【原 著】
小学校教員の自主・向上性の高さと児童の学級の適応感との関連の検討
森永 秀典* 森 俊博**
本研究では,小学校教員の自主・向上性の高さと,児童の学級の適応感との関連を検討することを目的として,
A小学校35名の教員を対象にアンケート調査を行い,教員の自主・向上性得点をもとに高群と低群に分け,各 群の児童の学級の適応感を比較した。分析の結果,自主・向上性高群の教員の担任する学級は,1学期から3学 期にかけて,「学級生活満足群」の人数が増加し,「非承認群」と「学級生活不満足群」の人数が減少しているこ とが明らかになった。自主・向上性低群では,学期ごとの人数の差はみられなかった。また,学校生活意欲尺度 において,自主・向上性高群の教員の担任する学級は,「友達関係」得点は,学期の経過とともに増加していく こと,「友達関係」得点と,「学級の雰囲気」得点に関しては,自主・向上性高群の教員の担任する学級は自主・
向上性低群の教員の学級と比べて高いことが明らかになった。また「学習意欲」得点に関しては,自主・向上性 高群が低群に比べて高いだけでなく,高群は2学期から3学期にかけて上昇,低群は1学期から2学期にかけて 低下する傾向にあることが明らかになった。以上の結果から,自主・向上性の高い教員の担任する学級の児童は 自主・向上性の低い教員の担任する学級に比べて学級への適応感が高い状況にあることが示された。
キーワード:小学校教員の自主・向上性,児童の適応感,キー・コンピテンシー
【問題と目的】
テクノロジーが急速かつ継続的に変化していくこと に対応するためには,道具の変化に対応する力,自ら の経験から学ぶ力が求められている。また,社会全体 が個人間の相互依存を深め多文化化しているために,
異なる文化背景を持つ他者とうまくやっていく協調的 な力,そして批判的に考え自律的に行動する力が求め られており,OECDはそれらを知識基盤社会に求めら れる「キー・コンピテンシー(鍵となる能力)」とし て指摘し,様々な心理的・社会的な資源を活用し,特 定の文脈の中で複雑な課題に対応できる力の育成を国 際的に求めている(秋田,2012)。文部科学省(2011a) も,OECDが提言している,「社会・文化的,技術的 ツールを相互に作用する能力」「多様な社会グループ における人間関係形成能力」「自律的に行動する能力」
について取り上げており,今後キー・コンピテンシー を育成していくという視点は大変重要であると考えら れる。
久野・渡邊(2009)は,キー・コンピテンシーは,
知識基盤社会に生きるための力とされているため,こ うした能力の育成は義務教育修了時を目指すものであ ると指摘しており,キー・コンピテンシーを育成する 立場である教員の役割は大変重要であるとしている。
また,教員の役割の重要性として,社会が急激に変化 する中で,我が国の教育にも,知識基盤社会への対応,
国際化への対応,人口減少社会への対応などが求めら れており,中央教育審議会(2014)は,教育を支える 教員についても同様に,時代の変化に対応し,あるい は時代の変化を先取りし,教員にふさわしい資質や能 力を備える必要があることを指摘している。したがっ て,これからの将来を担う子どもたちに求められてい る資質や能力は,同時に教員に求められる資質や能力 でもあると考えられる。
中央教育審議会(2015)は,これからの時代の教員
* 岡山市立芳泉小学校
** 岡山市立豊小学校
に求められる資質や能力として,1つ目に自律的に学 ぶ姿勢を持ち,時代の変化や自らのキャリアステージ に応じて求められる資質や能力を,生涯にわたって高 め,常に探究心や学び続ける意識を持つこととともに,
情報を適切に収集し,選択し,活用する能力や深い知 識を構造化する力を示している。また,2つ目としては,
アクティブ・ラーニングの視点からの授業改善,道徳 教育の充実,小学校における外国語教育の早期化・教 科化,ICTの活用,発達障害を含む特別な支援を必要 とする児童への対応などの新たな課題に対応できる力 を示している。そして最後に「チーム学校」の考え方 の下,多様な専門性を持つ人材と効果的に連携・分担 し,組織的・協働的に諸課題の解決に取り組む力を示 している。これらは,先に示したOECDの提言と重 なる部分であり,まさに将来を担う子どもの育成に携 わる教員のあり方における指針を示しているものと思 われる。しかしながら,「新たな課題に対応できる力」
も「組織的・協働的に諸課題の解決に取り組む力」も 1つ目の自律的に学ぶ姿勢があってこその力であると 考えられるであろう。そこで,本研究では,教員の自 律的に学ぶ姿勢に注目した。
河村・武蔵・藤原(2014)は,社会の急速な進展の 中で知識・技能が陳腐化しないよう絶えざる刷新が必 要であり,「学び続ける教員像」の確立の必要性を論 じている。また,常に自主的に学び続ける向上心が教 員には求められることから,教員の自主・向上性を抽 出する尺度を検討している。工藤(2011)は,キー・
コンピテンシーの自律的に活動することについて,だ れかに働きかけられるのではなく,自ら行動すること であり,だれかに形作られるのではなく,自ら形成す ることであり,他者が決めたことを受け入れるのでは なく,自ら選択することであるとしている。河村ら
(2014)の作成した尺度は,自らの実践をよりよくす るために実際に行っている取り組みや行動に関する項 目や,自分以外の他の実践や視点を取り入れようとす る意識や行動に関する項目から構成されており,キー・
コンピテンシーの自律的に活動することと重なる部分 があると考えられる。
また,子どものキー・コンピテンシーの育成を考え
る上では,子どものキー・コンピテンシーをどのよう に捉えるのかを明らかにしておく必要がある。子ども のキー・コンピテンシーについて,柳田(2016)は,
OECDが提言しているキー・コンピテンシーを「市民 的必須実現能力」とし,市民的必須実現能力を実行す る場を学級と考え,発達教育の課題を,「子どもの学 級生活の成功と正当かつよりよく機能する学級」に資 する市民的必須実現能力の形成としている。したがっ て,児童の所属する学級は,自らのキー・コンピテン シーを生かす場であり,生かされている結果として,
学級生活が成功し,正当かつよりよく学級が機能する と考えられる。
そこで本研究では,児童の学級生活の成功と,正当 かつよりよく機能する学級の状態を量的に捉え,教員 の自主・向上性の高さとの関連を検討することを目的 とした。児童の学級生活の成功を測定する指標として,
本研究では,児童のスクール・モラールを用いた。ス クール・モラールとは「学級での集団生活ないし級友 との関係や学習活動に対する帰属度,満足度,依存度 を要因とする児童の個人的,主観的な心理状態」であ り(河村,2000),児童の学級への適応の程度を示す 指標となっている。スクール・モラールの高い児童は,
学校生活を意欲的に送り,学業成績が優秀であること が示唆され,かつ欠席日数も少ないことから,学級集 団への適応が良好であることが指摘されている(河村,
2000)。また小川(1979)は,児童のスクール・モラ ールに最も大きな影響を与えるのは教師であると考察 しているところから,教員の自主・向上性と児童のス クール・モラールとの関連を検討することは意義があ ると考えられる。また,正当かつよりよく機能する学 級については,河村(2015)の「親和的なまとまりの ある学級集団」として検討した。河村(2015)は,学 級集団の状態を6つに分け,中でも児童の承認感が高 く,被侵害感の低い児童が,学級内に多く集まってい る状態を「親和的なまとまりのある学級集団」とし,「親 和的なまとまりのある学級集団」では,学習意欲が強 化され,学習スキルをモデル学習でき,学習する習慣 が定着することを指摘している。具体的には以下の2 つの仮説を立て,検証する。
①自主・向上性の高い教員の担任する学級は,承認 感が高く,被侵害感の低い,学級生活満足群の児童の 人数が多くなるのではないか。
②自主・向上性の高い教員の担任する学級は,児童 のスクール・モラールが高いのではないか。
【方 法】
調査対象 A小学校35名の小学校教員(男性18名,
女性17名)と,その担任している学級の児童を対象(35 学級;1学期1275名,男子636名,女子639名;2学 期1276名,男子637名,女子639名;3学期1276名,
男子637名,女子639名)とした。学校を1つに限定 したのは,教育課程における取り組みに統制をかける ためである。河村ら(2014)は,学校の教育実践の成 果には個々の教員の力量のみならず,教員組織の組織 力の影響が考えられると指摘している。したがって本 研究では,1校の小学校に限定した。A校は大規模校 であり,ベテランから中堅,若手教員まで,多くの教 員が在籍している学校である。それゆえ,新しく転任 してきた教員,毎年新しく採用される教員など,教員 の入れ替わりが激しいことから,教育への取り組みを 組織的に実施している学校であった。具体的には研究 に関して,4つの研究部に分かれており,各部の主任 と部員ごとに,それぞれの研究を年間計画に基づきな がら進め,研究主任がそれを統括する形で,全体の場 で共通理解を図りながら,教育実践を行っており,全 ての研究部が学力の向上に向けて,研究を行っている 学校であった。
調査時期と手続き A小学校の教員への調査は2015 年7月 に 実 施 し た。 ま た 各 学 級 の 児 童 へ の 調 査 は 2015年6月,10月,2016年2月の計3回実施した。
A小学校の教員への調査は,調査者が,A小学校の校 長に許可をとり,実施する教員には直接アンケートの 依頼をし,許可の得られた教員に対して,配付,回収 をした。回収の際には,回答者のプライバシーが守ら れるように,個別の密封できる封筒にアンケートを入 れ回収する方法を用いた。また封筒には,アンケート
は研究を目的としてのみ分析すること,結果は学会論 文等に限定して活用することを明記した。児童へのア ンケートは実施要項を作成し,実施要項にそって各学 級で学級担任が一斉に実施し,その場で回収された。
児童へのアンケートについては,アンケートの結果は 研究を目的としてのみ分析すること,児童や学級は特 定されないこと,結果は学会論文等に限定して活用す ることをA小学校の校長に伝え依頼し,実施された。
調査内容
1 .教員の自律的に学ぶ姿勢
河村ら(2014)の教員組織尺度の自主・向上性因子 の項目(16項目)を用いた。「かなり当てはまる(5点)」
~「まったく当てはまらない(1点)」の5件法で回 答を求めることにより,個人の得点が算出される。
2 .児童の学級への適応感
河村(1999)が開発したQuestionnaire-Utilities(以 下Q-Uと表記)を用いた。Q-Uは,学級満足度尺度 と学校生活意欲尺度の2つのアンケートから児童の学 級への適応感を測定する,信頼性と妥当性が確認され た標準化された尺度である。学級満足度尺度は,承認 得点(6項目)と被侵害得点(6項目)の2つの因子 からなり「とてもそう思う(4点)」~「まったくそ う思わない(1点)」の4件法で回答を求めることに より,個人の因子得点が算出される。さらに,それぞ れの全国平均値を交点として「学級生活満足群」「非 承認群」「侵害行為認知群」「学級生活不満足群」,そ して不満足群の中でもさらに不適応感を示している児 童を「要支援群」として5つの群に分けることができ る。本研究では,学級ごとに得点を算出し,「学級生 活満足群」「非承認群」「侵害行為認知群」「学級生活 不満足群」それぞれの人数を用いた。それぞれの群に 属する人数を用いた理由として,河村(2012)は,学 級満足度尺度は,個人の結果を座標上に集計すること で,個人の内面を把握することができるだけではなく,
学級集団全体としての状態を表すことができるとして いる。さらに,学級生活満足群,非承認群,侵害行為 認知群,学級生活不満足群の各群の人数の偏りによっ
て,学級にルールとリレーションがどのように確立し ているかを知ることができ,学級生活満足群の割合が 大きく,他の群の割合が少ない学級を「親和的なまと まりのある学級集団」としている。「親和的なまとま りのある学級集団」では,学力の定着がよく,いじめ の発生率も低く,建設的な相互作用が児童生徒間にあ り,よりよい教育効果を発揮することができると指摘 している。したがって,本研究では,学級全体の児童 の適応感の状態を捉えるために,各群の人数の変化に 注目することとした。
学校生活意欲尺度は「友達関係」「学習意欲」「学級 の雰囲気」の3因子で構成されている。「とてもそう 思う(4点)」~「まったくそう思わない(1点)」の 4件法で回答を求めることにより,個人の因子得点が 算出される。この尺度は,児童のスクール・モラール を測定するものであり,児童が学校生活を送る上での 代表的な領域から構成されており,各領域に対する意 欲や充実感を測定する尺度である。本研究では,各因 子の学級ごとの平均値を算出し,その平均値を比較検 討した。
【結 果】
1 .尺度の信頼性及び記述統計
教員組織尺度の自主・向上性因子の信頼性を検討す るために,Cronbachのα係数を算出した。その結果,
α=.89であった。平均値は61.63,標準偏差は7.89 であった。以降の分析では,河村ら(2014)の尺度に 準じ,加算得点を因子得点と扱い,全体を半数に分け るために,因子得点が64点以上を自主・向上性高群,
63点以下を自主・向上性低群とした。
2 .自主・向上性高,低群ごとの学期ごとの各群の出 現数との関連
自主・向上性の高低群ごとに,1~3学期の各群の 出現数との連関を検討するために,x二乗検定を行っ た。結果,自主・向上性高群においては有意な偏り(x2
(6)=36.32, p<.01)がみられたため,残差分析を行い,
どの分布が影響を与えているかを検討した(Table 1)。
結果,満足群においては1学期の出現数が少なく,3 学期の出現数が多かった。非承認群と不満足群におい ては,1学期の出現数が多く,3学期の出現数が少な いことが明らかになった。自主・向上性低群において は有意な偏りがみられなかった(x(2 6)=11.98)(Table 2)。したがって,自主・向上性高群において,3学期 に満足群が増加し,非承認群や不満足群が減少するな ど,肯定的な変化がみられることが明らかになった。
3 .自主・向上性高,低群と学期ごとの学校生活意欲 尺度との関連
学校生活意欲尺度の下位因子と,自主・向上性の高 低,学期との関係を検討するために,各因子について 自主・向上性(2)×各学期(3)の二要因混合計画の 分散分析を行ったところ,「友達関係」と「学級の雰 囲気」では有意な交互作用はみられず,「学習意欲」
においては交互作用がみられた。「友達関係」では,
自主・向上性での主効果(F(1,29)=8.86, p<.001), 学期での主効果(F(1,29)=6.98, p<.01)がみら れた。「学級の雰囲気」では,自主・向上性での主効 果(F(1,29)=4.71, p<.05)のみがみられた。そ こで,FisherのPLSD法による多重比較を行った(Table 3)。結果,「友達関係」は,自主・向上性の高低の主 効果が有意で高群>低群で,学期の主効果も有意で1 学期<2学期<3学期であった。「学級の雰囲気」に おいては,自主・向上性の高低の主効果が有意で高群>
低群であった。「学習意欲」については自主・向上性 高群が2学期<3学期,自主・向上性低群が1学期>
2学期となった。
以上の結果より,「友達関係」に関しては,学期ご とに得点が高まるが,さらに自主・向上性の高い教員 の担任する学級は低い教員の担任する学級より得点が 高いことが明らかになった。また「学級の雰囲気」に 関しては学期ごとに高まっていかず,自主・向上性の 高い教員の担任する学級が,低い教員の担任する学級 よりも高いことが明らかになった。また「学習意欲」
は,自主・向上性の高さによって異なる結果がみられ,
自主・向上性の高い教員の担任する学級は,3学期に 向け学習意欲が高まっていくが,自主・向上性の低い 教員の担任する学級は,1学期から2学期に向けて意
Table 1 自主・向上性高群の学期ごとの各群の出現数との関連(x2=36.32, df=6, p <.01)
満足群 非承認群 侵害行為認知群 不満足群
自主・向上性高群 404 136 44 78
(1学期) -4.89** 4.08** 0.21n.s. 2.52*
自主・向上性高群 453 101 42 66
(2学期) 0.12n.s. -0.49n.s. -0.17n.s. 0.57n.s.
自主・向上性高群 502 78 43 44
(3学期) 4.77** -3.58** -0.04n.s. -3.08**
上段:人数 下段:調整された残差 *p <.05 ,**p <.01
Table 2 自主・向上性低群の学期ごとの各群の出現数との関連(x2=11.98, df=6)
満足群 非承認群 侵害行為認知群 不満足群
自主・向上性低群 314 136 49 114
(1学期)
自主・向上性低群 330 128 55 101
(2学期)
自主・向上性低群 366 108 39 96
(3学期)
Table 3 自主・向上性高,低群と学期ごとの学級生活意欲尺度の分散分析結果
自主・向上性高群 自主・向上性低群 主効果 交互作用
(18人) (17人)
1学期 2学期 3学期 1学期 2学期 3学期 自主・向上性の差 F値 学期の差 F値 F値
友達関係 10.46 10.72 10.97 10.22 10.23 10.51 8.86*** 6.98** 2.30n.s.
(.40) (.48) (.42) (.45) (.46) (.41) 高群>低群 1学期<2学期<3学期
学習意欲 10.15 10.15 10.32 10.19 9.96 10.02 0.65n.s. 1.98n.s. 3.73*
(.66) (.58) (.66) (.49) (.58) (.44)
学級の雰囲気 10.77 11.05 11.01 10.58 10.51 10.50 4.71* .76n.s. 2.27n.s.
(.66) (.59) (.61) (.38) (.66) (.78) 高群>低群 上段:平均値 下段:標準偏差 *p <.05 **p <.01 ***p <.001
欲が落ちていくことが明らかになった。
【考 察】
教員の自主・向上性の高さと,児童の学級の適応感と の関連について
1 . 各群の人数との関連について
自主・向上性高群では,1学期から3学期にかけて,
満足群の人数が増加し,非承認群や不満足群の人数が 減少していることが明らかになった。一方で,自主・
向上性低群では,学期との間に各群の差はみられなか った。これらのことより,自主・向上性高群の教員の 指導行動は,1年を通じて児童の満足感の向上につな がっていることが示唆された。また,自主・向上性低 群の教員の指導行動は,児童の満足感を高めることに はつながらないことが示唆された。したがって,教員 の自主・向上性高群の学級は,児童の学級生活を成功 に導くことができており,柳田(2016)の指摘する,「市 民的必須実現能力」の育成に効果的な指導行動を有し ていることが推察される。
2 . 学校生活意欲尺度との関連について
「友達関係」と「学級の雰囲気」において学期と自 主・向上性において交互作用はみられなかった。学期 の主効果については,「友達関係」得点のみに有意な 差がみられた。武蔵・河村(2015)は,親和的な学級 では,「友達関係」と「学級の雰囲気」得点が他の類 型と比較して,最も高いことを明らかにしている。A 小学校全体では,1年を通じて学級生活満足群の割合 が増加していることから,学級が「親和的なまとまり のある学級」に近づくことで,学期ごとに「友達関係」
得点が高まる結果になったと考えられる。「学級の雰 囲気」得点には,学期の主効果はみられなかった。藤 井(1999)は,児童生徒の対人関係上の課題の背景に は,児童生徒の人間関係の固定化や小規模化,仲のよ い友人とのみ交流しようとする交流集団の増加を指摘 しており,時間の経過とともに友達関係は向上したが,
その関係は広がらず学級の雰囲気全体には関連しなか
ったと考えられる。しかしながら,自主・向上性によ る主効果については,「友達関係」と「学級の雰囲気」
得点に有意な差がみられたことから,自主・向上性の 高い教員の学級は,友達関係が向上するだけでなく,
学級全体が協力したり,まとまったりする雰囲気にま で高めることができていると考えられる。文部科学省
(2011b)は,近年の子どもたちの人間関係に関する
現状や課題として,「気の合う限られた集団の中での みコミュニケーションをとる傾向がみられる」ことを 指摘しており,教員の自主・向上性の高さはそうした 課題の解決に向けての1つの視点になると考えられる。
「学習意欲」においては交互作用がみられた。自主・
向上性の高い教員の担任する学級は,2学期から3学 期に向けて学習意欲が高まっていくことが明らかにな った一方で,自主・向上性の低い教員の担任する学級 は,1学期から2学期に向けて,学習意欲が低下して いくことが明らかになった。A小学校は,先述したよ うに,4つの研究部があり,全ての研究部が学力の向 上に向けて,月に1度の部会を持つなど,教育課程に 準拠しながら研究を行っている学校であった。しかし ながら自主・向上性の高低によって,「学習意欲」の 変化に差がみられていることから,自主・向上性の高 い教員と低い教員との間には,取り組みに対する温度 差があると考えられる。河村・武蔵(2015)は,自主・
向上性が低い教員集団を「停滞した教員組織」や「問 題を抱えた教員組織」であると指摘しており,校内に 様々な教員がいる中で,学校全体で児童の適応感を高 めていくためには,教員の自主・向上性を高めるため のアプローチの方法を検討することが重要であると考 えられる。
スクール・モラールの研究について,河村・田上
(1997a)は,強いM(集団維持機能)指導行動に,
強いP(目標達成機能)指導行動を認知している児童 が最も高いスクール・モラールであることを明らかに しており,河村・田上(1997b)は,教師特有のビリ ーフが強くなると,教師が自分の教師役割を達成しよ うとするあまり,その教育実践が意識されないうちに 管理的傾向を強めていってしまい,学級のスクール・
モラールを低下させ,著しくスクール・モラールの低
下した児童を生んでしまっている可能性を示唆してい る。田崎(2004)は,児童のスクール・モラールは,
教師の勢力資源の中の親近受容性,正当性,明朗性,
外見性に正の相関があることを明らかにしている。こ のように教員の指導性や援助性など指導行動の在り方 や,児童を捉える認知的枠組み,そして勢力資源など,
教員側の側面が児童に影響を及ぼす研究が多くなされ ているが,さらには教員の自主・向上性という,より よい実践をしていこうとする前向きな行動や認知的な 側面も,児童のスクール・モラールとの関連が明らか になったことで,児童の学級の適応感を高めていく上 での重要な視点となると考えられる。
【研究の限界と今後の課題】
本研究では,教師の自主・向上性の高さと児童の学 級の適応との関連を明らかにすることが目的であった。
本研究は1校の教員を対象として行われた。本研究で 対象としたA小学校は,被侵害得点が低く,全ての 学期において被侵害得点の平均値が10%を切ってい る状態の学校であった。つまり本研究の結果はA小 学校特有の特徴があり,結果の全てを他の小学校に当 てはめることはできない。さらに,児童のキー・コン ピテンシーを「学級生活が成功し,正当かつよりよく 学級が機能している」という市民的必須実現能力の視 点から捉えている。しかしながら児童のキー・コンピ テンシーを捉える視点は,様々あると考えられる。以 上の2点において本研究には限界があると考えられる。
また,本研究をまとめていく上でいくつかの課題が みられた。第一に,教員の自主・向上性が児童の適応 感を高めることに関連があることは明らかになったも のの,因果関係は明らかにされていない点である。教 員の自主・向上性が教員のどのような指導行動につな がり,児童の適応感に影響するのかについて明らかに する必要があると思われる。
第二に,教員の自主・向上性の高さと,個々の教員 の持っている認知的な枠組みや,心理発達的側面とど のように関係しているのかを明らかにすることで,自 主・向上性を高めていく示唆を得る必要があると思わ
れる。
第三に児童の適応感についてである。本研究では児 童の適応を個々の児童の学級生活満足感から捉えた。
しかしながら,河村(2010)は,満足型集団にするこ とで,協調的に学び合う雰囲気ができるなど,学級集 団の型によって,学習活動の成果を捉えることができ ることを指摘している。したがって,児童の適応感を 満足群の割合のみならず様々な視点から明らかにする ことが必要であると考えられる。以上のことを今後の 課題としたい。
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(2016年11月2日受稿,2017年9月25日受理)
The Relationship between the High Levels of Autonomy-Improvement of Primary School Teachers and the Students’Adaptability to the Class.
Hidenori Morinaga(Housen Elementary School) Toshihiro Mori(Toyo Elementary School)
In this study, I conducted a questionnaire survey on 35 teachers of A elementary school in order to examine the relationship between the high levels of autonomy-improvement of primary school teachers and the students’adaptability to the class.
Based on the autonomy-improvement scores of the teachers, I classified them into high-level and low-level groups, and compared the students’adaptability to the class of each group. According to the analysis, classes under the charge of teachers in the high-autonomy-improvement-level group showed an increase in the group of students “who were satisfied with their class lives”, and showed a decrease in the group of students “who were not acknowledged” and “who were not satisfied with their class lives” between the first and third term. The classes under the charge of teachers in the low-autonomy- improvement-level group showed no difference between terms. In addition, based on the motivation criterial for school life, classes under the charge of teachers in the high-autonomy-improvement-level group showed an increase in the “friendship”
scores as the term proceeds. When the high-level group and low-level group were compared, classes under the charge of teachers in the high-level group showed higher scores in “friendship” and “class atmosphere”. Additionally, when it comes to
“motivation for learning”, the high-level group showed higher scores than those of the low-level group. It also demonstrated that the scores in the high-level group tend to increase between the second and third term, while the scores in the low-level group tend to decrease between the first and second term. These results indicate that the student in the classes under the charge of teachers in the high-autonomy-improvement-level group have higher adaptability to the class compared to those in the low-level group.
Keywords: autonomy-improvement of primary school teachers, students adaptability to the class, key competency