魚網膜の光応答に及ぼすテトロイドトキシンの影響
金沢大学医学部付属神経情報研究施設(施設長本陣良平教授),神経生理研究部門 根 岸 晃 六
菅 原 清
(昭和47年10月12日受付)
魚の網膜において,二次仲継細胞である双極細胞が 悉無律(all−or−noneの法則)に従う活動電位(ス パイク放電)を以って,三次の神経節細胞に後シナプ ス電位を起こすように働いているかどうかについて は,長い間疑問とされてきた.その理由の一つとし て,双極細胞体の位する内心粒層でのスパイク活動を 細胞外で記録することは困難であるが,それより硝子 体側の内網状層と神経節細胞層の深さでははるかに容 易である.また,近年網膜の種々な細胞より,さまざ まな光応答の細胞内導出に成功し,しかもその記録細 胞の同定が染め出し法により確立されて以来,双極細 胞の光応答(膜電位の反応)は,スパイク放電を伴わ ない,たんなる脱または過分極性の変化であることが 明瞭になってきたD〜3}.しかし,蛙やイモリ r1Vθc二日8ノの網膜では双極細胞のあるものはスパイ ク放電を以って光に応答しているという4}5).双極細 胞がスパイクを発生していないという,魚での実験結 果には一つの疑問が残る.それは記録電極尖を小さな 双極細胞へ刺入した際に生ずる膜損傷のために,スパ イク放電を記録できないのではないかということであ る.こういう現象は他の神経系領域の微小電極法によ る実験の際にしばしばみられる.事実,この実騨に用 いられたメバルでも,網膜アマクリン細胞からのスパ イク放電を安定した状態で,細胞内から記録すること は殆んど不可能であった(図3C参照).
しかし幸いに,活動電位の発生に関与するNaイオ ンの膜透過性の上昇に特異的に干渉し,all−or−none のスパイク放電を選択的にブロックする毒物,テトロ ドトキシン (Tetrodotoxin;TTX)が知られてい る6トID.この毒物の網膜電気現象への影響については 報告が極めて少なく,BenolkenとRussell12)およ
び Dowling13)がカブトガニ rLゴ〃2π伽8ノの眼で,
MUrakamiとShigematsu14)が蛙の網膜について述 べているに過ぎない.本論文の実験成績は Muraka・
miらの蛙網膜での結果とほゴー致するものである が,他の角度からの観察を加え,また魚の網膜につい て始めての知見として報告したい.
魚の網膜を取り扱う実験室では,淡水産の鯉,鮒お よび金魚が入手し易いために一般に使われている.私 たちも鯉の網膜で他の実験を進めている.鯉では水平 細胞からの膜電位の記録は容易であるが,その他の細 コ
胞(つまり,双極,アマクリンおよび神経節細胞)の 膜電位の導出にはかなりの困難を伴った.著者の一 人,根岸の海外での研究経験によると,海産魚では種 々な網膜細胞からの細胞内導出は,鯉におけるよりも 多少とも容易の筈である.そこで着目したのが,体の 割に眼が比較的大きなメバル rs功α部08加θ7〃π3ノ である.金沢水族館の好意により,この魚の網膜を試 験的に使用してみたところ,いろいろな光応答が細胞 内から記録でき,種々の細胞外または内の光応答への TTXの効果を観察し,双極細胞が視覚情報を次の段 階の細胞に伝える際に,果たしてスパイク放電による のか,またはスパイクを伴わない一種の緩徐電位
(sustainedまたは graded potential)によるのか を調べる上に,メバルの網膜は適していると思われ た.TTXで処置した網膜で,双極細胞がシぢナルを 伝える神経節細胞およびアマクリン細胞の光応答,と くに後シナプス電位が記録できるかどうかが本実験の 興味の中心である.しかし,海から水族館へ,そして 実験室の小水槽へと魚を輸送する過程で,魚の生態条 件を最良に保つことは困難であり,また供給も恒常的 でないので,実験例数(15匹,30個の網膜)は充分と
Effects of Tetrodotoxin on the Light−lnduced Responses in the Isolated Fish Retina. Kofoku Negishi and Kiyoshi Sugaw8m, Department of Neurophysiology,
Neuroinformation Research Institute, University of Kanazawa School of Medicine
(Juzen Igk. Z., , 一 , 1972).
網膜光応答へのTTXの影響 99 はいえない.しかし,これまでの一連の実験でほゴ初
期の目的を達し得たと考えられるので,ここに概要を 報告する『次第である,
実.験 方 法
約1時間暗所にとどめたメバル rsθδα舘28 伽〃海8ノより,薄明るい電灯のもとで眼球を摘出
し,眼盃を2煙し視神経束を除去した後で,網膜を剥 離し,予め聖意していた濾紙の小片(約15×18mm)
の上に,視細胞側を上に向けて静置する.1個の眼球 より2一つの遊離網膜標本を作ることになる.濾紙はそ の中央に小孔(径6mm)をあけて,刺激光が下方
(硝子体側)より入射できるようにしてある.遊離標 本を載せた濾紙を容積約80mlのプラスチック製標本 函に移す.この函は上下に薄いガラス板(顕微鏡用カ バー・ガラス)を張ってあり,上板は上方より実体顕 微鏡(ニコンSMZ)を通して,網膜標本,刺激光お よび電極尖の位置関係を把握ずるための便を計り,下 板はその上に網膜標本を濾紙とともに載せ,直下の顕 微鏡用対物レンズから上行してくる光ビームが,標本 表面に明確な焦点を結べるよう工夫されている.標本 函の上蓋を閉じると完全な気密室となり得るが,函に は潅流気体用のプラスチック管下の入口と出口が取り 付けてあり,湿気を含ませた酸素または空気を恒常的 に入口より標本函に流通させることにより,遊離標本 の状態を良好に保つよう努めた.記録用の微小電極
(2.5M KCI溶液封入のガラス・パイペットまた侭ガ ラス被覆の Pt−Pt・Black電極)前者をガラス電極,
ヘノ
後者を白金電極と略して用いる)は,スライディング
・マイクロマニプレーター(ZEISS)に把持したガラ ス管製電極ホールダーの先端に歯科用ワックスで固着 させた.上記標本函への電極ホールダーの播入部は,
ゴム膜部分で接続し,標本函の気密を保ちつつ,しか も微小電極尖の移動操作が可能なように工夫した.
光刺激の光源は500Wキセノン・アーク・ランプ
(色温度,60000K;ウシオ電気)で,光軸はアクロマ チック・レンズ系(キャノン),干渉および中性フィ ルター(東芝化成)を経て,波長と光強度を実験目的 にそって調節できる.その光学系の途上,レンズで焦 点を結ばせた位置に,ソレノイド型シャッターを置 き,それを電子管刺激装置(日本光電MSE−40)を用い て駆動させ,閃光刺激の持続時間と頻度は適宜に設定 した.シャッター通過後の光をレンズで再び平行光線 硅もどした後,反射鏡を用いて標奉1函内の遊雌網膜標 本の直下に位する対物レンズに投射させ,網膜表面に 焦点(この実験では予約3mmの・円形点)を結ぶよう
にした,この光焦点内に電極尖がくるように顕微鏡下 にマイクロマニプレーターで電極の位置を一旦調節す れば,両者の位置関係を固定させたまま,記録部位(つ まり光照射野)を自由に選択できるように,標本函を 固定した顕微御用ステージが微動可能である.この実 験では干渉フィルター系を使用せず,白色光刺激で,
光の強度は光源から得られる最大強度より 3.610g unitsの中性フィルター系で減弱したものを用いた.
使用した増幅系は本教塞製(電界効果トランジス ター型)および日本光電製(MZ−4,AVH−2,AV M−2)のもので,導出した電気現象はすべて4チャ
ンネル・テープレコーダー(TEAC R−410)に収め,
実験後,オッシロスコープ(日本光電VC−7A)上に 適当な増幅系を経て再生させ,カメラ(日本光電PC−
2B)で撮影した.
テトロドトキシン(三共,Tetrodotoxin;TT・
X)はリンゲル液で,10−6g/ml溶液として使用した.
TTX溶液の網膜視細胞側表面への投与は2つの方法 で施行した,第1は喉頭噴霧器を改良した装置で,T TX溶液の一部が入口管を経て配流ガスとともに,密 閉 標本函内に入り,帯状となって標本上に静かに落下 するよう工夫した,酸素または空気ボンベから減圧装 置で一定に保った適圧を噴霧装置に加えておき,バル ブの開閉による1回の噴射量を毎回同量になるように 計った.第2の方法は小パイペットでTTX溶液3滴 を標本表面上に滴下,約3分後に過剰液を濾紙小片で 吸いとった,従って第2の方法ではTTX投与時に標 本函の上蓋を開く必要があった.
記録用ガラス電極抵抗は10△50MΩ,他方白金電極 はガラス被覆より露出した尖端部分に径3〜5μmの 白金黒球をつけたものを用いた,白金電極の作製は,
Svaetichini5)および Wolbarshtら16)の手技に準拠 した.網膜硝子体側の濾紙小片の下に銀一塩化銀板を 早いで不関電極とした.なお,実験はすべて室温(22
−24。C)で行なった.
実 験 結 果
TTX溶液の網膜視細胞側表面への投与は方法の項
で述べたように2つの手掠を用いた.第1の方法は記
録中の微小電極尖の動きを最小限にするように,TT
X溶液を喉頭噴霧器によって静かに噴射し,その効果
を記録中の電気現象の変化の上に求めた.しかし,こ
の方法では記録電極の機械的震動により,電極尖が記
録中の細胞から外れてしまう率が高く,したがって成
功例は少なかった.図1に示した2例はその数少ない
成功例である.第2の方法ではTTX溶液の3滴を小
パイペットで網膜表面上に滴下し,約3分後に過剰液 を濾紙小片で吸いとるという手段をこうじた.この場 合,TTX溶液投与以前に,白金電極かガラス電極を 何回も網膜に刺入して,細胞外または内から記録でき
るさまざまな光応答を対照として捉えておき,投与後 10分から30分にかけて,TTXで前処置した同一網膜 標本において,再びどんな光応答が得られるかを追求 した.TTXが影響を及ぼした光応答の形式は変容し ている筈である.第2の方法で得られた代表例を図2 と3に示しており,前者では白金電極,後者ではガラ ス電極を用い、ている.これらの例では,同一細胞から の電気現象をTTX前後で比較できず,多数の記録例 から種々な応答のそれぞれの代表例を列挙して比較し ている.
図1ではガラス微小電極で,水平細胞内より過分極 性(下向き)のS電位(上の掃引)を,白金電極で神 経節細胞のスパイク活動(下の掃引)を細胞外から同 時に導出・描記している.S電位はD.C.増幅系,スパ イク活動はA.C.増幅系(時定数,0.002秒)を介して記 録している.最下の掃引の下向きパルスは閃光刺激の マークである,記録セットA−DとE−Hはそれぞれ別個 め標本から得たもので,AとEはTTXを噴霧投与する 前の対照記録,BとF, CとGおよ・びDとHはTTX投与 後約1,3および5分にそれぞれ捉えたものである.
記録Aでは光刺激.のON(始発部)に引き続き一連の スパイク放電が見られ,この応答形式は中心オン反応
(center−ON rbsponse)と呼ばれるものである.記録 Eでは振幅の異なる2−3種のスパイク活動が見られ るが,主として光刺激のOFF(終末部)に続いてスパ イク放電が顕著であり,中心オフ反応 (center−OFF response)と呼ばれる反応形式である.これらの2 っ.の例において,TTX投与後3分でスパイク放電は 顕.しく頻度を減じ,5分後には完全に消失している.
S電位の振幅はやや小さくなっているが,これは持続 的に細胞内記録を行う場合によく見られる現象で,果 たしてTTXの影響かどうかは速断できない.しかし,
S電位の立ち上り(下行スロープ)がTTX投与後やや 急峻になっている.理由は判らないが,TTXのS電位 に及ぼした効果かも知れない.ともかく,スパイク活 動の完全消失という神経節細胞への明白なTTXの効 果に比較すれば,その水平細胞(S電位)への軽微な 影響は殆んど無いと考えてよかろう.掃引時間のス ケール(500msec),S電位の振幅スケール(20mV)
とスパイク活動の増幅度スケール(1mV)を記録H に示しているが,これはこの図の全記録にあてはま
る.
図2,記録A−D(左側〉はTTX投与前,記録E−H
(右側)は処置後に,網膜内のそれぞれの深さから得 られた光応答の代表例を比較したものである.それら の記録部位は図の左端に,視細胞表面からの大体の深 さ(単位μm)で示して一いる,.時定数0,02秒のA.C.増 幅器で記録しているので,記録した応答波乱はかなり 変形している(図3を参.照).この図での応答凸型は 上向きのフレが陰性(視細胞側が硝子体側に対して)
になるように記録している.白金電極を視細胞側表面 におくと(記録A),光刺激のONに一致して下向き,
OFFに対して上向きの小さな屈折が見られる.これは 経網膜性に得られる応答波(transretinal response)
である.白金電極を約25μmのステップで網膜内に刺 入してゆくと,これらのONとOFFの屈折波が,100μ mの深さあたりで逆転する(記録B).つまりONで上 向き,OFFで下向きになる.この深さは視細胞が双極 および水平細胞とシナプスを形成している外網状層
(outer plexiform layer;OPL)に相当している.こ のように電極尖が網膜に刺入されている時に記録でき る光応答は一般に内網膜反応(intraretinal respon一
図1.TTXによる神経節細胞スパイク放電の消失と 水平細胞S電位の残遺(説明は本文と英文図説P.
を参照).
TTX
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一榊■■・一■榊閣一9■口→→㊥一段目 一等■一コー一 A B C
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