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アメリカ合衆国初期州憲法の教育規定

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アメリカ合衆国初期州憲法の教育規定

教育学科教育制度研究室 上 原  貞 雄

(昭和46年10月30日受理)

1 連邦憲法と州憲法との教育事項上の   周知のごとく・連邦憲法(Fede・al c・nstituti・n・正 関連       確にはThe C°nstituti°n°f the United States)に1ま・

直接,教育に関する明文規定がない。その主要な理由と アメリカでは,1776年に発せられた独立宣言(Decla一  しては・恐らくは・次のようなことがあげられると思 ration of Independence)とともに,イギリス国王によ  う。すなわち・一つには・憲法制定の当時において・北 る植民地統治は終わりを告げた。独立宣言に参加した旧  部ニュー・イングランド地方を除けば・「教育はほとん

/3州のうち,最後まで自治植民地であったコネティヵッ  どどこでもまだ私事であって・まったく全般的に教会の      4)トとロード・アイランドの両州が従来のそれぞれの植民  支配下にあった。」ので,教育を世俗政府の関心事と考

地自治を認めた勅許状(Colonial Charter)をそのまま  えるまでにいたっていなかったし,またそのような状況 基本法としたのを例外として・他の11州は同年から1780  下にあった諸州の間でも,中部と南部とでみられるよう 年にかけてのわずか数年たらずの間に各自の憲法をあい  に・教育問題に対する態度がそれぞれちがっていたこと ついで採択した。これらの州憲法(State Constitution)  である。今一つには・同憲法制定の任にあたった憲法会 は,1653年イギリスにおいてクロムウェル(0.Crom一 議(Constitutional Convention,1787)に参加した各 well)が作ったごく短命の統治法典(lnstruments of 州の代表者たちが,概して公債所有者・商人・製造工業 Govemment)を別とすれば,世界最初の成文憲法であ  者・土地投機業者・奴隷所有者などといった・当時の富

1)      5)

ったといわれている。       裕層に属する者たちであって,カバリー(E.P. Cub一 一般に,これらのうち,立法府が圧倒的に優位なヴァ  berley)も指摘するように,「旧時代の貴族的かつ私的 一ジニア州憲法(1776)と三権が最もバランスのとれた  なタイプの教育を身につけた人びとであり,多分そのほ

マサチュセッツ州憲法(1780)とは,初期州憲法の二大  とんどの者が… …一般民衆教育への試みには何ら特別       6)典型として把握される。特に後者のマサチュセッツ州憲  な共感を示さなかった。」ことである。さらに一つに

法は・その後1787年に採択された連邦憲法に大きな影響  は,独立革命後の極度の経済不況と社会不安にみちた,       2)を与えたとされ,かつ後に詳述するごとく,すぐれた教  当時の・いわゆる「危機の時代」において,これに緊急

育規定をも有していて,その意味で他州の範となったに  に対処するために,何としても一層強力な政治的結合と とどまらず,依然それは同州現行憲法として存続施行さ  しての連邦組織を早急に樹立することが必要であったの れている。また,連邦憲法の制定後,西部版図の拡大に  で,憲法会議では,もっぱらそのことの論議に追われ

ともなって,その地方にあいついで新たな州が誕生し,  て・教育問題には真剣にとりくむ余裕をもたなかったこ それぞれに州憲法が採択された。しかも,新州の連邦加  とである。ほぼこのような事情から,連邦憲法には明確 盟に際しては,ほとんどの場合,連邦議会が州設置法に  な教育規定が設けられなかったとみられるのであるが,

おいて・たとえば1802年のオハイオ州設置法(Ohio E一 しかし,それだからといって,同憲法がこれまで教育問 nabling Act)に見られるように,新州の憲法に明確な教  題に全然無関係であったというわけでは決してない。実 育規定を設けることを要求したことも見逃がされてはな  をいえば,上記会議における憲法の制定過程において注13)

らないであろう。このように,同時代において,初期州  はφマディソン(J.Madison)やピンクニー(C. Pinc一

腎       注2

憲法は,少なからず相互に影響しあいながら,また連邦  kRey)の提案がもととなって,憲法第1条第8節第1項       注3 尠@とも何らかの関連をもちながら・あい前後して制定  の「一般福祉」規定( general welfare clause)のな されたと考えられるのである。そこで・本題に入るに先  かに,各州への財政援助のみを限度として連邦立法府お 立って,これら両種の憲法における教育事項上の関連に  よび行政府の教育関与権が包括されたと解される。事 ついて,簡単に触れておきたい。       実,これにもとついて,建国以来各州における教育振興

(2)

のために国有地の交付をはじめとして連邦援助が不断に  いて,早くも1780年までにそれぞれの州憲法を制定する 行なわれてきたのである。また,同憲法の制定以後にお  一方,1787年から1790年にかけて連邦憲法の採択と批準 いては,その適当な関連条項の解釈と適用を通じて・連  を完了して,当初の連邦を構成した。また,その後間も 邦司法肩により次第に多くの教育関係の諸事件が処理さ  なく,これらのうち・ニュー。ハンプシャー,ヴァージ れるようになった。たとえば,南北戦争以後において  ニア,マサチュセッツの3州の各所領であった地域が分 は,特に修正第14条第1節の「適法手続」規定( due  離して新たにヴァーモント・ケンタッキー一,メインの3

process clause)および「平等保護」規定( equal 州を組織するとともに,それぞれ1786・1792,1819年に         注4

orotection dause)をもとに,私立学校,宗教教育,  州憲法を制定して連邦に加盟した。加うるに,連合時代       注6

Aカデミック・フリーダム,黒人分離教育などをめぐる  から土地条令(Land Ordinances)の適用をうけていた 各州の重大な教育問題に関して数々の連邦判例(連邦最  北西部領地(Northwest Territory)からも,新たにオ 高裁判例など)が積み重ねられてきたのである。カバリ  ハイオ,インディアナ,イリノイの3州が,また地理的 一の言葉を借りていえば,「もしも今日において憲法が  に南部の延長とみられるオハイオ川以南の地域からも,

改編されるというようなことがあったならば,教育がそ  新たにテネシー,ルイジアナ,ミシシッピー,アラバマ

ヌ疑いない。」ものと考えられる。      邦に加盟を認められた。なお,旧13州の一つであったコ もちろん,上記連邦憲法の諸規定や,これらにもとづ  ネティカット州も,ようやく他州にならって,1818年に

く連邦の教育援助および教育判例について,ここで一々  州憲法を制定するにいたった。       注5

レ細に論述するつもりはない。ただ,この場合,連邦の   かくして・独立宣言から連邦憲法採択を経て「第二の 役割は,むしろ各州教育行政の自律性を前提とした上で  独立戦争」を終了するアメリカの初期建国時代において の,本来消極的ないしは補足的な性質のものであったこ  は,もっと具体的にいえば,第1表にみられるように・

と,つまり連邦制定法の直接的規制によって一挙にでは  1820年までには,実に現行50州のほぼなかば近い23州が なく,基本的には各州の自主性を尊重しつつ,財政援助  連邦を構成する諸州として認められるとともに,それぞ を媒体として,あるいは憲法判例の積み重ねによって,  れに固有の州憲法を有するようになったわけである。

漸進的に各州教育の発展を促してきたことを,簡単に指   そこで,これら初期州憲法における教育規定の内容に 摘しておくにとどめたい。なお,1791年に増補された同  立ち入る前提として,教育規定の有無について簡単なが 憲法修正第10条において,連邦「憲法二依リテ合衆国二  ら触れておかなければならない。1776年から1780年にか

委任セラレズ又州二対シテ禁止サレザリシ権限ハ,夫々  けて,いちはやく制定された旧11州の憲法に関しては・       8)各州或ハ人民二留保セラル。」とされ,これにより連邦  デラウェア,メアリランド,ニュー・ハンプシャー・

憲法上明文規定を欠く教育事項が各州に留保された固有  ニュー。ジャージー,サウス・カロライナ,ヴァージニ の権限の一つとみなされるようになったこととあいまっ  ア,ニュー・ヨークの7州のものがまったく教育規定を て,その後各州憲法において次第に教育規定が設けられ  欠いており,これに対して,わずかながらノース・カロ るにいたったわけであるが,そのことも同様の意味にお  ライナ,ペンシルヴェニア,ジョージア,マサチュセッ いて理解すぺきであろうと思う。      ツの4州のものが何らかの教育規定を有していたにすぎ

実際,現行のすべての州憲法は,それぞれの州に独自  ない。おそらくは,連邦憲法制定の場合とほぼ同様に,

な教育行政および教育制度に関して,各様の教育規定を  従来大部分の地方において概して私教育の伝統が強く,

もっている。そこで,これらの規定の内容と特質を明ら  世俗政府が教育に関与することには大きな抵抗があった かにしていくためには,さしあたり・連邦憲法に前後し  こと,しかも当時は独立戦争のさなかにあって,教育間 て制定された初期州憲法の場合をはじめとして,諸州憲  題に対して州政庵がとるべき新たな態度について改めて 法の教育規定について歴史的考察を加えておく必要があ  真剣に論議するほどの余裕をもっていなかったことなど ろう。ここでは,特に初期州憲法の場合に限定して,考  の事情によって,このことは大方説明されうると思う。

察を進めることとしたい。       もっとも・やや下って,178↓年および1792年にはニュ 一・ハンプシャーおよびデラウェアの両州が最初の憲 2初期州憲法の制定と教育規定の有無  法,つまり第_憲法を改正して第二憲法に教育規定を設

1776年に独立宣言を発した旧13州は,すでに述べたよ  けたほか・この間には1786年および1792年にヴァーモン うに,コネティカットとロード・アイランドの両州を除  ト州およびケンタッキー州が連邦に加盟し,そのうちヴ

(3)

上 原:アメリカ合衆国初期州憲法の教育規定       41

第1表 初期州憲法の制定年次および教育規定の有無

一一@丁一

@     一}一一』山一ゴー 一一一一1−一一一一一一.一  一一 一一一一「1−一π}一一一

州      名 教育規定の有無 1776.1792 デラウェア※ 1776無,1792有 1776,1789.1798 ジョージア※

1776 メアリランド※

1776,1784.1792 ニュー・ハンプシャー※ 1776無,1784・1792有 ニユー・ジャージー※

1 1776 ノース。カロライナ※

1776.1790 ペンシルヴェニア※ 1776,1778.1790 サウス・カロライナ※

1776 ヴァージニア※

1777 ニュー・ヨーク※

マサチュセッツ※

11786.1793 ヴァーモント 1792.1799 ケンタッキー。

1796 テネシー

1802 オハイオ

1812 ルイジアナ

1816 インディアナ

1817 ミシシッピー

1818 コネティカット※

1818 イリノイ

1819 アラバマ

1819 メイン

1820 ミズリー

注1初期州憲法として,ここでは1776年から1820年にかけて制定されたものだけをと りあげ,最初の憲法の制定年次の順にしたがって掲げた。また,それが同一年次 の場合は,アルファベット順とした。なお,憲法制定年次については,資料によ って若干のくいちがいがあるが,ここでは,F. N. Thorpeの書物によること とした。

注2※印は,旧13州のうちの12州を参考のために表示したものである。残る1州ロー ド・アイランドが最初の憲法を制定したのは1843年においてであった。

@      ■

アーモント州の場合はその最初の第一憲法において教育  欠いていたのに対して,13州が何らかの教育規定をおく 規定を設けており・従って1792年までには,憲法をもつ  にいたっている。(第1表参照) その13州の内訳は,

13州のうち,教育規定をおいていないのが6州,何らか  北部ニュー・イングランドの5州(ニュー・ハンプシャ の教育規定をおいているのが7州となり,逆に教育規定  一,マサチュセッツ,ヴァーモント,コネティカット,

を有する州憲法の方が・わずかにではあるが,多くなっ  メイン),中部の2州(ペンシルヴェニア,デラウェア),

ている。この場合,メ・一ルマン(A・B・Moehlman)も  南部の4州(ノース・カロライナ,ジョージア,ミシシ 指摘するように,自州憲法中に教育規定を設けていたこ  ッピー,アラバマ),加うるに,旧北西部領地であった れら7州については・デラウェア州を除いて他のすべて  2州(オハイオ,インディアナ)となっている。なかで

の諸州が連邦憲法採択以前にその内容の良否は別として  も,早くから公教育制度の存していたニュー・イングラ       9)

既にある種の公教育制度をもっていたことがその裏づけ  ンドの諸州と同地方のこの制度を多くとりいれた旧北西 になるものとして特に注目されるであろう。      部領地の諸州がほとんど一致して自州憲法に教育規定を

また,さらに下って1820年においては,連邦を構成し  おいていたことは,この際,確かに特筆されてよいと思 た23州のうち,10州が憲法において教育規定をまったく  う。

(4)

3初期州憲法における教育規定の内容  ては全く触れていない・なお,ジ・陶ジア州の場合につ いては,その11年後の1798年に第二憲法が制定され,こ カバリーによれば,初期州憲法のうち,教育規定をもつ  れにおいて先のカゥンティにおける学校設立に関する規 13州の憲法は,およそ三つのグループに類別されるとし  定が削除され,かわりにセミナリー。オブ・ラーニング ている。第一のグループは,「単に学校の設立だけを簡  (seminary of learning)の振興とそのための州議会に

略に指示しているにすぎないか,もしくは単に北西部領  よる必要な措置に言及する程度になり・その意味では若      14)

n統治のための1787年の条令に含まれた 学校および教  干後退した規定になっているといえる。

育手段 の振興に関する宣言をくりかえすにすぎない」   一般的にいって,これらの州は,元来アングリカン ものである。また,第二のグループは・「学問・徳行の  (Anglicans)の植民した南部に属するか,もしくは隣接 奨励および学校団体の保護奨励を指示する・すぐれた条  しており,従って伝統的に教育を私事にかかるものと考 項をもつ」ものである。さらに,第三のグループは,「  える立場から,諸州はこれに関与することを強くためら 学校の設立とそこでの授業料を低額にすぺきことを指示  っていたようである。たとえば,ジョージア,デラウェ する」ものである1° そこで,このような纐を_応の手 ア,ミシシ。匹の諸州では渓情は憲法の教醐定か がかりとして,初期州憲法における教育規定の内容を順  らかなり遠く・ほぼ19世紀の中葉になるまでは,せいぜ 次明らかにしてみたい。       い貧民学校(pauper school)が維i持されるにすぎなか

(1)学校設立と教育奨励にっいてごく簡単かつ抽象  った・また・アラバマ州でも,ミシシッピー州と同様 的に規定する州憲法       に,「1819年憲法はむしろ良い規定を含んだけれども,

 カバリーのいう第一グループに属するものとしては,  それは1854年にいたるまで実際には施行されないままで      15)ジョージア州第一憲法(1776),デラウェア州第二憲法  あった。」従って,これらの州憲法の教育規定は,ほと

(1792),ミシシッピー州憲法(1817)およびアラバマ  んど実質をともなわないほんの申し訳程度のものにすぎ 州憲法(1819)があげられるが,それらは,南部3州お  なかったといえよう。

よび中部1州のものであって,たとえば次に示すように   (2)公教育制度にっいて具体的に規定する州憲法 ごく簡単なないしはごく抽象的な教育規定をもっている   カバリーのいう第二のグループに属するものとしては にすぎなかった。      マサチュセッツ州憲法(1780),ニュー・ハンプシャー

ジョージア州第一憲法(1776)       州第二・第三憲法(1784,1792),ヴァーモント州憲法 第54条今後州議会の指示にしたがって,各カウンティにお  (1786),オハイオ州憲法(1802),インディアナ州憲

いて学校が設立され,かつ州の一般経費でまかなわれなけれ  法(1816),コネティカット州憲法(1818)・メイン州    11)ばならない・       憲法(1819)があげられるが,これらのニュー・イング

デラウェア州第二憲法(1792)       ランドの5州と旧北西部領地の2州の憲法は,学問・教 第8条第12節州議会は・都合の許す限り早急に・学校を設  育の振興および学校の設立を強調する,一層具体的なか 立し・かつ}芦を振興することを・法律によって定めなけれ  っすぐれた規定を有している。そこで,まずニュー・イ

ばならない。       ●      ングランドの諸州の場合に注目することとして,その最 ミシシッピー州憲法(1817)       も代表的と思われるマサチュセッツ州憲法に加えて,二 第6条第16節 宗教,道徳および知識は良い政治,自由の保      ユー・ハンプシャー,ヴァーモント両州の憲法の教育規

持および人類の幸福のために本質的に必要であるので,本州

      定をとりあげてみよう。においては,学校および教育手段が不断に奨励されなくては

ならない.13)@       マサチュセ・ツ州憲法(1780)

このように,ジョージア州第一憲法およびデラウェア   第2編第5章ケンブリッジにおける大学および文学の

       振興,その他州第二憲法は,それぞれの州において学校を設立すぺき

       第1部 大学ことを単に指示したにすぎず,またミシシッピー州憲法      第1条 われわれの賢明かつ敬虜な父祖たちが早くも1636年に

およびアラバマ州憲法は漣合時代に制定された」騨部 ハーヴ。一ド大学の鞭をおき,その大学において,神の縮

領地条令(Northwest Ordinance)の教育規定の表現を      によって,きわめて多くの人たちが教会と州との双方の公職

ほとんどそのままくりかえしたにとどまっている。いず   のために資格を賦与する学芸において伝授されてきたこと,ま れにせよ,ただ漠然と抽象的に「学校」の設立もしくは   た学芸およびあらゆる良い文学の振興が神の栄誉,キリスト教

「学校および教育手段」の奨励をうたうのみで・制度上   の利益およびアメリカ合衆国のこの州およびその他の諸州の大 具体的にどのような学校をどのように構成するかについ   きな利益に資するものであること,これらにかんがみて,次の

(5)

上 原:アメリカ合衆国初期州憲法の教育規定       43

ことが宣言される。すなわち,法人としての資格においてバー    州議会の指示する諸規則のもとに正当に亨受すべき特権,課

ヴァード大学の総長およびフェローとかれらの後任者,職員,    税免除および財産権を亨受できるよう,奨励かつ保護されな      18)用務員は,現在,所有しているか,もしくは所有,保持,使用,    ければならない。

行使および亨受する資格のある・すべての権限・権威・権利・   上記マサチュセッツ州憲法の教育規定は,グッド(H.

舳・特恵・課税免除・特許を所有課持・使用・行働よび G.G・・d)によれ1ま,ワシントン(G W・、hi。gt。n),ジ 亨受すぺきこと,そして同じことが本規定によって上記ハーヴ

@      ェファソン(TJefferson)らとともに当時のすぐれたアード大学の総長,フユローとかれらの後任者と職員,用務員

フそれぞれに常に是認され続されること.    指導的政治家の一人であったジ・ン゜ア{誇ズ(J°hn

第3条 (省略)      もかくとして,同州憲法の教育規定は,明らかに,ピュ 第2部文学の振興,その他         鯛リタン(Puritans)的信仰と一体の関係においてでは 英知,知識および徳行が人民の間に一般的に普及されること  あれ,学問・教育の奨励,タウンの初等学校およびグラ は,権利と自由の保持のために必要であり,このことは州の各  マー・スクールにおける公教育の普及,私立学校,大学 地方に,また人民の各層の間に教育の機会と利益とを拡充する  に対する保護奨励などに関して長文かつ詳細にわたる規 こといかんにかかっているので,文学および科学の関心とそれ  定をもっており,同じくピューリタンにより久しく公教 らのためのあらゆるセミナリー特にケンブリッジにある大学・ 育の伝統を培ってきたニュー・イングランド諸州のなか タウンにある公立学校およびグラマー・スクールを奨励するこ  で最もすぐれた教育規定を有していたといえる。実際,

と・州の農業・学芸・商業・貿易・製造工業および博物の促進  マサチュセッツ州では,この憲法の制定後,1789年に最

のために褒賞と課税免除によって私立団体および公立機関を振       初の一般州教育法を制定して,同州の過去およそ150年 興すること,人民の行動にヒューマニティと仁愛,公私の慈善,

@      問にわたる公教育の伝統を確認し,タゥンにおける初等勤勉と質素,正直ときちょうめんさを,そして人民の問に誠実,

       学校およびグラマー一・スクール(grammar schoo1)の良きユーモア,社会的愛情および寛大な感情を奨励し教えこむ

こと,これらのことは洲の将勅通じて洲議会および畑 鱗腰求した}まか,教耽許についても規定してお の責務でなければなら拠響16)      り・これによって憲法規定を一層実質的に裏づけている ニユー・ハンプシャー州第二・第三憲法         のである・

G784,1792)    また,同ニュー・イングランド地方のニュー。ハンプ 第2編政府の形態       シャー州およびヴァーモント州の場合も,やや簡略にで

文学の奨励・その他      はあるが,大学に関する部分を除いては,マサチュセッ 地域社会を通じて一般的に普及される知識および学問は自由  ツ州のものとほぼ類似趣意の教育規定をおいていた。こ な政府の保持のために必須のものであり・州の各地域を通じて  とにニュー。ハンプシャー州の憲法は,その南隣りであ

教育の機会と利益とを普及することはこの目的を促進するため       るマサチュセッツ州の憲法の「文学の振興,その他」の

に高度に役立つので,本州政府の将来の時期において,文学お

@      規定をほとんどそのままの表現で忠実にとりいれているよび科学の関心とあらゆるセミナリーおよび公立学校を奨励す

       ことは,あらためて指摘するまでもなかろう。なお・二ること,州の農業,学芸,商業,貿易,製造工業および博物の

促進のため}・麟と課税鱒と}、よ。て私立団体および公立機 ゴ ハンプシャ周州においては,1789年に最初の一般 関を振興すること,人民の行動にヒュ_マニティと仁愛,公私  州教育法を制定して,タウンにおける英語学校(English の慈善,勤勉と質素,正直ときちょうめんさを,そして人民の  schoo1)とラテン語学校(Latin schoo1)の維持を要求 間に誠実,良きユーモア,社会的愛情および寛大な感情を奨励  し,またヴァー一モント州においては,1782年および1797

臨糠轡ことは 少M議会および知事の責務で盟朧翫錨ζ1二福撫錨讐

ヴァーモント州憲法(1786)      れそれに憲法規定を具体化している。また,これら・3州 第2章第38節徳行の奨励と非行および不道徳の防止のための  を含めてニュー・イングランド5州の初期州憲法がほぼ 法律が不断に施行され・かつ正当に執行されなければなあな 2世紀に近い歴史のさまざまな変遷にたえて,今日にい い・そして・各タウンにおいて有効な数の学校が子弟の適切な  たるまで,現行憲法として存続施行されていることも付

教授のために維持され,またこの州の各カウンティにおいて一  _       言すべきであろう。つ以上のグラマー・スクールが設置され,適正にまかなわれな

ければならない。そして,宗教および学聞の進歩のために,あ  ところで,ニゴ帰・イングランド諸州における公教育 るいは他の敬慶なかつ慈善的諸目的のために,今後結成ないし  の伝統と憲法上のすぐれた教育規定は,同地方からの移 は組織されるすぺての宗教団体もしくは諸団体は,それらが本  住者の多かった・しかも連合時代の土地条令のもとに公

(6)

ウ育振興のための財政援助(国有地交付)が約束されて   これらオハイオおよびインディアナ州憲法の教育規定  注9いた,旧北西部領地の諸州憲法に多大の影響を与えたで  について1鶴第一に・連合時代においてニュー・イング

あろうことが明らかに看取されるのであるが,その意味  ランドの人びと・特にバトナム(R・PutnUm)やカトラ において,北西部領地から誕生したオハイオ,インディ  ー(M・Cutler)らの努力によって制定され,両州の誕 アナ両州憲法をとりあげ,その教育規定について特に重  生以前に適用されていた,1787年の北西部領地条令の一 要と思われる部分を抜きだして検討してみよう。     規定「宗教,道徳および知識は良い政肩と人類の幸福の オハイオ州憲法(1802)      ために必要であるから,学校および教育施設が不断に振

第8条第3節人はすべて,良心の命ずるところにしたがっ  興されなければならない。」が,前者においてはほとん て・全能の神を崇拝する自然的かつ破棄されることのできな  どそのまま,後者においては若干簡潔にした形でとりい い権利を有すること・一(中略)・・…そして・法律によつ  れられ,モンロー(P.Monroe)のいうように,西部に て・いかなる緻団体ないしは祖F方式にも決して好遇が与 おける公教育制度の発展に理念的支柱を与えたこ置あ・あ えられてはならないし,かつ信用ないしは利益のある,いか

@      げられる。また,同条令に先立つ1785年の土地条令(L一 なる職務に対しても,その資格として宗教テストが要求され

      and OrdiDance)によって留保され,しかもオハイオ州てはならないこと。しかし,宗教,道徳および知識は良い政

府および人類の幸福に本質的に必要であるから,学校および  設置法などによって交付されるところとなった一定区画 教育手段が良心の権利に矛盾しないように,州議会の措置に  の国有地がかかる公教育制度維持のための財政上の大き よって常に奨励されなくてはならない。         な裏づけとされたことも重要であると思う。第二には,

第25節本州内のカウンティおよびタウンシップの貧民を,  若干のニュアンスや程度の相違はあるにしても・ほぼ共 学校および大学をまかなうために合衆国によってなされた賦  通に信教の自由と政教分離への方向にむかって・非宗派 与(国有地交付一筆者注)から生じる収益を基本財産の全部  的な公教育に関する規定がなされており・この点では二 もしくは一部とする・州内の学校,アカデミーおよび大学に  ユー・イングランド諸州の憲法規定より明らかに一歩進 入学させないようにする・いかなる法律も制定されてはな与  んでいるといえる。特にオハイオ州憲法においては,特 ないこと・そして・上記の学校・アカデミーおよび大学の門  定宗派の公認や公職資格上の宗教テストを禁止し,政教 戸が上記騰の意図に反していかなる差肌しくは腿もす 分離への方向をうちだした上で,公教育の振興を強 ることなしに・緻階の蛾ン生獺磯入れのために 調しているのである.も。とも,同州憲法では,北西部

開放されていなければならない。       領地条令の規定をほぼそのままうけて,「示教・道徳およ

インディアナ州憲法(1816)       び知識」の普及を目的として教育の振興をうたってお第9条第1節 地域社会を通じて一般的に普及される知識お       り,その点においても確かに政教分離原則の不徹底な面よび学問は自由な政府の維持のために必須なものであり,し

      がまだ残されているが,これに対してインディアナ州憲かもこの州の各地域を通じて教育の機会および利益を普及す

       法では,「宗教」が削除されて「知識および学問」の普及ることはこの目的のために高度に役だつので,合衆国によっ

て本州に対して現にもしくは今後学校の使用のために交付さ  を目的として教育の振興に言及していることは注目すぺ れる土地の開発のために法律によって措置を講じることや,  きであろう。さらに第三には・具体的に,貧民学校の制 かかる圭地もしくは他の何らかの土地から生じる資金を現に  度が禁止され,すべての人びとに差別なく解放された公 もしくは将来意図される大きな目的の達戒のために使用する  立学校制度の維持と財政的支持が規定されていることが ことは・州議会の責務でなければならない。(以下省略)   あげられる。特にインディアナ州の場合は,「 タウン 第2節都合の許す限り早急に・無償かつひとしくすべての  シップ・スクー一ル(township schoo1)から州立大学 人びとに解放されるところの,タウンシップ・スクールから  (State UniVerSity)にいたる正規の階梯をのぼる〃完全 州立大学までの正規の階梯において上昇する・一般的教育制  無償の州教育制度の樹立を州議会に命じる包括的な命令 度を提供することは,州議会の責務てなければならない。       25)

@      を発した最初のものであった。」ことが指摘されよう。第3節 そして,かかる有益な目的の促進のために,戦時は

      もちろん,こうした憲法規定がそのままただちに実施別として,兵役義務免除の人びとにより相当額として支払わ

       に移されたわけではない。確かに,オハイオ州の場合にれるべき金銭は,もっぱら,しかも均等な配分によって,カ

ウンティ・セミナリーの支持にあてられなくてはならない。  は憲法制定後ほぼ20年ほど経た1821年および1825年にい また,刑法犯罪の全科料は,その裁定されるカウンティの上  たって公教育法が制定および改正され,マサチュセッツ 記セミナリ_にあてられなくてはならない。23) @     州の公立学校制度や教貝免許制度をとりいれて州公教育      6》第4節 (省略)       制度の基礎が確立されるにいたったこと,またインディ

第5節 (省略)       アナ州の場合には,公教育の伝統を欠いていた南部から

(7)

上 原:アメリカ合衆国初期州憲法の教育規定       45       r

@       I

フ移住者が少なからず,従って当時においては同州憲法  school)および貧民学校が最も普及していた,中部に属 の規定する「タウンシップ・スクールから州立大学にい  していた。ペンシルヴェニア州の1776年制定の第一憲法 たる」完全無償の公立学校制度の実現は困難をきわめ・  は,同年制定のヴァージニア州のものとともに立法府の

現行第二憲法の制定される1851年までには,この点で大  圧倒的に優位な急進的な州憲法の典型とされたが,その       27)きな進歩が見られなかったことも事実である。しかし,  教育規定はむしろ保守的といってもよいものであった。

それはそれとして, これら新西部の両州憲法の教育規定  同州第一憲法は,確かに上掲のように,やや具体的に,

が,北部ニュー・イングランドのマサチュセッツ州や二  州議会によるカウンティごとの学校の設立,低額の授業 ユー・ハンプシャー州憲法のそれとともに,さわめてす  料での教授および大学における学問の奨励などについて ぐれた内容をもっていたことは,高く評価されるべきで  規定し,公教育への一歩前進をはかったとはいえるもの あると思う。       の・それはニュー・イングランドや新西部の諸州憲法に

      見られたような,教育の機会均等の保障としての,初等(3) 学校設立と低額授業料について具体的に規定す

る州憲法      1       学校から大学へ通じる公教育制度の樹立を意図するも カバリーのいう第三のグループに属するものは,中部  のでは決してなかった。しかも・その程度の規定内容の

       実施に対してさえ,当然ながら,きわめて大きな抵抗がのペンシルヴェニア州第一。第二憲法(1776,1790),

       あって,これを裏づけるべき何らの具体的措置も講じら南部のノース・カロライナ州憲法(1776)などであっ

       れなかった。従って,1790年に大幅改正の上制定されたて,これらのもつ教育規定はユ具体的ではあるが,学校

       第二憲法では,そのような実情のために,明らかに後退の設立と授業料を低額にすぺきことを指示したにとどま

       、

@      して,州議会の措置による無償貧民学校の設立が指示さっているもので,いうなれば,第一グループと第ニグル

       れるにとどまり,従来の貧民学校制度(pauper schoo1一プの中間に来るものと考えられよう。これら州憲法の

       system)の維持を継続することを確認した。実際,こ教育規定については,この場合,特にペンシルヴェニア

       のような制度はかなり久しく続き,その後さらに1802年州のものが一つの範となって若干の他州憲法に多大の影

       の貧民学校法制定を経1て,ようやく1834年に最初の無償響を及ぼしたことが考えられるので,以下のように,同

臆法を中心に,教醐定の内容をみていく必要があ 学校法が縦され毬護・鮪の鶏こは大きな変化が る。       なかったようである。

       なお,ここで注目されるのは,上述のようなペンシルペンシルヴェニア州第一憲法(1776)

       ヴェニア州の状況に対して,すでにとりあげたニュー・

謔S4節 児童の適切な教授のために,教員が低額で教授でき

       イングランドのグループに属するヴァーモント州の場合るよう,かれらに公費から給与を支給することにより,各力

ウンティにおいて一つ以上の学校が州議会によって設立され  は,まったく対照的であったことであろう。つまり・ヴ なければならない。そして,あらゆる有用な学問が一つ以上  ア }モント州は・連邦加盟前である1776年制定の最初の の大学において適正に奨励され,かつ振興されなければなら  憲法において,州議会によるタウンごとの学校の設立,

ない。       低額の授業料での教授などについて,同年制定のペンシ 第45節徳行の奨励と非行および不道徳の防止のための法律  ルヴェニア州第一憲法のものを範として,これにきわめ が常に施行され・かつその正当な執行のための規定がなされ  て近似した教育規定を採択したが,その後改正された なければならない・そして・これまで宗教および学問の向上  1786年の憲法では,さらに大きく前進して,タウンにお のために・あるいは他の敬皮かつ慈善的諸目的のために・結  ける学校およびグラマー・スクールの設立,カウンティ 成または組織されたあらゆる宗教団体もしくは諸団体は・そ  によるそれらの財政的支持を含む,簡潔ではあれ,すぐ れらが州の法律および従前の組織のもとに常に亨受し,その       注1031)

       れた公教育規定をもつにいたゲているのである。権利を亨受できたところの,特権・課税免除および財産権を

亨受することを奨励され,かつ保護されなければならな、響   また,グッドによれば・1776年のペンシルヴェニア州 ペンシルヴェニア州第二憲法(1790)        第一憲法の教育規定は,上言己ヴァーモント州の場合のほ

第1節州議会は、都合の許す限り早急に,法律によって貧  か・同年制定のノース・カロライナ州憲法などにおいて

民が無償で教授を受けるように、全州にわたって学校を設立  も若干簡略化してとりいれられ,また別の意味において       29)する規定がなされなければならない。      ではあろうが,1820年制定のミズリー州憲法にも何らか      32)ペンシルヴェニア州は・多様な宗派の存在とあいまっ  の影響を及ぼしたといわれる。特にノース・カロライナ

て,教育はそれぞれの教会・慈善団体もしくは私人の努  州憲法の教育規定についてみれば,次のような内容が含 力にかかるべきものとの観念から教区学校(parochial  まれている。

(8)

ノース。カロライナ州憲法(1776)         つ,都度指摘しておいたつもりである。

41児童の適切な教授のために,教員が低額で教授できるよ  第二には,すぐれた教育規定をもつニュー・イングラ う・かれらに公費から給与を支給することにより・一つ以上  ンド5州の憲法については,植民地時代以来ピューリタ の学校が州議会によって設立されなければならない・そし  ンの教育的伝統であった,タウンの学校およびグラマー・

て・あらゆる有用な学問が一つ肚の大モこおいて鉦に奨 スクールによ。て構成される公鮪制戯・それぞれの 励され・かつ振興されなくてはならない・        憲法のなかで規定したことである。それだけに,マサチ ノース・ヵロライナ州は・すでにも指摘したごとく・  ユセッツ州の場合に顕著にみられるように,宗教と一体 元来アングリカンの概した南部に属していて・伝統的 の関連において公鮪甑が強調されていたこと硯逃 に教育を穂と考える端を強く固執し従・て教育 がされてはならないと思う。しかし,マサチ。セ。ツ州 立法に対してはきわめて消極的であった。独立宣言とほ  憲法の教育規定が,その制定当時において最もすぐれた ぼ時を同じくして,同州では・上記のように・ペンシル  ものとして,その後新西部諸州の教育規定に大きな影響

ヴェニア州のものを範として,一応その憲法に学校を設       を与えたにとどまらず,同州を含めて,これらニュー。

置することと公費からの教員給与により授業料を低額に       イングランド5州の初期憲法が若干の修正はあったもの することを州議会の責務とする程度の規定が設けられた       の今日にいたるも現行憲法として施行されていることは

ものの,それは長い間ほとんど空文にひとしく,1825年       特筆されるぺきであろう。

にいたるも・貧民難制度に関する法案さ誠立しなか 第三に洞じくすぐれた教醐定をも噺西部2州・

ったたほどである。      つまりオハイオおよびインディアナ州の憲法について このように・ペンシルヴェニア州第一憲法をはじめと  は,これらの州が当時にしてはかなり大胆に宗教的自由 する一連の州憲法の教育規定は,まだすぺての子第に差  および政教分離原則の強調,万人に差別なく解放された 別なく教育の機会を保障する意味をもつ公教育制度の実  タウンシップ・スクールから州立大学にいたる公立学校 現にはほど遠く,その前段階として・従前の慈善もしく  制度を憲法において規定しており・その世俗的かつ民主 は施与としての意味をもつ貧民学校制度を若干の程度の  的な点においてニュー・イングランド諸州憲法の場合よ 差はあれ強く残していた・それぞれの州の教育事情と一  りも一歩進んだ内容をもっていたことがあげられる。実 体の関係において理解されるぺきであろう。      際,カバリーも指摘することく,民主的「新西部はここ

にはじめて自らを表現したのであり,そして今日におい

4初期州憲法の教育規定の特色     て州公教育制度のための最も完全な規定が見いだされる

35)

独立宣言の発せられた1776年から1820年にいたるまで  のは西部諸州の憲法においてである。」

の約半世紀の間に,旧12州(ロード・アイランド州を除   第四には,初期州憲法の各様の教育規定により・ある く)および新加盟諸州を含めて,現在の連邦構成数のほ  いは宗教勢力と一体の関係においてであれ,あるいは宗 ぼ半分に近い23州において,それぞれの憲法が制定さ  教勢力とある程度一線を画してであれ,ともかく世俗的 れ,またしばしばそれらの改正がなされてきた。そし  州政府が,幾分ためらいがちな場合もあったとはいえ・

て,これらのうち,10州が教育規定を欠いていたのに対  教育統制にのりだし,公教育をむしろ州政府の責務と        、         、 オて,13州がこれをおいていた。最後に,このような初  規定するにいたったことである。メールマンもいりより

期州憲法の教育規定について,これまでに指摘してきた  に,確かにこの点にこそ,初期州憲法教育規定の最大の      36)ことがらをも含めて・簡単にまとめておきたい。    歴史的意義を認めることができると思う。

まず第一には,全般的にいって,23州の大部分を占め   なお,初期州憲法は概して短文の憲法であり・教育規 る南部および中部のほとんどの諸州は,概して・まった  定についてみても,特にマサチュセッツ州の場合を除け く教育規定をおかなかったか,あるいは申し訳程度のこ  ば,その内容に各様のちがいがあるにしても,ほぼ共通 く抽象的かつ簡略な規定か,もしくは学校の設立と低額  して,それが比較的に簡略であったということができ の授業料での教授を指示する程度の規定を設けているに  る。しかし・やがてジャクソニアン・デモクラシー とどまったといえる。これに対して,北部ニュー・イン  (Jaksonian Democracy)の到来とともに,州憲法は グランドの5州と新西部の2州とが比較的詳細かつ具体的  一般的傾向として一段と詳密化され,州責任のもとでの なすぐれた教育規定をもっていたということである。そ  公教育に関するはるかに詳細な規定がみられるようにな の理由については,すでに各所でそれぞれの地方の宗教  った。また,南北戦争後においては,特に南部諸州にお および教育の伝統や,新西部への移住の状況に触れつ  いていくたびか大幅な憲法改正が行なわれ,解放された

(9)

上原:アメリカ合衆国初期州憲法の教育規定       47

黒入のための公教育に関する何らかの規定が加えられ  注71787年の北西部領地条令には,教育に関するものとして,

るにいたった。もちろん,これらを含めての州憲法にお    「宗教,道徳および知識は良き政治と人類の幸福のために必 ける教育規定の変遷については,いずれ稿をあらためて   要であるから・学校および教育施設が不断に振興されなけれ とりあげてみるつもりである。       ばならない・」と定められている・

注8 マサチュセッツ州憲法の教育規定の訳は,小倉庫次『アメ リカ合衆国州憲法の研究』昭36(有斐閣)195−96ページの

〔注および引用・参考文献〕       ものに準拠した・

注9 連合会議において制定された,1785年の土地条令は,国有 注1 オハイオ州設置法では,第一に,国有地払い下げ後その    領たる北西部領地においてタウンシップごとにその細分区画

土地に対する向こう5年間の免税措置を州がとることを前    である第16号区(360エーカー)を公立学校維持のために留 提として,教育のためにすでに留保された国有地を与える    保し,やがて同領地に新たな州が誕生したときに,その国有 ほか,内地交通改善のために若干の塩産地と州内の国有地    地を実際に交付することと定めた。なお,その詳細について 払い下げ純益の5パーセントを還元すること,しかも第二    は,拙著『アメリカ教育行政の研究』18−21ページを参照さ に,かかる交付をうける条件として,新州の憲法に明確な    れたい。

教育規定を設けるべきことなどが指示された。       注10 ヴアーモント州憲法(1786)については、すでにこれを公 注2 憲法会議において,マディソンおよびピンクニーは,    教育制度について具体的に規定する州憲法のグループに属す

「国立大学を設立すること」,「文学・芸術・科学の振興    るものとしてとりあげたので、ここではあらためて詳述する のために学校を設立すること」,「褒賞や設備提供により    ことをさけた。

有益な知識を普及すること」といった教育に関する諸権限

を連邦議会に与えるよう,提案している。      1) 田中英夫 アメリカ法の歴史 上 東京大学出版会 昭43 注3 連邦憲法第1条第8節第1項によれば,「連邦議会ハ左    86ページ。

ノ権限ヲ有ス。合衆国ノ国債ノ支払,共同ノ防備及全国一   2) アメリカ学会訳編 原典アメリカ史 第2巻 岩波書店 般ノ福祉ノ目的ノ為メニ租税,関税,間接税,消費税ヲ賦    昭26 203ページ。

課徴収スルコト」(高木八尺「米国憲法略義」昭22有斐閣   3)E.P. Cubberley;Public Education in the United の訳による。)とある。このうち,特に「全国一般ノ福祉    States, revised and enlarged ed.,1962, p.85.

ノ目的ノ為メニ」という一文節を指して,「一般福祉」規   4)上原貞雄 アメリカ教育行政の研究 東海大学出版会昭46 定というのであるが,こにこおいては,連邦が「州政府に    23−24ページ。

干渉しない仕方で」各州の教育に関与する権限も積極的に   5)CA. Beard;An Economic Interpretation of the 含まれているとされている。      Un量ted States Constitution,1914, pp.149−51.

注4 連邦憲法修正第14条第1節によれば,「・一又何州ト雛   6)E.R Cubberley;State Schoo1 Administration,

モ正当ナル法ノ手続二依ラズシテ何人ヨリモ生命自由或ハ    1927,P.10.

財産ヲ奪フベカラズ。又其ノ管轄内二在ル何人二対シテモ   7)E.P. Cubberley;Public Education in the United 法律ノ平等ナル保護ヲ拒ムコトヲ得ズ。」(高木八尺「米    States, revised and enlarged ed.,1962, P.84

国憲法略義」の訳による。)とある。一般に,前段の文節   8) 高木八尺 米国憲法略義 有斐閣 昭22 82ページ。・

が「適法手続」規定といわれ,また後段の文節が「平等保  9)A.B. Moehlman;School Administration,1940, p.

護」規定といわれるものであるが,これら両規定は,特に   25.

南北戦争以後連邦最高裁判所の教育関係事件判決におい  10)E.P. Cubberley;Public Education in the Un量ted て,憲i法上主要な根拠とされてきたのである。        States, revised and enlarged ed.,1962, p.95.

注5 連邦憲法の教育関係諸規定や,これらにもとつく連邦の  11)E.P. Cubberley;Readings in Public Education 教育授助および教育判例の詳細については拙著『アメリカ   in the United States,1934, p.111.

教育行政の研究一その中央集権化の傾向一』昭46(東海大  12) ibid.;pllo.

学出版会)を参照されたい。      13)S.W。 Brown;The Secularization of American 注6 ミシシッピー川とオ・・イオ川との間にはさまれた三角状    Education,1912, p.99.

の国有領たる北西部領地に対して,その土地処分と統治組  14)E.P. Cubberley;Public Education in the United 織を定めるために,1785年の土地条令(Land Ord圭nan−   States, revised and enlarged ed.,1962, P.95.

ce)および1787年の北西部領地条令(Northwest Ordi−  15)ibid.;P.103.

nance)が連合会議において制定された。その詳細につ  16)E. P. Cubberley;Readings in PubUc Education いては,拙著『アメリカ教育行政の研究』18−22ページを   in the United States;1934, PP.108−9.

参照されたい。       17)F.N. Thorpe;The Federal and State Constitu一

(10)

tions, Colonial Charters, and Other Organic Laws  26) ibid.;p.99, p.109.

of the States, Territories and Colonies Now and  27) ibiこ;P.109.

Heretofore Forming the United States of America・  28)E. P, Cubberley;Readings in Publ量c Education in 1909,pp.2467−68.       the United States,1934, p.110.

18) EP・Cubberley;Readings in Public Education   29) ibid.;P.110.

in the Unite4 States・1934・P・108・       30) E. P. Cubberley;Public Educat孟on in the United 19)H・G・G・・d;AHi・t・・y・f Am・・i・an Edu・ati・n・  St・t・・,・evi・ed and・・1・.g・d・d。1962, P.101.

2・d・d・1962・P・89・      31)EP. C。bb,.1。y;R。adi。g、 i。 P。bli。 Edu、ati。n i。

20)E・P・C・bb・・1・y;P・bli・Edu・ati・・i・th・U・it・d  th。 U。it。d St。t。、,1934, PP。107.8.

St・t・…evised and・・1・・g・d ed・1962・P・98・   32)H. G. G。。d;。P. dt, PP.,88.89.      嗣

21)ibid・;P・98・       33)E. P. C。bb・,1・y;R,adi。g、 i。 P。bli。 Ed。,ati。n 1n 22)EP・C・bb・・1・y;Readi・gs i・Publi・Edu・ati・n in  th。 U。it。d St・t。、,1934, P.110−11.

th・U・it・d States・1934・PP・111−12・・ @     34)E. P. C。bb。,1。y;P。bli。 Edu。ati。n i。 th。 U。it。d

23) F.N. Thorpe;op. cit., pp.1068−69.       States, revised and enlargeコed.,1962, p,103.

24)P.Monroe;Founding of the Ame rican Public S−

@      35) ibid.;p.97.

chool System,1940, p.196.

@       36)A.B. Moehlman;op. cit., p.24.

25) E。P. Cubberley;Public Education in the United States, revised and enlarged ed.,1962, p.109.

Educational Provisions of the Early State Constitutions in America Sadao Uehara

Ab8tract

The state constitutional provisions relating to education vary greatly from state to state at present. A study of these state constitutional provisions is essential to an adequate under一

・        standing of American decentralized educational organization and administration.

Iwill try a historical analysis on the educational provisions of state constitutions. As its first step, I deal with such provisions of the early state constitutions(from 1776 to 1820)

in this thesis.

The main contents are as follows;

1, Relationship between federal and state constitutions.

2.Examination for the presence of the educational provisions in the early state constitutions.

3. Contents of the educational provisions in the early state constitutions.

4.Some characteristics of the educational provisions in the early state constitutions,

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