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平成 28 年度博士論文 運動前氷飲料摂取による運動時の深部体温低減方略 九州大学大学院人間環境学府行動システム専攻健康 スポーツ科学コース平成 26 年度進学 内藤貴司

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運動前氷飲料摂取による運動時の深部体温低減方略

内藤, 貴司

http://hdl.handle.net/2324/1806787

出版情報:九州大学, 2016, 博士(人間環境学), 課程博士 バージョン:published 権利関係:

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平成

28 年度 博士論文

運動前氷飲料摂取による運動時の深部体温低減方略

九州大学大学院人間環境学府

行動システム専攻健康・スポーツ科学コース

平成

26 年度進学

内 藤 貴 司

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目 次

目次 略語一覧 第1章 序論 1.1 緒言 ... 2 1.2 研究の目的と意義 ... 4 第2章 先行研究の考証および本研究の目的 2.1 暑熱環境下における運動 ... 6 2.2 運動前の冷却 ... 8 2.2.1 冷気暴露 ... 9 2.2.2 冷水浸水 ... 11 2.2.3 冷却衣服の着用 ... 12 2.2.4 冷水摂取 ... 15 2.2.5 氷飲料摂取 ... 16 2.2.6 氷飲料摂取条件 ... 17 2.2.7 体外冷却と体内冷却の利点および欠点 ... 18 2.2.8 氷飲料摂取による運動前冷却の考えられるメカニズム ... 20 2.3 運動中の水分補給 ... 21 2.4 運動前および運動中の冷却 ... 23 2.5 本研究の構成と各章の目的 ... 24 第3章 Crushed ice による氷飲料摂取の有用性の検討 研究Ⅰ 運動前と運動中の Crushed ice 摂取に及ぼす持久的パフォーマンスおよび体温調節応答の比較 3.1 背景と目的 ... 27 3.2 方法 ... 29 3.3 結果 ... 33 3.4 考察 ... 38

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3.5 本章のまとめ ... 41 第4章 運動前の氷飲料摂取方略の検討 研究Ⅱ 運動開始 30 分前を基準とした氷飲料摂取間隔差の比較 4.1.1 背景と目的 ... 44 4.1.2 方法 ... 45 4.1.3 結果 ... 48 4.1.4 考察 ... 53 研究Ⅲ 氷飲料摂取方法の違いによる安静時の深部体温低下の比較 4.2.1 背景と目的 ... 57 4.2.2 方法 ... 58 4.2.3 結果 ... 60 4.2.4 考察 ... 62 研究Ⅳ 間欠的な氷飲料摂取後下限値に到達したタイミングから運動開始する方略の検討 4.3.1 背景と目的 ... 66 4.3.2 方法 ... 66 4.3.3 結果 ... 70 4.3.4 考察 ... 77 4.4 本章のまとめ ... 80 第5章 総合考察 5.1 総合討議 ... 82 5.2 結論 ... 84 5.3 研究の限界および今後の課題 ... 86 引用文献 ... 90 研究業績 ... 98 謝辞 ... 101

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略語一覧

・ AD; DuBois area; デュボイス体表面積

・ BM; Body mass: 体重

・ ΔTre; Changes rectal temperature: 直腸温の変化率

・ CLT; Critical limiting temperature: 危機的限界温度

・ HR; Heart rate: 心拍数

・ RH; Relative humidity: 相対湿度

・ RTS; Rating of thermal sensation: 温熱感覚

・ RPE; Rating of perceived exertion: 主観的運動強度

・ V●O2; Oxygen uptake: 酸素摂取量

・ V●O2max; Maximal oxygen uptake: 最大酸素摂取量

・ V●O2peak; Peak oxygen uptake: 最高酸素摂取量

・ Tar; Arm temperature: 上腕温

・ T−b; Mean body temperature: 平均体温

・ Tch; Chest temperature: 胸部温

・ Tre; Rectal temperature: 直腸温

・ T−sk; Mean skin temperature: 平均皮膚温

・ Tth; Thigh temperature: 大腿温

・ USG; Urine specific gravity: 尿比重

・ VT; Ventilatory threshold: 換気性作業閾値

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1.1 緒言 運動時の体温は,身体内部での熱産生と身体外部への熱放散のバランスに影響される.熱産生は運 動強度が高いほど大きくなり,体温は上昇する.一方,熱放散は主に伝導・対流・放射による熱放散 (乾 性熱放散) と汗の蒸発による熱放散 (湿性熱放散) からなる.環境温度が皮膚温よりも低い場合,乾性熱 放散によって身体内部から外部へ熱が移動し,それに加え汗の蒸発も行われるため,体温の上昇が抑制 される.環境温度が皮膚温よりも高い場合には,乾性熱放散による熱移動は身体外部から内部へとなる ため,汗の蒸発による熱放散が唯一の熱放散経路となる.したがって,外気温が高い環境下では熱放散 が制限され,体温の上昇が生じる. 暑熱環境下における持久的運動中には,体温は過度に上昇し,運動パフォーマンスの低下を引き起こ

す (Galloway & Maughan, 1997; Parkin et al., 1999).その機序の詳細については,未だ不明点が多いが,脳

血流の低下 (Nybo et al., 2001b),中枢神経系を介した疲労感の誘発 (Nybo et al., 2001c),危機的な限界温

度への到達 (Gonzalez-Alonso et al., 1999),などが原因として挙げられている.Gonzalez-Alonso ら (1999)

は運動開始時の深部体温が異なるにもかかわらず,運動終了時の深部体温は近似していたと報告した.

Marino ら (2004) は身体の恒常性の乱れを知らせる温度 (セットポイント: Set point) があると考え,その

危機的な限界温度を”Critical limiting temperature (CLT) ”と呼んだ.暑熱環境下において運動を継続的に実

施すると,脳は血流の低下によって熱放散が制限され,深部体温がCLT まで上昇する.脳は運動を制限

するように中枢神経系を介して疲労感を喚起し,運動パフォーマンスの低下を引き起こす.また,更な

る過度な体温上昇は循環器系や中枢神経系の機能不全をもたらし,生命を脅かすことにもなる.したが

って,運動パフォーマンス低下の抑制,CLT への到達の遅延,暑熱障害の予防を目的とした体温の上昇

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運動中の体温上昇を抑制するための一般的な方法として,運動前 (Marino et al., 2002; Quod et al., 2006;

Siegel et al., 2012) や運動中の身体冷却 (Kay & Marino, 2000) が行われてきた.運動前冷却の基本的な方

略は,運動前に身体の温度を低下させることにある.それによって,中枢性の疲労やCLT に到達する時

間が遅延し,持久的運動パフォーマンスの低下を抑制している.また,暑熱環境下における運動中の身

体冷却や水分の補給は暑熱障害や運動パフォーマンスの低下,脱水の予防のために有効であることが報

告されている (Kay & Marino, 2000; Burdon et al., 2012).身体の冷却には,体外冷却と体内冷却がある.体

外冷却には冷気への暴露,冷水への浸水および冷却衣服の着用などの方法が検討されてきた.しかし,

体外冷却は皮膚を介し身体の深部の体温を低下させるため,極めて長い時間 (30–120 分) が必要であっ

た (Marino, 2002).また,皮膚を介した冷却のためシバリングや不快感等が生じる (Schmidt & Bruck,

1981).さらに決定的なこととして,皮膚温や筋温の低下を引き起こし,運動パフォーマンスを悪化させ

る (Sleivert et al., 2001) 可能性が指摘されている.

体外冷却には上述したような欠点があるため,2006 年頃から体内冷却の研究が開始された.特に 2010

年以降,水と結晶化した氷の懸濁液である Ice slurry を用いた研究が行われてきた.その先駆者である

Siegel ら (2010) は運動前の Ice slurry の摂取は,冷水摂取に比べ運動開始時の直腸温を 0.66 ℃低下させ,

疲労困憊までのランニング時間を冷水摂取の場合より19%延長させたと報告した.その後も Ice slurry が

運動前の深部体温の低下やCLT への到達の遅延,持久的パフォーマンスの低下の抑制に有効であると報

告がなされている (Ross et al., 2011; Siegel et al., 2012; Yeo et al., 2012).Ice slurry は熱力学の法則に基づけ

ば,氷が固体から液体に相転移する際に非常に大きな熱を吸収し,同程度の温度の水や氷より大きな冷

却効果をもたらす (Merrick et al., 2003).しかし,Ice slurry の作製には専用の機器が必要である.また,

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Laursen, 2012).熱力学の法則を考慮すると,Ice slurry に近い氷飲料として,ミキサーで細かく砕いた氷

のCrushed ice もそれに近い作用があると考えられる.事実,Ihsan ら (2010) は Crushed ice を運動前に

摂取すると運動開始時の胃腸内温度が有意に低下し,自転車によるタイムトライアルの時間を有意に短

縮したと報告した.しかし,このCrushed ice 用いた研究は,現在まで Ihsan ら (2010) の 1 編のみしかな

い.また,その研究は対照試行に水道水 (26℃) を用いているため,Crushed ice が冷水摂取よりも有効か どうかを判断するには十分ではない.運動前の体内冷却として,本研究ではCrushed ice を氷飲料として 用いて検討する. 1.2 研究の目的と意義 本研究では,暑熱環境下におけるCrushed ice を用いた氷飲料摂取による体内冷却は CLT の到達の遅 延や持久的パフォーマンス低下の抑制に有効であること,さらに運動前の氷飲料摂取の間隔および摂取 開始のタイミングの深部体温の低下,CLT の到達の遅延や持久的パフォーマンス低下の抑制に関して検 討する. 本研究から得られる知見は,夏季等の暑熱環境下における競技会や練習での持久的パフォーマンス低 下の抑制の方略として活用できる.また,Crushed ice は家庭用のミキサーで簡便に作成できるため,一 般の人達から競技者に至るまで,熱中症等の暑熱障害の予防という観点からも貢献できると考えられる.

アメリカスポーツ医学会 (American College of Sports Medicine: ACSM) は水分摂取のガイドライン

(Sawka et al., 2007) を公表している.しかし,摂取する飲料の温度については十分な検討はなく,そのガ

イドラインについて飲料の温度に関する研究によって,国際的なスポーツ科学研究に貢献できると期待

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2.1 暑熱環境下における運動 運動中には,運動時間や強度に応じて代謝性の産熱が起こり,安静時に比べて体温は上昇する.一方 ヒトの熱放散は主に伝導・放射・対流・汗の蒸発によるが,環境温が体温に近づくかそれ以上になると, 汗の蒸発でしか熱放散ができなくなる.特に暑熱環境下においては,この熱放散の制限によって,持久 的運動中は体温が過度に上昇し,運動パフォーマンスを低下させる.また,場合によってはヒトの生命

の維持にも影響をもたらす (Galloway & Maughan, 1997; Parkin et al., 1999).

近年,深部体温は運動パフォーマンスに影響する重要な要因のひとつと考えられている.

Gonzalez-Alonso ら (1999) は,暑熱環境下での持久的運動能力に及ぼす運動開始時の深部体温の影響を

検討するため,40℃の暑熱環境下において身体を冷却または加温した後に,疲労困憊に至るまでサイク

リング運動を行わせた.疲労困憊時の食道温はどの条件下でも40.1–40.2℃であり,彼らは運動前の食道

温が高いほど運動継続時間が短くなることを明らかにした.この運動の継続が困難となった温度は,ラ

ットでも全く同値 (40.1–40.2℃) であったことが報告されている (Fuller et al., 1998; Walters et al., 2000).

このことから,Marino ら (2004) はこの 40℃という深部体温が運動継続を制限する温度と考え,その温

度を”Critical limiting temperature (以下:CLT) ”と呼んだ.Nielsen ら (2001) は高温 (42℃) および冷涼環

境下 (19℃) において,60%V● O2max 強度のサイクリング運動を行った際の食道温と前皮質領域における 脳波を周波数解析し,中枢神経系への影響を検討した.冷涼環境下で運動を行った場合には,α 波と β 波のスペクトルパワー比で評価した脳覚醒レベルは変化しなかったが,高温環境下で運動を行った場合 には食道温の上昇とともに脳覚醒レベルが抑制された.また,Nybo と Nielsen (2001b, 2001c) は,高温環 境下における過度な体温上昇は運動時の脳血流を低下させること,主観的運動強度 (Rating of perceived

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40℃または 38℃に上昇させた後,深部体温の違いによる筋収縮力を比較した.120 秒間の下肢伸展によ る最大随意筋収縮の維持能力および神経筋活動レベル (自発的に発揮した筋力/電気刺激時の筋力) は, 運動時間の経過に伴い,高体温時 (40℃) の低下が有意に大きかった.しかし,大腿部の筋を電気刺激 すると,高体温群といえども対照群と同レベルまで筋力を発揮した.この結果から,彼らは高体温時の 収縮力が対照群よりも低下した要因のひとつは末梢 (筋) ではなく,中枢が関与していることを示唆し た.したがって,脳温上昇自体が中枢性の疲労を引き起こし,それが運動能力の制限因子となって運動

能力を低下させているとも考えられる (Nybo & Nielsen, 2001a; 2001b; 2001c).

暑熱環境下において継続的に運動を行うと,深部体温がCLT まで上昇し,運動パフォーマンスの低下

や疲労困憊までの時間が短縮される.そのため,深部体温や体温の上昇の予防や抑制の方略が多く示さ

れてきた.その一般的な方法は,運動前の冷却 (Marino, 2002; Quod et al., 2006; Siegel et al., 2012) および

運動中の冷却 (Kay & Marino, 2000) である.運動前冷却では,冷気暴露,冷水への浸水および冷却衣服

等の着用が,運動中冷却では水分を含んだスポンジやタオルの使用が検討され,冷飲料の摂取による運 動前または運動中の冷却で検討されてきた (図 2-1). 図2-1. 運動前と運動中の冷却

運動前冷却

体外冷却

・冷気暴露 ・冷水浸水 ・冷却衣服等の着用

運動中冷却

体内冷却

・冷飲料の摂取

体内冷却

・冷飲料の摂取

体外冷却

・水分を含んだ  タオルやスポンジ  の使用

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2.2 運動前の冷却 運動前冷却は1930 年代より,様々な温度の水への浸水と身体応答が検討され (Bazett et al., 1937),さ らに暑熱環境下において働く軍人のパフォーマンスの維持や改善をめざした研究が行われた (Webb & Annis, 1968).しかし,運動前の全身冷却と運動パフォーマンスの関係の研究が本格的に開始されたのは, 1980 年代からであった.現在でも多くの研究が継続的に行われているが,その方略が時代により異なっ てきている.運動前冷却の基本的な目標は,運動前に深部体温を低下させることである.それによって, 中枢性の疲労やCLT に到達する時間が遅くなり,タイムトライアル時間の短縮 (Arngrimsson et al., 2004;

Byrne et al., 2011; Levels et al., 2013; Ross et al., 2011) や,疲労困憊に至るまでの時間の延長

(Gonzalez-Alonso et al., 1999; Uckert & Joch, 2007),ランニング距離 (Booth et al., 1997) やサイクリング距離

(Lee et al., 2008) の延長が報告されている.

例えば,Booth ら (1997) は,60 分間の冷水への浸水による運動前冷却が冷却しない対照条件に比べ,

運動開始時の直腸温を0.7℃,蓄熱量 (heat storage) を 136 W/m2低下させ,さらに高温環境 (31.6℃,相

対湿度60%) 下での 30 分間の自己選択ペースによるトレッドミル走の距離を 4%延長させたと報告した.

彼らは,この距離の延長は直腸温が低下し,熱を貯めることができる蓄熱容量 (heat storage capacity) が

増大して,そのためCLT に達する時間を遅らせたと推測した.この運動前の高められた蓄熱容量が,運

動パフォーマンスの低下を抑制する最も有力な説明のひとつと考えられている (Siegel & Laursen, 2012).

また,Levels ら (2012) は,サイクリングタイムトライアルに及ぼす皮膚温の影響を検討した.この研

究では,水循環スーツ (10℃) を着用しながら浸水 (3℃) する運動前冷却を行った後,中性環境下にお

ける7.5 km のタイムトライアル中の 1.5–6.0 km の間に,赤外線ヒーターを用いて皮膚温を上昇させる熱

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冷却を行わない条件に比べて,有意に低い値を示した.しかし,運動終了時の平均皮膚温,サイクリン

グ運動の平均パワー,直腸温等のいずれの指標にも有意な差が認められなかった. この結果から彼らは,

運動開始時の皮膚温の低下は,運動パフォーマンスを改善しないと報告した.運動前冷却が持久的パフ

ォーマンスの低下を抑制する機序は未だ明らかになっていないが,運動開始時の皮膚温ではなく深部体

温の低下によって蓄熱容量が増大し,CLT への到達を遅らせ,その程度が大きければ大きいほど運動パ

フォーマンスへ及ぼす影響力も大きい可能性が示唆されている (Siegel & Laursen, 2012).

一方,運動前に深部体温が低下したにもかかわらず,運動パフォーマンスの改善を認めなかった報告

もある (Cheung & Robinson, 2004; Douglas et al., 1999; Wilson et al., 2002).これらの研究は,高温環境下で

はなく中性環境下 (20–22℃) で検討されたものである.高温環境下よりも熱放散が制限されなかったた め,運動パフォーマンスに差はなかった可能性も考えられる. 運動前冷却は主に体外冷却と体内冷却に分類され,様々な方略が検討されているため,これらを方略 別に検討していく.体外冷却に関する先行研究の結果を方略別に表2-1 にまとめた. 2.2.1 冷気暴露 冷気に暴露して,運動前冷却の運動パフォーマンスに及ぼす影響を検討する研究は,1980 年代に開始 された.冷気暴露に関する研究は4 編あり,そのうち 1 編では効果が認められていない.この研究では, 冷却を行わない対照条件と比較してサイクリング運動による疲労困憊までの時間を30 秒 (2.8%) 延長し

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10

2-1. 体外冷却方略のまとめ

著者らは,被験者12 名のうち女性が3 名含まれており,体力レベルが被験者間で大きな差があったため,

統計的な有意差は認められなかったと報告している.これに対して他の3 編では効果が認められている.

Lee と Haymes (1995) および Olschewski と Bruck (1988) は,持久的運動を行う前に,0–5℃の冷気暴露に

Study Pre-cooling method Exercise protocol Change in Tc Ambient conditions Outcome/conclusions Schmidt and Bruck

(1981) Cold air 0

Cycling with increasing

workload to exhaustion 1.0 ↓in esophagealtemperature 18 No significant increase in time to exhaustion Hessemer et al.

(1984) Cold air 0 60 min work rate test 0.4 ↓in esophagealtemperature 18

6.8% increase in mean 1 h work rate after precooling

Olschewski and Bruck (1988) Cold air 0

Cycling at 80%VO2max

to exhaustion 0.2 ↓in esophagealtemperature 18 , 50% rh Time to exhaustion was increased by 12% Lee and Haymes

(1995) Cold air 5

Running at 82%VO2max

to exhaustion 0.37 ↓ in rectaltemperature 24 , 51-52% rh

Pre-cooling increased the time to exhaustion (121%) and improved the rate of heat storage

Booth et al.

(1997) Water immersion 23-24 30 min self paced treadmillrunning 0.7 ↓in rectaltemperature 31.6 , 60% rh Exercise distance was longer by 304 m (4%) Kay et al.

(1999) Water immersion 24 30 min cycling time trial

No change in rectal

temperature 31 , 60% rh Distance cycled increased 900m (6%) Gonzalez-Alonso et al.

(1999) 30 min water immersion 17 Cycling at 60%Vto exhaustion O2max 1.5 ↓in esophagealtemperature 40 , 19% rh Time to exhaustion was improved by 17 min (37%) Marsh & Sleivert

(1999) 30 min water immersion 12-18 70 sec maximal power test 0.3 ↓in rectaltemperature 29 , 80% rh Power output was increased by 22 W (3.3%) Douglas et al.

(1999) Water immersion 25

15 min swimming and 45 min cycling at 75%

VO2max

0.5 ↓in rectal

temperature 26.6 , 60% rh Performance similar between trials Booth et al.

(2001) Water immersion 24

35 min cycling

at 60%VO2peak 0.8 ↓in rectaltemperature 35 , 60% rh

Pre-cooling had a limited effect on muscle metabolism

Wilson et al.

(2002) lower water immersion 17.7

60 min cycling

at 60%VO2max 0.67 ↓in rectaltemperature 21.3 , 22.4% rh Performance similar between trials Castle et al.

(2006) 20 min water immersion 17.8

Intermittent sprint [20×(10 sec passive rest; 5 sec sprint at 7.5%BM; 10 sec active rest)]

0.3 ↓in rectal

temperature 34 , 52% rh Peak power output was decreased by 6 W (0.5%) Hasegawa et al.

(2006) 30 min water immersion 25

60 min cycling at 60%VO2max + cycling at 80%VO2max to exhaustion

0.3 ↓in rectal

temperature 32 , 80% rh Time to exhaustion was improved Racinais et al.

(2009) 30 min water immersion 16 7 sec maximal power test not measured 22 , 60% rh Peak power output was decreased by 14% Siegel et al.

(2012) 30 min water immersion 23.4-24.8

Running at VT1

to exhaustion 0.44 ↓in rectaltemperature 34 , 52% rh Time to exhaustion was improved by 10.1 min (21.6%) Yates et al.

(1996) Ice vest worm during w-up 2000 m rowing time trial 0.34 ↓in rectaltemperature 32 , 60% rh Time trial was improved by 3 sec (1.3%) Smith et al.

(1997) Ice vest worm during w-up Progressice maximal testto exhaustion No change in rectaltemperature 32 , 60% rh Cycling time was increased by 54 sec (3.2%) Cotter et al.

(2001)

Ice vest with (1) and without (2) thigh cooling + cold air 3

20 min cycling at 65%

VO2peak + 15 min work performance

(1) 0.7 ↓and (2) 0.5 ↓ in rectal temperature

35 , 60% rh Improved endurance performance irrespective of whetherthighs were warmed or cooled Sleivert et al.

(2001) 45 min wearing cooling vest

45 sec allout power

cycling test Significant decreased 33 , 60% rh Performance similar between trials Cheung & Robinson

(2004) Upper perfused suit 5

30 min cycling at 50%VO2peak interspersed with a 10-s Wingate cycling sprint test

0.5 ↓in rectal

temperature 22 , 40% rh Performance similar between trials Arngrimsson et al.

(2004)

Cooling vest worn during

w-up 5 km run time trial 0.2 ↓in rectaltemperature 32 , 50% rh

Running time was increased by 1.1% following pre-cooling

Webster et al.

(2005) 35 min wearing cooling vest

30 min cycling at 70%

VO2max + time to exhaustion 95%VO2max

No change in rectal

temperature 37 , 50% rh No significant increase in time to exhaustion Castle et al.

(2006) 20 min wearing cooling vest

Intermittent sprint [20×(10 sec passive rest; 5 sec sprint at 7.5%BM; 10 sec active rest)]

0.3 ↓in rectal

temperature 34 , 52% rh Performance similar between trials Daanen et al.

(2006) Perfused suit (1) whole,(2) upper and (3) lower 40 min cycling at 60%VO2max

(1) 0.44 ↓, (2) and (3) 0.25 ↓in rectal temperature

30 , 70% rh No important if the upper or the lower bodywas cooled Uckert & Joch

(2007) 20 min wearing ice vest

Incremenal step test at

a pace of 9km/h 0.5 ↓in tympanictemperature 30-32 , 50% rh Running duration was longer by 2.2 min Quod et al.

(2008) 40 min wearing cooling jacket

20 min cycling at 75% maximal aerobic power + 20 min self paced maximal effort

No change in rectal

temperature 34 , 41% rh Self-paced effort was decreased by 16 sec Bogerd et al.

(2010) 45 min wearing cooling vest

Cycling at 65%VO2max to exhaustion

No change in rectal

temperature 29.3 , 80% rh Exercise duration was longer with cooling vest Stannard et al.

(2011) 30 min wearing cooling vest 10 km run time trial

No change in gastrointestinal

temperature 24-26 , 29-33% rh Performance similar between trials w-up = warm up; VO2max = maximal oxygen uptake; VO2peak = peak oxygen uptake; BM = body mass; Tc = core temperature; ↓ indicates reduction; rh = relative humidity

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よる運動前冷却を行い,運動前冷却の有無が深部体温と疲労困憊までの時間に及ぼす影響を検討した. これらの研究では被験者がシバリングを起こした場合には加熱を行い,シバリングが消失した後に 0℃ の冷気で再冷却を行った.その結果,運動開始時の深部体温は対照条件よりも低下し,疲労困憊までの 時間も有意に延長した.また,同様の冷気暴露手順を用いたHessemer ら (1984) も,冷却しない対照条 件と比較して深部体温が有意に低下し,60 分間の平均サイクリングパワーが増加したことを報告した. 以上のことから冷気暴露による運動前冷却は,深部体温の低下および運動パフォーマンスの低下の抑 制に一定の効果を示している.しかし,この方法の応用には多くの困難が伴うことが挙げられている. 例えば,直腸温の有意な低下をもたらすためには,120 分以上の冷却時間が必要である (Hessemer et al., 1984).また,Lee と Haymes (1995) の研究のように被験者がシバリングを起こすこともあり,体温が低 下している間に代謝が低下するために,一時的な加熱が必要である.さらに,多数の研究者が被験者が

不快感を示すことも指摘している (Hessemer et al., 1984; Lee & Haymes, 1995; Olschewski & Bruck, 1988;

Schmidt & Bruck, 1981).

2.2.2 冷水浸水

運動前に深部体温を低下させる方法として,最も頻繁に用いられてきた方法が冷水への浸水である. Gonzalez-Alonso ら (1999) は,気温 40℃, 相対湿度 19%の高温低湿度環境下において,30 分間の冷水 (17℃) もしくは温水 (36℃) への浸水後に,60%V●O2max 強度で疲労困憊までサイクリング運動を行わせ, 運動中の食道温と疲労困憊に至るまでの時間を比較した.その結果,冷水浸水は運動開始時の食道温を 温水への浸水よりも1.5℃ほど低下させ,疲労困憊に至るまでの時間も有意に延長させた.また Hasegawa ら (2006) も,26℃の水への浸水は浸水を行わない条件と比較して,運動開始時の直腸温を有意に低下

(17)

12

させ,80%V●

O2max 強度で疲労困憊に至るまでサイクリング運動を有意に延長させたことを報告してい

る.

冷水浸水は,冷気による冷却と比べ効果的に深部体温を低下させることができる.浸水が冷気より優

れている点として,同温の空気よりも熱放散が2–4 倍程度高いことが指摘されている (Smith & Hanna,

1975).したがって,冷水浸水による運動前冷却は冷気暴露よりも短い 30–60 分の介入時間で検討されて

いる (Booth et al., 1997; Booth et al., 2001; Gonzalez-Alonso et al., 1999; Hasegawa et al., 2006; Kay et al., 1999;

Wilson et al., 2002).

しかし,それでも冷却効果が有意に成し遂げられるまでに,30 分以上を要する可能性がある.加えて,

大量の水を必要とするため,競技現場での利用は難しいことが指摘されている (Siegel & Laursen, 2012).

また,浸水は体外から直接冷却を行うため,不快感や末梢血管の収縮による筋機能の低下も指摘されて

いる (Peiffer et al., 2009).Petajan と Watts (1962) は,30 分間の 15℃の水への浸水は筋温を 6℃ほど低下

させることを報告した.そして,Sleivert ら (2001) は運動前の体外冷却は運動開始時の活動筋の筋温の

低下を引き起こすため,スプリント運動中の最大パワーを低下させると報告している.この他にも,筋

温の低下は運動パフォーマンスの低下を引き起こすことが報告されている (例えば,Blomstrand et al.,

1984).したがって,この方略を実際の競技場面で実践するには困難が伴う.

2.2.3 冷却衣服の着用

冷気暴露や浸水の他に,アイスベストやアイスジャケット (Arngrimsson et al., 2004; Cotter et al., 2001;

Uckert & Joch, 2007) の着用,水循環スーツ等の特殊な衣服 (Cheung & Robinson, 2004; Daanen et al., 2006)

(18)

環境下でのアトランタ夏季五輪にむけて,特にオーストラリア国立スポーツ研究所 (Australian Institute of

Sport) は冷却衣服を開発し,オーストラリア選手のオリンピックでの競技成績に貢献したとされている

(Martin et al., 1998).多くの研究のひとつの例として,Uckert と Joch (2007) はアイスベストによる運動前

冷却が長時間運動パフォーマンスに及ぼす影響を検討した.彼らは,暑熱環境下 (30–32℃, 相対湿度

50%) において,被験者にアイスベストを 20 分間着用させた後,あるいはアイスベスト着用なしでのウ

ォーミングアップ (Warming up; W-up) 後,走速度を 9 km/h から 5 分毎に 1 km/h ずつ上昇させて,疲労

困憊までのトレッドミル走行を行わせた.その結果,運動開始時の鼓膜温はW-up 条件よりも 0.93℃低 く,冷却もW-up も行わない対照条件よりも持久的パフォーマンスを 1.8 分間延長させたと報告した.鼓 膜温は,アイスベスト着用直後に低下せず,運動開始5 分後に低下したため,彼らは鼓膜温の上昇の抑 制は末梢血の再還流 (アフタードロップ:Afterdrop) によって引き起こされ,それによって運動パフォー マンスが改善したと結論づけた. 一方,冷却衣服による運動前冷却の冷却効果や運動パフォーマンスに及ぼす影響を疑問視する研究報 告もなされている.Cheung と Robinson (2004) は,直腸温は水循環スーツ (5℃) の着用による運動前冷 却の有無に関わらず運動開始直後から差がなく,中性環境下 (22℃, 相対湿度 40%) での 50%V●O2max 強度での30 分間のサイクリング中に行われた 10 秒間のウィンゲートサイクリングテストの成績を改善 しなかったことを報告した.また,Quod ら (2008) は,運動前の 40 分間のアイスジャケット着用によ っても直腸温は有意に低下せず,暑熱環境下 (34.4℃, 相対湿度 41.2%) におけるサイクリングタイムト ライアルの時間を改善しなかったと報告した.その要因として彼らは,アイスジャケットの使用はW-up 時の直腸温の上昇の抑制にしか適しておらず,運動前の深部体温低減を目的としてアイスジャケットを 用いるのは難しいかもしれないと示唆している.

(19)

14

冷却衣服の着用による体外冷却は,冷気暴露や浸水等の全身冷却とは異なり,上半身あるいは下半身 のみの部分的な冷却の場合が多い.全身冷却と部分的な冷却を比較した Daanen ら (2006)は,60%V● O2max 強度での 40 分間のサイクリングにおいて 45 分間の水循環スーツ着用による上半身あるいは下半 身の運動前冷却は,全身の冷却よりも冷却効果が弱いことを明らかにした.一方,Marsh と Sleivert (1999) は冷却衣服を使用していないが,上半身のみの浸水 (18℃) による運動前冷却が,70 秒間の全力サイク リング運動において平均パワーを3.3%改善したと報告している.また,Wilson ら (2002) は,30 分間の 下半身のみ浸水 (17.7℃) による運動前冷却後,60%V● O2max 強度での 60 分間のサイクリング運動を被 験者に行わせた.彼らは,運動パフォーマンスの測定は行っていないが,直腸温は運動終了時まで有意 に低くかったことを報告している.また,この研究では運動中の蓄熱容量が大きかったと推測された. これらのことから,高強度の短時間運動パフォーマンス,また持久的運動パフォーマンス低下の抑制に は,体外冷却においては,冷却方法の違いが大きく関係している可能性が考えられる.直接比較はなさ れていないが,冷却衣服の着用は浸水に比べ深部体温の低下が小さく,蓄熱容量の増大も大きくないた め,運動パフォーマンスの低下の抑制に及ぼす影響は小さい可能性がある. このように,冷却衣服による運動前冷却は冷却効果が小さいため,運動パフォーマンスの低下を抑制 するという結論には至っていない.そのため,運動パフォーマンスの低下を抑制するためには冷却衣服 と冷気暴露や浸水を組み合わせることが,必要であろうと考えられる. 以上のように,暑熱環境下における運動前の冷気暴露や浸水による (冷却衣服を除く) 体外冷却は運 動開始時の深部体温を低下させることにより,蓄熱容量を増大させ,CLT への到達の遅延および運動パ フォーマンスの低下を抑制することが明らかにされてきた.体外冷却は主に冷却物を皮膚に接触させて 冷却を行うため,深部体温を低下させる前に皮膚温の低下が起こる.この皮膚温の低下は,平均体温を

(20)

用いて算出される蓄熱容量を増大させるひとつの要因である.前述のように皮膚温のみ低下は運動パフ ォーマンスの低下を抑制しないことが報告されているが,皮膚温に加え,深部体温が低下した場合には 蓄熱容量が増大し,運動パフォーマンスの低下を抑制することが数多くの研究で報告される.しかし, 運動パフォーマンス低下の抑制に皮膚温の低下も伴った蓄熱容量の増大が有効か,あるいは深部体温の みの低下が有効かは不明であり,体外冷却で検討することは困難であろう. 2.2.4 冷水摂取 2008 年頃まで運動前の冷却方略として,主に冷気暴露,冷水浸水,冷却衣服の着用等の体外冷却が主 に検討されてきた.しかし,体外冷却は皮膚を介して直接冷却するため,長時間必要であり (例えば Booth et al., 1997),しかもシバリングや不快感等が生じる (Marino, 2002).加えて,筋温の低下を引き起こし, 運動パフォーマンスを悪化させる可能性が指摘されている (Sleivert et al., 2001).したがって,近年は体 内冷却が検討されるようになった. 体内冷却の方略として,冷水・氷飲料摂取が検討されてきた.報告されている研究の要約を表2-2 に 示した. 表2-2. 体内冷却方略のまとめ

Study Pre-cooling method Exercise protocol Change in Tc Ambient conditions Outcome/conclusions Lee et al.

(2008)

900 mL (4 ) 30 min before exercise and 100 mL every 10 min during exercise

Cycling at 66%VO2peak

to exhaustion 0.5 ↓in rectaltemperature 35 60% rh 4 drink increased time to exhaustion by 23% Byrne et al.

(2011) 900 mL (2 ) 30 min before exercise 30 min self-paced cyclingtime trial 0.4 ↓in rectaltemperature 32 , 60% rh 4 drink increased time trial by 536 m Siegel et al.

(2010) 7.5 g/kgBM 30 min before exericse Running at VT1 to exhaustion 0.66 ↓in rectaltemperature 34 54.9% rh Time to exhaustion was increased by 19% Dugas J.

(2011) 7.5 g/kgBM Running at VT1 to exhaustion 0.32 ↓in rectaltemperature 34 75% rh Time to exhaustion was increased by 9.5 min (19%) Ross et al.

(2011) 14 g/kgBM ICE + ice towels 46.4 km cycling time trial

~0.7 ↓in rectal temperature with

ICE + ice towels 32-35 50-60% rh Time trial was increased by 1.3% Siegel et al.

(2012) 7.5 g/kgBM 30 min before exericse Running at VT1 to exhaustion 0.43 ↓in rectaltemperature 34 52% rh Time to exhaustion was increased by 13% Yeo et al.

(2012) 8 g/kgBM 30 min before exercise 10 km outdoor running time trial 0.5 ↓in gastointestial

temperature 22-32 55-95% rh Time trial was increased by 15 sec Levels et al.

(2013) 2 g/kgBM 28 min before exercise 15 km cycling time trial 0.4 ↓in rectaltemperature 30 , 50% rh Time trial was beneficial for pacing during latter stages Ihsan et al.

(2010) 6.8 g/kgBM 30 min before exercise 40 km cycling time trial

1.1 ↓ gastrointestinal

temperature 30 75% rh Time trial was increased by 6.5%

(21)

16

その中で,Byrne ら (2011) は,中性環境下 (21℃, 相対湿度 60%) において,運動開始 35,25,10 分 前にそれぞれ2℃または 37℃の飲料を 300 mL ずつ摂取させた後,高温環境下 (32℃, 相対湿度 60%) で 被験者が自己選択したペースによる30 分間のサイクリング運動を行わせた.その結果,2℃の飲料摂取 における運動開始5 分前の直腸温は 37℃の飲料摂取と比べて 0.23℃低く,サイクリング距離は 490 m, サイクリング運動の平均パワーは14 W 増加した.加えて,冷水摂取による運動前冷却は深部体温を有 意に低下させるが,末梢の体温を低下させないため (Byrne et al., 2011),体外冷却法のような欠点は少な いと考えられる.また,運動前に水分を多く摂取するため,脱水の予防にも貢献することになり,実際 の運動・スポーツ場面においても使用可能な実践的な方略と考えられる. 2.2.5 氷飲料摂取

運動前の体内冷却として,水と結晶化した水様の氷の懸濁液であるIce slurry の氷飲料摂取による運動

前冷却が検討されてきた.Siegel ら (2010) は,運動前に体重 (BM: Body mass) 1 kg 当り 7.5 g (7.5 g/kgBM)

のIce slurry (−1℃) を摂取させ,換気性作業閾値 (Ventilatory Threshold; VT) の強度で疲労困憊に至るま

でトレッドミル走を行わせた.このIce slurry 摂取によって,運動開始時の直腸温が 0.66℃低下し,冷水 (4℃) 摂取に比べ疲労困憊までのランニング時間が 19%延長した.また Ross ら (2011) は,14 g/kgBM のIce slurry 摂取と冷却されたタオルを羽織った体外冷却を併用して行った運動前冷却は,オーストラリ アのトップサイクリストが行っている浸水とアイスジャケット着用を組み合わせた体外冷却に比べ,運 動開始時の直腸温を有意に低下させたことを報告している. 熱力学の法則に基づけば,氷は固体から液体に相転移するのに非常に大きな熱を吸収し,同程度の温 度の水や氷より大きな冷却効果をもたらす (Merrick et al., 2003).ブタでの研究では,体重 1 kg 当り 50 mL

(22)

の生理食塩水からなるIce slurry の静注は,同温で冷蔵されていた生理食塩水に比べ大脳皮質温を 3.2℃ 低下させることが報告されている (Vanden et al., 2004). 以上のことから,氷飲料摂取よる体内冷却は,冷水摂取や従来行われてきた体外冷却以上に深部体温 への冷却効果があり,高温環境下での持久的パフォーマンスの低下を抑制することが示唆される.しか し,氷飲料のひとつであるIce slurry は特許製品であることに加え,極めて大掛かりな装置で作成するた め,競技会や運動施設におけるその装置の使用および運搬等に問題があると指摘されている (Siegel & Laursen, 2012). 氷飲料の特徴として,細かい氷片からなるため表面積が広く,高い流動性と熱交換性をあわせ持つこ

とがあげられている.Ice slurry に近い,細かく砕いた氷の Crushed ice も運動前冷却の方略のひとつにな

る.しかし,Crushed ice 摂取の運動パフォーマンスへの影響を検討した研究は,1 編のみの報告しかな

い.Ihsan ら (2010) は,運動前の 6.8 g/kgBM の Crushed ice (1.4℃) の摂取は,運動開始時の胃腸内温度

を1.1℃低下させ,水道水摂取と比較して,40 km サイクリングタイムトライアルを 6.5%ほど短縮させ

たことを報告した.しかし,この研究はCrushed ice 摂取と 26.8℃の水道水摂取とを比較した研究であり,

冷水との比較はなされていない.したがって,Crushed ice 摂取が Ice slurry 摂取と同様に冷水摂取以上に

深部体温の低下や持久的パフォーマンス低下の抑制に効果をもつかはまだ不明である.

2.2.6 氷飲料摂取条件

運動前のIce slurry や Crushed ice 等の氷飲料摂取に関して,Siegel と Laursen (2012) は摂取時の外気温,

摂取量,摂取の時間やその間隔などが体内冷却の程度に影響すると報告している.摂取時の外気温に関

(23)

18

温の低下は 24.5℃の中性環境下において 0.66℃,34.0℃の高温環境下において 0.43℃であったと報告さ

れている.外気温が低い方が身体表層の温度が低いため,中性環境下の方が冷却効果が高かったと考え

られる.運動前の氷飲料の摂取量に関して,Ross ら (2011) は高温環境下 (32–35℃) での Ice slurry 摂取

による直腸温の低下は 500 g 摂取の場合が 0.25℃,1 kg 摂取の場合が 0.60℃であり,摂取量の多い場合

に冷却効果が高まることを報告した.この結果から,氷飲料の摂取量は多い方が冷却効果は大きいこと

が示唆される.

体内冷却の持久的パフォーマンス低下の抑制への冷却効果を最大限発揮するために,運動前の氷飲料

摂取の間隔も検討すべきであるとされている (Siegel et al., 2012; Stanley et al., 2010).しかし,運動前の氷

飲料の摂取間隔に関して,まだ検討されておらず,持久的パフォーマンスや体温等に及ぼす影響は不明 である. 2.2.7 体外冷却と体内冷却の利点および欠点 ここまで検討してきた運動前冷却の方略を利点および欠点に分け,表2-3 に要約した. 表2-3. 運動前冷却における方略別の利点および欠点

Type Strategy Total of studies Positive ways Negative ways

a great deal of time (120 min) to gain a physiologically signficant reduction in core temperature uncomfortable for subjects

to require re-warming intervals to reduce shivering lack of access to large amounts of water in the field lack of electricity to maintain water temperature small cooling effects

uncomfortable for subjects more simply than external pre-cooling

to provide hydrating state

Ice slurry ingestion 6/6 greater cooling effects than cold water ingestion or immersion using a too heavy machine

Crushed ice ingestion 1/1 more practical due to be able to make more simply compared with an ice slurry unclear whether ice slurry ingestion is comparable in cooling effects to crushed ice ingestion lower cooling effects compared with ice slurry ingestion

Cold water ingestion 2/2 External

Internal

to allow subjects to cool body while fulfilling their w-up to be consistently shown to enhance performance

greater heat conductance in cold water immersion compared with cold air exposure 3/4

8/11

5/13 Cold air exposure

Cold water immersion

(24)

前述したように,運動前冷却は体外冷却と体内冷却が様々な方略で検討され,いずれも運動パフォー マンス低下の抑制が報告されてきた.一方で,体外冷却には短所も挙げられている.すなわち,冷却を 行うためには冷気噴出装置や部屋,浸水用の浴槽,特殊な着衣等が必要であり,効果を得るための時間 も冷気暴露では120 分,冷水浸水では最低 30 分以上が必要とされる.また,体外冷却はシバリングが生 じることや不快感等も報告されている.加えて体外冷却の場合,末梢の体温は低下するが,筋温の低下 も起こり,それは代謝速度や筋収縮速度を遅くさせるため,高強度パフォーマンスに関しては多くの競 技者および指導者は懸念を抱いていた (Marino, 2002). 一方,体内冷却は経口摂取により成し遂げられているため,簡便で実用的である.特に氷飲料の摂取 は,末梢体温を低下させない (Siegel et al., 2012) だけでなく,浸水による不快感も回避され得る.さら に筋温の低下も起こらないため,運動開始前から高い筋温を維持することが可能である.さらに,最大 下強度の長時間運動では,深部体温の低下のため蓄熱容量を大きくするという利点をもたらすと考えら

れる.Ice slurry の摂取は,浸水 (Siegel et al., 2012) や浸水と冷却衣服を組み合わせた体外冷却 (Ross et al.,

2011) に比べ,運動開始時の深部体温の低下や同程度のランニング時間の改善が明らかにされ,有効な

方略となると思われる.氷飲料摂取はパフォーマンスの改善に加えて,大部分の被験者にとって非常に

飲みやすく,体外冷却より受け入れやすいということが明らかになっている (Siegel & Laursen, 2012).た

だ,Ice slurry 摂取後,胃腸の不快感を報告した研究が 1 編 (Ross et al., 2011) 認められる.また,Ice slurry

摂取に伴う頭痛については多くの研究で報告されている (Ross et al., 2011; Siegel et al., 2010; Siegel et al.,

2012).しかし,いずれの報告も胃腸の不快感や頭痛は摂取直後のみであり,運動局面への影響は残らず,

運動に悪影響を及ぼさない可能性が高いと報告されている (Siegel et al., 2010; Siegel et al., 2012).

(25)

20

フォーマンスの悪化を解消することができる方略と思われる.

2.2.8 氷飲料摂取による運動前冷却のメカニズム

これまでは体外冷却の効果として,深部体温の低下および蓄熱容量の増大が運動パフォーマンスの低

下の抑制することが報告されてきた.Siegel ら (2012) は,Ice slurry 摂取と浸水による運動前の体外冷却

を比較した.その結果,運動前のIce slurry 摂取が浸水による運動前の体外冷却よりも直腸温を有意に低

下させ,VT 強度で疲労困憊に至るまでのトレッドミル走の時間の同程度の延長を実証した.しかし,

運動開始時の蓄熱容量は浸水の方がIce slurry 摂取よりも有意に大きかった.この結果は,蓄熱容量の増

大がなくても,深部体温の低下によって持久的パフォーマンスの低下を抑制できることを示唆している.

また,Ice slurry 摂取は浸水と異なり,筋温を低下させなかった可能性も考えられる.Siegel と Laursen

(2012) は,Ice slurry の効果が体外冷却より大きいメカニズムとして,従来考えられてきた深部体温の低

下や蓄熱容量の増大に加え,胃腸内温度の上昇の抑制,消化管が冷却されることによって生じる温度受

容器への刺激の影響を挙げている.胃腸温度の上昇は上皮細胞の透過性を高め,血流にエンドトキシン

の増加をもたらす (Moseley et al., 1994).血中のエンドトキシン濃度の上昇は,内毒素血症として知られ

ており,中枢神経系に影響に及ぼすサイトカインを遊離し,運動パフォーマンスの低下を引き起こす

(Cheung & Sleivert, 2004).したがって,Siegel と Laursen (2012) はこの領域を冷却することは,潜在的に

内毒素血症を弱めることによって持久的パフォーマンスを向上させる機序のひとつと考えた.胃腸内に

は,温度受容器が存在することが知られている (Villanova et al., 1997).事実,運動前の Ice slurry 摂取は

冷水摂取と比較して,知覚指標である温熱感覚や主観的運動強度の上昇を抑制することも報告されてい

(26)

容器が刺激され,深部体温の求心性神経や抑制的なフィードバックに影響を及ぼす可能性も示唆してい る. 2.3 運動中の水分補給 水分補給の基本的な方略は,運動中の脱水や暑熱障害の予防,運動パフォーマンスの低下の抑制と考 えられている.運動中に体温は上昇していくが,水分補給を行うことで体温上昇の度合いを低下させる ことが多数報告されている (Burdon et al., 2010).しかし,運動前冷却と同様に CLT の遅延の機序につい ては明らかとなっていない. 運動中の水分補給の研究は溶液の種類,補給頻度,補給量や脱水への影響が検討されているが,摂取 する溶液の温度の検討はあまり行われてこなかった.そのため,アメリカスポーツ医学会の運動時の水 分補給に関する2007 年ガイドライン (Sawka et al., 2007) においても,飲料の温度に関する記述はなされ ていない. Mundel ら (2006) は,暑熱環境下 (33.9℃, 相対湿度 27.9%) での冷飲料の摂取は水分摂取量を増加さ せ,持久的サイクリングパフォーマンスを高めることを示唆した.すなわち彼らは,暑熱環境下におけ る65%V● O2peak 強度で疲労困憊に至るまでのサイクリング運動中の 4℃もしくは 19℃の飲料の任意摂取 および15 分毎に 300 mL の摂取した際に,4℃の飲料摂取時の直腸温が運動開始 30 分後に 19℃の飲料よ りも0.25℃低くかったことを報告した.また,65%V●O2peak 強度で疲労困憊に至るまでのサイクリング 時間は4℃の飲料摂取時が 19℃の飲料摂取より 11%ほど長かったと報告されている.その際,水分の摂 取量は4℃の飲料摂取 (1.3 L) が 19℃の飲料摂取 (1.0 L) よりも多かった.加えて,Burdon ら (2008) は 温暖多湿環境下 (28℃, 相対湿度 70%) における 65%V●O2peak 強度での 90 分間のサイクリング運動中,

(27)

22

10 分毎に 4℃または 37℃の飲料を 2.3 g/kgBM 摂取させた.その結果,両条件の直腸温に有意な差は認め られなかったが,サイクリングパフォーマンステスト開始時の平均体温は4℃の飲料摂取時が 37℃の飲 料摂取に比べ0.5℃低い値を示し,サイクリング仕事量が 12 W (4.9%) 増加していた.したがって,温暖 多湿環境下での単位体重当りの摂取による飲料の温度差は,直腸温の有意な影響を与えなかったが,4℃ の飲料摂取においてサイクリングパフォーマンスを増加させることが示唆された. 暑熱環境下における検討ではないが,Lee ら (2007) は,常温環境下 (25.4℃,相対湿度 61%) での冷 水摂取は直腸温の上昇を早期に抑制するが,高強度のパフォーマンスを改善しない可能性も示唆した. すなわち,彼らは被験者に対して常温環境下において,90 分間の 50%V●O2peak 強度のサイクリング運動 中の30–40 分の間に 10℃もしくは 37℃の飲料を 1 L 摂取させた後,95%V● O2peak 強度で疲労困憊までサ イクリング運動を行わせた.直腸温は運動中に漸増したが,10℃の場合は飲料摂取の直後から直腸温の 上昇が抑制されたが,37℃の飲料摂取の場合は直腸温の上昇の抑制は摂取 10 分後であった.しかし,彼 らの研究では95%V● O2peak 強度で疲労困憊までサイクリング運動時間は条件間で有意な差が認められな かった. 近年,運動中の身体冷却においても氷飲料摂取が用いられるようになってきた.例えば,Stevens ら (2013) は運動中の Ice slurry 摂取も冷却効果および持久的パフォーマンスの低下の抑制に影響を及ぼす ことが示唆した.すなわち彼らは,トライアスロンを想定した運動 (1.5 km の水泳,1 時間の自転車漕ぎ, 10 km のランニング) を行わせ,自転車漕ぎ開始 17 分後に Ice slurry もしくは 32–34℃の水を摂取させた. その結果,Ice slurry 摂取の場合は摂取開始 30 分後の胃腸内温度が有意に低下し,32–34℃の飲料水に比 べ10 km のランニングタイムトライアルの時間を有意に短縮させた. このように,運動中の水分補給の研究はIce slurry (-1–0.5℃),冷水 (4−10℃),水道水 (19℃),温水 (37℃)

(28)

が検討されてきた.その結果,冷水やIce slurry 摂取は水道水や温水の場合よりも暑熱環境下の運動時の 直腸温や平均体温を低下させ,持久的パフォーマンスを高めることが明らかとなった. 2.4 運動前および運動中の冷却 これまでの運動前冷却と運動中の冷却を同時に行った報告は,数編認められている.しかし,それら の報告は運動中の冷却としてアイスベストを着用した研究であり,実際の競技会等の大会において使用 することは困難である.そのため近年,わずかではあるが運動前冷却と運動中の水分補給による冷却を 同時に検討した研究が報告されるようになった. Hasegawa ら (2006) は,高温多湿環境下 (32℃,相対湿度 80%) において 30 分間の 25℃の水への浸 水による運動前冷却後,60%V● O2max 強度で 60 分間のサイクリング運動中に 14–16℃の水 (発汗実験で 失われた体水分に等しい量) を 5 分間隔で摂取,その 4 分後に 80%V●O2max 強度で疲労困憊に至るサイ クリング運動を実施した.その結果,運動中に飲料を摂取させなかった対照条件に比べて,摂取時の直 腸温は運動開始 50 分以降有意に低い値を示した.また,疲労困憊までのサイクリング運動時間が 164 秒間延長した.したがって,運動前冷却に加えて運動中に水分摂取を行うことは運動時の直腸温の上昇 を抑制し,持久的運動パフォーマンスを改善させることが示唆された. Lee ら (2008) は,高温環境下 (35℃, 相対湿度 60%) で運動前および運動中の冷水摂取と温水摂取を 比較した.すなわち彼らは,運動開始30 分前から 10 分毎に 300mL の冷水 (4℃) または温水 (37℃) を 摂取させ,それに加え66%V● O2peak 強度で疲労困憊に至るまでのサイクリング運動中に運動前と同様の 飲料100 mL を 10 分毎に摂取させた.その結果,サイクリング時間は冷水摂取の方が温水摂取と比べ 11.8 分間有意に延長した.冷水摂取における運動開始時の直腸温が0.5℃低下したが,平均皮膚温は冷水と温

(29)

24

水の摂取で有意な差が認められなかった.また,運動中の直腸温の上昇率も両条件間で差が認められな かった.したがって,運動前および運動中の摂取水分の温度は,低い方が高温多湿環境下における持久 的パフォーマンスに影響を及ぼすことが示唆された. このように,今までの運動前や運動中のみに限らず,運動前および運動中に冷却においても持久的パ フォーマンスの改善が確認されている.しかしながら,これらの研究は体外冷却による運動前冷却や体

内冷却の検討であっても冷水摂取を用いているため,Ice slurry や Crushed ice 等の氷飲料摂取では検討さ

れていない. 2.5 本研究の構成と各章の目的 これまでの研究では,競技会や練習場等で簡単に作成できるCrushed ice を用いた氷飲料摂取は運動前 冷却として有効かどうか,また運動前と運動中の併用は持久的パフォーマンスの低下の抑制に有効かど うかが明らかになっていない.また,運動前の摂取の量,摂取間隔や摂取後の運動開始のタイミングは 冷却効果を最大限発揮するために重要であるが,特に摂取の間隔や摂取後の運動開始のタイミングが持 久的パフォーマンスおよび体温調節応答に影響を及ぼすか,など明らかになっていない. 本研究では以下の4 つの実験を通して,運動前と運動中の氷飲料摂取の冷却効果の比較,最適な摂取 間隔および摂取後の運動開始のタイミングの体温調節応答および持久的パフォーマンスに及ぼす影響を 系統的に明らかにすることを試みた. まず第3 章 (研究Ⅰ) では,運動前と運動中の Crushed ice の併用摂取は体温調節応答および持久的パ フォーマンスに影響を及ぼすかどうかを明らかにすることを目的とした.運動前と運動中に氷飲料を摂 取させ,運動前と運動中の冷却の有効性を比較した.

(30)

第4 章 (研究Ⅱ,Ⅲ,Ⅳ) では,運動前の Crushed ice 摂取における摂取の間隔や摂取後の運動開始の タイミングの体温調節応答および持久的パフォーマンスに及ぼす影響を明らかにすることを目的とした. 研究Ⅱでは,先行研究で用いられてきた運動開始30 分前を基準に氷飲料を摂取させる研究が多いこと から,その地点からの摂取間隔差の影響を検討した.暑熱環境下における運動開始30 分前を基準とした, Crushed ice の 1 回での摂取および同量を 2 回に分けての摂取,5 分毎に 6 回に分けての摂取の体温調節 応答および持久的パフォーマンスに及ぼす影響を明らかにしようと試みた. 研究Ⅲでは,Crushed ice の摂取間隔の違いの直腸温および温熱感覚に影響を及ぼすか目的として,被 験者に安静状態を維持させ,深部体温および主観的感覚の時間変化を明らかにした.その結果として, 最適な摂取の間隔および摂取後の運動開始のタイミングが明らかにされると予想される. 研究Ⅳでは,研究Ⅲで検討した摂取間隔および摂取後の運動開始のタイミングが従来の先行研究で用 いられたそれに比べ,深部体温の低下および持久的パフォーマンス低下の抑制をするかどうかを明らか にすることを目的とし,新たな方略と従来の方略を比較した.

(31)
(32)

研究Ⅰ 運動前と運動中の Crushed ice 摂取に及ぼす

持久的パフォーマンスおよび体温調節応答の比較

3.1 背景と目的

過度の体温上昇は,特に暑熱環境下において運動パフォーマンスを低下させ,場合によってはヒトの

生命の維持にも影響をもたらす (Galloway & Maughan, 1997; Parkin et al., 1999).暑熱環境下における運動

パフォーマンスの低下は,Critical limiting temperature (CLT) への到達が要因のひとつであると多くの先行

研究で報告されている.したがって,暑熱環境下において高い運動パフォーマンスを発揮するためには,

深部体温を低く保ち,CLT への到達を遅延させることが重要である.その方略のひとつとして,運動前

や運動中の冷却が提案されている (Burdon et al., 2012; Marino, 2002; Siegel & Laursen, 2012).

運動前冷却は,運動開始時に深部体温を低下させることによってCLT への到達を遅延させ,運動時間

の延長等の持久的パフォーマンスの低下を抑制することが報告されている (Marino, 2002; Siegel and

Laursen, 2012).近年,運動前の体内冷却として水と結晶化した氷の懸濁液である Ice slurry の摂取が有効

であることが報告されている.Siegel ら (2010) は,運動前に体重 1 kg 当り 7.5 g (7.5 g/kgBM) の Ice slurry

(−1℃) 摂取によって,運動開始時の直腸温が 0.66 ± 0.14℃低下し,冷水 (4℃) 摂取に比べて疲労困憊ま

でのランニング時間が19 ± 6%延長したことを報告した.Ice slurry は固体から液体に相転移するのに非

常に大きな熱を吸収するため,同程度の温度の水よりも大きな冷却効果があると考察されている (Ihsan

et al., 2010; Siegel et al., 2010).しかし,Ice slurry の作製には専用の作製器が必要である.また Siegel と

Laursen (2012) が自ら述べているように,競技会等の応用現場では,その作製器の電源の確保,Ice slurry

(33)

28

ice も Ice slurry と同様に固体から液体に相転移するのに大きな熱を吸収すると考えられる.Crushed ice

を用いた研究は1 編認められるが,この研究は水道水 (26℃) との比較であった.したがって,Crushed ice

摂取が冷水摂取よりも冷却効果があるかは不明である.

運動中の冷却すなわち,水分補給も暑熱環境下における体温上昇や持久的パフォーマンスの低下の抑

制に有効であると報告されている (Kay & Marino, 2000; Burdon et al., 2012).例えばMundelら (2006) は,

運動中の4℃の飲料摂取は,運動開始 30 分後から直腸温を 19℃の飲料摂取より 0.25℃低下させ,疲労困

憊に至るまでのサイクリング時間を11%延長させたと報告している.近年,運動中の氷飲料摂取に関し

ても研究が行われてきた.Stevens ら (2013) は,運動中の Ice slurry の摂取は 32–34℃の温水摂取に比べ,

摂取開始30 分後に胃腸内温度を有意に低下させ,10 km のランニングタイムトライアルの時間を短縮さ せると報告した. 一方,運動前と運動中の水分補給を組み合わせた冷却方略の検討も示されている.Hasegawa ら (2006) は,運動前の冷水浸水および運動中の 14–16℃の水摂取は運動前も運動中も冷却を行わなかった試行と 比較して運動開始時の直腸温を0.3℃低下させ,疲労困憊に至るまでのサイクリング運動を 164 秒間延長 させたことを報告した.上述した運動前のCrushed ice を用いた氷飲料が,冷水摂取より有効かどうかは 明らかではない.また,運動前と運動中に氷飲料を用いた体内方略は未だ検討されておらず,運動前と 運動中の氷飲料摂取が冷水摂取よりも持久的パフォーマンスの低下の抑制に有効かどうかは不明である. これらのことから,研究I では運動前および運動中に Crushed ice を摂取し,その併用による持久的パ フォーマンスおよび体温調節応答に及ぼす影響を検討した.

(34)

3.2 方法 1) 被験者 被験者は,健常男性9 名 (年齢;23 ± 4 歳,身長;1.72 ± 0.06 m,体重;64.0 ± 9.6 kg,V● O2max;47.7 ± 8.7 mL/kg/min) であった.彼らは日常的に運動習慣のある被験者であったが,競技会や大会に出場する ようなトレーニングは実施していなかった.また,いずれの被験者も非喫煙者であり,常用薬を服用し ておらず,何ら心臓血管系および呼吸器系の疾病歴を有していなかった.彼らには本実験の目的,方法, 危険性等を十分に説明し,被験者全員から実験に参加することに同意を得た.本実験は,九州大学大学 院人間環境学研究院健康・スポーツ科学講座の倫理委員会により承認を受けて実施した (承認番号 201301). 2) 最大酸素摂取量 (V● O2max) の測定 本試行実験を開始する1 週間前に,各被験者の最大酸素摂取量を測定した. 被験者は,2 時間以上の絶食状態で測定 30 分前までに実験室に来室した.実験室に到着後,身長計付 き身体組成計 (TBF-210,タニタ社) を用いて身長および体重を測定した.V●O2max の測定は,自転車エ

ルゴメーター (Ergomedic 828E: Monark 社) を用いて各被験者が 90 W から開始し,3 分毎に 30 W ずつ増

加させる漸増負荷試験法で,疲労困憊まで運動した (図 3-1). 呼気ガス関連の指標は,呼気ガス分析器 (AE-310s,ミナト医科学社) を用いて 30 秒毎に測定した. 呼気ガス分析器は,各実験前に混合標準ガス (O2:15.1%; CO2:5.05%) によって較正した.心拍数 (HR) は, 心電図テレメータシステム (DS-3140,フクダ電子社) によって心電図を無線送信し,上記の呼気ガス分 析器にオンライン入力し,30 秒毎に求めた.V●O2max の達成基準 (クライテリア) は,V ● O2が (1) レベ

(35)

30

リングオフに達する,(2) 心拍数が最大心拍数 (220–年齢) の 90%以上,(3) 呼吸交換比が 1.05 以上の 3 つとした.このうち 2 つ以上のクライテリアに該当した時のみ値を採用した.被験者個人毎のV●O2max と運動強度の一次回帰直線を算出し,60%V● O2max 強度を求めた. 3-1. 最大酸素摂取量の測定プロトコル 3) 実験プロトコル

本実験として,Crushed ice 摂取 (ICE 試行) と冷水摂取 (WATER 試行) の 2 試行を,それぞれ別の日

にランダムで実施した.この2 つの試行の手順は同じとした.各被験者は,実験前日より激しい運動や アルコール,カフェイン,あるいは栄養サプリメント摂取が制限された.彼らは実験の6 時間前に食事 を済ませ,2 時間前に 500 mL の水分を摂取し,それ以降は絶食した.彼らは日内変動を考慮し,同一人 は2 つの試行を同時刻に行った. 実験室到着後,半袖シャツと短パンツに着替え,30 分間以上の安静後に身長および体重を測定した. 90 W 0 min 3 6 9 12 120 150 180

Exhaustion

Oxygen uptake, heart rate�

60 rpm

(25℃, 50% rh)

(36)

その後,彼らはデジタル温湿度計 (PC-5000TRH,佐藤計量器製作所社) で室温および湿度を測定し,35℃,

相対湿度30%に調整された気象室に入室し,測定器具を装着した.直腸温は潤滑剤を塗り,あらかじめ

抵抗値が設定されたサーミスタカテーテル (φ5MAX,抵抗値 [25℃; 30kΩ],ITP010-11,日機装サーモ

社) を直腸内に 10–15 cm 挿入した.上腕部,胸部,大腿部の 3 点にあらかじめ抵抗値が設定された温度

電極 (φ3.2MAX,抵抗値 [25℃; 30kΩ],ITP082-24,日機装サーモ社) を装着し,その上を粘着性のあ

るポリ塩化樹脂の断熱剤 (Temperature insulation pad,日本光電工業社) で覆った.

被験者は 5 分間の安静をとり,その後に家庭用のミキサー (TM8100,テスコム社) で作成された Crushed ice (0.5℃) もしくは冷水 (4℃) を 5 分間隔で 1.25 g/kgBM ずつ摂取した.飲料摂取終了後,自転 車エルゴメーター上で5 分間の安静後,60%V● O2max 強度で疲労困憊に至るまでのサイクリング運動を 行った.被験者は2 つの試行中,運動の 15 分,30 分,45 分にも同様の飲料を 2.0 g/kgBM 摂取した.疲 労困憊は,60 rpm の回転数を 10 秒以上保てなくなったと場合とした.運動終了後,汗を拭き取り,発汗 が停止してから再び体重を測定した (図 3-2). 図3-2. 実験プロトコル Tre, Tsk, HR! 30 20 15 10 5 0 3525 VO2 VO2 5 10 15 20 25 30 35 40 45 VO2 50 55 60 Exhaustion

60%VO2max cycling

RTS, RPE

Ice or Cold water ingestion(1.25 g/kgBM) Ice or Cold water ingestion(2.00 g/kgBM) RTS

HE, BM HE, BM

(35℃ 30 rh)

HE Height!

Tsk Skin temperature Tre Rectal temperature

HR Heart rate BM Body mass!

表 2-1.  体外冷却方略のまとめ
図 3-4.	
  2 試行における直腸温  (A)  および平均皮膚温  (B)  の経時変化
図 3-6.	
  2 試行における RTS (A)  および RPE (B)  の経時変化
図 4-2. 3 試行における直腸温  (A),  平均皮膚温  (B)  および平均体温  (C)  の経時変化
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参照

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