博士(理学)芳賀 水 学位論文題名
Critical Behavior of Specific Heats at Normal−Incommensurate
Phase TransitionslnFerroeleCtriCCryStalS
(強誘電性結晶における正常一不整合相転移に伴う比熱異常と臨界現象)
学位論文内容の要旨
比 熱 ・秩 序 変 数・ 感 受率 な どと ぃ った 熱 力学 的量は、2次相転 移点近傍で 特異 な振る舞い を示すこと が古くから 知られている。例えば、比熱は転移点に近づくと温 度のべキ乗 で発散する 。その指数 は一般に「臨界指数」と呼ばれており、熱力学関数 の相転移に 伴う特異性 を表わす最 も重要なパラメータとされている。この臨界指数の 値は、系の空間次元性(d)や秩序変数の自由度(門)などとぃった、相転移を記述する上 で本質的な 幾つかの要 素にのみ依 存する。同じ要素を持つ系の集合のことをUniver ‑ sality Classと呼ぷ。Wilsonの繰り込み群論の確立によって、各Universality Classでの 臨界指数の 値を精密に 計算するこ とが可能となった。従って、実験によってある系の 臨界指数の値を求め、その相転移がどのUniversality Classに属するのかを調ぺること が可能とな っている。 すなわち、 実験から臨界指数の値を求めることは、現在では相 転 移 の メ カ ニ ズ ム を 調 べ る 上 で の 有 カ な 手 段 の ー っ と な っ て い る 。 結 晶 中の 原 子の平 衡位置が空 間的な変調 構造を持ち 、その変調 波数が格子 定数 の有理数倍 で表わすこ とのできな い構造をIncommensurate(INC)構 造と呼び、これま でに数多く の強誘電性 結晶でそのINC構造が 発見されて いる。強誘 電性結晶において INC相が 発 現す る メカニズ ムは、未だ 解明されて いない部分 が多い。INC相での秩 序 変数は、振 幅と位相の2つの自 由度を持っと考えられている。Cowleyらは常誘電相(N 相)からINC相への相転移に対するLandau−Ginzbarg−Wilson有効ハミルトニアンを計 算し、それ が3次元XYモデル(d=3,n=2)のも のと同形で あることを 理論的に示した。
っ ま りCowleyら に 従 え ば 、N−INC相 転 移の 臨 界現 象 は、3次元XYのUniversality
Classに属すると期待される。
で は 実 際に 、 多 く のINC相 を 持 つ 結 晶で3次 元XYの 臨 界 現 象 が 観 測され るの で あろ うか 。N−INC相 転移 の場合、秩序変数や感受率の臨界指数を求めるためには中性 子散 乱等 の実 験手段 を用 いなければならず、実験が容易でない。そのため、これまで に幾 つか 実験 の報告 例は あるものの、臨界現象とぃう観点からの系統的な研究はなさ れていなかった。
そこ で本 研究で は、N―INC相転 移に 伴う 比熱 異常が 比較 的大 きい とぃう 点に 着 目し、比熱の臨界指数を実験的に求めることで、Universality Classの同定を行った。
実 験 に は 、INC相 を 持 つRb2ZnCl4、K2ZnCI4、K2Se04`SC(NH2)2`SC(ND2)2` (NH4)2BeF4`Na2C03の7つ の 物 質 を 用い た。 測定 方法と して 光交 流法 を用い 、広 い 温度 範囲 にわ たって 精密 測定を行った。デー夕解析の際、磁性体や液晶の分野で用い られ てい る解 析方法 を元 に、新たな解析方法の開発を行った。これによって、これま で構 造相 転移 の分野 で行 われてきた解析に比べて、より詳細な比熱の臨界現象の解析 が可能となった。
今回 測定 に用い た光 交流 法は、 温度 を連 続的 に変化 させ なが ら測 定する こと が 可能 であ り、 温度分 解能 が非常に高いとぃう利点がある。また、ロックイン・アンプ を用 いて 試料 の温度 変化 を読み取るので、断熱法に比べて高い相対精度が得られると いった特徴を持つ。臨界現象の研究では、絶対値よりもむしろ相対精度が重要なので、
この光交流法は、まさに臨界現象の研究に適した実験方法と言える。比熱測定の結果、
7つ の 物 質 い ず れ に お い て も 、N―INC相 転 移 に 伴 う明 瞭 な 比 熱 異 常 を 観 測 し た。
実験 デー タから 臨界 指数 を求め る際 、単 純な ベキ乗 発散 の関 数形 を用い て解 析 を行 った 例が 今まで に数 多く見られる。しかしながら、実験で測定可能な温度領域で は、 ベキ 乗発 散項の 他に 、補正項の存在が重要になってくる場合が多い。そこで本研 究で は、Bagnulsらが 繰り込 み群 論を 用い て導出 した 以下の補正項を含む関数形を用 いて、臨界指数を計算することにした。
ACp イ|fl−Q(1十D11fI△1十仁ヒIfl△2)十Bcr
ここで、fは相転移点Lからの距離を表わし、f三三(廴一丁)ぽ。で定義される。また、
イlfr°がr。で発散するべキ乗発散項を表わし、D1|fI△1、D2|fl△2がそれぞれ第1補 正項、第2補正項と呼ばれる。ロ。アは臨界定数と呼ばれ、特に臨界指数Qが負の場合、
転 移 点 近 傍 で 本 質 的 な役 割 を は た す 。 一 般 に 、Fitに 用 い る デ ー タ の 最 大 温 度幅
lf Imaxが大きくなる程、より高次の補正項が必要になってくる。IfImaxが同じでも、
物質によって必要となる補正項の数が異なるので、解析の際には補正項の数とlf Imば の関係について調べる必要がある。
こ れ まで の解 析では殆ど の場合、転 移点より上 側、もしく は下側のデ ータのみ 用いてFitを行ってい る。しかし 、この方法 では転移点 廴が正しく 定まらなくなる場 合が あ り、Qと廴の相 関が非常に 強いことか ら、誤ったQの値 を導く危険 性がある。
そこで今回の解析では、転移点上下両方のデータを用いて、Q,廴,イ,Di,D2,B。アな どのバラメータを同時に決定することにした。
実 験 で得 られ るデータに は、結晶の 不完全性や 不純物など の効果によ り転移点 近傍 でRoundingする現象 がみられる ので、あら かじめRounding領域の データを削 除 してFitを 行う必要が ある。しか し従来の解 析では、領 域の見積り 方が客観的でない ため 、 必要 以 上にデータ を削除して しまったり 、またRoundingしたデ ータを含ん だ ままFitし てしまう危 険性があっ た。そこで 今回の解析 では、転移 点近傍のデータを 一点ずつ削 除しながらFitを繰り 返し、標準 偏差やパラ メー夕値の 安定性を調べるこ とで、Rounding領域を客観的に見積もることにした。
Rounding領 域 の 見 積 も り を 行 っ た 結 果 、Rb2ZnCI4、K2ZnCl4`K2Se04の3つ はRounding領 域が非常に 狭く、臨界 現象を解析 するのに十 分なデータ であること が 明ら か とな っ た。しかし 、その他の 物質につい てはRounding領域が広 すぎて、今 回 の解析方法 から臨界現 象を解析す るのには、不十分なデータであることがわかった。
そ こ で 更 に 、Rb2ZnCI4、K2ZnCI4`K2Se04の3つ の 物 質 に限 っ て 、よ り 詳細 な臨界現象の解析を行った。その結果、Qや振幅比(イ,Di,ぢ。アなどの係数問の比)は、
補正項の数 やデータの 最大温度幅lflカ axによらず、3次元XYモ デルを支持する値を 示 す こ と が わ か っ た 。 こ の こ と は 、Cowleyら の 理 論 的 な 予 測 と 一致 し てい る 。 Rb2ZnCl4、K22n Cl4`K2S e04の3物 質 のN−INC相 転 移 は 、3次 元XYのUni‑
versality Classに属することが、今回の比熱測定から初めて明らかとなった。しかし、
その他4つの物質が、どのUniversality Classに属するのかは、今のところ明らかでは ない 。 結晶 の 純度を上げ るなどして 、よりRounding領域の 狭いデータ を得る必要 が ある。また 、今回の解 析に用いた 関数形以外の関数形なども考慮する必要があると思 われる。
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授 講師
塩崎 徳永 八木 小野 野嵜
学 位 論 文 題 名
洋一 正晴 駿郎 寺彰 龍介
Critical Behavior of Specific Heats at Normal−Incommensurate
Phase TransitionslnFerroeleCtriCCryStalS
( 強 誘 電 性 結 晶 に お け る 正 常 ― 不 整 合 相 転 移 に 伴 う 比 熱 異 常 と 臨 海 現 象 )
強Sr4:1l体 が 逐 次 相 転 移 を す る と き 、Incommensurate(INC)相 を 持 つ も の が 多 数 知 ら れ る よ う に な っ た 。 以 来 、 い く っ か の 場 合 に つ い て そ の 発 生 機 構 と 相 転 移 機 構 の 研 究 が 現 象 諭 的 扱 い に よ っ て 成 功 を 収 め た 事 が 報 告 さ れ て い る 。
― 般 に 、 転 移 点 近 傍 で の 熱 力 学 的 量 の 振 る 舞 い は 、 系 の 空 間 次 元 性 や 秩 序 変 数 の 自 由 度 な ど と い っ た 、 相 転 移 を 記 述 す る 上 で 本 質 的 な 幾 つ か の 要 素 に の み 支 配 さ れ る 。 従 っ て 、 実 験 に よ っ て 転 移 点 近 傍 で の 熱 力 学 的 量 の 振 る 舞 い を 調 べ る こ と は 、 相 転 移 の メ カ ニ ズ ム を 解 明 す る 上 で 有 効 な 手 段 と な る 。 申 請 者 は 、 強 誘 電 性 結 晶 のNormaI(N)相 か らINC 相 へ の 相 転 移 に 伴 う 比 熱 異 常 は 比 較 的 大 き い と い う 点 に 着 目 し 、 比 熱 異 常 の 振 る 舞 い ( 臨 界 現 象 ) を 実 験 的 に 調 べ る こ と で 、N―INC相 転 移 がCowleyら の 理 論 的 予 測 ど お り 、3次 元 XYモ デ ル と し て 取 り 扱 え る の か ど う か を 究 明 す る こ と を 目 的 と し た 。 こ れ ま で 比 熱 測 定 か らCowleyら の 理 論 的 予 測 を 積 極 的 に 支 持 で き る 実 験 結 果 は 報 告 さ れ て い な い 。 し か し 申 請 者 は 、 こ れ ら の 実 験 結 果 の 解 析 方 法 に は 、 解 析 の 際 に 用 い る 関 数 形 や デ ー タ の 取 り 扱 い 方 、Rounding領 域 の 見 積 も り 方 な ど に 不 備 な 点 が 幾 っ か あ る こ と を 指 摘 し 、 こ の 点 に 留 意 し て 比 熱 測 定 を 慎 重 に 行 い 、 デ ― 夕 解 析 に は 磁 性 体 や 液 晶 の 分 野 で 用 い ら れ て い る 解 析 方 法 を 参 考 に 、 新 た な 解 析 方 法 の 開 発 を 行 っ た 。 こ れ に よ っ
て、信頼性の高い解析結果を得ることが可能となった。
本論文は7章からなる。第1章では強誘電性結晶におけるN‐INC相転移とその臨界 現象、従来の実験結果について順次説明し、本鷺文の研究目的を明確にしている。第2章 では本研究に用いられた光交流比熱測定法の原理と測定装置が述べられている。この光交 流法は、従来法である断熱法に比べて非常に高い温度分解能と比熱の相対精度が得られる という特徴を持ち、臨界現象の研究に適した実験方法と言える。試料の作製方法と比熱異 常の測定結果は第3章で述べられている。実験には、Rb2ZnCI4`K2Z|1CI4`K2Se04` SC(NH2)2`SC(ND2)2`(NH4)2BeF4`Na2C03の7つの物 質が用いら れた。広い 温度範 囲にわたって精密測定を行った結果、7つの物質いずれにおいても、N‑INC相転移に伴う 明瞭な比熱異常が観測された。第4章では本研究の最大の特徴である実験データの解析方 法について詳しく述べられている。解析方法の要点は次の通りである。のBagnulsらが 繰り込み群論から導出した補正項を含む関数形を用いて解析を行う。また補正項の数と Fitに用いるデータの最大温度幅の関係について調べる。◎転移点上下両方のデータを用 いて全てのパラメータを同時に決定する。◎線形最小二乗法からパラメー夕値を求め る。@Rounding領域を客観的に見積もる。上記の解析方法から得られた結果は第5章に おいて述べられている。Rounding領域の見積もりを行った結果、Rb2ZnCI4`K2ZnCI4` K2Se04の3つは臨界現象を解析するのに十分なデ―夕であることがわかった。しかし、
その他の物質についてはRounding領域が広すぎて、今回の解析方法から臨界現象を解析 するのには、不十分なデータであった。更に申請者は、Rb2ZnCI4`K2ZnCI4`K2Se04の 3つの 強誘電体に おけるN‑INC相転移に伴う比熱異常が、3次元XYモデルにあう振る舞 いを示すものであることを示した。第6章では従来行われてきた解析方法の問題点や本研 究において開発された解析方法の正当性などについて議論がなされている。更に本研究の 概要が第7章にまとめられている。
本研究では 、新しく考 案した解析 方法を用いてRb2ZnCI4 K2ZrlCI4`K2Se04の3 つの強誘電体におけるN‑INC相転移が、Cowleyらの理論的予測どおり3次元XYモデルと して取り扱えることを実験的に初めて明確に示した。この結果は強誘電性結晶における INC相発現のメカニズムを探る上での重要な知見を与えるものである。また、申請者が開発 した解析方法は、相転移に伴う熱力学的諸量の臨界現象を実験的に解析する上で幅広い応 用が可能であり、その有用性は高く評価されるものであろう。
申請者の参考論文3編は、何れもN−INC相転移の臨界現象に関するものであり、こ
こに述べた研究と密接に関係している。
以上 によ り審査員一同は、本論文の研究成果と申請者の優れた研究能カを高く評価 し、申請者が博士(理学)の学位を受ける資格を有するものと認めた。