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議決権買いと法ルール : 米国法におけるvote buyingをめぐる判例法理

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(1)

議決権買いと法ルール : 米国法におけるvote buyingをめぐる判例法理

著者 今野 美綾

雑誌名 同志社法學

巻 64

号 6

ページ 1807‑1895

発行年 2013‑01‑31

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014090

(2)

(    同志社法学 六四巻六号一五九

― ―

米国法における

vo te b uy in g

をめぐる判例法理

― ―

今    野    美   

一  1 CEMs 2 CEMs 3 CEMs二 Schreiber 1  2  3  4 

一八〇七

(3)

(    同志社法学 六四巻六号一六〇 三 Schreiber v. Carney 1  2 四 Schreiber 1  2 frauddisenfranchise 3  4 五  1  2  3 

序論

 株式会社において、議決権を買い、これを行使する行為は、法的に許容されるのだろうか。次のような場面を考えてみよう。

 Aはパンの製造・販売を業とする甲株式会社(以下、﹁甲社﹂という)の代表取締役であり、甲社株式の議決権 一八〇八

(4)

(    同志社法学 六四巻六号一六一 の三五%を保有している。同社には他にB、Cという取締役がおり、いずれも甲社株式の議決権の一五%を保有している。甲社には他に、株主が二人いる。議決権の一五%を保有するBの妻Dと、同じく二〇%を保有する前代表取締役Eである。 甲社は、創業者Eのワンマン経営で成長してきた会社であり、Eの引退後は、後継者であるAと、BおよびCとの間で、経営方針について争いが絶えなくなった。既存の店舗にカフェを併設するか否かの決定において、両者の間の亀裂は決定的なものとなり、A対B・Cという構図が出来上がった。 BおよびCは、Dの分も合わせると甲社株式の議決権の四五%を確保していた。また、Eは引退後、経営に関心を示しておらず、株主総会へ出席することもなければ、委任状により議決権を行使することもなかった。そこでBおよびCは、臨時株主総会を招集し、Aを取締役から解任し(以下、﹁解任議案﹂という)、新たにDを甲社取締役として選任しようと画策し始めた。BおよびCは、カフェ併設費用に関して過度に楽観的な見方をしており、二人の計画が断行されれば、甲社は倒産してしまうかもしれない。Aは、長年勤めてきた会社が傾いていく様は見たくないと思っている。どうすればよいだろうか。 E保有の甲社株式には譲渡制限が付されており、Aが買い取ることは事実上不可能である。思い悩んだAは、Eのもとを訪ね、上述した事情を話した。しかしながらEはAに対し、当該株主総会において解任議案に賛成するとも反対するとも明言せず、思わせぶりな態度を取りつつ、頻りに、新しく別荘を建てたいのだが資金面で心もとないのだと語った。

 このような場合に、もし、AがE保有の甲社株式の﹁議決権を﹂買うことができるのであれば、Aの懸念する事態は

一八〇九

(5)

(    同志社法学 六四巻六号一六二

未然に防げるかもしれない。本稿が検討の対象とするのは、そのような﹁議決権を﹂買う行為、すなわち議決権買いと呼ばれるものである。議決権買いとは、単純化して言えば、契約のアレンジメントにより実質的な議決権を取引する仕組みのことである

)1

。これは、会社法が前提とする﹁コントロール権(議決権)とキャッシュ・フロー権(経済的所有権)との比例的関係﹂を弱める効果を持っている。 一般に、他の利害関係者ではなく株主が議決権を有することの根拠は、会社の資産が債務の額を上回って増大すればするほど、株主の取り分は大きくなることにある、とされている 2

。すなわち、清算時における残余権者性 3

や、継続企業としての限界損益の帰属

)4

が根拠とされている。また、少し異なる文脈で、株価への関心から、経営の監督是正につき最もインセンティヴを有するのが株主だ、と述べる者もいる 5

。このほか、株主というグループは、他の利害関係者のグループ(例えば債権者のグループ)に比して会社との利害関係についてのグループ内の異質性が小さいため、グループ内の利害調整を(他と比べれば)容易におこなうことができ、株主が議決権を持つことが、株式会社の効率的経営に資するのである、という説明がなされることもある 6

。 そして、以上の趣旨を端的に表明したものが一株一議決権原則であるといわれる 7

。ところが、ひとたび議決権買いがおこなわれると、上述したようには言い切れなくなるだろう 8

。そして、このようなインセンティヴの﹁歪み﹂によって発行会社の価値が毀損されるおそれがあること、そして議決権買いの当事者以外の株主(以下では、単に﹁他の株主﹂ということがある)の利益を害する可能性があることを根拠として、議決権買いを禁止すべきという議論にも、一応の説得力はありそうだといえる。しかしながら、そもそも集合行為問題や合理的無関心 9

、私的便益 ₁₀

追求行為の存在ゆえに、経営監督是正を通じた株主の企業価値最大化インセンティヴというものは、期待し難い場合も多いのではなかろうか。このように考えれば、現代の、とりわけ上場会社において、﹁その有する経済的所有権に比例した議決権をもつこと﹂ 一八一〇

(6)

(    同志社法学 六四巻六号一六三 が当然に﹁当該会社の価値を最大化するインセンティヴを有している状態﹂だと言うことはできないように思われる。実際に法は、議決権と経済的所有権とを分離させる仕組みを全面的に禁止するのではなく、むしろ一定程度はこれを許容した上で、濫用の危険の大きいものについて特別の規制を設ける、という態度を取っている ₁₁

。そうだとすると、法的に見てどのような議決権買いが濫用事例に当たるのか、その根拠と共に検討する必要がある。 議決権と経済的所有権との分離の問題は、ヘッジ・ファンドの活動が活発だった時期に、

em pt y vo tin g

等の﹁新たな議決権買い ₁₂

﹂に対する懸念と関連して注目を浴びたものの ₁₃

、現在は、(

em pt y vo tin g

が問題となる事案自体が減少したためか否かは不明であるが)米国の学界においても、かつてほど激しい議論はおこなわれていないようである。しかしながら、﹁議決権と経済的所有権との分離が制約を受けるのはなぜか﹂、﹁議決権と経済的所有権との分離に対する望ましい規制のありかたとは、どのようなものか﹂、という問題について、議決権買いを素材として検討することは、今なお意義を失っていないと考える。議決権買いは、議決権と経済的所有権との分離手段の中でも取締役や支配株主などの会社内部者以外の者が比較的容易におこなえる方法であり、これを許容した方が、会社ひいては社会全体にとって望ましい結果を生むかもしれない。そこで本稿では、議決権買いに関する判例法が発達している米国のルールを分析対象として、上述した議決権と経済的所有権の分離の問題について検討する ₁₄

。以下では、撤回できない委任状等を用いて、議決権の買い手(以下、﹁議決権買収者﹂という)が積極的に議決権を買いにいくタイプの議決権買い(﹁新たな議決権買い﹂との区別のため、以下、﹁伝統的な議決権買い﹂という)を取り扱う。このような議決権買いは、古くから判例法理によって禁じられていた。しかしながら、デラウェア州においては、一九八二年の

Sc hr eib er v . C ar ne y

(以下、﹁

Sc hr eib er

判決﹂という ₁₅

)により、議決権買いは﹁当然に違法﹂から﹁原則適法﹂へと、その規律が大きく転換された ₁₆

Sc hr eib er

判決はその後のデラウェア州の判例においても踏襲されており、議決権買いの適法性審査の枠組みとし

一八一一

(7)

(    同志社法学 六四巻六号一六四

て定着したようである ₁₇

。また、二〇一〇年の

K ur z v. H old br oo k

(以下、﹁

K ur z

判決﹂という ₁₈

)において、傍論ではあるが、﹁新たな議決権買い﹂にも﹁議決権買い︹に関する規律︺の基本理念が妥当する﹂と述べられているため ₁₉

、﹁新たな議決権買い﹂を規律するルールについて検討する際も、従来の判例法理の分析は不可欠といえる。そこで、判例法理を読み解き、裁判所の示したルールに関する評価を加えることとする。 以下では、まず、議決権と経済的所有権とを分離する仕組みや、その問題点として指摘されていることを述べる(一)。それから、時系列に沿って、

Sc hr eib er

判決以前(二)、

Sc hr eib er

判決(三)、

Sc hr eib er

判決後(四)、と判例法理について分析し、五でそれまでの分析に基づく評価とまとめをおこなう。

一 議決権と経済的所有権の分離に伴う問題

 株式会社の株式に係るコントロール権(議決権)とキャッシュ・フロー権(経済的所有権)との比例的関係を崩すことにより、特定の株主が支配権を強化する様々な仕組み(

C on tr ol- E nh an cin g M ec ha nis m

といわれている。以下では、﹁

C E M s

﹂と表記する)は、世界各国で用いられている。とりわけ大陸ヨーロッパの国々では、上場会社においてさえ、創業者一族支配の安定などを目的として、多く取り入れられる傾向にある。しかしながら、近年、欧米の機関投資家を中心に、一株一議決権を重視する流れが定着し、

C E M s

に対する批判は強まっている。議決権と経済的所有権との分離現象について批判の対象とされているのは、﹁

C E M s

﹂という言葉の通り、﹁支配の固定化﹂である ₂₀

。しかしながら、議決権と経済的所有権との分離の手法の中には、支配力の維持を図る内部者(典型的には経営者)だけでなく、例えば、当該会社の価値向上を目指す外部者によって利用されうるものもある。本稿の分析対象は後者であるが、両者の違いを 一八一二

(8)

(    同志社法学 六四巻六号一六五 明らかにするため、

C E M s

として議論されている仕組みについても、ここで概観しておく。やや迂遠ではあるが、このような検討を通して、本稿が分析対象として議決権買いを選択した理由が明らかになるものと考える。

1 

C E M s

の仕組み ₂₁

 

C E M s

には、大きく分けて、①議決権を利用して支配権を強化するもの ₂₂

、②支配権を固定化するもの ₂₃

、③その他 ₂₄

、があるといわれる。本稿との関係では、①、とりわけ、議決権と経済的所有権との数量的な比例関係が崩されてしまう仕組みが重要なので、これについて、米国のルールを例にとって説明する。 これには、まず、議決権の数(複数議決権株式 ₂₅

や劣後議決権株式 ₂₆

)や議決権を行使できる事項(議決権制限株式や無議決権株式 ₂₇

)に差異のある、複数の株式を発行するという方法がある。米国の州会社法においては一株一議決権が原則であるが、これは任意法規であるため、基本定款の定めによって変更することが認められている ₂₈

。例えば、複数の種類株式の間で議決権の数に差異を設けることが認められており、他と比較して議決権の多い普通株式や、他よりも議決権の少ない普通株式を発行することも可能である ₂₉

。このように、複数の種類の普通株式間で議決権の数に差異を設けた上で新規公開する場合、後述の

du al cla ss re ca pit ali za tio n

と区別して、

du al cla ss c ap ita l s tr uc tu re

といわれることが多い。内部者の保身に使われやすいとされる

du al cla ss re ca pit ali za tio n

とは異なり、親族経営の企業が当該一族による支配を維持しつつ市場で資金調達をおこなう、等の有益な目的の下で用いられる可能性が高いと説明される ₃₀

。 次に、よく似たものであるが、

du al cla ss re ca pit ali za tio n

も、この形態に分類される。典型的な

du al cla ss re ca pit ali za tio n

は、会社が資本構造を議決権に差異のあるものに変更した上で、内部者が(相対的に)多くの議決権の付された種類の株式を保有し、他の株主が保有するのは(相対的に)少ない議決権の付された種類の株式である、と

一八一三

(9)

(    同志社法学 六四巻六号一六六

いう状態にすることである。これについて最も問題視されているのは、内部者以外の者は必ずしも議決権を高く評価していないため、内部者が市場価格を支払うことなく支配権を取得することが可能になるという点である。これは、個々の株主にとって個々の議決権の価値が、相対的に少ない議決権の付された株式において約束された配当よりも低いためであると説明される ₃₁

。現在では、ほとんどの

du al cla ss re ca pit ali za tio n

が、取引所の上場規則で禁止されている ₃₂

2 

C E M s

の問題点 

C E M s

によって、一般に、次の問題が生じるとされる。

①  外 部 株 主 の 支 配 権 へ の 影 響

 内部者以外の株主による監督是正権が失われること自体を問題視する見解も存在する ₃₃

②  利 益 相 反 問 題 へ の 影 響

 議決権と経済的所有権との分離は、投資に係る意思決定を歪め、内部者が会社財産の搾取(過剰な報酬、会社財産の有利な価格での購入、自己の財産の会社に対する有利な価格での売却など)によって私的便益を得る原因となる、と指摘する者もいる ₃₄

。その有する経済的利害関係に比例しない数の議決権を有する者には、その意思決定の結果として発生する損益の全部または一部が帰属しないからである ₃₅

一八一四

(10)

(    同志社法学 六四巻六号一六七

③  敵 対 的 買 収 へ の 影 響

 議決権と経済的所有権との分離は、会社支配権市場における非効率を招くとして、しばしば批判の的となる ₃₆

。議決権と経済的所有権との分離が起こっているような会社は、そもそも敵対的買収の対象会社となりにくいことが懸念されるのである ₃₇

。これは、効率的な企業買収の妨げとなるばかりか、敵対的買収による経営者の規律効果を弱めてしまう ₃₈

④  議 決 権 の 価 値 へ の 影 響

 外部投資家一人ひとりにとって、議決権は限定的な価値しか有していない。しかし、それらを集めて塊として評価すると、それぞれの価値を足し合わせたよりも高い価値を有しうる(支配プレミアム)。それゆえ、議決権の自由な取引市場を認めると、個々の議決権と塊としての議決権との間に存在する議決権価値の格差が、非効率的な結果を生じさせるおそれがある、と説明される ₃₉

。また、買い手にとっては株式よりも議決権のみを購入するほうがコストを低く抑えられるので、議決権買収者による会社財産の搾取が起こりやすくなる可能性が指摘される ₄₀

 以上の批判に対し、内部者による議決権と経済的所有権との分離を擁護する見解は、次のような反論をおこなっている。第一に、内部者が自己のリスクをヘッジすることにより、リスク回避的な傾向を緩和することができ、結果として、リスクは伴うが正の現在価値を有する事業計画を実行しやすくなる ₄₁

。第二に、議決権行使に関心を抱いていない株主から積極的に議決権行使をおこなう者へと議決権が渡ることで、株主の合理的無関心の問題や集合行為問題が改善される ₄₂

。とりわけ敵対的買収の場面において、対象会社株主が誤った判断、すなわち、当該会社の価値を毀損するような者に支配権を渡してしまうような判断をおこなう危険から、対象会社を守るという利点がある ₄₃

。第三に、経営者は株主と

一八一五

(11)

(    同志社法学 六四巻六号一六八

比べて会社について多くの情報を有しているため、

C E M s

を用いれば、株主による誤った判断を回避し、より効率的な経営をおこなうことができる ₄₄

。 他方で、外部者による議決権と経済的所有権の分離という観点からは、議決権の取得者による私的便益追求のおそれを排除できる場合には、議決権の直接的な取引を認めることにより敵対的買収に係る参入コストを低くすることが望ましいと主張される ₄₅

。 さらに、

du al cla ss c ap ita l s tr uc tu re

については、支配株主がその支配権を失うことなく新株発行による資金調達をおこなえるため、①支配権変動の懸念から有益な事業機会を逸してしまうことを防ぐことができ ₄₆

、②情報不足のため外部投資家が回避しがちな長期的投資を可能にする ₄₇

、と説明される。 以上に述べたように、議決権と経済的所有権との分離には、理論的にも賛否両論がある。また、この分離現象についての実証研究も数多くなされているが、その結論は必ずしも一致をみていない ₄₈

。例えば、二〇〇七年六月に欧州委員会が発表した﹁EU上場企業における資本と支配との比例的関係﹂に関する調査報告書は、EU加盟国を中心とする世界各国の機関投資家へのアンケート調査の結果から、

C E M s

をおこなっている企業の発行する証券は、そうでない証券よりもネガティヴに評価されると結論付けている ₄₉

。他方で、議決権と経済的所有権の分離が当該企業に及ぼす経済的な影響に関する実証研究を幅広く検証し、当該分離が実際に企業の経済的パフォーマンスにネガティヴに作用するかどうかについては、今後の更なる実証研究を俟たなければ解答できないと述べるものもある ₅₀

3 

C E M s

と議決権買いの相違点 議決権と経済的所有権との分離現象には、以上のような共通の問題があるが、それにもかかわらず本稿が分析対象を 一八一六

(12)

(    同志社法学 六四巻六号一六九 ﹁議決権買い﹂に限定するのは、議決権買いとそれ以外の分離現象との間に、次のような差異が存在すると思われるからである。 第一に、議決権買いの極端なケースでは、議決権買収者は、経済的なリスクをほとんど負わずに、発行会社株式の価値を毀損するような議決権行使をおこなうことができる。これに対し、例えば(議決権に係る定めの異なる)種類株式によって議決権と経済的所有権の分離をおこなう場合、相対的に議決権の多い株式を保有する者(通常は内部者)が発行会社株式の価値を毀損するような議決権行使をすれば、その者自身の有する株式価値の下落は避けられない。このことから、この場合の内部者は、少なくとも発行会社の価値を毀損するインセンティヴは有していないといえる。 第二に、とりわけ、(議決権に係る定めの異なる)種類株式を用いる場合、事前に開示されることが挙げられる。①議決権の数の異なる複数の普通株式を発行する場合、株式公開前におこなわれることが多く、市場において投資家が相対的に少ない議決権しか付されていない普通株式を購入する以前に、当該株式を発行していることにつき充分な開示がなされている。そのため投資家は、相対的に議決権の少ない株式の価値を評価した上で、投資の対象とすることができる ₅₁

。このことから、このような仕組みを採ろうとする内部者は、効率的でない議決権と経済的所有権の分離を回避するのではないかと考えられる。②

du al cla ss re ca pit ali za tio n

の場合も、株式公開後ではあるが事前に開示がなされ、株主による承認も要求される ₅₂

。これに対して、議決権買いは通常、株主の承認を得ておこなわれるわけではないし、事前に開示されないものも多い ₅₃

。それゆえ、議決権の売り手は、自らの有する議決権の価値を把握できないまま議決権を売り渡してしまうかもしれない。それだけでなく、とりわけ﹁新たな議決権買い﹂においては、議決権の売り手に当たる者の気づかないうちに議決権の売却がおこなわれている可能性すらある。そうすると、非効率的な議決権買いをおこなう者が損失を被る危険性は、より限定的なものとなるだろう ₅₄

。また、開示がなされないことで、逆選択の問題が起こるお

一八一七

(13)

(    同志社法学 六四巻六号一七〇

それもある ₅₅

。開示がおこなわれないということは、株式市場において、議決権と経済的所有権の分離に関する情報が織り込まれた株価形成がなされないということである。したがって、このような場合、議決権と経済的所有権の分離が市場において開示されないものであることを知っている合理的な投資家は、どの会社の株式に対しても、この分離が存在するものとみて、その株式の価値を割り引いて評価するであろう。そうすると、このようなケースにおいて、議決権と経済的所有権の分離が生じていない会社の経営者は、本来は望ましい株式の上場を躊躇してしまうかもしれない。その結果として、市場には、議決権と経済的所有権の分離が起こっている会社ばかりが残るかもしれないのである。以上の第一、第二の点から、議決権買いの場合の方が、発行会社の価値を増進させない議決権行使がなされて他の株主の利益が害される可能性が高い、といえるのである。 第三に、議決権買いは、会社内部者以外の者が用いることのできるスキームである、ということが挙げられる。すなわち、

C E M s

は会社内部者が会社の業務執行の一環としてその実行を決定しているのに対し、議決権買いは、敵対的買収者等、内部者以外の者にもアクセス可能な手段である。したがって、議決権買いには、内部者による搾取等の弊害だけでなく、例えば、会社支配権市場の効率性改善に寄与するなどの利点もある。

二 

Sc hr eib er

判決以前 ₅₆

1 議決権買いについての判例法理 

Sc hr eib er

判決が出されるまで、判例法において、議決権買いは当然に違法であるとされていた ₅₇

。ある論者の整理によれば、

Sc hr eib er

判決以前の判例が議決権買い﹁当然違法﹂の拠り所としていたのは、①議決権と経済的所有権との 一八一八

(14)

(    同志社法学 六四巻六号一七一 本質的不可分性、②政治的な票買いとのアナロジー、③株主の、他の株主に対する信認義務違反、の三つである ₅₈

㈠  議 決 権 と 経 済 的 所 有 権 の 本 質 的 不 可 分 性

 

Sc hr eib er

判決以前の判例においては、議決権と経済的所有権とは本質的に不可分であると解されていた ₅₉

。かつては、このような考え方の下で議決権信託や議決権拘束契約、撤回できない委任状に関する規制がおこなわれていた。また、これらの事情には、後述する一株一議決権の確立も関係しているものと思われる。

㈡  政 治 的 な 票 買 い と の ア ナ ロ ジ ー

 かつては、会社法上の議決権買いを禁ずる根拠として、政治的な票買いの禁止 ₆₀

が挙げられることがあった ₆₁

。では、政治的な場面で票買いが許されないのはなぜなのだろうか。 一般に、ある権利の取引を制限することを根拠づけるのは、道徳的観点および効率性の観点であるとされる ₆₂

。まず、道徳的な観点からの理由づけとしては、以下の二つがある。第一に、票買いにより、経済的に豊かな者が投票権を購入し、貧しい者が投票権を売却する結果、もともとある経済的不平等に加えて、本来的には平等であるべき政治的権利にも不平等が生じることとなる ₆₃

。第二に、票買いは、﹁個人が、自分自身にとっての利害だけでなく社会全体にとっての利害を考慮して投票権を行使することが、社会にとって望ましい﹂という規範に抵触する ₆₄

。次に、効率性の観点からは、票買いによって選挙に勝った者が、政治的権限を用いて票買いの費用を回収するなど、公的機関の財産を収奪する危険性が指摘されている ₆₅

。 このような根拠自体の分析は措くとしても、それらが会社法上の議決権買いの禁止とどのような関わりを持つかとい

一八一九

(15)

(    同志社法学 六四巻六号一七二

うことについては、別途検討しなければならない ₆₆

。上記の道徳的観点からの説明に関しては、①株式会社の目的は株主利益最大化であり、より経済力のある者がより大きな議決権を獲得できたとしても、当然には非難の対象とならない ₆₇

、②株主に対し、自分以外の利益を考慮して議決権を行使するよう要求する根拠はないし、それを強制する手段もない ₆₈

、という二点から、会社法上の議決権買い禁止の根拠とはならないといえよう。他方で、株式会社において議決権買いをおこなった者が会社財産の収奪をおこなう危険性があることは、容易に想像がつくであろう ₆₉

。したがって、効率性の観点からの説明については、会社法上の議決権買い禁止の根拠としても通用するといえる。 効率性の観点からの説明は、次のように言い換えることもできる。議決権買いによって議決権と経済的所有権との結びつきが断たれてしまうと、議決権行使の結果議決権行使者が得られる利得とその者が負うリスクとの間に不均衡が生じる。そして、もし議決権取引において議決権の売り手に対し、適切な対価が支払われないのであれば、この不均衡は無用のコストを生じさせるだけである ₇₀

。裏を返せば、議決権の売り手への対価の公正性が確保されていれば、議決権買いによって生じる議決権と経済的所有権との分離も、許容されるべき場合があるといえる。 議決権買いを肯定的に捉えている論者も、議決権買収者による会社財産収奪の危険性については認識しており、これには既存の責任追及制度や市場メカニズムによって相当程度対応できると述べている ₇₁

。しかしながら、例えば、議決権買いの対象となった議決権が現実に行使されず、会社財産を引き出すために用いられた場合には、そのような是正手段は機能しない。こうした傾向は、議決権買収者が当該会社の株式をあまり保有していない場合に強くなると考えられ、このようなケースでは、議決権買いそれ自体を違法と解する必要があるといえる。 一八二〇

(16)

(    同志社法学 六四巻六号一七三

㈢  株 主 の 、 他 の 株 主 に 対 す る 信 認 義 務

 議決権の売却を、株主の、他の株主に対する信認義務違反であるとする判例は、㋐個々の株主の独立した意思を尊重すべきである ₇₂

、㋑議決権買いは公序(

pu bli c po lic y

)に反し、他の株主に対する詐欺に当たる ₇₃

、という二点から説明を試みた。また、それに加えて、全株主の同意がないことや ₇₄

、他の株主に対して議決権買いの事実が開示されていないことに言及し ₇₅

、議決権買いによって取得された議決権が行使されても、その有効性を認めない判例や、法ルールが、﹁株主が会社に対して有する経済的利益が会社の利益向上に寄与するような議決権行使を導くこと﹂を前提として設計されている ₇₆

、と説明する判例もあった。 裁判所は、株主総会において﹁不適切﹂な、すなわち当該会社の利益に反する決定がおこなわれることそのものではなく、(他の株主によって共有されないような)ある株主の個人的な利害関心によって動機づけられた決定がおこなわれることを危惧していたのであった ₇₇

。議決権の売り手は、他の株主と共通した株主としての利益ではなく、私的な利益を図るために議決権を行使する可能性があり、その結果、他の株主が不利益を被るかもしれない ₇₈

、という古くからの懸念に対しては、裁判所の認識および学説において、異論がない。しかしながら、いみじくも

Sc hr eib er

判決が述べたように ₇₉

、多数の株主が分散している現代の上場会社において、株主同士が互いに信認義務を負うと捉えることには、無理がありそうであり ₈₀

、より論理的な説明が必要だといえる ₈₁

2 議決権買い﹁当然違法﹂の背景事情 

Sc hr eib er

判決が出される前、少なくとも、議決権買いの積極的評価がされ始める一九七〇年代末以前は、議決権と経済的所有権との本質的不可分性が、当然のものとして捉えられていた。このような背景事情の下、取引所により一株

一八二一

(17)

(    同志社法学 六四巻六号一七四

一議決権が義務付けられ、裁判所は議決権信託・議決権拘束契約に対して厳格な立場を取っていた。議決権と経済的所有権との分離を許さないというこれらの姿勢は、議決権買いに対する司法判断にも影響していたはずである ₈₂

。そこで、以下では、

Sc hr eib er

判決以前の、議決権と経済的所有権との分離に対する規律について概観する。

㈠  議 決 権 信 託 に 関 す る 規 律

 議決権信託とは、複数の株主が、集団として議決権を行使することを目的として、特定の主体に株式を信託することである ₈₃

。﹁議決権﹂信託といわれるが、法律上は、株式の信託(信託目的での株式の名義変更)であり、議決権のみを信託するわけではない ₈₄

。 米国においては、一九世紀後半には既に、議決権信託が用いられていたようである。ところが、議決権信託が企業独占の手段として利用されたため、株式の信託によるトラストは禁止されることとなった ₈₅

。その後、二〇世紀初頭に、存続期間に制限が設けられている議決権信託 ₈₆

が州会社法上および判例上適法とされるまでは、議決権信託自体が違法なものであると解されており ₈₇

、とりわけ、議決権信託に絡んで財産上の利益が供与されたケースで、当該契約自体および当該契約に関連して成立した株主総会決議の無効判決が、相次いで出された ₈₈

。議決権買いに該当しないような議決権信託であっても、一九世紀末ごろの判例は、その目的の如何を問わず違法であるとしていたが ₈₉

、二〇世紀に入ったころから、議決権信託を当然に違法とはせず、その目的や契約内容が制定法やコモン・ロー、そして公序(

pu bli c po lic y

)に反しない限り ₉₀

、当該議決権信託を有効と解する判例が増加した ₉₁

。このように、二〇世紀に入って議決権信託が許容されるに至ったのは、経済発展に伴って、経営の継続性を達成する必要が生じ、そのための手段として議決権信託が有用であったためであるといわれる ₉₂

。他方で、議決権信託に対して疑いの眼差しを向け続ける州も存在した ₉₃

。議決権信託に対する 一八二二

(18)

(    同志社法学 六四巻六号一七五 根強い反対論の背景には、当時、議決権信託を用いた所有なき支配によって、会社支配の寡占化が進行していったことに対する、人々の不信感があったという ₉₄

㈡  議 決 権 拘 束 契 約 に 関 す る 規 律

 議決権拘束契約とは、株主総会における議決権行使に係る株主間契約である ₉₅

。この契約は当事者間で有効と解され、米国においては、不履行の場合には、損害賠償のみならず特定履行も認められる ₉₆

。 米国においては、議決権信託と同様に議決権拘束契約も、一九世紀から現在に至るまで広く用いられている。かつては、議決権拘束契約を一般に無効とする判例も存在した。議決権買いについての判例法理に関連して既に述べたように、議決権と経済的所有権とは本質的に不可分であるという考え方や ₉₇

、株主は会社の利益のために議決権を行使することについて他の株主に対する信認義務を負っているのだという考え方が ₉₈

、その根拠となっていた。しかしながら、所有と経営の分離が進むに連れ、株主同士が団結する必要性が認識されるようになり、議決権拘束契約自体は﹁当然に違法﹂ではなくなった ₉₉

。契約当事者に不法・不当な意図があったり、当該契約により不当な結果が生じたりすることのない限り (00

、議決権拘束契約は有効と解される (0(

。もっとも、当該議決権拘束契約が議決権買いに該当する場合、議決権買いの適法性審査に服するため、

Sc hr eib er

判決以前においてこのような契約は無効と解されていた (0(

㈢  撤 回 で き な い 委 任 状 に 関 す る 規 律

 ある株主は、他の株主に対して、取り消すことができない委任状を交付することによって、委任内容通りの議決権行使をさせることができる (03

。これを、﹁撤回できない委任状(

irr ev oc ab le p ro xy

)﹂という (04

。米国においても、株主は、議

一八二三

(19)

(    同志社法学 六四巻六号一七六

決権行使についての代理権授与を、いつでも撤回できるというのが原則である。しかしながら、当該代理権が当該株式そのものについての利益または発行会社における一般的な利益と結び付けられている(

co up le d w ith a n i nt er es t

)場合、﹁撤回できない﹂とされているのである (05

。議決権行使に係る委任状が撤回できなくなるのは、当該代理権が、その本人(株主)の利益を保護するために付与されている場合だけではない。雇用や報酬など、代理人の通常の利益を上回る、ある独立した利益を保護するために付与されている場合には、﹁利益と結び付けられている﹂と認められるのである (06

。なお、この利益は、議決権と比例的な関係にあることを要しない (07

。こうした﹁撤回できない委任状﹂を勧誘する際に、勧誘者が財産上の利益を供与することによっても、議決権買いは成立する。 一九三四年の証券取引所法制定以前、委任状勧誘は、各州の制定法の規定や裁判所の判決、および代理の一般原則以外には特別の規制を受けていなかった (08

。また、委任状勧誘に関する情報開示や授権について、各州の制定法・判決には曖昧な点が多かったようである (09

。議決権信託等と同様に、株式の所有者と議決権行使者とを切り離すこと自体が問題視され、撤回できない委任状を一般的に無効と解する考え方も存在したが、徐々に、勧誘者

当も不法・不となのれでない限りはがそ効るたっなにうよれ、さ解所が審査し有 ((0 -株主判裁ていつに約契の間

。もっとも、撤回できない委任状の勧誘と関連して財産上の利益の授受がおこなわれた場合は、議決権買い当然禁止のルールに則って、そのような勧誘者の議決権行使は無効と解されていた (((

㈣  ニ ュ ー ヨ ー ク 証 券 取 引 所 に よ る 一 株 一 議 決 権 の 義 務 付 け

(((

 米国のコモン・ローにおいては、一人一議決権(持株数にかかわらず、個々の株主が一つずつ議決権を有する)が採用されていたとされるが ((3

、一九世紀以降、次第に一株一議決権(株主は、持株数に応じた議決権を有する)が定着して 一八二四

(20)

(    同志社法学 六四巻六号一七七 いった ((4

。州会社法において一株一議決権が義務付けられていたわけではないが ((5

、このような規律の下であっても、二〇世紀初頭までは、一株一議決権に則った議決権配分がおこなわれていたようである ((6

。ところが、無議決権普通株式が普及するようになり ((7

、その濫用的な利用に対する大衆の不満が高まった一九二〇年代頃になると ((8

、この規制のありかたは変容を迫られることとなった。 ニューヨーク証券取引所は一九二六年一月、初めて無議決権普通株式の上場を拒否した。そして、議決権について慎重な態度を取る旨を宣言した ((9

。これ以後、﹁一株一議決権原則﹂が確立され、事実上、米国の上場会社を支配する原則として受け入れられていったのである ((0

3 議決権買いについての積極的評価とそれに対する批判 

Sc hr eib er

判決が出される前、少なくとも、議決権買いの積極的評価がされ始める一九七〇年代末以前は、議決権と経済的所有権との本質的不可分性が、当然のものとして捉えられていた。もっとも、株式会社における議決権買いを政治的文脈における票買いとパラレルに考えることの不合理性については、指摘されていた (((

。しかしながら、議決権買いに関して初めて積極的な評価をおこなったといえるのは、やはり

C la rk

であろう。彼は、議決権買いを①議決権付普通株式の購入、②株主としての経済的利益に比例的でない量の議決権の購入、③株主としての利益とは異なる利益追求を目的とする議決権のみの購入、④会社経営に影響を及ぼすことで利益を得ることを目的とする議決権のみの購入、に分類し、③④を否定しつつ、②についての全面的な禁止に対して疑問を投げかけた (((

C la rk

は、株主の議決権と経済的所有権との比例的関係が、株主の議決権行使に対して望ましい、すなわち企業価値を最大化するインセンティヴを与えることを認識しつつ、②の許容によって、株主の合理的無関心の問題が改善されるのではないかと考えた ((3

。この主張に対

一八二五

(21)

(    同志社法学 六四巻六号一七八

しては、

E as te rb ro ok

F isc he l

から、議決権と経済的所有権との分離がもたらすエージェンシー費用の増加を考慮していないという批判がなされた ((4

4 小括 

Sc hr eib er

判決以前において、議決権買いは当然に違法であると解されていた。歴史的には、まず、議決権信託等の、議決権と経済的所有権の分離を生む手段が一般的に禁止されていた時期があった。その後、州ごとに時期的な差は存在するものの、社会的な必要性から、それらの手段を﹁当然に違法﹂とするのではなく、内容面の不法・不当性を裁判所が審査するという方式へと変わっていった。他方で、上場会社において一株一議決権原則が確立されたことにより、株式のクラスと議決権の数を調整することによる議決権と経済的所有権の分離は事実上不可能となった。 そのような中で、議決権買いは判例上許容されないままであった。

Sc hr eib er

判決以前の判例は、議決権買いを﹁当然に違法である﹂と解することで、議決権買いを利用して会社の利益に反する議決権行使がなされる危険を回避しようとしていた。とりわけ、

Sc hr eib er

判決の直前の判例は、先例を引用しただけで、ただちに議決権買いを当然に違法と判じている ((5

。しかしながら、そもそも、それらの判例において挙げられた根拠そのものについて、﹁なぜそのように考えられるのか﹂という分析が不充分であったと思われる。また仮に、それらが、当該判断がなされた当時、議決権買い禁止の説得的な理由であったとしても、そのような理由が現在においても同様に妥当するとは限らない。議決権買い﹁当然違法﹂の根拠とされたのは、①議決権と経済的所有権との本質的不可分性、②政治的な票買いとのアナロジー、③株主の、他の株主に対する信認義務違反、であった。①については、議決権信託等の許容により説得力を失い、②については、判例において次第に言及されなくなったようである。③についても、株主は自己の利益判断に従って自由に議決 一八二六

(22)

(    同志社法学 六四巻六号一七九 権を行使できるという考え方へと移行していった ((6

。そうすると、残る懸念は、議決権売買の当事者以外の株主の同意を得ていない、または、そのような株主への開示がなされていない、という点である。このほか、﹁当該取引に不法・不当な目的が存在するか否か﹂、﹁当該取引が不当な結果を招かないかどうか﹂という、議決権と経済的所有権との分離手段一般について裁判所が用いていた審査基準は、議決権買いについても当然に妥当するものであったといえる。

三 

Sc hr eib er v. C ar ne y

1 事案の概要と判旨

【 事 案 の 概 要 】

 デラウェア州の株式会社である

Te xa s I nt er na tio na l A irl in es

(被告。以下、﹁TI社﹂という)は、四種類の株式(普通株式、A・B・C種優先株式)を発行していた ((7

。一九八〇年六月一一日、TI社の定時株主総会(以下、﹁本件株主総会﹂という)において、デラウェア州の株式会社である

Te xa s A ir

(以下、﹁TA社﹂という)との合併(TA社株式を対価とする完全子会社化。以下、﹁本件組織再編﹂という)が圧倒的多数の賛成により可決された。これにより、TI社株主は、その有するTI社株式と同数のTA社株式を取得することとなった。 TI社の基本定款においては、本件組織再編に必要な﹁株主総会における過半数の承認﹂と認められるためには、①普通株式の過半数、②A種優先株式の過半数、③B種・C種優先株式の過半数、を全て満たさなければならないとされていた。ところが、本件組織再編の計画段階で、TI社の全発行済C種優先株式(TI社の発行済株式の三五%に当たる)を保有していた

Je t C ap ita l

(被告。以下、﹁J社﹂という)が、本件組織再編への反対を表明した。これは、J社

一八二七

(23)

(    同志社法学 六四巻六号一八〇

がTI社普通株式のコール・オプションを多数保有しており、本件組織再編に伴って税法上の利益が生じてしまうという懸念があったからである。J社が本件株主総会において反対の議決権行使をすれば、上述した過半数の要件を満たさなくなり、本件組織再編は不可能となる。そこで、TI社経営陣は、本件組織再編前にJ社がコール・オプションを行使できるよう、行使資金を融資すること(以下、﹁本件融資﹂という)を決定した。また、TI社取締役とJ社取締役とを兼任している者が存在することから、J社と利害関係をもたない取締役三名を中心とする特別委員会が組織された ((8

。特別委員会は、独立した投資銀行の助言を得て、㋐本件組織再編がTI社にとって有益であることを確認し、㋑J社の賛成を得るための手段としてはコール・オプション行使資金の融資が適切であると判断した。TI社の取締役会は、特別委員会の提案に賛成し、この案を株主総会に提示した。この提案が成立する条件としては、ⅰ全社外株式の過半数の賛成、ⅱJ社およびその役員・取締役以外の株主の有する、行使された議決権の過半数の賛成、が提示された。そして、この条件の下、上述の提案は可決された。 TI社の株主であったXは、TI社とJ社とを被告とし、﹁TI社からJ社になされた融資は議決権売買に該当し、本件組織再編は無効であること﹂の確認を求める株主代表訴訟を提起した ((9

【 判 旨 】

 デラウェア州衡平法裁判所は、次のように述べ、原告のサマリー・ジャッジメントの申立てを認めなかった (30

 ① 議決権買いの定義 ﹁議決権買い﹂というとネガティヴな含意がありそうだが、これは端的に言えば、﹁株主が個人的に対価を受け取り、 一八二八

(24)

(    同志社法学 六四巻六号一八一 それによって、当該株主が議決権行使に係る自由裁量を放棄し、議決権買収者の指図に従って議決権を行使する、という議決権拘束契約﹂である (3(

。本件融資は、この議決権買いに該当する。被告側は本件融資が議決権買いに当たること自体は争わなかったが、﹁議決権買いの適法性は、その対象あるいは目的が他の株主に対して詐欺的であったり(

fra ud

)、何らかの方法で他の株主を害するものであったり(

dis en fra nc his e

)するかどうかにより判断されるべき﹂であると主張する。そこで、まずは議決権買いを当然に違法である(

pe r s e ille ga l

)と判断してきた従来の判例法理に関する分析をおこなう。

 ② 議決権買いは﹁当然に違法﹂とすべきか これまでのデラウェア州の判例は、議決権の売買が認定できると即座に、公序(

pu bli c po lic y

)に反する、または、他の株主に対する詐欺である、として、無効の判断をしてきた (3(

。しかしながら、これらの事件における事実関係を見れば、議決権買いの目的が詐欺あるいは他の株主を害するものであることは明白であった。他方で、本事案においては、議決権の売買が、㋐全ての関連する事実についての完全な開示の後、利害関係のない株主の過半数の賛成を得ることを条件としていた、㋑被告側の主張によれば、TI社の全ての株主の最善の利益のためにおこなわれた、という特殊性があった。そこで、これまで議決権買いが当然に違法であるとされてきた理由について、詳しく見ていくこととする。 その一つ目の理由は、議決権買いの対象や目的が他の株主に対して詐欺的であったり、他の株主を害するものであったりすることである。詐欺的な目的とは、コモン・ローにおいて定義されているように、他者の財産権に不利に作用するような欺瞞(

de ce it

)をいう (33

。そして、二つ目の理由は、﹁個々の株主は他の株主の独立した判断を信頼する権利が与えられるべきである﹂という考え方に基づき、議決権買いは公序に反する、というものである。この二点目について

一八二九

(25)

(    同志社法学 六四巻六号一八二

も、詐欺という観点が見受けられるが、これは、全ての株主が他の株主に対して負う義務としての意味合いをもつ。すなわち、議決権を売却した者は、他の株主と共通した株主としての利益ではなく、個人的に得る利益、つまり対価に従って議決権を行使する可能性があり、これが他の株主に対する信認義務違反を構成するとされたのである (34

。そして、この公序違反の理論の根幹をなしているのは、議決権買いの結果、他の株主に損害や悪影響が及ぶ危険性であった (35

。 しかしながら、本件においては、議決権買いが㋐全ての関連する事実についての完全な開示の後、利害関係のない株主の過半数の賛成を得ることを条件としており、㋑TI社の全ての株主の最善の利益のためにおこなわれたのであって、公序違反の理論は妥当しない。さらに言えば、上述した公序なるものは、もはや時代遅れの遺物である。それはⅰ多くの株主が分散している現代の株式会社において、この原理を貫徹することが不可能(

im pr ac tic ab le a nd im po ss ib le

)であり (36

、そして、ⅱ議決権拘束契約・議決権信託に対し、デラウェア州の裁判所が柔軟な態度を取っている (37

から、である。 したがって、議決権買いの対象や目的が他の株主に対して詐欺的であったり、何らかの方法で他の株主を害するようなものであったりしない限り、当然に違法であるとはいえない (38

。これは、議決権買いがどのような場合でも許されるということを意味するものではない。議決権買いは容易に濫用することが可能であり、本質的公正性テスト(

in tr in sic fa irn es s t es t

)に服する、取消し可能な取引であると解釈されなければならない (39

 ③ 本件融資は違法な議決権買いに該当するか 本件融資はTI社の全ての株主の最善の利益のためにおこなわれたものであり、その対象や目的が他の株主に対して詐欺的であったり、何らかの方法で他の株主を害するようなものであったりするわけではない。たしかに、議決権売買契約は取消し可能(

vo id ab le

)であるが、他方で、株主の承認により容易に追認できるものである (40

。そして、本件融資 一八三〇

参照

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