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研究Ⅱ 運動開始 30 分前を基準とした氷飲料摂取間隔差の影響

4.1.1 背景と目的

運動前の体内冷却に対してSiegelとLaursen (2012) は摂取時の外気温,摂取量,摂取の時間やその間 隔などが影響するとしている.摂取時の外気温に関しては,Siegelら (2010; 2012) の研究では,運動開

始 30 分前の 7.5 g/kgBM の氷飲料 (Ice slurry) 摂取による直腸温の低下は中性環境下において 0.66 ±

0.14℃,高温環境下において0.43 ± 0.14℃であった.これは,外気温が低い方が高い場合よりも身体の表

層が冷却されるため,冷却効果が高かったと考えられる.運動前の氷飲料の摂取量に関して,Ross ら

(2011) は高温環境下 (32–35℃) でのIce slurryの摂取による直腸温の低下は 500 g摂取の場合が0.25 ±

0.17℃,1 kg 摂取の場合が0.60 ± 0.28℃であり,摂取量の多い場合が冷却効果が高いことを報告した.

この結果から,氷飲料の摂取量は多い方が冷却効果は大きいことが示唆される.

体内冷却の持久的パフォーマンス低下の抑制への冷却効果を最大限発揮するために,運動前の氷飲料

摂取の間隔も検討すべきであるとされている (Siegel et al., 2012; Stanley et al., 2010).しかし,運動前の氷

飲料の摂取間隔に関して,持久的パフォーマンスや体温等に及ぼす影響を検討した研究は見当たらない.

そこで研究Ⅱでは,運動前に同一量のCrushed iceを摂取させた場合,1回で摂取した試行,2回に分 けて摂取した試行,あるいは少量ずつ細かく分けて間欠的に摂取した試行によって暑熱環境下における

持久的運動パフォーマンス,体温および主観的感覚に差が認められるかどうかを検討した.

4.1.2 方法

1) 被験者

被験者は,健常男性7名 [年齢;26 ± 2 歳, 身長;1.71 ± 0.04 m, 体重;63.6 ± 2.8 kg, 体表面積;1.74 ±

0.03 m2, 最大酸素摂取量;49.7 ± 4.4 mL/kg/min] であった.彼らは持久的競技者ではなかったが,日常的

にジョギングやサイクリング等の運動習慣を有していた.また,いずれの被験者も過去に運動負荷テス

トや自転車エルゴメーターによるサイクリング運動を経験し,運動負荷実験に慣れていた.被験者には

実験の前日および当日において,激しい運動を控えアルコール,カフェインあるいは栄養サプリメント

等の摂取を行わないように求めた.全ての被験者に本実験の目的,方法,危険性等を十分に説明し,全

員から実験参加の同意書を得た.本実験は,九州大学大学院人間環境学研究院健康・スポーツ科学講座

における倫理委員会により承認を受けて実施した (承認番号201402).

2) 最大酸素摂取量 (VO2max) の測定

本実験の前に,運動強度を明らかにするために最大酸素摂取量の測定を行った.

被験者は,2時間以上の絶食状態で測定30分前までに来室した.実験室に到着後,身長計付き身体組 成計 (TBF-210,タニタ社) を用いて身長および体重を測定した.VO2maxの測定は,研究Ⅰと同様であ

った.運動中は,呼気ガス分析器 (AE-310s,ミナト医科学社) を用いて呼気ガス代謝を 30 秒毎に測定 した.呼気ガス分析器は,一連の測定開始前に標準混合ガス (O2: 15.1%,CO2: 5.05%) を用いて較正し

た.心拍数は,無線搬送式の患者監視用装置ダイナスコープ (DS-3140,フクダ電子社) によって心電図 を送信し,その心電図出力を呼気ガス分析器にオンライン入力して,R波を30秒毎にカウントしたもの

を用いた.VO2max の達成基準 (クライテリア) は,研究Ⅰの実験と同様であった.被験者個人毎のV

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O2maxと運動強度の一次回帰直線を算出し,70%VO2max強度を求めた.

3) 実験プロトコル

本実験はデジタル温湿度計 (PC-5000TRH,佐藤計量器製作所社) で室温および湿度を測定し,35℃,

相対湿度30%に調整された人工気象室で実施した.被験者は,運動前冷却としてCrushed ice (0.5℃) の

摂取の総量が7.5 g/kgBMに相当する量を,(1) 運動開始30分前に1回で摂取する試行 (30D),(2) 運動 開始30分前と15分前の2回に分けて摂取する試行 (15D),(3) 運動開始30分前から5分毎に6回に分

けて摂取する試行 (5D),の3試行を遂行した (図4-1).

4-1. 実験プロトコル

Tre, Tsk, HR

RG 0 5 10 15 20 25 30

35 15 30

70%VO2max cycling

5 10 20 25 Exhaustion (35 30 rh)

5D 15D 30D

USG, BM HE, BM!

USG

Crushed Ice ingestion

RTS Rating of thermal sensation RPE Rating of perceived exertion!

and!

RTS!

HE Height!

USG Urine specific gravity Tsk Skin temperature Tre Rectal temperature HR Heart rate

RG Respiratory gas 30D 7.5 g/kgBM at one time point!

15D 3.75 g/kgBM at two time points!

5D 1.25 g/kgBM at six time points!

BM Body mass!

被験者は実験開始の6時間前までに食事を済ませ,2時間前に500 mLの水分を摂取し,それ以降は絶

飲食をした.実験室到着後,半袖シャツと短パンツに着替え,30分以上の安静をとり,尿比重測定のた

め尿を採取し,さらに身長および体重を測定した.その後,直腸温測定のために専用のゴムカバーを装

着し,あらかじめ抵抗値が設定された体腔挿入型プローブ (φ5MAX,抵抗値 [25℃; 30kΩ],ITP010-11, 日機装サーモ社) に潤滑剤を塗り,肛門から直腸内に10–15 cm挿入した.また,皮膚温測定のため上腕

部,胸部,大腿部の3点にあらかじめ抵抗値が設定された表面型皮膚温プローブ(φ3.2MAX,抵抗値

[25℃; 30kΩ],ITP082-24,日機装サーモ社) を装着し,その上を粘着性のあるポリ塩化樹脂の断熱剤 (日

本光電工業社) で覆った.被験者は人工気象室 (室温35℃,相対湿度30%) に入室し,5分間の安静後,

3つの試行に参加した.

氷飲料のCrushed iceは,家庭用のミキサー (TM8100,テスコム社) で作成した.各試行での飲料摂取

終了後,自転車エルゴメーター上で呼気マスクを装着して5分間の安静を保った後,70%VO2max強度で 疲労困憊に至るまでサイクリング運動を実施した.疲労困憊は,60 rpmの回転数を10秒以上保てなくな った場合とした.運動終了後,汗を拭き取り,発汗が停止してから尿比重測定のため採尿を行い,体重

を測定した.実験は各試行間で4日以上の間隔をあけ,ランダムな順で実施した.また,日内変動を考 慮して同一人が同じ時間帯に実験を実施した.

4) 測定項目

測定は尿比重,酸素摂取量,心拍数,直腸温,3点の皮膚温,RTSおよびRPEについて行った.また,

平均皮膚温,平均体温および推定発汗量を算出した.尿比重は,尿比重屈折計 (SPR-T2,アタゴ社) を

用いて測定した.運動中の酸素摂取量は混合標準ガス (O2:15.1%; CO2:5.05%) によって較正した呼気ガ

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ス分析器によって求めた.心拍数は患者監視用装置ダイナスコープによって呼気ガス分析器に無線送信

し,30秒毎に記録した.直腸温,上腕温,胸部温および大腿温は実験を通して,5分毎にデータロガー

(N542R,日機装サーモ社) に記録した.また,運動開始から疲労困憊時までの5分毎の直腸温の平均上

昇率を算出した.平均皮膚温,平均体温,体表面積および推定発汗量は研究Ⅰと同様の方法で算出した.

RTSおよびRPEも研究Ⅰと同様の方法で測定した.胃腸の不快感の有無はMurrayら (1989) の5段階の

スケール (1:Stomach: not upset, 5:Stomach: very upset) を用いて,全ての摂取が終了した後に測定した.

5) 統計処理

結果は,全て平均値±標準偏差値で示した.実験前後の体重,尿比重の試行間による差,疲労困憊まで

の時間,推定発汗量および疲労困憊時の生理学的指標の変化は対応のある 1 要因分散分析 (One-way

repeated measures ANOVA) を用いて比較した.その他の生理学的指標および主観的指標の変化は繰り返

しのある2要因分散分析 (Two-way repeated measures ANOVA) を用いた.有意な交互作用が認められた 場合には,単純主効果の検定はBonferroni測定を用いた.有意水準は全て5%未満とした.全ての統計処

理は,SPSSのバージョン21 (Statistical package for social science,IBM社) を用いて行った.

4.1.3 結果

全ての被験者が3試行による実験を完遂した.各試行内でのCrushed iceの1回当りの摂取量は30Dが 477 ± 21 mL,15Dが238 ± 11 mL,5Dが80 ± 4 mLであった.また,各試行でCrushed iceを摂取するの に要した1回当りの時間は30Dで4.6 ± 2.5分,15Dで3.4 ± 1.3分,5Dで1.5 ± 0.9分であった.

表4-1 に各試行における体重と尿比重,推定発汗量,疲労困憊までの運動時間,胃腸の不快感を示し

た.運動後の体重は,運動前と比較して3試行とも有意に低値 (p < 0.05) を示した.また,尿比重は15D

および5Dで運動前と比較して有意に高値 (p < 0.05) を示したが,いずれも正常な範囲内であり3試行

間では有意な差は認められなかった.推定発汗量にも3試行間で有意な差は認められなかった.疲労困 憊までの時間は個人差が大きく,3試行間で統計的に有意な差が見られなかった.Crushed ice摂取によ って胃腸の不快感を訴えた被験者は,いかなる試行でもいなかった.

4-1. 3 試行における体重,尿比重,推定発汗量,疲労困憊までの時間および胃腸の不快感

1) 直腸温,平均皮膚温および平均体温

図4-2に直腸温 (A),平均皮膚温 (B) および平均体温 (C) の経時的変化を示した.Crushed ice摂取前

の直腸温は3試行間に差はみられなかった.30Dにおける直腸温は,運動開始10分前では15Dと5Dよりそ

れぞれ有意に低く (p < 0.05),運動開始5分前では15Dよりも低かった (p < 0.05).また,運動開始時の直腸 温はCrushed ice摂取前の安静時に比べ,30Dで-0.52 ± 0.19℃,15Dで-0.46 ± 0.09℃,5Dで-0.47 ± 0.10℃ 低下したが,3試行間で有意な差はなかった.運動開始後,直腸温は3試行とも有意に上昇したが,運

動開始から疲労困憊時までの5分毎の直腸温の平均上昇率は3試行間で同じであった.疲労困憊時の直 腸温は,30Dで38.43 ± 0.59℃, 15Dで38.49 ± 0.33℃, 5Dで38.58 ± 0.41℃であり,3試行間で差はなかっ

た.

Pre exercise Post exercise Pre exercise Post exercise Pre exercise Post exercise 63.5 ± 2.4 63.0 ± 2.5 * 63.4 ± 2.7 62.7 ± 3.0 * 63.5 ± 2.7 62.7 ± 2.6 * 1.013 ± 0.005 1.016 ± 0.005 1.014 ± 0.006 1.020 ± 0.007 * 1.015 ± 0.008 1.018 ± 0.009 *

* Pre vs. Post (p < 0.05)

Total sweat loss (mL) 976 ± 306 1020 ± 351 1272 ± 357

Exhaustion time (min:sec) 31:37 ± 6:48 31:19 ± 2:15 34:19 ± 5:47

Gastrointestinal discomfort No subjects reported any gastrointestinal discomfort during or after CI ingestion.

Urine specific gravity

30D 15D 5D

Body weight (kg)

50

4-2. 3 試行における直腸温 (A), 平均皮膚温 (B) および平均体温 (C) の経時変化

*30D vs. 15D (p < 0.05), #30D vs. 5D (p < 0.05), **compared with baseline in 30D (p < 0.05), ## compared with baseline in 15D (p < 0.05), and †† compared with baseline in 5D (p < 0.05).

平均皮膚温は3試行ともCrushed ice摂取の前後での有意な変化が認められなかった.運動中の平均皮

膚温は3試行とも有意に上昇 (p < 0.05) し,疲労困憊時 (30D: 36.87 ± 0.62℃, 15D: 37.11 ± 0.54℃, 5D:

R e ct a l te mp e ra tu re ( ℃ ) Me a n ski n t e mp e ra tu re ( ℃ ) Me a n b o d y te mp e ra tu re ( ℃ )

Time (min) A

B

C

*

* #

*

#

* * 30D

15D 5D

*

#

** ## ††

Exercise�

36.88 ± 0.73℃) において,3試行間で有意な差は認められなかった.

30Dにおける平均体温は運動開始20分前から5分前まで15Dより有意に低く,運動開始15分前と10

分前で5Dよりも有意に低かった (p < 0.05).運動開始後の平均体温は3試行とも有意に上昇したが,3 試行間で差は認められず,疲労困憊時の平均体温もほぼ同じ値であった (30D: 38.12 ± 0.52℃, 15D: 38.22

± 0.31℃, 5D: 38.24 ± 0.53℃).

2) 酸素摂取量および心拍数

4-3. 3 試行における酸素摂取量 (A) および心拍数 (B) の経時変化

Time (min) H e a rt ra te ( bpm ) O xyg e n u p ta ke (% V

O2

ma x) .

A

B

30D 15D 5D Exercise�

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