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毛包構成細胞の分化に関する電子顕微鏡的観察

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( 東 女 医 大 誌 第54巻 第8

号)

頁 645-664 昭和59年8月)

毛包構成細胞の分化に関する電子顕微鏡的観察

東京女子医科大学 第一解剖学教室(主任:串田つゆ呑教授〉

藤 津

敬 子

( 受 付 昭 和59年5月9日〕

Fine Structural Observations on the Differentiation of the Hair Follic1e Keiko FUJISA W A Department of Anatomy (Director: Prof.Tsuyuka KUSHIDA) Tokyo Women's Medical College Recently it has been claimed that the hair follicles play an important role in metabolic and secretory activities of the body. It is therefore worthwhile to make a detailed cytological study of the hair follicle tissue with these function in mind. This study reports the result of electron microscopic observation on murine hair follicle in the anagen stage, with special reference to the histological build-up of the hair follicle and the sequence of its cellular differentiation. 1. The morphological differentiation of the cells presupposes interaction of adjoining cells, formation of intercellular linkage, and unmodulatory change of intercellular space. 2. The centrioles and microtubules play important roles in the differentiation of the hair follicles. 3. Around the critical level (Auber, 1952)where dramatic di妊erentiationsets in, not a few cilia are formed with basal corpuscle and internal microtubular structure, pinocytotic and coated vesicles are observed near the ciliated vacuoles.

4. The cell of the layer of Huxley very often penetrates through the layer of Henle to make a direct contact with outer root sheath. The intercellular space within the layer of Huxley is dilated and the surface shows a peculiar differentiation with numerous microvillous projection.

5. The cells of hair cortex retaine both nuclei (although, deformed in asterisk shape) and con -siderable amount of ribosome, even after keratinization has progressed so as to occupy almost the cytoplasm with thick bundles of keratin filaments. This finding denotes that the cells of hair cortex maintain metabolic activities long after the formation of hair shaft.

These are the finding of present study on the matrix cells along the basement membrane as they migrate upwards untill they show the characteristic pattern of differentiation in the upper part of the hair bulb.

The hair follicle cells are characteristically complex and variegated in their pattern of di妊erentiation of intercellular bonds. This complexity and variety is cosidered to reflect the remarkable polarity of the cells concerned and multiplicity of the vectors of migration as well as of the patterns of di任erentiation along each column. 緒 自 毛は晴乳類の特徴であり,ごく一部を除く全身 の皮膚に,種々の密度,太さおよび長さをもって 分布している.さらに,毛は未知の複雑な機構の もとに,おのおのの周期をもって活溌な成長を遂 -645 げているきわめて特色ある組織である1)その物 質代謝の速さは,骨髄や腸管粘膜に匹敵するとい われている2)にもかかわらず,長い間,毛に対して 払われてきた関心は,主としてその外表所見にか たより,他の組織におけるような基礎的・細胞生

(2)

物学的研究が少なかった. これは, ヒトにおいて は,保護,保温および感覚などの従来考えられて きた毛の機能的意義は不可欠のものとは考えにく く,その生物学的意義が明らかでなかったことに よるものと考えられる. しかし近年,種々の分野 における研究によって,毛包組織の機能の一部が 解明されつつある.たとえば,毛の成長と周期と は,栄養状態をはじめ,全身の物質代謝,とくに, 性ホルモンをはじめとする下垂体・甲状腺および 副腎などのホルモンと密接な関係を有することは よ く 知 ら れ て い た が , そ の 機 序 は 不 明 で あ っ た3ト9) ここに,アイソトープ標識法が導入され, 毛包が性ホルモン代謝の重要な組織であることが 判明した10)-12) NorthcuW2)らは,抜去毛の毛根鞘の細胞が, testosteroneを活性の高い男性ホルモンである 5 -α-dihydrotestosterone (5-DHT)に転換すること を見出した. 他方,浮田ら(1966)1幻は,水銀化合物による中 毒の研究から,毛が他の組織に比し,きわめて高 い有機金属集積能を有することを明らかにした. 重金属中毒の際,体内の変化はすみやかに毛幹に 現われ,尿や血中に中毒性変化の検出される以前 に,毛幹の金属量が増加し,体内物質の消長を知 る有力な指標となる2)13)1

1個の毛包における量 は少量であるとしても,全身に分布する総量を考 えるとき,毛包はある種の物質の代謝および排出 器官として,無視することのできない重要な役割 を担っていると思われる. 形態学的にも毛包は,きわめて複雑な構造を呈 し,これに関しての報告も多い1刊6)43) 電子顕徴鏡 による毛根の徴細構造については, Birbeck and Mercer (1957)17)以来, Pinkus (1958)18), Roth & Helwig (1964)19)20), Breathnach (1968)21), Ha-shimoto (1970)22), Gemmel & Chapman (1971)23), Hojiro (1972)24), Orwin (1973)25)26)を はじめ多数の報告があるl叩 伽7)-31)しかし,毛発 生の基である毛球部の未分化な細胞についての詳 細な形態学的観察はきわめて少ないl別 出3) しか も,この毛球部における毛包細胞は,形態学的に も基本的な多くの問題を包含していると考えられ る.毛球部では,基底膜上の分化の程度の低い細 胞は,おのおのの軌道の上を,細胞軸の方向を変 えながら,速度およびパターンの異なる隣接細胞 列 の 細 胞 と 密 接 な 関 連 を 保 ち な が ら 上 昇 移 動 す る.この移動の際の関連の仕方,物質輸送の方向 などの要素が形態に及ぼす影響などについての観 察はまだ充分なされていない.本研究は,毛乳頭 周囲基底膜上の母基細胞が,成熟しつつ上昇し, いわゆる criticallevel (Auber, L.1952) に達し て急激な分化を開始する過程について徴細形態学 的観察を行ったものである. 材料と方法 生後6-7週のウィスター系雄ラットの鼻背部 有毛皮膚より成長期毛包を選んで、観察した.鼻背 部周辺は,経心臓潅流固定に際し,最も速く確実 に良好な皮膚国定の得られる場所であり,同時に 洞 毛 の 固 定 も 得 ら れ る 部 位 で あ る .

2

%

paraformaldehyde, 2.5% glutaraldehyde混合液 (Karnovsky) で濯流固定したラットの鼻背部有 毛皮膚を皮下組織を含めてカミソリ刃で採取. ワッグスボード上に滴下した同一固定液内でリン ス し , 実 体 顕 徴 鏡 下 で 3x 1.5 x 1.5mmに 細 切 し , 同 液 内 に 1 .5時間放置(室温), O.lM cacodylate buffer (6 %蕉糖添加〉で水洗, 2 %

0

5

0

4

(

S

司Col1idinebuffer pH

=

7 . 3, 6 %蕉糖添 加〉で2時間固定, 2 % uranyl acetateによるブ ロッグ染色後,型通り脱水, Epon812で、包埋した. 超薄切片はダイヤモンドナイフを使用し, Porter -Blum II型で作成した.毛包は,おのおの,縦断 (L.S)と横断薄切 CT.S)とを行った.酷酸ウラン とグエン酸鉛による二重染色を施し,目立H-12透 過型電子顕微鏡 (100kV) で撮影した. 観察結果 1.毛包構成細胞の分化の多様性 毛乳頭上部における横断像(付図1, 1)では, 毛包細胞は,同心円上の細胞列を構成している. 1)毛髄(Med)はこの高さですでに認められない (付図 1, 1). 2)毛 皮 質 細 胞 に0)は,中央に位 置して毛幹の主部をなし,核は表面に凹凸の多い 不規則星形を呈し,周辺部に濃染されたクロマチ ンが顕著にみられ,中央部は明るい.各細胞間は ←

(3)

646-密着し,細胞質中には多量の濃染した物質を認め るが,これらは縦走するケラチン細糸束の断面像 である.太い線維束が細胞質の大部分を占めてい るが,その聞には,多量のリボゾームを含む細胞 質が均等に残っている.ここには, リボゾーム以 外に,糸粒体や粗面小胞体も残存している(付図 V, 14), 3)毛小皮細胞 (HC)は,毛皮質細胞の 外側で肩平な約10層の層を形成し,特異な形態変 化を示している.外方に面する細胞膜の内側に, 電子密度の高い小頼粒が集積し,特異な縞模様を 示している.この層の細胞は,細胞の極端な肩平 化にもかかわらず,細胞質は多量のワボゾームで 充されている, 4)鞘小皮層 (SC)は,その外側の 同様に肩平な一層の細胞として観察される.この 段階では内および外側の細胞とは明らかに異な り,頼粒や線維東の形成は認められない, 5) ハッ クスレイ層

CHu)

は, この場合1層乃至

2

層であ る.核の形に特徴があり,切れこみのある複雑な 形が共通している.核の周辺部にクロマチンが集 積し,核中央部は明調で,核小体ょうのものも散 見される.この層の細胞は,すべての毛包細胞の 中で最も大であり,細胞質内には,大小様々のト リコヒアリン頼粒が認められる.細胞質内の電子 密度は不均一で, これらの多くは, トノフィラメ ントの束である(付図V,13),特異的所見は,ハッ クスレイ層の細胞質の突起が,ほぼ角化を完了し たようにみえるへンレ層の細胞間隙を押し開くよ うに,外根鞘細胞

CORS)

に向って伸びている〔付 図

1

, 1),

6

)

へンレ細胞層

CHe)

は,内側のハッ クスレイ層が,なお活発に,頼粒や細糸形成をお こなっているにもかかわらず,核はすでに濃縮し, 細胞質は,均一な線維性物質で、埋めつくされてい る.ハックスレイ層の細胞にみられるリボゾーム はもはや全く認められない,

7

)

外根鞘

CORS)

の 細胞は,この高さでは,内,外

2

層が認められる. 核は大きく,細胞質には,糸粒体が多数認められ, 電子密度の高い物質でみたされ,全体的に暗調で ある.しかし,へンレ層に接する内層には,しば しば,細胞質の非常に明るい細胞が現われること がある.外根鞘細胞とへンレ層の細胞聞には,接 着斑も認められるが, この結合様式は,高さによ り多様である(付図1, 1,付図V,11),以上のよ うに,各細胞は,層ごとに,あるいは,列ごとに, それぞれに異なる分化の型と,分化の程度の差を もちながら,互いに関連し,結合し,しかも,上 方に移動しつつあることを示している.

2

,細胞の上昇移動に伴う変化 細胞は,基底膜をはなれ,細胞軸の方向を変え つつ,隣接細胞との聞に,相互関係を生じ,細胞 間結合を形成するにつれて,単純な細胞の外形を 徐々に変化させている.その過程が,縦断像、で観 察される(付図II,2入 1) 細胞軸のベクトルの分散 毛球の縦断像(付図II,

2

)

は,細胞の上昇移 動に伴う細胞軸のベクトルの分散を示している. 毛乳頭

C

D

.

P

.

)

周囲の基底膜(付図II,

2

.A.)上で は,未分化な上皮性母体基細胞は,毛乳頭のドー ムの頂上部を除き,その軸を毛軸に,ほぼ直角に 向けている.上昇につれて,細胞軸の方向は変化 し,毛乳頭ドームの直上の高さで,ほぼ毛軸と平 行になる(付図II,2,長い矢印の流れ), 2)細胞外形・細胞間隙・表面膜の変化と結合構 造の形式 毛乳頭側壁の基底膜上の母基細胞は,未分化細 胞に共通の大きな核を有し,細胞質は比較的少な し、(付図II,2),毛乳頭面は明瞭な基底膜に被わ れ,形は断面では,単純な長方形である.表面膜 は平滑で隣接細胞との聞にほぼ200A程度の一定 間隔を有している.しばしば,部分的に細胞表面 に突起が生じ,隣接細胞の中に突入している〔付 図III, 3),このような部分の膜には,電子密度の 高い部分が生じているのを認めることがある.し かし,大部分の平滑な表面膜には,結合のための 構造上の分化は認められなし、(付図III, 3),この ような細胞の基底面から離れた領域で,細胞間隙 に電子密度のやや高い物質を認める部分ができは じめる(付図III, 3),さらに, 1-2層上の細胞 では,この変化に加えて,その部の膜にも0.2μm 前後の電子密度の高い部分が点状に出現し,続い て,この部の細胞質側に,軽度の電子密度を有す る徴細な物質の裏打ちを認めるようになる(付図 III, 4),ここに,さらに,線維ょうの物質が集ま

(4)

-647-り,はじめて,小さな接着斑ょうの結合構造とし て,観察される(付図III,4, 5, 6),

3

,表面膜の変化と中心子 隣接細胞との聞に,小さな結合構造が形成され るのと並行して,平滑で、あった表面膜に凹凸が生 じはじめ,部分的に小さな細胞間空隙が生じる. このような細胞間空隙は,一定領域内で特に顕著 に認められる(付図II,2,付図IlI, 4, 5, 6), この時期の細胞では,表面膜の近くに,しばしば 中心子が認められている(付図III,4), 4,細胞の成熟と細胞小器官の発達 基底膜上のあるいはこれに近い細胞では細胞質 内には,多量の遊離リボゾームが充満している. 大型の糸粒体と拡張した粗面小胞体,微小管ょう の構造が僅かに散見されるが,他の細胞小器官は 認められない(付図III,3入 細胞聞に結合構造が生じ,さらに,細胞聞に小 空隙が顕著となると,次の段階において,細胞は 急激に成熟しはじめる.細胞質内には小型の糸粒 体や粗面小胞体が増加し,ポリゾームが充満し, 徴小管,種々の小胞,多胞体などが急速に増加し ている.核からは,線維性頼粒様物質の放出が著 明に認められ,細胞の活性の高まった状態が観察 される(付図III,6),この時期の細胞の細胞間空 隙は顕著に拡大して認められる(付図III,4, 5, 6 ,) 5,中心子と微小管および線毛形成 細胞聞に空胞様間隙が拡大しはじめる頃,細胞 質内にも,小胞様の空隙が目立つようになる(付 図III,5, 6,付図IV, 7),これらは,しばしば, 線毛形成時に,その基部に生じる線毛空胞である (付図III,6,付図IV,7),線毛は,形成途上の ものから,内部微細管構造,基底小体,中心子を 備えたものまで種々存在する.頻度は,多いもの では, 1超薄切片中の1細胞当り数個認められる. この線毛は,毛乳頭の細胞にもしばしば観察され る(付図IV,8, 9), 6,細胞の分化と結合構造の多様性 以上に述べたような成熟過程をたどりながら, 上方に移動した細胞は,毛乳頭ドーム直上の高さ で,おのおのの属する細胞列が,ほぼ明らかに見 648 分けられるようになる(付図II,

2

)

,おのおのの 細胞列のもとに縦に並び終った後,各細胞は,急 速に細胞列ごとの分化の特色を表わしはじめる (付図II, 2入しかし,へンレ層の細胞のみは, 毛球のかなり下部で,すでに分化の特色を示しは じめている(付図II,2),へンレの細胞列内の上 下の細胞はCHe1, He 2, He 3),複雑に飯合 し,主として著しく発達した接着斑によって結合 している(付図V,1 1入他の細胞列においても, 上下の細胞間結合は,発達した接着斑によって形 成されている(付図V,12, 13, 14),これに対し, 隣接する他の細胞列の細胞との結合様式は,明ら かに異なっている(付図V,11, 12, 13),へンレ 層の細胞 CHe)と外根鞘の細胞 CORS)の結合様 式には,さらに興味ある所見が認められる(付図 V, 11),すなわち,へンレ細胞と接する外根鞘細 胞の膜直下には,短い線維の束が,点々と膜に対 して,ほぼ直角に配列し,これに対応する構造は, へンレ細胞側には認められない.ヘンレ細胞と外 根鞘細胞の聞にも,接着斑は形成されてはいるが, へンレ細胞聞のそれに比し,きわめて,小型であ る(付図V,11), ハックスレイ細胞列では, トリコヒアリン頼粒 や,細線維形成が盛んに行われている高さで,細 胞間隙が拡がり,細胞は表面に徴繊毛様の突起を 出し,複雑に飯合している(イ寸図IV,10), これら の突起の接触面に向って,毛軸とほぼ平行に走る 線維が付着し,接着構造を形成している.また, 細隙結合も認められた.おのおののハックスレイ 細胞聞にみられる接着斑は,細胞間に細線維様の 物質が,膜に直角に梯子状に並び,その両端は, 細胞質内から,接着部に付着している

1

1

本の 細線維と対応しているように観察される〈付図IV, 10),すなわち,あたかも,細線維が,膜をっきぬ けて,対向する細胞質内に入っているようにみえ る.他の部の接着斑にみられるような,単位膜外 葉間の板状の電子密度の高い部分は全く認められ ない. このような構造を形成していない接触面で は,突起部の膜は,やや肥厚し,間隙は軽度に電 子密度の高い物質で充たされている(付図IV,10),

7

,細糸の方向性

(5)

ヘンレ層とハックスレイ層との細胞において は,細糸産生は,初期から方向性をもって,毛軸 に平行になされるとみられるが,細胞列によって は,産生されてのちに,次第に方向性を持つに至 ると思われる過程が観察される(付図V,12, 13, 14). このような細胞では,細糸は,当初,短く, ごく少量づ、つ集まって,種々の方向に散在して出 現する(付図V,12).細糸の長さが増し,束が太 くなるにつれて,方向性を帯びてくるように観察 される(付図

V

,13). これらの細糸束は,長さを 増し,最終的には,その細胞の上下の膜の接着斑 の部に付着し,上下をつなぐに至っている(付図 V, 14).この細胞は恐らく毛皮質細胞と思われる が,細糸東が,長く太くなっても,その聞には, なお多量のリボゾームや糸粒体,小胞様の構造物 が存在し,横断面には,かなり後期まで核が存在 しているのが認められる(付図 1, 1,付図 V, 14). 考 察 毛包組織の担っている新しい生物学的意義が, 形態学以外の分野から次第に明らかにされつつあ る.それらのことを念頭におきつつ,成長期毛包 の母基細胞が,上方に移動し,細胞列ごとに,き わめて独得の分化を遂げる過程を電子顕微鏡によ り観察した.最も分化の程度が低いのは,毛乳頭 周囲の基底膜上の母基細胞である.しかし,基底 膜上で,すでに,成熟度に差が認められた.また, 基底膜上の位置によって,各細胞の上昇軌道は, ほぼ規定されていると考えられる.すなわち,crit -icallevel CAuber, L, 1952)以下43)の,いわゆる, 匪芽野と呼ばれる,一見区別し難い,高い分裂能 を有する領域において, critical levelで一挙に顕 著になる複雑な分化の初期過程が,すでに開始さ れている.徴細構造上の変化は,まず,一定間隔 をへだてて,単純に隣接していた細胞間隙に,電 子密度を有する物質が出現することにはじまる ついで前述の順序で段階的に細胞間結合が形成さ れる.結合構造は,長さ0.2μm以下のきわめて小 さな,未熟な接着斑様のものが多いが,密着結合 や,細隙結合も認められる.criticallevel.t(、上の 高さでは,ハックスレイ層や毛皮質細胞聞に細隙 649 結合が多数報告されている2へこのように,表面膜 が部位によって,隣接細胞との聞に多様な相互関 係を形成していることは,毛包構成細胞の細胞膜 の性質や機能が,部位的に異っていることを示唆 している. 1つの細胞の表面膜の機能が,膜の領 域によって異なれば,そこに隣接する細胞との聞 には,それぞれの相互関係を形成すると考えられ る.0.2μm以下の,小さく未熟な接着斑様の結合 構造のうち,あるものは,上方でみられるような, よく発達した接着斑として完成されていくのであ ろうが,あるものは,接着のための構造というよ り,むしろ,刻々と上昇移動する細胞の,分化の 足場としての構造であるようにも思われる.結合 構造の未熟の程度を,この領域での毛球細胞の分 化の低さにのみ求められないことは,付図

I

I

I

5

の未分化な細胞の表面膜に,帯状の密着結合様の 分化が観察されることからも云える.細胞が未分 化で,未熟な接着構造しか形成しないレベルにお いても,細胞膜聞の相互作用によっては,その領 域に,膜の構造上の変化が起り得ることを示して いる. 尿細管や小腸の呼吸上皮,また,肝細胞など, 著明な極性をもった細胞では,表面膜は少なくと も ,

2

つ以上の領域に分れており,領域によって, 表面膜の機能も形態も異なっていることは周知の ごとくである. 毛包構成細胞の場合も,上皮性であり,強い極 性を有する細胞であることは,分化,上昇移動の 方向を云々するまでもなく明らかである.毛球部 において,たがし、に密接しながら,上方に移動し ている細胞は,細胞列ごとに,分化の様式と速度 や細胞軸移動の方向と速度などを,おのおの異に しているとすれば,隣接する細胞との相互関係は, 膜の領域により異なる性質と相侠って複雑であ る.すなわち,毛包構成細胞の,非常に特徴的な, 細胞列ごとの形態分化は,細胞内因子のみによっ て決まるのではなく,基底膜上の,またその後の 匪芽野における,分化,上昇の一連の過程の中で, 細胞内の認識機構と細胞外の環境因子との相互作 用の結果として準備されるのであろう.極性を有 する細胞がその極性を発展させる(分化する〉足

(6)

12 場として,細胞聞の接触が大きな役割を果すこと は,羽Teiss,P.34)他35)らによって,詳細に論じられ ている 接触構造の出現,すなわち,細胞膜の徴細構造 上の分化を足掛りとしてはじまる第2の形態変化 は,表面膜の凹凸と,それによって生じる細胞間 空隙とその拡大である.結合構造形成と細胞間隙 増大によって,毛乳頭側からの物質移送は増加し, 細胞の成熟と分化とは急激に活溌となる.この時 期の高さが,ちょうど, critical level CAuber, 1952) と呼ばれている領域に相当している.第 3 に,細胞の形態上の分化発現と深くかかわってい ると思われるのは,中心子と徴小管である.中心 子は膜の凹凸出現と共に,あるいはそれに先行し て,膜の近くに,しばしば認められている.中心 子については,自己複製能や線毛形成能を有し, 分裂周期の聞には普遍的にみられる細胞内小器官 であり,分裂中心,または細胞中心などと呼ばれ ている.しかし,かなり分化が進み,頼粒形成や 細糸東の産生されているハックスレイ層の細胞の 膜直下にも〈付図V,11), しばしば観察されてお り,この機能的意義はまだ充分明らかではない. 本観察では,細胞聞の空胞様間隙発生と前後して 中心子が出現し,さらに,その後急激な分化を開 始する時期に一致して,著明に増加し,同時に, 線毛形成が活溌に行なわれている.細胞が未熟な 時期から散見されていた徴小管は, この時期に同 時に急激に増加している.微小管については,細 胞の一定部位にかたさを与え,細胞の形を編成す る骨格要素であることが,すでに一般に認められ ている.また,本観察においても認められたよう に徴小管が細胞の形態が大きく変わる時期に増加 していることは,徴小管が,細胞の形態分化と深 く関係していることを示している.実験的にも, 培養細胞をコルヒチンなどの徴小管毒で処理する と,突起を出して伸長していた細胞の形が球形に なり,形態分化以前の単純な形にもどる傾向を示 すとL、う報告がある4へ微小管はまた,細胞質の流 れの方向を定め,物質粒子の移動の道筋をつくる ことも推測されている叫.成長期毛包の毛球部の 細胞に,中心子と線毛形成が顕著に認められたと 650

いう報告は, Orwin, D. F.G.& W ood,

J

.

L

.

33)

(1982)らの羊の毛包における一例があるのみで、あ る.彼らは,成長期毛包のすべての細胞列におい て,多数の中心子を観察し,その31%に線毛形成 を認めているが,その機能的意義については不明 としている.分裂間期の神経板の母基細胞や,下 垂体の前葉細胞,騨臓のランゲルハンス島の細胞 などのような内陸をもたない上皮性細胞や,平滑 筋細胞,子宮内膜の支質細胞などのような間葉系 の組織の細胞などに, しばしば 1本の線毛が認 められるとし、う報告がある叫.その機能的意義に ついては不明とされ,一般に否定的見方がなされ ている.本例のように,急激な分化発現の時期に, ー超薄切片のー細胞上に,かなりの頻度で線毛が 観察される場合には,その機能的意義を,完全に 否定することはできないように思われる.すなわ ち,基部の線毛空胞の周囲に,しばしば,飲小胞 (とりこみ小胞〉や被覆小胞を認めること,線毛先 端部が隣接細胞と接する接し方,線毛基部に向っ て集まっている多数の徴小管などを,毛包細胞の 極性と関係して考えてみると,物質輸送を支える 何らかの機能と関連しているのではないかとも考 えられる.criticallevelをすぎて後の,毛包細胞 の分化の速度は,迅速で,それまで、の,緩徐な, 微細形態的変化からは,想像できない速度で進行 する.分化が進むと,拡大した,これらの細胞間 空隙は減少し,同一細胞列内の細胞同志は,主と して, きわめて発達した接着斑と細隙結合によっ て,複雑に飯合し,結合する.隣接細胞列との結 合様式はこれと異なり,表面膜の領域による分化 の相違を明瞭に示している.また,同じ接着斑の 構造も,微細構造的には,細胞によってそれぞれ の特徴を有している.かなり分化した,ハックス レイ層の細胞の聞にみられる,拡張した細胞間隙 と多数の徴繊毛様突起の像は,一見,分泌細胞の 内腔面を想像させるものがある.成熟したノ、ック スレイ細胞のこのような膜の分化は何を意味する のであろうか?へンレ層の細胞は,毛球部で最も 早く分化し,角化を開始して,内側の未熟な細胞 群を,周囲環境から包囲すると考えられている. したがって,ヘンレ層では,細胞関空隙は早期に

(7)

減 少 , 消 失 し て い る . そ の 内 側 の ハ ッ ク ス レ イ 層 では,ヘンレ角化後も,遅くまで角化を完了せず, 活溌な代謝活動を維持している. これを支える物 質輸送の機構は一つには,前述の細胞間隙の遅く ま で 残 存 す る こ と , も う 一 つ は , 付 図1,1で 観 察 さ れ る よ う に , 角 化 し た , へ ン レ 層 の 細 胞 間 結 合 を 押 し 分 け て , ハ ッ ク ス レ イ 層 の 細 胞 質 の 突 起 が 外 根 鞘 細 胞 に 直 接 達 し て い る こ と に よ る と 考 え ら れ る . す な わ ち , ハ ッ ク ス レ イ 層 の 細 胞 は , ヘ ン レ 角 化 後 は , 物 質 的 に も , 機 能 的 に も , 外 根 鞘 細 胞 と 密 接 に か か わ っ て い る も の と 考 え ら れ る . 毛 包 組 織 の 代 謝 機 能 が 組 織 化 学 的 に 明 ら か に さ れ つつある今日, これら鞘細胞の機能的動向は,形 態 学 的 に も 今 後 の 興 味 あ る 問 題 で あ ろ う . 毛 包 細 胞 の 細 胞 質 内 に 産 成 さ れ る 細 糸 は , ほ と ん ど が 形 成 初 期 か ら 方 向 を 示 す が , 中 に は 必 ず し も 方 向 性 を 示 さ ず , 次 第 に 方 向 性 を 示 す よ う に な る も の も あ る と 考 え ら れ る . 細 糸 の 配 列 方 向 が , 何 に よ っ て誘導されるのかは,なお解明されていないが, す べ て の 毛 包 構 成 細 胞 が , 成 熟 と 分 化 の 過 程 の 中 で,その強し、極性にしたがって,細胞外形を形成 し て い く よ う に , 細 胞 内 部 に も , 構 造 上 の 分 布 や 配 置 の 移 動 を 起 こ す 機 構 が 働 い て い る よ う に 考 え られる. 結 語 毛 球 部 に お け る 毛 包 構 成 細 胞 の 成 熟 と 分 化 発 現 の 過 程 を , 徴 細 形 態 学 的 に 追 跡 し , 検 索 し た . 形 態 分 化 は , 未 分 化 な 毛 乳 頭 周 囲 基 底 膜 上 の 母 基 細 胞 が , 基 底 膜 を は な れ , そ の 極 性 に し た が っ て 上 昇 移 動 す る 過 程 の 中 で , 徐 々 に 発 現 さ れ て い る こ と が 観 察 さ れ た . 毛 包 細 胞 の 形 態 分 化 と 結 合 様 式 が , 複 雑 で 多 様 で あ る の は , 細 胞 の も つ 極 性 と 細 胞 列 ご と に 移 動 の ベ グ ト ル と 分 化 の 様 式 が 多 様 で あることに因ると推察される. 稿を終えるにあたり,御指導,御校閲をいただいた 東京女子医科大学解剖学教室,串田つゆ香教授に厚く 御礼申し上げます. 〔本研究の要旨は, 1983年 6月11臼,日本解剖学会第 66田関東地方会,および1983年 2月25日,東京女子医 科大学学会第251回例会において発表した.) -651 文 献

1)Szabo, G.: The regional anatomy of the human integment, with special reference to the distribution of hair follicles, sweat glands and melanocytes. Phil Trans Roy Soc Lond (1967) 252447-485 [Series B]

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(10)

写真説明 付図1, 1 毛乳頭上部における毛包の横断像(TS).毛髄はすでに消失.毛包構成細 胞は,同心円上に並び,各層は,それぞれ非常に特徴のある,異なった分化の様式 を示している.角化したへンレ層の細胞 (He)を押し分けて,まだ活溌な代謝活動 を示すハックスレイj曹の細胞突起 (Hu)が,外根鞘の細胞 (ORS) と直接に結合し ている〔矢印).ハックスレイ層の細胞は付図IV,10のような特異な表面膜の分化を 示 す . 毛 皮 質 細 胞 に0)には,濃染する太い,多量の線維束の間に,核とリボゾー ムが保持されている.毛小皮(HC).鞘小皮 (Sc). 結合組織性毛包 (CF).X3,800. -654ー

(11)

藤 沢 論 文 付 図

I

(12)

-写真説明 付図II,2 毛球部の縦断像 (LS).毛乳頭 (DP)周囲の基底膜(企〉上の母基細胞 (Mc)は,上昇軌道によって,移動のベクトノレが分散している.上昇と共に,細胞 軸の方向・細胞の形に変化を生じている.小さな細胞問結合〔↑〉と細胞間空隙(す〉 が認められる.毛乳頭細胞と毛球母基細胞は共に基底膜に密着している. (細長矢印 は細胞軸の移動方向)x4,400. 十

(13)

656-藤 沢 論 文 付 図

I

I

(14)

写真説明 付図III, 3 基底膜に近い分化の程度の低い母基細胞.形は長方形,細胞軸は基底膜 にほぼ直角.表面膜は平滑.表面膜の大部分には,結合構造はまだみられないが, 細胞間際と膜の一部に電子密度の高まりが生じている(干)細際結合または密着結 合の形成もみられる(※)• 大きな糸粒体 (Mt),粗面小胞体(巴r),管状構造物の断面像が多数みられる(↑〉 X24.000. 4 小さな,未熟な接着斑(↑〉の形成.細胞間に空隙が生じ(

1

)

,膜近くに,中心 子 (Ce)がみられる.表面膜の凹凸イヒと共に細胞の形が変わりはじめる.x7,200. 5 急激な分イじを開始する細胞.一定の高さに達した細胞は,分化の速度を急激に高 める.細胞間空隙(※)は増大し,形態は複雑になる.細胞活性を示す核 (N),頼 粒状物質(す),線毛〔企)X12,OOO. 6 Fig.5の拡大.繊毛. 繊毛空胞(企),基底小体(t)多量の微小管の集合〔↑)x33,400.

(15)

-658-藤 沢 論 文 付 図

(16)

-659-写真説明 付図IV,7 微小管(Mt),基底小体CBb),中心子CCe),線毛空胞〔↑),種々の小 胞(企),小接着斑(※),細胞間空際(t),核(N),核から,多量の物質が放出さ れている.x 18, 100. 8 毛乳頭細胞に形成された線毛 C.).微小管が顕著に認められる CMt↑). X31,500. 9 毛乳頭細胞にみられる線毛.基底小体(Bb↑),中心子(Ce↑〕種々の小胞(Vv ↑),微小管 (Mt↑).x 13, 100. 10 ハックスレイ細胞の特徴的な分化.微繊毛様突起が,拡大した細胞間隙に多数出 ている.

x

14,900. -660

(17)

藤 沢 論 文 付 図

I

V

(18)

写真説明 付図V,11 へンレ細胞(He.1, He. 2, He. 3).外根斡細胞 (ORS).ハックスレイ 細胞 (Hu)中心子 (Ce).細胞列によって,また部位によって,多様な結合構造が みられる.膜に垂直な短い繊維束が膜から離れて並ぶ(企).x16,400. 12 多方向性の短い細糸束〔企〉表面膜は複雑に飯合し,接着斑(D)を形成している x 19,300. 13 良く発達した接着斑(D).細糸束は,付図 V.12に比べ,方向性を帯びているよ うに観察される.x 19, 300 14 細糸の成長.細糸東は長くなり,毛軸と平行な方向性を示している.細糸は上・ 下の細胞との結合部に達している.接着斑(D)細糸束の間に, リボゾーム(*)や 糸粒体 (Mt)が存在している.

x

18,500 -662

(19)

藤 沢 論 文 付 図

V

参照

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