‑W. Whitman と R. M. Rilkeの場合
新井章慶
On Eros as a Poetic Impulse (8)
‑The Case of W. Whitman and R. M. Rilke
AKIYOSHI ARAI
≪VIII≫
芸術におけるリアリティ(空想と想像力の問題)
(3)存在と想像力
三つの樹木体験三つの樹木体験について語ろうと思う.樹木は,私たち人間のゆくところ, ほとんど何処にでも見られるもの.それは代表的なく存在)の象形文字である.いや,こうい う言い方は少し早すぎる.それを文字と言うかぎり,何らかの意味がそれにこめられているか ら,そういう予断は排除して,単に存在するものと言えばいいだろう.石ころがここにあるよ うに,人間の男や女がここにあり,その性のいとなみがあり,工場があり,学校があり,人と 人の,人と物との闘いがあるように.
しかし,この歴とした疑いようもない,自分と自分の外にあるものを,私たちが在ると語っ
たとき,私たちはもうすでに意識のなかにく存在)という得体の知れない抽象物をつくりあげて
いるのかも知れない.前章で述べたように,近代以降,神の観念を抹殺してしまった文学者あ
るいは芸術家たちは,それに代る何らかの観念を,それぞれ自己の内に発見あるいは構築して,
それを尊貴なものとし杷りあげずにはおれなかった.つまり一人一人の芸術家が各自各様の神
を信ぜざるをえなかった.そしてその教えの宣布に身を捧げずにはおれなかった.芸術家とい
うものは,最も重症な,空想の癖疾に侵されている者なのだろうか.そのことはともかく,芸
術家でなくとも,私たちがく存在〉と言った瞬間に,私たちは,すでに一つのくもの)を,自己
の抽象的な意識の網で,確固たる一つの実体としてからみとろうと働きかけていることを露呈
している.つまり私たち人間は,く存在)杏,その意味を,またその在りかたを,どうしよう
もなく意識する生きものなのである.
芸術家は,たとえば自分の眼前にしげる一本の樹木に,光りと風にゆらぎ生きものの匂い をしずかに発散する一本の樹木の姿に無関心ではおれぬ.樹木がここに存在している.その存 在が一つの衝激を与え,彼の想像力あるいは空想を,いやおうなしに刺戟する.一本の樹木の
イマージュは芸術家にとって,どうしようもない存在の意味探求‑のわなとなる.
サルトルは小説≪堰吐≫(1)のなかで彼の重要な樹木体験を語っている. 「私は,公園にいるの である.黒い大きな幹の間,空に向って伸びている黒い節くれだった手の問のベンチに,崩折 れるように腰を下ろす.一本の樹が黒い爪で私の足下の大地を掻いている.私はどんなにか成 るに任せ,自分を忘れ眠りたかっただろうか.しかしそれはできなかった.息が詰るようだ.
存在は,眼や鼻や口やいたるところから,私の中に侵入してくる一一.
そしてたちまち一挙にして幕が裂け,私は理解した.私はく見た).」
主人公ロカンタンは,公園のベンチに腰かけ,足下に這いつくばっているマロニエの根のか たまりをじっと見つめる.その黒い節くれだって大地に突き刺さる,生地そのままの塊.それ が彼を恐怖させたとき,彼は「天啓を得た.と思う.息の根のとまる思いである.存在が「ふ いにヴェールを剥がれ.るのを彼は見る. 「存在とは.事物の控粉そのものであって,この樹 の根は存在の中で担られていた.と言うか,あるいはむしろ,根も,公園の棚も,ベンチも, 芝生の貧弱な芝草も,すべてが消え失せた..そして彼は言う, 「事物の多様性,その個性は, 単なる仮象,単なる漆にすぎなかった.その疎が溶けた.そして怪物染みた,軟くて無秩序の 塊が‑怖ろしい淫狽な裸形の塊だけが残った.」
物も人間も,すべての存在がく余計なもの)に思えてくる.くもの)とくもの)との関係も く余計なもの)以外の何ものでもなかった.くabsurdite),不条理,、無意味の「べとべとした汚 物」が無限にあらゆる事物を支配し,とぐろ巻いていた.偶然性は単なる見せかけや仮象では ない.ロカンタンは,何の意味関連もない存在の偶然性を絶対的なものとして把握する..彼が 認識したと思ったものは,この圧倒的な世界大のabsurditeの実態であった.たとえば胸に 勲章を飾り,口ひげをつけて生きていると思っている男.レストランの若いカップル.やがて 二人で一つの生活しかないようになり,もはやいっさいの意義を持たぬ緩慢で微温的な生活に のめりこんでゆくだろう若いカップル.何も彼らだけではない.街の会社員も,′若者らも,白 髪の紳士も,あくびの出るような鈍い存在に麻挿して,生れては死に,生れては死に,永遠に absurditeを繰り返してゆく.くろくでなし)逮.哀れな欺楠をひた隠しに隠して自足してい る街中の住民をくろくでなし)と彼は呼ぶ.嫌悪すべきものが,いたるところに帰化と開花を くりかえし,無意味な存在がはびこり,わめき散らかす.ロカンタンは「彪大な倦怠の底で息 のつまる思い」がする.長い期間にわたって,理由もなく,おりにふれて彼の胸をおそった く噴気)の正体を今はじめてつかむ. 「堰気とは,もはや病気でも,一時的な咳込みでもなく,
この私自身なのだ」と彼は知る.こうして,マロニエの樹の根は,世界そのものの赤裸のおぞ
ましさを暴露し,もう空にふるえる樹の枝々も意気狙喪であり,ゆっくりとめぐる樹液は技労
でしかなくなった.
サルトルの生涯の方向を決定した,彼の激烈な文学,哲学,あるいはアンガージュマンの実 存主轟的基点は,乙の樹木体験に象徴されていると言っていい.作品≪堰吐≫は一種の観念的 哲学小説であるが,そういう言葉で片づけてしまうには余りにも鮮烈な,反ポエジーの毒気に みちみちた感性と意識のみごとな現代の叙情小説である.その他,ここに述べられた想像体験 は,やがて論理的な分析と枠組に補強されてL'IMAGINAIREの‑著となり,想像力が現実 世界参加への積極的な足がかりを結果的に賦与されるのである.この事については,また後に 述べることにして,次はWhitmanの樹木体験について語ろう.
Whitmanがどんなに自然を愛したかば,彼の公表された自選手記Specimen Daysを読め ばよく分ることだが,一方彼の詩作品では,自然と孤独な人間の交感のよろこびを純粋・端的 に謡うものよりは,大自然の内的な力に生かされた一個の人間の公的な姿を,またその拡が
りと遺しさ,それによって招来される人間集団の未来像を謡ったものが断然多い.これは,作 品Song of the Open Roadからのものだが,例によって人間と人間の営為が延々と歌われる 詩行のなかにふと現われる自然のさまは,彼ならではの生彩を発輝する.
Here is the efflux of the soul,
The efflux of the soul comes from within through embower'd gates, ever provoking questions,
These yearnings why are they? these th叩ghts in the darkness why are they?
Why are there men and women that while they are nigh me the sunlight expands my blood?
Why when they leave me do my pennants of joy sink flat and lank?
Why are there trees I never walk under but large and melodious thoughts
descend upon me?
(I think they hang there winter and summer on those trees‑ and always drop fruit as I pass;)
What is it I interchange so suddenly with strangers?
What with some driver as I ride on the seat.by his side?
What with some fisherman drawing his seine by the shore as I walk by and
pause?
What gives me to be free to a woman's and man's good‑will?
what gives them to be free to mine? (下線部筆者)
from Song of the Open Road, 1856
彼の愛着する樹木がここでは僅か数行覗いているだけだが,この数行の自然体験はこの作品 第7部全体と内的に堅くつながり,持続する一つの流れを形成している.サルトルのマニエル の樹木体験が,逆の意味で,世界存在の集約点であり,その意味の発端であったのと同じであ
る.
「ここに魂の流出がある,魂は内部から,木の間隠れの門をとおって流れ出る.という.木 の問隠れの門(embower'd gates)は,内なる無尽蔵の生命の流出口をこう表現したのであろう か,あるいは,これは自然そのものを隠喰しているのだろう.混濁し病んだ人間の意識は,内
いのち
なる生命の流出口にはなりえない.そのような意識に汚染されていない素朴な動・植物の惟界 こそ内部が流出する隠れたいのちの門である.内にたたえられたものは生命のはげしい衝迫力 であり,それは無橡的な非情のエネルギーではなく,,く意味)にみちみちた魂である.だから, それは,たえず詩人の心をゆさぶって「なぜに」 「なぜに」という問いの形に意識化される.
「この連れ,これは何のため?暗闇のなかのこの想い,これは何のため?男や女たち,彼らが 俺に近ずけば,日の光りが俺の血をいっぱい拡げる,なぜ人間がいるのだろう. ‑‑」
そして,樹木のイメージがくる. 「俺がその下を歩けば,いつも大きな音楽の想いが俺に落 ちかかる,木々はなぜあるのだろう. (俺は思う,それらは冬も夏も木々にぶらさがり,俺が とおれば,いつも実となって落っこちるのだ」一方彼の手記Specimen Daysを読むものは, この詩行が只ならぬ実感に裏づけられていることを知るだろう.
Whitmanが若い頃からしばしば自然のなかに入りこみ,着物を脱いで,裸かで自然との接 触を楽しんだことはSong ofMyselfにもうたわれているがSpecimen Daysにも,このこと が,そのまま58才ホイットマンのよろこびとして語られているのである.夏の二ケ月間,大豊 を少しはなれた森の小川のほとり,毎日の独り裸かを彼はアダムの泳浴だと呼んでいる.それ は頭から足のさきまでの,甘美な空気の泳浴であり,澄みきった水流の汰浴であり,すべすべ した水底の泥つちとの接触であった.時には,素っ裸かのまま,場所から場所‑とそぞろ歩き を楽しんだ.彼は草のうえをゆっくりと歩きながら,「何となく,周囲のあらゆる物, ‑つ一つ のものと一体化する気分になった.自然は裸かだった.自分も裸かだった.一一甘美な,健康な, 静寂なく自然〉のなかの素っ裸か!.彼は「あまりにも暢気で,こころ和む,喜ばしい安らぎ.
のなかで「大地や光り,空気や木々やらと行なうこの心的な,決して失われることのないラポ
からだ
ート(霊的な交わり)は,目と精神だけで成されるものではなく,身体の全部でなされるもの だ」という気持に浸される.この‑んのWhitmanの書きぶりは,何かほとんど性的なエク スタシー,昂接した調子を帯びている.これは,当時中風あがりの彼が多分自分で見つけた素
晴しい復帰療法でもあったのだが,素っ裸かのことはさておき,彼の樹木との交感は実にめざ ましい.
たとえば,くるみの若木をひっぼり,ゆすぶり,その還しくて,しなやかな直立する木の幹 にすがって,彼の古びた筋肉に,木の弾力的な繊維と透明な汁液を注入しようとする.「すぐに 自分は樹の肉と汁液が,まるで熟に反応する水銀のように,身内をつらぬいて昇るのを感ずる.
自分は,光りと影のなかで枝々や細い木々を抱いて愛撫し,その無垢な頑強さと格間する.す ると木の新鮮なちからが自分のなかに流れこむのが,はっきりと分る(いや,我々は交流しあ っているのかもしれない‑多分,木のほうが自分よりずっとそのことを感じているだろう.)」
この木のことを,彼は突然の雨をさけて,一本の樫の大木の下で書きつけているのだが,そ の日の天候は,誰れでもがそんな気分の一端にさそわれがちな晴れやかな日ではなかった.
「いちめん鉛いろの雲におおわれた空.の日なのである.だから,彼はこう書きつける, 「それ だのに,こんなどんよりした景色(誰れLもがそう言うだろう)の中で,どうして自分はたっ た独りなのに,こんなに幸わせなんだろう?.さすが人間好きの彼も,こんな時には誰れから も煩わされたくない気持になる.それほど深く自然の魅力にひたされていたのである.たった 独りでいたい.そんな気持になっている自分をいぶかりながら,かつ彼はこう書きつける,
「しかし,自分はほんとうに独りだろうか.疑いもなく,こういう時が人間にはやってくるも のだ‑多分,今自分にそれがやって来たのだ‑自己の全存在をとおして,特に,情緒的な 部分をとおして,フィヒテやシェリングがあんなに強調したがっていた,主観的な自己と客観
アイデンテイテイ
的なく自然)との一体性を感ずる時が.どうしてかば,自分には分らない,しかし,ここ
° ° ° °
で自分は,しばしば,ある存在を意識する‑澄んだ心の状態で,自分はこのことをハッキリ と感じるのだ‑‑」 (傍点筆者)さらに彼はこう付け加えている, 「この事については,化学も 論理も,美学も,少しも説明できないだろう.と.彼は,ある種の哲学や美学が学説として打 ちだすく主観)とく客観),あるいはく人間)とく自然)との本来的な同一性を体感したと思 った.論理は,その後からついて来ても,それに先行してそれを肯定したり,否定したりする ことは出来ないと思ったのであろう.
別の箇所だが,やはりSpecimen Daysで,彼は,大自然の強い影響力に浸透されて, 「近頃 はやりの思想や文学や詩のおかげで,何事をも悲哀や倦怠,不満あるいは死に変えてしまう一 般の風潮」にふれているが,大自然の力は決してそのような思想や感情を吹きこむものではな く, 「こういった風潮は,人間自身の歪んだ,病める,あるいは呆けた魂の影響だ.ここでは, この野性の,自由な風景のただ中で,何と健康なこと,何と喜ばしいこと,何と澄んで,滴刺 として甘美なことか!」と記している.
Whitmanは詩By Blue Ontario's Shoreのなかで, 「 (ぼく)はわが歌草を広い大気のな かで自分に読みきかせ,木々と星々と川によってそれらを試した」とうたったが,詩は,彼に
とって大自然の命と直通のものでなければならなかった.来たるべき詩人の使命とは, 「何と
しても自然に思いっきり語らしめる,その本来のエネルギ‑をもって自然に語らしめる」(z)こ とであった.そしてさきにあげたWhy are there trees I never walk under but large
and melodious thoughts descend upon me?/ (I think they hang there winter and summer on those trees and always drop fruit as I pass ; )
これがWhitmanのまがうことない樹木体験である.木々が彼の頭上にふり落す果実は, みずみずしい音楽の想いである.サルトルの小説≪唱吐Pでは,たしかに音楽のイデ‑がしば しば全篇をとおして鳴りひびく.これは主人公ロカンタンにとって,あの噛吐的なく存在)の 固執観念の反対がわに置かれたあるジャズ音楽の純粋な響きであった.一方,世界存在の無意 味さは,マロニエの樹の根から,一挙にロカンタンの意識になだれ入り,その嫌悪すべき全貌 を露出する.唯吐感と一体化してしまったロカンタンの目には,マロニエの樹木全体が汚物の 別名であり,他のもろもろの汚物的存在物から区別される何の色も匂いもなくなる.樹木の成 長のいとなみは単なる習慣であり,枝々をゆする風は「大きな蝿.であり,幹は「渡れた蔭 茎」のようにしわばんでいた.樹は音楽どころではなかった.たしかに音楽はあった.しかし 彼の胸をしめつけるあの音楽は,彼にとって,完壁な円とおなじく,何処にも現存してはいな い,在るとするならば,それは脳中の非存在という存在にすぎない.他方Whitmanにとっ
也
て,樹木はまさに音楽の熟る樹である.それは,世界存在の善なる魂を,また喜ばしい調和を 告知する音楽の樹である.だからHere is the efflux of the soul,でうたい始めた詩人は, 次のセクションで「魂の流出は幸福である,ここに幸福がある, /僕は思う,それは広い大気 に満ちひろがり,いつも機会を待っている一一」という.そして彼は, 「それが僕らに流れ入
る,僕らはたっぷりと充電される.と歌う.
この様に,おなじ樹木が,全く異なった二つ想像体験をもたらしているのである.サルトルの 著書≪想像力の問題≫ (L'IMAGINAIRE)によれば,フッサ‑ルのいう意識の「志向.の型の 違いによって,この樹木体験なるものは知覚(現実の)であって,想像ではないのだが(音楽 とか円とかは,サルトルのいう想像あるいはイマージュにあたる),しかし今は私の考えにしたがって, 主人公ロカンタンは樹木の想像体験を持ったと言っておく. ≪堰吐≫の著者は,ロカンタンに, 彼は木の根によって「認識の国」にたどりついたと言わせている.すなわち,彼が知覚した存 在の偶然性あるいは無意味さ(absurdite)は, 「見せかけや仮象」ではなく, 「絶対的」なもの
° ° °
である.しかし,彼はく存在)の本質をイマージュで認識したのである.つまり無限のべとべ
°
との汚物というイマージュでもってである.また結婚をして子供をつくり,惰性的生活に自足
している街中のブルジョワは,くろくでなし)のイマ‑ジュを持ち,また街をとりかこむ植物
の圏は,息をひそめて,街の死滅と侵入の時期をうかがっている不死の陰獣のようなイマ‑ジ
ュを持っているし,また「薄いみどりいろのフイルムの下」のほんとうの海は,冷たく黒いけ
だもののイマージュで充満している.要するにサルトルは,マロニエの木の根を契機として存
在をイマージュで認識しているのである.これに反して, Whitmanは,樹木に音楽のイマ‑
ジュを見,しかも,世界に充満するくたましいの幸福)のイマージュと樹木が譜和しあって いるのを彼は見る.こういう風に同一の事物がまるで正反対のく像)を喚起する.いったい
StoAiLBiB包均
想像力とは何であるのか.ウイリアム・ジェームスは「哲学史とは,大部分が人間の気質 の衝突の歴史である」と言ったそうだが,まして想像力などというものは存在の本質とか意味
とかを把握する能力など持ってはいないのだろうか.勿論,ここで言う存在の本質とは,物と しての存在の構造とか法則のことを言っているのではない.たとえば,アランは目をつぶって 記憶のなかのパルテノン神殿の円柱さえ満足に数えきれぬ我々の想像力を「誤れる知覚」だと 定めるが,我々が問題としている想像力は,そういう経験的な認識機能のことではない.とか く想像力は,アリストテレスをはじめ哲学者の間では高い人気を呼ぶものではなかった.それ は,感情と同列のもの(スピノザ)であったり,あいまいな認識能力(デカルト)であったり, また単なる修辞的目的のため(ホップズ)であったり,精々よくて理性と悟性の媒介者として
ぐらい(カント)であった.
フロイトは,想像力による芸術家の作品を意識の深層にひそむ抑圧された観念・欲望の充足 の代用行為としかみなかった.神経症患者の幻想と同列において理解したのである.したがっ て,フロイトの影響をうけた芸術家サルトルは,想像力のすべての営みを,意識内の現実認識 の領域から,同じ意識内の非現実の自由な空想的領域のなかに全面的に避難させたのである.
こうして想像力を「誤まれる知覚」としての不名誉から彼は救い出した,と言えなくもない.
だからサルトルにあっては,想像力は空想と何ら区別されることがない.それは,炎のなかの 顔や壁のしみが演ずる姿と同属である.
しかし,私がここで意味しているく想像力)とは,イメージを伴いながら(あるいは,それ
に触発されて) ,現実の存在意味(もしそれがあるならば)を,また諸存在物相互間の本質的関連を直観する詩的能力のことをいう(その際,イメージは直接感官に触れてくる現実上のも のであってもいいし,超現実的なものであってもいい.またこの場合,イメ‑ジは視覚的なも のに限らない.たとえば,竹にはねかえる石ころの音も,夕碁の空気の匂いも,独特なイメー ジを持つことがある).ただし,イメージは,審美的・情緒的形相をまとい,時に衝迫的な魔 力を発するが,あくまでその形相は変幻可能な仮家である.その奥に形相を持たない,ある く実体〉が,仮象である様々な衣装(形相)に身をつつんで,言いがたい,無尽の意味・本質 を,眼差しのように我々のく想像力)に送っているのである.そしてく想像力)は,その眼差
しの意味をイメージの衣をとおして了解する.
話をもとに戻そう.上述のように樹木といういわば同一の事物が全く異なった二つのイメ‑
リアリテイ
ジを伴ないながら,それぞれの人間に対してく存在)の実体を開顕したのである.サルトル は,彼の想像力論に立って,これは現実の対象に志向された知覚的意識によるものであるから,
想像力の結果だとはしないであろう.しかしこの事はさっきも述べたように,筆者の考えにし たがって,想像力の問題として論をすすめてもいいであろう.とにかくも,イメ‑ジを伴う一 種の詩的直観体験であることにはまちがいない.しかも,面白いことに,その直観が,二人に おいてそれぞれ全く異なった事物の真相をつかんだのである.これは一見不当なことである.
く存在と想像力)の問題に関心を持つ私にとって,これらのことは,極めて刺戟的なエピソー ドである.だが,このことは一気に解明できるような単純な問題ではないから,手順をふみな がら除々に考察してゆきたいと思う.問題の視点をかえてSOng of the Open.Roadの第8 セクションを全部引用してみる.
The efflux of the soul is happiness, here is happiness, I think it pervades the open air, waiting at all times, Now it flows unto us, we are rightly charged.
Here rises the fluid and attaching character,
The fluid and attaching character is the freshness and sweetness of man and woman,
(The herbs of the morning sprout no fresher and sweeter every day out of the roots of themselves, than it sprouts fresh and sweet continually out of itself.)
Toward the fluid and attaching character exudes the sweat of the love of young andold,
From it falls distill'd the charm that mocks beauty and attainments, Toward it heaves the shuddering longing ache of contact.
‑from Song of the Open Road, 1856
ここには,あのエマスンのく宇宙の心臓)すなわち万有のあらゆる血管に歓びの血を遣ら せるく宇宙の心臓)の独創的なヴァリエーションが響いている.広い大気に満々とたたえた魂
此HISS
の流れ,それは健界普遍の幸福のおもいである.それは,只我々の受容を待っているだけであ る.我々が心の扉を開いて,その豊かな流入を受けるとき,人間愛着の大らかな情感がみずみ ずと湧きあがる.これこそが男や女のこころを常に新鮮にし,甘美にする源泉である.朝の草
木は日ごとに新鮮で甘美だが,これこそが,自然界をこのように生々瀬刺たらしめる初源の原
因である.以下,数行のことばは,解説のしようもなく,ホイツマン詩語のオリジナリティと
発明性があふれている.この世の美だとか業績などとかがばかばかしくさえ見えてしまう,餐
の魅惑.渉みでる「愛の汗」.痔くばかりの人間同士の接触の欲望.
あのロカンタンの物いっさい,人間いっさいへの堰吐感も,また別な意味で圧倒的であった.
その反ポエジーの吐漬物の描写はサルトルの見事な独創性を示しているが, Whitmanの大自
° ° °アプシユルデイテ
然のいのち,原因なき初源の原因は,サルトルにとってはく無意味)という意気狙喪した存 在の惰性である.このアブシュルデイテが世界のはじまりであって,この世界である.自然の 本性とは,サルトルにとって,まさにこれである.習慣的な運動あるいは静止にすぎないく自 然).そういうく自然〉の即自性に犯されている人間たちも,それゆえに悔茂に価するくろく
でなし)である.
Whitmanは彼自身のLeaves of Grass初版本について匿名書評を書いているが,彼は自分 のことをこう書いている, 「もし健康がこの詩人の著しい特質でなかったなら,彼はまさに男 売春婦になっていただろう.右に左にと,彼は腕を投げ,どうしようもない愛の思いで男や女 を引きよせ,抱きしめ,手を握ったり,首や腕にさわったり,相手の声のひびきを聞いたりす
ほか
るのが大好きだ.その他のことは,すべてこの猛烈な人間‑の愛着の下に燃えつきてしまう感 がある..このことは研究者一般にもそのとおり信じられていることだが,これは全く上の詩 の状況と一致する.それならば, Whitmanには,サルトルのようにくろくでなし)が居なか ったのであろうか.そんなことはない.彼は現に,ある詩の中で「馬鹿者らのひしめく都会‑
‑卑しい事物‑‑・その辺にとぼとぼ歩くむさくるしい群集一一こんなものの真っ只中にいて何 のためになる,おお,この俺,おお人生!. (1865‑66)と歌っているのである(もっとも彼は, 自分より馬鹿なやつはどこにもいない,と自分をも責めてはいるが).特にWhitmanの「馬鹿者」
定義が≪堰吐≫の主人公に劣らず毒々しく噴き出したのは,皮肉なことにSong of the Open Roadと同じ年, 1856年に出た長大な詩Respondenz!である(前にも引用したが,一部をだぶら せて,最後の部分を引用する)
Let the she‑harlots and the he‑harlots be prudent ! let them dance on, while seeming lasts (0 seeming ! seeming ! seeming ! )
Let the preachers recite creeds ! let them still teach only what they have been taught !
Let insanity still have charge of sanity !
Let books take the place of trees, animals, rivers, clouds ! Let the daub'd portraits of heroes supersede heroes ! Let the manhood of man never take steps after itself !
Let it take steps after eunuchs, and after consumptive and genteel
persons !
Let the white person again tread the black person under his heel ! (Say ! which is trodden under heel, after all?)
Let the reflections of the things of the world be studied in mirrors ! let the things themselves still continue unstudied !
Let a man seek pleasure everywhere except in himself ! Let a woman seek happiness everywhere except in herself !
(What real happiness have you had one single hour
through your whole life?)
Let the limited years of life do nothing for the limitless years of death !
(What do you suppose death will do, then?)
‑from Respondez !, 1856
これが,まわりのくろくでなし)達にたいするWhitmanの思いっきりの皮肉と痛罵であ る.中味のない「見せかけ.で踊っている人間たち.いい加減さが美当さを押しのけ,本の知識 が自然のこころや真実にとって代わる.白人が黒人を踏みつける.ものの見方は二番煎じの受 け売り.男や女は,幸福をたえず自分の外にだけ追いかけまわして真の幸福を一生に一時間た りと持つことがない,と彼は毒づく.
しかし,よく考えてみると,Whitmanがその流入をうける魂の幸福感,うずうずする人間 への愛着心は,その本質からいって,この様なアイロニ‑の毒汁とけっして裏腹のものではな いのである.しかしながら彼はそれをめったに言葉に洩らすことはしない.この針の束のよう な長大な詩もその大部分を,あとではLeavesofGrassからはずしてしまったほどである.
それは彼の行きかたではないからである.だが彼の人間への愛着と期待は,その純粋さゆえに, 同時に,苦い毒を彼に分泌させつづけたことだろう.そして,それを言某に吐きすてず,彼は 自分の内にそれを噛みくだす.Whitmanの孤独とはここにあるのではないか.彼がもってい るような快活とか幸福感とかは,ちょっと心の調節が狂うと,たちまち潮のひいた潟のように 悲哀のなかに取り残されてしまう質のものだ.友人たちと歩いていて,不意に"さよなら〝を してしまうWhitmanの面白くない癖などを思い合わせると<S)
9この人は本当はペシミスト
よそものだったのではないかと思いたくなる.まちがった世界に生れてしまった余所者のわびしさが時
おり彼の心を吹きぬけていったにちがいない.ずっと若い頃,政治に愛想をつかし,民衆の虚 栄や拝金思想に失望したとき,自分のとりえは,「このバラ花の美を見つめ,その香りをかぐ こと」(6)だと言ったときのWhitmanの孤独感.只彼はそれを正面きって自らにゆるさなかっ ただけである.
しかし,彼の孤独はそれだけではない.それは自然の残酷さからもくる.人間の一生をその
初まりから歪めたり,その途中で惨死させてしまう大自然の非情さに気づくとき,彼の個人的 な孤独感は,人間そのものの孤独と重なってしまう. 「養育院の,よだれを垂れながした,垢 まみれの白痴., 「魚かねずみの鼻づら.をして,いざったり,よじったりする不具者, 「おれ の弟(精神薄弱者)を空っぽのだめにした自然の力..(7)
彼はまた賑やかな宴席にあるとき,なぜか海上に遭難した船の光景が彼の脳裡にうかんでく る.甲板にかたまって,青ざめ,刻々迫る死の瞬間を待つ女達.そして,その瞬間が.
A huge sob a few bubbles the white foam spirting up and then the women gone,
Sinking there while the passionless wet flows on and I now pondering, Are those women indeed gone?
Are souls drown'd and destroy'd so?
Is only matter triumphant?
巨大な泣声一白い飛沫と水泡のなかに呑みこまれてゆく女達の光景を思いうかべると.き,け っきょく「勝つのは物質だけか」という想いに,彼はとらわれる. Whitmanは,サルトルの ように,く自然)を余計もの扱い,汚物呼ばわりで片づけてしまうことはしないが,く自然)の 現わす粗野と邪悪さは充分に認識していたのである.現に,あのSong of the Open Road のなかでも.,すでに引用した第8セクションのすぐ後でThe earth is rude, silent, incomprehensible at first, Nature is rude and incomprehensible at first,とうたって いる.またBy Blue Ontario's Shore (1856)ではI know now why the earth is gross, tantalizing, wicked,‑‑ ・‑
さらに,彼の後期の傑作Passage to IndiaではWho speak the secret of impassive earth?/Who bind it to us? what is this separate Nature so unnatural? /What is
this earth to our affections? (unloving earth, without a throb to answer ours,/Cold earth, the place of graves.)
「人間の情愛に応える心臓のときめき一つない.この地球(自然)の冷酷さと非情は,サルト ノ㌣が存在の不条理ときめつけたことと相通ずる.だから,あのサルトルの樹木の想像体験は, ある面で, Whitmanの現実認識によって肯定されていることにもなるのである.
たしかに,あのサルトルの樹木体験は,今まで主人公ロカンタンの心にあいまいに温存され てきた現実認識が或る日樹木の根を契機にして一挙に形をなして噴き出たものであるが,それ は衝迫的な情緒やイマ‑ジュを伴なうものであったから,あれは一種の想像力体験と言ってい
° ° °
い.只,彼がもろもろの存在に見た「根源的な不条理.,いわば存在物のく不能)の先天性は, Whitmanのあの樹木の想像力体験の内容とは全く相容れないものである.だがWhitman
の現実的知覚は,上に述べたように,この世の存在物(人間をも含めて)の不条理を鋭どく捉え る.それは. "理にかなわぬ〝と自然あるいは人間にむかって抗議するのである(もっともこ の様な彼の現実認識も,ひろい意味の想像力の助けなしには,ありえないことであるが).
Whitmanは,たしかに,サルトルのように自然と人間らを,根源的なくろくでなし)として 認識することはしなかったが, ≪堰吐≫を書いた時期のサルトルの想像力的現実認識は, Whitmanの現実認識とは,こうして見れば,類似したものを持っていることが分るだろう.
前者(サルトル)は自由の観点からものを言い,後者は幸福の観点からものを言っているだけ である.それらは,つきつめてゆけば,もっと接近するかもしれない.しかし, Whitmanの 純粋な想像力は,彼の現実知覚がどうであれ,やはり意識のずっと奥では,く存在)の内在的 な完壁さを見ているのである.これがサルトルの想像力とは強く一線を画する点である.それ はく存在)の究極的な幸福と善を透察する. Whitmanの想像力による樹木体験がそれである.
I know now why the earth is gross, tantalizing, wicked, it is for my sake, I take you specially to be mine, you terrible, rude forms.
こういう一見奇妙な言葉も,彼の想像力の光りのなかでは,いっこう奇妙でなくなる.彼が Song of Myself, Sec. 2でうたった印象的な言葉,
Stop this day and night with me and you shall possess the origin of all poems, You shall possess the good of the earth and sun, (there are millions of suns
left,)
これは,実に,イマジネ‑ションの詩人ホイットマンの自負と歓喜の第一声だったのである.
以上を要約すればこういうことになるだろう.サルトルの樹木体験とは,じつは想像力的現 実認識のことであり(サルトル自身は,彼の宅L'IMAGINAIRE≫によって,これを知覚的意識の体験 と呼ぶだろうが)一方Whitmanの樹木体験は純粋想像力の体験である,と.この純粋想像力 が見たく存在)の内なる完壁さとは,サルトル流に考えれば,あくまで想像的意識の内なる架 空のイマ‑ジュにすぎない.あのジャズ音楽の完望さが脳中のイマ‑ジュであるのと同じよう に.因みに≪暗吐≫の主人公ロカンタンは公園を立ち去るさい振り返ると,樹々に微笑みたい なものが漂っているのを見た.それは「ある小さな奇妙な意味.を持っているが,彼には,て んでその意味が分らない,と言う.これは,サルトルから見たWhitmanのことだと置きかえ て読むとなかなか面白い.
これはRilkeが1911年10月から翌年にかけてドゥイノの館に滞在していた頃の, Rilkeの
樹木体験である.それは散文小品の形で客観的に書かれてある.そのところどころを拾ってみ よう.
彼は或る日,海のほうに傾斜している舘の庭を,いっものように本をかかえて散歩した.ふ
° °
と彼は一本の木のところに来て,その肩の高さ位いの木のまたに寄りかかっていた.すると,
●
自分のからだが実に気持よく支えられ「その状態で,彼は深々としたくつろぎを感じて,本も 読まずに,そのまま完全に自然のなかに受容されて,もうほとんど無意識な隈想状態のなかに とどまっていた.おもむろに,彼の注意は今まで経験したこともない或る種の感情に向けられ ていった.それは,あたかも,殆ど感知できないほどの振動が,木の内部から彼の中に流れこ んでくるかのような感じであった.」彼は最初これは森のほうから斜面を吹いてくる微風のせ
いだと思ったのである.この木は非常に頑丈なもので,その程度の風のそよぎで揺れる様なも のではなかったのだが. 「彼はかつてこんな柔らかな運動感にみたされたことは一度もなかっ たと思った.彼のからだは,何というか魂みたいになって,普通の肉体的状態ならば,決して 感じえないようなある種の影響力を受け入れることができるのであった..
彼はこの微妙きわまりない印象は,いったい何だろうかと,しきりに冴かったが,ああ「自 分は今,自然の別の側に落ちこんだのだ」という言葉が彼に浮んできて,すっかり満足してし まった.この言葉はもう全く,今の自分の状態にぴったりだという気がして嬉しくなったので ある. 「からだ中,ますます規則的に,この不思議に内的な間隔をおいてやってくる振動の流 れに満たされて,彼のからだは,自分のものながら,言い様もなくいじらしくなっていった.
ちょうど,この体にかつて住んでいた霊魂が,また元のなつかしい住家に戻ってきて,昔あん なに必要だったこの現世にもう一度所属するみたいに,もう自分の体は只純粋に,つつましく 存在する以外に何の用もないという感じになってきたのである.位置を変えないで彼は,そお っとあたりを見廻わすと,これらは昔ながらの何もかもだと思い出し,認識し,それらの事物 に一種距離をおいた情愛の思いをもって,微笑みかけた.」
こんな気分につつまれているとき,彼は,昔この館で死んだ誰彼がひょいとこの小道の角か ら現われてきても,何の不思議もないだろうと思うのである.
そしてこんな時, 「近くに咲いていた日日草の花が, ‑その青い花の眼はふだん見慣れて いたものなのに‑彼からある霊的な距離を保って,しかも実に尽きせぬ意味合いを含んで, 彼を感動させた,のである..
そして最後に彼は,この体験をこう締めくくっている,
「とにかくも,彼はどんなに全ての事物がいっそう自分から遠去かり,しかもいっそうの真 実味をこめてせまってくるかを認めることができた.それは,彼の眼なざLが前方のほうに向 けられずに,かなたの「広大な空間.のなかに薄らいでいったせいかもしれない.つまり,彼 は物たちをあたかも肩どLに振り返ってみるように見たのである.すると,それらの,彼には
わかれ
閉ざされていた存在が,まるで離別の花の残り香で風味をつけられたかのように,鋭どい甘美
な味の余韻をただよわせているのである.彼はこんな事はいつまでも続くはずはないと,時々 自分自身に言いきかせながらも,彼はこの異常な状況の終わりを恐れることはなかった,ちょ うど音楽がやがて終わるのは全く当然の理であるのと同じように.」
まず,前にあげたWhitmanの手記Specimen Days中の記事とはちがって:これは,いか にもRilkeらしい精緻で,かつ冷徹な描写であるが,私たちは,これを、Whitmanの樹木体 験と比較してみれば,そのニュアンスの違いは別として,二人の自然にたいすろ受容と調和の
こころが,どんなに似通っているかが分るだろう.
ゆす
まず, Rilkeは樹木にもたれかかっている時,木から微妙な振動の流れを受け,それに揺ら れている内に, 「自然の別の側に落ちこんだ」と言う.一方, Whitmanは,木々の枝や幹を抱
きかかえたりしていると, 「その無垢な遺しさ」と「活力」 (virtue)が彼のなかに流入するのを はっきり感ずる. 「いや,ひょっとしたら,木と自分は力の交換をしているのかもしれない, 木のほうがそのことを自分よりもっと感じているかもしれない.と言う.そして, 「主観的な
自分と客観的な自然との同一性.を感得する.これは, Rilkeが「自然の別の側に落ちこん だ.体験と全く同じことである.およそ,古来,詩人たち(東洋の詩人はもちろん,特にロマ
ン派以降の西洋の詩人たち)が,自然の美と崇高を讃えたとき,彼らは意識こそしないが,そ れは正確にいうと,スピノザの「能産的自然」 (自然を生みだす内在原因)のことを意味したの であって, 「所産的自然」 (様態としての自然)のことを言ったのではない.あの,感情を極度に 排して厳密な幾何学の精神をもって,自然と人間を探求したスピノザが,く神即自然)の究極 的理法に到達したのは,この意味においてである.我々が様態すなわち現象としての自然(人 間をふくむ)の側のみを知覚して,それを充全な自然の認識と思いこむならば,当然我々は精 神的につまずく外ないであろう. W.ブレークの言った, 「愚者は賢者と同じ樹を見ない」
("The fool sees not the same tree as a wise man sees.つは至言である.
詩人リルケは, 「自然の別の側に落ちこむ」というイメージをもLつて,そしてホイットマン は「木と自分の力の相互交換」というイメージをもって,存在の意味本質を直観したと言って いい.これがW.プレ‑クのいう想像力のもつ"Poetic Genius"であろう.そのとき, Rilkeは,みなれた日日草の花の霊的なたたずまいと,その尽きせぬ意味に感動させられる.
「いっさいの事物がいっそう自分から遠ざかり,しかも,いっそうの真実味をもって自分にせ まった」 (「いっそう自分から遠ざかり.とあるのは逆説的表現であって,自然の内側から自然の外側を眺 めやるリルケの外的事物にたいする一種の超越的気分をほのめかしている).
そして一方, Whitmanは「こんなどんよりした景色のなかで,どうして自分は,ここにた
った独りだのに,こんなに幸わせなんだろう.と思う.独りどころではない.大自然とのアイ
デンティティを得た彼は,大地や光りや空気や木々などとの,ほとんどエロティックと言って
いい接触の魅力にひたっているのである.もとに戻って, Rilkeのほうは,まわりの事物の
「存在がまるで別離の花の残り香で風味をつけられたかのように,鋭どい甘美な味の余韻をた だよわせていた.という.この奇妙な言いまわしは,むしろ人間としてこんな異常な経験がい つまでも儀くはずがないという,それほどの絶妙さを裏から表現し・ているのである.
たぶん,この経験より少し前のことだろう. Rilkeは,おなじドゥイノで,こんな断片詩を 書きつけているFuhlend Gotter, die sich nahe riihren/an der andern Seite der Natur [ほんのすぐ近く,自然の別がわで活動する多感の神々]時には頑なに,時には冷たく見える自然.
° ° ° ° ° ° °
だが,この自然の別のがわ,ほんの我々のすぐそこでは,どんなに敏感な神々の賑わいと愛が あることか. Rilkeは,この頃,すでにそれを感じていたのである.大体,あの惨潅たる≪マ ルテの手記≫にしても,あれは明らかに救いの光りを予感したうえでの煉獄の苦しみだったの である.
ドゥイノでのことより数年前,すなわち1906年,彼はカプリでの体験をやはり小品の形で,
≪体験Ⅱ≫として上につづけて書いている.その一部を紹介すると,
「あとになって彼は思いだした,こういった種類の感受性が,もうすでに種子のように用意 されている瞬間が今まで何回かあったことを.たとえば,あの別の庭(カプリ)でのひと時で ある. ‑羽の烏の鳴き声が,彼の外がわと内がわで同時に聞えるのだった.彼は,その時,い うなれば,肉体の障壁など何のこともなく,内と外との両界を,まったく隔てのない一つの空 間にしてしまい,その中には,神秘にみちて護られるように,最も純粋で,最も深い意識の, 唯一つの場所があるだけだった.その時,彼は,こんな大らかな経験が肉体の外郭で乱される ことがないように両眼を閉じた.すると,無限があらゆる方向から実に親密な感じで彼の中に 流れこんできた,そのため彼は空に昇って瞬いている星々の軽やかな休らぎを,自分自身の胸 の内部に感ずることができるほどだった.」
Rilkeは,この時,自己と,そして自己をとり巻く他者としての外部世界とが対立の固い壁
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をはずして,滞然たる無碍の空間を生じたのを感じている.それは人間が体験しうる「最も純 粋で,最も深い意識.の脱我的な光景であった.外に鳴いているはずの鳥が,自分の内部に鳴 いており,夕空の星辰が自分の胸のなかに瞬いているという境地.私は,これに,現象学者フ ッサールのいうく生命世界) (Lebenswelt)の見事な活画を見る思いがする.それは,純粋意 識の超越論的な地平に現われるという,骨肉をそなえた一つの生命世界である.
このことから約8年後, Rilkeは, Es winkt zu Fiihlung fast aus alien Dingen‑‑‑
(ほとんど凡てのものが感受せよと合図する‑‑‑)という詩の中で, Die Vogel fliegen still durch
uns hindurch (鳥たちがしめやかに僕らのなかを飛んでゆく)と歌っているが,これはあのカプリ
体験の"鳥の声〝の‑こまを思いださせるではないか.また彼は,この詩で, 「すべての存在
をとおして, ‑なる世界がひろがる:仕界内部空間が」という.そこでは,すべてのものが個
々別々でありながら,しかもこの上なく親密な触れ合いの悦惚を生きている.これは,あの体 験でRilkeが言った「最も純粋で,最も深い意識.による認識である.彼は同詩で,さらに 言う, 「一つのものが他のもののなかで自らを認知する.とるに足らぬものが僕らのもとで身 をあたためる.このことのはかに,僕らは生のはじまり以来,何をまなんだだろうか. 」
個と個を隔てる距離が消滅し,すべてが‑なる存在のなかに身を寄せ合うこと.これは悟性 的にみて明らかに事実誤認である.だが,イマジネーションにとっては,これは比境でさえも
なく,まさに確たる事実となる.
かつて道具を使うことによって,自然および他者たちを支配し生きのびることを知った人間 は,その道具の発達のために自らの歩みをその方向に加速させていった.一方,心というもの は特定の形を持たず瞬々に変化して捉えどころがない.だからこの厄介な心の要素は排除して, 人間はもっぱら硬い,静止した記号にたよって物を量り,技術を開発させてきた.それが現実 に果した絶大な実際的効果のゆえにこの様な定量分析的な方法が,物質の構造解明や生産ばか
りか,存在そのものを認識する至高の方法だと,人間はいつの問にか錯覚するようになった.
いわゆる「対象の客観的把握.という言葉への無条件陶酔である.たとえば,一輪の野の花はむ しり取られ,顕微鏡にかけられ,薬品にによって分解される.これでは知と富を恥じ人らしめ る花の本質はどこにも現われないだろう.それが分析者にとって「不可解.なのは当然である.
あるいは,精々花の美は,心理学的な快感のレベルで捕捉平板化されてしまう.果ては美は大 量生産され,額ぶちにはめられて,平ったい室内装飾の一役を買わされる.すべては,心のこ とばの無限な含意を排除した業なのである.私達は,一見あまりに個人差の大きい心のことば を,その捕捉・困難のゆえに認識の不能者として外してしまったばかりに,く存在)の決定的 な誤認を惹き起してしまった.我々は「自分は心を大事にする」と患いこみながら,本当は物 ほどにも心を信じなくなったのである.その結果が,量的文明の繁栄と裏腹に,自然と人間の 内的交流の断絶である.人間の心と心の疎隔である.すべては,自己にとっての客観的な対象 物,操作されるべき他者にすぎなくなる.たとえ,自・他もろもろの存在がエネルギーの運動 法則のなかで有機的に生かされていることを認識し,それ故に,協調することの必要を我々が 認識し,それを実行してみたところで,存在の孤独感は少しも癒されないだろう.生の積極的 な目的感が見出されていないからである.それは,もともと,存在の本質と意味認識の唯一の 方法が,否認され,排除されてしまったからである.これでは,騒々しいエネルギ‑の機械音
は聞えてきても,魂を鼓舞するヴァイタルなく意味)の音楽は聞えてこないだろう.
フッサ‑ルは著書4:ヨ‑ロッパ諸学の危機と超越論的現象学≫ (1936)のなかで,もともと 意味や価値に満ちみちていたはずの自然が,どのようにして「単なる自然.になるかを考察し ているという.それは,近世以降,我々が蔓削こ生きるこの生命仕界(Lebenswelt)が,数学 的に理念化され,自然科学的世界にすりかえられてしまったからである.言いかえれば,いわ
ゆる経験主義的,実証主義的な観察の方法によって事物を自己の意識外のものとして対象化し て,本来みずみずしくあるはずの事物の意味・本質をとり逃がしてしまったからである.これ が彼の指摘するヨーロッパ諸学の危機である.したがって,この様な当然視されてきた自然主 義的な認識判断を一時停止(エポケー),あるいは括弧のなかに入れて,純粋な意識のまなざ しをもって,事物の本質をく直観)すること(Wesensanschauung)の重要性を,フッサー ルは一生説きつづけた.彼は近世を風摩する諸学を「事実の学.とし,それに対して,厳密な
「本質の学」を一方に立てたのである.それは「事実の学」を否定するということでは決して なく,むしろ,それに欠落している本質認識の方法と内容を記述するということなのである.
彼の意味するく現象)とは,ふつう言われている現象のことではなく,純粋意識(あり合わせ の前提いっさいを抜きにした)に親しく直々現われる対象本来の絶対的与件のことである.し かし,これの実践は,言われるほど容易な仕事では決してない.このことについては後ほど考 察するとしても, K. Hamburgerは,その著書<Philosophie der Dichter≫の「リルケ詩の 現象学的構造.の章で,もしフッサールがRilkeのあの造語くWeltmnenraum) (世界内部空間) を知ったならば, 「(彼は)この大胆至極な連語を羨ましがったであろう.(9)と書いている.そ れは,フッサールの意味するくLebenswelt) (生命世界)のノエマ的構造をみごとに言い当て ているからである.すなわち,フッサールのいう意識の志向性にしたがって先験的に体験さ れる,いわば主観・客観の相即するく生命世界)としてのこの世界は,じつにRilkeの造語 Weltinnenraumによって言い尽されているというのである.この世界の「内部地平」では, すべてのものが共対象(Mitobjekte)として,親密な交わり(Vertrautheit)の場を持つ.こ のRilkeの詩のなかでも歌われているように,我々は何処にいっても他者(人間と物)の内に おいて自己自身に出会い,愛の交歓を享受するのである.これは悟性的な経験の世界に反する.
たしかに,事実学は,これを今・此処に体験する方法を持たない.しかし,これが,フッサー ルの言うように,この世界が「徹頭徹尾我々の(開かれた)志向的生から汲みとっている」「世 界の存在意味」0ゆなのである.
Rilkeの詩的直観は,私たちの日常的な時間・空間の固定観念を透過して,世界を今・此処 なる存在の本質すなわち万物の円融状況として体験する. Rilkeは, 「無限があらゆる方向か
ら親密に彼のなかに流れ入り」,星辰が自分の胸内にまたたくのを感ずる.そのとき,そこに は, 「最も純粋で,最も深い意識の場しかなかった」と彼はいう.
次のことを私は思ってもみる.普,人類は,生活の技術として,みずからの頭脳のなかに く自我)とく非我)という二つの対立的極概念を据えつけた.それ以来,彼らの意識が固く 狭まっていった.それは,生きるために,意識がやむなく自らに課した便宜上の一時的意識の 狭窄であったはずだ.しかし,長年それを行使しているうちに,やがてそれが習性となり,狭 窄した意識が,柔軟性を失い,容易にもとに戻らず,ほとんど固疾化してしまった.たまたま 或る少数の人において,何かがきっかけとなり,意識がほどけて,開かれた本来の状態をとり
戻す.すると,その意識に映るこの世界の光景が最大多数者の見るそれとは全く異なったもの であろうことは,容易に想像できることである.
「森の中では樹々が‑イリッヒ! (聖なるかな)ハイリッヒ!と歌っている」と言ったベート
‑ヴェン. 「歓びよ,美わしき神の火花,楽園の娘よ,われら火に酔いしれ,天なる,おんみ の聖堂に入る」というシラーの言葉におののいたベ‑ト‑ヴェン.彼の開かれた想像的意識は, そのとき胸裡に鳴りわたった非日常の光景を,シンフォニーに造形したのである.その様に, Rilkeの日常的な意識も,ある事を契機にして,その固い狭窄状態から憎どかれて,世界空間
‑と拡大していったと言えるだろう.無論,‑それは量的な拡大のことではなく,知覚のスペク トルの質的な拡大である.それは,また,さきにあげたWhitmanの「裸かの人間と裸かの自
STtB屈
然」との「同体化」であり, r樹々や光りや大地との「霊交.の意識状況である.
アンドレ・マルロ‑は「芸術はコピ‑・ライタ‑ (現実の模写家)ではなく,人間の条件を乗 り超えるanti‑destin (反運命)である.と言ったが,芸術家Rilkeは,あのとき,世界現実に, 一つの全きコスモスを見たのだろう.不条理と運命にみちた≪マルテ≫の世界が,束の間破れて, 彼の目にピタゴラスの音楽的コスモスが見えてきたのだろう.彼が,先の体験につづいて,
「オリ‑ヴの枝々をとおして星空を眺めていたとき‑‑I.どんなに,宇宙が,星々の仮面にかく れて,顔のように自分に面していたか」と語るとき,私には,調和のコスモスを見た詩人の姿 が浮んでく草のである.この現実世界は,あの欠消したアポロ像のトルソ‑の様に「顔.を持 たない.しかし,この欠消した世界の像を視つめるRilkeの目が透徹したとき,彼は,そこ にそのまま天体の音楽の鳴りひびくコスモスの顔を瞥見したと言っていい.その見事な詩的形 象が,前にあげた作品BuddhainGlorieである.それは,闘争と生と死の,あらゆる生成と 流動の根底に安らぐヘラクレートスの晴朗なくロゴス)である.
しかし,意識の拡大は,大ていの場合,長くはつづかない.やがて,それは狭窄してゆく.
そして再び,相も変わらぬ陳腐な世界が厳たる客観的存在を主張するかのように長々とつづく.
果してこの陳腐で幻滅にみちた世界は,覚醒した意識によってそう見られているのか,それと も半眠りの,あいまいな意識によってのみそう見られ,かつ,そう演じられているのだろう か.誰がそれを決めるのだろう.
束の間とはいえコスモスを見た以上,日常にもどったRilkeの眼から,もはや世界に染み ついた花のまどかな姿を消しさることはできなかった.それは大きな希望であった.しかし, 逆もどりの惰性的安住は,詩人にとって,苦しみでもあった.その後,大戦(一次)の悲劇.
それにかかわる彼の私的・公的な失望と様々な経験のなかで,彼のたましいは何度か「飛YVJを
阻止する不本意な金屑.の山に叩きつけられる思いを繰りかえしながら,確実に力をたくわ え,大きく羽掃くときがくる.それは,言うまでもなくiドゥイノ悲歌≫完成と4オルフォイス
・ソネット≫の時期である.前に,私は,リルケ詩にふくまれるく共向体性〉を論ずるさい, 同じソネット群からUnd fast ein Mえdchen wars und ging hervor/aus diesem einigen Gliick von Sang und Leier一一の詩を引き合いに出した.あれは,いわば,美として享受
° °
されるコスモスの静的風景であったが,次のこれは,コスモスを生きる詩人の(あるいは人間
° °
の)現世的・動的光景である(≪オルフォイス・ソネット≫第1部, 26)
Du aber, Gottlicher, du, bis zuletzt noch Ertoner,
da ihn der Schwarm der verschm琵hhten M猛naden befiel,
hast ihr Geschrei iibertont mit Ordnung, du Schoner, aus den Zerstorenden stieg dein erbauendes Spiel.
Keine war da, daB sie Haupt dir und Leier zerstor', wie sie auch rangen und rasten; und alle die scharfen Steine, die sie nach deinem Herzen war fen,
wurden zu Sanftem an dir und begabt mit Gehor.
SchlieClich zerschlugen sie dich, von der Rache gehetzt, Wえhrend dein Klang noch in Lowen und Felsen verweilte und in den B護umen und Vogeln. Dort singst du noch jetzt.
0 du verlorener Gott ! Du unendliche Spur !
Nur weil dich reiBend zuletzt die Feindschaft verteilte, smd wir die Horenden jetzt und ein Mund der Natur.
‑1922
[けれどもおんみ神々しいひとよ最後までなお響きやまぬひとよ 侮られたバッカスの垂女たちの群れが襲いかかったとき
おんみは彼女たちの叫びを秩序の歌声でかき消してしまった美しいひとよ 破壊する者たちのなかからおんみの建設する歌が立ちのぼったのだ
おんみの頭や竪琴を打ちくだくことはどの砿女にもできなかった 彼女たちがどんなに荒れ狂ってもおんみの心臓めがけて 投げつけられた鋭い石はみんな
おんみにふれて和らくなり聴く耳を授かったのだ
最後に復讐の念に駆られて彼女たちはおんみを打ちくだいてしまったが おんみの歌はライオンや岩の中に
樹々や烏たちのなかにとどまってそこでおんみはいまもなお歌っているのだ
おお失われた神よはてしない痕跡よ!
おんみを最後に敵たちが引き裂いてばらばらにしたので
私たちはいま聴く者でありまた自然の口でもあるのだ] (富士川英郎訳)
オルフォイスが歌えば,荒れ狂う獣たちも静まり,草木も耳かたむけたという.彼は,いか なる時も,ひたすらに歌う者であり,この世に調和と美をもたらす者であった.亡き妻‑の愛 以外には決して心を寄せることのないオルフォイスは,ついにバッカスの垂女たちの怨みを買
い,八つ裂きにされた.
この竪琴の名手オルフォイスの伝説は, Rilkeの想像力を異様にかき立て,彼独自のイメー ジを着せられ,今やオルフォイスは,彼にとって詩人の理想像となった.普,ピタゴラス,プ ラトン,また新プラトン学派に強い影響を与えたといわれる密儀的なオルフォイス教というも のがあったが, Rilkeはそれとは全く関わりがなかった.しかも, Rilkeによって歌われるこ のオルフォイスの新しい像が,同じくらい密儀的ないのちの篭ったリルケのオルフォイス教と なっているのは興味深い.ソネット55篇中,直接オルフォイスが歌われるのはわずか5, 6篇 であるがSonette an Orpheusの題名によっても,オルフォイスの意味の重要さが察せられる だろう.特に,この詩は,内在のコスモスを透見したものの,地上での生との関わりかたを語
っているのである.
内なる認識はおのずから外的行動の源となる.しかも,認識のすがたは行動のすがたをも決 定するだろう.オルフォイスは愛する妻オイリュデイケを失い,もはや彼女の麗わしい姿を地 上に見ることができなかった.しかし彼の愛の至純さは,おのずから彼に愛の永遠を信じさせ た.歌をとおして,彼はひたすらに恋人オイリュデイケとの永遠のちぎりの歓びを飲むことが できた.このオルフォイスの姿は, Rilkeにとって,超絶的な愛のコスモスを呼吸する認識者 の姿をとっていたであろう.
恋人オイリュデイケは,宅新詩集≫のなかですでに歌われているように,この世の生き死に
l*i‑
と共に移ろう一個の有限者ではなくなっている. 「彼女はもはやその長い髪毛のように解け.,
また「降る雨のように.大地にしみ広がっている. 「彼女はすでに(存在)の根だった.. (カッコ
内筆者)コスモスとは,世界に普遍するオイリュデイケの妙なる姿である,と言い変えてもい
いだろう.いっさいの人と物はオイリュデイケから生じ,オイリュデイケへと還ってゆく.愛
のよろこび以外の何ものでもない.だが生じた諸々のもの達のがわに,様々な度合の忘却がお
こる.原存在たるコスモスの忘却は,様々な歪みと混乱を地上に現象し, 「これが我々の生れ
て死んでゆく世界である」と我々は思いこむ.しかし,他方この幻滅と欲望と相魁の世界にも,
オルフォイスの認識を得るものがいるだろう.すると,彼は,その認識にふさわしい独特の行
動の形式をとるだろう. (ちなみに,原存在をくabsurdite)と見たサルトルの認識は,彼を,
それに相応わしい闘争的な行動の様式へとみちぴぃていった.そして,あの「硬く.て, 「純樺.
な「苦しみ.のジャズ音楽のイマ‑ジュが,なれなれしい現実を裁ち切る利鎌のはたらきをも って入りこんでゆくのである.そのことについては後にふれよう.)
帰って,オルフォイス的認識者は,この亀裂多い地上の生にあって,たえずコスモスの内存
° ° °
在から安らぎといのちを汲みつつ,調和と愛の仕事をはたしてゆくだろう.その行動のすがた には,何よりも優しさと讃美があるだろう.彼の仕事とは,心から心へと世界変容の静かな歩 みを運ぶことである.彼が心から心へ伝播するものは,何よりも意識の浄化による知覚の拡大 である.
しあわせ
肉体の条件にしがみついているかぎり,人間はついに深い幸福の味を知ることができない.
それは,聞入着の足音に脅かされ,たえず目を醒される独り者の眠りのように浅い.昨日の好 意がたちまち今日の悪意と転ずる我々人間の心.満たされない欲求.蹴おとされる不安.他者 の倣侵.不治の病.老残.そして死.運命は肉体の条件である.オルフォイスも狂った女達に 引き裂かれた.運命に引き裂かれたのである.しかし,その時がくるまで,彼の心には歌が湧 きつづけた. Rilkeは,第5ドゥイノ悲歌で「敵意こそ僕らの最も身近かな存在.(Feindschaft ist uns das Nえchste)と言うが,このオルフォイスは絶望的な人間の実存状況をひたすら愛 の讃歌をもってくぐり抜けてゆく.死のときも,燃える薪の山に焼かれるロ‑マの殉教徒の
ウルライト
ように歌いながら生を抜け出てゆくのである.このようにして,彼はく原苦の山)を登撃して, あふれる歓喜の源泉に帰ってゆく. Rilkeにとって,オルフォイスの認識のみが人間を究極の 救いにみちびくのである.たとえば, iマルテの手記≫のなかで,貧しい人々の悲惨は,はげ しくマルテの心を痛めるが,それにもかかわらず,彼は"彼らを救うのは彼ら自身の愛だけ だ"と言いきる(Nur die Liebenden verfiihren ihn [Jesus], nicht die, die warten mit einem kleinen Talent zur Geliebten wie mit einer kalten Lampe.)これは,一点の迎合も見 せない,ぎりぎりのRilkeの認識告白であるが,こういうRilkeからすれば, Whitmanで さえ安易かつ妥協的に見えるだろう.少くともRilkeがみずから歩みをすすめた世界変容の道 は,これであった.
オルフォイスはこの様に生き,そして死ぬ.そして,今もこの世界いたるところに歌い,い たるところに香わしい足あとを印してゆく.オルフォイスは,あらゆる人間の典型である.な ぜなら,人は,心で,目で,会話で,行為で,歌うことができるからである.なかんずく, Rilkeにとって,オルフォイスは内なる詩人の典型である.死して普遍となったこのオルフォ
イスの愛のこころによって,詩人は「いま聴く者.となり,また「自然の口.となることができ る.詩人は,唖である自然の物たちから,その密かな言葉を聞きとり,それを伝える口となら
すペ