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5.1 総合討議

高温環境下での運動は体温,特に深部体温の上昇を招き,持久的パフォーマンスの低下を引き起こす.

そのパフォーマンスの低下の抑制や体温上昇の抑制のため,身体冷却の方略が用いられてきた.身体冷

却には体外冷却と体内冷却があり,体外冷却の研究は1980年代頃から行われてきた.しかし,体外冷却 には極めて長い介入時間 (30~120分),シバリングや不快感の出現,筋温や皮膚温の低下という欠点があ

り,加えて深部体温の低下も必ずしも大きくなかった.そこで,2006年頃から冷水やIce slurryを摂取す る体内冷却による研究が開始された.特に水と結晶化した氷の懸濁液であるIce slurryの摂取は運動前の

直腸温を有意に低下させ,効果的な方法として注目された.しかし,その効果的なIce slurryの作成には 特殊な機器が必要であり,競技会や運動施設におけるその装置の使用および運搬等に問題があった

(Siegel & Laursen, 2012).そこで著者は熱力学の観点からIce slurryに近いと考えられる細かく砕いた氷の

Crushed iceに注目した.

1) Crushed ice の有効性

先行研究は,Ice slurryの摂取によって運動前の直腸温が外気温24.5℃下で0.66 ± 0.14℃ (Siegel et al., 2010),外気温34.0℃下では0.43 ± 0.14℃ (Siegel et al., 2012),外気温31.9℃下では0.32 ± 0.11℃ (James et

al., 2015),外気温23.0℃下では0.30 ± 0.20℃ (Stevens et al., 2015) の低下を報告している.本論文では,

いずれの研究においても外気温35℃,相対湿度30%の条件において,細かく砕いた氷のCrushed iceを摂 取させた.運動前の直腸温は研究Ⅰでは0.37 ± 0.03℃,研究Ⅱでは間欠的な摂取において0.50 ± 0.10℃,

研究Ⅳでは0.36 ± 0.16℃低下した.また,研究Ⅲでは間欠的な摂取終了時に0.42 ± 0.14℃の低下を確認し

た.したがって,本一連の研究によるCrushed iceの摂取による直腸温の低下は,Ice slurryを摂取させた

先行研究と同程度の冷却効果をもたらすと考えられる.このことに加え,Crushed iceは簡易的に作成で

き,競技会等の現場ですぐに活用できる有効な方略であろう.

しかし,運動中のCrushed ice摂取時の直腸温の変化は冷水摂取時と同様であったので,運動中よりも 運動前にいかに深部体温を低下させるかが重要であると考えられる.

2) 運動前氷飲料摂取間隔と摂取後の運動開始のタイミング

運動前冷却として,氷飲料の摂取量は多いほど (Siegel et al., 2010; 2012),またその摂取の外気温は低

いほど (Ross et al., 2011) 深部体温の低下や持久的パフォーマンスの低下の抑制に有効であると報告さ

れてきた.しかし,氷飲料摂取の間隔や摂取後の運動開始のタイミングは冷却効果を最大限発揮するた

めに検討すべきである (Siegel et al., 2012; Stanley et al., 2010) と報告されてきたが,様々な摂取の間隔や

摂取後の運動開始のタイミングを用いて冷却効果を比較した研究はなかった.運動前の氷飲料摂取は運

動開始30分前から開始している研究が多く,研究Ⅱでは運動開始30分前からのCrushed ice摂取間隔差 の持久的パフォーマンスおよび体温応答に及ぼす影響を検証した.運動前のCrushed ice摂取は同量を1

回で摂取しても,2回に分割して摂取しても,6回に分けて間欠的に摂取しても持久的パフォーマンスの

低下の抑制に差異は認められなかった.これは,運動開始時の直腸温が3試行とも同じ低下 (0.5℃) で あったことが寄与しているかもしれない.しかし,運動開始直前 (運動開始5分~運動開始時) に着目し てみると,Crushed iceを1回で摂取した場合の直腸温の低下は小さく,下限値に近い値であったことが

推察される.一方,Crushed iceを間欠的に摂取した場合には,直腸温の低下は1回の摂取よりも大きい 傾向にあり,下限値に到達していたかどうかは不明であった.運動開始時の深部体温は低い方が持久的

パフォーマンスに有効であるため,異なる摂取間隔における直腸温の下限値を明らかにする必要があっ

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た.

そこで,研究ⅢではCrushed iceを安静状態で異なる間隔で摂取させ,直腸温の動態を検討した.その

結果,1回のCrushed ice摂取は摂取完了約15分後に,間欠的な摂取は摂取完了約20分後に下限値に到

達した.また,間欠的なCrushed ice摂取の直腸温 (0.56 ± 0.20℃) は,同量を1回で摂取した場合 (0.41 ±

0.14℃) よりも低下した.したがって,運動前の氷飲料摂取の間隔は細かく間欠的に摂取する方が,1回

の多量の摂取よりも直腸温の低下に有効であることが示唆された.加えて,間欠的なCrushed ice摂取は 1回の摂取よりも冷却効果の持続時間が長かったため,熱中症予防等にも効果的かもしれない.

研究Ⅳでは,研究Ⅲで明らかにしたから間欠的な氷飲料摂取後下限値到達のタイミングから運動を開

始する方略,すなわち運動開始45分前から5分間隔毎に間欠的に氷飲料を摂取し,摂取完了後20分間 安静の後に運動を開始する方略 (ARI) と先行研究で用いられてきた方略 (SRI) の持久的パフォーマン スおよび体温調節応答に及ぼす影響を比較した.ARIにおける運動開始時の直腸温はSRIに比べ,低下

した.また,サイクリング時間もARIの方がSRIよりも長かった.このことから,間欠的な氷飲料摂取 後に安静を十分にとる方略は深部体温を低下させ,持久的パフォーマンスの低下を抑制させるのに有効

であることが示唆された.研究Ⅱ,Ⅲ,Ⅳの結果から,運動開始45分前から1.25 g/kgBMを5分毎に6 回摂取させ,20分後に深部体温が最も低下したときに運動を開始する新たな方略が運動開始30 分前か

らの摂取よりも有効であることを示唆された.

5.2 結論

本研究の目的は,暑熱環境下におけるCrushed iceを用いた氷飲料摂取による体内冷却が深部体温低下

と持久的パフォーマンスの低下を抑制するかどうかを検討することであった.この観点から,本論文か

ら得た主要な知見は以下の通りにまとめることができる.

(1) 運動前および運動中のCrushed ice摂取は,冷水摂取以上に運動開始時の深部体温の低下や持久的

パフォーマンスの低下の抑制に有効であった.一方,運動中の直腸温の平均上昇率は冷水摂取と同

様であったことから,運動中の冷却よりも運動前にいかに深部体温を低下させるかが重要であるこ

とが示唆された.

(2) 本論文は,運動前の氷飲料摂取の間隔や摂取開始のタイミングが深部体温の低下や持久的パフォー マンスの低下の抑制に影響を及ぼすことを初めて報告するものである.運動開始 30 分前からの

Crushed ice摂取は摂取の間隔を変化させても,深部体温の低下や持久的パフォーマンスの低下の抑

制に影響を及ぼさなかったが,少量ずつ細かく摂取する間欠的なCrushed ice摂取は1回の摂取に 比べ,直腸温を低下させることが明らかとなった.摂取を開始するタイミングは運動開始30分前

ではなく,直腸温が冷却され下限値に到達させるために,少し早めの運動開始45分前に摂取を開 始し始める方が,深部体温の低下や持久的パフォーマンスの低下の抑制に対する効果が高いことが

明らかとなった.

本論文の一連の研究結果を踏まえると,

(1) 運動前のCrushed ice摂取は,運動中の摂取よりも有効である.

(2) 運動前のCrushed ice摂取は従来の運動開始30分前に摂取するよりも,運動開始45分前から1.25

g/kgBMずつ5分ごとに6度に分けて摂取する方略が最もよい方略である.

ことが明らかとなった.

この方略は家庭用のミキサーで作成されたCrushed iceを用いた方略であり,競技者以外の一般人にお

いても,簡易的に用いることができる.運動前のCrushed ice摂取はCLTへの到達を延長することがで

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きるため,暑熱環境下での持久的運動パフォーマンス低下の抑制に効果的である.また,この間欠的に

摂取する方法は直腸温やRTSの低下をもたらすことから,熱中症等の暑熱障害の予防にも役立つと考え られる.

5.3 研究の限界および今後の課題

1) 研究の限界

本論文の限界はいくつか考えられる.本研究におけるCrushed ice摂取による持久的パフォーマンス低

下の抑制が,プラセボ効果 (placebo effect) であった可能性は否定できない.Crushed iceと冷水は形状が 異なるため,被験者は飲料を容易に識別することができる.加えて,Crushed iceの代替えとなる偽薬を

使用することは難しいため,盲検化することはできなかった.

本研究の被験者は,運動鍛錬者ではなく非鍛錬者であった.運動鍛錬者の疲労困憊時の深部温は,非

鍛錬者と比較して高い値となる (Cheung & McLellan, 1998).また,Nielsenら (1990) は体力レベルの高 い者は体力レベルの低い者よりも高い深部温に達する能力を有するだけではなく,高体温に対する耐性

も有しているため,暑熱環境下での運動に対する動機づけが高いと指摘している.したがって,今後は

運動鍛錬者についても検討する必要があるかもしれない.

2) 今後の課題

氷飲料摂取による運動前冷却は疲労困憊までの時間の他に,間欠的運動やタイムトライアル等も検討

されている.運動前冷却のパフォーマンス低下の抑制への効果は運動様式によって異なることが報告さ

れている (Wegmann et al., 2012).タイムトライアルを用いたFaulknerら (2015) は,温熱感覚は被験者自

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