外国人への共感を高める視点取得課題の効果 : 異 文化理解の個人差に着目して
著者 沼田 潤
雑誌名 評論・社会科学
号 107
ページ 55‑74
発行年 2014‑01‑30
権利 同志社大学社会学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013535
要約:本研究は,どのような視点取得課題が外国人への共感を高めるのかを明らかにする ことを目的としている。日系ブラジル人の解雇問題を取り上げ,その問題に関する二種類 の文章と視点取得課題の有無によって,実験参加者(466名)は,4群に分けられた。本研 究の結果から,外国人である日系ブラジル人の視点から書かれた文章を読み,日系ブラジ ル人の視点を取得する課題に取り組んだ群が,最も高い日系ブラジル人に対する平均共感 得点を示した。また,少数派に無関心な者や保守的な考えをあまり有していない者も日系 ブラジル人の視点を取得させる課題によって,外国人である日系ブラジル人に対する共感 が高まった。
キーワード:共感,視点取得,個人差,異文化理解教育,教育方法
目次 1.問題
1−1.異文化理解教育が目指す方向性 1−2.自他の関係性に関する社会心理学の知見 1−3.共感に関する先行研究
1−4.本研究の目的 2.方法
2−1.実験参加者 2−2.実験デザイン 2−3.実験材料 2−4.手続き 3.結果 4.考察
4−1.文章呈示による視点操作と手紙課題の効果
4−2.異文化理解の要因と日系ブラジル人に対する共感との関係 4−3.異文化理解の教育方法への示唆
4−4.今後の課題
────────────
†同志社大学大学院社会学研究科博士後期課程
*2013年9月27日受付,査読審査を経て2014年1月22日掲載決定
論文
外国人への共感を高める視点取得課題の効果
──異文化理解の個人差に着目して──
沼田 潤
†55
1.問 題
現代社会において,政治や経済,文化の面で国際的な交流が進み,あらゆる場面にお いて多様な文化的・社会的背景を持つ人々と出会う機会が増えている。そして,多様な 文化的・社会的背景を持つ人々とどのように共生していくかということが,今日的な重 要課題であり,教育の分野でも多文化共生を実現していくための挑戦が行われている。
1−1.異文化理解教育が目指す方向性
沼田(2009)の研究から見る限り,日本の教育現場における異文化理解教育の特徴と して,①環境,平和,開発などの地球規模的課題の学習が重視されていること,②外国 語や外国・日本の伝統文化の学習が強調されていること,③国際社会に通用する優れた 人材の育成が重視されていることなどが挙げられる。確かに,今後ますます国際化が進 む時代において,こういった点が強調されることは重要かもしれないが,日本の教育現 場においては,日本人が外国に行くことの問題に関する議論に偏りすぎていて,外国人 が日本に来たことで生じる問題に関する議論,日本社会の多様な人々の考えに耳を傾け ながら社会のあり方を探る議論が重視されているとは言えないのではないであろうか。
やはり,多文化共生の実現のため,それぞれ独自の視点から世界を見る人々の声に耳を 傾けない限り気付くことのできない問題に取り組みながら社会のあり方を模索せねばな らず,そのためにも多様な文化的・社会的背景を有する人々が直面する問題を自らに引 き付けて,他者に応答していかなければならないであろう。したがって,多文化共生の ための異文化理解は,外国文化の表面的理解や外国における適応促進ではなく,①人間 一人ひとりの唯一性の理解と②多様な文化的・社会的背景を有する人々の抱える社会的 問題の理解が核となる(沼田,2010)。
さらに,沼田(2010)は以上で述べた多文化共生の実現に向けた異文化理解の
2
つの 視点から質問項目を作成し,大学生を対象にした異文化理解尺度の開発に関する研究を 行い,異文化理解に関する5
つの因子を抽出している。それら5
因子は「多様な価値 観」「少数派への無関心」「保守的思想」「ステレオタイプ的理解」「自己中心性」であ る。こういった因子が抽出されたことから,様々な価値観に対して自己を開くことがで きるかどうか,文化的・社会的少数派の人々が抱える問題に関心を持っているかどう か,社会的問題に取り組み社会を変えていくことに関心を示しているかどうか,他者を 画一的に捉えようとする姿勢や自己中心的に物事を捉えようとする姿勢を有しているか どうか,ということが異文化理解を考えていく上で重視されなければならないというこ とが指摘されている。そして,これら5
因子が抽出された結果から,多様な文化的・社外国人への共感を高める視点取得課題の効果 56
会的背景を有する人々と共に生きていることを意識し,彼ら・彼女らの問題にも向き合 いながら社会のあり方を考える態度を育てていくことが重要であり,そのためにも多様 な文化的・社会的背景を有する人々への関心を高めていくことが肝要であると考えられ る。
1−2.自他の関係性に関する社会心理学の知見
多様な文化的・社会的背景を有する人々への関心や彼ら・彼女らとの関係性を考えて いく上で重要な視点として,内集団・外集団の概念が挙げられる(Allport, 1954)。内集 団は自分が含まれる集団であり,外集団は自分が含まれない集団を指し,例えば日本に おいて,日本人を内集団としたとき,外国人は外集団ということになる。そして,この 内集団・外集団の関係を考える上で重要な現象として外集団均質性効果が挙げられる
(上瀬,2002 ; Park & Rothbart, 1982)。これは,外集団成員の諸特徴のばらつきを内集 団成員の諸特徴のばらつきよりも小さく捉える傾向が生じることを意味する。つまり,
自分が属さない外集団の多様性は無視され,均質なものとして把握されるということで ある。
外集団均質性効果に加えて,重要な視点として,社会的アイデンティティの概念が挙 げられる。社会的アイデンティティとは,自分がある集団に属しているという知識や気 持ちを指す(浦,2009;上瀬,2002 ; Tajfel, Billig, Bundy, & Flament, 1971)。そして,
自らを価値有るものと認めたいという自己高揚動機を人間は持っているので,人間には 肯定的な社会的アイデンティティを保とうとする傾向,自分が所属している集団を価値 が高いものと捉える傾向があることが指摘されている。では,いかに自分の所属してい る集団の価値を高めるのかというと,外集団より内集団の方が優位であることを確認す ることで,自己評価を高めるのである。そして,内集団が優位であると確認すること を,内集団バイアスと言う(上瀬,2002)。
1−3.共感に関する先行研究
内集団バイアスによって外集団に属する人々が直面する問題に対する関心が低くなる ことが伺えるが,外集団である人々への関心を高め,共生に関する議論を高めていくた めに,共感に焦点を当て,その道を探ってみる。Davis(1983)が指摘しているように,
共感の構成要素は複数であって,多次元的に捉えることができる。そして,共感の他者 指向的要素として,視点取得と共感的配慮が挙げられる。視点取得とは,自分が他者の 立場にいると想像する認知的行為であり,自分を相手の立場に置いて,その他者の視点 に立って物事を考えるということを意味する(竹村,1998;登張,2000 ; Davis, 1996 ;
Hoffman, 2000 ; Underwood & Moore, 1982)。他者の視点に立って世界を捉えることに
外国人への共感を高める視点取得課題の効果 57
よって,他者の考えや感情を経験したり,共有したりすることができるようになった り,また自己中心的考えを抑え,相手の立場を重視することができるようになると考え られている。共感的配慮とは,他者の苦痛を自分のことのように感じて,それを軽減し たいと思う他者指向の感情であり,他者への思いやり,配慮を促す働きを持つ(登張,
2000;福田,2003;松井,2002 ; Davis, 1996 ; Hoffman, 2000)。他者に焦点付けられて
いるため,他者への関心を高めると考えられる。また,他者への関心を高めることで,他者の理解を深めたり,援助行動を導く要因となることが指摘されている。視点取得と 共感的配慮の
2
要因は正の相関関係があることが認められていて,視点取得によって他 者の問題への関心を深める他者指向的共感がもたらされることが考えられる(Davis,1983)。したがって,日本に住む外国人の視点を取得させて,彼ら・彼女らに対する共
感を高める教育的働きかけを行うことが,外集団として捉えられやすい外国人の問題に 対する関心を高め,多文化共生実現への挑戦を促すのではないであろうか。それでは,共感や視点取得に関する実証研究を見てみると,Minet de Wied, Branje, &
Meeus(2007)は,オランダ人の高校生を対象に同性の友人関係での問題解決における
共感の役割を検証した。その結果,共感的な生徒は同性の友人間では協調しながら問題 解決しようとすることが示された。しかし,友人関係が向社会的行動を強化する文脈を もたらすことが述べられるが,いかに共感を高めるのかに関する議論はされていない。また,Gini, Albiero, Benelli, & Altoè(2007)や
Jolliffe & Farrington(2006)は,中学
生・高校生のいじめと共感性の関係性に関して考察していて,男子生徒の低い共感性は 暴力的ないじめと大きな関係性があり,女子生徒の低い共感性は無視などの非直接的い じめと関係があることを指摘している。そして,共感を高めることでいじめを減少させ ることができるということが考察されている。高い共感性が他者への攻撃を減らし,援 助をもたらすことが述べられているが,これらの研究においてもいかに他者への共感を 高めるのかに関しては指摘されていない。Maner & Gailliot(2007)は,大学生を対象 に親類と見知らぬ人のそれぞれが援助を必要としているならば,どちらにより共感し援 助の動機がもたらされるかを調査した。その結果,援助を必要とする親類に対してより 高い共感がもたらされ,援助が動機付けられることが明らかにされた。この研究で,見 知らぬ人への共感は親類への共感よりも生じにくいことが指摘されているが,見知らぬ 人への共感をいかに高めるかに関しては考察されていない。一方,Eklund(2006)は,他者の視点取得と共感の関係性を検証し,視点取得だけでなく他者が置かれている状況 の困難さが認識されなければならないことを明らかにした。確かに,状況の困難さの認 識が視点取得と共に共感生起にとって必要な要因であるという指摘は重要だが,外集団 の他者に対する共感に焦点を当てたものではなく,外国人などの外集団に対する共感が 視点取得や状況の困難さの認識によって高まるかは明らかにされていない。また,
外国人への共感を高める視点取得課題の効果 58
Vescio, Sechrist, & Paolucci(2003)は,ヨーロッパ系アメリカ人の大学生がアフリカ系
アメリカ人の視点を取得した場合,援助を必要とするアフリカ系アメリカ人に対してよ り高い共感を示すか調査した結果,高い共感がもたらされたことを指摘した。つまり,視点取得が外集団に対する共感をもたらすことが示されたのである。しかし,視点取得 を多文化共生の実現を試みる異文化理解教育にいかに応用していくのか,視点取得を利 用してどのような教育方法が考えられるのかに関する議論はされていない。以上の先行 研究では,共感が他者に対しての攻撃を減らしたり,援助をもたらすこと,視点取得が 外集団に対する共感を高めることが指摘されているが,視点取得という方法がどのよう な場面で,どのように応用できるのか十分に議論されているとは言えない。そこで本研 究では,他者が置かれたある立場から問題を描写する文章呈示による視点操作と,他者 が置かれた立場に自分が置かれたらどう思うかを考えさせる,文章完成法を用いた手紙 課題から構成される視点取得課題を取り上げて,視点取得課題が異文化理解教育に使用 できるか検討する。文章完成法とは,不完全な文章を提示し,参加者にその文章を完成 させる形式を取る検査法であるが,その使用方法は多様である。例えば,教師が考える 望ましいクラスを明らかにして教師の特性傾向を検討する研究(仲,2003)や患者に対 するより良いケアを提供するため看護師の葛藤を検討する研究(國清・土江田・中島・
兼子・大和田・常磐,2004)において文章完成法が使用されており,一人ひとりの特質 を明らかにするために用いられていることが分かる。また,徳田・桐原・高見(1996)
は,企業における障がい理解の研修効果を明らかにするために文章完成法を用いてお り,一人ひとりの変化を捉えるためにも文章完成法が使用されていると言えよう。これ らの研究から,文章完成法は従来心理状態の評価方法として使用されていたことが考え られる。今までの研究では,視点取得を促す方法として文章完成法が有効かどうか議論 されていないため,本研究では探索的に視点取得を促す方法として文章完成法を用いる こととする。
1−4.本研究の目的
本研究では,「日本の不景気による日系ブラジル人の解雇問題」を取り上げて,企業 経営者視点でその問題に関する文章を読む方よりも,外集団である日系ブラジル人の視 点でその問題に関する文章を読んだ方が,日系ブラジル人が直面する状況の困難さをよ り認識し,日系ブラジル人に対する共感が高まるかどうかを検証する(文章呈示による 視点操作の検証)。さらに,視点取得によってよりいっそう他者指向的共感がもたらさ れると考えられることから,日系ブラジル人の視点に立った文章を読ませる視点操作の 後に,自分が日系ブラジル人の立場だったらどのように思うかということを考えさせる 手紙課題に取り組ませることによって,手紙課題に取り組ませない場合より日系ブラジ
外国人への共感を高める視点取得課題の効果 59
ル人に対する共感がよりいっそう高まるかどうか検証する(手紙課題の検証)。そして,
沼田(2010)が示した異文化理解の要因,とりわけ「少数派への無関心」「保守的思想」
の
2
つの要因(資料1)は,少数派の抱える問題や困難に対する関心,少数派の状況を
改善するため社会のあり方を変えていくことに対する姿勢に関するものであるが,こう いった要因が少数派に対する共感といかに関連するのか十分に議論されているとは言え ない。したがって,日系ブラジル人の視点に立たせる手紙課題あり条件となし条件,ま た企業経営者の視点に立たせる手紙課題あり条件となし条件の計4
条件における日系ブ ラジル人への共感に対する「少数派への無関心」「保守的思想」の両要因の媒介過程を 探索的に検証する。以上の検証をもとに,多文化共生の議論を高める異文化理解の教育 方法への示唆を探る。2.方 法
2−1.実験参加者
京都府内にある私立大学の日本人大学生
466
名(男241
名,女224
名,不明1
名,平均年齢
18.70,ただし 2
名は年齢不詳)。実験参加者は,①BL(日系ブラジル人視点・手紙課題あり)群:131名,②BN(日系ブラジル人視点・手紙課題なし)群:94名,
③EL(企業経営者視点・手紙課題あり)群:141名,④EN(企業経営者視点・手紙課 題なし)群:100名の
4
つの群に分けられた。資料1 「少数派への無関心」「保守的思想」両因子項目
「少数派への無関心」
アイヌ民族の芸術文化や服飾文化に興味がある*
アイヌ民族が受けてきた差別の歴史や現状に興味がない
沖縄米軍基地問題に関して,沖縄の人々がどう考えているのか気になる*
在日韓国・朝鮮人の歴史や現状を学びたい*
日本で生活する外国人は,日本社会のルールに従うべきである 日本は単一民族国家であると思う
日本では,日本語が話せない外国人は意見を伝えられなくても仕方がないと思う
「保守的思想」
外国人との会話の中で,自分が日本人であることによく触れる 自国のなじみ深い伝統や価値観が一番大事だと思う
男性が育児休暇を取ることに非常に違和感を覚える
女の子がサッカーで遊んでいるのを見ると,非常に違和感を覚える 子どもがいる場合,女性は仕事よりも家庭を重視するべきだと思う 外国人の子どもは母語教育よりも日本語教育だけを受けるべきだと思う 日本で生活する外国人は全員日本語を学ぶべきだと思う
男性は一家の大黒柱であるべきだと思う 男性は女性と比べておおざっぱであると思う
*逆転項目を示す
外国人への共感を高める視点取得課題の効果 60
2−2.実験デザイン
文章呈示による視点操作(日系ブラジル人視点・企業経営者視点)×手紙課題(有・
無)の
2
要因被験者間計画。2−3.実験材料
異文化理解に関する質問紙:沼田(2010)によって作成された異文化理解尺度
37
項 目に対して,「1:まったくそうは思わない」,「2:あまりそうは思わない」,「3:どちら かというとそう思わない」,「4:少しそう思う」,「5:かなりそう思う」,「6:非常にそ う思う」の中から当てはまるものを1
つ選んで回答してもらうという6
段階評定法の形 式で作成した質問紙。「少数派への無関心」要因は,その7
項目の6
件法での評価の合 計を算出して,「少数派への無関心」得点とした。以下同様の手続きで「保守的思想」要因の得点を求めた。なお,逆転項目の処理に関しては,逆転項目への評定値を
7
から 減じることで行った。実験で使用される回答用冊子:手紙課題あり条件(BL群・EL群)用の冊子は,3ペ ージから構成される。1ページ目には,日本の企業に雇われていた日系ブラジル人が不 景気を理由に解雇されるという社会的問題に関して,その日系ブラジル人の児童の視点 から作成した文章と,日本の企業経営者の視点から作成した文章のいずれかの文章,そ の文章に関する感想を書く四角の空欄がある。2ページ目には,日系ブラジル人児童,
あるいは日本の企業経営者の視点に立ってこの問題を考えることを促す手紙課題(資料
2, 3)がある。そして 3
ページ目には,日系ブラジル人に対する共感を測定する質問項目がある。手紙課題なし条件(BN群・EN群)用の冊子は,2ページから構成されて いる。1ページ目は,手紙課題あり条件用冊子の
1
ページ目と同様である。2ページ目 には,日系ブラジル人に対する共感を測定する質問項目がある。日系ブラジル人視点と企業経営者視点の文章は,朝日新聞(2008年
11
月18
日夕刊,11
月19
日朝刊,11
月22
日朝刊,12
月12
日朝刊,12
月15
日夕刊,12
月28
日朝刊,2009
年1
月29
日朝刊,1月30
日朝刊,2月6
日夕刊,3月17
日朝刊)の記事を参考にして 作成された。また,日系ブラジル人視点と企業経営者視点の両文章は,「日系ブラジル 人」「景気後退」「失業」「学校」をキーワードに,いずれも11
の文から構成されてい る。日系ブラジル人視点の手紙課題は,日系ブラジル人児童から日本人教師へ宛てた手 紙という設定であり,また日本の企業経営者視点の手紙課題は,会社側から日系ブラジ ル人の労働者に向けた解雇通告という設定である。なお,従属変数である日系ブラジル 人に対する共感を測定する質問4
項目(1.日系ブラジル人を親に持つ子どもの気持ち がよく分かる,2.解雇された日系ブラジル人の気持ちがよく分かる,3.日系ブラジル 人を解雇した日本の企業の経営者の気持ちがよく分かる,4.日系ブラジル人を解雇し外国人への共感を高める視点取得課題の効果 61
ても,倒産を防ごうとする企業の気持ちがよく分かる)は,いずれも
6
段階評定であ り,日本の企業経営者側の視点に立った項目3
と4
は逆転項目として扱われた。その合 計した値を操作的に日系ブラジル人に対する共感得点(以下,共感得点)と呼べるよう にした。2−4.手続き
大学の教育学系の講義時間の中で,まず実験参加者(BL・EL群)に対して,プライ バシー保護の徹底,回答内容が成績に一切影響しないこと,回答したくなければ必ずし も回答する必要がないことが口頭で説明された。そして異文化理解に関する質問紙が配 布され,はじめに学籍番号と性別,年齢を記入することの説明が行われた。その後に,
それぞれの項目に回答することが求められた。次に,前述の共感と視点取得の実験に関 する回答用冊子が無作為に配布され,学籍番号と性別,年齢を記入することの説明が行 われた。その後に,1ページ目に書かれた文章を読み,その文章の下にある四角の空欄 にその感想を書くこと,2ページ目の手紙課題に取り組むこと,3ページ目の日系ブラ ジル人に対する共感を測定する質問項目に回答することが求められた。その際,1ペー ジ目から順に回答するように教示した。所要時間はおよそ
20
分であった。実験後にデ ィブリーフィングを行った。さらに,同じ科目の別のクラスで,手紙課題を除いた,同 様の実験が行われた。実験参加者(BN・EN群)に対して,プライバシー保護の徹底,回答内容が成績に一切影響しないこと,回答したくなければ必ずしも回答する必要がな いことが口頭で説明された後に,異文化理解に関する質問紙が配布され,学籍番号と性 別,年齢を記入することの説明が行われた。その後に,それぞれの項目に回答すること が求められた。次に,共感と視点取得の実験に関する回答用冊子が無作為に配布され,
学籍番号と性別,年齢を記入することの説明が行われた。その後に,1ページ目に書か れた文章を読み,その文章の下にある四角の空欄にその感想を書くこと,2ページ目の 日系ブラジル人に対する共感を測定する質問項目に回答すること,1ページ目から順に 回答することが求められた。所要時間はおよそ
15
分であった。そして,実験後にディ ブリーフィングを行った。3.結 果
日系ブラジル人と企業経営者の視点で書かれた文章の感想欄は,その文章が適切に読 まれているかを確認するために用意されたが,実験参加者全員が感想を書き,文章が適 切に読まれていたことが確認された。
BL
群,BN群,EL群,EN群の平均共感得点を求めた結果を図1
に示す(BL群:M外国人への共感を高める視点取得課題の効果 62
手紙課題あり 手紙課題なし 16
15
14
13
12
11
10
日系ブラジル人に対する平均共感得点
BL群 BN群 EL群 EN群
日系ブラジル人視点 企業視点
=14.21,
SD
=2.98 ; BN 群:M=13.23,SD
=2.87 ; EL 群:M=12.87,SD
=2.61 ; EN 群:M=12.56,SD
=2.81)。2要因(文章呈示による視点操作(日系ブラジル人視点・企業経営者視点)×手紙課題(有・無))の分散分析を行った結果,文章呈示による視点 操作に関して,有意な主効果が認められた(F(1/462)=14.50,
p<.001)。文章呈示によ
る視点操作については,企業経営者の視点よりも日系ブラジル人の視点による文章を呈 示した方が,日系ブラジル人に対する共感得点が高いということが明らかになった。さ らに,手紙課題の有無に関しても,有意な主効果が認められた(F(1/462)=5.83,p
<.05)。手紙課題に関しては,手紙課題なし条件よりもあり条件の方が,日系ブラジル 人に対する共感得点が高いことが明らかになった。文章呈示による視点操作と手紙課題 の有無の交互作用は認められなかった(F(1/462)=1.59,
n.s.)。
さらに本研究における
4
条件それぞれの日系ブラジル人への共感に対する「少数派へ の無関心」「保守的思想」両要因の媒介過程を検証するために,4条件それぞれにおけ る平均共感得点を従属変数として,「少数派への無関心」得点,「保守的思想」得点を説 明変数とする重回帰分析を行った。まず,異文化理解尺度の質問紙から個人ごとに異文 化理解の要因である,「少数派への無関心」と「保守的思想」要因得点を算出した。な お,「少数派への無関心」要因のα
係数は.602,「保守的思想」要因の α
係数は.625
で あった。そして,BN群における平均共感得点を目的変数として,「少数派への無関心」得点,「保守的思想」得点を説明変数とする重回帰分析を行ったところ,「少数派への無 関心」得点の標準偏回帰変数(
β
=−.288)が1% 水準で有意となった。さらに,BL
群 における平均共感得点を目的変数として,「少数派への無関心」得点,「保守的思想」得図1 4群の日系ブラジル人に対する平均共感得点
外国人への共感を高める視点取得課題の効果 63
点を説明変数とする重回帰分析を行ったところ,「保守的思想」得点の標準偏回帰変数
(
β
=−.228)が5% 水準で有意となった。また,EL
群における平均共感得点を目的変 数として,「少数派への無関心」得点,「保守的思想」得点を説明変数とする重回帰分析 を行ったところ,「少数派への無関心」得点の標準偏回帰変数(β
=−.195)が5% 水準
で有意となり,「保守的思想」得点の標準偏回帰変数(β
=.152)に有意傾向が見られた(p<.10)。そして,EN群における平均共感得点を目的変数として,「少数派への無関 心」得点,「保守的思想」得点を説明変数とする重回帰分析を行ったところ,「少数派へ の無関心」得点の標準偏回帰変数(
β
=−.184)に有意傾向が見られた(p<.10)。さらに加えて,BL・BN群,EL・EN群それぞれの「少数派への無関心」「保守的思 想」両得点の上位群と下位群で,平均共感得点に差が見られるかどうか確認するため に,BL・BN群,EL・EN群それぞれの「少数派への無関心」「保守的思想」両得点の 上位群と下位群における平均共感得点に対して
t
検定を行った。なお,「少数派への無 関心」「保守的思想」それぞれの得点の平均値に標準偏差の二分の一を足した値以上の 者を上位群,その平均値から二分の一を減じた値以下の者を下位群とした。BL・BN両 群の「少数派への無関心」得点の上位・下位群に関して見ていくと,t 検定の結果,平 均共感得点(図2, BL
群「少数派への無関心」得点上位群:M=14.15,SD
=3.39 ; BL 群「少数派への無関心」得点下位群:M=14.41,SD
=3.21 ; BN群「少数派への無関心」得点上位群:M=12.04,
SD
=2.85 ; BN群「少数派への無関心」得点下位群:M=13.74,SD
=2.59)は,BL群「少数派への無関心」得点上位群とBN
群「少数派への無関心」得点上位群との間で有為な差が見られた(t(61)=2.55,
p<.05)。さらに,BL
群「少数 派への無関心」得点下位群とBN
群「少数派への無関心」得点下位群との間には,有 意な差は認められなかった(t(70)=.95,n.s.)。また,BL
群「少数派への無関心」得点 上位群とその下位群との間にも,有意差は見られなかった(t(78)=.35,n.s.)。そして,
BN
群「少数派への無関心」得点上位群とその下位群との間には,有意な差が認められ た(t(53)=2.31,p<.05)。次に,BL・BN
両群の「保守的思想」得点の上位・下位群 に関して見ていくと,t 検定の結果,平均共感得点(図3, BL
群「保守的思想」得点上 位群:M=13.42,SD
=3.00 ; BL群「保守的思想」得点下位群:M=14.72,SD
=2.92 ;BN
群「保守的思想」得点上位群:M=13.14,SD
=2.93 ; BN群「保守的思想」得点下 位群:M=12.91,SD
=3.18)は,BL群「保守的思想」得点上位群とBN
群「保守的思 想」得点上位群との間には有意差は見られなかった(t(80)=.44,n.s.)。一方,BL
群「保守的思想」得点下位群と
BN
群「保守的思想」得点下位群との間には有意差が認め られた(t(83)=2.68,p<.01)。また,BL
群「保守的思想」得点上位群とその下位群と の間にも有意差が見られた(t(96)=2.16,p<.05)。そして,BN
群「保守的思想」得点 上位群とその下位群との間には,有意差は認められなかった(t(67)=.31,n.s.)。そし
外国人への共感を高める視点取得課題の効果 64
上位群 下位群 16
15
14
13
12
11
10
日系ブラジル人に対する平均共感得点
BL群 BN群
上位群 下位群 16
15
14
13
12
11
10
日系ブラジル人に対する平均共感得点
BL群 BN群
て,EL・EN両群の「少数派への無関心」得点の上位・下位群に関して見ていくと,t 検定の結果,平均共感得点(図
4, EL
群「少数派への無関心」得点上位群:M=12.27,SD
=3.29 ; EL 群「少数派への無関心」得点下位群:M=12.90,SD
=2.07 ; EN群「少数 派への無関心」得点上位群:M=12.08,SD
=3.65 ; EN群「少数派への無関心」得点下 位群:M=13.24,SD
=2.40)は,EL群「少数派への無関心」得点上位群とEN
群「少 数派への無関心」得点上位群,EL 群「少数派への無関心」得点下位群とEN
群「少数 派への無関心」得点下位群,EL群「少数派への無関心」得点上位群とその下位群,EN図2 BL・BN両群における「少数派への無関心」得点上位・下位群の日系ブラジル人に対する平均共感得点
図3 BL・BN両群における「保守的思想」得点上位・下位群の日系ブラジル人に対する平均共感得点 外国人への共感を高める視点取得課題の効果 65
上位群 下位群 16
15
14
13
12
11
10
日系ブラジル人に対する平均共感得点
EL群 EN群
上位群 下位群 16
15
14
13
12
11
10
日系ブラジル人に対する平均共感得
EL群 EN群
群「少数派への無関心」得点上位群とその下位群,それぞれの間で有意な差は見られな かった(それぞれ,t(85)=.26,
n.s., t
(79)=.70,n.s., t
(85)=1.13,n.s., t
(67)=1.54,n.
s.)。また,EL・EN
両群の「保守的思想」得点の上位・下位群に関して見ていくと,t検定の結果,平均共感得点(図
5, EL
群「保守的思想」得点上位群:M=12.69,SD
=2.78 ; EL
群「保守的思想」得点下位群:M=12.61,SD
=2.91 ; EN群「保守的思想」得 点上位群:M=11.84,SD
=3.10 ; EN群「保守的思想」得点下位群:M=12.88,SD
=2.68)は,EL
群「保守的思想」得点上位群とEN
群「保守的思想」得点上位群,EL群図4 EL・EN両群における「少数派への無関心」得点上位・下位群の日系ブラジル人に対する平均共感得点
図5 EL・EN両群における「保守的思想」得点上位・下位群の日系ブラジル人に対する平均共感得点 外国人への共感を高める視点取得課題の効果
66
「保守的思想」得点下位群と
EN
群「保守的思想」得点下位群,EL 群「保守的思想」得点上位群とその下位群,EN群「保守的思想」得点上位群とその下位群,それぞれの 間で有意な差は見られなかった(それぞれ,t(78)=1.28,
n.s., t
(72)=.71,n.s., t
(88)=.14,
n.s., t
(62)=1.44,n.s.)。
4.考 察
4−1.文章呈示による視点操作と手紙課題の効果
「日本の不景気による日系ブラジル人の解雇問題」に関する文章を日系ブラジル人視 点と企業経営者視点で読ませた場合,日系ブラジル人視点で書かれた文章を読ませた方 が日系ブラジル人に対する共感が高まるということが明らかになった。また,手紙課題 に取り組ませた方が日系ブラジル人に対する共感が高まるということが示唆された。し たがって,日系ブラジル人視点でも,BL群の方が
BN
群よりもいっそう日系ブラジル 人に対する共感を示すことが明らかになった。すなわち,日系ブラジル人の視点に立っ て「日本の不景気による日系ブラジル人の解雇問題」を考えて,さらに自分自身が日系 ブラジル人だったらどう感じるかを記述させる手紙課題に取り組んだBL
群が,手紙課 題に取り組んでいないBN
群よりも高い共感を示したことが認められた。以上の点か ら,文章呈示による視点操作後の視点取得を行わせる手紙課題によって,外集団である 日系ブラジル人に対する共感をいっそう高めることができる可能性が示された。つま り,視点取得によって外集団の感じ方を自己に取り込むことが可能となり,外集団に属 する人々との心理的距離が近くなり,共感を高めることができるようになると考えられ るのではないであろうか。4−2.異文化理解の要因と日系ブラジル人に対する共感との関係
BL
群・BN群の日系ブラジル人に対する共感に「少数派への無関心」要因がいかに 媒介するかを分析したところ,BN群の共感得点と「少数派への無関心」得点との間に は,関連が認められ,少数派への関心が高い人ほど共感得点が高く,無関心な人ほど共 感得点が低くなったということが示された。つまり,この条件ではその人が本来持って いる特性が表れたと言うことができる。一方,BL群の共感得点と「少数派への無関 心」得点との間には,関連が認められなかった。つまり,この条件では少数派への関心 がある人だけでなく関心がない人も共感得点が高くなったことを意味する。したがっ て,視点取得課題によって少数派である人々に本来無関心な人でも少数派への関心が高 まり,多文化共生社会のあり方を議論する動機付けがもたらされる可能性があるという ことが示唆された。さらに,BL群・BN群それぞれの「少数派への無関心」得点上位外国人への共感を高める視点取得課題の効果 67
群と下位群との間の平均共感得点に関する
t
検定の結果,BL群「少数派への無関心」得点上位群の平均共感得点と
BN
群「少数派への無関心」得点上位群の平均共感得点 との間には有意差があり,BL群「少数派への無関心」得点下位群の平均共感得点との 間には有意差が認められなかったことから,少数派に対して関心が十分に見られない者 においても少数派の立場を取らせる手紙課題によって外国人である日系ブラジル人に対 する共感が高まることが考えられる。また,BL群・BN群の両下位群の間には平均共 感得点に有意差が見られないので,少数派に対して既に関心を持っている者に対して は,外国人である日系ブラジル人の視点から書かれた文章を読ませることで,彼ら・彼 女らに対する共感を高めることができると考えられる。さらに,BL群・BN群の日系ブラジル人に対する共感に「保守的思想」要因がいか に媒介するかを分析したところ,BL群の共感得点と「保守的思想」得点との間には,
関連が認められ,保守的思想が弱い人ほど共感得点が高く,保守的思想が強い人ほど共 感得点が低くなったということが示された。一方,BN群の共感得点と「保守的思想」
得点との間には,関連が認められなかった。つまり,この条件では保守的思想が強い人 と弱い人の両者の共感得点との間に差がなかった。したがって,手紙課題という視点取 得課題によって保守的思想が弱い人においては外集団である他者への共感を高めること が可能であることが考えられる。さらに,BL群・BN群それぞれの「保守的思想」得 点上位群と下位群との間の平均共感得点に関する
t
検定の結果,BL群「保守的思想」得点下位群の平均共感得点と
BL
群「保守的思想」得点上位群・BN群「保守的思想」得点下位群の平均共感得点との間には有意差が見られたことからも,保守的思想が弱い 人に対しては少数派の視点を取得させる手紙課題が有効であると言えよう。その一方 で,BL群「保守的思想」得点上位群には,手紙課題の共感を高める効果が認められな かった。保守的思想が強ければ,外集団に属する人々がより良く日本社会で生活してい くため既存の社会システムを改めていくことに否定的な態度を持つと考えられるが,少 数派の視点を取得させる手紙課題がそのような考えに対する脅威として捉えられること で,少数派である日系ブラジル人への共感が抑えられたのではないかということが伺え る。この点に関しては,心理的リアクタンスの議論から説明が可能であろう。心理的リ アクタンスとは,個人が特定の自由を侵害されたと認識した時に喚起される,自由回復 志向の動機的状態である(Brehm, 1966)。少数派の視点から社会のあり方を考えさせる ことが,自らの保守的な考えに対する脅威として受け止められることで,少数派である 日系ブラジル人の視点取得を拒ませ,彼ら・彼女らに対する共感が抑えられたのではな いであろうか。
そして,EL 群・EN群の日系ブラジル人に対する共感に「少数派への無関心」要因 がいかに媒介するかを分析したところ,EL 群の共感得点と「少数派への無関心」得点
外国人への共感を高める視点取得課題の効果 68
との間には関連が認められ,EN群の共感得点と「少数派への無関心」得点との間には 関連がある傾向が見られた。したがって,これらの条件ではその人が本来持っている特 性が表れたと言うことができる。さらに,EL 群・EN群それぞれの「少数派への無関 心」得点上位群と下位群との間の平均共感得点に関する
t
検定の結果,EL群・EN群 それぞれの「少数派への無関心」得点上位群と下位群との間の平均共感得点に有意差は 認められなかった。EL群・EN群における少数派に対して関心を持つ者では日系ブラ ジル人に対してそれほど高い共感を示さなかったことから,日系ブラジル人に対する共 感を高める上で,少数派に関心を持つ者には少数派である日系ブラジル人の視点を取得 させる手紙課題が有効であることがこの結果からも示唆された。また,EL群・EN群の日系ブラジル人に対する共感に「保守的思想」要因がいかに 媒介するかを分析したところ,EL 群の共感得点と「保守的思想」得点との間には関連 がある傾向が認められ,保守的思想が強い人ほど共感得点が高くなる傾向が見られた。
その一方で,EN群の共感得点と「保守的思想」得点との間には関連が見られなかっ た。企業経営者の視点を取らせる手紙課題に取り組んだ保守的思想が強い者が外国人で ある日系ブラジル人に対してより共感を持つ傾向が見られたことは興味深い。保守的思 想を持つ者は,外集団である日系ブラジル人よりも日本の企業に対して肯定的な態度を 持ち,さらに企業経営者の視点を取得させる視点取得課題によって日系ブラジル人に対 する共感が抑えられると考えられるからである。この点を検討するために,EL群・EN 群それぞれの「保守的思想」得点上位群と下位群との間の平均共感得点に関する
t
検 定を行ったところ,EL群「保守的思想」得点上位群とその下位群において平均共感得 点に有意な差は見られなかった。EL群において保守的思想が強い者とそうでない者と の共感得点において差が見られなかった原因としても,心理的リアクタンスが生じたか らではないかと考えられる。外国人の福祉に否定的だと考えられる企業経営者の視点を 取得させる課題によって,外国人の福祉に対する否定的な考えが押し付けられたと捉え られ,それが自らの考えを他者から押し付けられるという順態度的脅威として受け止め られることで心理的リアクタンスが生じたと考えられる(深田,1998)。したがって,自らの自由を再構築することが促され,日系ブラジル人に対する共感が大きく抑えられ なかったのではないかと考えられる。
4−3.異文化理解の教育方法への示唆
本研究結果から,外集団である外国人の視点から書かれた文章を読ませるだけでも,
外国人に対する共感が促進され,さらに手紙課題によって外国人の視点を取得させるこ とで,よりいっそう共感が高まることが示唆された。現在の教育現場における異文化理 解教育は,多文化共生を目指しているとはいえ,日本社会で生活する外国人が直面する
外国人への共感を高める視点取得課題の効果 69
様々な問題に関する議論を軽視するという特徴を持っている(沼田,2009)ため,日本 社会における多文化共生の議論を高める実践が不十分であると言える。したがって,日 本の異文化理解教育の実践において,手紙課題を通して明らかに外集団である外国人の 視点に立つことを経験させることで,外国人が直面する社会的問題に向き合うことを動 機付け,多文化共生社会のあり方を議論できるような人間を教育することが肝要である と言えよう。
また本研究において,少数派に対して十分な関心を示さない大学生も手紙課題を通し て少数派である日系ブラジル人に対する共感を高めたことから,視点取得課題としての 手紙課題を異文化理解教育の実践に取り入れることで,外国人が日本社会で直面する問 題に対する関心を高めることが期待され,より偏りのない異文化理解教育が構築される ことが考えられる。また,保守的思想が弱い者は手紙課題によって少数派である日系ブ ラジル人に対する共感を高めたことからも,視点取得課題としての手紙課題が異文化理 解教育の方法として有効であることが考えられる。その一方で,保守的思想が強ければ 手紙課題を行っても,日系ブラジル人に対する共感が抑制されることが示唆された。そ の原因として,手紙課題が心理的リアクタンスを生じさせることが考えられる。心理的 リアクタンスが生じることで,少数派の視点に立った思考が抑制されると考えられる が,少数派の立場に立って社会のあり方を考えさせなければ異文化理解教育は十分な効 果を発揮できないであろう。岡本(2002)によると,言語スタイルによるメッセージの 印象によって,説得の可能性に影響を与えるという。したがって,言語スタイルによっ て保守的思想の強い者に対しても手紙課題が少数派に対する共感を高める課題になりう るのか,もしなりうるなら,どのような言語スタイルを採用した手紙課題がよりいっそ う共感を高めるのかを検証していくことで,保守的思想の強い者に対する異文化理解の 教育方法が明らかにされることが期待される。
4−4.今後の課題
本研究で使用した日系ブラジル人に対する共感を測定する質問項目は
4
項目であり,全て日系ブラジル人という言葉が含まれていて実験参加者に実験者の意図が影響する可 能性が否定できない。したがって,日系ブラジル人に対する共感項目にフィラー項目を 加えて,実験者の意図の影響を低減する工夫を取り入れていかなければならない。さら に,本研究では実験参加者を
4
群に分けたが,その4
群の多文化共生に対する態度が同 じ程度なのか確認できていない。日系ブラジル人の視点を取得させる手紙課題の効果を 詳細に検証していくために,今後は群間で多文化共生に対する態度に違いがないかどう か確認する必要がある。また,日系ブラジル人の視点を取得させる手紙課題が日系ブラ ジル人に対する共感を高める上で効果的である可能性が示されたが,手紙課題は企業経外国人への共感を高める視点取得課題の効果 70
営者視点の手紙課題も含まれているため,日系ブラジル人の視点を取得させる手紙課題 の効果が確かなものであるのか検証する実験デザインを再考する必要がある。さらに手 紙課題の効果に関して男女差が見られるのか確認されていない。したがって,共感性に 関する質問紙を用いて,男女それぞれの共感性に関する特徴を明らかにし,その特徴に 男女で違いが認められるのか,そしてその違いと手紙課題によって高められた日系ブラ ジル人に対する共感得点との関連を考察し,手紙課題の効果における男女差を明らかに することが重要であると考えられる。また視点取得課題に取り組ませた後,視点取得課 題の効果がどれだけ持続しているのかに関しては,本研究では確認できていない。それ ゆえに,視点取得課題によって高められた日系ブラジル人に対する共感がどれだけ持続 するのかを明らかにする実証的研究を行い,視点取得課題の効果をさらに検証していく ことが肝要である。最後に,手紙課題が外国人一般の共感を高める方法として活用でき るかどうかは,本研究結果のみではまだ明らかではない。したがって,今後は様々な立 場を有する外国人の問題をトピックに取り上げて,手紙課題が外国人一般の共感を高め る方法として活用できるか明らかにしていかなければならない。
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外国人への共感を高める視点取得課題の効果 72
付録1 日系ブラジル人の視点を取得させる手紙課題
・以下の文章は,日系ブラジル人の子ども(小6)から日本人の先生へ宛てた手紙です。以下の手紙を読ん で,日系ブラジル人の子どもの視点に立って,(1)と(2)の文章を完成させてください。
先生に話さなければならないことがあって手紙を書きました。実は,お父さんとお母さんが 仕事をやめさせられてしまいました。工場の人から来月からは来なくていいと言われたそうで す。今も両親は仕事を探していますが,なかなか見つけられません。このまま仕事が見つから なかったらブラジルに帰らなければならないと,お父さんは言っています。でも,私はブラジ ルに行きたくないです。ブラジルに行っても,ポルトガル語が全く話せないし,友だちも一人 もいません。
(1)もし私が日本を離れてブラジルに行かないといけないとしたら,私は
(2)もし私がこのまま日本に居続けることができたら,私は
付録2 企業経営者の視点を取得させる手紙課題
・以下の文章は,解雇通告する会社側から日系ブラジル人へ向けたものです。以下の文章を読んで,解雇通 告する会社側の視点に立って,(1)と(2)の文章を完成させてください。
たいへん残念ですが,来月からの雇用契約更新ができなくなりましたので,ここに文書でお 知らせいたします。100年に1度と言われる不景気によって日本の経済も冷え込み,わが社も 赤字が続いています。できる限り経費を削減していかなければ,わが社が生き残っていくこと は不可能です。今後いつ景気が回復するのかどうか分からない中で,人員削減が必須のものと なっています。ご理解いただきますようお願い申し上げます。
(1)もし人員削減を行わないとしたら,わが社は
(2)今後わが社の経営を安定させるためにも
外国人への共感を高める視点取得課題の効果 73
The purpose of the present study was to reveal what sort of a perspective-taking task enhanced empathy toward foreigners as out-group members. The participants (n=466) were assigned to four conditions : Reading one of two types of discourse (perspective manipulation), and with or without conducting letter-writing tasks that required participants to complete sentences that might facilitate a certain kind of perspective-taking. The topic of the discourse was “the dismissal of Japanese-Brazilians due to the recession in Japan.” The results indicated that participants who read the discourse from the perspective of Japanese-Brazilians and completed sentences from their viewpoint showed the most enhanced score of empathy toward Japanese-Brazilians. In addition, the examination of the relationship between empathy toward Japanese-Brazilians and Intercultural Understanding Scales demonstrated that those who were indifferent to the minority groups or those who were less conservative increased their empathy toward Japanese-Brazilians after conducting the perspective-taking task mentioned above. It was considered that a certain type of perspective-taking task would be useful and effective for intercultural education.
Key words: Empathy, Perspective-taking, Individual differences, Intercultural education, Educational method
Effects of Perspective-Taking Tasks on Empathy toward Foreigners :
Focusing on Individual Differences Concerning Intercultural Understanding
Jun Numata
外国人への共感を高める視点取得課題の効果 74