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中国における「法律の留保」の概念について

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(1)

一 はじめに

 日本や台湾の公法学において、法律の留保の原則が法律による行政の原 論 説

中国における「法律の留保」の概念について

―立法法の解釈論を手掛かりに―

牟   憲 魁

一 はじめに

二 法律の留保の概念の導入

  (一)1982年憲法における法律の留保の欠如   (二)1997年行政処罰法における法律の留保の登場   (三)2000年立法法を契機とする法律の留保の展開 三 立法法 8 条、 9 条の解釈論と法律の留保の概念の変容   (一)法律の留保の理論構成

     1  憲法の意味での法律の留保と行政法の意味での法律の留保      2  憲法の意味での法律の留保―絶対的留保と相対的留保の区分      3  行政法の意味での法律の留保―いわゆる「重要事項留保説」

  (二)学説の分岐点

     1  一般的な法律の留保をめぐる対立      2  法律の留保の概念を再構築する試み 四 法律の留保の現状認識

  (一)立法法の制度設計   (二)法律の留保の有無   (三)不完全法律留保説の提唱 五 結びにかえて

(2)

172  早法 93 巻 3 号(2018)

理の一部として定着しているのに対し、中国大陸では、「法律の留保」は 2000年に立法法が制定されてからはじめて活発に議論され、現在、行政 法の基本原則として多くの教科書に掲載されている。しかし、立法法が中 国特殊な事情に生まれたことから、その解釈論における種々の概念には、

法律の留保と似て非なるものが多い。他方、今日でも、一部の有力な学者 が教科書の中で行政法の基本原則を論じる際に、法律の留保の原則を取り 上げることはなく(1)、それゆえ、法律の留保の原則が果たして導入されたの か、という疑問が生ずる。

 本稿は、法律の留保をめぐる公法の改革や学説の展開を考察することを 通じて、法律の留保の原則が導入されたのか、その背後には中国の公法学 がどのように現実に対応しているのかを検討しようとするものである。ま た、2000年立法法の成立をきっかけに、法律の留保をめぐる議論が本格的 に展開されてきたことに鑑み、本稿は立法法 8 条、 9 条の解釈論を手掛か りとして、法律の留保の概念の継受と変容を分析し、それにかかわる公法 上の課題を検討する。

(1) 羅豪才主編『行政法学』(北京大学出版社、2001年)22頁以下(羅豪才・甘 ・瀋執筆)、朱新力主編『行政法学』(高等教育出版社、2004年)57頁以下(金 偉峰執筆)、王学輝主編『行政法輿行政訴訟法学』(科学出版社、2008年)78頁以下

(張向東執筆)、王学輝主編『行政法輿行政訴訟法学』(法律出版社、2011年)56頁 以下(鄧蔚執筆)、胡建淼『行政法学(第 3 版)』(法律出版社、2010年)45頁以下、

余凌雲『行政法講義』(清華大学出版社、2010年)76頁以下、江国華編著『中国行 政法(総論)』(武漢大学出版社、2012年)14頁以下、章剣生『現代行政法総論』

(法律出版社、2014年)38頁以下、章剣生『行政法輿行政訴訟法』(北京大学出版 社、2014年)30頁以下、余凌雲『行政法講義(第 2 版)』(清華大学出版社、2014年)

78頁以下、姜明安主編『行政法輿行政訴訟法(第 6 版)』(北京大学出版社・高等教 育出版社、2015年)64頁以下(姜明安執筆)。

(3)

二 法律の留保の概念の導入

(一)1982年憲法における法律の留保の欠如

 1982年憲法89条は国務院の職権を規定し、その第 1 項として「憲法及び 法律を根拠として、行政上の措置を定め、行政法規を制定し、並びに決定 及び命令を発布すること」を掲げた。同条に基づいて、国務院が行政法規 の制定権を頻繁に行使し、実際上、全人代(全称:全国人民代表大会)の役 割を代行した。それは、全人代による立法が慎重さを要することから、行 政法規が先行し、条件が熟してから全人代が法律を制定すると敷衍されて いる(2)。しかし、なかなか「成熟」できず、批判の対象となった行政法規も 少なくない。端的なものとして、公安局に 1 年から 4 年の禁錮・懲役を決 定できる行政処罰権を認めた労働教養試行弁法(1982)が挙げられる。

 全人代による法整備が遅れていた一方で、「組織法があれば行為法があ る」という観念が一般的なものとなっていた。すなわち、行政機関がある 事務を処理する職権をもつなら、この職権を行使するために必要なあらゆ る措置を取られると考えられていた。このような観念の下で、法律の留保 が重視されないのは当然の成り行きであろう(3)

 1989年に行政訴訟法が成立し、同法により、裁判所が行政立法と行政文 書を含める「抽象的行政行為」を審査できず、「具体的行政行為」のみ審 査できることになった。また、行政法学者の指摘によれば、行政処罰を除 き、裁判所が行政行為の合法性問題のみ審査でき、行政行為の合理性問題 を審査できないのである。両者の違いについて、「一般には、凡そ法律規

(2) このような考え方は今でも、立法法の文言から読み取ることができる。同法11 条は、「授権立法事項は、実践による検証を経て、法律を制定する条件が熟した時、

全国人民代表大会及び同常務委員会が速やかに法律を制定する。法律が制定された 後、当該立法事項の授権は終了する」と定めている。

(3) 姜明安・余凌雲主編『行政法』(科学出版社、2010年)70頁(李洪雷執筆)。

(4)

174  早法 93 巻 3 号(2018)

則で規定された問題が合法性の問題に属し、法律規則で規定できない問題 のみ合理性の問題に属す可能性がある」と指摘されている(4)

 このような背景の下で、法律の留保の概念は90年代末まで行政法の教 科書にはほとんど言及されていなかった。これに対し、行政訴訟法成立の 同年に出版された羅豪才編集『行政法学』(1989)が、行政法の基本原則 を行政合法性原則と行政合理性原則と結論付け(5)、その後、90年代の通説と なった(6)

 しかし、法律の留保の観念は、当時の学説にまったく反映されていない ともいえない。羅豪才の説明によれば、行政合理性原則(7)が行政自由裁量権 の存在と拡大に由来するものであり、行政合法性原則はいかなる行政職権 の行使も法律に依拠しなければならないという要請を含めるものである(8)。 この要請が一般に「職権法定原則」と表現されているが、いわゆる「職権 法定」は、法律の留保の伝統的な意味と共通するものである(9)。その出現

(4) 葉必豊『行政法学(修訂版)』(武漢大学出版社、2003年)111頁。

(5) 羅豪才主編『行政法学』(中国政法大学出版社、1989年)35頁以下(羅豪才執 筆)。同書は行政法の基本原則を行政法治原則に帰結し、さらに行政法治原則を行 政合法性原則と行政合理性原則に分けた。ちなみに、その前年に出版された羅豪才 主編『行政法論』(光明日報出版社、1988年)25頁以下は、行政法の基本原則を法 治原則(合法性原則、合理性原則、応急性原則を含む)と民主・効率調和原則に帰 結したのである。

(6) 行政法の基本原則について、90年代には、合法性原則と合理性原則のほかに、

責任行政の原則があるか行政公開の原則や行政効率原則があるなど、様々な学説が 噴出されていたが、それらの学説は基本的に合法性原則と合理性原則を中心として 展開されたものである(胡建淼主編『行政法学』(復旦大学出版社、2003年)31頁

(周佑勇執筆)、周佑勇『行政法基本原則研究』(武漢大学出版社、2005年)117頁)。

また、王学輝主編『行政法学論点要覧』(法律出版社、2001年)92―107頁、胡建淼

『行政法学(第 2 版)』(法律出版社、2003年)48―50頁、章志遠『行政法学総論』

(北京大学出版社、2014年)82―90頁参照。

(7) 行政合理性原則の内容として比例原則を紹介する最初の行政法教科書として、

陳新民『中国行政法学原理』(中国政法大学出版社、2002年)42頁、葉必豊『行政 法学(修訂版)』(武漢大学出版社、2003年)115頁が挙げられる。

(8) 羅豪才主編『行政法学(修訂版)』(中国政法大学出版社、1999年)54―56頁

(羅豪才執筆)。

(5)

は、組織法があれば行為法があるという観念の下で、職権命令が一般的と なっていた状況に由来すると思われる。

(二)1997年行政処罰法における法律の留保の登場

 ドイツでは、法律の留保の登場は、自由と財産に対する保護と関係して いる。中国の場合も同様であり、法律の留保は人身の自由を保護するため に登場し、1997年の行政処罰法がその表舞台であった。同法 9 条は、「人 身の自由を制限する行政処罰は、法律によってのみ設定することができ る」と規定した。

 その後、法律の留保の原則を最初に行政法の教科書に記したのは、応松 年編集の教科書『行政法学新論』(1998)である。彼はかつて当時の通説 を支持し、合法性原則と合理性原則を行政法の基本原則としていたが(10)、 1998年の教科書のなかで、行政法の基本原則を「法による行政」であると し、その内容の一つとして法律の留保を取り上げた(11)。法律の留保の概念に ついて、同書は次のように指摘している(12)

 「凡そ憲法、法律によって、法律のみが規定できると定められた事項は、

法律だけしか規定できず、若しくは法律による明確な授権があってはじめて

(9) 同様な指摘として、応松年『当代中国行政法(上)』(中国方正出版社、2005 年)92頁(劉莘執筆),劉莘『中国行政法』(中国法制出版社、2016年)37頁が挙げ られる。

(10) 応松年・朱維究主編『行政法輿行政訴訟法教程』(中国政法大学出版社、1989 年)53―57頁。

(11) 応松年主編『行政法学新論』(中国方正出版社、1998年)42―48頁(応松年執 筆)。

(12) 前掲応松年主編『行政法学新論』47頁(応松年執筆)。同様な指摘として、胡 錦光主編『行政法輿行政訴訟法』(高等教育出版社、2007年)30頁(胡錦光執筆)、

前掲胡建淼主編『行政法学』40頁(周佑勇執筆)、前掲周佑勇『行政法基本原則研 究』187―188頁、周佑勇主編『行政法専論』(中国人民大学出版社、2010年)82頁

(周佑勇執筆)、方世栄主編『行政法輿行政訴訟法学(第 4 版)』(中国政法大学出版 社、2010年)52頁(薛剛凌執筆)、方世栄・石佑啓主編『行政法輿行政訴訟法(第

3 版)』(北京大学出版社、2015年)43頁(戴小明執筆)などが挙げられる。

(6)

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行政機関がそれ自身の定立した行政規範で規定できる。学術書には、それが 法律の留保とよばれている。」

 そこにいう「法律の留保」は、行政行為よりも、むしろ行政立法を対象 としているが、その後の学説に大きな影響を与えた。なお、「法による行 政」の内容について、同書は「法律の留保」より先に、まず「職権法定」

を提示している(13)

(三)2000年立法法を契機とする法律の留保の展開

 現行1982年憲法は全人代常務委員会に基本法律以外の法律の制定権を、

国務院に行政法規の制定権を認めたが、全人代、全人代常務委員会と国務 院の間の立法権限の配分を定めていない。その下では、立法主体の所管事 項が不明確であったため、各種の立法が衝突し、法秩序の混乱をもたらす こともあった(14)

 このようなこともあり、全人代は2000年に立法法を制定し、各機関の 立法権限を区分した。特に、同法 8 条、 9 条は、全人代とその常務委員会 の専属的立法権限について、次のように規定した(15)

第八条 下記の事項について、法律のみ制定できる。

    (一)国家主権事項。

    (二)各級人民代表大会、人民政府、人民法院、人民検察院の設置、

組織及び職権。

    (三)民族区域自治制度、特別行政区制度、基層群衆自治制度。

    (四)犯罪及び刑罰。

    (五)公民の政治的権利を剥奪し、人身の自由を制限する強制措置

(13) 前掲応松年主編『行政法学新論』44頁(応松年執筆)。

(14) 各種立法の衝突問題について、詳しくは、瀋秀莉「論法律衝突及其消解―兼 評立法法之相関規定」山東大学学報2001年 6 号54―60頁参照。

(15) 2015年の法改正により、「(六)税目の創設、税率の確定と租税の徴収・管理な ど租税の基本制度」という条項が立法法 8 条に挿入された。

(7)

及び処罰。

    (六)非国有財産の収用。

    (七)民事基本制度。

    (八)基本経済制度及び財政、租税、海関、金融、対外貿易の基本 制度。

    (九)訴訟、仲裁制度。

    (十)その他全国人民代表大会及び同常務委員会が法律で定めなけ ればならない事項。

第九条 本法第八条に掲げられた事項についてまだ法律が制定されていない 場合、全国人民代表大会及び同常務委員会は国務院に対して、実際の必要性 に基づきそのうちの一部の事項について先に行政法規を制定することを授権 する権限を有する。但し、犯罪及び刑罰、公民の政治的権利を剥奪し人身の 自由を制限する強制措置及び処罰、司法制度等に関する事項を除く。

 上記の二つの条文について、学説は後述するように、法律の留保という 概念を用いて解釈論を展開してきた。

 行政法の基本原則をめぐって、立法法が成立した2000年以降、かつて 応松年の提唱した「法による行政の原則」が次第に広く受け入れられ、法 律の留保の原則も、法による行政の内容として行政法の教科書に定着しつ つあるように見える。例えば、馬懐徳編集の教科書『行政法と行政訴訟 法』(2000)は、行政法の基本原則を「行政法治原則」として、その内容 には法による行政(行政合法性原則)、信頼保護原則、比例原則が含まれる と指摘し、さらに、法による行政の内容について「法律の優位」と「法律 の留保」を取り上げた(16)。その後、法による行政の原則を行政合法性原則の 同義語あるいは代替物として行政合理性原則と同列視する傾向が出てき

(17)た

。そして、法律の留保は常に法律の優位とともに、法による行政(18)もしく

(16) 馬懐徳主編『行政法輿行政訴訟法』(中国法制出版社、2000年)38頁(高家偉 執筆)。

(17) 応松年主編『当代中国行政法(上)』80頁以下(劉莘執筆)。また、周佑勇は刑 法における罪刑法定の原則から示唆を受けて、「法による行政」や「合法性原則」

(8)

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は行政合法性原則(19)の内容として行政法の教科書に登場する。さらに近年に は、行政合法性原則や行政合理性原則を内容とする行政法の基本原則とと もに、法による行政の原理もしくは法治主義の原理を取り上げ、後者の内 容として法律の留保の原則を論じる教科書(20)も出ている。

三 立法法 8 条、 9 条の解釈論と法律の留保の概念の変容

(一)法律の留保の理論構成

1  憲法の意味での法律の留保と行政法の意味での法律の留保

 立法法が2000年に成立した後、法律の留保をめぐる論議が活発になさ れてきた。同年、応松年が発表した論文「法律の留保に関する立法法の規 定」がその幕開けである。同論考の冒頭のところにおいて、法律の留保の の代わりに「行政法定原則」という表現を使うことを主張し、それに同調する行政 法学者もいる。詳しくは、前掲周佑勇『行政法基本原則研究』161頁、前掲周佑勇 主編『行政法専論』80頁(周佑勇執筆)、前掲章志遠『行政法学総論』95頁を参 照。

(18) 前掲応松年主編『当代中国行政法(上)』89頁以下(劉莘執筆)、前掲胡錦光主 編『行政法輿行政訴訟法』29頁以下(胡錦光執筆)、前掲姜明安・余凌雲主編『行 政法』68頁以下(李洪雷執筆)、前掲方世栄主編『行政法輿行政訴訟法学(第 4 版)』51頁以下(薛剛凌執筆)、馬懐徳主編『行政法学(第 2 版)』(中国政法大学出 版社、2009年)48頁以下(薛剛凌執筆)。

(19) 前掲葉必豊『行政法学(修訂版)』98頁以下、応松年主編『行政法輿行政訴訟 法学(第 2 版)』(法律出版社、2009年)33頁以下(余凌雲執筆)、王周戸主編『行 政法学』(中国政法大学出版社、2011年)78頁以下(李大勇執筆)、朱新力・唐明 良・李春燕『行政法学』(中国人民大学出版社、2012年)37頁以下,林鴻潮『行政 法與行政訴訟法』(北京大学出版社、2015年)20頁、前掲方世栄・石佑啓主編『行 政法輿行政訴訟法(第 3 版)』41頁以下(戴小明執筆)、前掲劉莘『中国行政法』33 頁以下。

(20) 胡建淼・江利紅『行政法学(第 2 版)』(中国人民大学出版社、2014年)51頁以 下、江利紅『行政法学(第 2 版)』(中国人民大学出版社、2014年)66頁以下、楊建 順主編『行政法総論(第 2 版)』(北京大学出版社、2016年)30頁以下(高秦偉執 筆)。

(9)

概念について次の指摘がなされた(21)

 「法律の留保は、立法法のなかで国家の専属的立法権と呼ばれており、多 階層立法の国において一部の事項の立法権限が法律のみに属し、法律以外の ほかの規範が一律にそれを行使できないと指している。その目的は、国家の もっとも重大な問題に対する人民群衆の最終的決定権を確保し、国家法制の 統一と公民の権利を保障することである。我が国の1982年憲法には、すでに 関連の規定がある。憲法62条 3 項は、全国人民代表大会が『刑事、民事、国 家機構その他の基本法律を制定し改正する』と定めている。憲法67条は全国 人民代表大会常務委員会が『全国人民代表大会により制定されるべき法律以 外のその他の法律を制定し改正する』と定めている。今回、立法法は我が国 の立法経験に基づいて、 8 条のなかで『下記の事項について、法律のみ制定 できる』と明確に規定し、(法律の留保の事項が)あわせて10項である。」

 同じ時期には、伝統的な法律の留保の概念に共通する指摘もあった。例 えば、同年に出版された楊解君、肖澤晟の共著『行政法』(2000)は立法法 8 条、 9 条を法律の留保と捉えながら、次のように法律の留保を定義づけ た。「一部の事項について法律の授権がない場合、行政機関が活動しては いけない。そうしないと違法である。すなわち、憲法または憲法的法律が 一部の事項を立法機関に留保する場合、立法機関が法律で規定しなければ ならない。法律の留保の原則の下で、行政活動を行う際には法律(または 授権法)の明文の根拠が必要である(22)」。しかしながら、同書は法律の留保の 原則に続いて、それとほぼ同じ意味の「職権法定原則」を取り上げてい

(23)る

 以上の二つの「法律の留保」の概念について、台湾の公法学者陳新民は 2002年に中国大陸で出版された著書『中国行政法学原理』の中で、それ を「憲法の意味での法律の留保」と「行政法の意味での法律の留保」に区

(21) 応松年「立法法関於法律保留的規定」行政法学研究2000年 3 号13頁。

(22) 楊解君・肖澤晟『行政法学』(法律出版社、2000年)61頁。

(23) 前掲楊解君、肖澤晟『行政法学』62頁。

(10)

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分した。憲法の意味での法律の留保について、同書は次のように指摘し た。「国家法秩序の範囲内において、一部の事項は法律に留保し規定され なければならず、その他の国家機構とりわけ行政機関がその代わりに規定 してはならない。もっとも明白な例は、憲法における公民の基本権利に対 する制限と義務である。したがって、それは『立法留保』あるいは『議会 の留保』の原則ともよばれる」。それに対し、行政法の意味での法律の留 保については、「行政機関の行為が法律の授権を受けてからはじめて合法 性をもつようになる。それは法律を用いて行政機関の行為をコントロール することであり、法律が行政権を拘束する積極性を示す」と指摘した(24)。  さらに、憲法の意味での法律の留保について、同書は注釈の中で、「立 法法 8 条は、立法留保の標準的な例である」と指摘した(25)。それに対し、

行政法の意味での法律の留保について、同書は中国大陸の立法法や法実務 に結び付いて理論構成を示すことがなく、その代わりにドイツにおける形 式的法治主義から実質的法治主義への転換を紹介した上で、「抽象的で、

自然法思想例えば公平、正義を有する法」を法源とする「法によ る行政」の概念を提示した(26)

 陳新民による「憲法の意味での法律の留保」と「行政法の意味での法律 の留保」の区分は、後に中国大陸の公法学界で広く受け入れられ、その延 長線において立法法の解釈論が展開されきたのである。

 また、後述するように、伝統的な法律の留保の概念と区別し、陳新民の 提示した「立法留保」の概念で立法法 8 条を捉える説もあるが(27)、法律の 留保と立法留保の関係が重要な争点となった。

(24) 前掲陳新民『中国行政法学原理』34―35頁。

(25) 前掲陳新民『中国行政法学原理』35頁。

(26) 前掲陳新民『中国行政法学原理』38―40頁。

(27) 前掲応松年主編『当代中国行政法(上)』92頁(劉莘執筆)、涂四益「憲政視野 下的法律優先和法律保留」甘粛行政学院学報2008年 2 号79頁。

(11)

2  憲法の意味での法律の留保―絶対的留保と相対的留保の区分  応松年は前述の論文「法律の留保に関する立法法の規定」(2000)のな かで、立法法 8 条、 9 条について次のように指摘した(28)

 「しかし、実際の状況は、現在の中国において法律がカバーする領域が実 際の需要にはほど遠い。また、中国の社会事情が急劇に変化している。立法 法に規定された10項目の法律の留保についても、すべて権力機関(筆者注:

全人代)による法律制定を仰ぐなら、現実の切迫な需要に応じられない。し たがって、法律の留保の部分にあたる立法権限のうち、その一部をほかの国 家機関に委任しなくてはならない。しかし、ほかの一部の権限は委任しては ならず、法律で行使しなければならない。我々は委任できる部分を相対的留 保、委任できない部分を絶対的留保という。立法法 9 条によれば、法律の絶 対的留保の事項が『犯罪及び刑罰、公民の政治的権利を剥奪し人身の自由を 制限する強制措置と処罰、司法制度など』である。それらを除き、ほかの各 事項はすべて国務院に行政法規の制定を委任できる。ただし、筆者は、第 8 条の中の( 1 )、( 2 )、( 3 )、( 7 )の諸項、すなわち国家主権、国家機構 の組織法、民族自治、民事基本制度なども、恐らく絶対的留保に属し委任で きない事項だろうと思う。」

 この「絶対的留保」と「相対的留保」の区分も、台湾の学説から伝えら れたものであるかもしれないが、それが中国大陸で最初に登場したのは、

応松年編集の教科書『行政法学新論』(1998)である(29)。現在、立法法 8 条、

9 条の解釈をめぐる「絶対的留保」と「相対的留保」の区分は、ほぼすべ ての行政法教科書に採用され、標準的な解釈となっている。

 学説は、絶対的留保と相対的留保の区分を憲法の意味での法律の留保の 理論構成として、いわゆる「立法留保」の概念で捉えている。例えば、劉 莘は前者の立場から、次のように指摘した。

(28) 前掲応松年「立法法関於法律保留的規定」13頁。

(29) 前掲応松年主編『行政法学新論』48頁(応松年執筆)。

(12)

182  早法 93 巻 3 号(2018)

 「相対的留保について授権ができるが、被授権の主体について立法法がた だ一つの機関、すなわち国務院を規定した。言い換えれば、相対的留保の立 法権限であっても、国務院のみに授権でき、ほかの国家機関に授権できな い。法律の留保の原則の上記の意味は、一種の『立法留保』を指すものとは いえる。すなわち、どの種類の立法事項の制定権を中央の権力機関に留保す るかを明確にすることである(30)」。「このような『法律の留保』は立法事項につ いての法律の留保を指すことから、『立法留保』とも呼ばれている。もう 1 種の法律の留保は、行政法の意味での法律の留保と呼ばれており、いかなる 行政行為も法律の授権を必要とすることを指すものである。『立法留保』が その範囲外において行政機関の活動を許容するのに対し、行政法の意味での 法律の留保は全部留保であって、よく知られている『職権法定』原則のもう 一つの言い方に過ぎない。(中略)立法留保の立法が狭義の法律、すなわち 全人代および同常務委員会が制定した法律であるのに対し、行政法の意味で の法律の留保にいう法律は広義のものである(31)」。

 高家偉も、立法権限の配分という意味で「立法留保」と「憲法の意味で の法律留保」を同一視しつつ、「絶対的留保」と「相対的留保」の区分に ついて「この分類が上述の立法留保に限られており、立法留保をさらに区 分するものである。その意義は、全国人民代表大会の専属的立法事項と委 任立法の関係を明確にしたことである」と指摘した(32)

 さらに、涂四益は、立法留保(憲法の意味での法律の留保)と法律の留保

(行政法の意味での法律の留保)を区分し、「法律の留保が行政権に対する制 限であり、立法留保は立法権に対する制限である」と説きながら、「国内 の行政法学界が一致して立法法 8 条を法律の留保の典型例としているが、

それは典型的な概念誤用である」と批判した(33)

(30) 前掲応松年主編『当代中国行政法(上)』92頁(劉莘執筆)。

(31) 前掲劉莘『中国行政法』37頁。

(32) 朱維究・王成棟主編『一般行政法原理』(高等教育出版社、2005年)95頁(高 家偉執筆)。

(33) 前掲涂四益「憲政視野下的法律優先和法律保留」79頁。

(13)

 それに対し、孫展望は「立法留保」と「議会の留保」を同一視し、ドイ ツの公法制度史や学説を考察することを踏まえて、次のように反論した(34)

 「彼(涂四益)が立法留保と法律の留保を並列な関係にして、それをドイ ツにおける立法留保と法律の留保と同一視している。しかし第 1 章で述べた ように、ドイツの制度史と学説上、立法留保は一種の補強型の法律の留保で あり、一部のもっとも重要な事項について、一般的な法律の留保では足りら ず、議会の留保、すなわち議会が自ら立法することを要請しなければならな い。(中略)憲法の意味での法律の留保が立法権に対する制限を強調し、行 政法の意味での法律の留保は行政権に対する制限を強調する。しかし両者の 区別はドイツの立法留保と法律の留保の区別に等しくない。また、両者が機 能面において共通性があって相互に転化できることをも否定できない。した がって、抽象的制度機能の面では、憲法の意味での法律の留保と行政法意味 での法律の留保が同じである。この意味では、立法法 8 条などを一種の法 律の留保の条項と理解することができる。」

 他方、孫展望も、「憲法の意味での法律の留保」が立法権に対する制限、

「行政法の意味での法律の留保」が行政権に対する制限だと捉えているが、

このような捉え方が陳新民の所説と同じ趣旨であるかどうか、検討に値す る。また、なぜ「立法留保」と「議会の留保」を同一視するかについて、

具体的な説明が行われていないが、前述のように、陳新民が憲法の意味で の法律の留保を論じる際に「立法留保」と「議会の留保」を同列に取り上 げたことがあって、それに由来するかもしれない。ただ、立法法 8 条、 9 条が「立法留保」あるいは「憲法の意味での法律の留保」として説かれて いることは、法律の留保の概念が中国大陸に導入されてからの独自な展開 であり、そこにいう「立法留保」をドイツ法上の「議会の留保」、すなわ ち彼のいう「補強型の法律の留保」と同一視できるかどうか、検討を要す るであろう。

(34) 孫展望「法律保留輿立法保留関係辨析」政法論壇2011年 2 号109頁、111頁。

(14)

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3  行政法の意味での法律の留保―いわゆる「重要事項留保説」

 法律の留保の範囲について、中国大陸の行政法教科書は一般に台湾の学 術書(35)を参考にして、侵害留保説、全部留保説および重要事項留保説の 3 つ の学説を紹介している(36)。そこにいう重要事項留保説あるいは重要留保説 は、ドイツの憲法判例や学説に提示された本質性理論を指すものである(37)。  立法法 8 条、 9 条に列挙された法律の留保の事項における基本権関係の 事項は、侵害行政を宛先とするものであるが、李洪雷が指摘したとおり、

「侵害留保の程度には達していない(38)」。したがって、それは「重要事項留保 説」を採用したものとされている(39)にもかかわらず、日本の重要事項留保説 とはその射程が違っている。

 行政法学者の間では、法律の留保のあるべき範囲について意見が分かれ ており、立法法 8 条、 9 条に基づき、給付行政、行政指導が法律の留保の 範囲に属しないとする説(40)と、侵害留保説に傾き、「給付行政の実施を奨励 するために(41)」、法律の留保の範囲を広げない方がよいとする説(42)と、給付行

(35) もっとも引用された学術書として、許宗力『法輿国家権力』(月旦出版社、

1993年)148―179頁、翁岳生主編『行政法(上)』(中国法制出版社、2002年)180―

183頁(陳清秀執筆)などが挙げられる。

(36) 法律の留保の原則の適用範囲についてもっと多くの学説を紹介する著書とし て、前掲胡建淼・江利紅『行政法学(第 2 版)』51頁以下、前掲江利紅『行政法学

(第 2 版)』66─68頁が挙げられる。

(37) 前掲周佑勇『行政法基本原則研究』190頁、前掲周佑勇主編『行政法専論』83 頁(周佑勇執筆)、前掲応松年主編『当代中国行政法(上)』91頁(劉莘執筆)、前 掲応松年主編『行政法輿行政訴訟法学(第 2 版)』34頁(余凌雲執筆)、前掲余凌云

『行政法講義』74頁、前掲姜明安・余凌雲主編『行政法』70頁(李洪雷執筆)、前掲 李洪雷『行政法釈義学』75頁。

(38) 前掲姜明安・余凌雲主編『行政法』71頁(李洪雷執筆)、前掲李洪雷『行政法 釈義学』78頁。

(39) 前掲葉必豊『行政法学(修訂版)』107頁、前掲周佑勇主編『行政法専論』83頁

(周佑勇執筆)、前掲応松年主編『行政法輿行政訴訟法学(第 2 版)』34頁(余凌雲 執筆)。

(40) 前掲葉必豊『行政法学(修訂版)』107頁、前掲周佑勇主編『行政法専論』83頁

(周佑勇執筆)。

(15)

政の法律の留保を主張する説がある(43)

(二)学説の分岐点

1  一般的な法律の留保をめぐる対立

 法律の留保について、陳新民『中国行政法学原理』(2002)は前述のよ うにドイツの理論や動向を紹介したが、中国大陸の立法法や法実務に即し て具体的に論じることがなかった。その後、学説は二つの延長線で展開さ れてきた。一つの方向は行政立法の現実を踏まえて、法律の留保の「法 律」を行政立法まで含める「広義の法律」と拡大解釈することである。そ の理論構成は多岐にわたるので、後で詳述する。

 もう一つの方向は全く逆であって、伝統的な法律の留保、法律による行 政の観念に固執し立法法 8 条を拡大解釈しようとすることである。立法 法 8 条に列挙された諸事項が法律の留保の範囲に属すという点について、

学説は一致しているが、それ以外の領域において一般的な法律の留保があ るといえるかどうか、解釈論上の課題となっている。劉志剛、章剣生のよ うに、立法法 8 条の最後のところに掲げられた「その他全国人民代表大 会及び同常務委員会が法律で定めなければならない事項」に依拠し、一般 的な法律の留保があると説き(44)、立法法 8 条に列挙されていない事項につ いても行政立法が法律の授権を条件とすべきだと主張する(45)論者もいるが、

(41) 孟鴻志主編『行政法学(第 2 版)』(北京大学出版社、2007年)60頁(呉華執 筆)。

(42) 前掲李洪雷『行政法釈義学』78頁。

(43) 劉志剛『立憲主義視野下的公法問題』(上海三聯書店、2006年)338頁、前掲周 佑勇『行政法基本原則研究』191頁、前掲章志遠『行政法学総論』97頁、前掲章剣 生『現代行政法総論』46頁。

(44) 前掲劉志剛『立憲主義視野下的公法問題』338頁。

(45) 前掲章剣生『現代行政法総論』45頁は、「立法法 8 条以外の立法事項について は、反対解釈を通じて行政機関が固有して法規を制定できる事項と解してはなら ず、行政機関が行政法規、行政規章を制定するためになお授権が必要である」と指 摘した。

(16)

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まだ少数説である。しかし、その立場からこそ、いわゆる「重要事項留保 説」のような厳格な解釈を超えて、法律の留保の範囲を検討する余地が出 てくるのである。

2  法律の留保の概念を再構築する試み

 前述のように、法律、地方性法規(自治体の条例に相当するもの)や行政 立法による行政の現状に合わせて、法律の留保の概念を再構築する試みが 行われている。

 例えば、葉必豊は「憲法の意味での法律の留保」と「行政法の意味での 法律の留保」の区分の代わりに、「立法上の留保」と「法執行上の留保」

の区分を取り上げた。前者は立法法 8 条、 9 条の定めた法律の留保を指す ものであり、そこいう「法律」が全人代の法律、いわゆる「狭義の法律」

である。後者は、「法律がなければ行政はない」という法律による行政の 意味での法律の留保であるが、そこにいう「法律」が全人代の法律、国務 院の行政法規、地方性法規および国務院各部門や地方政府の規章を含むも のである(46)。それらの法規範が立法法の規律対象であって、理論上も実務上 も「法による行政」の「法(47)」として行政活動の根拠を提供しており、「広 義の法律」と考えられている。そのため、最近、一部の教科書は「立法上 の留保」と「法執行上の留保」の代わりに、「狭義の法律の留保」と「広 義の法律の留保」という理論構成を示している(48)

 これに対し、高家偉も、「憲法の意味での法律の留保」と「行政法の意 味での法律の留保」の区分の代わりに「立法留保」と「執法留保」の区分 を取り上げたが、両者にいう「法」はいずれも「広義の法律」を指すもの

(46) 葉必豊『行政法輿行政訴訟法(第 2 版)』41-42頁。

(47) 法による行政の「法」は憲法、法律、行政法規、地方性法規、規章を含むと説 かれている。代表的な教科書として、前掲姜明安主編『行政法輿行政訴訟法(第

6 版)』67頁を参照。

(48) 前掲胡建淼・江利紅『行政法学(第 2 版)』53頁、前掲江利紅『行政法学(第 2 版)』69頁。

(17)

である。その理由は、彼のいう「立法留保」は「立法権限の配分」を意味 し、立法法 8 条、 9 条のみならず、同法全般の規律対象である「全人代、

国務院、立法権を有する各地方人代や各地方政府の設定(立法)権限」と 定義づけられている(49)

 さらに最近では、門中敬は、「憲法の意味での法律の留保」と「行政法 の意味での法律の留保」を区分する必要性がそれぞれのいう「法律」の違 いに由来すると説きながら、法律の留保の観念と現実の齟齬を解消するよ うに行政機関固有の法規制定権を認め、フランス第 5 共和国憲法を参考に して「行政留保」の制度化を実現すべきだと主張した(50)

四 法律の留保の現状認識

(一)立法法の制度設計

 現行1982年憲法は全人代常務委員会に基本法律以外の法律の制定権を、

国務院に行政法規の制定権を認めたが、両者の関係が不明確なため、並行 的な立法体制となってしまった。国務院の行政法規制定権について、それ が行政機関の固有の権限(職権説)か、憲法・法律の授権を根拠とする権 限(根拠説)かという疑問が生じていった(51)。これに対し、立法法 8 条、 9

(49) 前掲朱維究・王成棟主編『一般行政法原理』94―97頁(高家偉執筆)。

(50) 門中敬「論憲法輿行政法意義上的法律保留之区分―以我国行政保留理論的構 建為取向」法学雑誌2015年12号24頁以下。

(51) 行政法規制定権の捉え方について、根拠説と職権説の対立があった。行政法規 を制定する際には直接的な憲法または法律上の根拠、すなわち具体的な授権が必要 だと主張するのが根拠説である。それに対し、職権説は、行政法規制定権が国務院 の固有の職権であり、現行1982年憲法90条 1 項にいう「憲法や法律を根拠とする」

とは、憲法や法律の具体的な授権を根拠とするほかに、憲法や法律の規定した国務 院の職権を根拠とすることをも含むから、その職権の範囲内であれば、具体的な授 権がなくても行政法規を制定できると反論した。詳しくは、苗連営「憲法学視野中 的立法権」張慶福主編『憲政論叢第 5 巻』(法律出版社、2006年)389頁を参照。

(18)

188  早法 93 巻 3 号(2018)

条は行政法規制定権の範囲について職権説と根拠説のいずれをも採用して おらず、折衷的な立場から一部の事項を法律に留保し、少なくともその範 囲において法律による行政の原理を導入したといえるかもしれない。

 そして、立法法 8 条、 9 条に規定されていない事項について、前述のよ うに、それも法律の授権が必要だとする少数説があるが、実際上、全人代 が形骸化しているが故に、法律の授権を必要としない行政法規(職権命 令)の数が多いことも事実である。但し、法律の授権を必要とする行政法 規(委任命令)については、立法法が2015年に改正された際に、下記のよ うに 5 年の存続期間が満了したら法律に立て替えられる旨のサンセット条 項が導入された。

 第十条 授権の決定は、授権の目的、事項、範囲、期限及び被授権機関が 当該授権決定の実施に当たって遵守すべき原則等を明確にしなければならな い。

 授権の期限は、 5 年を超えてはならない。但し、授権決定において別に定 めのある者を除く。

 被授権機関は、授権期限満了の 6 か月前までに授権機関に対して当該授 権決定の実施状況を報告し、且つ、関係法律を制定する必要性の有無につい ての意見を提出しなければならない。授権の継続が必要である時、被授権機 関はそれに関する意見を提出することができ、全国人民代表大会及び同常務 委員会がそれを決定する。

 また、2000年の立法法が国務院各部門および各省、各大都市の行政機関 に規章(執行命令に類似するもの)の制定権を認めたのに対し、2015年の法 改正は一歩進んで、区を設置している一般都市の行政機関にも規章の制定 権を認め、長期にわたる内部文書行政の現象に終止符を打った(52)。さらに、

地方の人民代表大会による地方性法規の制定が遅れている場合に地方政府

(52) 地方行政の現場における「紅頭文件」行政の実態を分析した論考として、洪驥

「中国の都市部における地方立法の制度と現実―2015年立法法の改正を契機に」

早稲田法学会誌66巻 2 号(2016年)229―235頁が挙げられる。

(19)

規章が先行することを容認すると同時に、より厳しいサンセット条項を導 入した。すなわち、地方政府規章の存続期間が 2 年であり、期間満了後、

延長はできず、同級人民代表大会による立法に譲るしかないとされた(同 法82条 5 項(53))。ここにも、法律による行政を建前とする趣旨を読み取るこ とができる。

(二)法律の留保の有無

 注目すべきは、前述のように、2000年以降も、一部の教科書は相変わら ず合法性原則や合理性原則を行政法の基本原則とし、しかも合法性原則を 論じる際に法律の留保の原則を触れていない。以下、その原因を検討する。

 まず、全体的に考えれば、中国の統治構造は大統領制と議院内閣制のい ずれでもないが、全人代が最高権力機関として国務院に対して優越的な地 位にあることから、大統領制よりもむしろ議院内閣制に近づいている。そ れでは、ドイツ、日本のように法律による行政の原理と法律の留保の原則 を導入することも可能であろう。しかし、実際には、人民代表大会制度が 形骸化しているが故に(54)、行政立法は法律よりも大きな役割を果たしてお

(53) 立法法82条 5 項は次のように規定している。「地方性法規を制定すべきである がその条件がまだ熟していない時、行政管理上の差し迫った必要性に基づき、地方 政府規章を先に制定することができる。規章の実施から 2 年が経過し、当該規章に 定められた行政措置を引き続き実施する必要がある時、同級人民代表大会または同 常務委員会に地方性法規を制定するよう提請しなければならない。」

(54) 全人代の機能不全の要因として、以下の諸点が挙げられる。第 1 に、中国で は、基層人民代表大会の代表だけが直接選挙により選出され、全国人民代表大会を はじめとする上級人民代表大会はその代表が下級人民代表大会での間接選挙により 選出される。第 2 に、各級人民代表大会の代表が兼職であり、名誉職に近い。全国 人民代表大会の場合、代表の数が 3 千名以上であって、年 1 回のみ開会するが、そ の常設機関である常務委員会は法律の制定権や改正権をもっており、全人代閉会中 に全人代の立法権を代行し、 2 ヵ月ごとに開会する。両者の関係については、憲法 改正権や全人代常務委員会の不適切な決定に対する取消権が全人代にあることか ら、全人代が優位するといえる。第 3 に、全国人民代表大会はほかの国家機関に対 する人事権をもっており、ほかの国家機関の構成員が全人代の代表を兼任すること

(20)

190  早法 93 巻 3 号(2018)

り、それに対する立法的統制も弱い(55)。このような背景の下で法律による行 政の原理、法律の留保の原則を本格的に導入することが期待できなくな る。また、行政立法手続きの整備、国民(住民)参加メカニズムの導入、

裁判所による司法審査の容認、議会のよる行政立法審査制の活性化などを 通じて、行政立法に対する統制を補強することは期待されているが、民主 主義が未成熟であることから、それらが不整備のまま現在に至っている。

このような中で、立法法 8 条、 9 条はあえて議会制民主主義の立場から、

一部の立法事項を全人代の法律に留保し、行政立法の暴走や全人代の形骸 化を歯止めようとする狙いを示している。

 そして、具体的に見ると、前述のように、議会としての全人代が立法権 を独占できない状況の下で、長い間、法律の法規創造力の原則が行政法の 教科書にほとんど言及されていない。立法法は、法律として立法権限を配 分すること自体が憲法に違反するか(56)は別として、それが現行の多元的な立 法体制を受け継ぎ、相変わらず法律の法規創造力の原則を否認することは 明らかである。その結果、法律の法規創造力の原則に付随する伝統的な法 律の留保の原則も、論理的には成り立たないことになる。これに対し、学 説上、前述のように、法律による行政の観念から法律の留保の範囲を拡大 すべきだとの主張もあるが、法律の留保の概念を採用せず、合法性原則・

合理性原則を堅守する論者は、専ら立法権限の配分という意味で立法法

もあるが、国務院(行政権)との関係では、内閣不信任決議権や議会解散権のよう な制度設計がなく、また裁判所との関係では、人民法院が法律や行政立法に対する 審査権をもっていない。

(55) 中国における行政立法の課題について、詳しくは、上拂耕生「中国の行政立法 と『依法行政』(法による行政)原則―行政立法の特質と法治主義との矛盾、問 題」アドミニストレーション第11巻第 1 ・ 2 合併号(2004年12月) 1 ―44頁、同

「行政立法輿法治行政原理―中日規範和控制行政立法的比較研究」行政法学研究 2001年 3 号85―90頁参照。

(56) 立法法が立法権限を配分すること自体は違憲の嫌いがある。莫紀宏はかつて立 法法の制定過程において、同法の草案が違憲だと指摘した。詳しくは、莫紀宏『現 代憲法的邏輯基礎』(法律出版社、2001年)233―257頁参照。

(21)

8 条、 9 条を捉えている(57)。それは、法律の留保の原則の前提としての法律 の法規創造力の原則の有無を問うことに等しい。

(三)不完全法律留保説の提唱

 それにもかかわらず、李洪雷が指摘したとおり、立法法による立法権限 の配分が憲法の意味での法律の留保であるが、行政法の意味での法律の留 保にも影響を与える。すなわち、全人代の専属的立法事項の範囲内であれ ば、行政機関の職権行使に法律の根拠を要請するのは当然である(58)。それ以 外の範囲においては、行政機関が職権命令を制定できる。例えば、北京市 内では特定の期間中、自動車に対してナンバープレートの末尾の奇数と偶 数によって車両の走行規制をかけることについて、一般的自由でなく、財 産権に対する制限という構成で、法律の留保の原則に違反するとの指摘が 出ている(59)。その背景として、立法法において基本権関係の法律の留保が財 産権など狭い範囲に限定されていることは留意する必要がある。

 行政の現実的場面では、法律の留保の原則の適用範囲が法律による行政 の射程を定める以上、法律による行政ではなく、行政立法をも含む「法」

による行政が中国行政法の基本原則となったことは、むしろ当然の成り行 きであろう。それ故、教科書をみると、行政法の法源について、一般には 憲法、法律、地方性法規のほかに、必ずしも法律の授権を必要としない行 政立法、すなわち国務院の行政法規およびその各部門の規章、並びに地方 政府の規章も掲げられている。前述のように、これらの「法」が「広義の 法律」と考えられ、その上で、「法による行政」の内容としての法律の留 保が「執法留保」あるいは「広義の法律の留保」と表現されている。それ に合わせて、法律の法規創造力も「広義の法律」の法規創造力と解釈され

(57) 前掲胡建淼主編『行政法学』40頁(周佑勇執筆)、前掲周佑勇主編『行政法専 論』83頁(周佑勇執筆)、石佑啓主編『行政法輿行政訴訟法』(中国人民大学出版 社、2008年)23頁(石佑啓執筆)。

(58) 前掲姜明安・余凌雲主編『行政法』71頁(李洪雷執筆)。

(59) 張翔「機動車限行、財産権限制與比例原則」法学2015年 2 号。

(22)

192  早法 93 巻 3 号(2018)

ているのである(60)

 以上のような諸概念は現行の制度や行政の現実に合わせて行政統制の理 論構成を示し、法律による行政の原理をある程度導入する点では、巧妙な 解釈手法とはいえよう。しかしながら、行政立法は前述のように、現実に 民主主義的正当性において多くの問題を抱えるものである。その正当性を 問わずに教科書の中で「法による行政」、「広義の法律の留保」を使うこと になれば、形式的法治主義かそれにも程遠いもの(外見的法治主義)が観 念化される恐れがあるだろう。

 筆者としては、法律の留保の原則が立法法 8 条、 9 条を通じてある程度 導入されたという現状認識を適確に反映するすべく、解釈論上、それを

「不完全的法律の留保」という表現で捉えた方がよいと思う。現行1982年 憲法が行政法規制定権をほぼ白紙委任のように行政府に容認したのに対 し、立法法は一部の事項を法律に留保し、少なくともその範囲において法 律による行政の原理を導入したといえよう。そもそも理想と現実の間には 常にキャップがあるが、現実認識をしっかりしてからこそ、正しい選択を できるのではないだろうか。

五 結びにかえて

 法律の留保について、憲法学が基本権の制限と保障、行政法学が法律に よる行政、それぞれの視点から理論構成を行うことから、憲法の意味での 法律の留保と行政法の意味での法律の留保を区別できるが、中国におい て、多くの学者は立法法 8 条、 9 条が全人代と国務院の間の立法権限配分 を定めることに着目し、それを憲法の意味での法律の留保として捉えてい る。そこにいう「法律の留保」の概念は行政行為よりも、むしろ行政立法 を対象とするものであり、法律の法規創造力の概念と混同するように見え

(60) 前掲胡建淼・江利紅『行政法学(第 2 版)』50頁、前掲江利紅『行政法学(第 2 版)』65頁。

(23)

る。他方、全人代が「唯一の立法機関」ではない以上、法律の法規創造力 の原則が成り立たない。その結果、行政法の意味での法律の留保は不完全 なものでしかなく、その概念も解釈論の中で変容しつつあり、「広義の法 律の留保」とか、「行政留保」とか、法律の留保の原則を再構築する様々 な試みがなされてきた。

 留意すべきは、陳新民が「法律による行政」から「法による行政」への 転換について積極的な評価を示したが、彼のいう「法」は、実質的法治主 義の文脈における「自然法」、すなわち良き法を指すものであり(61)、法律の 授権さえもたない行政立法ではない。すなわち、実質的法治主義という意 味で、「法による行政」という概念を用いるものである。民主主義の立場 から、法律の留保の理論構成について、現状を温存し、または法律による 行政の外見を作る概念よりも、むしろ現実を適確に反映し、講学上も理解 されやすい「不完全的法律の留保」という表現を使って、法律による行政 の原理をそのまま伝えた方がよいではないかと、筆者は考えている。

(61) 前掲陳新民『中国行政法学原理』40頁。 

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