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Studies on the Decree of Fishery Ground in Meiji-III. Shigeshi AOTUKA 明治初期漁業布告法の研究-III.

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(1)

明 治 初 期 漁 業 布 告 法 の 研 究‑III.

‑海 面 借 区 制 期(1)‑

Studies on the Decree of Fishery Ground in Meiji-III.

Shigeshi AOTUKA

(2)

60 長崎大学水産学部研究報告 第18号(1965)

財政的必要性の並倉という特殊性のために,土地私有化とは異なる特殊な制度として打ち 出されていくのである.

 195号布告(明治8年12,月19日)はつぎのような内容であった。『従来人民二於テ海面ラ 区豊シ捕鼠壁藻等ノタメ所用致居候者モ有之候処初店固ヨリ官有ニシテ本年2月第弐拾三 号布告以後ハ所用ノ権無品候条従前ノ通所有甲虫者ハ前丈布告但書二準シ借用ノ儀其管轄

庁へ可願出此旨布告心事1)』.

 同時に海面所用許可の細目として,つぎの215号太政官逮(明治8年12,月19日)が沿海 府県に示達された.『捕底面藻等ノタメ海面所用ノ儀二付今般第百九拾五号ラ以布告候膠 付テハ右借用願出候者ハ調査ノ上差許其都度内務省へ可届出此旨相達好事但是迄当分ノ収 税宇瓦候分ハ其税額ラ以借用料二引直シ可申事2)』.、

 以上の二つの太政官布告,達はつぎのような主要点を骨子としたものである.

 (1)借区制布告の対象は『捕虫採嫁祝ノタメ』 『海面ラ野蚕シ所用』する権利であるこ と,すなわち内水面および独占排他的所用をともなわない海面漁業は除外されたこと.

 ② 雑税廃止布告以後は,それ以前の一切の独占排他的な海面区画所用権は消滅したこ と.すなわち旧封建的漁場支配権は撰択的に残存または廃止されたのではなくi悪弊の有 無にかかわらず同質のものとして画一的に処理されたこと.

 (3) したがって以後の海面区画「所有」は「借用」を願出て,新たな官による「差許」

を得なければならないこと.

 (4)この布告による「借用」とは,雑税廃止布告ただし書にあるr従前官有地借用右代 料トシテ米金相納候分ハ是迄ノ通単相心得事』の趣旨,すなわち『固ヨリ官有』である海 面を借用することであること,したがって当然にその代料としの「借用料」を上納すべき

であること.

 (5)借用願が出された場合は,管轄庁は「調査ノ上」差許すのであって,旧所用権の承 継でないことは勿論,先規等にかわりなく許可権限は管轄庁である地方府県にあること.

すなわち権利発生要件はかかっ無官の許可にあること.

 (6) 『借区差許』の全国的監督官庁は内務省であること。

 (7)借用料の基準は,従来収税実績のある漁場ではそれを引直した額としたこと.

 すでにのべたように雑税廃止布告は,』一般海面における私的漁場支配権容認とそれを対 象とした府県税徴収という原則に加えて,官有内水面における入会利用権による借地料徴 収という二本の柱で構成されていた.これにたいして借区制布告は,逆に雑税廃止布告本 丈の私的麦配の容認は後退し,ただし書の官有思想が全面的にあらわれてきている.この ような特徴の歴史的意義を何処に求めうるのであろうか.つぎにこれを検:毒してみよう.

第2項  借区制布告の意義一その私的漁場支配権の側面と海面官有の性格  まず借区制布告は行政管轄的には,雑税廃止布告における原則的な大蔵省一府県の行政 体系が,内務省一府県に切替えられたことであり,それは漁場管轄行政上の内務省の勝利 をしめしていた.

 そして法思想的には,第二に,雑税廃止布告においては,地租改正的切替は行われたが 必ずしもなしくづし的府県税上納による封建的漁場支配権者の営業継続を否定していない のにたいして,借区制布告では,権利形態としてはそれを全面的に消滅させ撰択的残存を

(3)

青塚:明治初期漁業布告法の研究一皿.

61i

許していない.それは封建的漁場支配権にたいする等質観に因るも のであって,制度改革 的思想の現われというべきである.

 第2に,地方庁に漁場借用を願出る場合にその区劃すべき漁場区域を明示しうる客観的 方法,具体的には漁場図面の添付を要求されたことであり,その実施に当っては借区制布 告の革新的性格の表示ともなり,そのため具体的紛争の対象ともなったものである..これ がつぎにのべる官有地的漁場であるために「借区」とよばれる所以ともなった.

 この漁場区劃表示の客観的明確化は,いわば本布告の性格を現実的に決定したものとも いいう『・るのであり,その他の旧漁場支配権の一斉消滅,官許,借用料微子等の手段は,こ の新区劃漁場支配権確立の前提にすぎない.従来の封建的漁場支配権も,布告にいわれて いるよう に一応区劃的概念をもって表示された.しかしその封建的漁場麦配権にいう区劃 の法律的背景は,いわば漁場占有者の実力的漁場麦配の限界の表示そのものであり,普三 二客観性を有していなかった.

 換言すれば封建的漁場支配権の効力をしめす区劃は,きわめて観念的な主観的麦配内容 の表示でありまたそれで充分でもあった.それは封建的漁場麦配権が,近代的権利内容の ように明確に決定する必要もなく,他の対立する訴権i利との対立物ではなく,その上に超 越する絶対的力であったからである.封建的漁場麦配権は近代市民的権利斗争ゐ結果とし て形成されたものではなく,経済外強制による援助のもとに,先規という栓楷のもとに下 層漁民階層の本来的従属によって維持されたものであるからである.この場合の先規はそ・

の支配者の一方的な漁場規律であり,それによって保障される漁場支配権は権利の平等の 上に成立するものではなく,恣意的支配の内容や関連する諸権利の封建的従属関係の制度 的表現であった.したがって本来的にはなんら他の規準による区域上の明確さを必要とせ ず,むしろ確定せずつねに侵略的態勢にあることが本質:であったとさえいいうるのであ る.その封建領主による公認は,実力的占有麦配をそのまま認容したものであり,それ以 外の権利内容を付加するものではなかった.

 漁場境界または封建的漁場支配権にたいする反封建斗争は,その:麦配内容である恣意的 麦配の縮少,消滅を要求したものであり,生産関係の進展がその封建的支配の存続を許さ れなくなった地帯では,一応封建的支配権の部分的譲歩(反面その本質的麦焦の継続)に よって権利内容が次第に明確化されてくるのである.すでにふれた豆州内浦や新潟の漁場 紛争にしめされる漁場麦配権発生の源泉に関する争点はそれをしめている.

 以上のように借区制布告は,封建的漁場支配権消滅の前提で,まず「区劃」を明確:にする ことを要求し,それを新しい中央権力によって『調査ノ上記許』すことになった.このこと は非近代的な封建的漁場二二権形成過程の否認であり,近代国家による権利関係明確化の 一般的方向を指向していた.のちにのべるように,当時の内務行政の最大の関心事が漁場 境界紛争による民心不安定の鎮圧にあった以上,それを一方的な封建的漁場支配関係の再 現を以てしては到底解決は期待できなかった.その合理的解決は,近代国家権力の公認のも とに,法の下の平等に主導される漁場秩序形成にまたなければならなかった.借区制布告 にいう「区劃」漁場の「官許」方式は,かかる意味での「近代化」を指向していたのである.

 勿論当時の地方漁場占有関係や漁場行政事務能力の実態は,必ずしも34年漁業法におけ るような漁場図作成を可能にはしな:かったかもしれない.しかしいかなる便宜的方法によ ったとしても,区域確定という権利内容の公認は従来の封建的漁場法秩序と一線を画する

(4)

62 長崎大学水産学部研究報告 第18号(1965)

権力的方法であり,若干の史料によっても革新的漁場再編成を実施した府県ではその徹底 化をはかっている.それだけに府県権力との結合の強い地帯においても,r旧権利の消滅」

「雑税廃止」以上にこの新権利思想は相当に強い衝動を与えたのである.そし℃「区劃」

の明確化を回避し便宜的手段によってなしくづし的に旧権利の承継を図ったことが推定さ れる.また革新的諸勢力の強い地帯ではそのような封建的網元の温存策にたいしてはげし

い対立を生じている.

 第3に,封建的漁場法秩序の強行的消滅ののちに形成される新秩序は,独占的海面「区 劃」漁場によって構成され,その性格は「官有地借用」であり,「借用料」上納を不可欠

としている.これは雑税廃止布告ただし書にみられた内務省的「海面官有地化」思想の全 漁場支配権秩序への適用であり,この限りにおいて漁場麦配権は,『海面ラ区劃シ』『借 用』することの反射的形態において存在し,種々の公的制限下においてのみ私的漁場麦配 権の権能が認められた.それは多分に官有地ないし公有地借用権的色彩を濃化せざるをえ ないものであった.

 第4に,海面官有地化思想とその借用による権利の付与は,出願にもとつく管轄官庁の

「差許」によるものであって,充分な調査の上その許否が決定されるものである.したが って封建的漁場支配権におけるような,慣行,共同体的支配,御墨付的特権,株仲聞的独 占などによる漁場直配権の発生を否定し,「官許」という形成的行政処分のみが原始的取得 事由とされる.勿論封建法においても,その権力的承認は藩庁の認可と貢納が形式的取得 事由とされたことは疑いないが*,その実質は海面使用の慣行的形成過税(封建法的権利 の実質:的形成)が権力的に公認されたものであり,むしろ『古来特有ノ私権タル慣行権』

が藩庁公認の条件となっていた点に**おいて本質的な差異がある.

 第5に,雑税廃止布告における府県税形式が「借用料」形式に変化したことである.こ のことは一応内務官僚の行政管轄権的勝利の表現とされ,またその実態はたんなる徴税技 術的変更にすぎないと評価されやすいが,その法律:的意義はそのような形式的なものにと

どまらない.

 何故ならば,すでにふれたように雑税廃止布告が新漁場法秩序創成を前提としないたん なる府県税賦課による取締りにすぎなかったのにたいして,借区制布告の法意は,以上の べた私的漁場麦配権を中軸とした新漁場制度形成の必然的結果として,「借用料」形成を 採用するにあったからである.

 勿論のちにふれるように215号二等ただし書は,当時の租税賦課の実態が旧貢租と大差 なく,その意味では近代的地代と租税への分化をしめしてはいない.しかし当然内務省は

この旧税租承継方式に反対し,近代的租税としての借用料の確立を意図していたことは,

* 『然れども原判決は旧藩制時代に於ける海面使用に付ては当時藩庁が許否の権を有せし事  実は控訴人(上告人)も認むる所にして沿岸漁民が当然其漁物を使用する権あるにあらず  独り藩庁の許可を得たる者のみ之が使用を画せしや更に疑なし…』(大審2民判明34.6.

 12(オ)大187号)。この判決は慣行的入会権を本質的な支配権とせず形成的処分のみを発

 生事由としている点において34年漁業法時の近代法観念によって旧藩時漁場支配権の性格

 を論じた点に疑いがあるが法形式的には妥当である。

**『往古淘浜の支配を与へたる場合には自ら漁業権をも附したるものにして被上告人は権利

 に対する漁業運上を納め来れる事実に依り普通の公権にあらず即ち被上告人が古来特有の

 私権にして政体の変革と共に消減したるにあらず』(大判,明25)

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青塚:明治初期漁業布告法の研究一皿. 63

大蔵省との借区制論争にあきらかなところである.

 第6は,借区制布告・によって慣行的な封建的漁場支配権を支柱とした漁場封建法秩序は 廃棄され,官許による漁場支配権を骨格とした成丈法秩序が主要な統一的漁場法体系の法 源化しはじめたことである.すなわち入会,独占形態の慣行権的要素は後退し,すべて中 央国家権力による特許処分のみによって原始的に発生するという法治国家思想が採用され た.形式的には占有から所有に発展するのではなく,新たな法理と権力的処分によってめ み漁場麦配権が発生するのである.

 この点は地租改正における封建的土地所有を私的土地所有として承認し,他方で官有地 化の拡大を強行した過程と制度的には頗る異なるものがある.勿論漁業においても実態的 には,封建的占有が近代的所有に発展するのが支配的ではあるが,このよ うな法形式をと った点に,借区制布告と雑税廃止布告の歴史的条件の差異と,地租改正にさらに附加すべ き特殊の制度改:革的要素を見いだすのである.それは封建的漁場支配区域の現実的不明確:

さと無償没収的官有思想,および地租改正とは異なり官有地化的収奪によって人民の漁業 生産手段である漁場を縮謝せしめる財政的理由がないということに因るのである

 以上の (1)封建的漁場支配権の制度的廃絶 (2)「区劃」による権利内容の明確化 (3)官

有地入会利用権的漁場直配権による新漁場法秩序の形成 (4)官許のみによる原始的取得の 徹底化 (5)「借用料」形式の新租税高権の明確化 (6)制定法体系への切替,という法形式 によって34年漁業法への形成過程は出発した.それは完全な慣行的封建法体系の揚棄であ

り,資本主義法体系への転化であることはあきらかであろう.

 問題として残ったのは,海面区劃漁場以外の入会漁業をいかに規制するかという点と,

以上の革新的法体系の改変にもかかわらず,その現実的な移行過程を社会経済的に規定す るであろう借用料の性格が,借区制布告では従来の収税額の「引直シ」によって行われた

ことであった.

 とくに後者は,同布告では便宜的な借用料額決定方法の意図であったとしても,現実に はその経過的方法が旧漁場支配権者にとって新権利承継の有力な条件となりえたであろう ことは想像に難くない.布告丈面上からみると,借用料額の早期決定の按術的困難さとそ の地:方実情を尊重するという便宜性が215号減ただし書の趣旨であるが,これが本丈およ び195号布告全丈の運用に波及し,r旧権利消滅」「官許」という革新的方式にかかわらず,

借区制布告の本質:をたんなる徴税技術上の手段視し,その歴史的意義,役割を軽視する説 を生ずる所以となったことは否定できないところである.

 こうした借区制布告の本質的意義についての評価は,その現実的幽玄と漁場秩序の変動 が有力な判断資料となるのであるが,同布告は9年半はその実質的効果を失い実施状況を 掌握するのに困難である.本質的にほ封建的漁場支配権から私的漁場麦配権への切替の社 会経済的条件の有無に関する評価の問題であるが,その前提として当時の立法当局の意図 を検討するため内務,大蔵両省によって争おれた借区制論争にふれてみよう.

第2節  借区制論争の内容とその歴史的性格

 借区制布告にたいする反論は,当然に雑税廃止布告において府県税取締方針を採用した 大蔵省によって加えられた.かくして展開されたのが大蔵省の主張する海面公有論と内務 省の海面官有論の争論*である.

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長崎大学水産学部研究報告 第18号(1965)

第1項大蔵省の海面公有説

 大蔵省は雑税廃止布告本文:の趣旨が,内務省の主張によって,借区制布告にみるような 漁場取締上の公的義務を内容とした権利形態に発展させられたことに反対して,(1)官有海 面の魚区は雑税廃止布告の営業許可のための微税の趣旨と反すること(大蔵省意見(i)),

②海面区劃とその借用占有は,海面上の他の公共使用を阻止し,同時に自由入会漁業の操 業が全く不可能となること(同上 (2))の二点にあった.すなわち海面官有および借区制 を非とし,海面公有および営業税賦課による取締制を麦持するものであった.この反対論 は当然に借区制布告達廃止講雑税廃止布告復活論を導くものである.

第2項  内務省の海面官:有説

これにたいし内務省はつぎの諸点について反論した.(1)雑税廃止布告は過渡法であり,

* 海面管轄方式をめぐる争論

   〔内務省の意見〕

  「往昔海高の名儀を以て小物成高と同じく其処の漁猟或は海草採取を営業とする者の収獲

 を積算し年々米金にて上納せしめたりしが,中世に至り海面を田畑と同一視するの不条

 理なるを以て海高を廃し爾后冥加或は役畜運上等と唱え収税するの習慣を為したりしょり,

 終に海面を区劃し各自持場を唱へ永く所有の権を占有し或は買売するあり叉漁場境界等よ  り紛儀を生じ官の裁判を受けたるが如きの例あり。然れども是皆収税の為の海面を区劃し

 権利を得るものなれども明治八年置二十三号布告を以て一般雑税廃止の上は随て入民の海  面を区劃し所用するの権利も消滅したる筋合なれども,白襲の久しき陸地と同じく従来所  議したる縁故に依り所用の権を得るものと思惟し或は永遠所有せんことを出願するものあ  るに依り,内務省は従来人民に煽て海中を区劃し,工業を施し(即ち海草等採取の為の海  中へ粗朶等樹立するの類)営業せる者は勿論,工業を施さざる老たりとも捕謡言藻の為め  海面を所用せんとする者は差支なからしめんことを太政官に提議し明治八年十二月第百九

 十五号布告及第二百十五号達を課せられたり。然るに同達第二百十五号但書に.は「従来の  雑税を以て借用料に引直す」の趣旨にして当初内務省の趣旨たる従来入民の旧習は海面の  性質何たるを弁せず所有の権を主張し経界を争ふの弊を除かんとするに在り。借用料なる  ものは曲江海湾に著て場所を区劃し専用するの権利を与ふるより其義務を尽さしむるにも

 拘らず従来の収税を直に借用料に引直すときは公の入会を以てする税も借用料と為り且収  税なき場所に潤ては借用すること能はざるものとなり専用と入会とを区別せざれば衡平を

 失すべきを以て第二百十五号の但書を削り水中借区条例を発布せんことを提議す   」   〔大蔵省の意見〕

  「ω海面を官有とし借用するに非ざれば所用の権断絶すと為すは第二十三号布告中差向営  業差支あるものは地方に於て適宜収税せしむるの趣旨と矛盾し税法施行上支障少くない。

  ②海面を官有とし紗荘なる水面を区劃し其の或方面を借用占有せしむるときは他の乱入  を拒み或は通航の便宜を妨ぐるも別すべからず,且借用せざるの水面には狼りに三三を入

 るN能はざるごととなり隠当ならず      」

  〔内務省の反論〕

  「(1)第二十三号布告の差向収税無点取締差向云々は一時の処分を示し第百九十五号布告は  永久の制を定めたるものであって矛盾の虞れなし。取締法定まる以上は敢て差支ない。

  ②海面を区劃するときは,障碍あらんとの大蔵省の意見なるも元来我が国従前の漁業は  入会稼を除くの外水面を区劃せざるものなく且つ従来漁業上の争は大畑漁場の境界の事に  属するが故に水面は区劃せざるべからず。

  (3)大蔵省の意見は海面は総て公有とする説であるが,海面を公有と看回せば陸部も官有

 と看卜すべからず,陸部(民有に非ざる分ンを官有物と巨船すときは海面独り公有物とす

 べき理由がない。

   (4)税の多少は府県に於て適宜之を課するも可なりとするも,漁場稼場は甲乙府県犬牙錯

 白して居って全国一定の規則を遵守せしむるにあらざれば後来争擾を醸すであらふ  」

      (大城朝市:「漁業及漁業権制度」,p.42〜5.)

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青塚:明治初期漁業布告法の研究一皿. 65

借区制布告は恒久法であり,後者が前者を改変す一ることは差支えない(内務省反論(1)).

(2)大蔵省反対の第2点については,借用占有および区画は当時の漁場法秩序の実態その ものであり,むしろ境界確定は漁場紛争解決の不可欠の手段である(同上(2)).(3)全般 的には海面公有説は土地における官民有区分原則に反するし,漁場の二二関係を前提とす れば,収税のみに依存する各府県内取締りでは漁場紛争の徹底的解決は不可能であり,全 国的統一取締法たとえば当時内務省の主張した「水中借区条例」案のごときものを必要と

する(同上(3),〈4)).

 以上両者の論争を通して看取される原則的相異点はたんなる徴税披術上の問題ではな く,漁場法秩序形成についての原則的観点の相異である.大蔵省は,借用占有と海面の公 的性格の矛盾からより一層の漁場紛議の拡大をおそれ,慣行的実情に即応したたんなる府 県営業税による漁場取締にとどめて,漁場支配権の排他独占性を拒否せんとするものであ る.これにたいし内務省は,権利そのものに区画専用的効力を認め,他面借用許可の官許 を通して漁場取締秩序服従義務を負わせるため,その法的根拠としての海面官有論を主張

したのである.

 (1)慣行権消滅論

 太政官にたいする内務省の上申書および同省の大蔵省にたいする反論には,当時の内務 官僚の漁場新制度思想がよくあらわれている.

 すなわち内務省は,まず封建的漁場支配纒の法的根拠が『是皆収税の為め』権利を得た ものと前提し,この権力と漁場占有の関係は雑税廃止布告公布によってその根拠を失い

「海面を区劃し所用するの権利」も消滅したと論断している.しかしこの見解をたんなる 権利の消滅とみるのは誤りであり,漁場所用の根拠を収税に求める以上,雑税廃止布告も 府県税上納による営業許可を継続せしめているのであるからt、r内務省の上掲の見解は当然 に封建的漁場麦配権の消滅を意味したものとみなければならな:い.

 その消滅した権利の性格およびそれ故に消滅せしめた事由を内務省は,『終に海面を区 劃し昏自持場を唱へ永く所有の権を占有し或は典売するあり又漁場境界等より紛議を生じ 官の裁判を受けたるが如き例あり』と指摘している.しかし内務省の指摘の意図が,権利 そのものの占有的効力や読売にみる財産権性を否定したものではなく,その権利発生の要 件となった収税はたんに形式的効力を付与したのみであり,その実体は慣習にあること,

そのために慣習を争う実力的紛争を生じたことを是正せんとするものであったこと.はつぎ の点からも理解しうるのである.

 (2}借用占有権思想

 内務省は借区制布告公布の考えを説明してつぎのようにのべている。『因襲の久しき陸 地と同じく従来所用したる縁故に依り所用の権を得るものと思惟し或は永遠所有せんこと

を出願するものあるに依り,内務省は従来人民に於て……捕魚採藻の為め海面を所用せん とする者は差支なからしめんことを太政官に提議し』た.

 ここでは,すでに漁場麦配権そのものの物権化を認めざるをえない,当時の漁場商品化 の状況がよく説明されている.たん・に雑税を廃止し無権利状態(形式的には営業許可)に おくことは,大蔵省の意図の如何にかかわらず不可能であったのである.ましてや雑税廃 止布告は営業許可による取締りであって,成熟した漁場三二権の物権性を軽視した点にお いて漁場秩序の権利たりえないものであった,

(8)

66 長崎大学水産学部研究報告 第18号(1965)

 内務省は『従来の∴…海面の所用』の円滑なる維持を基礎とした漁場秩序形成を意乱し たのである.ここでいう「従来」の意味は.すでにふれた封建的悪習否認の遮旨よりして も,当然匠新たな形式におげる従来の排他的独占性のみを承継する「海面の所用」の意味 でなければならない.そこでは旧習による権利確保を否定こそすれ,権利の排他独占性は 容認しているのである.

 内務省はこれを『内務省の趣旨たる従来人民の旧習は海面の性質何たるを弁せず所有の 権を主張し経界を争ふの弊を除かんとするに在った』と表現する.当時朗治新政府の懸案 であった新規漁業者の進出による漁場紛争の原因は,旧習的所有にありとし,その革新的 解決案として借区制布告を提案したのである.この封建的漁場支配権の否定と私的漁場支 配権への転化思想は最も重要な借区制布告の性格であるが,それは大蔵省が海面公有論を 唱え「借用占有」の非なることを論じたのにたいして,その近代的性格を肯定し『我が国 従前の漁業は入会稼を除くの外水面を劃せざるものなく』として,.排他独占的『区劃』麦 配が現実の漁場秩序における漁場山回権の排他独占性を承継するものであることをあきら

かにしている.

 そしてその物権性の付与は,『漁業上の争は大抵漁場の境界の事に属するが故に水面は 区劃せざるべから』ざる故当然のこととし,積極的な独占権の確立こそ漁場紛争解決め基 礎的手段であるとするのである.この考え方はあきらかに当時の内務省官僚の進歩的権利 思想を物語るものであって,権利が法の中心概念であるとする初期近代法思想がうかがわ

れる.

 (3)海面官有思想と漁場制度改革

 しかし内務省のもつ海面独占のための権利思想の特異性は,たんに近代的権利の確立の みにあるのではなく,中央集権的官許主義とそり前提としての海面官有原則の束縛下にお ける権利思想にあった.それはたんに内務省のみならず当時の明治絶対主i義政権のもとに おける新官僚群の共通思想であらた.一切の革新的手段は海面官有原則に合理化の根拠を 求めている.借区制布告にいう『固ヨリ官有』なる思想は勿論,それ故に慣行的権利は雑 税廃止によって消滅し,そこには漁場占有権の保障は行われない.官有なるが故に漁場の 所用は官許を必要とし,かつ先規慣行にと 轤墲黷ネい行政庁の自由裁量処分であるとされ た.この海面官有思想は,そのために当時の漁場秩序改革をして土地改革に付加さるべき 特殊的形態を生み出したのである.

 6年3月の官有地化布告に加えて,何故かかる海面官有化がさらに確認的に強力に主張 されたのであろうか.それはたんなる土地高権の確認以上に漁場制度改革と公的海面利用       というより上位の要請からくる漁場誌面権制限の理論的前提の役割を果していたのである.

 (4) 「六区」論め性格

 したがって当然に内務省の考える新権利の物権的性格は,唱訳出的に大巾な公的制限をと        の       コ   

もなうものとされる.この思想嫡漁場麦配樺を『所用ノ権』として表現し,その用益権能 は所有権者である国から官許方式によって懸果に貸付けられるものであり,その限りにお いて借区権を前提とする利用権的な地位にとどまり所有権の部分的機能を営むものとされ るのである.また「借区」権の観念は排他独占的利用権である『所用ノ権』と海面官有恩 想の統合した権利概念であるといえよう.そしてその現実的な改革的要請は,漁場紛争に おける権利者の公的義務の負担(官僚による紛争裁決への服従,規制の無条件受認)にあ

(9)

青塚:闘治初期漁業布告法⑱研究一一 m・

67

つた.

 内務省はこの趣旨を,『借用料なるものは曲江海湾に於て場所を区劃し専用するの権判 を与ふるより〔も〕其義務を尽さしむる』にあり、としている.すなわち専用するの権利を

       

付与することの反射的義務として『経界を争うの弊を除かんとする』政府の方針(漁業取 締規則または水中借区条例案)に服さしむることを義務づけるにあったのである.当時の 新政府の難題であり,冨国強兵Q国是のもとに勧業政策をおし進める上の障碍であった,

頻発する漁場紛争対策としての権利概念の造出過程がよく表現されているといえる.

 かくて海面官有思想に理論的前提を求めた「封建的漁場慣行権の消滅」「新権利ρ官許」

という方式は,「借区」権とやう当時の新語のあらわす,漁場法秩序にたいする権利者服 従義務によってきわめて現実的な効用を有するにいたったのである.それは明治初期漁場 秩序の動揺期における漁場麦配権の歴史的表現であった.そ、して以後の土地高論思想の徹 底化は,やがて海面官有理論の整理によって海面にたいする「公共用水面」の規定づけを あきらかにしてくるのである.

 (5)漁場新秩序の性格

 内務省の意図した新漁場法秩序は,封建法的漁場秩序が領主権力を背景として網元層の 先規により構成されたのにたいして,地方府県官僚の立案と内務省の統制策によってきわ めて中央集権的な官僚行政法秩序として存在した.その内容については水中詔旨条例案が 入手できないのであきらかにすることはできないが,後年の地方府県漁業取締規則によっ てもその一端をうかがうことができよう.

 8年の借区制布告当時の漁場法体系の中心はこの官僚的漁場取締秩序であった.ζこで はまだ「漁業権」という近代法思想は過渡的形成期にあり,いわば義務の下の権利として

      コ      

のみとらえられている.その義務とは絶対主義官僚による漁場法秩序への服従義務であり,

    

近代法成熟期山隠の権利の社会化とは異なるものであった.この限りにおいて貢租i義務の 下における漁場麦配権という封建法の思想的残存をも見出しうるのである.

 この新漁場法体系の全国法的性格もまた大蔵省の海面公有論との重要な差異であるが,

これをたんに漁場法秩序そのものと無関係に中央集権的統一思想のあらわれをすることは 機械的解釈にすぎない.それは内務省が『税の多少は府県に於て適宜之を課するも可なり とするも』それでは府県内秩序にどどまり,かくては・・『漁場稼場は甲乙府県犬牙錯綜し て居』る実態からみて,渉県的漁場紛争の解決は期待できず,『全国一定の規則を遵守せ

しむにあらざれば後来争訟を醸すであろう』として全国的統一法によってのみ広域的漁場 紛争解決の可能なことを説いているのである.それはまさに当時の沿岸性漁業生産の欄熟 によって,とくに横に漁場を拡大しつつあった旧漁場生産関係り矛盾と解体,新漁場生産 関係の形成の必然性を如実に反映し,それをいかにして法的規制として掌握せんとしたか の当時の政府の意図をしめすものであったといえる.

 以上内務省の太政官上申書および大蔵省公有論への反論に部いてうかがわれる海画官有 論の内容を検討したが,それは地租改正条例ρもつ土地私有制確立に対応するものであ り,他面土地の官民有区分政策とは異なり,海面官有政策にもとつく法理論が私的漁場支 配権に付加する特質=借区利用権的な公的性格をうみ出したことも理解された.その根底 を流れる「官許」 「官有」「中央集権.1「絶対主義官僚」的思想も,たんに当時の新政府の もつ性格が画一的に漁業政策に適用されたのではなく,すべては現実的具体的政策的課題

(10)

68,

長崎大学水産学部研究報告一第18号(1965)

であった封建的漁場秩序の矛盾と,その集中的表現であった各地の漁場紛争の解決のため の全国的漁場法規範設定の基本的前提条件であったこともあぎらかである.

 それではつぎに借区制布告において詠ざれた二つの問題はどのように考えられるであろ

う・か.

 (6)借区制布達ただし書および入会漁業の取扱いの問題=借区の対象漁場・

 すでに借布制布達ただ・し書の存在が,その本文のもつ革新性にもかかわらず,その全体 の解釈運用によっては全面的な封建的漁場秩序の承継に終るべぎこと,したがって内務省 の漁業制度改革の企図を挫折せしめる条件ともなるこどを指摘した.

 内務省ば太政官上申書において,そのただし書削除を要望して『従来の収税を直に借帯 料に引直すとぎは公の入会を以てする税も借用料と為り且収税なぎ場所に於ては借用する

こと能はざるものとなり専用・と入会とを区別せざれば衡平を失す』ると説明・している..

 内務省の意向は,あくまでも『曲江海湾に於て場所を区劃し専用する』漁場が対象であ り,布告にいう『海面ヲ区劃』する漁場秩序の改変であった.したがって全面的な海面官 有の前提のもとにその一部分である沿岸漁場麦配権がその対象であり,入会漁場はふくま れていない.内務省はすでにのべたように,それらの海面はすでに入会漁業を除いては

『水面を区劃せざるもの』.なき状態であって,漁場制度改革の核心は独占的区画漁場にあ り『としたのである.他方入会漁業については,『公の入会を以てする税』すなわち府県営 業税による漁業取締を考慮している.

 この限りにおいては大蔵省の『借用せざるの水面には狼りに画品を入るX,.能はず』とい う見解とは,その立場を異にしていたものといえよう.215号出ただし書のごとく収税=

借用料の形ではまさに専用お.よび入会の区別は失われ,、私的漁場麦配権の確保は期しえな い・■との点では内務省の漁場秩序にたいする理解が大蔵省のそれよりも近代的構想に近い とのであった.しかしただし書削除の事由とするもう一つの『収税なき場所に於ては借用 すること能はざる』、との理由は,ただし書が『収税致来候分ハ』 といっているのである・か ら,従来収税のない新規漁場も新たに借用料を課することができるのであって妥当な二二

ではない.

第3項, 論争の本質的意義.=地主的漁場支配権創設の基本的動向

 借区制布達ただし書にたいする内務省の見解も,その運用上の結果については不徹底で あり削除の要望も按術論に終っている.ここに当時の内務省官僚の革新性の限界があっ.

た.勿論結果的には布達ただし書削除は旧収税の完全な消滅となり,新漁場秩序も全く異 なる新構想によって行いえたであろう.しかし内務省のただし書反対の理由が技術論に終 っていることは,大蔵省の海面公有論にたつ府県税賦課論に対抗するための収税の否定で あったとしても,そ⑳重点は,第一に,旧封建的漁場支配権から地主的漁場支配権への法 制度的移行という,全国家法体系の実現にあったからである.それは当時の明治土地改革 の性格が近代的土地所有権でなく,地主的土地所有権の確立と官有地収奪にあったことと ものである.この意味ではのちにぶれるように,大蔵省の漸次的な私的漁場支配権への移 照応する行=地主的漁場気配権の確立と本質的な差異はない.その本質において同一であ るのに両省の論争を生じたのは,地主的漁場支配権秩序への移行が,内務省の急進的態度 にたいして,大蔵省のそれが収税上の混乱を避けるためのなしくづし的漸進論であったこ

(11)

青塚:明治初期漁業布告法の研究一彊. 69

とに因るものである.

 前者によれば漁村の階層的の関係によっては近代的漁場麦配権への近接も不可能ではな かった.のちにのべる借詠出をめぐる豆州内浦の旧津元対小前の対立はその一事例であ

る.それはたんに封建的漁場独占の否定にとどまらず,全一的な地主麦配さえも排除する のものであった.内務省が漁場秩序形成を支柱としたのにたいして,大蔵省は徴税政策を 当面の課題として可及的近代化の途を撰んだことの差異である.

 この内務省の漁場秩序刷新についての限界は・,借区制布告以後その具体的方針を求めて 殺到する地方庁の伺いにたいして,9年3月『一般ノ規則評議中二位追テ何分ノ憎相達 面面ハ,当分従前ノ島伝据置事』という不徹底な指示をあたえていることにもあらわれて いる.勿論この中央政府の動揺は,大蔵省との論争や水中借区条例案の難航を如実に表現 したものであろうが,こうした内務省の態度は一般に旧慣据置の温存策を支持する府県方 針に拍車をかけることになったのである.

 第4項  原博士の論争批判の評価

 この両省の借区制諭争について原暉三宅はつぎのように評価している.まず『第一の見 解〔内務省〕ls−L一一・見前時代の無関係を継受せんとするものの如くなるが,公共用水面に於 ける漁業を官有物使用の範に規律せんとする所に多くの無理があったと思う3)』. しかし 内務省の海面官有論は、漁場制度革新のための理論的前提であり,その歴史的役割をもつ あったことはすでにのべたとおりである.そして形式的官有にかかわらず,もので現実に はその所有の国家財政的必要は存在しないのであり,その故に実態としては私的漁場支配 権の物権的性格を認むるものであった.したがって公共用水面における私的漁場支配権の 設定と異るところがないことからすれば,原氏の所説は実態的分析を欠くうらみがあると

いえる.

 勿論結果的には借区制布告は同氏がのべているように,『磯猟場に於ける一村入会(・一一・一i村

専用)は処理上:或は簡単ならむも,之にも数村入会, 他村入会の諸関係があり,殊に此 に謂ふ所の「公の入会」即ち沖猟場と磯猟場との境界に付ては,』 e地とも夫々慣習を異に

し短日月に之を処理することは不能4)』であったから,翌9年紛争続出を表面的理由とし て実質的に廃止されている.しかしこの廃止的措置は官有物使用め理論的困難のためでは ない.それが公共物使用理論によったとしても漁場紛争は免れえないものであったこと は,9年74号布達によって本質的には大蔵省説をうけ入れた以後の状況によっても理解で きよう.漁場境界紛争は人為的慣行的漁場境界が新漁場秩序に改変される過程の必然的現 象なのであり,漁場生産関係の変動のあらわれであるからである.

 またつづいて同氏が大蔵省説を批判して,『この見解を以てするときは,漁業は自由叉 は警察許可により之を為し得る観念を生じ従来境界を劃して漁業を為し排他的地位を有し

……

剌黷 支配進退した諸関係を顧みざる結果となり漁業を為す地位を動揺せしむるのみ ならず漁業上の紛議を醸す原因を多く包蔵してみた』5)とするのも検:討を要する論点であ

る.

 すでにふれたように大蔵省は雑税廃止布告を麦持、し,府県税徴収による漁業取締を意図 していたのであるが,その取締りはさらに各府県の具体的取締細則によって行われるもの であり,従来の独占排他的麦配権能を否定するものではない.大蔵省が理論上内務省の海 面官有説に反対したのは,官有である海面を借区したときは絶対的全面麦配権を生ずると

(12)

7e 長崎大学水産学部研究報告 第18号(1965)

して土地所有権視したためであり,逆に官有である以上自由漁業はありえないと考えたか

らである.

 内務省の理論が形式的官有宣言にかかわらず,そのいうところの官有の内容が土地所有 権的性格を意味するものでないことは,従来の法律学者の一致するところである6).大蔵 省があえて公有説を唱えて反対した理由は別に存するのであり,それは徴税源泉たる既存 権利者の漁場麦配の安定である.大蔵省の公有説を丈字通り独占排他性をともなおない営 業権ととるのは妥当でない.それは74号布達公布以後の地主的漁場丁子権の強化が明白に しめすところである.

第3節 借区制布告の影響

第1項  借区制布告による漁場関係変動説

 借区制布告そのものがその思想的傾向と一般民情への刺戟の点で,雑税廃止布告と同一 の雨竜を演じたであろうことは上述の諸点からあきらかである.その意味では6年3,月の 海面官有地化は,たんに藩管轄領有に代る官有とうけとられ,さしたる動揺はなかったと

も思われる.

 この漁区倒布告の影響については,その実施期間が,制度的には8年12月の公布から翌 9年7,月の74号布達によって実質:的意義を失うに至るまでの僅か6ケ月間であったので,

過大な評価はできない.またその判断のための史料もそれほど多くは蒐集されていない・

この意味ではその性格の画期的であるにもかかわらず,逆にそれ故にこそ短期間で消滅し さったともいえる.

 以下借区制布告による漁場関係の動揺についての従来の諸説を概説し,それを実証する 若干の史料にふれてみよう.

 まず借区制布告公布が旧来の漁場秩序に若干の変化を与えたとする説であるが,その論 旨にも種々の相異点がみうけられる.同布告公布による変化が一新的なものであるとし,

或は若干の変更,動揺にすぎないとするもの,または漁業種類によっては動揺や変化があ ったとするもの等々である.しかしいずれにしても全国的なものではなく,地方的ないし 一部落的な局地的変動に限定することは共通する論点である.

 (1)体制変革論

 漁場秩序の体制的変動を認むる者にも,生産力増加と慣行秩序の矛盾ないし新規漁業の 進出に重点をおく説と,その変化の背景としての漁民意識の昂揚に重点をおく説とがある.

 前者では,二二氏は借区制布告公布後の状況を,『然るに,従来漁場の区域は甚だ不明 確なれば,各自唯其範囲を拡張するに努め,二三百出殆むと収拾すべからざるに至りたる により……7)』とのべ,一般の部落海面境界や新規網との対立に関連する紛争がはげしく なったことを指摘している.

 岡本清造氏は『以上の布達は水界の官有を宣明し,官有水面上の漁業に対する国権の確 立を二二したものである.……実際に於ては……漁業活動の商品生産化は愈々拡がり,旧 来の制限的な束縛は最早やこの時代の発展的な傾向には適:し難くなり,屡々旧慣を変更し て二二宜しきを得ず水族の繁殖を妨ぐる結果を生ずるに至った.…屡々随所に紛争を醸し たことは,我々が沿岸地方の地方史によって当時を回顧すれば明に知ることを得るのであ

(13)

青塚明治初期漁業布告法の研究一猟.

71

る8)』として,当時の生産力増大と漁場慣行との矛盾,漁場紛争の続出を論じている.こ の所論は,8年から14,5年までの期間についてであり,これを直ちに借区制布告当時の 状況と断ずることは疑問があるが,借区制布告の趣旨が漁業実態に即応し,逆に9年の慣 行尊重を趣旨とした74号布達がそれと矛盾するものであることをしめしている点において 正当であるといえる.

 この一般的な漁場区域の変動にたいして,その中核となっていた旧網元層が借区制布告 を契機として没落することを説くのは原氏である.同氏の所論はすでにふれたところであ るが,他の箇所においてもいわゆる従来の磯猟場の借区制度への適応を論じたのち,『之 に反して,漁業の梢々大規模にして且つ権利の帰属関係が仲間持:叉は個人単独持なる個人 化せられたるものにありては,しかく容易に編成替へすることが出来なかった.借区出願 につき村の内部に於て又は他村との関係に於ても多くの紛擾を生じ……此の様に凡そ網元 と称する階級は殆ど没落するか叉は縦他海面所用の権を取得するも前時代の如き内容を伴 はない微力なる権利に退化するを常とした9)』としている.

 この網元没落論は専ら借区制布告にいう借命の概念を比較的広海域を内容とするものと 考え,制度的形態からみて区域を限ることについての麦配上の紛争として,漁業生産力増 大による生産関係の矛盾を看過しているうらみがある.

 借区制布告にいう「旧記」が,原話のいうような漁業技術的な広域概念のみに限定され たものでないことは,共務省海面官有論においてすでにあきらかにしたところであり,か つのちにのべる新潟県鱈手繰漁場の借区化,豆州内浦の旧網戸場の借区化等の事例によっ てみられるように,実態的には現実的麦配関係を再確認したものであったことからも批判

の余地がある.

 このような技術的視点から,両氏はさらに定麗漁業の借区制化の困難と免許易化を重視 し,その事例として富山県鱒網漁場の免許制をあげている10).当時の漁場区域測定にお ける技術的拙劣さに由来する漁場区域紛争が全国的に存在したことは考えられることであ るが,これを制度的に借区制の実施不能と免許制化に結びつけることは問題のあるところ である.借区制布告にいう「差許」は,創設的行政処分による権利の設定であって,近代 法にいう免許に該当することはすでにのべたところであるが,これも同氏が「借区制」を 以て排他的権利概念とせず,取締秩序区域を指すものであるとする結果である.この点は 借区制布告の性格に関する学説の批判の項で再説しよう.

 また羽原氏は経済史家の観点から『三法令発布の結果は新に漁業をなさんとするものは 勿論のこと従来より営業していたものも相競うて海面使用を出願しその特権を維持せねば ならぬから,このところ一まず旧慣は排除され生産関係は将に一転機を劃せんとした危機 に達した.……かような状態であったから二者は一時的にもせよこのために自己の保有し た漁業上の私有財産的特権を消失したものもあるべく,また二者はこの機会にその範囲を 拡張したり新に特権を得たものもあったようで,事実はこれを証明している.従ってこの 期間は我国の二二二二に於て紛争続出し相当重大な社会問題を惹起せんとするまでに発展

した11)』として網元層の没落過程を論じている,

 つぎにこの変動を思想的変化に重点をおき漁民思想の進歩を説くものに潮見氏がある.

同氏は『このころ,各地の漁村には封建的な生産機構を維持しようとする動きと,これを 排除してあたらしい生産関係をうちたてようとする動きが抗争していたのであって,後者

(14)

72 長崎大学水産学部研究報告、第18号(1965>

はこの海面官有の宣言と雑税の廃止を機としてひとつの突破口を見いだしたのである.…

旧来の貢租関係のうえにきずかれていた浦方地方の区別,漁業者の株仲間間の漁業秩序を ゆりうごかすことになったのである12)』とし,借区制布告の啓蒙的役割と漁民層の解放 運動の前進を評価している.

 また秋山氏は『雑税廃止以後の三法令の意図はともあれ,その影響は大きかった.当時 の漁民は68年〜74年……の間につぎつぎと発布された職業,経済活動の制限束縛の解放法 令の線にそって海面官有,借区制を理解したに相違ない.それは自由営業の風潮をさらに 拡大するものであった.それは旧JI貫の動揺まで引起してゆく』と観察し,さらに14〜15年 からの漁場紛争と関連せしめて若干の史料を引用,『80年代沿岸資源の減少化傾向が現 れ,漁場紛争が全国的に激化してくるとその因を右のように借区制に求めるのが一般的風 潮であった.とすると三法令の影響・は,ブルジョ.ワ的進化 ・1魚業営業の自由を促進したも

・のということができるであろう』13)とのべている.

 秋山氏が借区制布告の影響を解放的風潮の増大に求醐その結果漁業営業の自由が促進 されたとするのは,借区制布告自体の影響浸透ではなく,明治初期解放諸法令の線に沿っ て,借区制布告の精神を理解した結果であるとする.逆にいうならば,その意図がないに もかかわらず;結果としては借区制布告はブルジョワ的進化に大きな役割を演じたことに

なる.

 とれは同氏が借区制布告自体をたんなる租税徴収政策上の便宜的法令であり,その本質:

は中央集権的官有思想と慣行承継思想にありとし,借区制布告の漁場制度刷新的性格を否 定することからくる結論である.海面官有のもつ歴史的条件と内容,布達にいう「引直」

による漁場旧慣承継等にたいする理解が法制度的理解に欠けるところがある.その史的叙 述の鋭さにもかかわらず,借区制布告をして現実の漁場生産関係のとずれや政策的錯誤が あるとし14),他面ブルジ。ワ的宣言としての歴史的役割や実効を認めているのは,啓蒙 期における法の性格の無理解にもとつくものでないかと思われる.しかし秋山氏も現実的 な借区制布告の影…響は前進的な意義において認めている.

 さて以上の視点を異にする変革論の諸説の共通点は,秋山氏を除けば,いずれも史料的 基礎をもたず,あるいは急激な漁場関係変動の過渡期である明治10年前後を一括して長期 的観察を行っている欠陥を有することである.したがって,その結論は推定調あるいは14 年から激増する漁場紛争からの結果論として性格づけているにすぎない.問題は,当時の 7〜8年における漁場支配秩序の変動と,それに直結する借区制布告のもつ固有の性格か ら,現実を分折,規定することである.

 漁場体制の変革を説く諸説は,借区制布告の浸透を一時的動揺的なものであるか,部分 的にもせよ生産関係の革新であったかをあきらかにしていない.まして全国的秩序と局地 的秩序の不均衝発屍をみていない・大体推定しうるのは原氏を除いてはそ㊧変動を一時前 動揺とみて,結局は74号布達によって慣行麦配が復活,固定化していったとみているもの

のようである.

 私は借区制布告自体に私的漁場麦配権の制度的発生をみるとともに,この啓蒙法的布告 が,現実にそれと照応する漁業生産力,漁業生産関係の矛盾のたかまりをしめしていた地 帯では, 制度面,生産関係の実態ともに一新されたと考える.さらに74号布達以後も,こ の法思想が立法政策的には表面上一歩後退したにかかわらず,絶えず府県漁業取締規則の

(15)

青塚:明治初期漁業布告法の研究一皿. 73

制定や解釈運用において影響を与え,さらに19年忌漁業組合準則公布をめぐっても立法政 策上強い作用を及ぼしたのである.

 (2)体制動揺論

 つぎに局地的には一時的混乱を与えはしたが恒久的革新はなかったとする和田氏の見解 がある.同氏は豆州内浦における明治維新直後の紛争にひきつづく網子による漁場解放運 動をのべたのち,『要するに漁業権の紛争の契機は,突然雑税を廃止して,それにかわる べき徴税の明示がなかった事,海面借用の布告をしながら,旧慣によって借用を許可せざ るを得なかった無慮である15)』とし,むしろ借区制布告の革新的性格は認めながらも運用 上の封建制温存策が漁場紛争をはげしくしたともいっている.そのために74号布達にひき つづく原則的旧慣尊重政策は,18年越いたる全面的な網戸場改革までの間,ながく豆州内 浦津元制を堅持させたことを指摘している.

第2項  借区制布告における漁場慣行承継説  (1)原氏の漁場閉鎖主義論

 上述の漁場麦配関係の刷新ないし動揺歯にたいして,借区制布告によっても漁場関係は

一・桾マ更されなかったとし,旧慣承継を主張する説がある.

 まず田口氏は,74号達にいたる期間が短期間であったことに重点をおき,『一・ト度該達 し〔……74号〕の出でし以来は漁業取締は従来の慣行に因ることとなり……別々漁場の区 域を一定して其借用を出願するの必要なきに至れり於此先きに発布せられたる第百五十五 号布告並に二百十五号達しの如き慣行漁場に対しては毫も其効力なく……16)』 とのべて

いる.

 また原氏は,すでにのべた網元漁場あるいは個別,仲間持漁場の没落ないし占有麦配力 の後退にたいして,磯猟場のみは借区制に順応したことを論じてつぎのようにのべている.

達が車寄漁場『地附根国漁業は此の制度に順応する多くの適応性があった17)』.また9年 4月の庫兵県から借用料を上納せしめたことと関連して,『此等は前時代の磯猟場沖猟場の 観念を継受してみるものと思ふ.唯斯くの如く法令を以て磯猟場の区域を決定することは,

漁業権は営業権にして漁場区域は漁業取締区とする観念に帰するのである18)』とする.

 しかしのちにふれるように,同布達が磯寄漁場を一里以内に限定しかつ町村受にしたこ とは,慣行排除の借区制布告の地方版であって,形式的な継受があったにしてもその質:的 転換を認めなければならない.これはすでに雑税廃止布告当時,同県が8年7月漁業自由 令を公布している点からも当然の帰結である.

 同氏はさらに漁民のもつ漁場閉鎖主義論を展開して,当時の借区制布告の一・一一A応の制度変 革方向を認めながら,結局それが漁民自身のために葬り去られたとしてつぎのように論じ

ている.

 『漁業制度改革と云ふ面においては過大評価すべきではないと思う.それは右の布告は 一に租税に重点をおき,これに副うべく前時代の漁制を再編成せんとしたものにして,ま た漁民もそれが大網業者と零細漁民とを問わず,前時代の業態を以てしてこれに即応し,

夫々借区出願を為しこれまた漁民も前時代の様相を再現せんとしたまでである.なるほ ど,これを契機として領主の貢納と抱合していた大網業者は急速に没落の過程をたどった のであるが,他画零細漁民は団結してこれを手中に納めんとした行動としては殆ど全く見

(16)

74 長崎大学水産学部研究報告 第18号(1965)

るべきものがなく,却ってかれ等自身漁場閉鎖性により従来の職場を守るに専念したかの

       ●  ●  ●  ●  ●  ●  ・  ●  ●  ●  ●  ●  ●  ●  ●  ●  ●  o  ●

ようである.

 それ故に,海面借.区制を契機として,一大変革を期待したかのようであるが,その成果 の挙がらなかったのは,反動的な外部からの強制により・歪曲せられたものではなく,漁

       の づ      

民,・しかも零細漁民自身が旧慣保持即ち前時代における漁場利用関係を保持せんとする意

      り      つ

図に大きな原因があったと思う19)』.

       

 この所説は従来の単純な漁場関係変動論または不変論にたいして,漁民の漁場閉鎖主義 性向という特殊な理論的展開をもって行われた点で注目すべきものがある.しかしながら 借区制布告の浸透しなかった事由を,観念的に漁民の特異な性向に求めるのは多くの史実

に反している.

 第一に,同氏もいう没落過程をたどる網元層が,たんに一法令のみによってその傾向を 速めたものであろうか.そこにはブルヂョア的変質または漁場支配主体の交替があったと 同時に,一般漁民層による漁場解放運動があったのである.たんにその漁場の広さからの みみれば,網元の冷麦配漁場は新資本家的経営にとって代られたであろうが,そこにおけ る封建的漁場麦配から私的漁場麦配への転化は,当然に漁民の漁場生産関係における地位 を変質:せしめたものであり,そこでは借区制布告の予期した漁場麦配関係の変革を実現し えたものである.

 第二に,つぎにのべる若干の歴史的事実は部落入会漁場相互の漁場紛争や新規漁業者に よる反封建運動の存在をしめしている.

 第三には,原氏の所論である漁場閉鎖主義とは,部落または漁業組合形態における資本 主義的階層分解の結果当然に促進される一一傾向であって,たんなる徳川封建潅秩序の個別 的承継ないし占有ではない.その質的転化は,部落入会漁場内の漁業生産力発展と網元的 麦配の矛盾の増大を契機として行われるものであるが,ほぼ全国的には30年代,局地的に は借区制布告以前からも,漁業者階層の分解による旧体制の動揺が進行し,10年忌にこれ が激化する地帯のあったことはすでに豆州内浦等の事例でみたところである.

 それは封建体制の矛盾にたいする漁民層の自己防衛策であったと同時に,つねに内部的 な質的変革の条件をもつものであった.ときにそれは他部落への進出という外延的現象す

らひきおこしたのである.それが資本主義一変質を遂げた場合には,その内部における一一 部階層による資本主義的独占が,「閉鎖主義」という対外的方向によって,あたかも全漁 村民的性格をもつて外部に喧伝され,また零細漁民をして本質的問題から目をそらせる結 果をうみ出した.その内部矛盾がたかまるにつれ,いわゆる「漁場閉鎖主義」はその殻を 破って対外的進出をはじめるのである.

 減たがって原氏のいう漁場閉鎖主義的性向とは,零細漁民層のもつ本質的なものではな く,本来,入会漁場の封建的または資本主義的独占を隠蔽するために漁村網元層によって とられた用語にすぎない.それは各社会体制において存在し,表面的なまたは規約的な形 態にかかわりなく,零細層漁民の身分的または経済的拘束を表現するものでしかなかった.

同氏のいう借区制布告当時の閉鎖主義的部落意識は,まさに残存する封建的漁場序秩にお ける意識であるが,それ故に『漁民は団結してこれを手中に納めんとした行動としては殆 ど全く見るべきものがなく』とするのは,新潟県漁場紛争や豆州内浦の反封建斗争の事例 にみても再検討を要する,

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  成 員は この 世界 を、 「歴 然た る 当た り前 の事 実」 ( natural fact of life )とし て考 えて いる 。し かも 、彼 ら にと

また,本書が外交の主役と位置づける職業外交 官の位置づけにも混乱が見られる。旧外交の要素

「もしも私が家を建てたなら / 小さな家を建て たでしょう / 大きな窓と小さなドアーと / 部屋 には古い暖炉があるのよ・・・ブルーのじゅうた ん敷きつめて / 楽しく笑って暮すのよ

以下第 1 節では,FD をどう捉えるかにつき 2 つの対立的見解を紹介するとともに,FD に関す る私見を述べる。第 2 節では,FD

例えば,次のようなケースである: [例 1]喫煙 は健康に悪いので止めようとするが,一服した時 の爽快さに負けて中々やめられない。