• 検索結果がありません。

新井章慶

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "新井章慶"

Copied!
25
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

W. Whitman と R. M. Rilke の場合

新井章慶

On Eros as a Poetic ImpuIse (6)

The Case of W. Whitman and R. M. Rilke

AKIYOSHI ARAI

<VI>

Rilkeの《共同体性≫の詩的ヴィジョン(時祷詩集に遡って見たオルフォイス・ソネットI‑2 の意味について)

*

Und fast ein M丘dchen wars und ging hervor

aus diesem einigen Gliick von Sang und Leier und glanzte klar durch ihre Fr屯hlingsschleier und machte sich ein Bett in meinem Ohr.

Und schlief in mir. Und alles war ihr Schlaf.

Die B云ume, die ich je bewundert, diese

紬hlbare Feme, die ge紬hlte Wiese

und jedes Staunen, das mien selbst betraf.

Sie schlief die Welt. Singender Gott, wie hast

du sie vollendet, daB sie nicht begehrte,

erst wach zu sein? Sieh, sie erstand und schlief.

Wo ist ihr Tod? 0, wirstdu dies Motiv

erfinden noch, eh sich dein Lied verzehrte? ‑

Wo sinkt sie hin aus mir? ‥. Ein M芝dchen fast…

Sonett an Orpheus ¥‑2

(2)

94 新井章慶

v?vmy

〔そして,それはほとんど一人の処女.歌と竪琴の

Ill㌫

ひびき合う,この一つの幸福より現われいで, 春の薄蓑をすかして澄み輝いた

‑i.L t

そして,わが耳のなかに臥床をしいた.

そして,わが内に眠っていった.・すると全ては,彼女の眠りだった.

私がかつて頒めたたえた木々,これら,まざまざと 心に触れる遠いところ,爽涼の草地

そして私を捉えたすべての驚き.

彼女は世界を眠った.歌う神よ,いかにしてあなたは彼女を 成就したのか,まず目覚めようとも

けっしてしない彼女を.見よ,彼女は生れ,そして眠るだけ.

彼女の死は何処にあるのか.おお,あなたの歌が尽きる前, もう一度この主題をあなたは見出すだろうか.

).土d'

何処に彼女は私から消えてゆくのか・・‑・ほとんど一人の処女一一〕

‑オルフォイス・ソネット1‑2. 1922

(1)

Rilkeが突然,ある超絶的な声を耳にして,それに促され《ドゥイノ悲歌≫連作を思いたっ たというのは,有名な話である.それは1912年1月,アドリア海に望む海辺のことであるが,

《悲歌》は,彼の強い願いにもかかわらず,どうしても完成するまでに至らなかった.それか ら10年後の1922年,機熟して,再びそれを取りあげようとしたとき,.それに先立って,思いも かけず現われ出たのが《オルフォイス・ソネット≫25篇であった.それらは,彼の言葉で言え ば〜1) 「嵐に打たれるようにして数日で」成った.冒頭にあげた詩は,それらソネットの2番目 に出てきたものである.ロ‑ヌ渓谷を見下す,ある丘の上,古びたミュゾットの館に仮寓する (蕗の栖となったが) Rilkeの耳に,忽然として詩神(オルフォイス)の歌声が聞えるともなく 聞えてきた.そう言っても誇張ではない心理的情況にRilkeはあったのである.僅か4日

I

間で,この20数篇のソネットを書きあげたかと思うと,ついで10日間で, 〈ドウイノ悲歌》の 新作3篇と,未完成の同悲歌3篇その他が,仕あがり,またその翌日から9日間で,たちまち

《オルフォイス・ソネット≫第2部29篇ができあがってしまった.このような創作力は,ドイ ツ文学史上稀有の出来事であると言われる(まして,その詩の内実を知るものにとっては,一層の驚き である)0

上掲の,この詩は,まるで淡い,穏やかなパステル画でも見るように夢幻的情景を繰りひろ げる.言葉の響きも,奏でられるオルフォイスの竪琴さながら天国的に流れひびきつつ,最後 は,かすかな不安のかげりをとどめて消えさってゆく.しかし,我々がこのソネットのひろげ る淡い音楽の投網を,目をこらし,耳をそばだてて,ゆっくりと手繰り寄せてゆくとき,そこ からどんな詩の実体が収赦され,引き揚げられてくるだろうか.それは,標妙たるエロティシ ズムの快惚感である.そう言ってもいいのではなかろうか.

(3)

そして,それは一人の処女.歌と竪琴の劫とJ) KS㌫しF.

ひびき合う,この一つの幸福よりあらわれ出で 春の薄藁をすかして澄み輝いた一一

モテイーフ

この‑ソネットの主題こそ,実はRilkeが生涯さがし求め,何度か捉えかけては,取り 逃してきた至高のものであったと思われる.

,:しと

そしてわが耳のなかに臥床をしいた そしてわが内に眠っていった

J.コクトーの或る映画に,一匹の,愛に飢えた野獣が,彼の孤絶した館の部屋で,ひとり の美女がベットに眠っているのを見る.醜い獣の胸をしめつける甘い書悦と憧れ.そして,お ののく不安.確かそんな場面があったと思うが,このソネットでは,ひろげた寝床は,私自身 の内なる部屋のもの.だから,彼女の眠りは,すでに私への,魂をも奪う全純のすがたを意味 している.幽かに鳴りひびく破璃のグラスのように,高く透明に振動するRilkeのこころに

!)EH7

今輝く,ひとりの処女が現われた.あの歌う神(オルフォイス)の声を聞くRilkeは,そ

括vm?.

の時,彼自身がほとんど(オルフォイス)であったと言ってよかろう.ならば,処女は永遠の恋人 (オイリュディケ)である.彼は全身ふるえる愛のよろこびに浸される.私は,そんなとこ ろを想像してみるのである.

もしそうならば,フロイト主義者は,さし当り,こういうRilkeの情況をナルシシズムの

リピドー

症候と判断するだろう(性欲動の対象が自己自身に向けられていると見るからである)。確かに おもしろ.いことにRilkeは,彼の讃美する(Kindheit) (幼児性)について,ミ幼児が幸福 なのは全身に「性」がばらまかれているからだ′′というようなことを語っている.これは フロイト説とは無関係に言われたことだが,この様な(Kindheit )は, (蓄積の内部空間) とともにRilkeにとっては,至上のものであった.それは,彼自身が果すべきポエジーの 究極であった.この作品こそ,それであると言っていいだろう.彼の,かって触れてきた喝の 女体は,もはや,ここには無く,た,〜独り古さびた館の部屋にあって,官能と美の自己愛に耽 っていると見える.当り前のことではなかろう. H.マルク‑ゼも,このRilkeのソネット を,著書のなかで取りあげて,この詩のなかに,蘇った太古人類のエロスの原像を指摘してい るくらいである(3)っいでながら,マルク‑ゼは,この作品を,抑圧と苦脳にみちたプロメテウス的西洋文 化に代るべき解放されたエロス文化の典型とみなしている.これは,また,別種の問題意識をそそるが,それ は後のことにしょう. )

話はつづく.私は,これらのソネットが,いかに「何ものかに口述されるかのようにして」

夢我夢中のうちに出来上ったとしても,それは決して偶発的な想像の所産ではないことを強調 したい.そのことは,特に,この詩の其のこころを掴むために極めて重要なことだがらである.

(オルフォイス・ソネット》全篇きっての優美かつ晦渋と言われる,この作品の持つ意味は実 に重い.私は,以下,これより約20年前に遡る彼の詩歴をとおして,このことを確認し,私見 を述べたいと思う.

(4)

96

UH^ii ≡ E∃

*

(時祷詩集)第三部「貧困と死の書」 (1902)のなかに次の詩がある。これは,その第一連 i&M*

MACH Einen herrlich, Herr, mach Einen groB, bau seinem Leben einen schonen SchooB, und seine Scham errichte wie ein Tor in einem blonden Wald von jungen Haaren, und ziehe durch das Glied des Unsagbaren den Reisigen, den weiBen Heeresscharen, den tausend Samen, die sich sammeln, vor.

〔ひとりの人を崇高ならしめたまえ,主よ,ひとりの人を偉大ならしめたまえ, 彼の生に美しき子宮をおきたまえ,

そして彼の陰部を門のように

若い髪毛の,ブロンドなす森に建てたまえ, そして言いがたきものの肢体に

軍勢を,白き戦士の群れを,

mwォ

集う数多の種子を前進させたまえ. 〕

これは,何んと露骨な性の描写であろう.さきのソネットとはまるで逆の発想をとっている.

それでいて,結構Rilke流のヴェールを一枚かぶせてあるから,いっそう刺激的である(因 みにRilkeには,この種の性的な詩が外にもいくつかあるのは注目すべきである)。そこで,私は,たちま ち,あのWhitman初期に頻発した,野蛮なまでの性描写を想い出すのである.その男根的な 雄叫びは,美術の領分では,ピカソ・一連の絵画にわずか,その類を見るのみと言ってよかろ

ラ.

Hair, bosom, hips, bend of legs, negligent falling hands all dif‑

fused, mine too diffused,

Ebb stung by the flowand flow stung by the ebb, love・flesh swel‑

ling and deliciously aching,

Limitless limpid jets of love hot and enormous, quivering jelly of love, white‑blow and delirious juice,

Bridegroom night of love working surely and softly into the pros‑

trate dawn,

Undulating into the willing and yielding day,

Lost in the cleave of the clasping and sweet‑flesh'd day.

from 1 Sing the Body Electric, 1855.

(5)

この強烈・豪壮なWhitman流アニマリズムの一半が,繊細の詩人Rilkeのなかにも見出 されるのでは射)か. 「わが歌は,性と愛欲と獣性のうたである. 」と言ったのはWhitman であった.そして,それを公然と歌って,社会に物議をかもしたWhitmanは,晩年, 「しかし, その隠された意味は,ふつうと違った光りと雰囲気のなかで見つけてほしい. ‑・性のヴァイタリ ティは,全体の意味関連と位置のなかにこそある‑ちょうどシンホニーの音部記号のように」

と説明した(4)しかしRilkeの場合は,その直裁創生的イメージも,さして誤解をまねく ことなしに, 「ふつうと違った光りと雰囲気のなかに」おのずから我々を導びいてゆく.この 詩の‑篇で,そういう風に,歌われているのである.大体,特異・斬新な此嶋の鋳造家である Rilkeは,その巧緻さゆえに,しばしば我々を困惑させるが, (性)に関しては, Whitman ほど我々を面くらわせることがない.彼のコトバの錬金術は,我々を,すぐさま, (性)のど

ぎつい凝固性から解き放って,エ‑テル的な蓄蔵の芳香を嘆がせてくれるからである.それが, しかし,かえって彼の難解さにもつながっていると言えよう. "Rilke芸術の不毛性"とか

"死の讃美Rilkeの芸術"とか,高いRilke評価に反比例してRilke批判の多いゆえ んである.エーテル的に純化された彼の詩は,その根が生々しい土壌に深く食いこんでいること に気づかなくてはならぬ.冒頭引用のソネットにしても,その美の本質は,夢幻性にあるので はなく,生々しい肉体の土から生えでた,目覚めきった知覚のはたらきにあるのである.そし てRilke初期の,さきに引用した《時祷詩集》からの一連は,我々にそのことを気づかせ てくれる.第2連は,こうつづく.

Und eine Nacht gieb, daB der Mensch empfinge was keines Menschen Tie fen noch betrat;

gieb eine Nacht: da bliihen alle Dinge, und mach sie duftender als die Syringe und wiegender denn deines Windes Schwinge und jubelnder als Josaphat.

〔そして一夜を恵みたまえ,この人がついぞいかなる人間の深部にも 達したことのないものを身龍るように;

一夜を恵みたまえ:そのときすべての物たちは花咲くのです, そして,彼らをジリンゲの花よりも馨しく,

おんみの風よりも優しくそよがせ,

またヨザフアートよりも賑々しく歓呼させたまえ. 〕

さきにあげたWhitmanの詩では,明らかに男女の激しい交わり(それが,ある批評家たちの言 うように外見上のことであるとしても)が歌われるが,ここではRilkeは,一人の両性具有的, (hermaphroditic)な人間の出現を希求している.その人は,未だいかなる人間の深部も宿し

° °

たことのないものを身ごもるのである. (そして,第3連では,彼の長い妊娠の期間がうたわ れる). "ブロンドの森のなかに立てられた門"そして, "青いがたいものの肢体に,姦鼻の白

(6)

98 新井章慶

い精子のむれがひしめきつつ前進する''.しかも,それらは,我れと,わが内なる美しき子宮 に向ってである.これは,何を意味するのだろうか.すなわち,恋の交わりの激しさ,強烈な 生殖の高まりは,只一人の人間の内部にあってさえも実現されなくてはならぬことを意味して

いるのである.真に生きるということは,その様なものだ.そのとき, "一切の物が花咲き,

° ° °

馨しくそよぐ',とRilkeは謡う.ここには,万有のいのちの源泉に汲むもの,その人のみ が成しうる,ある不可視な普遍的貢献が暗喰されているRilkeは,この荒んだ世界に,我 々,もろもろの生を,五月の果樹棚のように美しく結ぶ叡智の人を待望する(この作品前段の 請).その人は,独りあっても,なお自ら充溢する法を知るひとである.しかしながら,. Rilke は別に,ふつうの性のいとなみを決して否定するわけではたい.だが,それもまた,ある意味 で,もっとも難しい人間の"いとなみ"なのであるRilkeは多くの人が,その点,動物に

も劣って, 「性」を弄び,それを倭少ならしめてしまったという(5)彼は,また語っている 愛欲の否定(Liebes・Absage)と愛欲の充足(Liebes‑Er紬Hung).それらは,全的な愛の経験がその 中心を占める場合にのみ,二つながら,ともに比類なく素晴らしいのである.そこでは,魂の悦惚と 肉体の悦惚とが,もはや区別なく融合している(6)

しかしながら, (本時鵜寺にかえって)世の噸笑と虚偽をつきぬけて独りゆく決意をもつ人は

° ° °

何よりも自己自身の内部に,甘美な愛のいずみ,尽きざるいのちの地下水脈を堀りあてなくて はならない. 「彼の生に美しき子宮を一一」とは,そういう内的交合体験を意味する.かくし

して,彼は懐妊する.星の孤独につめよられ,純粋な食べもの(現にRilke自身が酒・肉を避け ていた)と,敬虞な想い,そして野づらを吹く風にやしなわれ,長い妊娠の時をすごすだろう

3, 4連要約).そして,第五連では:

Mach, daB er seine Kindheit wieder weiB;

das UnbewuBte und das Wunderbare und seiner ahnungsvollen Anfangsjahre unendlich dunkelreichen Sagenkreis.

〔彼に,ふたたび幼児のこころを知らしめたまえ;

無意識のものを,驚くべきものを, また,予感にみちた始原の時代の かぎりもなく縛蒼たる伝説の圏を〕

彼が,懐妊し,ひそかに育み,増殖させてゆく細胞.それは何んであろうか.それは,回復 される(Kindheit )(幼児性), (無意識)の探測,驚異と予感にみちあふれた初々しい始原の季 節である.

*

以上,神にむかって発せられた,このRilkeの素朴な希求が,この現実世界の痩せた,物

(7)

欲の谷間の様々な場面を映しとりながら, 〈時稀詩集〉は,やがて,その終曲にたどりつく.

ここでは,彼の初々しい心の願いは,実にみごとな詩的完度を見せて,晴れやかな響きを発す る. ̀O wo ist der, der aus Besitz und Zeit / zu seiner groBen Armut so ersta‑

rkte,…. '(おお,かの人は何処にいるのか,所有と時間から大いなる貧しさへと強まって一一)で始まる, あのアシジの聖フランチェスコの人間像である.これはRilkeの潜在的な人間性の自己投 影を鮮やかに浮彫している. 「すべての人の中で,最も熱烈で,最も愛深い人」 「大地への驚きと

.∑・iA".

喜悦と悦惚がやどる,ナイテインゲ‑ルの駕いろの兄弟」 「その人は,小さな同胞のごとく,

Iほ臼msfjiり!KサW

小さな花たちと語り,草地のへりを歩む」そしてまた「微笑が彼の顔にそだって,幼児のこ ころと歴史を持ち,乙女のように熟した」等々.しかし,この気高い人間像に,おそらくRi‑

lke以外のどんな詩人も与えなかったような特質がある.それは,この人の"あらゆるものを 学ませる"という力である.詩の主題は,まるで,これであるかの様に官能的に描かれる.

「歌の花粉は彼の赤いくちびるから放たれ,愛深い人々のもとに夢見ごこちに漆よっては, 彼らの開いた花冠の奥深くゆっくりと落ちて」ゆくのである.そして「彼らは,魂なるおのれ の肉体に,無垢の人,彼を身ごもった」 「(動物たちと)あらゆる物たちが彼を知り,彼から 受胎した」.この詩から約20年後Rilkeは《ドウイノ悲歌≫, 《オルフォイス・ソネット≫

° ° t °

の大業を果したのち,彼の肉欲讃美のマニフェストとも言うべき,ある散文作品(71を書いてい るのだが,その中で,彼は,再びこの聖フランチェスコの範例を引合いに出している.これは, いかにも奇妙なことに見えるがRilkeの(性)に対する想いが奈辺にあるか,見逃すこと のできないことがらである. "真の意味における,愛欲の否定と愛欲の充足の一致点" (生) の愉悦感が,肉と精神の区別もなく全身に瀦瀕する究極のひとをRilkeは,この人に見た

(=よしi?

のである.それは,若やかなブロンドの森深く,美しき秘密の女性と常に交わりうる男の愉悦 感であろう.そこにRilkeは,背反と敵意,衰退と死をも乗り超える,時間を絶したく存 在の泉)を見出したのである.自己が自己自身の内部に,疾く恋情のよろこびを学ませること を識った人間.その人は,また多くの他者たちの内にも,その歓びを,ひそやかに種まいてゆ

く.彼の手は, "花婿の手のように触れる"ものに愛を感染してゆくのである.この普遍的な 心のはたらきに一一我々は気づかないが‑ Rilkeは人類の無視する重大な影響力を見る.

(これは,彼の考える"芸術の生成力"と関連があるのだが後述することにする. )そして, この作品の最後の連で,名もなく軽やかに死につく,この人は,無数の精子のながれとなって, 広く大地に分配されてゆくのである.この特異なイメージは,明らかに,晩年におけるRilke の神(オルフォイス)の原形をなしている.

そこで,再び私はWhitmanのことに引き戻されるのである.すなわち,第1章に述べた, 彼の詩To theGardenthe Worldである.これが,殆どあらゆる点でRilkeの描く

(聖フランチェスコ像)と符節を合わせているのは驚くばかりである.

(8)

leo ui^mz E E3

恋情にみち,成熟し,すべては僕に美しく,すべてはただもう素晴らしく, ぼくの手足とそのなかを絶えず流れるゆらめく火・‑・・

僕とならんで,あるいは僕の背後からイブがつづき・・‑・

(一部のみ引用)

性問的価値の衣を脱ぎすて,一度,丸裸となって宇宙と一体化したRilkeの聖フランチ ェスコ.その人の新鮮な驚きと清められた官能のうずきが,ここではWhitmanによって野 性のことばで吾吾られているではないか.

ただしRilkeの場合,あの美しい作品(聖フランチェスコ)は,きびしく見るならば, まだ彼の若いこころのカンバスにそっと試された,いわば憧れの人物画であった.それは,未 だ厳格な修練の後の堅固なリアリティを獲得してはいなかった.総じて, 19㈱年初めに発表 された《時痔詩集》三春は,その溢れんばかりの豊かな形象と濃い陰軌こもかかわらず,まだ 線も色もじゅうぶんに定まっていないエチュードであったとも言える(勿論,これは後期傑作群と 比較してのことだが主事実,彼は,その当時をふり返って"自分はまだ決して,真実の,深い

自然を見ていなかった",と妻クララへの手紙(1907年)のなかで書いている( Rilkeの言 う自然とか物とかは,また人間の根本とも関わる意味を持っていることに注意したい)。彼は, もっと人間を,物を経験し射すればならなかった. 「詩は,人々が思っているように,単なる 感情ではない.それは体験である」 ((マルテの手記))からである.そして,既に,彼は,

《時雨詩集》第3部を書いているとき,人間体験の渦中にあって,身心を拝まれ,鍛練されつ つあったのである.すなわち,彼はパリという近代都市の真っ只中で,人間の生きざまに自ら

HIS鞘

の身体をもって触れ,それに対決していた. 《マルテの手記≫は,そめ産物であるが,その中 で,彼がいかに人間の汚濁と悲惨,そして無関心を余さず見抜こうとしていたかが語られてい

る.それらは,全てが自己自身に関わる。のっぴきならぬ人間の実存と芸術のはぎまで,彼は 苦闘をっづけた.そして一方,ドンファンが,彼の内部で,沈潜した霊肉相魁のドラマを演ず る時期もこの後にくる.また, 1912年には,いくつかの接し合った時点で,彼の外的経験とは 異質な,彼独自の体験がやってくる.すなわち,神秘的な直覚体験である.この事は,今は省 くが,それらの繰り返される現実と内的認識の厳しい緊張の年月を経た後,ある日, 「不意に」

訪ずれてきたのが,彼の詩神(オルフォイス)であった.こういう言い方は,沈腐かもしれぬ.

現実的には,練達を得たひとりの詩人に,ソネット26篇がやすやすと出来たというだけのこと かも知れぬ.どちらでもいい.しかし,その時,彼が知覚した(存在)の感動は,そう言った 方が,より真実に近いのではないか. "恩寵のごとくやって来た"と感じられないものは,ま

° ° ° °

だ真によきものでも,美しきものでもないかも知れぬ.

それは,さておき,その中の‑篇,冒頭引用の詩は,すでに20年も前,発芽していたものの 美事な結実なのである.長い忍耐と修練の後にである.そう言えば,これは,決して「不意に」

与えられた無償の贈物ではなかった.この事は,彼自身も証言しているように「《ドウイノ悲

(9)

敬)(くオルフォイス・ソネット)も本質は同じであると彼は言う)は, (時雨詩集〉にすでにあった 根本的なものの展開」である.それにしても,長い,凄じい孤独と忍耐の時期が必要であった.

苦行者のように,馬の毛のシャツを着,酒・肉を避けた簡素な食事,絶えざる物への凝視,た とえば,彼は2頭の斡羊を何時間も視つめたりなどした. "森の,死にかけた鳥のように顔色のあ せた,憂欝な,放心した表情" , "ある重大な器官を犠牲にしたのではないかと思われる精神 の集中"と医者でもあったカロッサはRilkeのことを伝えている.それは,何んのための 闘い?言うまでもなく,芸術の実現のためであった. 《ドウイノ≫,そして《オルフォイス.≫

に至って彼は,初めてそれを果しえたと確信する. "あれ"(く時鵡詩集) )は希求のうたであっ た.しかし, "これ"は存在であった.芸術とはRilkeにとって,芸術をも超えたく存在) への静かな通路である.それは,一点に集中された魂のレンズから遂に燃えあがって,人間の 全存在‑肉と精神一一を照射する美の光線である。この胃頭ソネットには,それがある.光線 は,薄い花霞に和らげられて,いかにも齢蕩たる情景をかもしているかにみえる.しかし,こ こには,一種hermaphroditic (雌同体的)なオルガスムが隠喰されているRilkeがかっ て希求した,あの「美しき子宮」をおのが内に持つ人, (聖フランチェスコ)の歓びがある.

そこで,既に前章に述べたWhitmanのあの内体験詩は何んであったろうか.それは,実 に,この事ではなかったろうか.その一部を引用すれば,

ぼくは思いだす,ある日僕らは,とっても晴朗な夏の朝,二人して寝ていたな,

そのとき君はぼくの腰に頭をのせていた,そしてやんわり僕のからだにのしかかってきた,

Ll'*iリ

そして僕の肋骨からシャツを措きわけ,僕のむきだしの心臓に君の舌をつつこんだ そして僕のひげに触れるまで覆いかぶさり,僕の両足を抱きしめるほどにかぶさってきた.

く・t・‑,r

するとみるみる僕のまわりに,地上のどんな論議もむなしくなる平安と認識が 立ちのぼり広がった,

つまり,得体の知れない,もう一人の僕が,ぼくの上にのしかかり,ぼくの胸を掻き分けて, 剥きだしの僕の心臓に舌を突っこむ.あの"グロテスク"の大画家ゴヤでさえも,こんな醜怪 の密儀はついに描きえなかったろう.おそらく,古今無双の象徴的蛮行である.フロイトなら 喜ぶだろう,つまり,この場合, …舌は男根で,心臓は一一である."ぁるいは, "幼児口唇 性欲への逆行現象である"とか.つまり,ある少女の告白をかりて説明すれば,こういうこと

と類似しているのである. "オシャブリに反復吸いつく舌の快感.それは,どんな接吻もおよ ばか、,全身にしみわたる快感.この世を忘れて,ひたすら満ちたりた思いである'(8)だが,フ ロイトの精神分析がどうであろうとも,我々は少くとも,このことから,感覚というものの持 つ豊かな可能性に気づかされないだろうか.我々,普通人は,感覚とか快楽とかを,一定の固 定した外的条件のなかに押しこめてしまっている.しかし,一陣の微風だって,鋭敏,繊細な, あるいは,想像力豊かな感覚にとっては,それは美女の愛撫にもひとしい快楽をもたらすだろ

(10)

102 新井章慶

i:Lす/,ざし

うWhitmanの全身が,そのとき,この世のものならぬ絶妙の平安に渉みとおったというの は,考えられることである.こういう,自己を抱きしめるhermaphroditicを至福感は,そ のままRilkeのソネットと通じ合うのである.表象のちがいのみであるWhitmanの,

<‑I‑T.'/

「舌」はRilkeの「処女」である. 「舌」と「心臓」の交接は,わが内部のベットに横た

!Bl帥貞

わる「処女」によって見事に象徴されている.繰り返し言うように,その情景はWhitmanの 剛直とは反対に,いかにも淡い夢幻性の色どりを持つが,知覚は鮮烈に目ざめきっている.

つきり,悦惚の美感だけでなく,その内的意味がくっくりと自覚的に描かれているのである.

ホイットマン的要素を伴ったこれは,一種, 「自己発情」の詩であるとも言えよう.だから, あの全肉体のエロス化を主張するマルク‑ゼが,この作品をその一典型として取りあげている のは,ある意味で,同意できることである, (もっともフロイトの言う反抑圧的なリビドーの根本理念

を,そのまま発展させようとするマルク‑ゼは,あくまで生物学的な次元に固執しているが).とにかくも, このソネットには,とおり一遍の美学的解説をはねつける,肉体の厚みと実感がある.それは

《オルフォイス・ソネット≫全体についても言えることであろう. (オルフォイスの神)の歌

うすきぬ才Jとy}

にさそわれて現れ出た,この日春の薄衣をまとう輝く処女"は,オルフォイスの永遠の半身, (オイリュディケ)であると見るのは不当ではないだろう.

オイリュデイケのうちにあって死せ‑I‑一一いよいよ歌いつつ

いよいよ諌めつつ,かの純粋の関連に戻りゆけ(オルフォイス・ソネットII‑13から)

死をも轟感と化す,トリスタンとイゾルデの灼熱がRilkeの概して澄んだ硬質の響きの 歌《オルフォイス・ソネット)全篇をとおして,脈打っていることは見逃せない.静譜な行情 のながれに秘められた"不可視の出来事"が,どん射こ人間の他の出来事にもまして本質的で

あるかRilkeはそれを我々に伝えてくれる.

(2)

「それなら」と一つの疑義が挟まれるかも知れない, 「ここで言う神(オルフォイス)とは, 結局ナルシシズムの別名のことであるか.すなわち,他者なしに密会の幻想に耽るようなもの.

それは,自体愛である.今さら幼児期ナルシシズムの陶粋に帰ることに,どんな意味があるのだ ろうか?」と.そうであるRilkeは,確かに, (Kindheit)(幼児性)を彼の詩精神の シンボルとした.既に引用した《時帝詩集≫からの二つの詩には,二つながら,この言葉があっ た.一つは, Mach, daB er seine Kindheit wieder weiB; / das UnbewuBte und das Wunderbare... (彼にふたたび幼児のこころを知らしめたまえ;無意識のものを,驚くべきものを, ・・‑・) もうーっ,聖フランチェスコの詩ではDas L芝cheln wuchs auf seinem Angesichte /

und hatte seine Kindheit und Geschichte / und wurde reif wie eine M護dchenzeit.

;Jわえ入

(微笑が彼の顔に育ち,幼年と歴史を待て,乙女のように熟した)しかし,注目すべきことがある.

(11)

(幼児性) (あるいは(幼年))は,前者では, 「無意識のもの」とつながり,後者では, 「歴 史」と組み合わされている.それはRilkeの「幼児性」には, 「無意識のもの」,あるい は「歴史」の智慧がこめられているという事である.彼は,いくつかの手紙̀9'の中で言ってい る,要約すれば, "我々が現に生きている意識の世界というのは,いわばピラミッドの頂点に すぎない.私は早くから,我々はそのピラミッドの基底深くひろがる無意識の世界に降ってゆ くことが必要ではないかと思っていた.そこでは,あらゆるもの,過去,現在,未来の一切の 無常のもの(勿論,人間をふくめて)が現存しているのではないが'と.彼の言う「幼児性」とは, いまだ我々の顕在意識にとっては,暗く,無にもひとしい存在のピラミッドの深奥を感じとる ある澄んだ知覚のことでもあったのである.換言すれば, "最も初々しく,最も無垢なもの"

が,同時に,最も永続するもの(一種の歴史と言ってもいい)と交感する叡智をRilkeは意味 したのである. (考えてみれば,意識も物質と同じくある波長をもった振動であるかも知れない.とすれば それは固定したものではなかろう.しかし,ある人の意識は,その人独自の,一定の習慣的な振動数をもった ものかもしれない.ある時,その人の意識の振幅が,何かの原因で,異常に開くとする.その時,かつて見えな かったもの〔あるいは,感じられなかったもの〕が見え,あるいは感じられてくる.今まで,対立的に見え, 感じられたもの,一切〔過去の,現在の〕が,しばしの間,みごとな譜和の現存として知覚される.やがて意 識がすぼまって,日常の振幅に戻る.すると,あの知覚が消える.そして,ピラミッドの頂点に位する,痩せ た習慣的な意識に映るのは,只乾燥した,いわゆる客観的現実.ある人々は,さきほどの非日常的な知覚を脳 髄の錯覚とみなすだろう.実際そうかも知れか).しかし,いったい,どんな認識論がこの問題を解決したと 言えるのだろうか.しかし,そのことは,さておきRilkeの意味する「無意識」は,フロイトのそれでは なく,むしろC.ユングの「集団無意識」に近いと言うべきか. )

さて,もとに帰れば,この冒頭引用のソネットも幼児ナルシシズムとか,性倒錯の快感と かで律しきれか、要素を蔵しているのである.この事は, 《オルフォイス・ソネット)制作の 心理的きっかけとなった或るエピソードを考えてみても分るWeraという,宿命的な腺の 病気で早逝(18, 9才)した‑少女のことである.この少女の,苦痛に耐え,美しく燃えつきた

はかf>・

果無い生涯をRilkeは,彼に送られてきた母親の手記をとおして知らされる.それが彼に 衝激的な感動を与えた.彼は,運命を受容するこの少女の「心のなかに輝きでた光明」と倖屯 粋な洞察」から教えうれる, 「苦痛はひとつの錯誤である.それは,天と地の統一体に石の標 を打ちこむような,肉体に現出する鈍い,ひとつの誤解である」と.そして彼は,少女の母親 に書いている, 「この永続する世界の統一体との,宇宙的に開かれた彼女の心の親密な一体感, この生の受容,この喜びにみちた,この情愛深い,ぎりぎり最後までの,此処と今への自己所 属感‑此処と今へのみ!?杏, (全‑的世界) ( das Ganze )のなかへ,此処よりもはるかに 豊かな世界のなかへの‑. 」 (10と.そして,この感受性に富んだ‑少女の死への想いが彼のオ ルフォイス詩の数々を,より根源的なものにしたとRilkeは述懐している.これらの詩は, 少女が洞察した「あの領域の中心と,より一層の関連をもっている」のである.つまり, 「我 々が至る所で何んの境目もなく,死者たちや,また未来の人たちと共に,その深み,その力

(12)

102 w^krヨEj

を汲み合う,あの(統一せる)世界」との関連をRilkeは意味した. 「この"開かれた世界"

では全てが現存している」.そして, 「この世界では,生命の血が,脈々と生と死の両界を還 流LJ, 「豊かに我々をやしなう存在」であり,それは苦痛なき「健やかな全‑の世界Jであ

ると彼は語っている(ll)

さきに,私はこのソネットI‑2は,ある意味でエロテイクな自己発情の詩であると言った.

しかし,上に述べたRilkeの心境から察しても,単に一時の空想に逸った(それ故に,たち まち虚脱や幻滅にとって変る) "快感"の美化ではないことが分るだろう. 「苦痛(と死)は 肉体の錯誤である」と断定する彼の感動をこめたコトバの背後には,実は,肉体の悲劇性に 対する彼の鋭どい現実認識があることを見逃してはなるまい. (やがて, 4年後には,彼は彼自身 の苦しむ肉体によって,この言葉をつらぬくときが来る).

このソネットのさきを追ってゆこう.

Und schlief in mir. Und alles war ihr Schlaf.

Die B丘ume, die ich je bewundert, diese

Sie schlief die Welt.…

〔そして,わが内に眠っていった.全ては,彼女の眠りだった.

私のかつて頒めた,えた木々,これら

彼女は世界を眠った‑〕

1.とめ

私の内に眠った処女は,ここで,いつの間にか,惟界という表象をとっている.個から全体 へとあふれでている.すなわち,一切のものが,彼女の眠りに変容しているのである.木々も 牧場も,遠い近いすべてのものが,彼女の甘美な息を呼吸する.それは,この粗々しい現象世 界が,絶対の安らぎのなかに溶解したことを表わすWhitmanの,あの内体験詩では,得も

言われぬ絶妙の平和が彼の全身に渉みとおったとき,この世のありとあらゆるものが,わが恋 人,わが兄弟の親近性を帯びて現われる.殆どこれと似た感応をRilkeは,象徴的な夢の 手法で,秒正と表現する. 「対立,只それのみ,そして常に対立」と,第8ドウイノ悲歌で嘆 じられた世界の運命が,今開かれた意識の光線に透過されてdas Ganze全‑の世界)が

° ° °

照明される.詩人は,そのとき,生死をつらぬき,無礎ないのちの血が豊かに経めぐる,自他 一体・生死一体の純粋関連界を直観した.そう言っていいだろう. (因みに, "厳密の学''と してのフッサール現象学では,事物の本質を直観する「純粋意識」なるものの存在が認められ

(あるいは「純粋現象」が),それに確固たる現実性が付与される.他方,我々が日常的な知覚 で経験する事物の相は,むしろ判断を保留されるべき括弧つきの存在なのである. )

*

さて,このソネットによって暗喰される万有・融和の「全‑世界」はRilke芸術の極致

(13)

であるから,これが意味するものの重大さを,再び彼の過去(その仕事と生活経験)に遡って, 測ってみたいと思う.以下においては,自然のことではなく,特に人間のことにかぎって考察

してみた。

もともと,あの(時稽詩集》は,彼が24才(1899年)と25才のときになした2回におよぶロ シア旅行に端を発するものであった.彼は,その時,尊敬するトルストイにも会っているが, それはさておき,この疋漠たるロシア風土に黙々と生きる農民たちの忍耐と敬虞を生き方から, 彼は強烈な印象を受けている.当時ヨーロッパの碩化した倫理と宗教,様々な形で独走しはじ めた知性の騎悼.そうしたものに,まだ浸蝕されか1,深く根づいた原初的な生命感を, Ri‑

lkeは彼ら農民にかんじたのである.こうして, 《時樽詩集≫ 2巻が書きあげ.られる.それ から間もなく,彼は,近代都市パリに居を移し,つぶさにパリを体験する.都会の不真実.そ

の「動物よりも貧しい」内的貧困.そこに生きる民衆たちの其の悲惨とは何かを,彼は痛烈 に考えさせられる.共に巷に生きるRilkeの内省と探求が, 《時稀詩集》第3部「貧困と死 の書」を生む.それは,金銭欲におかされ,物が生きた意味を失い,腐臭を発しつつある(文 化の共同体)への痛みの書,そしてその蘇りを願う孤独で貧しい‑巡礼者のうたであると言え よう.以上三春の詩集において,やがて後期Rilkeを主導する根本モチーフのすべてが種ま かれたと言っていい.そして,これら三部作全篇をしめくくるに相応しい珠玉の作品が,すで に述べたあの(聖フランチェスコ)の詩であった.前とは別の観点から見ると,これは,退廃

上f}圭こと

した都会に,彼が据えつけた,その救済者たるべき(真の人間)の像であると言っていいだろ

'、J,I

ラ.衰弱し,歪となった諸々の精神に代る,豊かさの充満する貧困の人.官能と霊性の,力と 優しさの,崇高と晴れやかさの‑如性が示される人間の像であった.それは,低落した人間た ちの巷にあって, 「我らに与えよ」と巡礼者がいのった, 「人間の其撃な母性」 ( des schenernste Mutterschaft)カであった.ただし.ここで注意したいことはRilkeはヨー ロッパのキリスト教に,けっして共感を持っていなかったということである.彼の眼には,キ リストは,教会のひからびた独占物,ブルジョワの偽善のシンボルと見えたからである.神は, Rilkeにとって,あらゆる物とあらゆる人間の精髄である. 《時頑詩集》にあらわれる神とは, その様な神である・ (" du Ding der Dingel ̀Ich finde dich in alien diesen Dingen'

"Was wirst du tun, Gott, wenn ich sterbe? / Ich bin dein Krug (wenn ich zer scherbe?… mit mir verlierst du deinen Sinn")(13人間の内部から蘇る「神」は,人間を威 嚇しない.それは,人間の真の蘇り,したがって,分裂,闘争ではなく,みずみずしい共同体

° °

性の復活を意味する.その内在の神を実践した(聖フランチェスコ)は,本来教会の公教的性 格とは相容れない異端的存在であったと言われる.(l胡こうして,この人を譲った作品の最後に

くる言葉は,印象的である。

人々の黄昏の空に,なぜ貧しさの星が立ち昇らないのか?

Rilkeは,ここで,現代文明社会に生きる我々に(存在)の意味を問うているとも言える.

(14)

106 [I‑^K^E^Hd

*

ALLES wird wieder groB sein und gewaltig.

Die Lande einfach und die Wasser faltig,

die B丘ume riesig und sehr klein die Mauern;

und in den T云Iern, stark und vielgestaltig, ein Volk von Hirten und von Ackerbauern.

Una keine Kirchen, welche Gott umklamniern wie einen Fluchtling und ihn dann bejammern

wie ein gefangenes und wundes Tier, ・一一一

die H丘user gastlich alien EinlaBklopfern und ein Gefuhl von unbegrenztem Opfern in allem Handeln und in dir und mir.

Kein Jenseitswarten und kein Schaun nach driiben, nur Sehnsucht, auch den Tod nicht zu entweihn und dienend sich am Irdischen zu iiben,

um seinen H護nden nicht mehr neu zu sein.

‑‑ Aus Das Stunden‑Buch Von der Pilgerschaft, 1901

〔全てはふたたび偉大かつ強壮となるだろう.

ヨFjmr?

陸地は平らかに,海は小波うちひろげ, 木々は巨大に,膿壁は低くなるだろう;

r:tこよ

かくて,生気みち,多様の流域に 牧人と農夫の‑なる種族

そしてまた,神を逃亡者のように抱きかかえ 囚われの傷つける獣のように

匹冒宗」Ltr#&lア

家家は訪なうすべての人に優しく,

ホニサl"

すべての行為,また,あなたと私のうちに

・I.もい

限りない犠牲の‑なる感情.

彼方を待ちのぞみ,また彼方に目をやることもか1, 只憧れは,死をも清すまい,

地上のものには仕えて,慣れ親しみ その良き友とならんと願うのみ〕

‑ 《時鵡詩集》 「巡礼の書」から

いかなる文学の流派にも,いかなる思想の集団にもあえて属さず,ひたすら清貧と孤独を貫 いたRilkeは,あたかも彼が誼った,あの"イスパバンの菩蕨園"のように,一見この値の 動きに無関心な超絶的美の信奉者の姿をとっている.しかし,そうでは射、.この詩などは,

《時碕詩集≫第2部「巡礼の書」からのものであるが,あのWhitmanの素朴な詩《友愛の都 市≫目前勘間)を思わせるでは射1か. (ただし,このRilkeの作品にも暗示されている様に,現代文

(15)

明を聾断する機械にたいする彼の強い疑惑はWhitmanよりも,むしろD.H. Lawrenceのそれに近い.)

《神〉の清新な生成が見られか、,この現代社会に代って,もっと生気潜刺たる人間の世界 が現われるであろう.それが上の詩である.自然のいぶきを吸って,自然とともに生きる人間 の共同体Alles wird wiedergroBseinundgewaltig. 「大地のありとあらゆるものが偉大 かつ強壮な存在となる」という言葉に龍められる人間と自然との調和・一体感は,やがての, Rilkeに確立する独特な超常識の認識に裏づけされている.そして,これもまた,前章に述べ た様にWhitmanの自然観と共通するものである.これら両詩人の(内なる眼)は,固定し た現実の相ではなく,限りなく高められ,変容してゆくべき現実の果てを視つめる.た,チ,こ のRilkeの詩では,古代的な農耕生活のみが讃美されているかに見えるが,これもまた, D.

H. Lawrenceの場合と同じように,詩人の内なる(無垢の生の原初性)が,彼ら自身も知ら か、遥かなる古代生活に授射されたものと見るべきだろう. I(その点RilkeとLawrence は, 19世紀人Whitmanよりもずっと機械文明の徹りを見たと言うべきか. )

そして,血の気の失せた,卑弱な教会専用のキリストは去り,世界に真の《神》の出来事が 始まる.人間同志の間に湧き,汲み交わされる無私の,豊かな情愛.そして,死のかなたをも, そのまま現性にとりこんだ活力と陰影豊かな,深い(生)のありかた.そして最後に,その王 冠として我々の頭上に降される神々しい(死)の意疎.

詩は,まだいくらか生硬ではあるが,見かたによればRilkeを理解する上で,これは我

均mams

我にとって,ささやかな道標の詩となっている1‑‑あの後年みごとに繁茂するリルケの森へので ある.しかし,これは,同時に,若いRilke自身のための道標でもあった.その点,この詩 人は,ボードレールでもランボーでもなかった.突発的な激情の炎に身を焼くにはRilke は,あまりに冷徹な「眼の人」であった.はるかな目的地を見定めて,苦渋の一歩々々を踏みし めてゆく人であった.こうして,この《巡礼の書≫の‑年後にはRilkeにとっての最大の 難所がやってくる.彼のパリ体験である.

*

「それでは,人々はここに,生きるためにやって来るのか?自分はむしろ思いたい.彼らは 死ぬために,ここに釆るのだと」という言葉ではじまる《マルテの手記≫.この暗い自伝的な 作品は,パリというRilkeにとって,恐るべき現実の相場の中から生れ出たのである.そ こでは, "花の都''の愛と栄光は,殆どその‑かけらもRilkeの眼に映じなかった.どう した訳か,彼は,至る所に病院を見,あらゆる街角に,とぼとぼと病院に足をひきずる人々を 見る・貧しい男が路上でよろめき倒れる.人々がどっと集まるRilkeは,親しい女友達,

Lou Andreas‑Salomeに書いた:

私は,殆ど毎日,何んという人々を見たことでしょう.悲裏の全重量がのしかかる人像柱の破片をで す,悲裏の巨大な建物の下を亀のように,のろのろと這いずる人々をです・‑‑彼らは運命のままに打 ち捨てられる行きずりの人々の中の行ずりなのです.彼らは,只の印象にすぎず,また何かの必要で,

(16)

108 新井章慶

飢えと死の特殊器官が植えつけられた新種の動物のように,精々冷やかな好奇心で見られるだけなの

です.一一

空気にまで染みついた腐敗と衰退.至るところに身をひそめる貧困と病気と死.そして,袷 淡と無関心. Rilkeは「何かのひどい間違いで人生と呼ばれている,これらの光景に身震いし

た」.詩人の内奥に生れたばかりの,あの若いヴィジョンが,これら生々しい現実の諸相に荒 荒しく試されてゆく.不安と憂欝が,日夜,彼を襲い,彼は流感に羅ったように全身のけだる

さに悩まされたとも書いている.こんな悲観的なRilkeの心境には,たぶん彼の当時の私的 事情が拍車をかけていることは.想像できる.すなわち,彼は,ヴエスタ‑ヴエーデでの結婚 生活早々,経済的危機に陥り,子供を妻の実家にあずけ,家庭を解消して,仕事のため単身パ リに釆ていたのである.そして,ここで,彼は貧困と欠亡のうちに生活していた.しかしなが ら,この事はRilkeの場合,あくまで二次的な原因であったろう.それは,彼の諸手紙や

《マルテの手記≫に見える彼の精神的姿勢からも容易に窺えることである. ( 〈マルテ》は幼児の 回想をのぞいては殆どが自伝である).

"まず,一切の期待感を捨てて,どんな醜悪・残忍な事実をも,そのまま直視する勇気を持 つこと.選択も回避もゆるされぬ."これが, 《マルテ≫の中にしるされた,芸術家の其の資 質を決定する試金石であったRilkeは,この最も厳しい試練にためされる自己自身を絶え ず意識していた.それが,彼の自らに負うた苦しみであり,闘いであった.なぜなら,直視す るということは,彼の場合,身を外において現実を観照するということではなかったからであ る.彼は,都会の暗黒面を見詰めて,わが身もろとも,それに打ちひしがれた.どういうこと

ひと

であろうか.彼は,そこに,他人ごとならぬ,人間の現実を見たのである.見るということは, 彼にとって,それと一体化することであった(それは永久的行為であってはならぬとしても,

最高の難事である).それが,苦しみでなくて何んであろう.彼は,くたくたに疲れる. "自 分は,永久に悲しみと疎外の国へ放りこまれて,二度と帰ってこれないのではないが'という 恐怖感にとらわれる(15)しかしながら,そういう現実凝視の前に吹っとんでしまうヴィジョン ならば,それはヴィジョンとは言えない.空想である.たとえ,その前に,一時敗退すること があろうとも(事実,彼は,一時,イタリア,ヴイアレツジョに療養した),いっそうの強め られた力と輝きをもって,はね反ってくるのが,詩人のヴィジョンと言うものだろう.そこで 目撃した人間の不幸は,彼の内奥のヴィジョンに,いわゆる外部指向型の政治的眼を与えはし なかったが,それは,彼を,一層冷厳な,人間深層の理解者たらしめた.詩人の本能は,現実 に直面しつつ,現実を真に変容する,別種の道をさぐっていたのである. ( 〈マルテの手記)は,

その手さぐりの探求の記録でもある)・だから,パリはRilkeにとって冒険にみちた文学の狩 猟場などではなかった.それどころか,彼自身が, "何ものが'によって狩猟され,深手を負 いつつも,一個の新しい生きものに変貌されねばならなかった.

《マルテの手記》に,こんな場面がある(以下はその要約であるが,これはLouへの手紙にもそ のまま詳しく報じてあるRilke自身の体験である).

(17)

マルテは,街路上に,一人の,奇妙な二段跳びの歩き方をする痩せた男を見る.足もとが痩撃的に びくつく舞踏病患者である.道ゆく人々が振りかえり,なかには笑うものが居る.マルテは,その男 に吸いつけられたように後をつけてゆく.間もなく,その男のぴょんぴょん跳びの痩撃が,足もとか ら消えたのを見て,マルテはほっとする.しかし, 20歩もあるいたかと思うと,あの足の痩撃が,猛 烈ないきおいで,肩にあらわれ,外套の襟を突き立てる.男は,そのつど,それを元に戻そうとして, しどろもどろの手つきで努力する.彼は,明らかに人々の目を恐れていた.その内,また,突然,さ っきのぴょんぴょん跳びが出てくる.それを見て,マルテの背すじに,ぞっと冷たいものが走る.彼 は,往来の人がそれに気づかない様にと,男がまた跳ねてつまずいたら,自分も男と同じ恰好をして, 障害物が,じっさい路上にあったかのように見せかけてやろうと考えるのである(男は,疎くたびに, 振りかえって,その場所をにらみつける恰好をしてみせるのである).マルチがそんなことを考えて

いると,男は妙案を思いついたかのように,ステッキを襟首にひっかけて,それを背すじに垂直に当 てがって,手で押えて歩く.それが効を奏して,彼はすっかり沈静をとりもどして歩いてゆく.しか し,男から一瞬も目をそらさず,後をつけてゆくマルテのこころには,逆に不安がつのってゆく.あ の恐ろしい痩撃発作が,無理に押えつけられたため,却ってからだの中に穣り積って,一挙にどこか から噴き出てくるのではないか.男は何食わぬふりをしているが,内心にたかまってゆく男の不安 が,マルテにはよく分る.とうとう発作がやってくる.必死になって,それを当てたステッキで押え つけようとする男の両の手の,ひきつった表情に,マルテはたまらなくなる.心臓をドキドキさせて 男のうしろにいるマルテは,男の手のちからが尽き果ててはと, 「かナなしの自分の力を小銭のよう

にかき集めて,彼の両手をじっと見つめる.そして,この自分の力を役立ててくれと熱願する」ので

?JM

どうやらうまくいった.時々,二人は車にはさまれ,止まり,また歩きだす. ・‑‑しかし,結局だ めだった.急に男の足もとが怪しくなりだし,男はステッキを離し,両手が飛ぶように宙に投げあげ られる.溜まりに溜まった自然の力が,どっと体内から噴出して,男の全身を前へ,後へと突きやり, 彼は頭をゆすぶって,群集のなかにつんのめっていった. (下線・筆者)

《手記》では,この最後のところで, 「もう自分(マルテ)はこれから何処へいっても何んの意味があ ろう.自分は,空っぽだった」と締めくくっているが,ルーへの手紙では, 「そのとき私の膝 はふるえ,すっかり力を費いはたして,肺ぬけみたいになってしまった.私は,男の不安と自 分の不安との区別がつかなくなっていました」というように報じてあるus以上,要旨である か㌔これが《マルテの手記≫中にあらわれるRilkeの現実直視の仕方だったのである.彼は, 見知らぬ人の恐怖に同化して,見ている自分事でが恐怖におびえるのである.そして《手記≫

のなかには,人間の悲惨が次々と息苦しいまでの筆致で,描き出される.もう一つあげてみよ

ラ.

Rilke (マルテ)は,街頭にさ迷う乞食の若い女たちを見る. 「彼女らは,心の深くには, 固く強い芯をかくしているが,抗うこと一つなく,諦めに身を任せ,未だ一度も愛されたこと

もなく老けてゆく,蒼白い娘たちである」.彼は,彼女らを見て思う:

おお;神よ,あなたは,私が一切を捨てて,彼らを愛することを望んでいるのでしょうか?そうで かナれば,どうして私は彼女らのあとをつけてゆかずにおれないのでしょうか.どうして私は, (彼 らにかけてやるべき)この上なく優しい,安らかな言葉を思いつくのでしょうか?そして私の声がい まにも溢れでそうになって,私のなかで戸惑っているのです.なぜ,私は,どうしたら彼らに,かぎり なく控え目に,私の息をかけてやれるかと考えてみるのでしょうか. "人生''にもてあそばれ,くる

(18)

110 i^E3日扇

春もくる春も,物を乞うて,房の関節がゆるんでしまうまでに両腕を伸ばさせられ,何一つ,つねに 何一つ得ることのない,これらの人形たち・・・‑

厳しい現実認識の底にある,こういうRilkeの優しく鋭敏な感受性は,すでに《形象詩集≫

のなかに見えている.凡ては自己に関わっているのである.

いま世界のどこかで泣いている者,

ゆえ

理由もなく憧界で泣いているもの, その人は私を泣いている.

いま僅界のどこかで死ぬ者,

i^m.'

理由もなく世界で死ぬもの, その人は私を見つめている.

‑1‑一一一ベルリン, 19(氾年

彼のこころは,何処かで人間が受けている悲哀を暗い波のように感受する.彼は,何処にい ても,重い孤独を生きる見知らぬ人の隣人である自分を意識する.そういう彼だからこそ, Rilkeは,あの《巡礼の書≫で,幸わせの国を夢想せずにおれなかったのだろうか. "木々 繁り,谷豊かに,親餐の, ‑なる心を生きる人間の世界''を夢想せずにおれなかったのだろう か.いや,そうではなく,そういう世界の,不可視の《実在≫が, ‑いまだ瀧ろとは言え‑彼 の内奥にすでに見られたからこそ,人間の悲哀や孤独が,他の誰によりも,彼の胸に荒々しく 突き刺さってきたのだろうかRilkeはとにかく,都会で,現実を,いや彼のことばで言えば,

(物)を見射すればならなかった. (物)という,この不可解な存在.'彼は,ここで,肉体と 心をつくして, 「物」を兄かナればならなかった.表層ではなく,その隠された何重もの奥深

くを.しかし,彼は,まだ,初心者であった.この都市で,ロダンが,彼の師となり,その仕 事は,物の見方を徹底的に彼に教えた.そして数年後,画家セザンヌの作品が,彼の眼を感動 的に開いてくれた.こうして, (物)を深奥まで射ぬこうとする,まるでヨギのような凝視の 何年かがつづいた.やがて,木が,花が,海が,動物が,そして人間が,彼の視つめる眼の前 に,つぎつぎと,その新鮮な姿を開顕する.その成果が, Ding‑Gedichte (物象詩)とも言わ れる二巻の《新詩集≫であった.

1912年Rilkeは,ドウイノ滞在中,ある奇妙な経験をした.タクシス夫人のところで行 なわれた交霊術実験会に彼は参加したのである.そしてRilkeはその席で自働書記をやって いる. 13僅紀に死んだ,或る修道女の霊がかかり,彼に一つの地図を措かせ,そこへ行くこと を彼に強く指示した(描かれたのは,名の知らされていない橋であったが,それは極めて特色のあるものだ ったから,少し知識のあるものなら,それがスペイン・トレドの橋であることがすぐ分った).大体, Rilke

(19)

には自働書記や幻視の素質があったが,彼は,その指示に従ってトレドに出かけている.その 時,出会うと告げられた,その霊の女は,ついに現われなかったが,彼は,トレドの風景か ら,ある深刻な啓示を受けたのである.彼は,手紙に書いている(17)

スペイン風景(私が限りなく体験したところの最近のものですが) ,トレドは私の心境を極限の状 態に駆り立てました.なぜなら,あそこでは外界の事物それ自体が‑塔も山も橋もひとしく‑そ れらを表現しえたであろう内的等価物の途方もか),凌駕Lがたい強烈さを所有していたからです.

風景の至る所から現象とヴィジョンが一緒になってやって釆ました.事物のあらゆる一つ,一つの中

1)し̀1

に,全内部世界が見えて,まるで天使がその空間を自らの内部に抱きかかえて,盲た人のようにその 空間を覗きこんでいるみたいでした.この最早,人間の観点から見られるのではなく,天使のなかに 在ると見られる他界が,多分,私のこれからの真の課題となるでしょう.私の今までの努力はとにか

くもすべてこの事に集結することになるかも知れません.

彼は,この時,一つの確固たるヴィジョンを知覚したようである.また,同じ年,これより 少し前に,彼は類似の体験を何回かすでに持っていた(それらは,もっと細密に記述されているが, 次章にまわすことにして,結果的に,これらの体験は,やがての彼の偉業(ドウイノ悲歌),くオルフォイス・

ソネット》の出現を告げる神秘的な胎動となった).我々が現に生きている,この世界は天使の胸に 抱かれた神聖な存在であり,また僅界と,そのなかの一切のものが,愛する天使によって視つ められている糸屯粋感情の空間である.こうして,これらの体験と共にWeltinnenraum (也

° ° °

界・内部・空間)が,いのちの実体感をもってRilkeの詩の地平線上に昇ってきたのである.

Wo wir uns hier, in einander dr蕗ngend, nicht nie finden: beginnen die Engel

sich zu gewahren, und durch die tiefere N護h in heiligem Eilschritt wandeln sie endlos sich an.

〔傍ら,ここに,鼻めき合いながらも けっして出会うことのない老;だのに天使らは はや互いを認知して,より深い近さをとおり,

その歩みも神々しく,速やかに,限りもなく近寄りきたる〕

‑パリ, 1914

この上の詩より,何年か前,パリでRilkeはうたった, 「彼らは無意味な事物に味気な く仕え,疲労にうち萎れては,さ迷いあるきます.彼らの衣服は,しおたれ一一群集は,突 きすすみ,彼らをいたわろうともしません‑‑・」 (く貧困と死の吾)).Rilkeが都会で感じたものは, こん射こ人間たちが轟めき合いながら,少しも互いに出会うことのない悲哀であった.そうい

う貧しい人達の惨めさに,彼は身を噛まれた.しかしながら,彼の覚めた心には,もっと奥が 見えていた.この世界では,彼ら貧しい人々だけではない,我々すべての人間がけっして出会 っていないということが,彼に見えていた.そう言う彼自身でも,本当は,自らすすんで真に

参照

関連したドキュメント

まずAgentはプリズム判定装置によって,次の固定活

チツヂヅに共通する音声条件は,いずれも狭母音の前であることである。だからと

本来的自己の議論のところをみれば、自己が自己に集中するような、何か孤独な自己の姿

自己防禦の立場に追いこまれている。死はもう自己の内的問題ではなく外から

どにより異なる値をとると思われる.ところで,かっ

わからない その他 がん検診を受けても見落としがあると思っているから がん検診そのものを知らないから

自閉症の人達は、「~かもしれ ない 」という予測を立てて行動 することが難しく、これから起 こる事も予測出来ず 不安で混乱

(自分で感じられ得る[もの])という用例は注目に値する(脚注 24 ).接頭辞の sam は「正しい」と