。
「Rilkeは手を洗っていても詩人である」と友人カスナ一に言わせたコトバは、
詩人の繊細な挙措をあらわす以上のものを、内的に言い当てている(Whitman の《Specimen Days≫は、 《マルデの手記≫に相当する。 「ホイットマンは手を 洗っていても詩人である」と、ひょっとしたら彼の忠実な観察者H.トロ‑ベル
は独り言をいったかもしれない。)
ゴッホの想像力の墜落といった。墜落した想像力は、惑乱して、情緒の猛威 をふるう。引き裂かれた肢体のような赤肉色の三叉道が熟れた麦畑の奥へと突 き刺さる。鳴きさわぐ烏たち。覆いかぶさる嵐雲を学んだ天。黄色い豊鏡を最 後にひっくり返すのは宇宙のカオスである、と惑乱した想像力が叫ぶ。後は、
ただ果しない寂家。
Rilkeが、この気まぐれな想像力の試練を抜けて、高期しえたのは幸せであっ た。それは、私たちにとって芸術の力の証となるだろう。気まぐれをゆるさない、
絶えざる物への愛と凝視。ナルチスに死んで、ナルチスによみがえること。こ
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新井章慶の存在は、幾たびもナルチスの死を死に、新しくナルチスの生を生き射すれば ならぬRilkeが生涯の終りに、私たちに見せたナルチスの脱我ぶりは、まこと に壮大というよりはかない。ゴッホの寂家を一点残さずぬぐいとったような第
7悲歌の冒頭の光景が、その一つである。これは、長く途切れていた彼の悲歌 再開始の第一声にあたる。その導入部をあげれば、
Werbung nicht mehr, nicht Werbung, entwachsene Stimme,
sei deines Schreies Natur; zwar schrieest du rein wie der Vogel,
wenn ihn die Jahreszeit aufhebt, die steigende, beinah vergessend,
daB er ein kiimmerndes Tier und nicht nur ein einzelnes Herz sei,
das sie ins Heitere wirft, in die innigen Himmel. Wie er, so
wiirbest du wohl, nicht minder一, daB, noch unsichtbar,
dich die Freundin erfiihr, die stille, in der eine Antwort
langsam erwacht und iiber dem Horen sich anw護rmt‑,
deinem erkuhnten Gefiihl die ergliihte Gefiihlin.
求愛ではもはやない、求愛ではない、われ知らず溢れでる声こそ
お前の叫びの本性であれ。まことにお前は季節が打ちあげる鳥のように‑
それが悩みを知る生きものであり、また、ただ一つの全き心ではないことも ほとんど忘れて、季節がみずから高まりつつ、晴朗の親密の天空に 投げあげる鳥のように純粋に叫ぶ。
その鳥のようにお前もおとらず求愛するだろう。‑すると
i (,
まだ見えないが静かな女友がおまえを感ずるだろう;かのひとの内に 一つの答えがゆるやかに目ざめ、
おまえの声をききながら身をあたためるだろう‑
わもいわもい
おまえの果敢な感情にこたえる熱い感情が。
私は、前論で、 Rilkeが天恵のように穫得したソナタの一つを引き合いに出し た。そこでは、オルフォイスの神は、変転する現象世界のうえを、つねに祝祭 のように歌いながれる。それは、現にこうして生と死、愛と離反の運命に翻弄 されている我々人間にとって、いかにも現実ばなれした伝説の神にすぎなく見
えたかもしれないoしかし、この悲歌では、超絶的なイメージは、急に姿をひそ める。その殆ど直前、オルフォイス・ソネットの群れ(第1部)が、 20数篇、ぞ くぞくと4日間にかけて、宝石の数珠つながりに現われて終ったところである。
そして、 1日をおいて、再びあらわれた詩、すなわちこの詩は、にわかに現実 味をおびて、地上のものとなる。だから、それは、おのずから悲歌の形をとる。
地上のものにとっては、悲歌こそ、ふさわしい慰めの歌かもしれない。それに
うしろ
また、現代の文明が、その華々しさの後に曳きずる頭落の兆候は、すでにRilke の胸につき刺さっていた。技術の進歩は、人間の運命について思いをこらす謙 虚さを人々から奪いとっていった。運命の厳粛さとその意味は、ただ、日ごと
の物量的幸福と騒音と速度によって、いよいよ意識下に陰蔽されるものとなっ た。悲歌は、したがって、 Rilkeのような詩人にとって、必然の形式であった、
と言えるかもしれない。 10の長大な《ドゥイノ悲歌》が、 Rilkeの最高産物とな り、あの《荒地≫とならんで、今世紀の詩的記念碑となったのは当然であろう。
しかし、これら長大な詩は、単なる嘆き節には終っていない。それどころか、
嘆きは、嘆きのままに、強烈な光の矢をふくんで、対象を射ぬく。
とくに、この悲歌にいたっては、その前半部は、まるで大地の讃歌であって、
エレジーとは思われない。オルフォイスの神は、たしかに、消えたのではなか った。彼は、今も、現にここに生きている。この肯定と讃煩の神が生きている のは、この暗い我々の大地と、生の諸相のなかにおいてである。オルフォイス とは、人間の内奥に、穿たれて湧き立っのを待つ知覚の泉のことである。悲嘆 が、そのとき、歓喜へと転調するのは不思議でない。しかし、この悲歌も、次 第に調子をひそめて、生の不条理、文明の荒廃へと目を転じてゆくが、いった
° ° °
ん穿たれた知覚のことばは、幽かな振動を鳴りやめない。
求愛ではもはやない、求愛ではない、われ知らず溢れでる声こそ
お前の叫びの本性であれ。まことにお前は季節が打ちあげる鳥のように‑
せ
「求愛ではもはやない‑・‑」と急きでるように開始する《第7悲歌≫のはじめ数 十行。ここには、前論で述べた、あの個我から解き放たれた美のナルシス、す
nsK
なわち超個的な生命の神オルフォイスと遂に同体化したナルシスの愛のよろこ びが、溢れでている。しかも、それは、求愛ではない、という言葉ではじまる。
つねに成熟にむかって実りつつあった青いナルシスRilkeにとって、このナ ルシスは、愛のきわまりの姿であった。しょせん、私たち人間の愛は、ふつう
loo
i z/^K ^Ei扇言われるナルシスの自己愛と、その貧しさにおいて、さして変ったものではな い。だから、ここでRilkeは、「求愛ではもはやない」という。求愛とは、痩せ 飢えた自己愛の一種である。この詩句は、彼がその直前に書いた次のソネット の反響である。
あなたの教える歌は欲望ではない ついには達し得るものへの求愛ではない 歌は存在である‑‑‥
° ° ° ° ° °
私たち人間のあげる愛のことばが、いまだ満たされない欲望のことばであり、
満たされれば、たちまち色あせてしまう言葉にすぎないのに反して、オルフォ
° °
イスは、ここに在ることそれ自体が愛の悦惚であるそのような存在の歌をう たう。それは、自己の内にあらゆる他者を、あらゆる他者の内に自己を包含す る途方もない自己愛である。いっさいの物・人の無礎の交歓が、そこから生ず る。有限が無限に流入し、生が死を貫流する。それは、仏陀、ラーマクリシュ
rォiサsォぢ
ナ、エクバルト、ベ‑メ、プロティノスなどが実現した人間の童話である。ソ ネットは、その様なオルフォイスを私たちの世界に遊ばせることによって、人 間の目を高めあげようとする。とうてい在りえないと思われるこのオルフォイ スの超越的な透明さが、この悲歌では、可能の出来事となる。少なくとも一個 の人間として、 Rilkeは先んじてそれを体験したと言えるだろう。この詩がもつ 際立って堅固な物質感と、そしてほとんど衝激的なまでにキラメキわたる美的 愉悦感は、 Rilkeの詩才はいうまでもないが、何よりもこの時期に来ての彼の内 的充実を証している。冒頭、人間的な求愛の行為を完全に否定した第1行につ
ずいて発せられる、高次の求愛肯定の詩語十数行には、エロティシズムが、何 んとも鰯やかに、しかも輝やかに匂いわたっている。これは、まさに解き放た れたあのナルシスの官能である。
(われ知らず溢れでる声こそ、お前の叫びの本性であれ)この叫びとは、生 きていることそれ自体が歓喜であり、愛である、その様を心の充満から、思わ ずほとばしり出る叫び声をいう。人間の愛、人間の言葉は、そのようであれと いう。ちょうど晴朗な季節の空間に打ちあげられる鳥たちの鳴りのように。そ して、この導入が、奇妙にもある高次の、しかも人間的な求愛のやわらかな肯定 へと受け渡されてゆく。肉体の対象を必要としない超脱の愛が‑いや、もっと 現実的な人間の立場から言うならば、我々の実存の内奥に目覚まされ、灯され
た一点の超脱的愛が、どん射こ地上の肉の愛と交りあいながら、それを、いっ そう優しく、甘美なものとするか。 Rilkeのエロティシズムは、この詩において
° ° °
絶頂の華麗さに達する。この様なものは、 Rilkeが、ことば(技術)の練磨をは るかに凌いで心の練磨に刻苦した、ということなしには有りえなかったと私に は思われる。心の練磨が、天性の審美家にあっては、おのずから言葉の練磨に つながってゆく。
実は、この事と関係があるのだが、この詩の背景には、ある出来事がある。
それが、彼の内的生活を、より強烈に、より純粋なものにするのに作用した、
と言えるだろう。それは、今まで一度も触れなかったが、またしてもある女性 との出会いのことである。特に、このことには、私たちが「よくある芸術家の
ドンファンニズムだ」と言って片ずけるわけにいかないものがある。
彼の死後26年経って、はじめて、その女性にあてた手紙がすべて公表された のであるが、それらを読めば、そこに性的関係がなかったとは決して言えない。
それは、勿論、 Rilkeのような人間にとって、ドンファン流の遊びであるはずも なかった。それならば、創作意欲昂揚のための、これは、 Rilkeの麻薬であり酒 であったのだろうか。何人かの女性が、彼の詩的達成のいけにえに供せられた というような露骨な非難はないまでも、 Rilkeは、けっきょくは芸術のために正 常な愛の関係を犠牲にしたのだ、という批判は少なくない(そのほか、最も見や すい例として、彼は、ある恩義ある友人の忠告によって、心ならずも、妻との 離婚は踏みとどまったものの、長年、家庭生活を解消したままで終ったという こと‑もっとも家族への仕送りは、乏しい印税のなかから怠らずやってきた のだが。また、彼は、一人娘のル‑トとも生れてから成人するまで、 2週間と 一緒に過すこともめったになかった‑妻子に送る彼の手紙は、いつも優しさ
と励ましにみちたものではあったが)。実際、 Rilkeのかかげる芸術の理想には、
今のところ、一般の人には受け入れがたいものがあるだろう。しかし、少なくと も、芸術にたいする彼の姿勢には、究極的には人間の融和と全体性のためとい う観点から、一貫して誠実なものがあった。たしかに、その様な理想に相応す る心の高みには、彼自身もほんの束の間にしか触れることができなかったとい う、現実との落差はあった。女性の問題がそうである。 Rilkeは、その主要作品 にも再三出てくるように、聖フランチェスコとか、無所有の愛を生きたという 女性たちの話に、深く心を動かされる人であった。そのナイーヴさは、かつて 彼が師事したロダンの失笑を買ったくらいである。それなのに、彼ほど、いわ ゆる女性への憧れに心を焦すものも少なかった。それは、所有の愛である。至福
Ill]郡 新井章慶
的なものを女性から期待するそういうロマンティシズムは、甘いセンティメン タリズム、惨い幸福のイリュージョンであった。そのことを強く意識する彼が、
実は、それに最も取り想かれやすい人であった。このRilkeの際立った矛盾が、
彼の女性関係の理解を難しくしているのであるが、彼は、たしかに、彼の方法 (それは、また万人に通じるもの、と信じられた)で、愛の階梯を‑段々々との ぼってきたのである。
彼が芸術の奥殿においた「無所有の愛」とは、他者あるいは彼方へと向う愛 の憧れのことではない。そのような質の憶憶は、彼が強く批判したキリスト教 の彼岸思想と同種のものである(その彼岸思想が、人間の心を貧しく痩せたも のにし、文明を表面の華やぎに反して、底暗い空虚なものにしてしまった、と 彼は言うと1)浮き立つ享楽の華やぎは、足下の空虚感とそれへの恐怖の裏返しで
ある。マルク‑ゼの《エロス的文明≫に主張されている未来指向の論点も、ま たRilkeの意味するキリスト教的彼岸思想の現代版である、と言っていい)。
「無所有の愛」とは、酬いの有る無しに支配されない、今此処にうずく愛の実 感である。それは、しかし、肉体にかかわるエロティック・ラヴを否定するも のではない。それは、むしろ、エロティック・ラヴを、その落ち入りやすい惰 性から、引きあげて、つねに新鮮で、意味深いものにする。また、反対に、動 物的な愛欲は、詩的想像力をとおして、「無所有の愛」がもつ安らかで、しかも 熱い豊鏡への迂しい芽生えとなされうるだろう。
さて、上述のことと最も関連のあることだが、前論で、バラデイ‑ヌ・クロ ソウスカ夫人にあてた手紙の一部を引用したことがある。その内容は、 Rilkeの いうHerzの問題にふれた「読みすごすことのできない貴重なことば」として、
そのとき、私はいくらか説明を加えた。このクロソウスカ夫人こそ、その出会 いが、 Rilke晩年の詩的達成に少なからぬ影響をおよぼすに至った、当の夫人 である(2人の息子をもつ女流画家で、夫は居なかった)。
*
2人の愛の関係は、 1920年8月に始まった。そして3週間の「比類のない幸 福」̀2)に恵まれた後、 2人はもう当分会わないことを約して、別れる。 Rilkeの 頭には、 10年来、し残してきた悲歌の完成という仕事が使命のように、こびり ついていたのである。女性への執着が、彼の志しているような仕事の質を低下 させることがあっては、それは、彼にとって、芸術への背信行為であった。愛
が、ではない。執着が、である。また、一方その事が、 Rilkeの"言い扱げ'で はないことは、みずからも本職の芸術家であるクロソウスカには、充分理解で きることであった。もともと、詩作に意気消沈していたRilkeを励まし、悲歌 の完成を強くうながしたのは、このクロソウスカ夫人でもあった。
しかし、いつまで続くか分らないこの離別は、バラデイ‑ヌ(クロソウスカ) に、かなりの戸惑いと苦しみを与えたRilkeは、 「涙でぐしょぬれになった(夫 人の)小さなハンカチ」を肌身につけて、決して彼女を捨てることのない誓い のしるLとする。彼の手紙をよむと、彼女だけでなく、彼の内にも、同じく激 しい執愛との戦いがあったことが察しられる。朝、目をさますと、彼は何ごと かを居ない相手にむかって咳きつずける。耐えがたい愛着。 「だけれど、この感 情に屈するのは、何んという忘恩でしょう。どんな理屈も、この心の重力を変 えることができない、ということは、私に分ります。ただ、この重力それ自体 には、法則があるのです。私たちが服従しなければならぬのは、その法則のほ うなのです。最も高い、もっとも星辰的な意味において、それを生かさねばな らないのです」 「あのような比類ない幸福」。 「これを基にして、それにも劣らず 崇高を、洞察にみちた慰めに、私たちは今後、達したいものです。今日、この 時から、私たちはそれを発見しましょう。このすばらしい、労苦ある探求に、
慎ましく出発しようではありませんか‑‑」。 ‑たび、肉体と肉体とをもって、
経験した生の強烈感。 Rilkeが真に目指すのは、 2つの肉体をもってであろうと、
1つの肉体をもってであろうと、「存在の深みにおいて」生きる強烈な味わいの みである。 「この発見された強烈な存在の度合。それが、これから、あなたのあ らゆる行為のなかに泌み入り、それらを豊かにし、今までになかったほどに慈 愛にみちたものにするのに、役立たないはずがありましょう。」
このいかにもRilkeらしい発想。その言葉を十分に解したであろう女性パラ デイ‑ヌにも、しかし、女の感情が激しく動いた。彼女の心の動揺と苦しみが、
Rilkeの返事の文面からもありありと感じとれる。それに対して、 Rilkeが彼女 のうわ手にでるコトバを使ったのは、無論、こうすることによって、自分の心 をも教え鍛えていたのである。前論に引用したパラデイ‑ヌヘの手紙の言葉が、
この様ないきさつのなかで、一層意味ふかく理解されるだろう。もう一度ここ に、それをあげれば、
「私はときどき顔を両手のなかにうずめたままでいることがあります。
それは、私が自分の心の内容以外の何も感じないようにするためなの です。心の内容が増大し、拡充し、ついに無限にまで広がっている状
ME
新井章慶態を感ずるためなのです。」
そのときした同じ説明は繰り返さないとしても、この単純なコトバのもつ内容 は、実に重いRilkeの詩が、分りにくく見えるとすれば、それを解く鍵がここ にある。苦痛にしろ、快楽にしろ、形而下的なものと形而上的なものの不可分 離性である。
たとえば、彼がこの手紙で問題にしているのは、一つの、心と心の出会いか ら生じた肉体的な愛の悦惚感である。彼は、これを、先に述べたように、生の
「強烈感」という。
「私たちが存在の深みで生きるのは、強烈感によってのみです」と彼は言う。
これは、 Rilkeが生の根幹としたエロス的愛の全肯定なのである。彼は、悲歌完 成後(これは、文明と性を論じた作品〈若い労働者の手紙》の時期とほぼ重なる)まもなく、
ある青年にあてた手紙で、 「私たち現代の大きな災難は、社会的な、経済的な領
° °
域にあるのではなく、ここにこそあるのです」(3)と書いている。 「ここ」とは、
彼によれば、性愛というものを邪悪視して、それを我々の生活の最内奥から周 辺のほうに追い出して、その代りに道徳主義が居すわってしまったことを意味 する。彼は、世界に「まず男根神(註:正確には「男根的神性」)の復活を」とさえ言 う。そうすれば、 「共に、他のもろもろの神が、人類に再侵入して」、人間と世 界に、血の活力が流入、循環して、人類の不幸が癒されるだろう、というよう
なことを示唆している。この文明の問題にまで波及する性愛の重要視は、フロ イトとマルク‑ゼの認識と一致している(ちなみに、 Rilkeは当時の新しいフロイトの 学説に好意を表明している)。
さて、この肉体をとおして経験された愛の強烈感を、恒常的に、われわれの 日常生活に持続させること。あるいは、断続的にであれ、それを絶えず更新さ せること、それが問題なのである。性愛を「生活の最内奥」におく、というRilke の意味は、この視点からの言葉である。それを一過的射央楽の経験としないこ と。エロス的愛のよろこびは、われわれの存在の中心から周辺まで、全細胞に くまなく泌みわたる最内奥の火のほてりでなくてはならない。
Rilkeは、形而下的な愛の悦惚感を自己のHerz (それはRilke的象徴用語として のHerz心)へと逆流させてゆくのである。ということは、あらゆる肉体的、精 神的快楽の源泉は、 Herzのなかにこそある。神経系は、刺戟の伝導体にすぎず、
それを受けて尭動する感覚中枢の反応は、源泉そのものではなく、源泉と伝導 体を連結する肉体レベルでの仮の中継点にすぎない。このような理解の仕方が Rilkeにあったか、どうかは知らないが、これは古来インドのヨガ哲学での、マ
インドを媒介とする肉体と霊の関係についての基本的理解である。だから、ヨ ガ行者は、感覚的刺戟をマインドの意志的操作によって、自由に造り出すこと
も、また遮断することもできる。この技術の達成の極点では、たとえば、肉体 の拷問にも無感覚でありうるし、反対に、外的な感覚の刺戟なしに、至福の体 験(ニルヴァーナ)を味わうこともできる(このことは、情緒、感覚の領域ば かりでなく、知的な認識あるいは知覚のことにも関連がある)。この体験の実修 を、直覚の詩人Rilkeは、リルケ流にやっていたのである(この手紙の場合は、
ほんの一例にすぎない。生涯をつうじて、彼が詩作の源動力となした、あの職 烈な物への凝視には、そういう隠された実修がおのずから成されていた。自然 の事物を、こよなく愛したWhitmanも、またそうであった。ブレーク、ワ‑ズ ワース、シェリー、ノヴァ‑リス、ヘルダーリン、タゴールなど、偉大な詩人 は、達成の程度に差はあれ、すべて無意識の美的ヨギであったと言えよう)0
Rilkeが顔を両手にうずめて、自分のHerzをじっと感じている。あの、肉体 をもって経験した脱我的な愛の抱擁と喜悦感。そのなまなましく喚起される記
° ° ° ° ° °
憶の鼓動をもって彼は心のとびらを叩いているのである。とびらが徐々に開か
5Z4㌫p
れてゆくように感じる。記憶のおののく味が、ひそかな心の奥処に内流してゆ く。それによって、今まで隠れ凍結していたかと思われる源泉が、ほどけ溶け 出し、静かなざわめきを立ててゆく。エロス的愛の記憶は、この源泉のなかで、
リアリテイ
あの外部ではなくて、この内部において、はじめて生きた実体として再生する ことを、彼は感ずる。そう喋視する彼は、こうして「心の内容が増大し、拡充 し、無限量へとみなぎってゆくのを」集中的に感じてゆく。これは、ヨギの観 想法にきわめて類似している。一種のBahkti‑yoga (愛ヨガ)の実修である。こ のような対象の内化によって、 Rilkeは、湧出するエロス愛の実質を、自分の心 中に実感しようとしているのである。その達成の度合に応じて、外的対象への 依存(執着)から、よりいっそう脱け出て、より自由になってゆく。これより 数年前(1917年)、 Rilkeは、詩《Seele in Raum≫のなかで、有限なものへの 慰めの期待から自己を解き放ち、世界空間に、魂を投げあげることについて歌 っている。エロティックを風光が充満するこの空間は、とりもなおさず、 Rilke の意味するHerzの全‑世界である。ここでは、あらゆる対象と自己とが歓喜 のうちに出会い、融合する。いや、現に今、そうなのである。一方、この内面 に向って全的に開花する個のリビドーが、反転して、外部の現象世界へ向うと、
それは、一個人への、より深化された愛として現象的に表現される。のみならず、
それは他のあらゆる個への愛として、エロティックに普遍してゆく道程をとる
iliir 新井章慶
のである。これは、観念ではない。われわれは誰しも、かつて、その様な経験 を幼年時代に持ったことがある。あの肉感的と言いたいほどの喜びと、他者へ の信頼感にあふれた幼年時代を。 Rilkeは、これを、大人にあっては固く抱きあ った肉体の或る一点に目ざめる幸福感が、幼時にあっては、肉体全体に得もい われず満ちひろがっていたものだ、とも説明しているL4'思うに、上の個における 全的なリビド‑の開花は、この祝福された幼年期の、より高次な自覚的再現な のである。これは、かつてロマン・ロランがこれこそ其の宗教の起源ではない か、と言ったものにたいして、フロイトが名づけたところの「大洋的な感情」
の体験である。フロイトは、もしこれが本当にあるとすれば、一次的ナルシシ ズムに起原をもつ何ものか、すなわち「無制限なナルシシズム」の復活であろ う、と考えた。ただし、フロイト自身には、信じがたいことではあったけれど も。そして、マルク‑ゼは、すでに述べたように、このフロイトの仮そめの考 えを、「ナルシシズムの概念の新しい深みをあらわし」たものとして、未来文明 にたいする、フロイト性欲論の可能的な貢献だとそれを讃えた。
それならば、マルク‑ゼの意味づけしたような「大洋的な感情」は、すでに 詩人Rilkeにその先駆的な推進者をもった、ということに一見なりそうである。
答えは、そうであり、同時に、そうでない。つまり、表層的には、いかにもそ うであるが、この問題に関しては、マルク‑ゼとRilkeとの距離は、 Rilkeがフ ロイトの精神分析に示した好意に付帯するもう一つの疑惑的な姿勢(5)をさらに 否定的な形にしたくらいに大きい、と私には思われる。それは、先に引用した Rilkeの言葉に明らかである。すなわち、彼は「現代の大きな災難は、社会的・
° °
経済的な領域のなかにあるのではなく、ここ(註:性愛の疏外)にこそあるのです」
と言っているが、この単純なコトバに含まれたRilkeの真意は、底深い。これ に比べれば、マルク‑ゼの合理主義は、はるかに皮相で、楽天的である。彼は、
性愛疏外の問題を、主として社会的、経済的構造とのからみにおいて解決でき ると考えているからである。これは、 Rilkeが同手紙で批判する「道徳主義」
と、その人間理解の底浅さにおいて、軌を一にしている。前にもちょっと触れ たが、政治のことに敢て無関心であったRilkeの、その無関心とは、人間の不 幸にたいする無関心さからどころではなく、逆に、それにたいする誠実な感受
と透徹した洞察からきているのである。
Rilkeは、かつて第一次大戦の渦中にあって、芸術が、人間の絶望と飢餓を前 にして、いかに無力であり、いかに余計なものであるかについて、深刻な反省 をみずからに迫ったことがあるL6)そして、大戦につずくロシア革命およびドイ
ツ革命(当時、彼はその現場ミュンヘンに滞在していた)を、身近に経験し、実際、彼 自身も、現実社会に「ほとんど一切のものを一一根こそぎに」してしまう大変 革の必要を痛感していた。彼は、そのことについて、いくつかの手紙のなかで、
彼自身の考えを吐露しているが、身近に見た革命の現実には、彼は失望してい る。そこでは、 「物質的な、あるいは低卑な欲望」の圧倒的優勢に巻き込まれて、
「多くの善意ある一般人や、また人類のヴィジョンをかかげた、性急だが高貴な 人々のほとんど全部が、駄目になった」、こうして「前進的な創造力の清らかな 未来」への展望が、たちまち暗漁たるものになってしまったのは、どうしてで あるか、と彼は考える。
「ただ、むちゃくちゃに突っ走る人たち」、また「狂気の、犯罪的な相手の所 業にたいして、それにも劣らない、不正で、非人間的な手段をもって対処する 人たち。未来はこの両者にありません。もう明日にでも自由となり(自由とは 何んでしょう?)、幸福(幸福とは何んでしょう?)となった人類を造るのだ、
と思いこんでいる人達に未来はありません。そうではなくて、忍耐づよい理解 力のうちに」(7)「精妙で、秘かで、ふるえるような変化‑ここからしか、明る い未来の協調と融和は現われないでしょう‑その様な変革の道を人々の心の なかに用意してやること」、それが知識人の仕事であるべきでしょう、とRilke は書いている。その2年前(1917)には、 「世界がかつて経験する最も偉大で、最 も内的な革新の一つをとおして以外には、世界は自らを救い、維持することが できないでしょう」(8)と言っている。
この「最も内的な革新」とは、もちろん、道徳主義のことなどではなく、人 々の心の内に起らねばならぬ「精妙で、秘かで、震えるような変化」のことで ある。そして、これが、 Rilkeの意味する「大洋的な感情」の発端である。それ は、外に向えば、いっさいの他者への優しさとなる本源的な自己内部のエロティ ックな感情の「震えるような」波動である。
以上のことを踏まえれば、 Rilkeが「大きな災難は、社会的・経済的な領域に
° °
あるのではなくて、ここ(性愛の疏外)にこそある」と言った言葉が、いかにマル ク‑ゼのいう「大洋的な感情」とは違った次元で言われているかが分るであろ う。いわゆる革命の実現と「大洋的な感情」の経験とは、 Rilkeとマルク‑ゼと では、事の順序が逆転するのである。これは、性愛を快楽というコトバで理解 するマルク‑ゼと、「秘かな、ふるえるような」意味感覚のコトバによって理解 するRilkeとの違いであろう。だから「(他界に)男根的神性の(復活を)」 「性 愛を自己自身の中心に」と、人間観についてフロイトまるだしのことを言うRilke
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新井章慶は、すぐその後で、フロイトなら絶対言わないことを言うのである。すなわち、
同手紙で「性愛の否定と性愛の充足とは、もし、その愛の全体験が、二つとも、
霊的であろうと、肉体的であろうと、もう殆ど区別もつかないほどの悦惚感を ともなって、私たちの内に中心的な位置を占めるならば、その場合においての み、二つとも驚くべき無比のものとなるのです。ほんとうに、そこでは、ある 恋びと達の、あるいは、あらゆる時代とあらゆる宗教の聖者たちの悦惚におい ては、禁欲と性愛の充足とが、同一のものとなるのです。無限なるものが(負 のものであろうと、正のものであろうとも)完全に入ってくると、ああ、人間 の印しは、いまや全く踏破されてしまった道として、脱落し、そして、只そこ に残るものは、 (存在)なのです!私たちの最も偉大で、最も内奥の秘密につ いて感得しうるものは、まさに、多少ともこの(存在)感なのです。」
ところで、マルク‑ゼのいう「大洋的な感情」とは、いわば無制限化された フロイト的快楽原理のシンボルみたいなものである。つまり、それは、 「(集団 的な)社会現象として(生じるときに)のみ」、創造性を発揮しうる。すなわち、
「自己昇華(筆者註:抑圧のない純粋昇華)の道をとることができる」、そういう未だ
リピドー
あらざる汎性欲動社会のシンボルなのである。だから現実に、今そういう大洋 的感情が、ある特定の個人にあるとすれば、それは、神経症的現象にすぎない、
と彼は考えざるをえない。つまり、その人は、いうなれば、ル‑ルのない危険 な無差別的性欲の怪物となる可能性があるからである。だから、文化の形成を
うながす、そういう創造的なリビドーの実現は、現在の抑圧的な社会機構では、
不可能なのである。 「生体の物質的な部分と精神的な(筆者:さきのRilkeのことば なら、霊的なもの‑Seelisches‑と言いたいところ)部分の敵対関係は、それ自体 抑圧の歴史的な結果である」と考えるマルクーゼにとっては、まずその外的原 因を征服しかすれば、 Rilkeとちがって、現在において両者の創造的な融和は、
神経症以外にはありえないことになる。したがって、それがかなえられるのは、
いやもっと正確に言えば、その実現の条件がかなえられるのは、未開社会は別 として、 「解放(革命)の結果としてだけである」ということにマルク‑ゼでは なる。そのとき初めて、あの《饗宴≫でいわれるようなエロスとアガペ‑ (正確 にはイデア)の同一性が、プラトンの逆立ちという形で、マルク‑ゼによって肯 定されるのである。つまり「エロス的文明」下における感性と理性の調和であ る。 (このことが、 「エロスがアガペーではなく、アガペーがェロスである」と いうふうに彼によって表現されるのは、「物質は精神ではなく、精神は物質であ る」というマルクス流の発想と同じである)。
*
以下のことは、 Rilkeとマルク‑ゼの問題を論ずるなかで、脇道と見えるかも しれないが、マルクーゼの芸術への視点を確めることは、問題の遺すじと関連 があるので、しばらく回り道することにする。
'itsmta
かしこには、ただ秩序と美と
LL:まけ(,く
豪馨と静寂と快楽
これは、言うまでもなく、ボードレール《旅への誘い≫の一句であるが、これ を引用するマルク‑ゼは、ボードレールの詩を、ブレーク、ランボー、ゲーテ などと共に、 「現状転覆の潜勢力」を豊かにもつ「偉大な芸術」の一つとしてい る(《美的次元≫)。
《旅への誘い≫ (散文詩のほう)のなかで、ボードレールは、樹木、河、部屋、花
アナロジー
々、薫り、等凡てのものが、恋人の類似であるこの世の楽園を夢みる。そこ では、見るもの、触れるものが、ことごとく彼女の分身である。生は豊満で、
呼吸は甘美、そこでは偶然の不幸は何ひとつない。たとえば、彼は、人々と思 想の富を満載した船をうたう。その船は、彼である。それは、静寂の運河‑
それは恋人の澄んだ魂の胸である‑をすべって、無限の海を出入りする。こ こには、よく言われるように、万物照応のスウェデンボルク的他界が描かれて いる。これは、薄められてはいるが、 Rilkeの想像力を分有するボードレ‑ルの
° ° °
「大洋的な感情」のこだまである。
恐怖との素手の(集団の、ではない、孤独の)闘いによって、 Rilkeを魅惑した ボードレールの想像力は、「無限」へ飛期することによってしか、自らを実体化 することができないことを知っていた。だが、その事の至難さが、彼の苦悩と 憂欝の原因であった。一方、マルク‑ゼは、その詩人の美的エロスを物質界に ひき下ろすことによって、詩的真理(記憶)を救うことができると、信ずる。
また、プルーストの「失われた時間」を言うマルク‑ゼは、プルーストによ みがえった繊細・空霊なエロスを、やはrH旋回した物質のコトバで理解しよう
とする.プルーストは、失われた黄金の時間(幼時の美的至福体験)を、現在 と過去の無意志的な相互港透によって、復活させたのである。時間の不可逆性 を信じるマルク‑ゼにとって、この回復された体験の鮮烈感は、あくまで普物 語としてしか理解されない。だから、鮮烈といえば、ノスタルジ‑の鮮烈にす
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:s^maヨ扇ぎないのである。
プルーストにあっては、あの幼時の初々しい感受器官に震えた風景の絶妙さ は、現在にひき寄せられ「あらゆるものからぽつりと浮き上」つて「まるで花 咲きみだれたデーロス島のようにあてもなく漂い」(9)はじめる。これは、ベルク ソンの言いかたに従えば、時間を、過去・現在・未来という空間的分断から救 い出した純粋持続の知覚体験である‑ほんの一片ではあるが。このようにし て、プルーストは、整った無垢な幼時の感性をとおして、時間に侵されない、
高貴な本質に泌みとおった自分自身を、いや、まさにその本質が自己自身であ ることを感得する。凡庸で、惨く、災厄多い人生をはるかに凌駕する幸福の実 在感が、彼を輝やかしい内的な現実に結びつける。そして、自分を苦しめる人 間たちも、同じ神性を分有することを悟って、生活がより豊かに精彩を帯びて
くる。
一方、 (楽園の)記憶は、物質的時間のなかに落ちこんだ我々の意識にとって は、すでに過去に死滅した真理のコトバにすぎない。だから、こんどは郷愁を、
逆に未来へ、未来へと投げ返すことによって、私たちは、現在を蔑視する。現 在は潜在的な敵。自己の内と外、いたる処に覗いている、あるいは、覗こうと する疏外と敵意の亀裂。だから、私たちは、快楽と気晴しのドラッグを服用し て、それらの亀裂に気づかないふりをして、そっと現在を見捨ててゆく。マル ク‑ゼも、そういう意味で、私たちの共有する快楽コンプレックスの強力な代 弁者なのである。ただし、彼は、「現在」の敵性に最も目覚めた、最も良心的で、
ラディカル射央楽の方法を探及する、私たちの代弁者であるというべきである。
はじめのほうで、少し言及したが、新しい演劇運動リヴィング・シアターに ついて批判したマルク‑ゼの言葉を全部紹介するとこうである。
「リヴィング・シアターは、敗北的な目標をかかげているものの一例 として役立つであろう。それは演劇と革命とを統一し、芝居と戦闘、
身体の解放と精神の解放、個人的・内面的変革と社会的・外面的変革 とを統一しようとする組織的な試みを行なっている。けれども、この 統一は神秘主義‑「カバラ、タントラ経典、ハシデイズム教説、易経、
その他」‑に包まれている。マルクス主義と神秘主義、レーニンとレ インの混合ではうまくいきようがない。それは政治的衝動を台なしに してしまう。身体の解放、性の革命は儀礼の遂行(「宇宙的性交の儀 式」)となって、政治的革命の中に占めるべき位置を見失うことになる。
もしも性が神への旅路であるならば、どん射こ極端な形でも容認され うるというわけである。愛の革命、非暴力的な革命はなんら重大な脅 威とはならない。権力はいつだって愛の力をうまくあしらうことがで
きたのである。」(1 0)
この演劇理論のもっと具体的な内容については、筆者はまったく知らないが、
この理論の著書題名《Paradise Now≫から推しはかると、少くとも上記の引 用文は、また同時に、 Rilkeが意味するような質の「大洋的な感情」の実際的な 有効性に対して、マルク‑ゼが否定的見解を述べたものである、と受けとって
いいであろう。たとえ、これ(大洋的な感情)が、マルクーゼの言う"孤立し た一個人の神経症的現象"ではなくて、集団の運動となっても、マルクーゼの 答えは変らないだろう。それは、上記の引用文によって十分に察しられること である。
ただし、もしRilkeが「愛の革命、非暴力的な革命」を唱えるとするならば、
それを、ひとつの固定したイデオロギー教条と考えてはならないだろう。その
インネルリヒカイト
ようなものは、(内面)の詩人Rilkeから、もっとも遠いところにある。政治的 イデオロギーであろうと、宗教的イデオロギーであろうと同じである。そのよ うなものの強行で、事が解決に近ずくと思うほど彼は人間の悪や不幸の問題を 楽観視してはいない。
個々の内部に静かになされてゆく感性の深化と充実‑それをRilkeは、 「精 妙で、秘かで、震えるような変化」といった‑その個々の内的な変化と、そ
澗UWAMI
ういう個たちの集合性の程度に応じて、特定の情況下に外化される変革への形 式は、おのずから、能うかぎり非暴力のほうへとその度合を現わしてゆくだろう。
この徐ろで、おのずからなサイキの諸力の醸成こそ重要なのであって、 Rilkeは、
「非暴力革命」とか「暴力革命」とかいうイデオロギーには無関心である。 (続く)
藍註詞 (1) Rilke, Der Briefdes Jungen Arbeiters
(2) Rilke, Letters to Merline, Methuen & Co. Ltd., London
(3) Rilke, Briefe, lnsel‑Verlag, S. 778‑779 (am23. M云rz 1922)
(4) Rilke, Der Brief des Jungen Arbeiters, lnsel‑Verlag
(5) R.M. Rilke, Gesammelte Briefe(3), lnsel‑Verlag, S. 182 (am20.Januar1912),
S. 190(am24.Januar1912)
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新井章慶16) K. Kippenberg, R. M. Rilke, ein Beitrag, Niehans & Rokitansky Verlag, S. 237 17) Rilke, Briefe, lnsel‑Verlag, S. 587‑589 (am6. August1919)
(8) R.M.Rilke, Gesammelte Briefe(4), S.165 (am4.November1917)
Lg)マルセル・プルースト、 (失われた時を求めて》 (井上究一郎、淀野隆三・訳)、新潮社 H.マルク‑ゼ、 《美的次元、他》、河出書房新社、 p.143
(昭和59年10月31tJ受理)